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世にも不幸な女の話

692 名無しさん@ピンキー [sage] 2012/03/10(土) 23:27:51.57 ID:ZUE4s1y3 Be:
     『世にも不幸な女の話』
     
     中国の都が洛陽というところにあり、権威は失せていたものの皇帝が健在だったそんな時代のこと。
     都の街を取り締まる警察の長官にあたる職に就いていたオウインという男の私邸に盗賊団が押し入
    り、撃退されて、その首領の女が捕縛された。
     女の名はキョウコといい、凶女の二つ名で悪名を知られる四十半ばの大背肥満だった。赤黒く日焼
    けした顔の至る所には新旧とりまぜて無数の刀傷がはしっており、その形相をさらに恐ろしいものに
    演出していた。
     縄を打たれてオウインの前に連れ出されても、キョウコはまるで恐れた様子も見せずに、平然と鼻
    歌を楽しむ始末だった。
    「おい、お前さんはこれから棒で叩かれて、それから全身に墨を入れられてしまうというのに、なん
    でそんなに平気な様子なのだ?」
     不思議に思うオウインは、片手に髭をもてあそびながら興味深げにゴザの上に胡坐するキョウコに
    問いかけていた。
    「いやさ、おっさんよう。あたしもこれまで数えきれねえほどいろんな奴らからぶっ叩かれてここま
    で来たもんだからよう、そんなくらいじゃまるで堪えねえって、そういうことなのさ」
     キョウコはにいっ、と反っ歯を見せて笑っていた。
    「それに、この赤黒い肌と来た日にゃあ、かえって入れ墨のほうが気の毒なぐれえだぜよ」
     その言葉を裏付けるように、彼女の太い二の腕には、無数の入墨の輪の跡が付いているのだが、な
    るほど、まるで目立った様子をみせないのである。せいぜいが薄い縞模様に見えるくらいだった。
     ほう、とオウインは感心してさらにキョウコへと言葉を投げかけていた。
    「聞けばお前さんたちは、奪った金品や穀物を貧しい者たちに分け与えるようなことをしているそう
    だが、それではお前さんたちは義賊ということなのかね?」
     丸い目でのぞきこむオウインの質問がおかしかったのか、それとも真面目な顔がおかしかったのか、
    キョウコはぶはっ、と吹き出すように笑って答えていた。
    「いやいやいや、笑ってすまねえな、おっさんよ。あたしたちは白浪(当時はやっていた黄巾族とい
    う盗賊のこと)みてえに高尚なお題目で働いてるわけじゃねえさ。ただ、うちの下っ端の奴らはいつ
    でも食うに困ってるものだから、結果としてそんなふうに見えちまうだけなのさ」
     しかし、そのキョウコの言葉にオウインはますます興味を深めた様子であった。
    「なるほどなあ、それでそんな噂になっているということなのか、いや勉強になった」
    「いや、さ。遠慮なしついでに言っちまうとだけどさ、あんたがたにもっと取り締まってもらいたい
    ような腹黒い奴らはもっと他にいるみたいなんだけどねえ」
     キョウコは太い眉をしかめて嫌味を言った。

