いたてん!

436 「いたてん!」1-1 [] 2011/11/30(水) 23:22:29.35 ID:FGU+m26i Be:
    日曜日の午前中の部活を終えると、香澄は小学校に向かう道に足を向けた。
    今日は、妹の通う学校の運動会。
    高校生になって今更小学校の運動会の応援もないと思うが、自分に懐いていて、何かにつけてじゃれついてくる6歳年下の妹に
    「お姉ちゃん、お願いだから、ちょっとだけでいいからみにきて!」
    と何度もお願いされては、無碍にはできない。
    まあ、このまま家に帰っても、家族は運動会の応援。
    一人寂しくお昼を食べるより、グラウンドで家族全員でお弁当を食べる方がまだマシだろう。
    小学校につくと、既にお昼御飯タイムに入っていた。
    グラウンドのあちこちでは、レジャーシートが広げられ、家族の輪ができあがっている。
    「あ、お姉ちゃんだ。こっちこっち!」
    目聡く香澄を見つけた妹の夏樹が、50メートル先でも聞き取れるような叫び声をあげる。
    「ありがとう!お姉ちゃん、応援にきてくれて。」
    「まあ、可愛い妹のためだからね。」
    予想以上の喜び様に苦笑混じりで応える香澄。
    普段と違うこともあるが、広いグラウンドで家族で囲む食事は美味しい。
    幸いにも天気もよく、外でお弁当を食べるには最適といえた。
    そんなこんなで、お昼も終わり、競技は午後の部。
    まずは、直接の勝敗には関係ない、教職員による仮装リレー。続いて、保護者による50メートル走。
    再び、生徒による競技が再開されるわけだが、そこで香澄は、夏樹が浮かない顔をしていることに気づいた。
    「あれ、どうしたの。夏樹?調子でも悪い?怪我でもした?」
    「…だって…あたし、走るの遅いから…午後から100メートル走でないといけないけど、うちの組負けてるのに…」
    (そういうことか…)
    幼稚園の頃から脚が速かった香澄だったが、脚が遅い子の悩みが分からないわけでもない。
    「あーあ、お姉ちゃんみたいに脚が速かったらよかったのに。」
    元々脚の速かった香澄は、中学で陸上部に入ったことで、才能が開花した。
    指導者に恵まれたこともあるが、2年生の時には、既に県大会。
    3年では県大会で200メートル走で3位に入る成績を残しており、もちろん高校でも陸上部、インターハイ出場を睨んでいる。
    「そう思うんなら、もっと頑張って鍛えないと。いつも本ばかり読んでいたら脚が遅いままだよ。」
    「だって…」

437 「いたてん!」1-2 [] 2011/11/30(水) 23:23:11.01 ID:FGU+m26i Be:
    ちょっとキツイ言葉を投げかけた香澄だったが、自分の脚の遅さに悩む妹が少々可哀想に思えてきた。
    ずるいことかもしれないが、まあ小学校の運動会。少しぐらい妹にいい思い出を残してあげてもいいだろう。
    一度決断すると、香澄の行動は早い。
    「夏樹、ちょっときて。」
    「え?なに?お姉ちゃん?」
    4年前まで通っていた小学校だけに作りはよく分かっている。
    校舎と体育館の間。意図的に行こうとしない限り、誰もこないその場所に、夏樹を連れ込む。
    「お姉ちゃん、どうしたの?こんなとこ…」
    「夏樹、今日の運動会、ちょっとぐらい速く走ってみたいと思うんだよね?」
    「え?速く走れる?お姉ちゃん、速くなれる方法とかあるの?」
    「んー、そんなもんかな。でも今だけだよ。夏樹は、普段運動しないから、脚が遅いままなんだから。」
    「ぶー!そんなこと言われなくても分かってるもん!」
    「そう分かってるんなら、今度、お姉ちゃんと一緒にジョギングしないとね。で、脚が速くなる方法なんだけど。」
    「うんうん。」
    香澄の言葉に力強く頷く夏樹。
    「まずは…あたしみたい…お姉ちゃんみたいに脚が速くなりたい。お姉ちゃんの脚の速さが欲しい。と言ってみて。」
    「えーと、お姉ちゃんみたいに脚が速くなりたい。お姉ちゃんの脚の速さが欲しい…これでいいの?」
    「そうそう、そんな感じ。じゃあ、これからが本番だから、もう一度繰り返して。」
    「…お姉ちゃんみたいに脚が速くなりたい。お姉ちゃんの脚の速さが欲しい…」
    「うん、いいよ…さあ、これでお呪いは完了。そろそろ夏樹の出番でしょ。早くグランドに戻りなさい。」
    「え、これだけ?」
    「行ってみれば分かるから、ほらほら早く早く。」
    どこか納得しきれない訝しい表情を浮かべながら、渋々といった足取りでグランドに戻る夏樹。

