395 名無しさん@自治スレで設定変更議論中 [sage] 2011/06/14(火) 20:35:02.94 ID:86BJN95i Be:
SSでもいってみようかな、タイトルはないけどね。
芸能人の付き人なんて仕事をしていれば、生活は不規則になってもしかたないことだが、
せめて恋人である自分にくらいは連絡を定期的にいれてくれてもいいじゃないか、とカズオ
は不満たらたらだった。
携帯にも出ず、メールをしても「今は会えない」一点張り。会うことが途絶えて一か月に
もなれば、もうこれは明らかに破局の前兆だろうけれども、それでもけじめはきっぱりとつ
けなければなるまい、とカズオはユミカのアパートの前の喫茶店で、彼女の帰りを待ち続け
ていた。
仕事帰りに毎日三時間づつ待ち続けること七日目に、ようやくそれらしい人影を認めたカ
ズオは、首尾よく彼女が部屋に入る直前を捕まえることができた。
「ようやく会えたなぁ、ユミカ」
すこし脅しつけるように低い声でカズオはユミカを睨みつけた。
夏に近い季節にもかかわらず、襟までつまった厚手のコートで着膨れをしたユミカは、小
さくひぃっ、と
声を漏らす。
「……あ、ああカズくん。お久しぶりだったかも」
明らかに動揺した様子のユミカは隙を見て反対側へと駆け出そうとするが、カズオはそれ
を制して壁面と腕とで作った檻に、彼女を閉じ込めてしまう。
「……あのさぁ、お前の気持ちが俺から離れちゃったってのはまあ、察しがつくんだけど、
それならそうと説明をしてくれなきゃ、俺の未練……断ち切れないじゃないか?」
眉間に深く皺をよせて、カズオはもう恋人とは呼べないかもしれない女の目をのぞきこん
だ。
「へっ? なによぅ、それって、どういう意味なの?」
目の大きな童顔に困惑の色を刷かせてユミカはカズオの目をのぞきこむ。
「どういうって、そりゃ、お前。一月も会えなけりゃフツウは破局だろ?」
予想していた反応とのずれに、カズオの意気が消沈していく。
すると、ユミカは首をぶんぶんと振りたくって、
「ちがっ、違うのよぉ! カズ君のバカぁ」
喚きつつ涙腺を緩ませる。こうなると慌てるのはカズオの方で、隣近所の聞こえも気にな
るところで、ユミカの部屋へと促し、二人で入っていった。
勝手知ったる恋人の部屋。カズオは戸棚からポーションのコーヒーを二つ取り出し、カッ
プに湯を注ぎながらユミカが落ち着くのを待っていた。
「そんな、ひどい……カズ君、ワタシのこと信じられないの?」
責めるはずの立場だったのだが、いつの間にか責められている現実に戸惑いながらカズオ
はさり気なく部屋の中をチェックする。いつもと変わらない様子だし、浜辺のツーショット
写真もそのままになっている。どうやら、他の男への乗り換えではなさそうだ。
じゃあ、どうして?
カズオは疑念を感じたままにユミカを振り向いたところで、
「おい、どうでもいいけどこの季節にダッフルコートはないだろ? もう六月だぜ」
すると、ひくん、と背筋を引き攣らせたユミカは、
「ん……いいの、ワタシ寒いから」
いくら梅雨寒と言っても程度問題である。それも家の中でそれはなかろう。
「いいから、脱げよ」
「いや、いやよ」
「いいから脱げって!」
押し問答はいつしか力づくへと変わっていた。
「いや……やめてぇ!」
押しあいのなか、ぼよん、と弾む感触をユミカの腹部に感じたカズオは違和感に首を傾げ
た。
「あれ、今のは……何だ?」
すると、ようやく観念したのか、ユミカは、
「わかったよぅ、脱ぐわよぅ、でも……カズ君、あんまり驚かないでね」
フロントの留め具を外してコートを脱いだユミカは二の腕の弛みを露呈した半袖のブラウ
スとぴちぴちのジーンズ姿を露出させていた。
「おいおい……ええっ? なんだ、なんだぁ」
驚きのあまり目を丸くするカズオ。それもそのはずだった。
高校のミスコンで三年連続優勝という偉業を成し遂げたユミカの二十一歳の瑞々しい肉体
は、彼が見なかったわずか一か月のうちに首から下はまるで別物に変貌していたのだった。
