「おかあさん ありがとう」
明後日 小学校を卒業する 可愛い娘からお礼を言われた。
「ふふふ・・・ この娘ったら」
何でも 寂しいときに いつも一緒にいて、励まして可愛がってくれたから お礼を言いたかったらしい。
ほんとにいいのに お礼は私もあるのよ?
「さあ お父さんは あなたのために、明日、明後日のお休みを取るために遅くなるっていうから、早く寝なさいね」
私は娘に そう言い聞かせながら、頭を撫でていた。
そうそう この撫でているときの表情も可愛いのよね、本当 若いっていいわね。
しばらくすると、少し年上のこの娘のお兄ちゃんがやってきた。
「ま~た 母さんは、鈴を可愛がっているねえ」
もう見飽きた光景を目にした 兄が冷蔵庫を開けながら話した。
「いいじゃないねえ? 鈴ちゃん」
「う うん・・・」
鈴は ちょっと顔が赤くなっていた。
「おっ おかあさん わっ 私 もう部屋に戻るから」
そっとその場を離れた鈴は、2階にある自分の部屋まで戻って行った・・・
「あ~あ お兄ちゃんが言うから 鈴が逃げちゃったじゃないの!」
少しビクッとした兄・・・
「そ それじゃあ 俺も寝るから おやすみ~」
もう! 少し怒るとすぐ部屋に逃げるんだから~
でも・・・
ふふふ この光景も最後なのよね。
だって 明日は・・・
私は、この娘の父親と結婚して 早3年・・・
初めは懐いてくれなかった 2人の子供達。
段々と打ち解け、ざっくばらんに話せるようになったのは、ほぼ1年前のこと。
結婚する前の私は この子供達の父の部下だったの。
奥さんは数年前に亡くなっていて、自慢の子供達と一緒に写っている写真を机の上に置いていた。
入社して3年が経ち、主人のいる課へ配属になった。
勤務時間も変わり、付き合っていた彼から別れてほしいと言われ、失恋してしまった。
そんなときに優しくしてくれたのは、今の主人だった。
何回かデートをしていたある日、元彼が私よりもっと若い女の子とデートしているのを目撃した。
そっか・・・
若い女の子と付き合っていれば、私と別れちゃうよね。
でもね、元彼とは同い年で、数ヶ月だけど私のほうが後から生まれたのよ。
うん でも、同じ年でも 男の人は若い人がいいんだよね?
どこかの新聞でも載っていたけど、付き合うなら男の人は同じ年齢の女の人よりも、自分より若ければ若いほど良いって・・・
若くしていたつもりだったんだけどな~
でも厭きちゃったんだろうね。
それから私は 段々と若い女の子が羨ましくなっていった・・・
そして、今の主人と付き合って一年経った頃、私は子供達に紹介された。
男の子は小学校4年生、女の子は小学校3年生だった。
ちょうど3学期が終わって、春休みに入った日曜日に全員集まれるからっていう理由からだった。
それから すぐに私達は結婚した。
ふう・・・
あれから 3年か。
私は今年で 42歳になる。
主人と 同い年・・・
偶然にも、元彼と私とも 同じ年でした。
彼は元彼と違って 優しかった。
でもね、女の人って 若い人が羨ましいんだ。
段々 年を重ねていくと、体力が落ちていくのが分かった。
何か若さを保つ方法はないかな~って 図書館へも行って調べていた。
そんなある日、一人のおばあさんに出会った。
おばあさんに 悩みを打ち明けると、小さな箱から2枚の香草を出してきた。
おばあさんの話によると、入れ替わりたい人の枕の中に1枚入れて、自分の枕の中にも1枚入れると、翌日起きたときには入れ替わるってことだった。
少し半信半疑だったが、機会が来るまで私は待っていた。
明日は卒業式の前日、その日は予行練習しかない日。
入れ替わるには ちょうどいい日だった。
チチチチ・・・
「ん んん・・・」
ふと 目が覚めると、いつも寝ている私の部屋ではなかった。
娘の 鈴の部屋だった。
本当に入れ替わったんだ・・・
ふふふ・・・
やっと この娘になれた、若くなった。
ふと、枕の中に入れた香草はどうなったのか見てみたら、無くなっていた。
どうやら 1回だけ使うことができるものだったらしい。
よかった・・・
昔の私には もう戻らなくてもいいのね。
準備には 1年もかかったしね。
この娘には 中学・高校・大学の一貫教育をしている私立校を受験させ、合格させた。
中学・高校は、少人数全寮制の女子校。
これが狙いだったんだ。
寮に入ればこっちのもの、他の若い娘達と一緒に教室で過ごし、お風呂や部屋も一緒。
心身ともに若返られる。
