憧『なんか、あたしの沽券が奪われた気がする』
京太郎「え、何、どうした?」
憧『いや、女の勘?』
なんのこっちゃと、首を捻る。
ホワイトデーのお返しへのあれこれとか、そんな話題での通話だ。
というかあのお返し、今まで恋人に使ったどの額よりも高額――――というあたり、我ながら業の深さを感じる。
やっぱり社会人になれば多少は……という事なのか、
新子憧が貢がせ上手なのか。
他愛もない話をして、通話を打ち切る――――と、同時に着信。
京太郎「玄さん? どうしたんですか?」
玄『えっと、何となく電話をしなきゃいけない気がして……』
京太郎「……? はぁ……そうなんですか?」
なんなんだろうな、と適当に会話。
京太郎の試合についての事だったり、或いは今の玄の身の回りの事だったり。
それから、今度また収録でお邪魔させて貰う旨を――――オフシーズンにも、客が増えているので松実館としては万々歳らしい。
ただ、どうにも(京太郎が勝手に判断するところでは)玄目当ての客が増えた為に、あまり『すばらっ』なおもちを見る機会が減ったとか。
長くなりそう、というか実際長くなりった――割愛――おもちワードの会話を切って、通話も切る。
なお、『すばらっ』と言えば
花田煌は「嫌でしょう」のレギュラーになってたり。後、デートに行った。
京太郎「って、灼さん!? どうしたんですか!?」
灼『何か、因縁がある気がして……』
京太郎「え?」
……ここは阿知賀かな。
いや、東京だった。
勿論、うっとおしそうなので切断したのは言うまでもない。
そのまま、着信拒否へ。
出るまで何度も電話をかけてきたり、或いはメールを送ってきたり。
しかもその話題が、映画を観たからどうとか、漫画を観たからどうとか、可愛い猫がいたからどうとか、まさにどうでもいい話だ。
なので大概は、どちらかの文句からの言い合いで終わる。
なのに六時間ぐらい経つとそんなのも忘れてまた普通に写メールが来たりする。バカはバカだった。
まぁ、そんな謎の――多重連撃・阿知賀ジェットストリームから、やや置いて。
智葉「……」
しかし、なんというか――いつもの彼女らしくなく、悩んでいる気がする。
どうしたものかと、やや様子を眺めて――――結局、声をかける事に決めた。
京太郎「どうかしたんですか、辻垣内先輩?」
智葉「……ああ、須賀か」
京太郎「その……何か、ありました?」
智葉「ん、ああ――――まあ」
歯切れが悪い。
智葉「……」
京太郎「……聞かせて下さいよ、辻垣内先輩」
智葉「須賀?」
京太郎「いつも先輩なら――悩みがあっても、人に聞かせるものじゃないと思ったら黙ってましたよね?」
京太郎「で、誰にも打ち明けない……というか関わらせないようにする」
京太郎「どうでもいいことなら――――確かに俺たちに、普通に話を振ってきますけど」
京太郎「そうじゃないなら、先輩は悟られないようにしてる……」
京太郎「でも……」
京太郎「つまりは――――そんないつも通りのポーカーフェイスが無くなるくらいの、重大な悩みってことなら」
京太郎「俺にも聞かせて下さい」
単なるお節介、かもしれないが。
彼女一人じゃ普段通りにいかないというなら、そこに誰かの手があってもよいのではないか――と、思えた。
手を取って、辻垣内智葉と真っ向から目線を交わす。
京太郎「――――俺は、辻垣内先輩の味方です!」
……二秒後、地面に頭を付けることになった。
「誰の許可得て先輩様の手ェ握ってるんだ?(意訳)」と睨み付けられたのだ。
上下関係ってこえーわ。
京太郎「それで、何があったんですか?」
智葉「見合いを勧められたんだ」
京太郎「見合い……?」
智葉「麻雀プロは、強いほど婚期がって言うからな……なんて風に」
京太郎「あー」
某鍛冶某夜さんとか。
某原は[ピー]りさんとか。
確かに……うん、まぁ……忙しい人は忙しくてあんまり出会いがないし、特にアイドル的な働きをしてるとファンの目が、というのがある。
その辺りは仕方ないし、だからそんな人たちの事を貶そうとは思わない。
それだけ仕事熱心で――――言うなれば多くの人の夢を背負って来たのだから、敬意こそ覚えはすれ、まさか軽んじはすまい。
京太郎「……悩むってことは、結婚したら」
智葉「家業を継ぐことになる――とは思う。プロは引退だ」
京太郎「……先輩は?」
智葉「結婚自体に私は特には……。恋愛でも見合いでも、それぞれ悪くはないとは思うんだけどな」
京太郎「大人っスね」
智葉「見合いなら……」
智葉「一から新しくお互いを知っていける――というのも悪くはないか、と」
京太郎「マジですか? 俺にはそんな勇気は……」
智葉「ああ」
智葉「女の結婚は一括払い、男の結婚はローン払いって言うからな。考え方は違って当たり前だ」
大人というか、こういうの何て言うんだろうか。
武士というか、古風というか、侠気というか、ハードボイルドというか、硬派というか。
姐さんだった。まさに。
智葉「まぁ、見合いや結婚自体はいいとするが――」
智葉「後継ぎや政略結婚的な意味があるから、嬉しくない」
京太郎「そりゃ……そうですよ!」
智葉「……言っておくがな、須賀。私は別に『どうしても』と頼まれたら政略結婚も受け入れるつもりだ」
京太郎「へ?」
智葉「この歳まで育てて貰っておいて、都合よく『私の自由が』とか『人権侵害』とか……筋が通らないと思わないか?」
智葉「そうして、家が続いて、その家のおかげで食べてられるのに……貰いっぱなしは筋違いだ」
うーん、武士道。
智葉「幸せは、与えられるものじゃなくて掴みとる――だったらどんな形にしても、その中から探せばいい」
智葉「そう考えたら悪くない。ただ……」
京太郎「ただ?」
智葉「『先方から頼まれたから……今特にいい人いないなら、一応は受けてみちゃくれないか』と来て」
智葉「相手もな、こう……『ステータス女なら儲けもん』という態度で来られたら」
京太郎「あー」
智葉「うちはそれほど乗り気じゃない、相手は乗り気で、放っておいたら押しきられて麻雀プロを諦めることになるというのは――――」
京太郎「嫌ですね、そりゃあ」
そりゃ嫌だよ。
何だかんだと控え目というか気取らない人だから言いはしてないが、多分相手のニュアンスには『しかも美人だぜ、ヒャッハー!』が含まれるのだろう。
智葉の家の事情というなら、責任を持てない自分が口を出すべきではない。
智葉が納得していて「悪くない」と言うなら、首を突っ込むのは筋違い甚だしい。
相手が智葉個人を好いていて、このようなアプローチになった――ならやはり足を踏み入れる話題じゃない。
だが、とりあえずコンビニ覗いたら思わず限定版があって、こりゃラッキーと――――店側が有り体に断れないのに買おうというのは、
その行為の是非は問わないとしても、譲る理由としては弱い。
京太郎だって、勝手を言わせて貰おうか。
京太郎「すげー無責任かもしれないですけど、いいですか?」
智葉「ああ」
京太郎「先輩も乗り気じゃなくて、先輩の実家にも深い事情がなくて、そんな“ついで”みたいな理由なら――」
京太郎「――――俺は! 先輩を! 渡しませんッ! 先輩を諦めないっすから!」
智葉「麻雀的な意味で、か」
京太郎「はい、勿論」
京太郎「……って、いや、あの、すみません、言い方が紛らわしかった――――」
智葉「紛らわしいも何も、それ以外の意味があるのか?」
京太郎「いや……はい、そっす。そうですね、ははは」
男として見られてない。
この場合は言葉足らずだった自分としては有り難いとしか言いようがないが――――。
やっぱり、軽くショックを覚えぬほど男のプライドを捨ててはいない。
智葉「棚ぼたでランキングが上がる……とは思わないのか?」
京太郎「ここまで来て勝ち逃げされるなんて――悪いとは思いますけど、俺は嫌ですね。少なくともその方が」
京太郎「それに……」
智葉「それに?」
京太郎「実力で――――取りますよ。先輩から」
智葉「あ゛?」
京太郎「あ、その、すみません、調子乗ってたっす、ごめんなさい」
智葉「そう言うなら、勿論……」
京太郎「俺にはできる範囲なら、やりますから」
京太郎「言い出したの俺ですからね……我が儘言うなら、当然見合うだけのものをやります」
智葉「……見合いだけに、か?」
京太郎「……」
智葉「……。……見合いだけに、か?」
京太郎「……」
智葉「……須賀」
京太郎「あ、ああ! 面白かった! かなり大ヒット! 癖になりますね、これ!」
智葉「……お前、私を何だと思ってるんだ?」
どうやら、凄むとこも含めて笑い――のつもりだったらしい。
判らないから。判らないからね、ヤクザの笑い。
