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「やれやれ、違うよ……京太郎くん」

「えっ」

「こういう時は“機知(エスプリ)”を効かせてこう言うのさ」


 ガチャリと手錠が音を立てた。

 瞠目する須賀京太郎。今より若く、……いや幼く、そして擦れ切ってない真っ直ぐな瞳。

 真っ直ぐな怒り。

 だからこそ、こちらは冷静になれる。怒りという炎を、高密度な蒼い炎に――――更には爆発を心待ちにする炸薬へと熟成できる。

 さながら、樽に眠るワインのように。


「――――ボクの名前は国広一


 恐怖はある。

 だけれども、これは舞台だ。


「――――その少女の魂の名誉の為に」


 観客は彼。

 いつしかかけがえのない友人となっていた、主と同じ金髪の少年。

 不思議なもので、彼に観られている間は弱音を吐けない。なんとしても最高の芸を、一番格好つけた演技をしなくてはと思えてならない。


「――――左にいる我が友、須賀京太郎の正当なる怒りとその心の安寧の為に」


 にやりと笑う。

 いつからか、こんな関係だ。自分は彼の友人であり先達で、彼は自分の友人であり愛弟子だ。

 だから、格好を付けなきゃ始まらない。


「――――ここからは“ヒーロー(ボク)”が“悪者(きみたち)”をブッ飛ばす、完全無欠のショータイムだ!」


 そう、いつからか。

 いつだって――――。






「……夢ェ?」


 髪の毛を掻きながら、国広一はやおら身を起こした。タンクトップに下着だけでは、そろそろ肌寒い季節になってくる。

 これでいて普段着よりも露出が抑え目なのだから、普段はどれぐらいの涼しさを覚えているのかなんて言うまでもないだろう。

 そういえば髪の毛が伸びたかもしれない、こっちは変わらないけど――――などと胡乱とした目線を毛先と慎ましやかな……いや、平坦な胸部に向けた。

 目を擦る。

 うー、と頭を揺らしてみる。


「懐かしいな……これ、確か昔の……」


 彼がまだオカルトスレイヤーではなかったときの記憶。

 今でこそ、きっと造作もなく下すことができるだろう相手に苦戦した思い出。

 彼と共に、許せない悪と戦うという実に非日常に富んだ冒険譚。

 あれは確か、所謂オカルトを持つ少女を借金のカタにして賭場を荒らして回っていたヤクザ者と戦った追憶。

 そう、売られた少女。それに手を差し伸べたヒーローの――


「……あ」


 そういえば、その件のヒーローその二は我が職場に宿泊したのではないか。

 そう、職場。我が家であり職場である。

 そう、職場ということはつまり――


「し、しまった!? 寝過ごした!?」


 ――実にグレートな職務怠慢を果たしたという訳である。




「うぅ……ごめんなさい、萩原さん」

「いえ、幸いにして今日の来客はございませんので」


 髪を結わいて頬っぺたにプリントシールを張っていくその頃には、すっかりと朝の仕度は終わっていた。

 慚愧の念が絶えないが、執事の萩原は年齢不詳で本性不明なアルカイックスマイルを浮かべている。

 だが、どうやら「休日ですので」と続ける彼の言葉に怒りとやらは見えないので、一先ずは安心しても良いだろう。


「昨日は京太郎くんと盛り上がっていたようなので、『もしかしたら』と織り込み済みです」

「……そっか」

「そうです」

「……」

「……」

「……なに」

「何か?」


 笑顔の姿は変わらないものの、どことなくその質が変化した風に感じるのは気のせいだろうか。気のせいではない気がする。

 完全で瀟洒な執事だった彼は、いつの間にか中々の茶目っ気を発揮するようになっていた。

 いい意味で打ち解けたということだろうか。自分よりも、この屋敷は長い筈だが。

 理由は――まぁ、例のある少年のお陰だ。今は青年だが。

