「……オラ、どうしたオカルトスレイヤー様よぉ!」
破顔絶笑。
抱腹絶倒とばかりに響く、呵呵とした男の笑い声。
天目譲司は確信していた。ここからの逆転など不可能。たとえ一位が相手でも、それは変わらない。
譲司の腕に嵌めた金時計が光る。同じく蛍光灯の灯りを反射する、京太郎の左手の薬指に輝く指輪を見て舌なめずりをした。
ここからだ。
何もかも奪って、屈辱と絶望の渦に放り込んでやるのだ、この男を。
「たとえ1位様でもなんでも……てめえがブッ倒れるのを見物して、てめーの持つモン全部奪って、後は俺たちが返り咲いてやるだけだなァ」
擦りあわされる蟲の羽音か、或いは断末魔か。
誰しもが顔を顰めるような不快な声色で嗤う。醜悪に、卑俗に、下劣に嗤う。
譲司以外の一切は口を閉ざしたまま。
立会人は元より静観。少女は沈黙を保ち、
末原恭子は冷徹な表情。
二条泉は悔しげに拳を震わせた。
「なるほど、完璧な作戦だな」
静かにそうとだけ、呟いた。
そして、自動卓により競り上がる牌の山。親の泉のボタン一つで、切込みが生まれる。
だけれども、結局は同じ――“異能”は不確定を支配する。如何なる超常か、洗牌の時点で――積み上げられた時点で。
その山の中身というのは、決まっているのだ。
「“実現不可能”ってとこに目を瞑れば――――だけどな」
配られた牌を眺めて、須賀京太郎はそう呟いた。
「あ?」
天目が問い返す中、須賀京太郎はただ――目を閉じた。
須賀京太郎・手牌::二七八九萬 ②④⑦筒 1117索 南南
須賀京太郎は、眠るように両目を落とした。
いや……実際その瞬間、数秒たりと言えども睡眠していたのかもしれない。ただ、あらゆる脱力を行ったのは確か。
脳に蓄積した疲労に身を預け、彼は意識を半ば手放しかけている。
極度の精神的疲労状態にある彼が――呼吸と共に、一瞬で緊張を解いた。
その呼吸は、深呼吸でもなければ平常の呼吸でもない。ある特殊な呼吸法であった。
その瞬間、待ちわびた交感神経と副交感神経が交代する。無意識にほど近い領域で、ある現象が発現した。
――これは何も、異常な現象ではない。
例えば、疲労困憊してたった十数分しか存在しない電車での移動の内――駅から駅への移動の間に、ごく短時間の睡眠を繰り返した事は?
睡眠中、人間の体内で行われる事は大まかに三つ。
一つが体内の疲労物質の除去・回復。一つが成長ホルモンの分泌による破損個所の修復・再生。一つが蓄えられた記憶の整理・修正。
生命活動を行う上で不可欠なこれらを、どうしても得られない場合――人間の脳は、“微小睡眠(マイクロスリープ)”という極々短時間の睡眠にて実行する。
多くの場合その兆候として、微小睡眠に落ちる瞬間に“睡眠時と同じ呼吸をしている”というものが現れるというのが、研究によって明らかになっている。
ならば、意図的にその呼吸にして脱力してしまえば――。
「………………、――――!」
直後、再び開かれる瞳。
外界のあらゆる情報を遮断し、短期間の回復を行った大脳新皮質が覚醒と同時に――最大出力への助走を開始。
脱力からの緊張が、運動に於いては最大限の効果を生むと言ったが……。
しかしある一点に於いては、それは悪戯に己の命を追い込む事に繋がっていた――――が!
だが、それがいい。
(《“擬似(タキオン)――――)
能力①:「リーチにしか至れない」
能力②:「役牌を抱え込む」
能力③:「他家が聴牌した時、聴牌する」
能力④:「他家がリーチして追いかけた場合一発でロン和了する」
能力⑤:「カンしたその牌がカンドラとなる」
条件①:「ツモで和了牌を掴む事は不可能=自分で和了牌を引けない/必ず他者の和了牌を抱える」
条件②:「手牌は必ず順子+刻子複合系」
条件③:「ヤオチュウ+中張牌の複合系」
条件④:「ドラの使用が不可能。赤ドラも裏ドラも乗らない」
条件⑤:「他役の複合が不可能=三色同順/一気通貫/タンヤオ/平和/イーペーコー/三暗刻/チャンタ/混一色/清一色になる形にはならず」
(――――――――――神経加速(エミュレート)”》!)
鼓動を最大限/血圧を最高限/緊張を限界点/神経を臨界点/閾値を極限点=走馬灯を強制――加速/加速/加速/加速/加速/加速――――加速!
肉体を苛む以上の精神的な苦痛は既にその分水嶺を超え生命維持への警告を与えると共に擬似的な臨死体験に至り人生を振り返り加速に至る。
かつて行われた非人道な実験人間は思い込みによって火傷を行い思い込みによって人は死ぬ決してこれはあり得ない話ではない実際に起こり得る。
サリンなどの神経ガスが阻害するのはアセチルコリンの制御を行う受容体であり分泌が抑えられなくなったアセチルコリンの影響により人間は死に至る。
つまりは人間自身が脳内に自分自身を破滅させるに足る毒物を抱え込み翻れば人間の脳は自壊や自損に足るほどの物質を内包している。
脳内の反応でどこかの受容体が損なわれば人間は容易く死に至る外傷なく人間は死亡するそれが例え思い込みであっても人は死ぬ。
故に――どこまでも深くどこまでも遠くどこまでも高く自分自身を追い詰める/追い詰められる/人間にはそれが出来る――――加速しろ!
死にたくなければ加速しろ生きるために加速しろ勝つために加速しろどこまでも加速しろただ人が人であるために加速しろ――加速しろ!
絶望を許すな/不条理を許すな/無慈悲を許すな/理不尽を許すな/残酷を許すな/惨劇を許すな/涙を許すな――――そのために速く! もっと速くッ!
(――――――――――――――ッ)
仮定①:「タンヤオにならない=ヤオチュウ牌の面子と中張牌の面子の張り替えが不可能」
――――京太郎はさ、やっぱり笑ってる方が似合うよ。私が保証する!