「もう……だから驚かないでって言ってるでしょ」
しなやかに引き締まっていたはずの彼女の腰は、大きく膨れ上がり、ぶよぶよになってし
まっていた。いや、腰だけではない。身体全体が肥満し、足にも肉がめりこんでしまってい
るのだ。お尻にいたっては元の二倍以上には巨大化しているのではないだろうか。
「おい、どうしてこんな短い間にこんなにデブったんだよ? なにかの病気なのか?」
すると、ユミカは首をゆっくり横に振って
「ううん、違うの。ワタシね、センセイに……頼まれてね、少しの間でいいからってね」
カウチに置いてあった雑誌の付箋をしたページをカズオに開いて見せた。
「あの松沢カレンが実証した、ウルトラミラクルダイエット!!」
そこにあったのは彼女が付き人をしていた大物人気女優がレオタード姿でドリンクを片手
にポーズを決めている写真だった。
使用前の写真ではあからさまに中年肥りしたくたびれた肉体を晒していた彼女が、使用後
とされる一か月後にはまるでグラビアアイドルも顔負けの素晴らしいプロポーションへと若
返っているのだ。
「へっ、これってお前が付き人してる……」
「……そう、センセイなの」
松沢カレンは当年とって五十五歳。演技にも歌唱力にもトークにも定評のある実力派女優
なのである。
「それで、これが……どうしたっていうんだ……」
はた、と言葉が止まる。
雑誌の中に笑顔を振りまくカレンの身体には、カズオには見覚えのあるものだった。
「うん、そうなの……それ、ワタシのカラダなんだぁ」
はぁ、と溜め息を吐きながらユミカは頭を掻く。
「げっ、なんだ、それ。どういうことだよ」
混乱するカズオは目を白黒させるばかり。それでもユミカは構わずに話をすすめる。
「センセイねえ、今度芸能生活四十年の記念に写真集作るんだってはりきってたんだけど、
どうにもおナカまわりとか胸元とか、いざ撮影してみるとどうしても納得いかないところが
多いって不満バクハツさせてたのよね」
手元のコーヒーをたぐりよせて、一口啜るユミカ。
「それで……ダイエット食品のモニターになってみたんだけど、それだって大した効果は得
られなかったのよね」
「だからって、そんな他人の身体を繋いでしまうなんてふざけた真似ができるのかよ」
ユミカはごとん、とカップをテーブルに叩き置いて、
「だって、それじゃあワタシのこのカラダはどう説明がつくっていうのよ」
すっくと立ち上がるユミカ。
「なんだかわかんない魔術だか呪文だかのチカラで、センセイのカラダとワタシのカラダは
すぽーんとすげ替えられちゃったのよ。なにもかもあっという間で抵抗する暇もなかったん
だからねっ」
ゆさゆさとボリュームのあるお腹の肉を揺らしながら、ユミカは口を尖らせる。
「ん、でもこのカラダの入れ替えも二か月だけって約束だし、その間はずっとお休みでいい
って言うし、お手当も百万エンほどくれるっていうし、終わったらワタシも芸能界にデビュ
ーさせてくれるっていうし……」
「それで、そんな交換をしちまってわけかよ」
カズオは眉間に皺をよせて抗議の声をあげた。
「だって仕方ないのよ、ワタシみたいに何のコネのない人間があの世界でメジャーにのしあ
がっていくためには、それなりにカラダを張っていくことも必要なのよっ」
営業のために身体を売るという言葉はそれなりに聞いても、身体を貸与するという言葉は
初耳のカズオだった。
カズオも溜め息を大きく一つ。
「まあ……いいや、別れたいとか破局とか、そういうんじゃないのなら俺も別に気にする必
要はないってことだしさ、それじゃあ、また一か月ほどしたら来るさ」
立ち上がって帰り支度をはじめるカズオの手を、ユミカはぐっ、と掴んだ。
「ねえ、カズ君。どういうことかな? 私だって久しぶりにカズ君に会えて嬉しかったんだ
よ? それなのに、また一か月後とか、ってそれってどういうこと?」
うろたえたのはカズオである。
「……いや、だって、お前だってその姿で俺に会うのは嫌だったんだろ? だったら元に戻
るまでの間は会わないでいるほうがお互いのためだって……」