ツッコミの弟分がボケの兄貴分に思いっきりツッコミかましたら、メリケンサックで逆ツッコミされたという話がある。動かなくなるまで。
笑いは笑いでも、緊張感で出る変な笑いでしかない。
京太郎「まぁ、やるとしたら先輩のところの親父さんの説得ですかね?」
京太郎「部外者だけど――一度はお邪魔してますから、話ぐらいは聞いてくれたり……」
智葉「……すると思うのか?」
智葉「余所様から、家の事情に口出しされて……面子に拘る家業の人間が」
京太郎「……無理ですね」
智葉「それに、だったら私が言う方が早い」
ただ、どっちにしても面子があるから――――つまり建前があるから、断れない。
智葉の父親とて、娘に無理強いはしないだろうし、本音を言えば断りたい筈だ。
ただ、義理だ人情だ建前だ面子だが、簡単な理由では許さない。理であり、筋――――というのが。
ちなみに、義理と人情を秤に掛けたら義理が重たいのが男の世界。タカクラ・ケンも歌っている。
何から何まで真っ暗闇で筋が通らぬことばかり――は、ツルタ・コウジ。今は関係ない。
泣くな喚くな男じゃないか……というのは尤もだが、別に小倉生まれでも玄海育ちでもないので置いとく。
智葉「……そうだな」
京太郎「あ、なんですか? 思い付きました?」
智葉「――――須賀、私と結婚しようか」
京太郎「アイエエエ!? ナンデ!? ヤクザナンデ!?」
京太郎「せ、先輩……」
京太郎「俺にはその、やえさんという大事なパートナーとの美しい愛があって――――」
智葉「いや」
京太郎「あ、あと、咲から借りた本返してないし遊びにいく約束も有りますし――――」
智葉「あのな」
京太郎「あの、照さんの面倒も見なきゃいけないし何となく放っておけなくて――――」
智葉「須賀」
京太郎「憧も応援してくれてるから裏切りたくないし、結婚してから痴女られると不味いにしても……また疎遠になるのは寂しいですし――――」
智葉「……」
京太郎「玄さんから来るおもちメールに返信するのも浮気になるかも知れないから、いやでも折角応援してくれてる玄さんに返事を出さないのも――――」
智葉「……」
京太郎「あとは外に出る度にやたら大星と遭遇するから夫婦二人の時間が邪魔さ――――」
智葉「……」
京太郎「一さんの痴女痴女しいあの格好もアウトで浮気だとすると完全に会えなくなってジョジョごっこも――」
智葉「……」
京太郎「何よりも、家庭を持っちゃったらもう俺
ハギヨシさんと中々会えなくなるとかそんなの――――」
智葉「気は済んだか?」
京太郎「アッハイ」
酷い。いくら先輩だからといって酷い。
余りの有無を言わせぬ迫力は京太郎に、あたかもこれから手籠めにされる生娘のような錯覚を与える。
思わず、「ハギヨシさん……!」と叫びそうになった。
智葉「丁度いいから、心に決めた相手がいる……という形にしたいんだが」
京太郎「……なるほど。俺を、婚約者か交際相手にするんですね」
智葉「話が早いな」
京太郎「ええ、慣れっこですから」
智葉「……慣れっこ?」
京太郎「憧が、アイツのお姉さんと会う――憧を心配して東京まで出てきたときに、安心させる為に恋人のフリをしましたし」
京太郎「大星が――たまたま知り合いの結婚式で会っちゃったんですけど、しつこい親戚を誤魔化す為に恋人のフリをしましたし」
京太郎「他にもまあ、色々と……」
智葉「……」
京太郎「辻垣内先輩?」
智葉「……お前、それでどうしたんだ?」
京太郎「憧の方は結局バレちゃいました……縁起でもないっすけど」
京太郎「大星とは、一応はバレずに済みましたね。……まぁ、お互いドラマとかに出てますから、多少は」
智葉「……で?」
京太郎「え?」
智葉「……」
なんか、養豚場のブタさんを見るような目を向けられた。
あと、超高校級の学級裁判で恐るべきレベルに頓珍漢な台詞でロンパしようとしたとき、みたいな。
なんなんだ。
京太郎「……あ」
京太郎「フリって言っても、勿論変なことはしてないっすから! 安心して下さいよ、辻垣内先輩」
京太郎「精々がお姫様抱っことか、手を繋ぐとか、場を繋ぐ為に褒めたり好きアピールの告白とかぐらいっす」
智葉「……」
智葉「……須賀」
京太郎「はい?」
智葉「病院行くか?」
京太郎「えっ」
……何故、病院に。
考えろ――――この流れで病院である。
見合いを断る為に、偽の恋人。
そして、病院。
つまりは――
京太郎「先輩は、それで……いいんですか?」
智葉「……? なんで、私が?」
京太郎の意図=デキ婚装い産婦人科通って医者を抱き込む。
智葉の意識=いくらなんでも鈍感すぎるからカウンセリング受けろという皮肉。
京太郎「先輩はいいとしても、ショックになったりするんじゃ……?」
智葉「ショックには……まぁ、なるだろうな」
京太郎「なるだろうなって、そんな他人事みたいに……」
智葉「他人事って……。……、それをお前が言うか?」
京太郎「え?」
智葉「え?」
京太郎の懸念=でも親御さんショック受けない?
智葉の見解=精神病クラスじゃなくても異常診断されたらショックだろう。
京太郎「あ……いや、確かに俺もかなり困りますけど」
智葉「困らない訳がない」
京太郎「あー……でも、俺、大丈夫なんで」
智葉「大丈夫……?」
京太郎「まあ、そうなったらそうなったで話を合わせますから」
智葉「……どういうことだ?」
京太郎の想定=ヤクザの娘をデキ婚で孕ませる男役はヤバイ。
智葉の想像=そんなことを通達されたら京太郎『も』周囲『も』困る。
京太郎「えっと……多少怪しくても、話を合わせたら疑われても乗り切れるんじゃ……」
智葉「……そんなに隠すほど、深刻なのか?」
京太郎「え?」
智葉「ん?」
京太郎「この先の人生がどうなるか、って話ですよね?」
智葉「……ああ、そうだな」
京太郎「迂闊な事でバレて、やりたいことを出来なくなるのは嫌っすよね?」
智葉「やりたいこと?」
京太郎「もっと、打ちたいっす。思いっきり」
智葉「打つ……? 誰を……?」
誰と麻雀を打ちたいかなんて――そりゃあ、言うまでもなく目の前の女性とだ。
ここでランキングから外れて、リベンジの機会がなくなる――――なんてのは嫌だと、さっき言った。
なのに、何故、聞き返すのだ?
自分以外で――――という意味だろうか?
京太郎「あー、大星ですかね。何だかんだと、約束してますし」
智葉「……約束?」
京太郎「次もまた楽しんでやろう、って……最後まで全力で、って」
智葉「全力って……大丈夫なのか、それ」
京太郎「全力じゃなきゃ、意味ないですよ。そうしたらアイツに怒られます」
智葉「……へぇ」
京太郎「最初は、そうですね……まぁ、アイツにとっては(ノーマークの選手からの)不意打ちだったっぽくて、険悪になりましたけど」
智葉「そりゃなるだろうな」
京太郎「でも、今ではお互いに慣れて来ましたから……前ほどじゃないですよ」
京太郎「何だかんだと、お互い楽しめてるんじゃないっすかね。多分」
智葉「……」
智葉「須賀」
京太郎「……」
智葉「須賀」
京太郎「……はい」
智葉「携帯、出なくていいのか?」
京太郎「あ、はい……その……」
智葉「ん……?」
タイトル:ねーねー
本文:おはよおおほし!
』
タイトル:ねー須賀ー
本文:判んなかった?むずかしすぎた?
』
タイトル:須ー賀ー!
本文:おはよ大星!
これで判るかなっ
』
タイトル:ちょっと須賀ー?
本文:須賀にはむずかしすぎたかな?ふふーん
』
タイトル:だいじょぶ?
本文:寝てんの?
』
タイトル:本当にだいじょぶ?
本文:返事しろ!ねぼすけ!
』
タイトル:平気?なんかあった?大丈夫?
添付ファイル:usagi.jpg
本文:うさぎー
』
タイトル:ただの二度寝?
添付ファイル:usamimiParker.jpg
本文:昨日買ったんだー!
どう?かわいいでしょ!
』
タイトル:ねー
添付ファイル:usamimiParker&hotpants.jpg
本文:褒めさせて遣わす!褒めろ!
』
タイトル:須賀……?
添付ファイル:usamimiParker&hotpants&Megane.jpg
本文:ねー、暇だからこないだ言ってた映画いこーよー
エスコートさせたげるし、奢らさせてあげるよ
』
タイトル:
本文:ごめん。奢らせるの冗談。割り勘でいいよ
』
京太郎「……必要ないんじゃ、って」
智葉「……」
タイトル:映画
本文:行かないの?今なら割引券控えてあるんだけどさー
』
タイトル:あのさ
本文:怒っちゃった?
』
タイトル:ごめん。また後にするね
本文:ただ、映画は私一人で観てくるからネタバレしてやる!ざまーみろ!