 同性の友人で、彼に付き合って色々と経験をする内にある程度は角というか気負いが取れたらしい。老人になったら、さぞかし軟らかく遣りにくい執事にもなろう。

 そんな萩原の意味深な視線から、ばつが悪く視線を逸らしてみれば――


「あ、一さん! おはようございます!」


 ――件の彼が、実にいい笑顔でそこにいた。

 しかも燕尾服で。エプロンつけて。生クリーム泡立てながら。

 ……。

 ……なにやってるのさ、君は。



「なにやってるのさ、京太郎くん」

「折角だから俺も、ハギヨシさんの仕事をやってみようかなって……」


 いや君、麻雀プロだよね。


「……そのエプロンは?」

「ケーキを……その、ハギヨシさんと……」


 ……いや君、麻雀プロだよね。

 僅かに申し訳なさそうに、というか照れ臭そうに困った笑いを浮かべる須賀京太郎。

 その恥ずかしそうな様子が「ハギヨシさん……」に被っているため、同僚の沢村智紀のようなソッチの気がない国広一としても変な勘繰りをしたくなってしまう。

 そんな様子だから、あることないこと囁かれるのだと思う。……困ったもんだ、この弟子。


「あー、うん……まぁいいや」

「?」

「まぁいいや、うん」


 音に鳴るかとばかりに疑問を表情に浮かべる須賀京太郎。

 なんとなく、こういう様子があの少年の時分から変わっていない。

 そのあたりがルックス以上に人気の秘訣なのかと思う。……タレント的な意味で。


「……なんですか?」

「いや、ルックスもイケメンだなって」

「……。……それ、わりとレース序盤で脱落しますよね」

「ついでに中盤で死ぬね」

「……」

「……」

「不吉ですよ!?」

「ツキとか気にするタイプだっけ?」

「いや……それは……まぁ……」


 訝しんだ彼になんとなく軽口をぶつけてみる。予想通りの反応だ。

 というか、予想以上に面白い。

 特に最後辺りの、丸め込まれて釈然としないながらも大人しくなる大型犬のような様子が、なんとも可愛らしい。

 ……。

 ……大の大人の男に可愛らしいという形容詞はどうかという話だ。訂正しよう。他にいい言葉が見付からないが。



「……で、さぁ」

「はい?」

「最近どうなの?」


 一が投げた問いかけに、須賀京太郎は僅かに言葉を詰まらせた。

 どうやら御世辞にも良いとは言えないのだろう。そんな様子を見なくたって、テレビの前から把握している。

 最近思い悩んでそう――というのぐらいは、わざわざ聞かなくても判る。その程度の付き合いだとは自負している。

 まぁ、無理もないだろう。

 念願叶ってプロになったはいいけれど、麻雀プロとしてではなくタレント的な名の方が売れているのだから仕方ない。

 まだプロになっていない、大学生の頃から撮影に駆り出されていると聞けば、一とて良い気はしない。

 だけれども――――ああ、知っている。

 国広一は、須賀京太郎がどんな人間か判っているのだ。


「まぁ、一年目ですから! ここからですよ!」


 そう、彼は気を回す格好付けだ。だからきっと、ストレートに問いかけられたって弱味を見せない。

 だからこんな答えは予想通りなもの。

 彼が格好付けというのであれば、国広一は友人として格好を精々付けさせてやればいい。

 だから、質問の内容を切り替えた。


「……目は?」

「あー、えっと……今のところは大丈夫です。そこまで無理に遣ってはないので」

「そう? ならいいけど……」

「……判ってます。次に昔みたいになったら、最悪俺は麻雀プロを続けられなくなるって」


 頷く彼に、一も首肯で返した。


「まぁ、そうなったらうちで養ってあげるよ」

「一さんがですか? ってことは、主夫かぁ……」

「……悪いけどヒモは嫌だからね?」


 お得意のウィットでお茶を濁して、やれやれと伸びをしてみる。すると彼も胸を撫で下ろしたらしい。