693 名無しさん@ピンキー [sage] 2012/03/10(土) 23:28:45.24 ID:ZUE4s1y3 Be:
    「ロクに働きもしないくせにさ、やたらと立派なお屋敷に住んで、きれいな服を着て旨いものを食べ
    る奴らさ。生まれついての高貴なお方がたは、どんなにあたしらが腹を空かせていてもおかまいなし
    に贅沢を重ねているじゃありませんかね」
     言葉はなおも続く。
    「同じ貧しい女でも器量のいいのは可愛がられていい思いができるさ、でもあたしみたいにびっくり
    なご面相じゃ男に甘えることもできやしない。せいぜい、ゆすりかかっぱらいなんかで生計を立てて
    いくのが関の山。どうだい、あたしがいい例じゃないか」
     言葉は流暢に紡がれるようでも、口調には熱がこもっていた。
    「誰もが心安く生きられる世の中を、作ることができるのに、それをしようとしない、むしろさせな
    いなんて、そんな不届きな奴らこそ、あんたがぶっ叩かなけりゃならない相手じゃねえのかい?」
     ふざけたような口振り素振りでも、言っている言葉は真実であった。
    「まあ……そうだな。まったくもってお前さんの言う通りだ」
     オウインは面目ないとばかりに頭をぽりぽりと掻いていた。
    「だがさ、わかっておくれよキョウコさんよ。私ていどの力では取り締まれないような怖い奴らがこ
    の都にはごろごろ巣食っているんだよ。そいつらをやっつけようとするのには、もっともっと大きな
    力がほしくなってくるんだよ」
     しかし、キョウコの返答もすげない。
    「だからって、おっかない兵隊を増やせば増やすほど街は息苦しくなってくるし、それに畑を打った
    り狩りも釣魚さえもしないような奴らを養うために、もっともっと貧乏な奴らは苦しくなってくるん
    だよ。そりゃ、どういうことだい?」
     これには、オウインには返す言葉もない。
    「力でどうこうしようなんて考えじゃなくて、知恵でやり返すのさ。弱い奴らはみんな工夫して生き
    てるんだ。弱いからこそどうにかしようって気持ちが湧いてくるんだよ」
     縄に縛られても自分の考えをずけずけと言うキョウコの大した肝の太さに触れて、オウインの中に
    は彼女に対する不思議な同調が生まれていた。
     この女は、自分が助かりたいからと縦横の能弁を講じているのではない。もっと、純粋に自分に対
    して社会への強い憤りをぶつけているのだ、と。
    「……わかった。わかったよ、キョウコさん。あんたの言いたいことは私に通ったよ」
     オウインはゆっくりとキョウコに近づいていき、手ずから縄を解いてやった。
    「私は、これからこの乱れた世の中の歪みをなんとかしていこうと思うんだ。それこそ骨組みから、
    替えていくような、ね、だが、それには強い協力者が必要なんだよ」
    「ぶはっ、こんな、あたしみたいな凶女をかい?」
     目を丸くしてオウインに見入るキョウコ。
    「もちろん、そのままではいけないね。あんたは顔が売れすぎているし、なにより見た目でしか人を
    判断できないような呆け者たちに取り入るのには、失礼だがそのナリでは無理だろう?」
     ぶすっと口をへの字に曲げながらも、オウインの言葉には頷くしかないキョウコだった。

694 名無しさん@ピンキー [sage] 2012/03/10(土) 23:29:42.74 ID:ZUE4s1y3 Be:
     ついておいで、と中庭から長い渡り廊下を抜けて、オウインの簡素な私室へとキョウコは連れられ
    ていった。
     オウインは、部屋の隅に調度として飾ってあった小ぶりな壺をどけると、その下の空洞に隠してあ
    った小さな箱を取り出していた。
    「ああ、とうとうこいつを使うときが来たんだなあ」
     小さな感慨をこめて箱の鍵をがちりと開けるオウイン。そして、その中に並んでいたものをキョウ
    コに向けて指し示していた」
    「こいつは……ヒスイか何かかい?」
     五つ並んだ小さなそろばん玉のような白い塊を、キョウコはしげしげと見ていた。
    「いいや、こいつは骨さ。それも人間のね」
     わざと何事もない様子で言うオウイン。
    「へえ、そうかい、そういやそんな色だねえ」
     怯えた様子など微塵もみせないキョウコは、さすがに胆が据わっていた。その様子に満足してオウ
    インは説明を続けていた。
    「うん、こいつはね、女の骨を磨いたものなんだ。それも当代古代に名高い五人の才媛や美姫のね」
     白い骨の粒の表面には、小さく幾何学的な文様が篆刻されている。
    「へえ、それでそれで」
    「これを飲み下せばたちどころにその女たちの魂がその女に宿って、どんな醜貌も絶世の美女へと早
    変わりってなもんなんだよ」
     オウインはその骨粒の一つをつまみ出して、キョウコの手のひらに乗せてやった。
    「まずは、一つめさ。皇帝のお気に入りだった芸妓のうちでも際立っていた娘のだよ」
    「わかった、さっそくやってみるかい」
     キョウコは、それを躊躇なくガリっと咀嚼して、胃の腑へと収めてしまっていた。