』
智葉「……返事しなくていいのか、須賀」
京太郎「ああ……その」
京太郎「相手しても長くなるし……大した内容じゃないのに、こうも送られると返信が……」
智葉「ああ」
京太郎「いや、ちゃんと初めの内は返してたんですよ? ですけど、こう、ちょっと多すぎて返信が追い付かなくなって……」
京太郎「で、メールで――理由忘れたけど――『やっぱあんた気にくわない。もうメールすんな』って言われて」
智葉(……なんか昔、そんな風な言動してるのが居たような)
京太郎「それから何時間かしたら、しれっとまたメールが来たんで……大事な話以外は相手にしなくてもいいんじゃねーのかな、って」
京太郎「そんな感じです」
京太郎「……で」
智葉「ん?」
京太郎「大星からのメールとかそういうのは、置いときましょう」
京太郎「それよりも……」
智葉「偽の恋人、か」
京太郎「はい。まぁ、その、心に決めた人がいるって言えば話はなくなるって先輩は言ってたけど……」
智葉「……ああ」
京太郎「でも、どうするんです? その後に――『いつ結婚するんだ』とかせがまれたら」
京太郎「それともまさか、偽の恋人を口実に俺と既成事実を作る気で――――」
智葉「あ゛?」
京太郎「冗談です! すみません、冗談です!」
智葉「……そうだな」
京太郎「えっ?」
智葉「もし仮に、そうだと言ったらどうするつもりなんだ?」
京太郎「え」
京太郎「いや、嘘ですよね……先輩?」
智葉「……」
京太郎「え」
智葉「……女から言わせる気なのか、京太郎」
京太郎「あ、あの……」
京太郎「その、俺にはやえさんが居ますし咲が居ますし憧とか一さんとかハギヨシさんが――――」
智葉「ま、冗談だ」
京太郎「ですよねー」
智葉「それとも、本気の方が良かったか? なぁ、須賀?」
京太郎「い、いや……その、冗談でお願いします、ハイ」
智葉「そうか? ……残念だな」
京太郎「う、うう……」
京太郎(眼鏡かけて闘牌モードの先輩は真面目で誠実でできる人で迫力ある感じなんだけど……)
京太郎(オフの日の髪下ろして眼鏡外した方は、迫力もあるけど……妙な色気があるんだよな)
京太郎(……あとサラシがないからな。うん)
京太郎(……)
京太郎(で、辻垣内先輩はそれを十分に判った上でからかってくるからタチが悪い)
京太郎(何だかんだ、弄るとき容赦がない…………ああ、ヤクザってやっぱ上下社会なんだな)
だって……流し目とか、恐ろしく艶やかで静かな色気に溢れて扇情的なのだ。
正直、からかわれていると判っていながら息を飲むほど。
弘世菫を凛とした美人と言うなら、辻垣内智葉は翳りと危うさも纏った美人だ。
……結婚したいとか言い出したら、どこまで弄られ続けて心臓に悪いか判らない。
いや、実際のところ――美人さんでスタイルも良くて気っ風も良くて強くて侠気溢れてて、結婚とか申し分はないけど……。
間違いなく頭が上がらなくなる。確実に。
智葉「とにかく、まぁ……うちの父親は勘付いても――――というか勘付くだろうが」
智葉「『断れるいい理由だ』、と深くは追及してこない筈だ」
京太郎「なるほど」
京太郎「じゃあ、目下は相手の組――――という感じですか」
智葉「そうだな」
智葉「……まぁ、ないだろうが。相手が本気なら、お前に迷惑がかかるかもしれない」
京太郎「あー、別れろって脅しとか?」
智葉「そうだ。だから……」
京太郎「一応は最低限の対処はできる、俺を選んだ――――ってことですね」
智葉「いや、返り討ちにして相手を拘束してそのまま組を壊滅させて欲しかった」
京太郎「想像より酷すぎる!?」
……で。
構成員A「じょうッ!」
京太郎「うおっ!?」
構成員B「じょう、じょッ!」
京太郎「あ、危ないって……ちょっと!?」
構成員C「じょじょうッ!」
京太郎「や、やめろって!」
襲いかかられていた。
勿論、ヤクザに。
そして――――というか、こちらは勿論ではなく、なんというか意外極まりないことだが。
この、殴りかかってきているのは辻垣内組構成員である。
京太郎「……っ」
京太郎「なんで、俺がこんなことに……!」
繰り出された右フックを、踏み込んで、その勢いが乗るより先に両腕でガード。
地面を蹴ってバックステップ。
ムエタイの典型的な構え――――ではなく、それよりは若干に肩を落として指をいつもより開いた姿。
腕はそれぞれほぼ平行。拳を目の高さほどで、地面及び背骨に対して垂直角。
ムエタイそのままではあからさま過ぎるので、
亦野誠子に見せて貰ったマーシャルアーツの合成もの。
左を順手。半身に構えて、相手に晒す面積を減らした防御の型だ。
――無論、真には立ち関節と肘と顔面への打撃を可能にする必殺の構えであるが。ただ、今回は捌きに終始。
さて、どうしてこうなったかと言えば――――
……まずこうなった。
「お前が智葉と……その、付き合っているという」
京太郎「す、須賀条承太郎です」
「なるほどな。ああ、悪くない面構えだが……」
「お前さん、智葉のことをどれだけ愛してる?」
京太郎「え、いや、その……」
「おう、答えられねえのかい?」
最終面接気味に圧迫中。
役員面接というか、ヤク(ザの構成)員面接である。
何となく柔らかそうな物腰ながらも静かに睨み付けてくる辻垣内智葉の父親に、明らかに殺気立って襖の向こうに息を潜める構成員。
智葉「……親父。須賀……条が、驚いてる」
智葉「そこまで気にするほどだったか? 気にしないん……じゃ、なかったのか」
「そりゃ、お前が誰と遊ぼうと――好いた腫れたとやっても構わねぇし、口を出すなんて野暮ってもんだが」
「結婚まで視野に入れるとなっちゃあ、相応に見なきゃならないってモンだ」
ハイ、正論です。
「で、須賀条承太郎くん。お前さん、智葉のことを……どんぐらい思ってるんだ?」
京太郎(どの程度って……言われてもな)
まさか正直に言うわけにもいくまい。……が、嘘も困り者だ。
そもそもは――「辻垣内智葉に来た縁談(見合い話)」を、交際相手がいるからという体で断る為に言い出した話。
だから別に辻垣内組を騙すつもりはない。対外的な話だ。
かといって建前もあるので――――偽物だと京太郎が言い出さなければ、智葉の父は察していても「聞いていない」というのが事実になる――――言わないつ
もりだったが。
ただ、こうもなると……。
というか話が違う。
親父さんは何となく察して、それでも話に敢えて乗るだろう――と智葉は言っていたが。
「親の色目かもしれねぇが、智葉は分別のある子に育ってくれたとは思う」
「……智葉が選んだんなら、大丈夫だとも」
「ただなぁ……なら、お前さんは智葉のどういうところを気に入ったんだ? 惚れたんだ? 本当はどうしたいと思ってるんだ?」
何となく察してというか、何もかも殺(さつ)してるよ。
敢えてどころか、普通にガッツリ乗っとるやないですか。
京太郎「あー」
ここは正直に言おう。
建前が損なわれる――というのは非常に問題だが、ここまで娘を慮る父親を騙すなど忍びない。
やはり普通に、智葉が乗り気じゃないと伝えるのが一番じゃないだろうか。
ここまで娘を思っているなら、きっと伝わる筈である。
そして、そ知らぬ顔で京太郎をその縁談持ちかけて来た組へと「建前」として紹介すれば、大丈夫だ。
話は終了する。
「ただなぁ……俺は嘘を吐く野郎は大嫌いなんだよ」
……あ。話じゃなくてこりゃ人生が終了する。
青筋が無茶苦茶浮いてるし、拳が凄い音を立ててるのだ。
ある程度の武術家――特に空手や柔術などの打撃・投げ・関節系――は、拳を見れば強さが判る。
全体として、丸い。
指に肉が付いていて、さながら赤ん坊の手のひらのようで――ぎっしりとした丸みを帯びているのだ。指先の力を鍛えているが故に。
まず間違いなく、普通に生きていて指先の筋肉の鍛練など必要はない。
然るにこの手のタチは、かなりの使い手だ。
……などという、萩原と
荒川憩の言葉を思い返した。それぞれ別個に言われた。
その知識は必要なのかは疑問であるが……。
一応、覚えていて損はなか――――、…………なかったのか? やっぱり疑問だ……。
京太郎「その、智葉さんは……」
慎重に言葉を選ぶ。
嘘を言ってはならない。
…………いや、ここで正直に話さなければ却って余計に酷いことを呼び寄せそうだ。
――ここで京太郎に電撃が走る。
京太郎は、中学時代の顧問教師の顔を思い返していた。
名前は何だったか忘れたが、ヨーロッパ帰りの人で――あちらでは人気スポーツだ――かなり、練習に力を入れていた。
爽やかで、普段にこやかで女子生徒からも人気が高かったのだが――京太郎がちょっといいなと思った娘はこの人にぞっこんだった――、
にこやかなのに、笑ってないときがあった。
……そう、今の目の前の人みたいに。
「ほーぉう、“智葉”ねぇ……」
……うん、ハンドボールで散々身体に青アザ作ったからもうあんな喧嘩じみたのは懲り懲りだと思ったんだよな。
ゴールめがけて飛びながらボール叩き付けて来られるのってマジ怖いんだよな。避けちゃ駄目だし。
そう思うと、避けていい格闘技って親切で優しいと思う。
現実逃避を試みる。
智葉「……付き合ってるのに名前で呼ぶな、って?」
「いや……」
智葉「“さん”とも付けてる」
「……」
フォローが入った。
それは実に正論で、果てしなく正論で、限りなく正論なんだけど――煽りになっている。
だって、辻垣内智葉の口から「付き合って」と出た瞬間に拳が凄い音を立てたもん。
そりゃ、判っていて――理解のある親で居ようとしても、娘がいい歳だとしても、難しいだろう。
というか、中々この絵柄は本気で「彼氏に難癖付ける父親とそれに反発する娘」の構図だ。
演技力あるな……と思うが、そうしてる間に本気になりはしないだろうか。辻垣内智葉に限っては、大丈夫だと思うが。
明らかに嫌われてたり、普段からこちらへの当たりが強かったりと(新子憧や大星淡のように)、そんなタイプなら安心できるのだが――。
役を演じてる内に本気になるという話もあるし、恐らく京太郎にマイナス印象を持ってない為に、「こういうのもアリか?」と転ばぬとも限らない。
京太郎(そうなったら…………、いやいや、ないない)
京太郎(ないよな、先輩に限ってそんなの)
京太郎(だって辻垣内先輩は察しもいいし……大丈夫だろ?)