 素人に気取られてしまうあたり、プロとしてまだまだという気もするが……何も休日まで気を張れというつもりはないので大目に見よう。

 仕事がどれだけ大変だったとしても、この家にいる間はせめて穏やかで居させてやりたいのだ。


「……そういえば、前にボクが教えたおまじない覚えてる?」

「おまじない……?」

「……」

「……」

「……はぁ」

「す、すみません……」

「まぁ、忙しいから仕方ないか」


 やれやれと溜め息を漏らしてみる。

 こうもやれやれと呟いていたら、流れる星の“十字軍(クルセイダーズ)”になってしまう。困ったもんだ。

 いや、確かに星のプリントシールを貼っているが。それもうなじに。

 ……ちなみに頬っぺたにはハートの2だ。深い意味はない。


「まぁ、また忘れるかもしれないけど」

「……忘れませんよ」

「忘れてたのに?」

「……こ、今度はちゃんと」

「そうかなー?」


 まあ、忘れたならその度にまた魔法をかけてやればいいだけだ。









 ――――そして。



「M.A.R.S.ランキング、13位。異名は――『オカルトスレイヤー』だ」


 それからおおよそ一年後の夏、彼はある舞台に臨んでいた。

 かつて国広一と共に行ったように、身の丈に似合わない不幸に縛られてしまった少女達を救わんと。

 優しき心と、正しき怒りを拳に湛えて。


「ダサい」

「オカルトにスレイヤーされるんじゃなくて?」

「ただの人間じゃん」

「13位って、不吉な順位ですね」

「ダサい」

「ダサい」

「……手厳しいな、女子小学生。スゲー泣きそうになってくる」


 降りかかるのは無情の言葉。押し寄せるのは非情の展開。

 それでも彼は格好を付ける。

 どこまでも人間で、“道化的(ジョーカー)”だったとしても、己こそが“切り札(ジョーカー)”足らんと。


「……泣けばいいでしょ、いい歳こいて」

「変な名乗りに付き合わされる私たちの方が泣きたいですよ」

「……いや、マジに手厳しいなオイ」


 彼は立ち上がることを止めない。

 いつか、一にはこう言った。

 例えこの手がちっぽけでも、特別な力なんてなくても、言うにまれない事情なんてなくても、大層胸を張れる覚悟なんてなくても――――。

 誰かが泣いているなら、そんなのは涙を止めない理由になんてならないと。


「ま、いいさ。冗談はここまでだ」


 小さく彼は呟いた。


「こっから先は、真面目の本気で……俺が証明してやるよ……! さっきの言葉をな」


 そして彼は舞台に登る。涙を笑顔に、絶望を希望に変える魔術師の仮面を身に纏い。

 種や仕掛けのある“奇術師(マジシャン)”ではない、トリックではない“魔法使い(ウィザード)”の時間だ。









「――さぁ、ショータイムだ」










    ◇ ◆ ◇



 ――だからさ、辛かったり苦しいかったりしたときはそれが舞台だと思った方が良いよ?

 ――そう、舞台。

 ――ボクたちマジシャンはね、ポーカーフェイスが基本だけどさ。

 ――まあ、やっぱりそうも言ってられないぐらい緊張したり不安になったりするんだよね。

 ――でもさ、皆舞台の上じゃそんな素振りは見せない。観客の前じゃ、絶対に情けないところは見せない。

 ――だから、もしも京太郎くんがこの先何か不安になることがあったらこう言って格好付ければいいよ。

 ――不安なんて、絶望なんて笑顔のポーカーフェイスで吹き飛ばせばいいんだ。

 ――いいかい?

 ――頑張ってね、君はボクの最後の希望なんだ。

 ――そう、辛いのも苦しいのも全部舞台の上だよ?

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最終更新:2014年12月21日 13:36