     変化は、なかなか現れなかった。
    「……おかしいなあ、効き目がないはずはないんだがね」
     オウインが不服そうな顔をする。
    「あははは、何だよ気を持たせやがって、まがい物をつかまされたんじゃないかよ」
     にやにやとしていたキョウコの顔がびくん、と引き攣った。
    「うひゃ、ひゃ、なんだ、これは」
     突然キョウコの肌の上に浮き出してきたほくろのようなものは、あっという間に面積を押し広げて
    顔と言わず体と言わず、彼女のその全体を黒いかさぶたのようなもので覆ってしまっていた。 
    「うげっ、ぺっ、ぺっ。なんだよこりゃあ、バカにしてるぅ」
     びり、びり、とかさぶたを剥ぎ取るキョウコだったが、別に痛みは感じられなかった。
    「……ほう、つまりはこういうことだったか」
     感心して声を出すオウイン。
     キョウコは下穿きまでも脱ぎ去って全身に生じたかさぶたを除去していた。隣に人がいようとも、
    まるで羞恥もない。あられもないどっしりとした大柄の裸身をさらしていた。
    「はあ、なんだよこりゃあ」
     かさぶたの下から現れたのは、シミや皺、もちろん刀傷などまるでない絹布のように白く輝く若い
    肌だった。
    「その子は色の白くて綺麗な肌で評判だったからね、その魂が作用すればこうなるというわけだ」
     姿見の金属鏡を持ち出して、オウインはキョウコにその姿を見せてやっていた。しかし、キョウコ
    はそれにも浮かない顔で、
    「なんだよ、美人になれるってならまだしも、ただ色が白くなったってだけじゃあ猪豚が白豚になっ
    ただけじゃないか。生っ白くなっちまって、かえって箔が無くなったようなもんだ」
     鏡を覗き込んで、不平を口にしていた。

695 名無しさん@ピンキー [sage] 2012/03/10(土) 23:30:36.51 ID:ZUE4s1y3 Be:
    「いやいや、それでも一度に変身するよりは面白いじゃないか、それ次をいってごらんよ」
     オウインが二つめの粒を投げつけると、それをキョウコはぱくりと口で受け止める。
    「まあ、それもそうなんだがねえ……」
     もがもがと複雑な表情でキョウコはそれを飲み下していた。
     次なる変化は、わりと早く現れていた。
    「……あ、ああっ、らっ、ららっ?」
    「ほう、次のはたしか、楽人のうちの一人で美声の持ち主だった娘じゃな」
     うんうん、と一人頷くオウインだった。
    「……ううん、こんな声なんてどうだっていいんだからさぁ、もうちょっと大事な部分をどうにかし
    てくれないかしらぁ」
     玉を転がす透き通った少女の声で、熊のような大女は甘えた口ぶりをみせていた。
    「うん、悪くないよ。なかなかに可憐じゃないか……ぷふっ」
     思わず吹き出してしまうオウインを責めることはできないほどのアンバランスさであった。
    「いやぁん、もう、バカにしてぇ……」
     口調がまるで変わってしまうのだ。よほど意識して発声しなければこんな話し方になってしまう。
    「ま、ま、謝るから気を取り直しておくれよ。そして、私の考えが正しければ、お前さんにはもう、
    歌舞や音曲に関する達者の技能が備わっているはずだからね、それもゆくゆく役に立ってくれるだろ
    うよ」
     少しだけ拗ねた様子をみせていたキョウコだったが、それでも気を取り直して、
    「じゃあ、次のを頂戴。もっとそう、ぱっ、と美人になれるのとか、この固肥りの体をすっきりとさ
    せてくれるのとか、私、そういうのがいいわ」
    「物事には万事、順序があるさ。それを弁えずに急流に逆らうからこそ、人は溺れる憂き目に遭う。
    少しずつ変わっていくからこそ心を保っていることができるのだよ。わかるね?」
     オウインは三つめを差し出しながらも、はやるキョウコに釘を刺していた。
     キョウコにも、オウインの言葉の意味は伝わっていた。なにしろ、これはただの変身薬ではなく、
    魂の塊なのだ。うかつに服用していけば、自らの自我を乗っ取られてしまう。そうなったら美人どこ
    ろの騒ぎではない。心を低く鎮めつつ、三つめの粒を静かに服用していた。
     次なる変化は頭部に現れた。
    「いやっ、何よぉ、これぇ!」
     するする、と抜け落ちる髪は床に散らばり、あっと言う間もなくキョウコは完全な禿頭になってし
    まっていた。ぺたぺたと手の触れるところは全てつるつるになっていた。
    「ああ、大丈夫だよ。これは医師どのの若死にされた奥方のものだ。だとすれば、すぐに、ほら」
     みるみるうちに、新しい黒髪が生え伸びていく。腰まで届くような艶やかな髪は、癖もなく揃って
    広がり、青い輝きを周囲に放っていた。そのこぼれ落ちる様は、まさに流水のごとし、だった。
    「いいわ、ね。これは。私はいつもぼっさぼさの赤毛を気にしていたんですもの」
     キョウコは気に入った様子で髪に手櫛を梳く。
     そして、彼女は知覚した。彼女の中に医師の妻としての知識や技術、そして感情までもが流入して
    きていくことを。