京太郎(大丈夫っすよね、先輩)
視線をやれば、目配せされた。
よし、ちゃんと演技だと判っている。
これで一安心だ――――
「……おう、いきなり見詰め合うとは、智葉とは“かなり”深い仲らしいなぁ」
――――訂正。余計に油注いだ。
というか、だ。
というか、まだ京太郎は演技をするという決心をしていない。
正直に話した方がいいのではないか――――と考えて、どちらにも行ける態度をとっている。
なのにこれでは、もう演技に乗るしかない。
だってここで「実は付き合ってるとか演技なんです」と言ったら、果たしてどうなるか?
間違いなく言葉通りに受け取られまい。
明らかに不機嫌モードの父親(ヤクザ)に恐れをなして、彼女ほっぽって知らん振り決め込む最低男だ。
そうなったら……まぁ、一発や二発ではなく殴られるのを覚悟すべきだろう。
京太郎(にしても、先輩なら……正直に言っても大丈夫だって考えてもいいと思うんだけどな)
京太郎(やっぱり、正直に話したら……)
京太郎(親父さんから相手方に『娘には恋人がいる』って断るときに、実はそうじゃないって出るってとこなのか?)
京太郎(……っぽいな)
京太郎(見た感じでも、先輩についてのことは滅茶苦茶正直に顔に出てるもんなぁ)
京太郎(なら、知らせないしかねーか)
なら、腹を括るしかあるまい。
今日から、この瞬間から自分は辻垣内智葉の恋人である――――。
さて、ではこれから智葉の父親を――交際相手の父親として接してみよう。
……どうしたものか。
そろそろ結婚したいとは思っているが、まさか結婚の挨拶まで向かうほどの想定などしていない。
だから、相手の父親とどう接したらいいのか判らない。
やるとしたら、今までの交際経験を思い出して――――そこからどうするか、という話だ。
……。
……今まで、付き合った相手の家族に会ってちゃんと喋ったことがない。
少し妥協して、女友達の家族と接したときのことから想像してみるとしよう。
となると、その家族と接したことがあるのは――
京太郎(咲と、憧か。……親戚込みなら大星も?)
京太郎(うーん)
京太郎(咲の親父さんは――)
界『咲が足を挫いて? すまんね、そりゃ大変だっただろう。……ありがとう』
界『君の名前は……、須賀京太郎くんか。そうか、ありがとう。須賀くん』
界『……お、こんにちは。須賀くん。これから朝練?』
界『へぇ、ハンドボール部か……あ、咲はただの捻挫だって。ありがとう』
界『君には感謝してたし、何かと内気だから……少しは気にかけてやってくれないか? ああ、ありがとう』
界『咲が京ちゃん呼びしてるんだけど、何があったんだ……須賀くん』
界『図書館に行くって、二人っきりじゃないよなぁ……?』
界『清澄って……君も、か』
界『……二人で清澄に行こうとか、そういう打ち合わせはないんだよな? なぁ?』
界『咲の誕生日プレゼント?』
界『……ああ、ちょうどいいものがある。ホラー映画のDVD、これだね』
界『え? ああ、ごめんね。勘違いだった。ホラー映画好きなのは姉の方だった』
界『咲はどうだった? ……ああ、そう。最後まで観たんだ。手を握って……へー』
京太郎(今改めて冷静に考えると、咲の親父さんすげー怒ってるのな)
京太郎(……結構使えるかもな、これ)
ちなみに咲とは幼馴染みであったのだが――それが判明したのは、ちゃんと話すようになってからだ。
いくつか話を出しても食い違うあたり、実に記憶というのは曖昧で、それが子供なら尚更の話だ。
いじめっ子から庇ったり……確か、何か「守ってやる」とか「泣いてるなら涙を拭いに行く」とか、そんな恥ずかしい台詞を宣わったような気がするが。
どうやら、そんなことは言ってないらしい。というか昔過ぎて二人ともうろ覚えだ。
何かのドラマや、或いは小説とごっちゃにしているのかも知れない。
というか、後半の台詞はもろオカルトスレイヤーじゃないか。
そのときからヒーロー願望があったのか、それともその延長線上なのか。
というかお前は、どれだけ涙を拭いたいんだ。お前はハンカチか。ハンカチなのか。
要するに泥なんてなんだい、ってことだ。……いやまぁ、やっぱり男である以上はそんな風に格好つけたいよな。
……まぁ、子供の頃がなんだろうと、関係ない。
覚えていない曖昧なそれだけが、自分と咲の関係ではない。
覚えている思い出だってちゃんとあって、それが咲との関係を形作っているのだから。
よし、じゃあ咲の父親を相手にするつもりで行こう。
ちなみに憧については――彼女の姉の望とであり、
望『憧がちょっと動物園に行きたいらしいんだけどさー』
望『女の子だけだとナンパとかあるかもだから、須賀くんも一緒についてってあげてくれない?』
望『そうそう、憧の交友関係って女の子主体だからねー』
望『あー、ありがとねー。憧、どうだった?』
望『……え、ああ、喧嘩っぽくなって離れて、ナンパされそうだったから助けた』
望『仲直りはちゃんとした? そう、ならよかった』
望『にしても、やっぱりまだ男苦手かぁ……よかったらさ、これからも憧と出かけてやってくれない?』
望『そうそう、ちょっと免疫付けてあげて。苦手意識の克服的な。……憧係?』
望『いらっしゃーい、いや、まさか憧が家に男連れてくるなんて……』
望『へぇ、須賀くんの家にも……』
望『どうする? 憧、婿入りしてもらう? 須賀くん義弟なら望むところだけどね(望だけに)』
……こっちはあまり参考にならないか。
さて――と。
これで一安心だ。覚悟完了だ。ツルギの理ここに在りだ。
ヒーロー見参は、どうなんだろうか。ショータイムには――考えものである。うん。
「おうおう、須賀条承太郎くん!」
中々、大きな声で呼ばれた。
――どうにも自分には、相手が目の前にいるのにふと考え事をしたら、潜ってしまう癖がある。
何せ、
原村和の「お嫁さん」発言だけで本人と飯食ってるのに妄想するぐらいだ。
あれは若さ故の過ちと妄想力だが、まぁ、集中するときは集中してしまう。
それでも、流石に普通なら気が付くが――須賀条承太郎などという偽名を名乗っていたから、この有り様だ。
……ああ、これ絶対印象悪いよ。失敗した。
京太郎「すみません……その、考え事をしてまして」
「考え事? 何を?」
京太郎「その、おとうさ――いや、智葉さんの親父さんに仰有られて……智葉さんのことを、どれだけ思ってるのか」
京太郎「色々と、振り返りながら……ちゃんと答えようと思って」
これでいいだろう。
「色々ォ……!? ほうほう、“色々”とあるわけだ……振り返らなきゃ行けない思い出が……!」
……どうしろっつーんだ。
まあ、きっとここからは須賀京太郎のステージだ。
何しろ、辻垣内智葉には――本当に心底感謝してもしたりないのだ。
それを正直に伝えればいい。
曲がりなりにも京太郎がプロとしてやっていけるのは、彼女から教わった“勝負勘”が故。“駆け引き”とも言おうか。
自分一人の力で他を惑わせるというのは、
竹井久から伝えられた技術であるが――。
他を把握し、場の空気を感じとり、他を使い、他を殺すのは――辻垣内智葉が拓いてくれた技能。
勿論、その力のベースであるものは
福路美穂子の“眼”だ。それを根幹たるパーツとして使用するからこその“狙い撃ち”と“駆け引き”。
……っと、話がまたそれそうなので置いておくが。
基本的な押し引き駆け引きと、思考に打ち込み狂わせる毒は、竹井久が。
全ての骨子となる材料を集める複眼を、福路美穂子が。
不運でもどんなときでも、人並みに攻められる加速力を、新子憧が。
毒を効果的に打ち込む毒針/或いは電撃を誘導するアンテナエッジとして、狙い撃ちを弘世菫が。
眼を基点にして、場の空気の流れを把握し、 場を掻き乱す羽根を辻垣内智葉が。
我ながら実に師匠たちに恵まれたものである。
だからこれを正直に言えば――言っただけで、“もう結婚したいとどれだけ真剣に考えてるか”の根拠となる台詞を言えそうだ。
あとは……
京太郎「……電話?」
――っと。
着信の主は、弘世菫だ。
流石に、こんな場面で出られそうにはない。申し訳ないが。
用事は……なんだろう。チーム関係だろうか。
須賀条承太郎としている以上、仕事関連の話を振られたら非常に不味い。よろしくない。
折り返し、或いはメールでお願いしようか。
「……出たらどうだ?」
京太郎「え? いや、失礼って感じが……」
「いや、構わねえよ。大事な話だったら、ことだしな」
うわーお。
これで、多分別の女友達とかだったら大惨事になりそうだ。
明らかに二股かけている腐れ金髪にされてしまう。女友達というだけで、あたかも浮気と同値で。
ただ、まぁ……弘世菫だから平気だろう。きっと。
京太郎「はい、もしもし……ジョジョです」
菫『ジョジョ……?』
京太郎「麻雀プロは煙草の煙を吸うと鼻の頭に血管が浮き出る」
菫『嘘だろ、承太郎!?』
