賑やかな食卓

(現在5スレ目>>52 第12話まで 2010/12/03(金) 21:14:54投稿分)

447 賑やかな食卓 [sage] 2010/08/16(月) 19:03:10  ID:BX2EKkSG Be:

    「あなた。もうすぐ晩ご飯が出来るから、香苗のこと呼んできてー」
    キッチンから聞こえてくる妻の甲高い…鼓膜を突っつくような声に、夕方のニュースをみていた俺はしぶしぶながら立ち上がった。
    2階の自分の部屋にいるはずの香苗…小学5年生の一人娘…を呼ぶには、階下から叫んでも聞こえるはずなのだが万が一聞こえなければ二度手間になるだけに俺は階段を登り、香苗の部屋の前まで辿り着いた。
    トントン
    ドアをノックした後、声をかける。
    「香苗、もうすぐご飯だから、ママが怒らないうちに早くおいで。」
    「うん、今いくー!」
    口調こそ快活だが子供らしからぬ落ち着いた雰囲気の返答の後、椅子から立ち上がる音、そしてドアが開いた。
    その向こうから現れたのは30代中頃の容姿を持つ女性。
    香苗の部屋に先客がいたわけではない。この女性が娘の香苗なのだ。
       ※
    その日の我が家の夕卓もいつもどおりありふれたもの…少なくとも見た目だけは…だった。
    テーブルを囲んでいるのは、30代後半の男性…俺と、30代中頃の女性、そして十歳ぐらいにみえる女の子。
    これだけなら、ごく一般的な3人の親子に見えることだろう。
    「いっただっきまーす!」
    女性が、その容姿には似合わない快活な声をあげると、その声に負けないぐらい勢いよくオカズに箸を伸ばし始める。
    「この身体だと、お料理も危ないから、冷凍食品やお総菜が多くなっちゃったけど。」
    女の子が申し訳なさそうに小さく舌をだした。その指にはいくつかの絆創膏。
    「ううん、全然、いいよー!香苗は。」
    女性は少女に向かって満面の笑みを浮かべてみせる。
    事情を知らない人間がみたらなんと思うのか、そう思うと少々の頭痛を感じる一方で俺は苦笑を抑えるのに少なからず努力を必要としていた。

    この光景をみたら、人は俺達3人、実は親子ではなく、赤の他人かそれに近いグループだと解釈して自分を納得させていたかもしれない。
    だが、それは全くの大ハズレ。
    戸籍上でも血縁でも、俺達3人は紛れもなく親子。
    世帯主で夫そして父親である俺、妻で母親である美登里、そして娘である香苗。
    知人や近所の人間に確認してもらえれば、彼らは口を揃えて間違いなく親子であると証言してくれるだろう。
    だが、それならなぜ、この様なちぐはぐ状況、ありふれた親子の食卓とは思えない会話が続いているのか。
    それは、妻、美登里と、娘、香苗が入れ替わっている…妻と娘が、それぞれの立場を入れ換えた演技をしているわけではない。
    実は今の妻と娘は、心と身体が入れ替わった状態。11歳、小学5年生である娘、香苗の身体には美登里の心が。36歳である妻、美登里の身体には香苗の心が、それぞれ宿っているのだ。
    心が別人のものとなれば、当然、記憶や性格、人格も変わることとなる。
    このため、外見だけなら、美登里の身体の言動や素振りはまるで小学生…子供そのものだし、香苗の身体は、炊事洗濯掃除と大人のように家事をこなしている。
    なぜ、このようなややこしい状況が発生したのか。
    それは3ヶ月前、妻と娘があるモニタに応募したことから始まる。