仮定②:「現在の刻子の数+引く筈の刻子=三以下/三暗刻不可能」
――――何があったか知らないけど……いつまでも仏頂面してるとおゆはんが不味くなると思……。
仮定③:「混一色にならない=同色+字牌での張替えが不可能」
――――あんたと日本一になった事、忘れない。私の相棒はあんただけよ……京太郎。
仮定④:「一気通貫にならない=同じ色の牌を八つ引く事は不可能」
――――ねえ、嘘だよね……きょーたろー? 引退とか……さ。だってまだ、まだ私リベンジしてないよ?
仮定⑤:「七対子にならない=引いてくる+手牌で対子が六つ来ることはない」
――――いーい、須賀君? 『LESSON1』よ! 私の事は師匠と呼びなさい!
仮定⑥:「少女の手牌=三暗刻以上不成立/重なる牌を決して引かない」
――――ええ、そうは言っても私も完全に眼だけに頼ってる訳じゃないんだけど……。
仮定⑦:「誰もドラを使えない=ドラ周辺牌が少女によって囲い込まれる/刻子二つ確定」
――――予め言っておくが、私のは異能じゃなく『技術』だ!
仮定⑧:「少女の手牌=混一色不成立/刻子二つ+搭子にならないその色」
――――心理戦か……まあ、ついででいいなら教えてやる。弘世がうるさいしな。
仮定⑨:「赤ドラを誰も使えない=赤ドラはバラバラ/その周辺を引けない/搭子にならない」
――――須賀君、牌の効率が一番ですが効率というのは状況によって……。
仮定⑩:「三元牌を使えない=一部を除き全員のところにバラバラに配られる」
――――うち、
清水谷竜華。一応は8位……よろしくな!
仮定⑪:「裏ドラを誰も使えない=完成形の手牌に存在しない牌が裏ドラ/王牌に眠る」
――――南浦数絵です。ええ……はい、南場での追い上げは任せてください。
仮定⑫:「及び切らぬ支配=王牌に向かう皺寄せ」
――――京ちゃん、京ちゃんの分も私戦うから……。京ちゃんの分も、麻雀続けるから……!
仮定⑬:「誰か一人に客風を三つ押し付ける=無駄ヅモ三巡」
――――お姉ちゃんの方が年上だから、京ちゃんのことを守るのはお姉ちゃんだから。
――――今度は麻雀なんかじゃなくてあたしに夢中にさせてあげるから……目を離したら、ダメなんだから。
(――――――――――――――――――――――ッッッ)
己自身の脳内物質により死亡に直近くなるその思考は走馬灯を飲み込み、須臾を超えた。
彼は――瞬息を凌駕し/弾指を踏破し/刹那を突破し/六徳を卓越し/虚空を超過し――――清浄を振り切り、置き去りにする!
一万分の一秒など静止に同じ。
百万分の一秒、百億分の一秒でさえも牛歩が如く感じる彼の加速は半生を振り返り、そして余った空白で幾兆幾京の可能性から、あり得ない条件をただ刻み落とす。
思考と演算という――人類が持てる、人類のための、人類固有の“大剣”が。
あらゆる事象と時空を裁断し/寸断し/割断し――――そして、一に至る。
最終形:四五六萬 ①①⑨⑨⑨筒 56789索――――二萬、四萬、九萬、北、北、北、中、発、【⑤】筒、【⑤】筒、⑧筒、④筒、②筒、3索。
最終形:一一一八八萬 ③④⑤筒 78999索――――①筒、東、⑦筒、一萬、②筒、③筒、二萬、南、九萬、中、白、発、【五】萬、3索。
最終形:⑥⑥⑥⑧⑧⑧筒 56索 東東東白白――――8索、二萬、3索、四萬、六萬、④筒、⑨筒、①筒、七萬、⑦筒、三萬、西、北、中、九萬。
最終形:二三七八九萬 ②③④筒 111索 南南――――中、三萬、7索、③筒、⑤筒、七萬、五萬、西、白、7索、【5】索、8索、⑦筒。
王牌上段=4索、4索、⑥筒、⑦筒、南、2索、発。
王牌下段=6索、6索、1索、2索、西、2索、2索。
エラー/エラー/エラー――残り:三萬、四萬、五萬、六萬、六萬、七萬、八萬、②筒、3索、4索、5索――組み込み条件不成立=能力は完全ではない!
実証①:東一局一本場に於ける赤牌の例外的な使用可能=張り替え。
実証②:東三局に於ける他対子への対子の張り替え=対子合計数が6つに至らなければ対子自体は引きえる。
実証③:東三局に於ける槍槓という“和了の瞬間にしか決定できない和了”の可能。
回答――能力の破壊は可能!
(――――――――――――――――――――――――――ォオっしゃ、『読めた』ッ!)
「――ッ、ポン!」
少女はその時、見た。
掴みかかる黒い手を、群れを、異能を――切り刻む須賀京太郎を。
右肩の上、地面と平行に掲げられた剣。
上段から振り下ろされた拳の鎚を、剣の中腹でなぞって左に受け流し袈裟懸けに両断。
そのまま止まらぬ、須賀京太郎。地面に剣先を突き刺し、空中で前転――両踵を前方の化け物目掛けて叩きつける。
拉げる頭に構わず、その胸を蹴って跳んだ。剣を支点に後転し、そのまま止まらず、一切の足場を使わずに宙で三回転。地面から引き抜かれた剣。
それが巻き上げる土が落ちるよりも早く、回る京太郎目掛けて振るわれる棍棒を――その両足で受け止め、勢いを乗せて再加速。
「ポン!」
そのまま、群れの中ほどに突入。
円転を続けるその身体と、両手に握りしめられた柄尻に追従する刀身が、立ち並ぶ異形を両断。
廻転が止まる。繰り出された両足が運動エネルギーを全て相手に叩きつけて粉砕。その体は、平常に。
男は嗤う。三日月よりもなお鋭く、酷薄とした――それでも神々しい笑みを浮かべた。
「……ッ、カン!」
合わせて動き出す少女の群の牙。遠間から男を刺殺せんと奔るが――、しかし及ばず。
容易く剣の腹で逸らされて、それはただ群れを撃つ。
その瞬間、彼の躰が沈んだ。足払い。走り寄る群れを跳ねあげて、構えなおした剣で切断。
他を寄せ付けぬ。ただ圧倒的。
群を為す“異能”を――――思考という剣で――――斬る/斬る/斬る/斬る/斬る/斬る/斬る/斬る!
