投稿日 2010/04/11(日)
翌朝、目が覚めたわたしは、寝起きの夢うつつ状態のまま、微妙な違和感を感じていました。
まず目を開けて最初に目に入ってきた天井が見慣れないものでした。
しかし、まったく見覚えがないわけではありません。これは……娘の部屋の天井です!
布団に入ったままコロンと寝返りをうって部屋に目をやれば、そこにあるドレッサーや勉強机、壁にかかっている制服などからして、ここが娘の部屋であることは確かなようです。
今羽織っている布団からも、わたしと似た……けれどどこかわたしとは異なる、若々しさを感じさせる娘の体臭がほのかに匂います。
もしかして、昨晩は結構酔ってましたから、間違えて娘の部屋で寝てしまったのでしょ
うか? となると、逆に娘はわたしの部屋で寝ている(というか、昨夜はわたしが運んだわけですが)のかも。
そう言えば、いつもと比べて随分頭が重い気がします。二日酔いというほどではありませんが、やはりかなり酔っていたんですね。
うーん、確かにアルコールにはそう強い方ではありませんが、こんなマンガみたいなお茶目な失敗をしてしまうとは。娘も、見慣れぬ部屋で目覚めたら、さぞ驚くことでしょう。
これはわたしの方から起こしにいったほうがいいかもしれませんね。
仕方ありません。日曜とは言えそろそろ8時前ですし、思い切って起きてしまいましょう。
バッと布団を跳ね除け、寝起きの身を初秋の爽やかな空気にさらしたわたしでしたが、布団の中から現れた光景に、一瞬目が点になりました。
起き上がったわたしは、これまた見慣れぬ(いえ、あるいは別の角度からは見慣れた)レモンイエローの清楚なパジャマを身に着けていたのです。
は…はは……そうですね。寝ぼけて娘の部屋で寝ていたのですから、娘のパジャマに着替えているという事態も想定してしかるべきでした。
あるいは、昨日娘に「あたしの制服とか着てみる?」と言われたことが無意識にあったのでしょうか? 年甲斐もなく、恥ずかしいです。急いで自分の服に着替えましょう。
ザッとベッドの周りなどを探したのですが、昨晩着ていたはずのわたしのカットソーとスカートが見当たりません。変ですねぇ……。
考えていても仕方ありません。自分の部屋に戻って、パパッと着替えてから寝ている娘を起こしちゃいましょう。万一起きていて見られても……まぁ、お酒の上ですし母娘ですから笑い話で済むはずです。
そう思いきると、わたしは娘の部屋を出て、自分の寝室へと向かいました。
* * *
普段はちょっと低血圧気味のあたしは、朝はちょっと苦手なのに、その日の目覚めは珍しく爽快だった。
まるで、ママのぬくもりに包まれているような穏やかで優しい気分。
アレ? ちょっと待って。この布団の匂いって、ママがいつもつけてる香水じゃん。て言うか、そもそもここ、あたしの部屋じゃないよ!
部屋をよく見れば、壁紙と言い、ちょっと古風な三面鏡と言い、何よりあたしが今寝ているこのセミダブルサイズのベッドからして、ここは間違いなく、ママの部屋だろう。
うーん、もしかしてあたし、寝ぼけてママの部屋に来ちゃった?
考え込んでいると、ガチャリと部屋のドアが開き、なぜかあたしの黄色いパジャマを着たママが入って来た。
「ま、ママ……」
「まぁ、恵美ちゃん、起きてたのね。おはようございます」
「あ、うん、おはよう。その格好どうしたの……て言うか、どうしてあたし、ママの部屋にいるの?」
「えーと……」
ママはちょっと困ったように眉をハの字に寄せたあと、あたしの枕元に腰かけた。
「実は、昨晩お茶会している時に、わたしたちブランデーの入れ過ぎでちょっと酔っぱらっちゃったみたいなんですよ」
うん、それは何となく覚えている。いまいち記憶が定かじゃないけど、最後の方はかなりグダグダになってたかも。
「完全にツブれちゃった恵美ちゃんを、お部屋に運んで寝かせたつもりでしたけど、わたしも結構酔ってたから、間違ってこの部屋に運んじゃったみたい。
で、わたし自身は逆に恵美ちゃんのお部屋でこのパジャマに着替えて寝ちゃったようなんですよ」
うわ、何、そのいまどきベタなマンガでも見られないような酔っぱらいドジは!
ママとあたしは同性だから軽い笑い話で済んでるけど、父と娘、あるいは母と息子だったら、たとえ家族でも気まずい雰囲気になったんじゃないかな。
でも、ま、そういう事なら、OK、了解した。
「お、怒ってます?」
胸の前でもじもじと手を組み合わせながら、上目使いにママが聞いてくる。
うわ、何、この可愛いイキモノ!? 30代半ば過ぎてこの可愛らしさは反則でしょ!
「ん? 別に怒ってないよ」
元はと言えば、あたしが酔い潰れたのがそもそもの原因だろうしね。
うーん、と伸びしながら、あたしはベッドの上に身を起こした。
「え、恵美ちゃん……ちょっと見ないうちに随分成長したんですね。それにその服……」
「へ?」
ママの驚きの声に、反射的に自分の身体を見下ろす。
布団がめくれて露わになったあたしの身体は、ママが愛用している黒いシルクのネグリジェをまとっていた。ああ、道理でなんだか肌触りがいいと思った。
ん? でも、話を聞く限りでは、ママはあたしを着替えさせたりはしてないのよね。もしかしてあたしが、夜中に寝ぼけてそばにあったネグリジェに着替えたのかな?