京太郎「ああ、嘘だぜ。……だがマヌケは見付かったようですね」
よしよし、誘導できた。というかノッてくれたのが流石だ。
彼女から須賀と呼ばれても――まぁ、須賀条の渾名だと思われればセーフだ。
京太郎「で、どうしたんですか……先輩?」
菫『いや、辻垣内が好きそうだと思う店を見付けたからな。今度紹介しようと思うんだが……』
菫『その前に、須賀にも確かめて欲しくてな』
この人、タイミング良すぎだ。
正に、精密機械だ。
京太郎「確かめる……んですか? 判りました」
菫『ああ。私は合うと思うんだが……ここは、「承太郎! 君の意見を聞こう!」という奴だ』
菫『なんていうか……辻垣内は、私たちと違ってあまり独りで食べ歩きはしないからな』
菫『新しく紹介するなら……やはり美味くて好みにあったところがいい、と思うんだ』
菫『住所は、あとで携帯に送る』
京太郎「了解っす」
ありがたい。実にありがたい。
まず、普通に承太郎と呼んで、その後も承太郎と呼んでくれること。
元ネタありきとは言え――――こうも承太郎と呼ばれたなら、ポロリと智葉から「須賀」呼びがあってもそれは渾名だと看做されるだろう。
で、京太郎の趣味が「独りで食べ歩く」と言ったこと。
要するに、別の女の子誘って浮気っぽい行動はないという証明だ。
で、京太郎にも飯屋の確認を求める=京太郎は智葉の好みを把握している、という親密アピール。
更にやはり、菫が飯に誘わないことから、京太郎はその辺り女の子に誘われたり誘ったりしないという証左。
正にパーフェクト。
パーフェクトすぎる“救援(リリーフ)”だ。
流石は弘世菫。
流石は天上の荒武者。
流石はM.A.R.S.ランキング12位だ。
京太郎「じゃあ、また……」
菫『いや……もうひとつ』
京太郎「はい、なんですか?」
菫『淡の着信、拒否してメールにもでないらしいじゃないか』
京太郎「あー」
菫『そりゃ……な、判るよ。気持ちは判る』
菫『あいつはL○NEやTw○tterのノリでメールや電話をしてくるから……面倒だと思うのも』
菫『ただ……ちゃんと言ってやればアイツだって控えるし、そんな頻度では送らなくなるんだ』
菫『その……そういうのは何だかんだと気に入られてるってことだからな』
菫『アイツも心配するだろうから――ちょっとは、相手をしてやってくれ』
ちょくちょく、面倒なので着信拒否→解除としてきたが……。
なるほど、彼女の言うようにちゃんと伝えればよかったのか。
というのも大抵、あのメールや電話に応対している内に面倒でぞんざいな発言、或いは挑発などでお互い言い合い。
顔が見えてる普段はともかく、電話越しのコミュニケーションでは互いにフラストレーションが溜まって仕方がない。
だから通話を控えて、更にはそんなやり取りの後なので特に指摘はせずに一旦フリーズ。
それで、後々自然消滅或いは自然発生的に電話を戻していた。
だから、キチンと指摘する機会がなかったのだ――――と言い訳させてほしい。
京太郎「判りました。……ありがとうございます、弘世先輩」
菫『いや、私は別に何も――――って、ちょ、おい!』
京太郎「先輩? 一体、なにが……?」
淡『――――やい、無視してくれちゃって! この、セクハラ男! 軽薄! 強姦魔!』
淡『身体とか人のこと散々弄んで滅茶苦茶にして、飽きたらポイとかそーは問屋が下ろさないからね!』
淡『私は別にあんたとか気にしてないけど、いきなり着信拒否とか流石に信じらんないでしょ! ばーか!』
淡『嫌なら嫌って言ってくれたらいーじゃん! 前に遊びに行ったときみたいにさ!』
淡『聞いてるのかな、須賀! やい、須賀京太郎!』
……。
……。
……。
あっ。
これ、読めた。読めました。
……怖くて振り向けない。
振り向けな――
京太郎「おわッ!?」
咄嗟に前転。
先程まで頭があった場所を擦過する回し蹴り。
振り向いたら、下手したら顔面に激突していたであろう。そういう意味でも、正解だった。
何も嬉しくない正解だけど。
京太郎「あ、あのー」
構成員A「っだオラァ!」
構成員B「っすッぞコラァ!」
構成員C「んだワリャァ!」
わーお。
ガラッと開かれた襖からは、見るからに話が通じそうにない集団。木刀や鉄パイプ、白鞘――見なかったことにしよう――などなど。
どうやら、和室の外に待機していたらしい。
映画でしか見掛けないシーンがそこにはあった。プライスレス。
「別に女コマして、御丁寧に偽名まで使うたぁ……いい度胸だなぁ、オイ」
京太郎「い、いや……これは……」
淡『ちょっと、ねー! 須賀ー! 映画ネタバレしちゃうけどいいよねー!』
京太郎「ちょっと黙っててくれ、頼むから!」
「あ゛あ゛!?」
京太郎「違う、あなたじゃなくてですね!」
「てめー、怪しい野郎だとは思ってたが……結婚なんて認められるか、オイ!」
淡『け、結婚!? 結婚って!?』
京太郎「だから静かにしててくれ!」
「ンダコラァ!?」
京太郎「違います! 誤解です! すぐに終わらせますから、落ち着いて話し合いましょう!」
淡『今すぐ結婚すんの!? 私との(麻雀の)約束は!?』
「約束……結婚の約束かコラァ! てめえ、結婚詐欺師か!?」
京太郎「違いますって! そんなことした覚えはないですから! そんな約束してないから!」
淡『えっ……』
京太郎「切るぞ!」
淡『ちょ、す、須賀? きょ、きょーたろ――――』
「これ以上悪事がバレたくないってか、おう」
京太郎「違うんだって……!」
繰り出される攻撃を、バックステップで躱す――そこへと横薙ぎされる、木刀。
身を屈めて回避。そしてターンして、横っ跳び。
智葉はなんとか諌めようとしていたが、娘を傷物にされあまつさえ結婚詐欺被害に遭わされたと思い込む智葉の父親と、その部下は止まらない。
冷や汗が背筋を伝わった。
智葉「……怪我をするぐらいなら」
倒して構わないと、言葉を滲ませて辻垣内智葉は目線を向けるが――京太郎は首を振った。
京太郎「しませんし、させないですよ……怪我なんてのは」
京太郎「だって」
京太郎「俺たちのこの手は、牌を掴むもので――――手を取って、希望を届ける為の手だから」
卑しくもメディアに出て、人前で、糊口を凌ぐ身だ。
全世界数億人の競技人口の内でも、その頂点に程近いところに位置する身だ。
ならばそんな希望が――誰かを絶望させるなんてことが、あっていい筈が、許されていい筈がない。
ましてや、相手は辻垣内智葉の身内。
後ろに守らねばならないものがいるとか――そんな理由もないのに暴力で応戦するなど、愚の骨頂だ。
智葉「……須賀」
智葉「巨乳は希望か?」
京太郎「……え、何をいきなり」
智葉「アクシデントで
松実宥の胸を揉みしだいたって聞いたんだけどな」
京太郎「誤解ィィィイ――――!?」
京太郎「誤解っす! 俺が揉みしだいたのは妹の玄さんと憧と大星とシロさんであって、宥さんは揉んでません! 抱きつかれたことはあっても!」
智葉「ほう」
京太郎「ふきゅ」
だからって希望を絶望させていいだなんて、言ってない。
菫『なんだと……!?』
菫『淡は今、押し倒されてキスもされたと言ってるぞ!?』
ましてや追撃など言うまでもない。
京太郎「あれはアクシデント! 倒れたときに前歯が俺の前歯に激突しただけ!」
菫『本当か……? って、おい、照……どうした? 頭痛か? 耳鳴りか?』
智葉「ほうほう」
菫『照が、耳を塞いで譫言のように「どうしてそんな動物みたいなことするの?」って呟いてる! 照だけに!』
死体蹴りはやめてよう。
辻垣内智葉と、電話先の彼女たちとの会話に構成員はますますヒートアップした。
迫り来るローキックを、足裏で止める。
顔面に襲いかからんとする殴打を、外へ跳ねる右手の甲に巻き込んで払う。
繰り出された左拳を、左手で捌いて――――勢いそのままに一回転。パンチの主と背中合わせに。
「……てめえが、とんでもない腐れ野郎ってことは判った」
そりゃ腐るだろう。このまま殺されて放置でもされたら。
でもまだ生きてるからね。殺されかけてるけど生きてるからね。
むしろ腐れ野郎にしようとしてるのはそっちだからね。殺して腐らせて虫のエサにしてやるって目をしてるからね。
「智葉も下らねえ奴に騙されやがって……」
いやいや、騙されてるのそっちだから現在進行形で踊らされてるから。
むしろ“不運(ハードラック)”と“踊(ダンス)”っちまってるから。
しかし、どう収めるべきか。
このまま、相手の体力が尽きるまで躱し続けるべきか――――。
「――――なんてな」
京太郎「へ?」
「悪いな。うちの智葉が迷惑かけて」
京太郎「え?」
「本気の極道相手に、一切手を出さずその身のこなし……須賀プロだろ」
……もっと違うところで判別してくれませんかね。
どうやら、構成員の中にも特撮好きや格闘技好きが居たらしい。
…………………………麻雀好きは?