そして――、
「……ロンッ」
須賀京太郎ごと、全てを焼き払う一撃が投下された。
「――――リーチ一発メンホンチートイ赤2裏2」
二条泉・手牌:①①②④④【⑤】【⑤】⑨⑨筒 北北中中 ロン:②筒
===========
南一局
===========
二条泉: 19000 +36000 =55000
末原恭子: 14700 ±0 =14700
石見伊吹: 49000 ±0 =49000
須賀京太郎: 17300 -36000 =-19300
「……は?」
天目譲司が、呆然とした目線を向ける。
その視線の先である須賀京太郎は、額に汗を浮かべて片息を漏らす。
まさしく今、怪物たちと切り結んでいたような――いや、事実“異能者”と“運命の女神”を相手に、切り合っていたのだが。
心拍数は運動に並ぶほどに増大し、その血流に乗せる酸素を運ばんと呼吸は激しく繰り返される。
「ノー、ゲーム……?」
その呟きに応えるものはいない。
京太郎は素知らぬ顔で服薬を済ませた。強烈なまでに眼圧の上昇が行われているのだから、当然。
同じく目を剥いたのは少女。彼女の理解を超えていた。
その異能を把握したのもさておき――結果が、自爆に等しい結末など想像していない。
「あんたそれ、いい時計だな」
唇を持ち上げて、男に流し目を向ける京太郎。
意味深な笑み。含む者しかない――決して、たった今敗北を決定された風には見えぬ余裕。
まるで勝者は自分だとでも言いたげなほどに。
「今何分経った?」
おもむろに須賀京太郎が、携帯電話を取り出した。
接続されたのは外付けの充電器。ランプが灯っていないのを確認しつつ、コードを引き抜いた。
やれやれと、電話をポケットに仕舞い直す京太郎。
「あ?」
「答えてくれよ。今聞いとかなきゃ、聞けないからさ。……これからグシャグシャになって、文字盤なんて読めなくなるんだ」
彼が湛えたのは、明らかな冷笑。
「あんたの顔面の方がな」
「……は?」
「――
辻垣内智葉。俺の師匠で、大学の先輩なんだよ」
その瞬間、天目の表情は冷や水をかけられたかの如く強張り――。
直後、両目を剥きだしに歯を剥いた。紛れもない絶望と、それに対する激昂。
「てめえ……初めから、時間稼ぎが目的だったのか……!? 勝つつもりなんて、一切なしで……!」
二人の遣り取りを眺めつつも、立会人はほくそ笑んだ。
須賀京太郎の他に――末原恭子は不明だが――立会人の彼を於いて他ならない。
この結末は、初めから用意されていたのだ。まぎれもなくそれは、須賀京太郎自身によって仕掛けられた。
あのルール決定の遣り取りの際、いくらかの心理戦が繰り返された。
即ち『譲歩』と『強硬』。そして――『隠蔽』だ。
須賀京太郎は、天目譲司が言い出した条件を飲んで、そして後々で『その時まで譲らせたのだから』と自分に有利な条件を入れようとした。
一方の天目譲司は、京太郎のそんな思考を知っていて敢えてそれに乗り――そしてあの上で譲歩に食い込み、さらには強行した。
天目譲司も須賀京太郎も、その焦点を『勝負の回数』に絞っていた。
――そう、思わせた。
須賀京太郎はただ、逸らしていただけだ。彼が本当に重要視する判断を、素通りさせるために。それ以外に目を向けさせて。
さながらミスディレクション。手品師が利用する思考誘導と同じ。
あくまでもさりげなく、どこまでも平然と――――実に自然に『1位を取った人間が勝利者』という条件を捻じ込んだ。
直接の勝負を求めるのなら、点数の過多にすればいい。なのにそうはしなかった。
それが須賀京太郎の企み。彼がこの勝負に求めた条件は全てがそこに帰結した。
(その理由は――)
天目譲司の憤怒もまさに計算の内とでも言わんばかりの態度で、京太郎は受け流す。
彼の目に、敗北の色はない。
そもそもが――ここまでが彼の導き出した方程式なのだから。
運命などという容易い言葉では片付けられない、人間が作り上げた道筋。
「一つ違うって言っとくぜ? ……いや、悪い。二つだった」
須賀京太郎が、二本の指を立てた。
人差し指と中指が、場違いに天を突く。ゆっくりと両方が畳まれる。その瞳にはただ、ある種の悪戯っぽさが含まれる。
「一つ、よく見たらその時計は全然いい時計じゃなかったって事……」
浮ついた笑いが消えた。
瞳に、真剣の光が宿る。ただ一点だけを打ち抜き貫く、人間の持つ集中の眼光。
「二つ目、これで終わらせねーよ。受けて貰うぜ、次の勝負を――」
明らかな敵対宣言であった。
これまでの芝居がかっていたそれはない。その心の奥底には、怒りの焔が灯る。
ふざけた態度も何もかも、ただこの結論を導き出すため。
初めから、『何局も戦いをする条件を受け入れられる筈がない』と理解していたからこそ、『一発勝負』の名の元に、相手が全力を出すように誘導し――。
そしてその一発を捨石にして、観察を済ませた。
「そんで――」
言うまでもなく、追い詰める為。
先ほどまでのような優越感を、天目譲司が抱ける筈がない。
何故なら、追われている彼がこの場を切り抜ける方法など……須賀京太郎の持つ人間関係を得て、彼を通して辻垣内智葉を退かせるしかないから。
そうでなければ、待っているのは破滅。
薄ら笑いを浮かべる暇などないほどの絶体絶命。彼は、相手を死地に叩き込んだ。
