男は手術台の上に眠る二人の女を確認する。
一人は、中年女性だった。顔立ちはわりと整った方で、四十代後半と
いう実年齢から考えれば若く見える方だったが、やはり肉付きは肥満気
味になっていて、胸や尻の張りも失われていて、四肢は弛みきって喪失
した若さというものを如実に感じさせる肉体であった。
「……っと、もう一人は、と」
男が肌掛けをばさり、と剥ぎ取ると、そこには裸身の美神が横たわっ
ていた。
男は思わず生唾を呑みこむ。こういった裸には見慣れていて、思考が
枯れていたはずの男ですら思わず惹かれるほどの上玉だった。
頬の締まった美形の下に伸びる四肢はすらりと美しく、二十一歳とい
う若さの絶頂付近にいるものの持つオーラに満ちていた。腰は美しくく
びれていて、無駄な弛みというものを一切帯びていない。胸は大きいだ
けでなく、張りもあり、形も良い、と三拍子揃った美乳だった。もちろ
ん、臀部にも妖艶なカーブがあり、女としての成熟と、青春のかたさと
を兼ね備えた理想的なヒップであった。
「まあ、仕事だから、仕方ないとは思うけどねえ」
今回男の受けた依頼はAV女優の肉体の置き換えだった。
とはいっても、一人はもう現役を引退して久しい元女優なのだが。
今回、この入れ替えを撮影監督から受けるに至った経緯は、この若い
娘の素行の不良にあった。
撮影の約束を守らずに、自分の都合を優先する。一か月前からの撮影
予定を平気で破って友達と海外旅行に出掛けたりするというのだから、
スタッフとしては「やってられるか」という怒りでどうしようもなかっ
たのだが、それでも彼女の肉体は超一流である。看板女優として会社の
利益を多く産み出す娘をクビにもできない。
と、思い余って今回の依頼なのである。睡眠薬で眠らせた彼女を連行
して、入れ替えてしまおうということなのだ。
「……ま、事情はさておき、俺は俺の仕事をするだけだ」
白髪混じりの男は鞄の中から金属製の円筒を取り出す。
「今回は、年齢も入れ替えてくれっていうんだから、まあ、面倒くさい
とは思うんだがな」
言いつつ、男は金属管の両端を二人の女のわき腹にそれぞれ貼り付け
て、取れないように固定する。
「さてさて、こいつもしばらくぶりに使うが、うまく動いてくれるもの
かな……」
男の心配も束の間に、金属管は、ぶるん、という振動とともに、機能
をはじめていた。
ぐいん、ぐいん、と二人の女の肉体に大きな振動がはしり、次いでご
ぼごぼと管の中に半固形の物が流れ込み、対流をはじめていた。
消化器、循環器、そして生殖器の総とっかえ。外面ばかりの入れ替わ
りだけでは、やがて限界が来ることを見越しての臓器入れ替えだった。
「……まあ、想像するとグロいことこの上ないがね」
男は臓器の全てが入れ替わったことを確認すると、金属管を取り外し
て、いつものように二人の女の掌を結合させた。
そして、
「ああ……その、なんだ。たまにあるんだよ。こういうことしてる時で
もな、意識がある奴って、いるもんなんだ」
大年増の女に向かって、一言。
「だから、寝たふりはやめろって。なんだか、独り言聞かれてるのも嫌
な気分だしな」
すると、さっきまで息をひそめて目を閉じていた女は、ぱちり、と目
を開き、開口一番、
「ふう……狸寝入りもラクじゃないわあ」
やれやれ、と一息ついてから男に視線を投げ掛けた。
「よく、気がついたわね」
すると、男は顎先に黴のように張り付く短い無精髭をざりざりと指先
でなぞりながら、
「まあ、隣の娘が完全に寝入ってるのはわかるさ、睡眠薬か何かかな?
