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今更そんな

319 おっちゃん牛乳 ◆2nkMiLkTeA [sage] 2011/05/09(月) 22:43:45.74 ID:4yawQF/m Be:
    先日は誤爆失礼しました。
    では。

    『今更そんな』

     一件の、新しいメッセージを再生します――
     携帯に残っていた着信は、自分の実家からによるものだった。
    マナーモードにして電車に乗っていたので、気づかなかった。
     だいたい最近は、携帯に仕事以外での連絡が入ることは滅多にないし、
    その仕事の連絡すら来ることはほとんどないのだから、携帯など
    あってないような扱いをしていたのだ。
     それにしても、いったいなんの用だろう。四十も半ばを越え、
    もはや見合いさせようとする気力すら、最近の母は失ったようだった。
     最後に連絡を取ったのは一昨年の正月だった。帰ったのは――何年前だ?
    親父が亡くなった時だったのは辛うじて覚えているが。と――
     そうこう考えている間に、メッセージが再生される。まずはこちらの
    健康を気遣うこと。次にちゃんとしているかということ。世間話。
    この辺りで思わずため息がついて出た。世間話が終われば、たまには
    帰ってこいといい、やっと本題に入るはずだ。いつもの母だ。
    大した用事ではないだろうと自分――津川正良はたかをくくり、
    着替えながらメッセージを聞くことにした。携帯を机に置く。
     従姉妹の息子が地元の大学に入学した話を聞きながら、簡単な部屋着に着替える。
    昨日の夜も同じのを着ていたが、構うことはないだろう。あまり汚れていないし、
    これで誰に会うわけでもない。
     着替えが終わると、次は夕飯の用意だ。冷蔵庫からラップされた米を出し、
    レンジに入れる。後はスーパーで安売りしていた惣菜と、簡単に味噌汁を
    作って終わり。気力があれば、サラダくらい作るが今日はいいだろう。
    そろそろ母の世間話が終わりそうだった。
    「――ああそうそう、それでね、この間たか子ちゃんの娘さんから
    電話があって――」
     たか子……その名前を聞いて、一瞬身体が強ばった。味噌汁をよそっていたのも構わず、
    顔が思わず携帯の方に向いた。
     だが、こちらの様子など構わず、数時間前に録音された母親の声は続いた。
     たか子が今入院しているらしいこと。入院先と、正良と連絡を取りたがっているとのこと。
    住所と電話番号を教えたこと……しかし、全て耳から耳へと声は頭をすり抜けていった。
     たか子。幼馴染みだった。そして、昔付き合っていた。

    ◆◇◆◇◆

     たか子から手紙が届いたのは、それからすぐ、母の電話から一週間も経たないうちだった。
     見慣れた彼女の字で、急に手紙を送ったことと、
    断りもせずに正良の実家へ連絡を取ったことへの謝辞が並ぶ。それから、
    ただひたすら懐かしいという内容が綴られていた。責める文句など一切ない。
     幼馴染みのたか子と付き合い始めたのは、高校生の時だった。
     切っ掛けはなんだっただろうか。幼少の頃から続いた関係に終止符を
    打ったのは――若き自分の見栄ではなく――たか子からの告白だったと記憶していた。
     順調に交際を続けたが、高校卒業を期に自分が上京したため、遠距離恋愛になった。
    あの頃の自分には、夢があった。俳優になりたかったのだ。
     それからの付き合いは、主に文通だった。会おうにもお互い金が無かったからだ。
     そうした関係が六年続いた。
     彼女はよく我慢したと思う。彼女が両親から責められていたのは、恐らく間違いないだろう。
    別れる寸前の手紙には、結婚や、地元に帰ってきて欲しいという内容が多かった。
     だがそれでも正良は夢を諦めきれなかった。20代も半ばを過ぎても、
    必死にしがみついていた。
     そうして、二人の仲は破滅した。彼女の手紙が煩わしいとしか感じられなくなった自分が、
    一方的に断ち切った。
     なのに。
     なのに結局夢を叶えられなかった自分を。
     なのにそれでも未だ地元に帰ることができない自分を。
     何故一切咎めることがないのだろうか。自分は己が夢のために彼女の人生を
    大きく食い潰したのに。恨み言もなく、返事が欲しいとすら書いてある。
     正良は、一週間迷った後に返事の手紙を出すことにした。