「これからお前のふざけた態度も余裕も、ソルベになるまでブッた斬る。その趣味の悪い時計よりも、悲惨なくらいにな!」
立会人の青年は、笑みが零れるのを隠し切れなかった。
ここからが本当の勝負。彼としても見たかった、真剣での戦い。
そして――そう、彼は須賀京太郎の意図を読んでいた。その終末も理解していた。
しかし、その解に至るためには――あれほどまでに強力だとは思わなかった“異能”が何よりの障害になるのだが――。
如何にして、須賀京太郎がそれを切り開くか。そこに尽きた。
その結果は予想以上であった。オカルトスレイヤーの名は、伊達ではない。
「さっきからその緊張感のない態度……その手の倫理観のない奴は、『自分が殺されるかも知れない』って覚悟が足りない」
聖ジョージの剣、その切っ先が天目譲司を指して輝いた。
須賀京太郎にとっては――いや、誰にとってもここからが本当の戦いとなる。
賭けるのに有利なのは、京太郎。
彼は究極、この勝負を蹴ってしまっても構わない。そのまま件の先輩――辻垣内智葉の到着を待てばよい。
故に、負い目があるのは天目譲司。彼の方は、如何なる条件を飲んでも須賀京太郎に勝負を受けて貰わなければならないのだから。
「そんな想像力のないあんたに、判りやすく言ってやる。――いいか?」
そして、京太郎が望むのは一つ。
直接叩き潰す事。
この戦いの元凶となった男に、その刃を叩き付ける事。
「賭けて貰うぜ。お前を……お前自身を……!」
その上で彼は――――オカルト喰いを敗北させ、彼女を解き放つ事を望むのだ。
たった今1位を奪われた――言い様によっては敗北しても尚、顔色を変えぬオカルト喰い――。
門外漢である立会人の彼には“オカルト喰い”とか“オカルト”とか、その“異能の解除の条件”などは判らないが――。
おそらく……極道の先輩に任せずに、彼がこうも麻雀での決着に拘るという事はその勝敗が関連するという事。
(不謹慎ながら……)
ここからは、ノーゲーム狙いなどではない。
そのデータも集めた上での、本気のオカルトスレイヤー。そんな彼の、尋常なる立会。
笑いを堪えられるはずが、なかった。
――そして、戦いの合間となった時間。
「……はは、すまんけど。ここまででええかな」
二条泉が、背もたれに身を預けて力を失う。
先ほどの対局、彼女なりに須賀京太郎の闘牌をなぞった。それまで彼が行っていた事を、何とか読んで行った。
副露によって行われる援護が、誰に対して“決め手”を求めたものかなんてのを察せぬほど、泉は愚かではない。
だからこそ、こうして死力と気力を振り絞ってそれに応じた。
結果は上々だが、正直腰が抜けていた。
「ああ。こっからは俺に任せとけよ」
「……私もおるけどな」
「……せめて格好つけさせて下さいよ、末原さん」
「さっきも結果から見れば最下位だったんだし……」と、苦笑いを浮かべる京太郎に。
「……既婚者が余所の女の前で格好つけるもんやないで」と、冷たく返す恭子。
「……ほんま、頼んだで。オカルトスレイヤー」
「ああ、任せとけ。俺がお前の、最後の希望って奴だ」
「気障いわホンマ……既婚者やなかったら惚れとるやん、こんなん」
「……悪い泉はちょっとノーセンキュー」
「そこは嘘でも『嬉しい』言えやコラ!」
緊張感から解き放たれたような遣り取り。
その内で須賀京太郎は、瞳に走る痛みを押し殺していた。
「……はは、最後の希望か」
嘲りの滲む声。
京太郎も泉も恭子も、一斉にそちらに顔を向けた。
壁に寄りかかって、憔悴状態にある天目譲司。瞳からは正気の色が喪われつつある、追い詰められた悪党の風情。
事実、天目譲司は袋の鼠も同じだった。或いは、罠に掛かったゴキブリだろうか。
「よく言うぜ。……誰よりも麻雀に奪われた男がよぉ!」
その瞬間に――弾かれたように少女が顔を上げた。
それまでの何もかもに無関心で、ただ受け流すばかりであった少女の手に力が籠る。
眼差しにも、初めて色が付いた。
先ほどまでの諦観から来る無色の光ではない。諦観と拒絶に基づいた殺意ではない。
驚きの影が、零れだしていた。
「両親が死んで両目も使い物にならなくなって……おまけに借金まで負って。何が最後の希望だ! 笑わせるぜ、疫病神が!」
恭子が、眉に皺を寄せた。
身を乗り出す、泉。その身に憤怒を滾らせて、今にも喰いかからんばかりで反論せんと口を開くが――
「……いいんだ」
当の須賀京太郎に、制された。掲げた左腕が、彼女の進路を押し留める。
彼の双眸に、負はない。負い目も怒りも悲しみも嘆きもなく――ただ一点を見やる。
その先は、石見伊吹。僅かに瞳孔が開いた少女に、あたかも説き伏せるかの如く優しき眼差しを向ける。
徐に口を開いた。
「ああ、確かに……他人から見たらさ、俺って同情する境遇なのかも知んないな」
それは本意ではないという口調の京太郎。
しかし「他人など関係ない。自分が幸せだと思ってれば大丈夫」という論調を語るとも思えぬ響き。
綺麗ごとで、誰かの不安を取り除こうとは思っていない真摯な瞳。
「君は不安か? 麻雀の所為で、今の自分があるって思うか?」
騒ぎ立てる天目に構わず、京太郎は少女を正面から見据える。
教師と生徒という感じではない。人生の先達とそうでないものか――或いは対等な人間同士か。
どれにしても、反応を返さない少女の視線から僅かな心を掬い上げようと、彼は穏やかに前を向く。
