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「おめでとうございます、大星プロ! 念願のタイトルを手に入れましたね!」


 銃口のように向けられたレンズから迸る閃光。

 その中において大星淡は、酷く落ち着いた顔をしていた。

 そこには勝利の余韻もなければ、念願の会心もない。ただ一つ、重荷から解放されたという表情だけがある。


「……はい、ありがとうございます」


 彼女はこれで、全てを奪った。

 須賀京太郎が出演していた番組も。須賀京太郎が持っていた段位も。須賀京太郎が冠したタイトルも――やっと。

 しかしそうしても、淡の心に達成感の一つも生まれなかった。

 漸く手に入れた、麻雀の称号だというのに。


(ああ――)


 本当は初めから分かっていた。

 須賀京太郎が、中途半端に麻雀を辞める筈がないと。

 そんな簡単に投げ出して、終わるような男ではないと。

 最初から分かっていた。

 あの男が麻雀を諦めるというのならそれは本当に限界も限界で、そこまで全てを費やして麻雀を打っていたのだと。

 それほどまでに、本気で淡と接していたのだと。

 そして最初に淡に勝った事には彼は納得していなくて、納得できていなくて、あれは全部須賀京太郎の力ではないのだと。

 だからこそ再度のタイトル戦で、本当の本当の限界まで須賀京太郎は戦ったのだと。

 少なくとも淡に対しても、真剣に向き合ったのだと。

 決して軽い気持ちで勝ち逃げなんて言った訳じゃなくて、あれはせめて暗くならないように笑って別れたのだと。

 そう送り出してくれという須賀京太郎の、大星淡に向けたメッセージなのだと。

 彼なりの、その後麻雀界に残る大星淡へのエールだったのだと。


(やっと――)


 だけれども――どうなる?

 この自分の無念はどうなる?

 告げる事が出来なかったこの記憶の半券はどこへ行けばいい?

 自分には麻雀しかないのも。それが誇らしいのも。勝つ事が楽しいのも。麻雀が好きだというのも。それがこれまでの全てであったというのも。

 そんな人生の線路と、己を裏切って走り出した列車はどこへ向かえばいいのだ?


(もう、これで死んだんだ――須賀京太郎は)


 単純に、腹が立つ。

 あれほど顔を合わせていたのに、そこまで抱えていた事を判ってやれなかった事が。

 だけれどもそれを打ち明けられもしないぐらいに、信頼されていなかった事が。

 自分の力が、あの男の命を削る事に繋がっていた事が。

 何よりも――そして何よりも――。


 麻雀以上に、あの男に対して自分が感じ入ってしまっていた事が。


 腹立たしいのだ。腹立たしくてしょうがないのだ。

 一瞬たりとも後悔をしたのが。己の麻雀の強さが彼を追い詰める一因になったのだと。

 一瞬たりとも動揺したのが。彼はこんな自分を置いて一人でどこかに去ってしまうのだと。

 一瞬たりとも逡巡したのが。麻雀で共に戦う事よりも須賀京太郎と共に居たいと思っていたのだと。

 そんな風に――己の存在価値を己自身で否定してしまった事が、許せない。

 それほどまでに己を揺るがした存在が――許せなかった。


 筋違いでも奪うしかなかった。場違いでも殺すしかなかった。

 そうでないと、大星淡は大星淡で居られなかった。居られなくなってしまったのだ。

 だから――己の中の須賀京太郎を殺すしかない。

 麻雀を手放せない。手放せられない。手放す気などない。

 なら、どちらか一つしかなかった。


 そうしてやっと、一つを捨てる事が出来た。自分の中で納得を付けられて、消化することができた。

 これで漸く、嘘を吐かないで生きる事が出来る。自分の心に正直に、決着をつける事が出来る。

 せめてそれでも一つだけ星に願うとすれば――


「……ええ、やっとこれで超えられました。私の一番のライバルを」


 ――この言葉の本当の意味が、ちゃんと届けばいい。


 もしどこかで彼がこれを知ってくれたなら――きっとそれでいい。

 須賀京太郎が全力を振り絞ったのは、それだけ淡が強かったから。それだけ彼も本気だったから。

 消えてしまう流れ星みたいだとしても、きっと淡はその輝きに一役買ったし、彼も淡の輝きの助けになった。

 そこにはきっと無念や後悔は必要ないのだ。

 お互い納得ずくの戦いで、その他の余計な事はいらないのだ。

 誰が何と言ったって――これだけはきっと変えられない、たった一つの希望なのだ。

 大星淡の活躍を見て彼は誇ればいい。須賀京太郎という困難を超えて、大星淡はもっと羽ばたけばいい。


(――ばいばい、きょーたろー)


 これでやっと、大星淡も前に進める。

 きっといつか、胸を張って――最高のライバルが居たのだと。

 最強の人間が居たのだと、笑う事が出来る。

 己の中の強さと孤高というオカルトを殺して――また一歩、先に進む事が出来るのだ。


 大星淡の顔は、晴れやかだった。

                                                            ――了

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最終更新:2015年02月11日 08:52