ぐいっ、とユミカは大きな瞳をカズオに接近させて抗議の声をあげる。
「でも、もう事情はばれちゃったんだし、この姿もカズ君に見られちゃったんだから、もう
会わないでいる意味なんて……ないよね?」
顔色に、わずかながらの羞恥といじらしさをたたえながら、ユミカは詰め寄った。
「ワタシ……ずっと、さみしかったんだから。カズ君と会いたいって、会って抱きしめてほ
しいって……してほしいって、ずっと、そう思ってたんだからね!」
カズオは退路が塞がれるのを本能で察知した。
「いや、でも。お前の今の身体は、ほら、お前の先生とやらのものなんだし、さ」
するとユミカは軽く首を横に振って、
「ううん、それならノープロブレムだよっ、センセイは入れ替わってる間、恋人とだったら
えっちしても構わないって言ってたし……」
のそり、と肉食獣さながらにカズオに接近していく。
「いや、待てよ。いくらなんでもそんなおばさんボディになったお前とじゃ、うまくいくわ
けないって」
拒否しつつも、なぜかカズオは異常な昂奮に下半身を固くしていた。
あの、非の打ちどころのなかったユミカの芸術的な彫像のような肢体が、今や五十五歳の
中年肥りである。首から上の愛らしさとのギャップに背徳的な情動を覚えていたのである。
その様子はすぐにユミカの察知するところとなった。
「くすくす、カズ君たらケダモノさんなんだからぁ、ワタシがこんなになっても愛してくれ
る気まんまんなんだねっ」
ユミカはブラウスのボタンを外し、ジーンズを脱ぎ捨てるとブラジャーとショーツだけの
あられもない姿となっていた。
「えへへ、今のユミカおばさんはね、身長が七センチも縮んで体重が二十キロも増えちゃっ
たの。もう、大ショックだよぅ」
お腹の段を形成する脂肪がショーツの上にのっかっている。腋には垂れ下がった余り肉が
振り袖となっていた。
カズオは、知らずにごくりと喉を鳴らしていた。
「ふふ、スリーサイズは上から八十八の八十八の百十二なんだよ。バストとウエストが一緒
のサイズになっちゃったんだ。えへへ、見て」
トップスを脱いだユミカの胸が、ぼろん、と重力に負けてこぼれ落ちた。
「ばっ……馬鹿、やめろって」
うなだれた乳房に煤けた色の乳首が痛々しい。
「えへへ、やめないよ。……このセンセイのカラダってね、どうもすっごく男好きみたいな
んだよっ、毎晩寝るたびにカラダ全体が火照るようなドキドキ感があるんだもん」
それは更年期症状だろう、と反論しようとするカズオだったが、膝上にのしかかってきた
トド女の迫力に言葉を呑み込んでしまった。
胸よりもせり出した下腹。肩口から背中にかけてのむっちりとした厚み。垂れ下がり、揺
れ動く巨大な尻。若い娘の腰回りよりもはるかに太いハムのような二本の太もも。
そのどれもが彼の知っていた二十一歳のユミカのそれではなかった。生体としての盛りを
過ぎて、萎れゆく過程に乗り始めたその肉体に、カズオは眩暈をおこした。
「……ったく、実の母親よりも年上の身体の女を相手にするだなんてな」
背徳感と嫌悪感。そして、美しいものが崩れてしまった虚無感の情念のなかに、カズオは
理性を脱いだ。
「おらっ、とっとと四つん這いになれよ、このババア」
口汚くカズオに罵られるユミカは、逆にうっとりとした表情で、彼の言葉に酔った。
「ああん、お願いします。カズ君……いいえ、カズオ様、この薄汚い中年女に、どうかあな
たの若々しいアレを挿れてくださいっ!」
狂気をはらんだその倒錯の夜は、朝の曙光を迎えるまで続いたことだった。
と、それから二人はそれなりに逢瀬を重ねて、なんだかんだがあって、それから一か月の
後のことである。
ホテル内の喫茶店で待ち合わせをしたカズオに青ざめた表情のユミカが駆け寄ってきた。
さすがに夏盛りの中、コートは着ていなかったが、肉体は中年のままだった。
「どうしよう、カズ君。ワタシ、どうしたらいいのかな?」
「おい、どうしたよ。いきなり」
なんとなく察しはついていたものの、カズオは恋人の言葉の先をうながす。