  魂交換システムが実用化されたのが今から5年前。
  その名の通り、人間の魂を交換し、本来とは別の肉体へと移し替えるモノだ。
  もっとも、このシステムには致命的といえる欠点が存在していた。
  まず、魂の交換には肉体の相性が存在し、相性が合わない肉体同士では交換ができない。
  この相性は、親子や兄弟のような血縁関係者同士だとかなりの確率であうものの、そうでない人間同士で相性があう確率は1億人に1人あるいは10億人に1人とも言われている。
  そしてもう1つは、交換できる時間に制限があるということ。
  相性があうといっても、やはり他人の身体。長時間交換状態が続くと魂が弱ってしまい、遂には消滅してしまう。
  このような制限から、魂交換システムによる不老不死は不可能であり、また犯罪などに使われる危険性も低かったが、それでもある日突然人間の中身が全く別人になることへの危険性は高く、この5年間、システムの使用は厳しい規制を受けていた。
  とはいえ、一度、世間にその存在が知られた以上、いつまでも規制を続けることもできない。
  そこで政府は、規制緩和の第一段階として、不特定多数の人間にシステムを使用した際における問題点などを調査する為に国民にモニターを募集することとなった。

  血縁関係がない人間同士ではまず使用できないことが分かっている以上、募集は、親子あるいは兄弟姉妹に限定されることになった。
  またこの調査は国政の一環ということで、入れ替わった状態では就学あるいは労働が困難となることも予想されることから、モニター期間中、調査協力費の支給や学生は公休扱いなども保障されることとなった。
  それに興味を持ったのが、妻と娘の香苗というわけだ。
  肉親相手で時間制限つきであるにも関わらず、この調査の人気は高く、どうせ当選するはずもないとたかをくくっていたおれだったが、通知が来て驚きそして狼狽えることとなった。
  安全性は保証されているといっても、魂と魂、身体と身体が入れ替わるというのだ。それも自分の妻と娘が。
  不安に思わないはずもない。
  なんとか2人を説き伏せようとしても無駄な努力に終わった。
  「なあ、頼むからやめにしないか。遊園地のアトラクションみたいなもんだと思っているみたいだけど、これはそんな簡単なものじゃなさそうだぞ。」
  最後の説得も虚しく、妻と娘は、交換処理を受ける為にでかけていってしまった。
  こんな時、家で待っているのが辛い。
  とはいえ、あんな反対した手前、ついていくのも恥ずかしいし。
  5分ごとに時計を見る動作を何度繰り返しただろうか。
  玄関が開く音が聞こえた。

  玄関にカギをかけたのは確かだから、ドアが開くと言うことは、家族以外の何者でもない。
  焦らされたこともあって、跳ねるようにしておれは玄関に向かった。
  そこに立っていたのは、妻と娘の姿。
  あまりにも見慣れた光景…なのはそこまでだった。
  「パパー!ただいまぁ!」
  いきなりオレに抱きついてくる妻の身体。
  新婚の頃なら珍しくなかったが、香苗が生まれた後はご無沙汰な…
  しかし、あまりにも無邪気なその仕草と口調にオレは違和感を覚えた。
  も、もしかして、これが…
  それを裏付けるように、すぐそばで立ったままの香苗が口を開いた。
  「ただいま。あなた。香苗も、それは本当はママの身体なんだから無茶しないでね。」
  「あ、ママ。ごめーん。」
  オレから身体を離す妻。
  いや、性格にはこれはオレの妻というわけではないのだろう。
  「お、お前達それじゃ…」
  「あら、あなた。あれほど説明したはずなのにまだ信じてなかったの?」
  香苗は、小学生とは思えない冷めた口調でオレに問いかけてくる。
  「へへ、パパー!あたし香苗だよ。こーんなに大きくなっちゃった。ほら!」
  小学生の子供のいる女性とは思えない妻の屈託のないその声に、おれは全身の力が抜けていくのを感じていた。

