わたくしが貴女で、わたしがアナタ!?第2話~戦隊ヒロインの不満~

2.戦隊ヒロインの不満

 「まったく! 規律というものがまるで判っていませんわね!」
 20歳前後の若い女性が、プリプリ怒りながら夕方の繁華街を歩いていた。
 ややキツそうな顔立ちではあるものの、彼女は十分以上の美人だ。普通なら、ナンパ男ひとりやふたり現れそうなものなのだが、彼女の前からは、あたかも海を渡るモーセの如く人ごみが割れていく。
 まぁ、全身から「わたくし、不機嫌でしてよ!」というオーラを漂わせている長身の美人に、積極的に関与しようと思う愚か者はそうそうは……。
 「よぅ、ねーちゃん。どしたんだ、不景気な顔して。気晴らしにオレらと遊ばねぇ?」
 ──訂正、ごく稀に、そういう馬鹿もいるようだ。
 しかしながら、いかにもチャらい外見の若い男ふたり組は……。
 「フンッ!!」
 ブレザー&タイトスカートという動きにくい格好もモノとしない、美女のエルボーとニーキックで、アッサリ路上に沈められることとなった。
 と言うか、単に声かけて来ただけの男性を気絶させていいのだろうか?
 「構いません。このわたくしに、あの程度の下種が声をかけようだなんて、身の程知らずが過ぎますわ!! 無傷で済ませただけでも慈悲とお思いなさい」
 ──できれば地の文にツッコミは入れないで欲しいのだが。
 それはさておき、どうやらこの女性、見かけ通りに相当プライドが高いらしい。オマケに、かなりのSっ気もありそうだ。
 彼女の名は、妃楼院月乃(ひろういん・つきの)。ご大層な名前の印象を裏切らず、生家である妃楼院家は、かなりの歴史を持つ旧家だったが、同時に没落の一途を辿っていた。
 現在では、先祖伝来の古い屋敷と従業員50人程の小さな会社を所有している程度で、会社の経営も楽ではないため、生活程度としてはせいぜい中の上といったトコロだろう。
 月乃が不幸だったのは、その現状に比して彼女のプライドが血筋相応に高かったこと、そして彼女の煩悶を家族も含めて誰も理解しなかったことだろう。彼女に言わせれば父は敗北主義の腑抜けであり、母も偉大なる妃楼院の義務を理解してない凡人だった。
 加えて、月乃の能力がそれなり以上に優秀であったことも災いした。
 言葉は悪いが、もし平均かそれ以下の能力しか持っていなければ、彼女も自らの夢──妃楼院家の再興を諦められただろう。
 しかし、天才と言わないまでも、それに迫る秀才肌であった彼女は、己が目標として「世に妃楼院の名を知らしめること」を、幼少時に選びとってしまっていた。
 著名な女子大学に在学中も、そんな無謀な志を胸に秘め、ひとり鬱々としていた彼女に、「さる政府筋」からの怪しげな接触があったのが、およそ2ヵ月ほど前。

 さる秘密実験への協力要請に対して、高額のアルバイトと割り切って参加することを決めた月乃だったが、今ではやや後悔していた。
 秘密実験の内容とは、あやしげなマッド博士の提唱した眉唾理論を元にした、トンデモ戦隊への参加だった。もっとも、頭脳明晰な彼女をして半分も理論を理解できなかったが、確かに一定の成果はあげているので、少なくともインチキではないのだろう。
 半官半民の施設、日本オルゴニックウェーブ研究所に所属する実験部隊である「聖装武隊オルゴナイザー」の一員、オルゴンピンク──というのが、彼女の肩書きだった。
 実は「仕事」の内容を知った時、当初彼女もそれなりに張り切ったのだ。
 数百万人にひとりという「聖性力」への適性を持ち、人類の敵と戦う崇高なる5人の戦士の一角という立場は、ひと時、月乃の虚栄心とプライドを満足させたが、すぐに仲間の「醜態」が彼女を現実に引き戻した。
 「まったく……レッドは熱血激情馬鹿ですし、ブルーは勘違いキザ。イエローは女性ながらタダの脳味噌筋肉で、一番マシなブラックでさえ地味なツッコミ係なんですから、救いようがありませんわ!」
 ピンクのお前だってタダのヒステリーS女じゃん、という指摘は、怖くて誰もできなかったらしい。