「センセイがね、今、カラダをいきなり元に戻されるといろいろと予約していた仕事に全部
穴があくからって、もう少し時間がほしいって、そう言ってきたの」
さもありなん、と頷くカズオ。
「そりゃあ……そうだろうな。雑誌やテレビにあれだけ露出してて、いきなり肥えて老けて
出てきたら、そりゃあヤバいだろ……で、どれだけ待ってほしいって?」
すると、ユミカは指を三本突き出して、
「できれば三年くらい、このままでいてほしいって、月に百万円づつお手当するから、もう
少しだけ我慢しててほしいんだって」
「ほう、お前はそれでいいんだ? 夏にプールに行くときもその身体のままでいいんだ?」
違う意味で、プールサイドの視線を独り占めにできそうだが、
「い……いやよぅ、こんなカラダのままでそんな人の集まるところいけるわけないでしょ」
ユミカは焦燥感から、表情のゆとりは消え失せてしまっている。
「腰をひねろうとしてもわき腹はつっかえるし、走るとすぐに息切れするし、あと、何もし
てないのに暑くて汗ばっかりかくの、おしゃれができないどころの騒ぎじゃないの」
半べその状態で、恐慌するユミカ。
「お尻が重すぎて転ぶこともあるし、それに……それに、このままじゃカズ君の赤ちゃんも
産めないじゃないのおっ!」
とうとう堰が切れたように泣き崩れてしまうユミカ。何事だ、と周囲の視線が集まって、
カズオとしては居心地悪いことこの上無い。
「あーあー、わかった。お前じゃこの先、どうせ事務所のしがらみだなんかで強く主張する
ことなんてできないんだろうから……まあ、ここは一つ、俺に任せておけよ」
「ふええっ、カぁズくぅん」
すがりつくユミカから松沢カレンの住所を聞き出したカズオは、アポ無しでの面会を強行
した。拒絶されようが、とにかくは主張をしなければ流されるだけ、自分はユミカにとって
もっとも近しい人間なのだから、返還を言い張る権利はあるのだ、と。
夕暮れ時に、住宅街から少し離れたところにあるカレンの豪邸のチャイムを押すカズオ。
「……どなたぁ」
こんな鷹揚な応対はお手伝いさんがするものではない。
「……松沢カレンさん……だね」
「……そうよ、宅配便だったらいつもの受け箱にお願いね……ファンだったらもっと礼儀を
弁えてから出直して頂戴」
低い愛想のない声が応える。
「んーとな、俺はそのどっちでもないんだよ」
「……へえ、それじゃあ警備会社でも呼ばれたいのぉ」
淡々とカレンの返答は続く。
「俺はカズオってんだけど、あんたの付き人のユミカの彼氏ってやつでね、俺の女の首から
下を返してもらいに来たって言えばわかってくれるかい」
すると、少しの間、沈黙が時を費やしたあと、
「……入ってきなさい」
ぎちり、とドアが自動解錠される鈍く軋む音がした。
玄関口に誰も待っていないことを視認したカズオは靴を脱いでずかずかと上がっていく。
「……人を迎えるときには、玄関口まで足を運ぶのが礼儀だって小学校くらいに習ったよう
な記憶があるんだけどな」
居間のカウチに寝そべって足を投げ出したままの女にカズオは悪態をつく。
「そう? 私はそんなふうには教わらなかったわよ」
ゆったりとしたローブを羽織っただけのカレンは、顔を上げることさえせずに、手をひら
ひらと振ってみせた。
「ふん、それならそれはあんたが忘れてしまっただけなんだろう」
隣り合わせに配置されたソファーに腰をおろしたカズオは、ローテーブルにセットされて
いたデキャンターから手酌でワインを注いで自分の喉を湿らせた。
「あら、いい度胸だこと」
口の端だけで笑うカレン。もちろん、目は笑っていない。
「まあ、虚勢なんだけどさ」
目だけで嗤うカズオ。こちらも口はへの字に曲げられている。
目の前にいる松沢カレンは、白く伸びやかな足を投げ出したままの格好を正そうともしな
かった。ちらりちらりと衣服の裾からは健康的な二十一歳の瑞々しい肢体がのぞいている。
が、もちろんそれは彼女本来のものではなく、ユミカから借用したものである。
「なぁに、どこ見てるのよ、スケベ」
さして怒った様子もないカレン。どちらかと言えばうさ晴らしとか、暇つぶしのような態