「……安心してくれ。“麻雀(コイツ)”で不幸になんてならない。“麻雀(コイツ)”にそんな力なんてない」
「はは、取り繕うなよ……疫病神が!」
「なるって言うんなら――――だったら俺が否定してやる。何度でも否定してやる」
その穏やかさに、力強さが宿る。
後悔はない。悲哀はない。衒いもない。伊達や酔狂でもない。
本気である。信念を携えた、熱い剥き出しの想いであった。
これは――昨日までがどれだけ苦しい一日だったとしても、また笑って前を進める人間の強さ。
「もしもこいつが不幸を呼ぶなら――そんなの違うって、俺が言うさ。そんな安っぽい不幸なんて、俺が蹴り飛ばしてやる。『違う』ってな」
「てめえが身の程知らずに
小鍛治健夜を倒そうなんてしたから、お前の両親は死んだんだよ!」
「うるせえ! 俺の父さんと母さんの命は、高々こんなちっぽけなものに左右されるほど安くねえ!」
真っ向からの怒り。恨みの炎がない正当で純粋なる怒り。
決して強がりではない。決して思い込みではない。決してお為ごかしや言い訳ではない。
上っ面から来る見せかけや取り繕いではない。表面だけを誤魔化したり、表向きを整えただけの虚勢であったりはない。
どこまでも熱い、須賀京太郎の本音。彼がこの場に立つに足る、“信念(おもい)”。
「……だから、安心してくれよ」
丸まる指先。作り上げられた左拳が、更に力を籠められてその先――細胞の一片までも信念を湛える。
信念を、遊底に番える。
あとはそれを発露させるだけ。闘志として爆発させて解き放つだけ。
「“第一位(おれ)”は――――」
そんな、信念を貫き通すための発火剤を――――、
「“最強の男(おれ)”は――――」
燃え上がらんとする信念を貫く撃針を――――、
「“人類の到達点(おれ)”は――――」
人はそれを――――――――――“覚悟”と呼ぶ。
「俺は――――君の、味方だ!」
既に覚悟は完了した。須賀京太郎は、あらゆる絶望への迎撃の用意を整えた。
握り拳が、尚も熱気に満ちて握りしめられる拳が、彼自身の左胸に打ち込まれる。
真っ直ぐな瞳。覚悟を決めたものが出来る、黄金の旋風を纏った太陽の面持ち。
「俺が君の――――最後の希望だ。俺が、最後の希望になってやる!」
「クソッタレ……なんで俺が……クソッタレ……!」
揺らがぬ信念に、勝ちはないと判断したのか。意気も消沈して、項垂れる天目譲司。
それでもこの期に及んで天目譲司は、どこまでも往生際が悪かった。
舌打ちを零し、身体を揺すり、毒づいて――卓について尚、独り語散て不平を漏らす。
「いい加減、覚悟を決めろよ。……あんたも」
少女は既に、卓に付いた。その目は冷眼。静かな迫力を以って、卓上での今後を想う。
彼女は――信じた。須賀京太郎の熱き信念を、その剥き出しの闘志を信じた。
だからこそ、己に振りかかる理不尽と何かを間違えてしまった人生を――――その起点ともなった異能を、須賀京太郎に破壊を頼もうと――。
全ての異能を振りかざして、その一切合財を否定されて、ようやく人としての生に戻れると――全力を漲らせた。
だが、
「うるせえ! こいつを見つけたのは俺なんだ! 絶対に認めさせてやるんだよ、全員に! 何がワリィ! 俺は間違ってないって!」
その瞬間、天目譲司が発した暴言に。
ぷつん、と――。何かが切れる音を京太郎は聞いた。
「判った……もういいから、喋るな。話が噛み合わない」
彼自身驚くほど、低く冷たい声色。裏の遣り取りに深く浸った天目譲司が、息を飲むほど。
味方である背後で見守る二条泉ですら同じ。
かろうじて彼は、京太郎目掛けて怒声を放った。殆んど声は震えて、口角から泡を飛ばして、半ば金切り声じみたものを上げて。
「うるせえ! 俺はな、これで手に入れるんだよ! 欲しいもの全部!」
京太郎には――――理解が出来なかった。
確かに自分は彼に比べたら恵まれているだろう。
家は決して貧乏ではなく、運動も人並み以上にでき、勉強も苦手ではない。容姿も恵まれている側であるし、交遊関係も広い。
その後何があったとしても、須賀京太郎はきっと恵まれて生まれた側の人間だった。
だが――――何故、何故努力しない?
出来ないなら判る。やろうと思ってやろうと思って、努力して努力して――それでも不可能があるというのは京太郎も知っている。幾度も味わった。
だが、埋める事は出来る。頂に至れないとしても、頂点に届かないとしても、最高にはなれないとしても――努力次第で欠点を補う事は不可能ではない。
全てを己一人の努力で手に入れた訳ではない。廻り合わせもあるだろう。人の縁や時の運もあるだろう。
だけれども、最初の一歩を踏み出したのはいつだって自分の意思であり、歩み続けて来たのはいつだって自分の覚悟だ。
――それすらもしない人間が、手に入れるだと? 全てを?
「二度も言わせんな。ンな事、俺がさせねーよ。こっからすんのは粛清だ」
そんな人として誰もが持つものも用意せず、何も踏み出そうとせず――。
己の本質は一歩も変わってはいないというのに、手に入れた他人の力を憚りもなく振りかざし、都合良く扱い、得意気に振舞う。
自己の限界に至ってもいないのに……他人を妬み、羨み、呪い、その尊厳を侮辱して支配に至ろうとする。
そんなもの――
(ふざけんなよ……!)