「いやあ、悪かったな。智葉に付き合ってくれたんだろ?」
京太郎「え、いや、まあ……というかどこから判ってたんですか?」
「ん? お前さんが一回転したところだな」
京太郎「……最近過ぎません? っていうか、それ……」
「それまでは殺すつもりだったな。半殺しだけど」
アイエエエエ……。
「左半身の骨……全身の骨を、丁度半分砕いて」
アイエエエエエエエ!?
「それに、前に家に来ただろ。麻雀打ちに」
京太郎「……覚えててくれたんですか?」
「ヤスがな。……すっかり顔を思い出せなかったが、言われてみればって」
京太郎「は、はぁ」
ありがとうヤスさん……と、周囲を取り囲む集団に目をやる。
誰が誰だかは、京太郎にも判らないが――――以前食卓にお邪魔したときに見知った顔があった。
もう幾人か記憶していてくれてもいいのではないかと口を尖らせたくもなるが、無い物ねだりだろう。
麻雀に於ける運と同じであるし、何より、一度飯を食っただけならそんなもんなのかも知れない。
「確か――――俳優で、麻雀プロだとか」
構成員A「自分は、スタントマンだって」
構成員B「自分は、人間のサラブレッド作る一族の出って聞きましたけど」
構成員C「サッカーのプロやないんですか?」
構成員D「お笑い芸人やなかかち、聞いとる」
構成員E「京セラは純愛」
構成員F「え、元特殊部隊出身のコックだって」
構成員G「ちくわ大明神」
構成員H「え、モデルとかやってる教師じゃ……」
構成員I「金剛型を不遇にして駆逐艦ばかり集める提督だって」
構成員J「マジもんのオカルトスレイヤーっすか!? フレイム好きっすか」
京太郎「なんて時代だ……」
・
・
・
京太郎「……という訳でして」
「……なるほどな。断る為に、と」
智葉「どうしても顔に出るから、誤魔化すしかなかったんだが……」
「いや、そんなに判りやすいか? 俺の顔のどこに、そんなに中身が……」
智葉「ヤクザが顔に出てる」
ハハハ、と笑いを上げるヤクザさんたち。
判りにくいってレベルじゃない、というか…………笑っていいのかも判らない。
タモさんみたいな外見のヤクザもいるが、「笑っていいとも」というより「笑っていいとも(無表情)」である。
怖いというレベルじゃない。ありゃ、相当撃ってる。
「なるほどな、確か智葉の後輩だとか……」
京太郎「はい。チームは別ですけど、大学時代はよく可愛がって貰って……」
「見りゃ判るよ。どうにもうちは男所帯だからな、智葉も時々そういう接し方になっちまうんだが――」
京太郎「?」
「――ま、身内として接するぐらいには、お前さんのことを気に入ってるらしい」
智葉「……」
「睨むなよ、美人が台無しだぞ」
気に入られていると聞いて、内心ちょっと嬉しい。
正直、ドッキリで盛大にハメられたときなど、「何か怒らせてしまったのだろうか」「嫌われるようなことをしたのか」と、軽く悩んだ。
とりあえず大星淡は着信拒否にした。
あれから――。
「私を最下位にするからとーぜん! ざまあみろ、須賀の癖に! あんなに遊びに行ってんのに騙されてるー!」というドヤ顔メールと、
「これに懲りたら淡ちゃんを敬うこと! 次の休みにケーキ奢れ!」という挑発メールと、
「でもドッキリはやり過ぎだったかな。大丈夫、須賀?」という一応の御免なさいメールで爆撃されたからだ。
あのドッキリばかりは本当に絶望しかけた。
痴女も勿論、着信拒否対象。
だというのにあの痴女は、「きょーたろ君きょーたろ君、どっちの下着来て欲しかと?」とか、
「きょーたろ君きょーたろ君、うちの写真撮りたかなかか?」とか、
「きょーたろ君きょーたろ君、上と下どっちが好き? 前と後ろは?」とか、
「正直きょーたろ君とかどうでもよかかち思っとるばってん、うちが舐められたら部長まで貶されたんも同然やけんね」とか、
「ところで舐められたらち言えば、きょーたろ君は犬っぽかち言われんと? バター犬って知っとーと?」とか、やたら常識を疑うメールを送ってくる。
というか痴女という時点で常識を疑う。
……なお。
国広一は痴女ではなく、ああいうファッションである。ファッションなのである。
「まぁ、これからも智葉とは宜しくしてやってくれや」
京太郎「うぃっす」
さて、これにて一見落着――――
「で、胸揉んだりキスしたり結婚の約束したってのは?」
ですよねー。
胸揉んだりキスしたり結婚の約束をした――――。
そう、誤解である。特に最後は大いなる誤解だ。
他の二つは、まぁ――――いくらか故意も混ざる以上(恋は混ざらないが)、完全否定だと些か事実と異なり語弊が出る。
だからと言って、正直に言ったらどうなるのかなど……言うまでもない。
――いや、実は高校生からの十年近い付き合いの奴が居て、ちょっとしたトラブルで胸を触ってしまったり、触らされたり。
――あとは、酔ったノリで何度も唇を奪われたりしてまして。
――結婚の約束なんてしてないですけど、お互いに数年後フリーなら結婚したいぐらいにいい女ですね。
……正気を疑う。
当事者だからこそ「そんな事実などあり得ないし、そんなつもりもない」と断ずることはできようが、傍から見たら男女の仲を勘繰っても可笑しくない。
こんな言葉を出してしまったら最後、説得など不可能であろう。余りにも難しい問題だ。
隠すべきだ。
隠すべきなのは判っている。迂闊なスキャンダルなんて生んだら、何のために
鷺森灼が身を引いてくれたのかがさっぱりになる。
ただ、やはり、大したことじゃないなら……逆にあっけらかんと喋ってしまえば乗り切れるかもしれない。
そんな風にウダウダと論じるなら……。
いっそ真っ直ぐな自分で――――もう嘘をつかないで生きよう。
京太郎「えーっと……」
京太郎「……」
京太郎「ど、ドラマとか……?」
「あー」
すまん、ありゃ嘘だった。
嘘を吐かないで生きるのは難しいが、嘘を吐かない方がより良い生き方だとは判る。
それに決して嘘は言っていない。
だって事実ドラマで結婚の約束をしたり(次の話でミンチになった)、キスしたり(マスクごしだけど)、色々あったからだ。
……ああいや、流石に胸を揉んだことはない。
どうせならハリウッド映画ばりに、滅茶苦茶可愛い女優さんとラブシーン演じて、それが縁で結婚に至らないかなー。
――――なんて思う程度には、京太郎も男だ。
が、それを口にはすまい。
した瞬間に、ケッコンカッコカリは血痕(狩)となり、ジュウコンカッコカリは銃痕(狩)になるだろう。
或いは、そんな欲望全開の思考を持つ魂は獣魂(狩り)だろうか。
どのみち狩られるのは変わりない。
獣なんだから、そりゃ狩りにもなるし銃痕刻まれるし血痕も散るだろう。どうでもいいが。
「……なるほどな、そりゃ、ドラマにも出てりゃあ色々あるか」
京太郎「そうなんですよ……麻雀プロなのに」
「うちの智葉よか、お前さんの結婚の方が心配になってくるな」
京太郎「あー、まぁ……」
半端に俳優業もやらされたが故か。
結婚の時期や状況次第では、ファンからなんて言われるか判らない。
きっと、おそらく、多分、もしかして、ひょっとして、可能性として、
瑞原はやりプロが未だに結婚に至ってないのもそんな理由だろう。メイビー。
男子ならともかく、女子――ましてやアイドルも兼ねていれば、そうなっても不思議ではない。
それでもファンの夢を壊さぬように振る舞う彼女はまさしくプロという他なく、尊敬の対象以外の何者でもない。…………何者でもないよ。
「まぁ、判った。智葉が乗り気じゃないってんなら……無理に進めるモンでもねえ」
京太郎「……断れるんですか?」
「曲がりなりにも、智葉に縁談出してきたんだ――――麻雀打ちとしての智葉にも、気があるだろうよ」
京太郎「はぁ」
聞いていた話と違う――気がする。
……。
……まさか、ひょっとして、辻垣内智葉は須賀京太郎に気があってこの話を持ちかけてきたのだろうか。
他に頼れる相手がいなかった新子憧。
また、たまたまあの場で出会った京太郎を選んだ大星淡とは違って――――。
相手を他に選ぶ余地があり、選べる方法がある女がわざわざ京太郎を恋人役に指名するというのは、そういうことじゃないのか?