696 名無しさん@ピンキー [sage] 2012/03/10(土) 23:33:48.97 ID:ZUE4s1y3 Be:
    「どうだね、少し休みをとってから続きにしようか?」
     額に脂汗を浮かべるキョウコにオウインは声を掛ける。
    「ううん、大丈夫。なんとなく、変化の癖っていうのか、なにかが掴めてきた気がするから」
     五つの骨粒は、単なる変身薬などではなく、女たちの執念の塊だった。この世の最期に強い無念を
    残した女たちの死に様が、そこに凝縮しているのであった。
     オウインが差し出した四つ目の骨粒は他のものと比べると、やや黄ばんでいて年月を経た様子を示
    相するものであった。
     それを口にして噛み下したキョウコの全身に激痛が奔る。
    「ふ……ぐわっ!」
     かがめた背中に瘤のように盛り上がった筋肉が密度を高めていく。猪のようだった手や足はしなや
    かさを増していき、腰は柳のように細められ、胸は形よく隆起し、尻は若々しい丸みを帯びていく。
    「かつて、楚の将軍に寵姫がいたのだが、これはその女の骨だよ」
     将軍とともに非業の死を遂げたその女は、後に草花の名となって知られるほどの美姫だったという。
     みるみるうちに熊のようだった体格の女は牝鹿のように軽やかな乙女へと姿を転じていた。
    「あ、ははぁ、すごいすごい、すごいよぉ」
     帯の身ごろを半分ほどに締め直し、ぶかぶかになった衣服を整えて身体を軽く揺すると、ふわりと
    花のような立ち姿である。あくまでも顔を隠せば、という限定ではあったが。
    「しかし、なんだね。お前さんのせっかくの鍛錬された膂力を失わせることは惜しいことではあるが
    なぁ」
     すると、にやり、と笑ったキョウコは右手をすっと差し出して、オウインに握手を求める格好をと
    った。
     何事か、と同じく右手を差し出したオウインの手を掴むと、そのままに力み寸毫発することなく、
    「そうれっ、と」
     そのままオウインの身体を片手で持ち上げてしまっていた。それほどに巨漢ではなくとも、成人男
    性の身体を片手の力のみでやすやすと持ち上げたのである。
    「わわっ、おろしてくれよ」
     慌てたオウインに、にやり、と黄色い歯を剥きだして凶悪な笑みを漏らすキョウコ。
    「力は無くしちゃいないの。ただ、その上に新しい姿が重ねられただけ」
     謎掛けるように呟き、とん、とオウインを床に下ろしながら、キョウコは最後の骨粒を要求した。
    「さあ、それじゃあ最後のひとつ……頂戴」
     