それから、あんたが寝てたかどうかははっきり言って良くわからなかっ
た。だからカマをかけた。それだけのことだ」
男の言葉に女は、満足そうに口の端を歪めて、
「ふふ、これでも私は元女優なんだからね。感じていないのに感じてる
フリなんかもしなくちゃなんないんだもの。それくらいは、ね」
と、片目を瞑って男に応えた。
「ああ、そうかい。あいにくとあんたの生い立ちとかなんかに俺は別に
興味もないことだが、ね」
ただ、男はそれでも女の演技と、この異常な手術の際にも肚の座った
様子を崩さない女に関心を示した様子で、
「まあ、構わないか。たまにはこんなのもいい。出来る限りあんたの要
望ってのを聞きながらやってみるのも悪くはないかも、だな」
すると、女は肥え膨らんだ下頬に意地悪そうな笑みを浮かべつつ、
「……そうねえ、それじゃあ、リクエストよ。この手術の過程を私にも
見えるようにして頂戴よ」
そして、隣の娘にも視線を移しながら、
「私たちがどんなふうに入れ替わっていくのか、私がどんなふうに若返
っていくのか、この子がどんなふうに年老いていくのか……」
そして、もう一度男に視線を戻して、
「それを独り占めするなんて、ずるいと思うのよ」
やれやれ、といった様子で男は手術台の足元のハンドルをゆっくりと
回す。すると、天井に隠れていた全身鏡がせり出して、二人の女の姿を
映し出していた。
「じゃあ、いいわね。私の言った通りにやって頂戴ね」
男は投げやりな様子に手を振って同意した。
「まずは、足よ。私も二十年前にはこの子に負けないくらいの自信があ
ったんだけど、やっぱり五十目前ともなるとダメねえ、太くなるわライ
ンは崩れるわ、皺っぽくなるわ、でね。だから、まずはここからして頂
戴」
過日の自己の矜持を拭いきれない女は、そう男に指示を出した。それ
に頷いて、男は女の足にたまった脂肪や老廃物、無駄な組織などを押し
出して、娘の肉体へと送り込み、逆に若々しい筋肉やなめらかな脂肪だ
けを摘み出して女の肉体へと流し込んでいった。
「……はあ、ん、凄い。私の足。みるみる締まってくわあ」
足首を掴むことさえも困難そうに見えた女の両脚に、美しい締まりと
くびれと、それから健康そうな内腿の肉感が宿っていく。
「ああ、まだ動かさないでくれよ。まだ仕上げが残ってるんだから」
言いつつ男は脚の表面を両手でするすると擦っていく。すると、皮膚
に宿った瑞々しさや、張りまでもが中年女と娘とは入れ替わっていくの
である。
女は愉悦に浸った表情で天井の映し鏡に自らの足の変容を見ていた。
「うふふ、これよこれ。軽いわあ、しなやかだわあ」
「ま、気にいってもらったようで何より……で、次は」
男のすげない言葉に、ちょっと楽しみの邪魔をされた中年女はむっと
しながらも、
「じゃあ、次は下半身の全てよ。お尻に、下腹に、ウエストに……この
気色悪い脂肪を全部、あの子の身体に送り込んでやってよ」
女の指示に、男は分かった、と再び手を動かし始める。
「ねえ、お尻は特に念入りにやってよね。もちろん小さめにしてもらわ
ないといけないんだけど、あんまり小さすぎると魅力が無くなるんだか
ら、なるべく、形よく、つんと上向きに整えてもらいたいの。そうする
と足も長く見えるし、何より水着になった時なんかに見映えがいいの」
へいへい、と男は手を動かす。なんだか、自虐的でさえあるようだ。
「ウエストもそうよ、三十過ぎになった頃から贅肉が付き始めて、いく
ら運動しても取れなくなっちゃったもんだから放っておいたらこの有様