これまで、
宮永咲に付き合ってそれなりに小説に触れてきた。
可愛い女の子を見て、つい結論を先走りそうになる自分だが――――これは所謂ひとつの、確定的な証拠と言えるんじゃないか?
智葉「……そうなのか、親父?」
智葉「てっきり、向こうにとっちゃ鴨が葱を背負ってそれが女だった――――利と益があったからじゃ、ないのか?」
智葉「だから、断るときに面子潰しって襲われても良いように須賀に……」
ですよねー。
というか、物理的な防御力を前提に、それを理由で麻雀プロに頼むのはおかしい。
そういうのは、麻雀プロのマネージャーに頼むべきだ。
……って、あれは例外だ。普通マネージャーはアサルトライフルの発射経験とCQBの体験なぞあるまい。
精々が、拳銃ぐらいだろう…………って、これもおかしいが、海外旅行で撃った経験なら、探せばいるだろう。
「それもある、というか殆どはそれだろうが――」
「矢張りな、ヤクザもんはどこまで行ってもヤクザもんなんだよ。フロントだ、なんだっつっても鉄火場が好きな馬鹿でしかねぇ」
「そりゃあ、欲だの利だのなんだの言おうが……心んどっかじゃ、辻垣内智葉が麻雀捨てるなんざ見たくねえだろ」
博徒は博徒――という話か。
ちなみに、ヤクザには博徒系とテキ屋系がいるそうだ。わりとどうでもいい。
鶴田姫子と
白水哩が、ヤクザとは何なのかを以前懇切丁寧に教えてくれた。流石は庭に金属製のフルーツが投げ込まれる国である。
智葉「……だったら、初めから断ってくれ」
「それじゃあ、面白くねぇだろ」
智葉「……」
「睨むなよ……お前が、どこまで麻雀に本気なのか見たかった」
智葉「……」
「家がなんだと、気にしてくれるのは嬉しいがな。……余計なことを気にして、全力で打てないなんてのは勿体ねえし」
智葉「……」
「そんな腑抜けたこと言うなら、続けてける職でもねえだろ。勝負だから、腑抜けにはできねぇ」
智葉「……」
「断って来ねえなら――――それはそういうモンだって、俺は考えることにしようと思った」
つまりは、試した――という訳か。
何とも人騒がせで不器用な方法だが……、智葉の父なりに、智葉を気にしていたらしい。
確かに。
続けられるか判らない――この先が見込めない道に、それも本人自身が乗り気でない道に、居続けるのも大変な話だろう。
まぁ、智葉が断らないなら断らないで、別な形にしただろうが。
「わりぃな、須賀プロ。巻き込んじまって」
京太郎「あー、まぁ……」
「智葉なりに、信頼して……なんて言っても始まらねぇわな。信頼してれば、何しても許される話じゃねえ」
「ただ、智葉も何かあったら君に手が及ぶ前にてめえがどうにかしよう……とは思ってただろうってのは、覚えておいてくれ」
「その証拠に、さっきから懐のドスに――」
なにそれこわい。
「それに……面子潰しで襲ってくるなんて、んなことがあるわけはねぇしな」
京太郎「そうなんですか?」
「火種、てめえから撒いてどうする。やるなら、もっとえげつない方法にする」
だから、こええよ。
京太郎「じゃあ、なんでまた……」
「そりゃ、甘えてんだよ。甘え」
智葉「……おい」
「こいつなりに悩んでもいたから、何かしら一緒に考えてくれそうな須賀プロに頼んだんだろうよ」
京太郎「辻垣内先輩が、俺に……?」
甘える。
……想像とかまるで出来ない。どうかしてる。
が、悪い気はしない。
それ以上に――――面倒で危険な事には巻き込まれたくはないが。まぁ、どうしてもしょうがないならその時はその時だ。多分付き合ってしまうだろう。
……しかし。
これやっぱり、実は結婚あるんじゃないだろうか。フラグが。
あまり想像したことはないけど、それはそれでありかも――――。
京太郎「先輩、俺……」
智葉「せめて……」
京太郎「え?」
智葉「健さん、文太さん、欣也さんとまで行かなくても……進ぐらいなら、私から『是非』って頼むんだけどな」
あ、うん。フラグとかないよな。知ってた。
京太郎「まぁ、その……正直巻き込まれたときはどうかと思ったけど」
京太郎「先輩には今まで色々良くして貰ったから――気にしないで下さい」
京太郎「いや、二度目は俺も困るから流石に説明下さいって感じですけど」
智葉「……」
智葉「ありがとうな、須賀」
京太郎「いや、まぁ……別に殺されかけた訳じゃないから大丈夫ですよ」
智葉「……」
「……」
智葉「……」
「え?」
京太郎「え?」
京太郎「あ、ああ! いや、いきなり襲われたときはビックリしましたけど――」
京太郎「……」
京太郎「急に、スタントなしで最高速のオープンカーでチャンバラしろとか……」
京太郎「いきなり、空挺でドラマの研修受けてこいとか……」
京太郎「取り方増やせるから、命綱なしで撮影とかに比べたら……」
京太郎「大丈夫です、はい……一応」
絶対麻雀プロにやらせることではない。間違いなく。
頼むから麻雀打たせてくれ――と、悩んだのはナイショだ。
そんな諸々の所為で、余計な時間を奪れて練習が足りずに負けたのか――とも思うと憎くなって、壁を殴り付けそうになったのもしばしば。
今でもやっぱりあれはどうかと思うが……。
色々と麻雀以外の手札を増やしてくれたと思えば、悪いことではない気がする。
……いや。
直ぐ背後で爆発が起こるとか、洒落にならないレベルに怖いけど。
俳優はスタントマンじゃないんだけど。
でもこれ、昭和の特撮なら普通に行われていたらしいんだけど。
俳優がアクションするのも別にチャメシ・インシデント――
って、そもそも麻雀プロであって俳優じゃないけどな。
……まぁ、そんな話はいいか。
もう用もないし、一件落着ということで話を終わりにしよう。
こう、色々と……。
一本木そうな智葉の父は、京太郎に好感を抱いてくれているだろう。だから今はこの空気を壊さぬまま立ち去ろう――
京太郎「まあそれじゃあ俺はこれで――」
菫「――――須賀、聞いたぞ!」
菫「照と結婚の約束をして忘れ! 淡の胸を直で揉みしだいて! しかも確かお前憧と付き合ってるんじゃなかったのか!?」
あっ(察し)。
菫「しかもお前、淡と腹上死とかなんとか――――」
やめて。
菫「大学時代頻繁に憧とデートに――」
やめて。
菫「そういえば白望の家にも半ば同棲――――」
許して。
菫「やえに何度も『この戦いが終わったら俺と結婚してくれ』と――――」
してくれないんだよなぁ。
智葉「……」
京太郎「……」
「……」
菫「ん?」
智葉「……」
京太郎「……」
「……」
菫「え?」
智葉「……」
京太郎「……」
「……」
菫「あれ?」
智葉「……」
京太郎「……」
「……」
菫「その、誰もいないから上がらせて貰ったんだが……」
それは不法侵入です。
麻雀プロが犯罪してどうするんだよ。
というか、門番はどうしたんだろうか。危なくないか、開けっ放しって。
智葉「……お前が蹴散らすから」
京太郎「蹴散らしてません」
智葉「……お前が暴れるから」
京太郎「……暴れてません」
智葉「……お前が派手なことをするから」
京太郎「………………あ、いや、その」
智葉「派手だ」
京太郎「…………あの、その」
智葉「派手」
京太郎「……あの」
菫「派手だな」
京太郎「……」
智葉「……」
菫「ん?」
京太郎「……」
智葉「……」
菫「なんだよ」
菫「いや、それは私も……流石に無断で入るのはどうかとは思った」
菫「ただ……」
菫「普通は誰かいるはずのところに……誰もいないなんて、これは何かあったのかと思って――」
心配して――ということか。
……。
なんというか、この人は本当に……。
京太郎「先輩」
菫「……なんだ?」
京太郎「それで何かあったら、どうするんですか?」
京太郎「……その、先輩は女性なんだから気を付けてくださいよ。そんな危険なところに行くなんて」
京太郎「嫌ですよ俺……それで先輩に何かがあったらって思ったら」
菫「……須賀」
仮に殺人犯なんてのが居たら“こと”だし、言うまでもなくヤクザのカチコミなら問題だ。
ヤクザの家が空いている。人がいない――なんてところに、おいそれと入っていいものではない。
……いや。ヤクザの家じゃなくても入っちゃだめだけど。
智葉「まぁ、リンゴを絞り潰すコイツをどうにかできるなんて思えないけどな」
台無しィ!