――それこそ、人間ではない。
そう、これが人間の所業などとは思えない。断じて肯んじられない。須賀京太郎が須賀京太郎である以上、全く許容できない。
オカルトは確かに京太郎にとっては戦うべき相手だ。だが、敵ではない。
彼女たちは望む望まないに関わらず、人間を超えた力を持って生まれた。そして力に飲まれるか、力を楽しむか、力を乗り越えるか――皆が皆、自分の力で人生を生きた。
だが、何だ、これは。
許せる訳がない。許せる筈がない。断じて許せない。
挙句そんな力を持つ人間に不幸を与え、我がものとして意のままに操り――それを振りかざして悦に浸るだと。
最早、人間ではない。こんなドス黒い邪悪を到底許容できない。全く以って人間などとは考えられない。
それでも人間と言い張るなら。
ああ、それでも人間と言い張るなら――。ならば、お前がすべき事はただ一つだ。ただ一つの人間的な事だ。
だったら――
「――――祈れよ、せめて人間らしくな」
運命の女神が雀卓にいないとしても。
火星の名を冠する闘争の場に存在しないとしても。
人間の名を持つのならば、それがただ一つだけ許される唯一の人間的な事だ。
あとは――全て、貴様にはない。
「行くぞ……逃げんな、ゴキブリ野郎ッ!」
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第1位「人類の到達点(オカルトスレイヤー)」 須賀 京太郎
ベーススタイル:『技術昇華+不運』
攻撃力:40/40 防御力:40/40 速度:40/40
技術:60/60 幸運:10/10 気力:80/80
※(40+60)/2+10=60 コンマ40以上にて聴牌
※40×(10+60/2)=1600 これをコンマ一桁倍
★麻雀スキル
・『オカルトスレイヤー(0)』
相手が強力な能力の持ち主ならそれを逆手に取り、それ以下ならば純粋な技術により討ち取る。
運にしても同様に計算式の一部とし、己に足りない攻撃力は外付けの“剣”として他者の能力や打ち筋を利用して立ち回る。
運や能力に比肩せんと技術を研いた結果――――皮肉にも、麻雀は単なる確率へと帰結するに至った。
このプレイヤーが存在するゲームのルールを強制変更する。
新たなルールには、それに対応した能力しか適応出来ない。
如何なる“無効化されない”“常時発動する”“テキスト変更されない”という記述も関係ない。
ゲームのルール自体が変更されている為、そもそも意味を為さない。
100面ダイスの出目を丁度四分割し割り当て、100面ダイスを振ることによって麻雀の勝敗自体を決定する。
このテキストは全ての能力に先だって適用され、あらゆる他の記述は対抗不可能。
・『人類の到達点(0)』
オカルトに由らない、人類の編み出した純粋な技術全てを修得した証。
それが技術に依ることならば、努力で修める事は決して不可能はない。
対戦相手と須賀京太郎の技術を比べ、対戦相手が須賀京太郎未満の技術である場合、
麻雀の“技術による三割”を予め全体から差し引いてプレイヤーに割り当て、その残りを四分割して割合を決定。
その後、勝敗を決めるダイスロールを行う。
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「ふー――――」
絞り出される肺腑の気体。並んで、思考を鎮める。
既に検証は済んだ。例え、魔物級が――それの群であっても、問題はない。
薬は使い切ったとしても、なんら支障はない。そもそもからして、彼にはもう不必要な代物だったから。
ただ一つ、心が折れさえしなければいいのだ。
たとえ目玉を潰されるに等しい事となっても、たとえ全身を吹き飛ばされるに等しい事となっても――立ち上がればいい。
心さえ折れなければ、いくらだって傷は治る。与えられた負傷など、再生する。
(流石に……数、多かったけどな)
それについては、京太郎としても予想外であった。
やり過ぎたと警告を受けるほどではあった為、彼としても相応の数の異能を“奪った”ものとして想定していたが、まさかここまで多いとは。
そういう意味では、備えとして薬を持ち込んだのは正解だった。
京太郎が、数多の演算の果てに見抜いた能力の数は『十』。
その内のいくらかは“異能”と呼ぶにはあまりにも細やかであるが、いくつかは強烈な代物。
その能力単体でM.A.R.S.ランカーと戦ったのならどちらが勝つのかなど言うまでもないが――ネックとなるのが“オカルト喰い”。
おそらくはきっと、相手が何であっても奪う。そんな類の反則的な異能。
そして、異能を持たぬものが相手にするには、些か無謀が過ぎるという力の集まり。なるほど確かに、完全無欠だ。
ただし――オカルトスレイヤーという男を除けばの話だ。
さきほど京太郎自身も否定した。また、やはり彼は運命などというものはないと思っている。自分に役割はないと。
だが、この出会いに意味はあった。
ここまで須賀京太郎が人としての力を練り上げた事はこの日の為――などとは到底言うまいが。
しかし、彼が諦めぬからこそこの日があった。
あと一問を。あと一手を。あと一歩を――――努力に溺れず、しかし結果を盲信せずに進んできたからこそのこの日があった。
いつか、何かのインタビューで見た。とあるアスリートが、どうしてそうもトレーニングを続けるかと言う記事。
彼は言った。
“努力する事それだけが大事なのではない。しかし、努力をしたからこそ、それがどこかで最後の支えになるのだ”と。
“あり得るかも知れないしあり得ないかもしれない。それでも最後のほんの少しを分ける事に繋がるのだ”と。
勝利に腕を届かせる為の台座に。或いは、己の足元を崩れさせぬが為の基盤に。
それが、努力の意味であると。
ネットに当たって弾かれたボールの行方を――、それが明暗を分けるほどまでの接戦となるための土台として――。
その為に努力があるのだと。
そう――。
これまでの戦いは無駄ではなかった。
流した血と、汗と、涙が――――その何もかもが。
この日の、少女の涙を止める為の腕として繋がった。
ほんのちょっぴり、“もう少しだ”と踏ん張った――――その積み重ねが、今日この日、京太郎が手を差し伸べる事に繋がった。
ここからは、そんな話だ。
(さて……もう、目は使えないか。憧の顔、見なきゃだもんな)
これまでの須賀京太郎の戦いは、ある一点の因子に満ちている。
彼の戦闘方法は、一からの計算に基づく。
ひたすらに観察し、ひたすらに推理し、ひたすらに計算し――――それが故に勝利した。
ならば、目を奪われたのは敗北に繋がるのか?
――答えは否。
(……ま、いいよな)
もう二度と闘いで目が使えなくなっても構わぬと、振り返った半生の中で追体験した戦い。限界までの神経回路の使用。
その結果――これまでの京太郎の経験が、発露する。
――勝負勘。
彼はそれを信じなかった。信じられなかった。故にどこまでも演算する。故にどこまでも思考する。
言うなればそれはコンピューターと似ていた。
膨大な可能性の中からあり得ないものを切り捨てて、それぞれの条件を見比べて、その内で最適となる解を判断する。
その内には複数の推測や推論が両立し、時には概念の場合分けが行われる。
コンピューターと似ているとは言ったが、土台コンピューターには不可能な作業である。人間の脳が柔軟であるが故の精密作業。
熟練の職人の手先が機械でも作り得ぬ繊細さを形作るように、彼のそれは人間固有のものであった。
しかし、不十分。
――――プロ棋士が、将棋の盤面を見たときの脳波を観測した結果、常人には見られない特徴があったという実験結果がある。
(ふー)
――――観測の結果。
――――プロ棋士の脳波、つまり脳の活動では……。
――――常人とは異なり、大脳基底核の一部である尾状核頭部の内背側部に反応があるというものが導き出された。
(目がもう、使えなくなったからかわかんねーけど……)
――――この、大脳基底核は。
(だからこそ……“視える”)
――――人間の習慣記憶に関わっていると言われている。
(君の涙も……何もかも……ああ、“視える”)
筋力トレーニングは、実際に行う行動と同等の形式の物を行うのが効率が良いとされている。
これは、単にその使う筋肉を鍛錬するという意味だけではなく――。
その一連の行動を行う上で、最も身体に負担の少ない……つまりは、自然な行動である事を理解し――。
シナプスを整理してニューロンネットワークを形成する――つまりは、記憶して学習するために行われる。
その動きに間違いはないのだと、身体に覚えさせるのである。
(待ってろ……必ず、必ず俺が助ける……!)
