母の肢体/娘の身体43-47

<とある男子高校生の日記>

9月○日

 親父がまた妙なモノをお土産に買ってきた。
 いわく、「ある南方の部族で崇められている、願い事の叶う神像」なんだと。
 ウチの家には、このテのけったいな代物がたくさん転がっている。無論、大半……というかほぼ100パーセント眉唾物だ。
 しかも、タチが悪いことに、親父もソレ(偽物)であることをわかってて、面白がって買って来てるフシがあるから、余計に始末が悪い。
 まぁ、それとてあくまで道楽の範囲だし、家計に悪影響がない限り、一介の扶養家族としては文句を言えた義理じゃねぇんだが。
 「しっかし、願い事が叶う、ねぇ……」
 500ミリペットボトルよりひと回り程大きい木彫りの像からは、確かに神像と言われて納得できる「威厳」みたいなものが、そこはかとなく感じられたけど……まさかなぁ。
 「えーと……美人で優しくて俺にベタ惚れの彼女ができますよーに」
 パンパンと柏手なんぞ打ってみる。
 俺の友人連中の中には、幼馴染の恵美のコトを俺の彼女、少なくともその手前だと思ってるヤツもいるが、俺に言わせたらソイツはヒデェ誤解だ。
 まぁ、顔がそれなりにいいことは認めよう。なんたって雪乃さんの娘だからな。スタイルも決して悪くはない。客観的に見て、性格もビッチとか性悪だとか形容される程ヒドくはないだろう。
 だが、俺にとってアイツは「横暴で口うるさい姉貴分」そのものだ。
 自分のことを棚に上げて俺をこき下ろしたり、反対に腐れ縁を頼りに厄介事を持ち込んできたりするアイツのことを、俺は生物学的に「雌/female」であるとは認めても、「女の子」、ましてや恋愛対象だなんて断じて認める気はない。
 俺にとって、理想の「恋人」のタイプと言うのはヤツとは正反対、そう、たとえば雪乃さんみたいな女性のことを言うのだ。
 清楚で淑やか、控えめながら、いつも笑顔を絶やさず、けなげで家庭的。さらに、俺と同い年の娘がいるとは思えないほど、若々しくてスタイルも抜群。
 ああいう女性を嫁さんにもらえた男は幸せだろう、くそっ、モゲロ……いえ、嘘です。おじさんには、小さい頃、留守がちな親父に代わってキャッチボールとか色々遊んでもらった恩があるし。
 しかし、いくら不可抗力とは言え、事故で死んで雪乃さんを悲しませた罪はやっぱり重いと思うがな。
 お葬式の時、陰で泣いてる雪乃さんに「おばさん、泣かないで。だいじょうぶ、ぼくが、おじさんのかわりにだんなさんになってあげるから」とか言ったのも、幼き日の黒歴史(いいおもいで)だ。
 ま、まぁ、そんなマセガキのことはさておき。
 贅沢を言っている自覚はあるが、俺としては「恋人」の理想モデルは雪乃さんをベースに想像せざるを得ない。むしろ、そんな「理想」を追い求めるがゆえに、俺に恋人ができないのかも!?
 ──はい、ゴメンなさい。調子に乗りました。
 ま、とりあえず、ダメ元で願い事はしてみたものの、やっぱり御利益らしきものはなかったワケだ。
 外見も渋くてそれなりに立派だから、インテリアとしての価値はあるんだろうが、生憎ウチの家もいい加減こんなモノ飾るスペースも無くなって来たしなぁ。
 ふむ。そういや、恵美ん家のお土産にって、現地のチョコレートを預かってるんだが……代わりにコッチを渡しておくか。チョコは食っちまえばかさばらねーしな。


9月■日

 うーーむ、夕方来た恵美と雪乃さん、なんか様子がヘンだったなぁ。
 何か悪いモンでも食べたのか? いや、雪乃さんが食卓を預かってる限り、あの家でソレはないか。
 微妙に気になるが、そろそろ遅いし、明日は月曜だ。今夜はサッサと寝て、明日学校行ったらそれとなく確かめてみっか。