智葉「しかも理由がなんだった? 轟盲牌をやるためだったか?」
菫「……」
菫「違う。剛弓を引くために――」
智葉「お前は麻雀部で、麻雀プロだろう、弘世?」
菫「……」
智葉「……」
菫「……」
智葉「……」
菫「……待て」
菫「麻雀プロが武術をやっていてもおかしくはないだろ。趣味は趣味、仕事は仕事だ」
菫「ほら、そこに――」
そして、こちらを向く視線……だが直に、逡巡ののちに、結局は地面を見た。
まるで、床に落ちてしまった三段重ねのアイスクリームを諦めたあの日のように。
菫「……私が間違っていた」
智葉「そうだな。あとは須賀も間違ってる」
菫「ああ、須賀が一番間違ってる」
京太郎「間違ってるのは二人の俺に対する態度ですよね!?」
ひでえ。
確かに、古式ムエタイを使える麻雀プロというのは我ながらおかしいと思う。
自分でも本当に、無駄なことをしたと思うし――役にも立ったが――それが理由で、無駄なアクションをする羽目になっているのに思うところはある。
だけど、こう、酷くないだろうか。
まるで恰も世界の歪みを見付けた……みたいな扱いをされるのは。
京太郎「……というか先輩、さっきの話を聞いてここに来たんですよね?」
菫「ああ」
菫「淡の奴がどうしても……と言うから」
その割に、大星淡の姿はない。
まあ、別に居なくても構わないし、居たらいたで煩いだけなので別に構わないが。
あれだけ騒いでいたくせに顔を出さないなんて、やっぱり思考回路が判らないと思うだけだ。そう、それだけだ。
菫「結局途中で、ラーメン食べに行くっていなくなったけどな」
京太郎「……」
智葉「……」
菫「照もなんだかしょげてたから、そのまま任せたし……まぁ丁度いいだろう。だから私が代わりに来た」
京太郎「……」
智葉「……」
菫「ん、どうした?」
京太郎「……だって弘世先輩、最高だから」
菫「え、なんて……?」
京太郎「弘世先輩は最高です!」
菫「ひゃっ!?」
菫「いきなり大声を出すんじゃない、須賀!」
この人の、こういう――ごく自然に自分が苦労を買って出るところは、本当に尊敬している。
それでこそ自分の先輩であると――誇らしい先輩であると心の底から京太郎は思った。
え、あ、竹井久は……うん。あれはあれでいい所もあるし、ちゃんと面倒見もいいし、本質は悪い人ではない。……と思う。
京太郎「で、話戻しますけど」
菫「……逸らしたのはお前の方だ」
京太郎「す、すみません……」
京太郎「俺の電話があってここに来たんですよね?」
菫「ああ」
京太郎「ってことは、俺が中にいるって判りますよね」
菫「ああ」
京太郎「その状況で何かあったって、もう確実に俺がらみしかないじゃないんですか?」
菫「あ」
京太郎「……ってことは、何かって言ってもそんなにすごい何かがあるとかありえませんよね」
菫「……」
京太郎「……」
智葉「……そのことも忘れてきたのか」
菫「……」
京太郎「……」
智葉「……」
菫「お前が心配だったんだ……そういうことでいいだろう? それが答えに決まってる」
京太郎「アッハイ」
弘世菫が、面倒そうに視線を逸らすのを見て笑いが零れた。
普段はしっかりしているのに、些細なところで抜けていたり伝法な態度に出るのが、何とも人間味が溢れていて面白い。
きっちりかっちりと出来る女――という訳ではない、彼女の親しみやすさだ。
京太郎「じゃあ、そういうことにしておきますね」
京太郎「兎に角、次からは――」
菫「……」
菫「おい」
京太郎「はい?」
菫「何、ニヤついてる」
京太郎「えっ」
菫「何がおかしいんだ。何が」
京太郎「いや、別に……」
菫「第一な、説教とかなんなんだ。私がこう……恰も、間違えたみたいじゃないか」
菫「そりゃあ、私だって人間だから偶にはミスをする。偶には」
智葉「……“偶には”?」
菫「うるさい。……そう、偶には間違えてしまう。間違えるんだよ」
菫「それを、こう……『困った先輩だ。微笑ましい』――――みたいに笑うとか、なんだ」
京太郎「いや、そんなつもりじゃ……」
菫「いや、そんな顔をしてた。私が言うんだから間違いない」
どんな絡み方なんだろう、これ。
菫「私はな、こう……友人と後輩とお前の名誉の為に、色々心配してたんだ」
菫「必死だったんだよ、必死」
菫「なのに……なんだ、おい。聞いてるのか?」
京太郎「聞いてます。……すみません」
絡み酒のような態度に、苦笑を浮かべる京太郎だったが――。
余程恥ずかしかったのか、と結論付ける。この先輩、弘世菫は、後ろ暗い個とがあったら得てして多弁になる。
悪い事をしたなと頭を掻きつつ、首を垂れる。
智葉「まぁ、弘世が残念なのはいつも通りだとして」
京太郎「ははは」
菫「……おい」
智葉「――で、何があったんだ?」
京太郎「……」
京太郎「はい?」
智葉「惚けるなよ、結婚の約束とか胸を揉んだとか、キスをしたとか――」
智葉「その辺りのことだ、須賀」
京太郎「いやー」
京太郎「な、なんて言いますか……あのー」
智葉「たっぷりと聞かせて貰いたいものだな。なぁ、弘世」
菫「え、あ、ああ……そうか? 私は別にあまり気には――」
智葉「――昼飯、食べていくといい」
菫「須賀、私にも説明して貰うぞ!」
京太郎「ええっ!?」
なにその変わり身の早さ。
京太郎「……あー、判りましたけど」
京太郎「これだけは言わせて下さい……絶対に」
智葉「ああ」
京太郎「俺は、麻雀プロです。M.A.R.S.ランカーです。オカルトスレイヤーです」
京太郎「信じてくれるファンの為にも……俺は、後ろめたいことなんて一切してません!」
京太郎「それに――」
菫「それに?」
京太郎「――――俺は、相棒である
小走やえ一筋です!」
智葉「私にも求婚しようとしてたのに?」
京太郎「ファッ!?」
思わぬ大暴投に変な声が漏れた。
思い返してみる――――確かに、言った覚えがある。言いかけた記憶がある。言いそうになった過去がある。
……あるのか。
どうなのだろうか。最近、麻雀プロ的な意味で婚期に焦っているからポロっと飛び出したのかもしれない。
無意識に飛び出すので、誰に何回言ったかなんてまるで埒外。記憶の外。
これだけは確実に言えるのは――――
宮永照と、大星淡相手には言っていないということである。
菫「~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!?」
菫「バカなっ、聞いてないぞ!」
智葉「今初めて言ったから、当然だ」
智葉の父や、構成員の方々に頭を下げていた弘世菫が鬼のような形相でこちらを見た。
ありゃ、相当射(う)ってる。人殺しの目だ。
菫「何故だ……どうしてなんだ、須賀」
京太郎「……先輩?」
菫「何故、こいつに言って私には言ってない! 一度も聞いてないぞ! おい!」
京太郎「へ?」
……なんだろう。これはモテキなのだろうか。
頼りになる弘世菫が、まさか自分からそういう告白をして欲しがっていたなんて――――こちらをそういう目で見ていたなんて。
些か予想外過ぎて、瞬きが止まらない。
菫「クソッ、私の何がいけないんだ!?」
菫「『人殺しの目をしているから智葉の方がいい』とか! 『怖い』とか! 『年下に厳しそうで説教しそう』だとか!」
菫「胸か!? 胸の差か!? ああ、PADだ! PADで何が悪い!」
京太郎「せ、先輩……その辺に……」
フラグではなかった。スイッチだった。
知らず知らずのうちに、弘世菫の地雷を踏んだらしい。
菫「いいことを考えた。須賀、お前私に二回求婚しろ。それがいい」
菫「そうすれば、私は辻垣内には負けてない。そうだろう?」
京太郎「いや、その理屈は……」
菫「聞く耳は持たない」
ええー。
というか、聞く耳を持たないと告白は聞けないのではないだろうか。
菫「ほら、早くしろ」
京太郎「せ、先輩……ッ! 痛っ、痛いっス! く、くび……首の骨、砕けま……すッ!」
菫「暴れるな。暴れるなよ」
京太郎「ひっ、やめ……っ」
京太郎(さ、酒の匂い……って、酔ってるのかよ!?)
スマートフォンが、ポケットで震えた。
取り出そうとして、弘世菫の込められた力に身体が負けて、手から零れ落ちる。
京太郎「い、言います! 言います!」
淡『ねー、すーがー。あんたテルになにし――』
京太郎「――好きです、好きです、好きです、好きです、好きです、好きです、好きです、好きです!」
京太郎「大好きです! 弘世先輩は最高です! 大好きです! 大好きです結婚してください! お願いします!」
淡『――』
菫「聞こえないな。もっと大きな声で言え」
京太郎「弘世先輩は最高です! 他の女のことなんて考えられません! 結婚してください! 俺と!」
淡『――』
……この後。
更に智葉の父親も「おうてめえ、智葉に求婚とはどういうことだ」と参戦して、より混沌たる状況になったことは言うまでもない。
なお――。
弘世菫の名誉の為に言おう。
彼女が酔っていた理由というのは、唐突にスピリタスを瓶で一気飲みしようとした宮永照からそれを引き剥がし。
その時のトラブルで、飲んでしまったから……らしい。
この後めちゃくちゃ土下座された。
――了
__ __ __ __ __ __ __ __ __ __ __ __
【辻垣内智葉の好感度が上昇しました!】
【弘世菫の好感度が上昇しました!】
最終更新:2014年06月04日 11:43