  2分後、おれはリビングのソファに腰を下ろしていた。
  とてもじゃないが、立っている自信は既になかった。
  あれだけ反対した一方で、オレの中では、魂の交換なんてできるはずなんかないと思っていたらしい。
  自分のことなのに、らしいなんて今更思うなんて情けない。
  「さ、とりあえずお茶でも飲んで落ち着きましょう。」
  そういいながら、妻はテーブルの上にお茶の支度を始めた。
  もっとも見た目だけでは、小学生の女の子が背伸びして、大人の真似をしているようにしか見えないが。
  「えへへ、パパ、ビックリするって話してたけど、ホントだったね。」
  オレの様子を面白がる香苗だが、外見だけみれば、30代の女性がお菓子を口一杯に頬張っているのは明かに異様だった。
  「香苗、お行儀悪いわよ。それにそれはママの身体なんだからあんまり食べ過ぎないでね。太ったら困るのはママなんだから。」
  「はーい…あれ、そういえば、今はあたしがママなんだよね。」
  「こら、かなちゃん!そういうことはしないって約束したでしょ!それに、そういうことならご飯とかお洗濯とか全部かなちゃんにやってもらおうかな。」
  「あ!うそ、うそだってば、ママ。」
  この前の母の日、丸一日お手伝いしただけでも相当まいったのだろう。慌てて取り消す香苗…見た目は妻。
    ソファに座っていて良かった。
    いっそ気絶しやすい体質ならどれだけマシだったかと思えるほど頭痛がしてくる。

    「まあまあ、アナタ。1週間だけのことなんだからそんなに困らないで下さい。」
    湯飲みに入れたてのお茶を注ぎながら呟く香苗…の姿をした妻。
    「あ、ああ、そうだったな…」
    魂交換システムでは、交換状態が長く続くと魂が弱ってしまうのは知っての通り。
    衰弱の進行は個人差があるものの、その影響が顕著になるのがおよそ3週間前後。
    充分な安全性に加え、入れ替わった状態が長く続くと、本来の生活…仕事や学業…にも影響がでるということで、今回の交換期間は1週間ということになっている。
    今日は日曜だから、なにかトラブルでも起こらない限り、来週の日曜には、2人は元に戻っているはずだ。
    短いというわけでもないが、1週間後には全て元に戻っているということを確認すると、多少は気も楽になってくる。
    「そーだよ。ぱぱー!ママも香苗も色々遊ぼうっと相談したから、パパも一緒に楽しもうよ。」
    「そうですよ。アナタ。1週間だけのことなんですから。ちょっと旅行にでもいった気分になって、この状態を楽しんでみたらどうですか?」
    楽しんでみたら…か…
    確かに、いつもと違う妻と娘…どっちがどっちか、未だ混乱しているが…と一緒に過ごす時間というのも悪くはないだろう。
    どうみても入れ替わった状態を面白がっている2人につられて、そんなことを考えてしまったオレだったが、それを後悔するまでさほど時間はかからなかった。

    入れ替わっているのも1週間だけということでオレも吹っ切れたらしい。
    お茶のおかげで多少気分も落ち着いたのか、妻と娘の身体と心が入れ替わっているという状態をどうにか受け入れることができたようだ。
    「ところで、入れ替わっている状態で、2人をどう呼んだらいいんだろうな?」
    「そうねえ。そこまで考えてなかったわ。」
    「香苗はママって呼ばれてみたいな。」
    なるほど。香苗が今回のモニターに応募した理由の1つが大人になりたいってことがあったんだな。
    女の子のなりたい職業だと、まだまだ「お嫁さん」とか「お母さん」が多いようだし。
    「でも、いきなり呼ばれても困らないように、中身の名前で呼び合った方が間違いないかもしれませんね。」
    少々考えた後、提案する妻。
    確かに、肉体の方の名前で呼ばれた場合、ピンとこない場合もあるだろう。
    「えー、そんなのつまんない。」
    香苗が妻の顔で口を尖らす。
    「でも、香苗だって、いきなり『ママ』って呼ばれたら、自分だと気づかないかもしれないだろ。」
    「そ、そうかもしれないけど。」
    「ハハハハ、香苗はよっぽどママになってみたかったんだな。よし、それなら普段の生活はダメだとしても、ご飯の時とかちょっとだけママになってもらおうか。」
    「ホント!やったーぁ!」
    大きく万歳をしながら歓喜の声をあげる香苗。
    「あら、それなら、かなちゃんがママになっている間は、ママは名前で呼んでもらおうかな。」
    「おいおい、お前まで何をいいだすんだ。」
    「だって、折角子供の身体になってるんですもの。ちょっとぐらい主婦という立場を離れてみたいわ。それにアナタだって、こんな子供を相手に妻扱いするのはちょっとおかしくないかしら?」
    「そうかもしれないけど…じゃあ、香苗と呼べばいいのか?」
    「わーい、ママが香苗になるんだ。」
    「そのことなんですけど、こんな機会なんですから、たまには沙織って呼んでもらえないかしら。」
    「う、それはだなあ。」
    新婚当初はともかく、香苗が生まれてから、互いに、「お前」「アナタ」で通して来ただけで、今更本名で呼ぶことには照れ混じりの抵抗感がある。