9月△日

 今、俺は、珍しいことに恵美の奴とふたりで学食に隣接したカフェテラスで昼飯を食ってるワケだが……。
 「あの……どうかしましたか、政紀くん?」
 目の前に、コテンと首を左に15度傾けながら遠慮がちに聞いてくるツインテールの美少女がいた! 何、この可愛いイキモノ!? ってか、誰??
 「や、何でもない。気にすんな、恵美」
 無論、この目の前の女性は他ならぬ恵美だったりする。正直、180度昨日までと印象が異なるが。
 「はぁ、政紀くんが、そう言うのでしたら……」
 言葉を濁して食事を再開する「恵美」。その手つきは、300円のAランチを前にしながら、まるでフランス料理のコースでも食べているかのように優雅だ。
 こうやって大人しくしてるのを見ると、コイツがいかにレベルの高い美少女か今更ながらにわかるなぁ。いつもは、そのガサツさと騒々しさでそれが3割程度に抑えられてるけど。
 「はぁ~」
 「??」
 「あー、気にしないで食事を続けてくれ。単なる思春期の少年のごくありふれた悩みだから」
 「ふふっ、ヘンなマサくん」
 クスクスと口元を抑えつつ上品に笑う恵美。
 「「マサくん」、か。お前にそう呼ばれるのも久しぶりだな」
 小さい頃の俺は、雪乃さんにはそう呼ばれてて、恵美もそれを真似して「マサくん」って呼んでたんだよな。
 でも、小学4年生くらいの時に、「照れくさいし、子供っぽいから止めてくれ」と言って、上原母娘には、そう呼ぶのは止めてもらったんだっけ。
 「あ……ごめんなさい。嫌だった?」
 「いや、別に。むしろちょっと懐かしかったかな」
 申し訳なさそうにこちらを見る恵美に、そう答えたのは、あながち嘘じゃない。まぁ、上目使いな恵美の表情に不覚にも萌えたってのも理由だけど。
 そうなんだよ! 今日の恵美は言動とか表情の端々がすごく女らしいんだよ!
 いや、今までだって男勝りって言うほどじゃなかったんだけど、割合ラフで適当で、しかも俺には一段と遠慮がなかった。
 それが、今日は真逆で、全体にお淑やかなのはもちろん、特に俺に対しては気を使ってくれてる感じがする。かと言って、俺をからかうために演技してるってワケでもなさそうだ。
 一体全体どういう風の吹きまわしだ? 悪いモンでも食べたのか? 親父の海外土産は、スタッフ(主に俺)が美味しく戴いたはずだし……。
 ──ん? 待てよ……。
 こないだ俺、例の神像をコイツに渡す前に、「美人で優しくて俺に惚れてる彼女が欲しい」とか、冗談半分に願ったよな。まさか、その願いが受理されてた、とか?
 願い事成就のシステムが神様的にどうなってるかは知らんが、叶える方だって使う神通力とかそういうのは少ない方が楽に決まってる。
 さて、俺が願った条件にピッタリの女の子をどこかから見つけて来て、俺に近づけて惚れさせるのと、すでに俺の近くにいる娘の性格をチョチョイっていじるのとでは、どちらが簡単か?
 無論、後者に決まってる。
 と言うことは、まさか俺の願い事のせいで、恵美の奴、性格をねじ曲げられちまったんだろうか!? さすがにそれは寝ざめが悪すぎる!


 「大丈夫ですか、マサくん? 冷や汗で顔がビッショリですよ?」
 心配げに俺の身を案じながら、ハンカチで汗を拭ってくれる恵美。
 ……訂正。「ねじ曲げられた」というより「すごく良くなった」と解しておこう、ウン。
 しかし、もしそうだとすると、この恵美が俺の恋人にできるってことだけど……。
 顔立ちは、初恋の人・雪乃さん譲りで正直好みのタイプではある。
 体型とかも、巨乳とかグラマーとまでは言えないが、高一にしては上出来だろう。
 俺とは長い付き合いで、阿吽の呼吸と言うか、いろいろ互いにわかっている部分は多い。親愛の情と言う点で言えば、俺にとって親父に次いで親しく、また大事なのが恵美と雪乃さんなのも間違いはない。
 そして、最大の障害だった性格が、見ての通り改善されたワケだ。
 ──あれ? もしかして、これって俺と恵美が恋人になるためのフラグ立ってる?
 「あ、あの……どうしたんですか? そんなに熱心にわたしの顔を見つめて」
 ちょっと照れたような笑顔を浮かべる恵美。俺は、そんな彼女を久しぶりに「女の子」として意識しているのを感じて、胸が高鳴っていた。