を示していた。
「俺が俺の彼女の身体のどこを見たとしても触ったとしても、それは俺の自由というやつで
はないかな?」
すると、カウチから上半身を起こしたカレンはカズオの飲みかけたグラスのワインを自分
の口元へと運んで、
「……いいえ、違わないわねえ」
妖艶に笑みを作った。
五十半ばの大年増とは言え、カレンはさすがに一流の女優である。顔の造作は整っており
手入れもされており、まだまだ女としての神通力が通用しなくなっているわけではない。
加えて、肉体は一流のそれの、絶頂の時期にあるものなのだ。
胸の迫力ある隆起も、なまめかしい腰のくびれも、肩口から腕にかけてのしなやかなライ
ンも、固く張りのあるヒップの膨らみ、そこから延長してゆく長く伸びやかな足も、その全
てが男の視線を逸らさない魔性のものだったのである。
「だから、どうぞ。好きなだけご覧なさいよ」
薄いローブの帯を解き、ぱさりと床にそれを落とすと、カレンはショーツ一枚の姿になっ
てカズオの前にその姿を露わにした。
「さあ、どうぞ……と言ってもどうせあなたには見飽きた身体でしかないんでしょ」
底意地悪く、カレンが前かがみに弾力ある胸の形成する谷間を強調する姿勢を取る。
「……いいや、ご無沙汰だったからね。これは堪能させて貰うことにするよ」
カズオはカレンの手元にわたったグラスにワインを注ぎ足し、再び自分の口元へとそれを
運ぶ。
「まあ、今どきの子にしては随分と骨があること」
視線を逸らさずに微塵も怯む様子を見せないカズオに、カレンの興味が募った。
「それじゃあ、あなたにこの身体を好きにしていい権利があるように、この身体にもあなた
のことを好きにする権利があるってことなのよね」
男声にも近しいほどの低い声で、カレンはカズオの膝に詰め寄った。
「……ああ、そうか。それなら、そういう理屈にはなるな」
ふたたびカレンはワイングラスを引き寄せると、ワインを一口、口中に含むとそれを口移
しでカズオに飲ませた。
「まあ、それならそれで仕方がないってことかぁ」
カレンの肩を引き寄せて、そのしなやかな魅力あふれる若い肌にカズオは舌を這わせた。
「まあ、いいの。この光景をユミカちゃんが見たら、きっと彼女、泣きわめくわよぉ」
言いつつも、カズオの背中に指をかけることは忘れないカレン。まさに老巧のわざと若々
しい肉体をあわせもった魔女のその姿であった。
「それは、あんたと俺が黙ってさえいればそれで決着することだ、だろう?」
「なるほど、違いないわね」
赤々と燃える夕暮れの残滓が窓を透過して、消え失せた瞬間からはじまった夜を、カズオ
とカレンはもつれ合いながら、激しく求めあい、そして幾度となく果てた、そのあとに、
「ふふ、やっぱりいいわね、若い身体って。気後れすることなく、こうしていい男と付きあ
えるなんて、肥え太ってゆがんだ身体じゃできっこないもの」
カズオの胸に顔をすり寄せるカレンは名残り惜しそうに情事の余韻を楽しんでいた。
「すごいわよねえ、この胸。バスト八十八は私と一緒でも、アンダーとトップとの起伏差は
段違いよ。この弾力、カタチ。ピンク色に透明感ある乳首も、これは手放せないわよねぇ」
「いや、それでもあんたの元の身体のそれも、決して悪くはなかったぜ。柔らかな手触りも
吸いつくような感触もな」
すると、カレンはふふ、と笑って、
「まあ、さすがよねえ、あなたったら『あの』ユミカおばちゃんのことも手篭めにしちゃっ
たわけなのね」
これにはカズオも返す言葉がなかった。
「ううん、いいの責めてない。まったく今夜は私にとって有意義な時間だったもの」
屈託なく笑うと少女の名残りをのぞかせるカレンだった。毒気を反射する格好で対抗して
きたカズオにはむしろやりづらい状況だった。
「ん、でもあんたにはやっぱりユミカの身体を返してほしいんだよな」
少しだけ念を残しながら、それでも再度、本題を切り出すカズオ。カレンは少し、口元を
窄めて、
「ああ……そうなんだ、やっぱりそう来るわけね、それでまさか私が、そんなに容易くこの