    「それとも自分からだと言いにくいようなら、あたしの方から呼んであげましょうか。ね、俊太郎君。」
    「そ、その名前で呼ぶか…」
    職場結婚の妻は2歳年下。だが、彼女が短大卒後の就職であることに加え、大学受験の際1浪していることから、職場では俺の方が後輩にあたる。
    そんなことから職場の先輩後輩の関係から恋人同士にと昇格した後…結婚後もしばらく、俊太郎「君」と呼ばれ続けることになったわけだが。
    流石に香苗が生まれた後では、夫であることに加え、父親という立場の問題もあるから妻も俺のことを名前で呼ぶことはなくなっていたのだが。
    「わ、分かったよ。このモニター期間中だけは、名前で呼ぶから。それでいいだろ。」
    「それなら、早く名前で呼んでみて。」
    「え、い、今か?」
    「そうですよ。後で何ていうことにして、うやむやにされたくありませんからね。」
    「ねー、パパ。早く呼んでみて。」
    妻と娘の2人がかりで…しかも外見と中身が入れ替わっているというオマケ付きで…そう言われては、もう後には引けない。
    「…あ…その…さ…さ…さおり…」
    自分にこんな小声が出せるものかびっくりするような声しかでないが、それが今の精一杯。
    一方、妻…正確には妻の心をもつ香苗の顔に、驚きと喜びの表情が浮かぶ。
    「ね、ね、今なんて言ったの?もう一度いって。」
    俺にすり寄って来る妻の姿…身体は香苗なので、まるで娘におねだりされている気分だ。
    「わ、わかったよ…さ、沙織。」
    今度は先ほどより大きな声がでたが、それに対する妻の反応もまた大きなものになった。
    両手で顔の下半分を覆うと、その目が大きく見開かれる。
    次の瞬間、妻は俺に飛びかかるように抱きついてきた。
    今は、香苗の身体で良かった。女性とはいえ、大人の身体で飛びつかれたらひっくり返っていたところだ。
    「おま…沙織、ちょっとやめてくれないか…」
    「アナタに沙織って呼んでもらえるなんて何か凄く嬉しいの。あはは、何だか、アナタのことパパって呼びたい気分かも。」
    「おいおいやめてくれよ。」
    「きゃはは、ママ…沙織ちゃんは甘えんぼさんだね。」
    香苗が茶化してくると、妻…沙織は怒るどころか、満面の笑みを浮かべた。
    「子供の身体なら、誰に甘えてもおかしくないもんね。」
    「香苗がママなんだから、沙織ちゃんは子供ってことになるよね。」
    沙織を挟むようにしてソファに座った香苗は、母親の頭を優しくなで始めた。
    「えへへ、沙織ちゃん可愛いな。」
    可愛いって、自分の身体だぞ。
    しかし、沙織の方はそう言われてまんざらでもなさそうだ。