9月□日

 あれ以来、コッソリ恵美の様子に注目してたんだが、明らかにおかしい!
 いや、客観的に見れば全然おかしくはない。むしろ、「落ち着いて女らしくなった」と見られること請け合いだ。
 アイツはその明るく気さくな性格で友達も多かったが、逆にその馴れ馴れしさやノリの良さ(というかバカさ)から、敬遠しているヤツも多かった。
 ところが、あの日以来、恵美が、その気さくさは元のままに、女らしいしっとりした落ち着きと、控えめなしおらしさと思いやりを身に付けたものだから、男女問わず人気が急上昇中だ。
 けど、その真相(らしきもの)に気づいている俺としては複雑だった。
 そりゃ、幼馴染がイイ女になったのは嬉しいさ。俺のことを色々気にかけて、ウザくない程度にさりげなく世話を焼いてくれるのも、有難いとは思っている。
 ただ、それが、俺が軽率に神頼みしちまった結果だと思う、なぁ。
 しかし、そうは言っても、俺自身、日が経つにつれ、恵美への「想い」が大きくなっているのを感じる。
 いや、だって仕方ないだろ!? 自分の好みにドンピシャの女の子が幼馴染で、朝は起こしに来てくれて、時々一緒に帰ったり、ふたりで喫茶店に入ったりって、「それなんてエロゲ?」って毎日なんだぞ!
 ──ふぅ、日記で誰に言い訳してんだ、俺は。
 実際のところ、俺が「新しい恵美」に惚れているのは事実だし、恵美の方も俺のことを強く意識しているとは思う。
 ただ、向こうのソレが外部から強制的に刷り込まれた気持ちかもしれないと思うと、その気持ちに付け込んでいいものか、迷うワケだ。
 ええい、ひとりで考えていてもラチはあかねぇ。
 明日、男らしく、恵美に交際申し込んでみっか!


9月●日

 放課後の屋上で、男らしく恵美に「好きだ、つきあってくれ!」と打ち明けた。
 けど、意外なことに、恵美のヤツは「少し考えさせて」即答はしなかった。
 「好きだ」と言った時のうれしそうな表情からして、俺のことを嫌いってワケじゃなさそうなんだが……何か障害があるのか?
 うーむ。月並みだが、親が男女交際に厳しい、とか?
 ウチの親父に関しては、放任主義だから問題ない。雪乃さんも、俺を息子同然に可愛がってくれてると思うんだが。
 待てよ、そう言えば、この間アイツん家に遊びに行った時、微妙に素っ気なかった気も。
 息子としては甘やかしてくれても、娘の婿候補(こいびと)としては失格とか?
 ……やべぇ、そう考えると、確かに俺、あの人の前では男として誇れるようなコトはあんまりしてない気がするぞ。なんか微妙に鬱になってきた。


9月X日

 告白から土日を挟んだ月曜、俺は恵美から呼び出しを受けた。
 ロクでもない考えに行きついてた俺は、まさか笑顔とともに抱きつかれるとは思わなかったな。
 当然、返事は「YES」。やったぜ!!
 調子に乗って、初めてのキスまでしちまったけど、恵美は顔を赤くしながらも怒らず、素直に俺に委ねてくれた。
 うーん、恵美の唇、やーらかくてあったかかったなぁ……デヘヘヘ。
 おっと、こんな下品な笑いを漏らしてちゃいかんな。紳士は常に優雅たれ! 


10月1日

 今日、俺はついに大人の階段を一歩上がった!
 ふぅ~、初めてだから緊張したけど、全然たいしたコトなかったな。
 ……嘘です。世界観変わるほど気持ちよかったです。
 これは、人類にとってはささやかな一歩かもしれんが、俺個人にとっては大きな一歩だ!


10月×日

 あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ!

 「親父と雪乃さんが一緒にいるところを見計らって、
 俺達がつきあっているという交際宣言をしようとしたら、
 先手をとって親父と雪乃さんが来月結婚するつもりだと教えられた」!

 何を言ってるのか、さっぱりワケわかんねーヨ!

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最終更新:2010年05月05日 17:23