すばらしい肉体を返還するとでも思っているの?」
片手をカズオの下半身の屹立部に沿わせながら、その反応を待った。
「ああ、思っているさ。あんたはユミカの身体を返してくれる。俺はそう確信しているよ」
へぇ、っと一息を吐いてカレンは、きらりと眼光を鋭くした。
「そうね、あなたの言っていることは正しいわ。私は、少しユミカちゃんのことをからかっ
てはいたものの、ちゃんと当初の約束通りにこの身体を返そうと思っているの。じゃあ、そ
れはいったいどうしてなのか、それもあなたにはわかっているのよねぇ?」
カズオはにいっと笑って頷いた。
「だったら、それがまるで見当はずれなものだったのなら、あなたにはそれなりの罰符を払
ってもらわなきゃならないわ。もちろんこの身体も返さないし、あなたにはずっと私に奉仕
し続けるツバメになって貰うの、どうかしら?」
それでもカズオは慌てる様子を見せなかった。
「まあ、後のほうのについてはそれなりに魅力的な提案だとは思うけど、ユミカの身体は返
してもらわなきゃなぁ、あれでもあいつは俺の子を産んでくれる女なんだからな」
「あら、それなら私が替わりに産んであげてもいいのよ。この齢まで出産経験無しに通って
きたんだもの、それもまた楽しみではあるでしょう?」
すると、カズオはカレンの耳元に口を寄せて、
「つまり、あんたはいつでも…………………だから………………ユミカに身体を返してくれ
るっていうことなんだろう?」
すると、カレンは満足げに笑って、
「そうよ、大正解ね。いいわ、勝負はあなたの勝ちってことでいいから……ねえ、今夜はも
う少しだけ青春の意義について私に講義してくれるんでしょう?」
すらりと長く伸びた足を絡めながら熱い吐息を吹きかけるカレンに、カズオは肯定にかえ
て力強い抱擁を浴びせたのだった。
さらに、そこから数日後。
「えへえ、カズ君。こっちの水着はどうかな?」
上機嫌でデパートの水着売り場の試着をするユミカは自分の恋人を振り返った。その肉体
はすっかりと元の彼女自身の若いそれに戻っており、周辺の男性の視線を惹きつけて放さな
い。さらに、今までの抑圧からの解放感からいつもよりも開放的な衣服を身につけているこ
ともあり、効果はさらに二割増しといったところであろう。
「ああ、似合う似合う。ユミカはなにを着てても綺麗だよ」
カズオの言葉にどこかしら投げやりなものが含まれていることにほんの少しかちんときな
がらも、
「えへへへっ、この無敵に素敵なユミカ様本来のナイスバディなら水際の視線は独り占め間
違いなしよねっ」
やたらと能天気なユミカの発言。これも彼女の芸能界デビューが確約されたがための余裕
に基づくものである。
あるべきものがあるべきところに戻ってめでたしめでたし、といったところである。
「……それにしても、センセイったらいきなり休業宣言なんてしちゃって大丈夫なのかしら
ねえ」
ふと、ユミカが疑念を口にする。
「ん、どうしたよ?」
「ううん、センセイね、仕事は前撮りで全部こなしておいたから、あとは二、三か月南の島
で静養しながら、リバウンドしたってことで元のカラダで仕事に復帰しようってなことだっ
たんだけど……カズ君はなにか聞いてない?」
すると、カズオは表情も変えないままに手を振って、
「さあ、何で俺がお前のセンセイとやらのことを知ってなきゃならないんだ?」
するとユミカも一瞬、ぽかん、とした顔をして、
「それもそうよね」
と、思い直して当面の小さな布切れを前にして自分のおしゃれに没頭することにしたのだ
った。
『……まあ、秘するが花って言うからなあ』
カズオは口の中だけで、小さな呟きをとどめながら、可愛い彼の恋人の仕草に目元を綻ば
せるのだった。
夏の強く輝く青空の前では、彼の犯した小悪など霞んで見えなくなることは確実だった。
おわり
417 名無しさん@自治スレで設定変更議論中 [sage] 2011/06/16(木) 21:19:28.75 ID:XL0ELXHx Be:
それじゃあ、まあ余談ですが……