    こうして見ている分には、仲むつまじい母娘なわけだが、事情を知っている身としては、その中身が入れ替わっていて、しかもその2人は実の妻と娘なだけに、おれとしてはどうにも居心地が悪い。
    って、ここはおれの家だし、この2人は紛れもなくおれの妻と娘だったのに、なんでこんな気分にならなきゃいけないんだー!
    とはいえ最近大人になってきたのか、香苗が以前ほど甘えてくれなくなったので、心は妻とはいえ、実の娘が甘えてきてくれるようになったのは確かに嬉しい。
    「あ、パパ、何かいやらしいこと考えてなかった?」
    不意の沙織の指摘。
    「い、いやらしいこと?何バカいってんだよ。この場合、相手は自分の娘…身体は娘だし中身は妻なんだぞ。そんな状態でいやらしいこととか考えるはずもないだろ。」
    娘に甘えられることが嬉しいとはいえ、それをそのまま表に出すわけにもいかない。
    「あー、パパって、香苗のことそんな風にみてたんだ。」
    今度は香苗が口を挟んできた。
    妻の…大人の女性の身体と声なのに、口調や言葉遣いが、小学生なためか、バカにされているような気分になる。
    「だから、そんなことはないから。全く…それより、さ…おりはともかくとして、香苗、大人の身体になったからって好き勝手なことしちゃダメだぞ。
    子供なら多少多めにみてもらえることも大人がやったら大騒ぎになることもあるし、そうなったら元の身体に戻った時、ママが困ることになるんだから。」
    「はーい」
    渋々といった感じで返答する香苗。
    「ふう…」
    どうにかその場が落ち着いたと思った途端、音こそ鳴らなかったが不意に空腹を感じた。
    そうそう、2人が魂交換を受けている間、どうにも落ち着かないので、お昼もロクに食べていなかった。
    まだ5時前とはいえ、お腹が減るのも当然だ。
    と、今は妻が香苗の身体…小学5年生の女の子の身体になっていることを改めて思いだした。
    妻自身が言っていたことだが、この身体では、いつも通り料理…できないこともないだろうが、不安も残る。
    「どうだ。2人とも。今は沙織がこんな状態だから、夕ご飯作るのもちょっと大変だろう。今日は日曜なわけだし、外に食べにいかないか。」
    「わーい」
    大人の女性とは思えない屈託のない笑みを浮かべる香苗。
    「そうね。まだ香苗の身体になれていないし、包丁とか使うのはちょっと危ないかも。」
    可愛らしく小首を傾げながら少し考えこんだ後応える沙織。
    「それにあたし達、交換に思ったより時間がかかったからお昼食べていないの。」
    「おや、そうだったのか。ならちょっと早いけど問題なさそうだな。
    とりあえず近くのファミレスでもいくか、この時間ならまだそんなに混んでいないだろう。」
    「あ、ちょっと待って。」
    ソファから立ち上がった所で沙織がおれを制した。
    「あたしも香苗も着替えてくるから、ちょっと待って。」
    「着替えるってついさっき帰ってきたばかりじゃないか。着替える必要もないだろ。」
    「ファミレスとかにいくなら、そういった場所の格好があるんです。」
    「そうそう。」
    そういうと、2人はリビングから出て行ってしまった。