最後の“読み”はその為にあった。
最後の“攻撃”はその為にあった。
己の計算が正しく――それよりも先んじて為される“推理”が正しく、導き出された“回答”と“結果”が正解であると――。
研いてきた技術と、行ってきた鍛錬と、培ってきた経験が正当なるものであると証明する為にあった。
人間が、人間になるためにあった。
目を手放したからこそ、京太郎は疑うことなく己の信念に従う事が出来る。
視力を失った動物の他の感覚器官が発達し、失くしたものを補おうとするように――。
これまで考えながらも従う事が出来なかった“勝負勘”に身を任せる事が出来る。
膨大な異能との戦闘を積み重ねたが故に、人が手にした最後の“武器”。
敢えて差し出したからこそ、彼はそれを手にした。
(これもやっぱり……『LESSON5』か。なんつーか)
――し、しず! ちょちょちょ、危ないわよ! 何そいつ!?
――あ、えっと、あの、その、ごめんなさい……いや、あの、ごめんなさい。
――相談……いや、女性目線聞きたいってのは分かるけど。
――あ、あんたもこの大学だったんだ。へー。
――ごめん、やっぱちょっと怖いから…………って、何笑ってんのよ! このヘタレ男!
――ばーか。……でもありがと。
――な、なにこれ!? かわいい! カピバラ!? え、それってかなりレアじゃない! 連れてって! あんたん家!
(俺にとっての近道は……遠回りだった)
――京太郎。大丈夫……?
――……いいって。家が隣だし。同級生だし。
――そっか。今日の試合は勝ったんだ。あたしもスポーツしてみよっかな。
――今日? カレー。具材がなくなったんじゃなくて、そういう料理!
――京太郎、あんた……シズとの約束はどうしたのよ!
(廻り道こそが、最短の道だった)
――ごめん、もうちょっとこうしてて……。……助けてくれて、ありがと。
――古式ムエタイって……いや、うん、あれ冗談じゃなかったんだ。
――反響定位って……いや、うん、それ人間?
――ま、持ち直したならいーけど。…………心配したんだから。
――貴方の憧ちゃんでーす! 酔ってないでーす!
(俺の人生……そんな事ばっかりだな、本当。プロになったはいいけれど……結局はって奴だし)
――ねー、やっぱり誰かに教えるって言うの楽しいよね。
――あたしは阿知賀に教育実習だけど、あんたは清澄だっけ。
――どうするの? 結局、清澄に勤めるの?
――プロ、受かったんだ……! 凄いって、それ! 凄いわよ!
――じゃあ、あたしがあんたのファン一号。これだけは譲らないから!
(だけど……これまでの俺の戦いは――『LESSON5』はこの為に……!)
――だから、その上で改めて言うわよ。京太郎、あんたは格好いいのよ。
――確かに、あんたには色々あった。追い詰められたときもあった。でもあんたは、立ち上がった。
――借りたとしても、立ち上がろうと思わなきゃ相手を引きずり倒して終わりよ。
――だから、その上で言う。あんたの相棒でも先輩でも恋人でもないけど――ファン一号として、言うわよ。
――もっと、格好つけなさいよ! 何がなんでも、格好つけて!
(ああ、こっからは俺のステージだ!)
――――これまでの行動から導き出された能力とその結果。
――能力:『他家の手を役が不成立な牌の構成にする』。
ドラが絡まない。つまり、最終待ちになる搭子にならない(ドラの周辺牌を引けない)し対子にもならない。
赤ドラが使えない。赤ドラの周辺牌や張り替え、手牌との入れ替えが出来る人間は赤ドラを引けない。
裏ドラが乗らない。つまり裏ドラの表示牌は、“誰の手牌にも使用されていない牌”の一つ前。
――能力:『必ず配牌で手牌に役牌が入る』。
ただし他の役との複合は不可能となり、ドラを除いて一役以上はつかない。
――能力:『三元牌の対子を手中に入れる』。
三元牌全ての対子引きと役牌引き能力の両立は不可能。混一色が成立してしまう為。
――能力:『絶一門にする事で以後のツモを一色に絞る』。
聴牌するまで有効。その後も、引きやすくなる。
――能力:『最終形を多面待ちにする』。
三面待ち以上。
――能力:『他家の手牌と次ツモの内から不要牌を察知する』。
――能力:『他家が聴牌したときに聴牌する』。
組み合わせる事で相手の後からリーチを掛け、一発でロンをする事が可能。
――能力:『他家に客風を三巡分押し付ける』。
最低、三巡は無駄ヅモが続く事となる。赤ドラとドラを合わせれば5回無駄ヅモをさせる。
――能力:『槓をした牌が次の槓ドラとなる』。
代わりに赤ドラ・裏ドラの使用は不可能となる。副露状態でもこの能力の使用は可能。
――能力:『自分以外の手牌の進み具合の最大を、自分と同等にする』。
つまり、向聴数が同じ人間にとっては続く無駄ヅモ地獄。
しかし、向聴数を下げれば変わらない。
「さあ――フィナーレだ」
打点の問題がある。決して、石見伊吹の第一の能力が使用される以上は解決しないと思われる問題が。
だが、解法はあった。
他の赤ドラに於いてはそうでないが、筒子の赤ドラ――⑤筒に関しては二枚存在する。
実際に、東一局一本場で彼は試した。聴牌した状態から敢えて⑧筒を落とし、⑤筒に頭を張り替えられるのか。
それは果たして、是であった。
であるが故にそれを理解した二条泉が、南一局にてそれを実行したのだ。
そして、最終搭子としての赤絡みが利用できないかという問題であるが……これも「基本的に不可能であるが可能な局面もある」と分かった。
両面待ちのように、隣合う牌が来る事はない。しかしながら、嵌張待ちのような形は可能である。
東一局一本場の、二条泉の手牌にしてもそう。八萬と九萬を見切れば、赤の使用はできた。
既にある面子を崩してしまえば、その成立は可能。
他にこの力の弊害――それは。
ツモが付かないという事は、誰かのアガリ牌は必ず誰かが引く牌であり、そしてそれは『不要牌』であるという事。
カンは本来向聴数の変化しないもの。これも不要牌に含まれる。