よ。なるべく、あの子から引き締まった腹筋だけ取り上げて、それで無
駄肉は押しつけてやって頂戴」
ぐいっ、と中年女のウエストを絞ると、その分の余った脂肪は全ても
う一人の娘の身体へと腸詰めのミンチ肉よろしく詰め込まれていく。美
貌が損なわれていく残酷きわまりない光景なのだが、この中年女にはそ
れもまた、興であるらしかった。
「うふふ、どうよ、コレ。下半身だけ見れば、これだとどちらが現役の
AV女優様だかわからないわよね」
にやにやと暗い愉悦を瞳にめぐらせて、女は言った。
やや、くたびれかけた肥り気味の中年女の上半身から下には、瑞々し
く引き締まった下半身が延長しているのである。異様な様であった。
「あら、なんだか興奮したらちょっと濡れてきちゃったみたいね。この
子って生殖器が淫乱にできてるのかしらね、ふふふ、嫌だわ」
「さあ、そろそろいいだろ、次は胸だろ?」
男の言葉に女は結合されてないほうの手の指をちちち、と振って、
「わかってないわねえ、そういう大事なところは最後の楽しみなのよ。
さしあたっては、アンダーバストの脂肪とか、首筋の弛みよ。それから
腕のだぶつきも背脂もちゃっちゃと取って頂戴」
女の言葉にもう首肯すらせずに男の手と指が動く。中年女の肩口に手
を這わせると、一気に下まで脂肪をそぎ落とす。
「うふふ、上手よねえ、こんなエステが街中にあったら私常連になって
もいいかしら」
言っていろ、と男は舌の根の部分で悪態を吐いたが、それでも手は休
ませない。だぶだぶとだぶついた、撓んだ背中をごしごしと擦り、余分
な脂肪と老廃物だらけの組織とを若くしなやかで、健やかな組織と置換
していく。
「まあ、可愛そう。あの子ったらすっかり二重あごになっちゃったわ。
顔も二まわりは大きくなっちゃって、もうビデオのお仕事なんて回して
もらえるのかしら」
引き締まった頬を細まった指先でさすりながら、女はいやらしい笑い
を口元に湛え、
「さあ、困ったわ。あとは顔と胸とどちらかよね、どっちを先にするの
がいいのかしら、ねえ、あなたはどう思う?」
どちらでも、お好きにどうぞ、と男が顔を振ると、
「そうねえ、それじゃあこの顔からお願いしようかしら、そうそう髪も
一緒にお願いね。細かいところまで、手を抜かないで、綺麗に仕上げて
よね」
うるさいとばかりに男の手が女の口元にかかる。弛んだ頬を上方へと
引き上げて、ほうれい線、マリオネット線を引き伸ばしていく。
「むふ、そうよ。この忌まわしい皺や弛みさえ無くなれば、もう一度私
は最高の女優へと戻れるのよ」
女は高揚した声を上げたが、若返った女の顔は今時の一線級と比較す
れば、少しばかり時代遅れで、野暮ったく思われた。
「あら……目を、そんなに大きくするの、ちょっと子供っぽくないかし
ら、ああ、ダメよ。額の皺はもっと丁寧に取ってくれなくちゃ……」
娘の髪を何度も手で梳きながら、成分を女へと送り込む。そのたびに
娘の髪からは艶やかさとコシとが奪われて、反比例して女の髪が輝くよ
うに艶やかさを増していく。
「まあ、今時の主流としちゃあ、こんなもんじゃないかい?」
出来上がりを鏡で確認しながら女は、
「うん、いいわあ。でももう少し鼻を高くしてもらえない?」
どこまでも貪欲な女の美に対する執着に飽きなどはなかった。それか
ら細かな注文を三十分ほど続けた先に、ようやく、
「……そうね、こんな感じなら、いいかしら」
鏡に映っていたのは清潔感漂う少女の、可憐な笑顔であった。
「ふふ、これなら私、十代って言っても通用するんじゃないかしら」