    それなら、おれももう少し身支度を調えるか。
    今日は出かける気もなかったから、ちょっとだらしない格好だし。
    軽く髭を剃り、神を手櫛で整える。
    だが、妻も娘もまだ戻ってくる気配をみせない。
    いつまにか時刻は5時半をまわっていた。
    おいおい、店が混み出すぞ。
    そう声をかけようとしたところでこちらに向かってくる足音。
    女性の身支度には時間がかかるとはいえ、ファミレスなんだから、そこまで凝る必要は…
    リビングに戻ってきた2人をみて、おれはちょっとだけ固まった。
    妻…今は香苗の身体…は、髪を、短めとはいえツインテールにして大きめのリボンでとめ、服装はといえば、フリルとギャザー仕立てで飾られたワンピース姿。
    ご丁寧に肩にはポシェットを斜めがけしている。
    11歳だとしてもちょっと幼めな格好。
    一方、香苗…身体は妻…は何と大胆に胸の開いたタイトなワンピースドレス姿。髪も高めに結い上げられ、その顔も服装に似合った化粧が施されている。
    こんな格好の妻…身体は妻なのだからとりあえず妻といってもいいだろう…の姿をみたのは何年ぶりだろう。
    まだ30代半ばとはいえ、かなり艶めかしい格好。
    「どう?パパ。香苗、美人でしょ!」
    折角の格好台無しにしてしまう屈託のない笑みを浮かべる香苗。
    「なんだ。時間がかかったと思ったら、こういうことか。」
    「だって、折角外出するんですから…あたしも子供になってるんだし、こういった服も着てみたかったの。それに着てみたら今度は外出したくなるもんでしょ。」
    「あ、ああ、その通りかもな。しかし、そうなると…」
    今のおれの服装は、ポロシャツにチノパン。
    この2人の格好とは明らかにバランスがとれていない。
    「5,5分待ってくれ。」
    そういうと、おれは大急ぎで背広に着替えに戻った。
    ネクタイを締めながら、リビングに駆け戻る。
    「お待たせ。さあ行こうか。」
    おれが車のハンドルを握り、2人は共に後部座席に座った。
    普段は、妻が助手席に乗ることが多いが、今は2人とも後ろなのが有り難い。
    香苗になっている妻と、妻になっている香苗。
    どちらが隣にいても、なんとなく会話が続かない気がする。

    車の後部座席では、妻と娘が互いに入れ替わった状態で会話を弾ませている。
    一応、運転に集中する必要があるため、あまり意識を向けることもできないが、この入れ替わった状態をどのように楽しもうか。
    そんなことが中心になっているようだ。
    う~ん、必要に迫られてならともかくとして、他人の身体になって楽しいのか?
    大人になってみたいという香苗の要望はまだ分かるところもあるが、子供になってみたいという妻の考えはよく分からない。
    確かに子供の身体にはなっているがだからといって大人としての責任全てがなくなるわけでもないのに。
    そうこうしているうちに、車はファミレスへと到着する。
    駐車場の混み具合からしてまだ満員にはなっていないようだ。
    これなら家族3人ぐらいなら問題なさそうだが、こんな状況だけに、できるならあまり目立たない席につきたいものだ。
    「いらっしゃいませ。3人様でしょうか?」
    応対するウェイトレスに小さく頷くと、禁煙席でなるべく奥のテーブルになるようお願いする。
    何もしらない彼女の目には、カジュアルとはいえないこんな格好の今のおれ達の姿がコンサートか発表会帰りの親子とでも映っているのだろうか。
    「どうして、こんな奥のテーブルにしたの?」
    慣れない装飾過多なワンピースの裾扱いに苦労しながら椅子に座った沙織がそう問いかけてくる。
    「ん…そりゃ、お前達2人が今の身体に似合わないことでもして周りの関心を集めないようにだよ。一応国のモニターとはいえ、珍しいものだと思われること確実だからな。」
    「そんなに気にしなくてもいいのに。あたし達だって、それぐらいの演技をすることはできますよ。」
    「そうですよ。あなた。あたしも沙織も、それぐらいのこと大丈夫ですから。」
    明らかに大人びた口調で割り込んできた香苗に、思わず飲もうとしていたお冷やを噴き出しそうになるおれ。
    本来は妻のものである身体だけにその口調にはさほど違和感はないが、それを呟いているのが実はまだ小学生である娘であると分かっているおれとしては、タチの悪い嫌がらせを受けているかのようだ。
    「そーだよ。パパ、沙織もママもちゃんとできるから安心してー!」
    すかさず妻が香苗に話を合わせてくる。
    ここが人目のファミレスでなければその場で頭を抱えてこんでいたところだろう。

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最終更新:2011年04月22日 11:17