438 「いたてん!」1-3 [] 2011/11/30(水) 23:24:18.37 ID:FGU+m26i Be:
    「わー!やった!やった!」
    100メートル走で1位となった夏樹は、手に掴んだ1位の旗と首にかけられた1位のメダルを振り回しながら飛び回っていた。
    「よかったね。夏樹。」
    おそらく小学校に入ってから初めての運動会での1位なのだろう。
    自分が大会で好成績を残した時のことを思いだして、思わず顔がほころぶ香澄。
    「ありがとう。お姉ちゃん。あのお呪い凄いね。」
    「お呪いね…喜んでいるところで悪いけど、後でがっかりさせちゃったら悪いから、今のウチにばらしちゃおうか。」
    「ばらしちゃう?…どういうこと?」
    「さっきのお呪いわね。正確には夏樹の脚を速くさせたんじゃなくて、あたしの脚の速さと夏樹の脚の速さを入れ換えたの。」
    「入れ換えた?つまり、あたしは、お姉ちゃん並みに脚が速くなっているってこと?」
    「うーん、歩幅とか体重とかあるからまるっきり同じわけじゃないけど、今の夏樹は小学生としては県大会で上位に入れるぐらいに脚が速くなっていることは確かね。」
    「わあ、凄ーい!だからさっきの1位になれたんだね。」
    「そういうこと。じゃあ、競技も終わったんだから、元に戻しましょうか。」
    「え、ちょっとまって。お姉ちゃん。この後、あたし、ハードル走と借り物競走もあるから、それまでこのままでいさせて。いいでしょ。」
    「まだ走る競技があるの。あ、小学校の運動会だもんね…うーん、今日はもう部活もないし、あたしは競技にでるつもりはないからいいけど…本当にいいの。夏樹?」
    「いいに決まっているじゃない!こんなに速く走れるなんてすっごい楽しい!」
    「夏樹がそういうならいいけど、後で後悔しても知らないわよ。」
    「後悔なんてするわけないじゃない。」

439 「いたてん!」1-4 [] 2011/11/30(水) 23:27:40.72 ID:FGU+m26i Be:
    そして運動会翌日。
    前日の夕食の席では、午後からの競技で大活躍した夏樹は鼻高々。
    調子に乗って、最終競技のリレーにまででて正に大活躍だったわけだが。
    「わーん!痛いよ!痛いよ!脚が痛い!凄い筋肉痛だよ!」
    「やっぱりそうなったわね。」
    「やっぱりって、お姉ちゃん、こうなること分かってたの?」
    「当然でしょ。」
    「でも何でこんなことに…昨日は運動会だけど、こんなに筋肉痛になったこと今までなかったのに。」
    「分かってないわね。昨日の運動会では、あたしと脚の速さを入れ換えたでしょ。でも、入れ換えたのは脚の速さだけ。筋肉の耐久力とかはそのままだから、本来ならありえない力で酷使された筋肉が今日になって筋肉痛を起こしているわけ。」
    「えーん、酷いよ。そうと分かればあんなに頑張らなかったのに。」
    「元に戻さないままでいたいといったのは夏樹の方でしょ。コレに懲りたら、普段からもう少し身体を鍛えておかないとね。でも今日が振り替え休日でよかったね。それじゃとても学校にはいけないだろうし。」
    「ふえーん…遊びにいこうと思っていたのに…ところでお姉ちゃん、脚の速さを交換するなんて凄いこといつのまにできるようになったの?」
    「それは秘密。夏樹がもう少し慎重に考えることができるようになったら教えてあげる。」
    「ふーん…もしかしたら、脚の速さとか以外も交換できるの?」
    「それも秘密…あ!頭の良さとか交換したいとか思ってもダメだからね。小学生の頭になったらあたしが困るじゃない。」
    「あ、ばれちゃったか。残念。」
    「まあ、この後、夏樹が色んなこと覚えたりできるようになったら、その力を借りたいから、ギブアンドテイクで色々頼んだり頼まれたりすることもあるかも。」

    とりあえず終わり。

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最終更新:2012年04月18日 17:58