これからのことが楽しみでしかたがなかった。
それは、私になった娘がドアを開けるまで、ベットの上で寝ながら考えていた。
ここは1階ある居間に、家族4人が揃っていた。
今は朝6時、小学生になった私には まだ少し眠い時間帯だ。
私になった娘は、泣きながら俯いているため、私が事情を説明した。
「私と鈴が 朝起きたら入れ替わっていたのよ」
その一言だけ、後は話の流れで進んではいたけど、原因はさっぱりわからない ということだけ分かった。
その日から、私はこの娘として、この娘は私として、元に戻るまでお互いの立場で生活しようということになった。
この娘は料理することが出来なかったので、私が朝食を料理して食べ、学校へ向かうこととなった。
学校へ着くと、ちっちゃい下駄箱があった。
30年ぶりに見る小学校の下駄箱は、懐かしく思った。
上履きに履き替え、この娘の教室に行き席に座った。
しばらくすると、この娘の同級生が教室に入ってきた。
「おはよう」
「おはよう」
小学生らしく、挨拶を返していた。
ふと 自然に、挨拶をしてきた女の子の名前が浮かんできた。
どうやら 思い出そうと意識をしなくても、思い出すらしい。
あの おばあさんが言ったことは 本当だった。
少し時間が経てば、入った身体が経験したものは意識しなくても思い出せるってこと。
あとは 香草による後遺症、でも私が心配することは無い、あの娘に症状が現れるだけだから。
後遺症と言っても怖いものでもない、後遺症の設定は私がしたんだしね。
入れ替わることと、若さへの思いなどを消しただけ、一種の記憶喪失とも言ってもいいわ。
あっ そろそろ予行練習の時間ね・・・
今日 本当はこの娘が壇上に上がって卒業証書を受け取るはずだった。
でも 今は 私がその壇上にいる。
「相原 鈴 以下同文」
校長先生に卒業証書を読まれ、受け取った。
この後 全員で 仰げば尊し を歌った。
今も卒業式で歌うんだ~ って、私は歌いながらそう考えていた。
教室に戻り、最後のホームルームをした。
卒業アルバムも貰った。
アルバムには入れ替わる前の この娘の写真が何枚もあった。
最後のページに厚いのがあって あれ?って見ると、DVDでした。
5年生のときの臨海学校や、6年生のときの運動会の様子が納められているビデオだとか・・・
ホームルームも終わり、教室を出る時間となった。
私としては 2日間だったけど、別れは寂しい・・・
先生との別れの挨拶の順番が回ってきた。
先生と握手しながら・・・
「先生 ありがとうございました」
そう言って、私は教室を後にした。
正門では 家族3人が待っていた。
家族4人並んで、写真を撮った。
兄は照れていたが、記念だからって しぶしぶだけど一緒に並んでくれた。
写真を撮り終わると、私になった娘は 私を眺めていた。
「本当なら 私がそれを着ていたのにな・・・」
うん そうだね。
でもね 私も着たかったのよ。
二人で 服を選びに行ったときに、一番 可愛く見えるのを長い時間かけて探したっけ。
うん あれが、入れ替わる日を決めたんだよね。
私があの服を着て、卒業式に出ようって・・・
そして次の日、寮に入る日になった。
場所は自宅から 30kmも離れているところ。
私は 自宅前で あの娘と別れの挨拶をしていた。
「鈴ちゃん 私が代わりに寮に入っちゃうけど、夏休みには帰省できるから 元に戻るのにがんばろうね?」
鈴ちゃんは、泣きながら答えた。
「うん おかあさん、それまで私 おかあさんの代わりをがんばる」
そして 二人で抱き合った。
出発の時間だ・・・
主人が自家用車で 寮まで送ってくれた。
二人を置いていったのは、私になったこの娘が辛いだろうからっていうことだった。
昼過ぎに寮に着いた、元々大人だった私は、手続きは自分で出来るからって言って、ここで別れることにしてもらった。
主人は・・・
「がんばれよ~」
って 言ってくれた。
うん がんばるよ、楽しむよ 私は。
そして夏休み前 私あてに電話がかかってきた。
「希 鈴が亡くなった・・・」
一瞬 なんのことかと思った。
そうか 私 鈴ちゃんじゃなかったよね、あまりにも楽しかったから忘れちゃったよ。
これで私は 本当の鈴ちゃんになれたんだね。
3月に12歳になった女の子の私。
もう40代のあの身体に戻らない私。
ふふふ いいわね 若い身体って・・・
おしまい・・・
最終更新:2011年10月09日 23:23