夕闇せまる南の島の高級ホテルの一室で、男と女は密会していた。
「あらあら、こんなにも早く再会できるだなんてねえ……」
にんまりと妖艶な笑みをこぼすのはカレンだった。芸能界の重鎮として、業界表裏両面の
顔として君臨する女王である。
「ああ、まあお仕事をくれるってのなら、俺はどこにでも行くぜ」
新進気鋭のプロカメラマンというのがカズオのもう一つの顔である。カレン直々のお呼び
に応えて、はるばるとカレンのいる亜熱帯の島へとやってきたわけである。
「ふふ、恥ずかしいわぁ……ユミカちゃんの、あの陽光をも照り返すような美しい身体を無
くして、もとのつまらないおばさんに戻っちゃった私を見られるなんて、ねえ」
ベッドの上、首から下をすっぽりと厚手の毛布に包まったカレンは俯いて寂しげに笑った。
「んー、まあ、その、なんだ。前置きというか前座はいいからさ、そろそろショーの本編と
やらを、拝ませてくれるんじゃねえの」
カズオの言葉に含み笑いのカレンは、すっと立ち上がって肩口からかかっていた毛布をぱ
さりと脱ぎ捨てた。
カズオは、ほう、と惚けた声を漏らすのが精いっぱいだった。
百八十センチに近いカズオと並んでも見劣りしないほどの長身。そして黒のスパンコール
ドレスの身ごろを圧倒的に盛り上げていたのは、二つの胸の張り詰めた隆起。ドレスのスリ
ットの大きく入った箇所からは臀部からしなやかさに繋がる野生動物のような脚。
そして、浅黒い肌から漂うのは麝香のように官能的な芳香だった。
「うふふ、この国の準ミスに去年選ばれたらしいわよぉ」
ベッドに手を付いて前屈するたびに、くびれた腰の曲線があざやかになり、カズオの目を
くらくらとさせる。
「……これでグランプリじゃないなんて、ここの国の男どもの目は節穴なんだろうなあ」
背中からカレンに近づいて、その若い肌の醸す香りを確かめるカズオ。
「ふふ、どうもこの子があんまりにもセクシー過ぎて放送上、ふさわしくないってのが本当
の理由だったみたいね」
カズオの逞しい手を取って自らの胸の谷間へと誘導するカレン。得た武器ならば、使って
こそ、という姿勢である。
カズオが、あの時言い当てた解答。それは、
「あんたはいつでも好きな時に望んだ身体を我が物にできるんだろう? いつまでも一人だ
けの身体だけに拘る必要もないってわけだ。バラの大輪のように咲く女にもなれれば、清楚
で可憐な少女の姿を得ることだってできるわけだ。だから、ここでいつまでもユミカなんか
の肉体に首を置いている必要もないだろ、『花の命は短い』んだぜ? あんただって、一度
はなくした経験があるんだろうからな、わかりすぎるほどわかってるよなあ、……だから、
ユミカに身体を返してくれるっていうことなんだろう?」
というものだった。
『まあ、しかし……考えてみれば芸能人なんてさ、たまに出てきてみれば別人みたいになっ
てたり、やたらと老けてたり、若返ってみたりするもんだからさ、もしかしたら方法手段は
いくつかあるのかもしれないけどさ』
ちらり、とカレンの顔をのぞきこむ。
ん、どうしたの、と小首を傾げるカレンは、なんだか顔の造作まで若返ってきているよう
にも見えた。これも若い肉体を得ているがための副作用なのかもしれない。
「まあ、いいか。どうせ、そんなことがわかっても何も楽しくないものな」
とりあえず、目の前に広がる女体の神秘に没頭しながら、カズオはやけにまぶしい異国の
夕映えに目を細めたのだった。
と、ここまで書いて本当におわりです。いつもお世話になりっぱなしの四十年がお送りし
ました。読んでいただいた方、ありがとうございます。あたたかなご感想をくださって、嬉
しかったです。カズオの台詞予想してくださった方にも、お礼を言わせてください。正解に
あたった方もいらっしゃいましたね。個人的には>415さんの黒展開をどこかで生かせた
らなあ、とも思うのです。まだまだ拙い書き方ですけど、頑張らせていただきたいと思いま
す。本当にありがとうございました。
最終更新:2011年07月02日 13:27