また、ドラの使用が不可能という点。
この場合ドラを生かせなくするには――赤と同じく、皆に一枚だけ配ってそれと結びつく形が存在しない事である。
或いは、オカルト喰いがそうするように……ドラと結びつく牌の片方を彼女の手札に刻子として囲い、もう片方を山に収めるか。
もしくは、東一局のように数牌の両側を抑えてしまうかだ。
裏ドラについても同じ。
であるが故に、王牌には裏ドラやドラを使用させないがために牌が集中する事となる。
これを逆手にとれば、読む事はそう難しい話ではない。
ドラ表示が数牌である場合、少女の手牌の内に必ずその片側は存在する。
一二三や七八九で、一二や八九などの辺張の面子を形成する場合は、その三や七などの起点を潰す。
これは東一局一本場や南一局の王牌と少女の手牌により導き出される。
字牌の場合、全員と王牌にそれが飛び散って使用が不可能となる。
そして少女は三暗刻や四暗刻が使えない。故に彼女の待ちがシャンポンになる事はなく――翻って彼女は、同じ牌を山から引かない。
さらにこの能力は完全ではない。
能力によって十五巡目あたりまでは「引いて手牌を組み替えようとしても『リーチのみにしかならない』」という形が可能であるが、
それ以上ではどうしても「引く筈の牌を総合したら『三暗刻』が成立する」「引く筈の牌を総合したら順子が揃い平和が成り立つ」など、
如何ともし難い無理が生まれるのである。
これは能力が強力過ぎるが故の弊害であり、本来の能力に“オカルト喰いが他に手に入れてしまった能力”を組み合わせたが故の問題。
それ単体ならば、全員に役牌をバラバラに配って無駄ヅモを増やすなどで、回避できたのだから。
だから、副露で牌の並びがズレたのならば、容易くその軛は取り除ける。
元々揃える事も出来て、最後の一押しさえあれば結末は形を変える。
そして、他に障害となる妨害能力であるが――――この対策もまた、並ぶ。
少女の向聴数と並んでしまっている場合、少女が進めるまではただ無駄ヅモを繰り返す事となる。
だが、それはただ真っ直ぐに進むからそうなる。
敢えて手牌を崩してしまえばその限りではない。向聴数を上げてしまってもいいのだ。
そう、ここには――その対策として行われる技から容易に繰り出せる次の手。
誰かのところに『刻子や対子が集中しない』からこそ、他人から切り出される事が増えて――そして副露して“攻撃に向かいながらも向聴数を上げる”事が出来る。
寧ろ、この能力が故に少女もおいそれと手を進める事が出来なくなる。
事実、だからこそ彼女は聴牌に時間がかかった。自分が整えて、そして副露で急激に加速しようとした。それが東四局。
その間には――手を崩して作り直すのなら――その時間は、少女だけではなく張り直す人間にとっても有利な間となる。
張替えしている間に、誰かが和了しなくなるのだから。
不要牌にしても同じ事。
不要であるからこそ、察知される。不要でないなら察知されない。これは道理。
例えば単騎待ちになった場合、現在手牌で余っているのは一牌。だが、これは当然ながら不要牌ではない。
ここで次巡目に、違う牌を引いてしまうとしても……だ。
それは確かに不要牌かもしれないが、その牌と入れ替えて待ちを違う形に出来る。向聴数は進まないが、決して手牌で活かせぬ事はない。
ならば――これは一概に、役に立たない牌とは言い切れない。
そう、回答法は奇しくも――彼の相棒が得意とした技と同じ。
張り替えが容易で、いざという時には向聴数が上がろうと対々和に向かえる。
例え相手と待ちが被って破壊されても、すぐに次の刃を作り出せる。
その役の特性が故に、聴牌しているのか否かという気配が判りづらく、遠間から襲いかかる――。
チ ー ト イ ツ
――“途絶えることのない大顎の刃”。
(……ま、ここまでやってやっと五分ってとこだけどな)
しかし、五分なら麻雀は平常なる確率に収束したも同じ。
そうなったのなら、あとは対人経験。
心理戦・表情変化・目線移動・勝負勘などの世界。
もう、全てを見通そうとする目と観察はいらない。必要がないほどに、無意識野にそれを察知できるほどの経験が彼にはあるのだから。
これで、異能との間に区別はない。
あとはただ、尋常なる勝負。なんの勝ち目も負い目もなく、麻雀を打つだけ。
その能力が故に“特別”だと、差別をされる必要がない時間。
決まりきってしまったと諦観する必要がない時間。未来が定まらず不明だからこそ、そこには『祈り』や『希望』が訪れる。
少女は全力で、全ての異能と特性を須賀京太郎にぶつければいい。そうする事は、間違いではない。ズルではない。有利ではない。
人間が、並べばいい。並んだのなら、そこに不公平など感じなくてもいい。
彼女は――己がそうなって欲しいと願う未来へと、『祈れ』ばいい。
オカルト使いに無いのはその『祈り』。
結果が分かってしまっているからこそ、彼女たちは麻雀に於いて祈らない。
そしてオカルトが彼女たちの精神状態と深く関わる以上、強力であればあるほど『祈れ』ない。
ネットにぶつかって弾かれたボールの行方を、『祈る』――――。
そんな、誰しもが行える――辛くて、不安で、面白くて、悔しくて、楽しい――――人間にとっての当たり前の『祈り』を。
人間ならば誰でも出来る当たり前の事を出来るように、届ければいい。
「じゃあ――――麻雀、楽しもうぜ」
――オカルトスレイヤーの剣は、そのためにある。
――――聖ジョージの剣。
――――ジョージという名前はそもそも、ゲオルギオスという名に由来する。
――――ゲオルギオスとは、悪しき竜を討ち倒し、姫を救った人間。
――――どこまでも気高く、己の持つ信念を曲げなかった人間。
――――化け物を倒した人間。
――――このゲオルギオスは、
――――神へと『祈り』を捧げる事を旨とする、
「言ったろ? 俺が、証明してやるって」
――――――――――キリスト教の、守護聖人である。
「俺が君の、最後の希望だ」
――――了
最終更新:2015年01月02日 01:48