そして、隣に横たわる、先ほどまでは娘だった女に視線をやって、
「ふふ、それにこの小生意気な子も、ずいぶんと謙虚な顔になったもの
ね」
娘だった女は首筋に深い皺をいくつも刻み、肥大化し、弛緩した頬と
てらてらと腫れあがった目元から、すっかりと別人の印象になってしま
っていた。
「さあ、それじゃあ、最後はムネよ。女の命なんですからね。しっかり
と頼んだわよ。わかってはいるんでしょうけどね、それでも、手を抜か
ずにやるのよ」
強欲な要望にも、男はまるで逆らうことをしない。言われるがままの
仕事を、その指先は紡ぎ出す。
若く発達した乳腺と、くたびれたそれとを入れ替えると、胸元の弾力
が逆転する。
「んふ、そうよ。これこれ、この弾力がたまらないのよ」
にやにやと、意地汚く笑っても、清楚な少女の顔は歪むことはない。
あくまでも、無垢な印象を彩りとして周囲に放つだけである。
黒ずんだ乳頭が、輝くようなピンクを取り戻しながら持ち上がり、あ
おむけに寝たままの体勢でさえもその存在感を示すように張りと艶やか
さとを増していく。無論、その一方では若々しい対の果実が萎れて、し
ぼんでしまっていくのではあったが。
「あはは、あはっサイコー。私のおっぱい完璧に若返っちゃった!」
数刻前まで中年女性だった女は若返り、さらに娘の美貌までも完全に
吸収し、最高の女優へと変貌していた。古今東西の名女優たちの美点を
結集し、かつ自然なその裸姿は、神聖さまで発して白く輝いていた。
男が連結を解き放つと、女はしなやかな動作で立ち上がる。
その輝く白い背中と胸元に深く谷間をつくる双丘は、まさに一個の芸
術そのものであった。
女は嬉しそうに胸や尻を手で撫でまわると、そのたびに、狂ったよう
な笑い声を、声だけは中年のままでこぼし続けていた。
「さて、それじゃあ俺の仕事はこれまでだよな」
言いつつ男は老いさらばえた元看板女優にガウンを着せて、背負って
運び出そうとしていた。
「ねえ、その子……って、もうオバサンなんでしょうけど、目を覚まし
たら、いったいどんな顔をするでしょうね。ねえ、ねえ、できたら私、
ビデオカメラとか仕掛けて、その様子を見てみたいんだけど……」
すると、男は眼光鋭く女を睨みつけ、
「もう、仕事は終わったんだ! いつまでも雇い主面してんじゃねえ!」
舌鋒厳しく吐き捨てると、乱暴に部屋のドアを開け放ち、男は女を残し
て暗がりの町へと消えていった。
女をマンションの部屋へ戻し終わると時刻はすでに午前五時。空に紫の
曙光が広がり始めていた。
男は、二人の女の行く先を案じながら、とぼとぼと歩みをすすめていた。
かつて娘だった女は、絶望するだろう。そして、少なからず、死を選ぶ
ことさえもあるだろう。当然のことだ。絶頂の美しさを奪われて、醜い中
年と成り果ててしまったのだから。それは、安易に予想のつくことであっ
た。
だが、もう一人の女は、果たしてこの先に自らに降りかかる災厄をどこ
まで予見できているのだろうか。
虚飾にまみれた若さと美にしがみつき、他者の純白の肉体を奪った罪は
決して見逃されることではない。
数十年後、彼女がその人生を終えた後に、獄界で永劫の時を過酷に使役
され続けることを、果たして彼女は知っているのだろうか。
奪われたものが哀れならば、奪ったものはなお哀れなことだ、と。
悪魔には不釣り合いな感傷を一つ、胸に残しながら、男はこつこつとい
う靴音だけを道連れにいつまでも歩き続けるのだった。
最終更新:2011年10月09日 23:27