 命を懸けて戦うのは、いい。死にたいワケではないが、妃楼院家令嬢として、ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)を心得ているつもりだ。戦いに身をさらすことに否やはない。
 報酬も、命の危険と引き換えに、そこらの売れっ子キャバ嬢の収入をも上回る金額を得ている。
 しかし、あの仲間の人選にだけは、月乃は納得がいかなかった。
 戦いとは、規則正しく効果的に、かつ可能であれば優雅に美しく執り行うべきものなのだ。
 (それなのにあの愚か者共ときたら……)
 「能力さえ高ければ性格は不問」という条件で、「聖性力」適格者から選ばれた人材だけあって、オルゴナイザーのメンツはいずれも無暗に個性的で、権威や秩序、誇りといったものを尊ぶ月乃の美意識にはまったくそぐわない。
 彼女の批評眼には、「仲間」達がハミダシ者の愚連隊と映っていた。
 (冗談じゃありませんわ! このわたくしが、あんな奴らと同一視されるなんて!)
 一応、現在までのオルゴナイザーの「敵」との対戦戦績は5勝1分け。数字だけ見れば立派なモノだが、月乃に言わせればいずれも紙一重の辛勝だ。
 研究所所長である白銀博士は、人間的には温厚で「いい人」なのだが、反面研究馬鹿で世事に疎い。
 政府から派遣され、彼の秘書兼副官を務めている星原優梨子一尉(自衛隊からの出向)がいなければ、月乃の長くない堪忍袋の尾はとっくにブチ切れていただろう。
 それでも収まらない彼女は、休暇の度にこうして憂さ晴らしに飲みに来ているのだ。

 ところが。
 行きつけのバーで、月乃は不愉快な光景を目にしてしまった。
 普段座るお気に入りの席に先客がいたのは、まぁいい。別段予約を入れていたわけでもないのだから。
 しかし、そこに座った月乃と同年代の女性に、この静かな店には似つかわしくないチンピラめいた男ふたりが、からみ始めたのだ。
 もし自分がアソコに座っていたら、からまれていたのは自分だったのかと思い、複雑な気分になりつつ見守っていた月乃だが、その女性はこういう状況に慣れていないらしく、迷惑そうにしつつ、うまくあしらえずにいる。
 (あ~、もぅ、イライラしますわね!)
 先ほどナンパ男達をKOした勢いもあって、お節介かとも思ったが、カウンター内のマスターに目配せしてから月乃は立ち上がり、背後から彼らに声をかける。
 「そこの下郎! ここは豚の来る場所ではなくってよ」
 「あぁン?」
 胡乱げに振り返ったノッポのチンピラの鳩尾に、間髪をいれず中指に指輪をはめた小さな拳が突き刺さる。
 「……!」
 声も出せずに意識を刈り取られ、崩れ落ちるノッポ。
 やや長身とは言え、並みの女性のパンチの威力ではないが、普段から仕事で格闘訓練を受けている月乃にとっては、この程度の相手は単なるデク人形に等しい。
 「な……てめぇ!」
 兄貴分が一撃でノされて逆上したデブの方も、顎先をかすめるアッパーカットで脳を揺らし、瞬時に沈める。
 その間、わずか10秒足らず。
 「マスター、ゴミ掃除はお任せしてよろしいかしら?」
 月乃の問いに、今時珍しいカイゼル髭のマスターは、ピッと親指を立てて答える。
 先ほど彼女が注文したダイキリをカウンターに滑らせると、ふたりのゴロツキの体を軽々と両手に下げて店の裏口から出て行った。
 この店では、よくある……とまではいかないものの、稀に見かける光景だ。
 「え、えーと……アリガトウ、ございます」
 かえって、助けられた女性の方が呆気にとられていた。
 「礼を言われるほどのことではありませんわ。ほんの気まぐれですから」
 あと1分遅ければ、マスターの方が何らかの対処をしていただろう。月乃にとっては、人助けと言うより、単なるストレス発散のための八つ当たりであった。
 「貴女も、こういう場所に来るなら、酔っ払いのあしらい方くらい覚えておいて然るべきでしてよ?」
 余計なお世話ついでに、そう言って相手の顔を真近で見た月乃だったが……。
 「ッ!!」
 彼女らしくもなく言葉に詰まり、無言でマジマジと相手の顔を見つめてしまう。
 なぜならば。
 そこには、目と髪の色を除けば月乃自身と瓜二つな顔が、驚きの表情を浮かべながら、目を丸くしていたからだ。

  • つづく-

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最終更新:2010年11月26日 16:24