それにしても、さすがは黒のスケスケ。かなりエッチな身体つきに見えるなぁ……ってちょっと待って!
あたしの現在の胸のサイズは84でCカップ。クラスの平均よりはやや大きい方だと思うけど、さすがにママには負ける。ママは確か96のFで、羨ましいほどの巨乳だ。
ところが、今見下ろしているあたしの胸についているのは、いつもより大幅にボリュームアップして、たゆんたゆんと揺れているオッパイ。明らかに普段より3割方増量されている。
慌ててベッドから飛び起きて立ち上がる。
「え!?」「あら?」
一緒に立ったパジャマ姿のママを、あたしが「見下ろしている」?
ママの身長は162センチと平均レベル。対するあたしは156センチと、いまどきの高校生にしてはちょっと小柄だから、本来ならあたしがママを見下ろす体勢になんてなるはずがないのに。
それに……。
「恵美ちゃん、その胸元のホクロって……」
ママは右の鎖骨の上にちょっと大きめのホクロがある。子供の頃から一緒に何度もお風呂に入ったりしてたから、あたしもそれはよく知ってる。
けど、それが何であたしの身体にあるの!?
──たぶん、パジャマに隠れて見えないけど、今のママの身体にこのホクロはない気がする。
これって──すっごく非常識で認めたくないけど──あたしとママの首から下が入れ替わっちゃったってことォ??
それからおよそ30分、あたしとママは裸になったり色々と調べてみた結果、「やはりふたりの首から下が入れ替わっている」という最初と同様の結論に達した。
よく考えてみれば、あたしはともかくママがあの巨乳であたしのパジャマなんて着たら、胸元のボタンが止められるはずがないのよね。
「でも、いったい何で……」
大体、ドラマとかマンガとかのこのテの話って、外見全部が入れ替わるのがお約束じゃないの?
たとえば、あくまで仮説だけど、酔っぱらった弾みであたしたちがふたりとも幽体離脱とかした挙句、間違えて互いの身体に魂が入っちゃった……とかなら、荒唐無稽だけど、まだ多少なりとも説明はつく。頭が強くブツかったとかも、まぁアリだ。
でも、この状況は明らかにそんな「ありそでなさそな都市伝説」の域を超えている。
最初顔を合わた時互いに気付かなかったように、あたしたちの顔──というか首から上は、あきらかに本人のままなのだ。
無理矢理考えられるとしたら、「密かに外科出術で首から上を切断して移植された」? でも、それにしてはあたし達の首には手術痕らしきものは見当たらない。そもそもそんなコトをするメリットが誰にあると言うのか。
こんなコト、それこそ神様の奇跡でもない限り……んんん?
「! ま、まさか……」
「どうかしたの恵美ちゃん、何か心あたりでもあった?」
ママの問いかけにも応えずに、わたしは素裸にネグリジェだけをまとった状態のまま、バタバタとリビングへと走っていった。
「あった……やっぱり!」
「もぅ、恵美ちゃん、どうしたんですか……あら、それは」
あたしが手に持っているのは、政紀にもらったあの木彫りの神像。
昨日見たときは確かに、それらしい風格が漂っていたというのに、いまあたしの手の中にある彫像は、パキンとふたつに割れたただの木片に過ぎなかった。
「あ……」
「う、嘘……」
そしてそれさえも、あたしの手の中で細かい木屑となってサラサラと崩れ落ちる。
でも、これでほぼ間近いはないだろう。
「あの神像が本物で、わたし達の願い事を叶えた結果がコレだって、恵美ちゃんは思ってるんですね」
ママの言葉にあたしは頷いた。
昨日のお茶会で、自分が何度となく「ママはいいなぁ」とこぼした覚えはあるし、ママの方も「むしろ自分は学生になりたい」と言ってた気がする。
その愚痴を願い事と勘違いしたあの神像が不思議な力で叶えた結果が、いまのあたし達の状態なんだろう。そうとでも考えないと、説明がつかない。
「にしても、あのガラクタ、中途半端な叶え方しちゃってェ~」
なんで首から下だけ入れ替えるのよ!
──そりゃあ、ママみたくグラマーになりたいと思わなかったわけじゃないけどさ。
「あら、でもある意味、不幸中の幸いじゃないかしら。首から上が元のままだから、まだ誤魔化しは効きますよ」
ふむ。言われてみれば、確かに。
実際、あたし達自身も最初は気づかなかったように、たいていの場合、人は他人の顔を見て本人かどうかを判断している。まぁ、指紋とかとられてたらヤバいけど、幸いにしてあたしもママもそんな経験はないワケだし。
今の状態でも、何食わぬ顔で普段どおりに過ごしていれば、背丈や体型の違いで多少不審に思われるかもしれないけど、強引に押し通すことは可能だろう。
──その時のあたし達は、てっきりそう思い込んでいた。いえ、そう考えることで、何とか平静を保っていたのかもしれない。
もっとも、後に判明した事態は、想像の斜め上をいったワケだけど。
最終更新:2010年04月13日 02:46