697 名無しさん@ピンキー [sage] 2012/03/10(土) 23:34:45.98 ID:ZUE4s1y3 Be:
     ふう、と息を整えたオウインが最後の骨粒を手にした時、その表情に複雑なものが瞬間奔ったこと
    を、キョウコは視認して、あえてそれを黙っていた。
    「ああ、それじゃあこいつが最後の一つだよ、さあ……いってみようか」
     うっすらと桜色がかったその骨粒を染めていたのは、おそらくは染みついた血の赤だった。
     かりっ、と音を立ててキョウコはそれを咀嚼する。
     うっ、と口元を覆うキョウコの口からばらばらと黄色い歯が抜け落ちた。
    「うくぐっ、くっ」
     苦痛に押さえていた顔をようやく上げたキョウコの顔は、もはやそこにはなかった。
     代替として生え揃う白玉のように整った歯。そしてごつごつとしていた輪郭は、小さくうりざねの
    形に整い、あぐらをかいていた鼻が形よく隆起して、口元が涼しく引き締まり、笹の葉のように青々
    しい眉が一条整った下には、長く濡れた睫毛の奥で、青く輝く瞳の色が冴えていた。 
     鏡に向かって微笑めば四季の花が恥じらい、哀愁に表情を曇らせれば、そこには深い湖のほとりを
    覗くような神秘的な憂いが形作られていた。
    「これが……私なんだぁ」
     男の庇護欲をかき立てる甘やかな口調も、ここに至ってようやく真価を発揮していた。
     オウインは、キョウコの作り変えられた顔をしばし放心の態で眺めていたが、
    「ああ、この娘はね、皇帝の後宮に入れられるのを嫌って、逃げ出そうとして、そしてついには処刑
    された、そう……かわいそうな子なんだ」
     すると、キョウコはそのオウインの言葉を受けて、
    「……ええ、そしてあなたがこの世で唯一愛した女性なんでしょう」
     口調、というよりも声までもまるで別人に変えて、一言を発していた。
     石のように表情を凍りつかせるオウイン。
    「ねえ、あなた……どうしてあのとき、私のことを連れて逃げてくださらなかったの?」
     責めるような口調で、キョウコに宿った女は声を発していた。
     顔を蒼白にして、額に汗を玉のように浮かべるオウインに、キョウコは微笑んで一言。
    「いやいや、悪かったねえ。どうにもあたしは意地が悪いもんだから、ついこんな悪戯をしちまう」
     生来の太い声でキョウコは詫びを口にした。
    「……大概にしてくださいね」
     オウインはやっとそう返答するのがいっぱいだった。
     
     五人の女から長所を受け継いだキョウコは、今や光の女神もかくや、という美しさである。
    「それで、私はこれからどうしたらいいのかしら」
     手近な樽に腰掛けたキョウコは髪を指先でもてあそびながらオウインに尋ねた。
     うん、とオウインはひとつ頷いて、
    「美人はそれだけで万人の兵にも勝る強力な兵器だよ」 
     そして、キョウコを自らの養女に仕立てて、しかるべき機会を得て権力者のもとへと送り込もうと
    いう筋書きをキョウコに教えたのだった。
    「と、いったところなんだが……ん、聞いていたのかね、キョウコさん」
    「ええ、ごめんなさい。ちょっとだけ、ぼうっとしていたかしら」
     絶世の美貌を手に入れながらも、キョウコの心は今、不安ゆえの暗灰色に翳っていた。
     彼女は、醜く生まれたために、ろくな生き方ができなかった。今までずっと、そうだった。
    ところが彼女が取りこんだ女たちは皆、すばらしい美女揃いであったにも関わらず、佳人薄命の例え
    を具現して一人残らずろくな死に方をしていなかったのである。
     きっと、美女に生まれ変わった彼女もまた、同じ末路をたどるのだろう。ろくな生き方も、そして
    死に方も与えられない自分は、もしかしたらこの世で一番の不幸な女なのではないか、と。
     まあ、それでもいいかもね、と覚悟が決まったら再び彼女の瞳には強い光が戻っていた。
    「それじゃあ、お父様。私、可愛い名前が欲しいわ。何か考えてくださらないの?」
    「うん、そうだね……それじゃあ、こんなのはどうだろうね」
     
     その後、彼女たちが本懐を遂げる事ができたのか、それともむざむざとその方策を破られてしまっ
    たのか。
     厚く積み重なる歴史の層に圧縮されては、それらの事実を確認する術は今となっては何も残っては
    いないのである。ただ、曲がり曲がった口伝で、物語が伝承されるばかりなのである。

     了 

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最終更新:2012年04月18日 18:02