    ◆◇◆◇◆

     携帯のメール着信音が鳴った。最近のこれは大活躍で、三ヶ月前とは大違いだ。
     相手はここ最近いつも同じ相手だ。今のメールもそうだった。たか子だ。

     たか子との文通は、気づけばメールに移っていた。
    お互い手紙に執着があったわけではないし、便利なものは便利なのだから、
    当然の帰結と言える。
     それにしても、文明の利器とは大したものだ。昔なら相手に届くまで数日かかったものが、
    今や一瞬だ。おかげで、毎日何十通もメールを交わしている。
     もっとも何故か、彼女とメールのやり取りができるのは、毎日一定の時間内だけだったが。
    病院の決まりだろうか?
     たか子は今、母が彼女の娘から聞いた通り、入院しているらしい。
    彼女は大したことはないと言っていたが、気にならないはずもない。
    だが、それとなく聞いても答えて貰えず話を反らされたし、メールの内容からは体調の悪さは伺えないため、
    いつの間にか気にしないようになっていった。
     たか子が結婚していたことは、自分と彼女の共通の友人から既に聞いていた。
    娘がいることも、驚きはない。ただ、最近彼女と連絡を取りすぎていることが気になった。
     ただメールでやり取りをしているだけだが、たか子の旦那のことを思うと、
    少し自重すべきではないかと何度も思った。まして自分は彼女と昔交際していたのだ。
    怪しまれた結果、家庭が壊れたりしたらますます彼女に申し訳がたたない。
     そう思うのだが、彼女とメールをしていると、まるで昔に戻ったような、
    若さを取り戻したような気がして、やめられなかった。
     結局、彼女と直接会わなければいいのだと、自分を納得させていた。
     そんなある日、『彼女』はやってきた。

    ◆◇◆◇◆

    《今からびっくりさせてあげる》
     彼女からそうメールがきたのは、ある夜のことだった。その日は金曜日で、
    明日は休みだ。少し前までは寝ているだけだったが、最近はたか子とメールをしたり、
    メールの内容にできることを探して出掛けることが増えた。
     彼女のほうも、最近ではメールのやり取りができる時間が増えてきて、
    まずいと思いながらも、正良は彼女との会話にますますのめり込んでいた。
     それというのも、彼女のメールの内容が、段々若者のそれのようになっていったからだ。
     若い女性とメールをしたことなど正良にはないが、たか子のメールから受ける印象がそう感じた。
     それが、正良の忘れかけていた青春への渇望を刺激した。
     それにしても、驚かせるとはいったいどういうことだろう。
     写真を添付したメールでも来るのか?それともまさか……通話?
     それはもう少し、心の準備ができてからにしてくれないだろうか。
     などと思っていた時――正良の部屋の扉がノックされた。
    「ん?」
     最近は気のせいかと思った。自分を訪ねる人間なんて、押し売りとか新聞屋とか、
    後は大家とかぐらいで、こんな夜に来る人間はいないからだ。
     しかし、ノックはもう一度聞こえた。
    (まさか……)
     これがびっくりさせること、か?
    (いや、まさか……)
     いくらなんでもそれはないだろうと、自分の想像を否定する。でも、なら誰だと言うのか。
     そうやって自問する間も、ノックは続いた。
     ここは居留守を使うという手もある。しかし……とまた自問。そうこうしていると、
    また携帯が鳴った。ビクッと身体が震え、恐る恐る携帯を見た。またたか子からのメールだ。
    《開けてよー》
     更に顔文字が続く。だらだらと、嫌な汗が吹き出した。たか子、か?本当に?入院は?
     いや、迷っている場合ではない。正良はやっと重い腰をあげて、玄関に向かった。
    鍵に手をかけ、ゆっくりと……外す。
     そして扉を開けると、そこには――

    「マサくん!!」
     確認する間も無く、抱きつかれた。
    「ま、マサ……?」
    「会いたかったー久しぶりー」
     いや、間違いなく初対面だろう。と、言いたかったが、そう考えたやたら冷静な脳の一部は、
    混乱しきったその他大多数に負けて、口をぱくぱくさせることしかできなかった。
     その冷静な脳が、正良に抱きついている女を――少女を観察する。
     見た目からして間違いなく十代後半、着ている制服が確かなら女子校生に違いない。
    こんな時間に外を歩いてきたのなら、よく補導されなかったと思う。
     というか、悪漢に手を出されなかったのが奇跡だ。そのくらい綺麗な目鼻立ちをしている。
    このまま成長すればかなりの美人になるだろう。
     そして一番重要なことだが、正良にはその少女に見覚えはなかった。
    「えっと、誰……かな?」
     絞り出された正良の声を聞いた少女がびくりと震えた。顔をあげて、
    涙の溜まった目をこちらに向ける。
    「……そっか、わからないんだ」
    「おじさん、君と会ったこと、ある?」
     知り合いの子供だったりするのだろうか。だとしてもマサくんはないだろう。
    人生でそう呼ばれたのは初めてだ。
    「たか子……」
     ん?ぽつりと少女が呟いた。聞き間違いだろうか。
    「私がたか子です」
    「君……が?」
     いや、それはない。冷静な脳は、またしても冷静なツッコミを入れた。

    続く。

    最近完結させる気力がもたないことが多いので、
    今回はがんばろうと思います。

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最終更新:2011年07月02日 13:24