747 名無しさん@ピンキー [sage] 2012/04/15(日) 22:10:48.52 ID:wkGvleFb Be:
「忍法墨俣城」
「入り鉄砲に出女」と、徳川政権下において特に警戒されたのは江戸への武器の持ち込
みと、大名間の私的な婚姻のために江戸屋敷に人質として居住する大名の娘が江戸を抜け
て出ていってしまうことであり、これらは特に関所でも厳重な警戒でもって取り締まりを
されたわけである。
しかし、取り締まりがあるということは違反するものがあるというわけで、西国は山陰
地方に位置する二つの藩、赤沙汰藩と浜谷藩は秘密裏に誼を結ぼうと企てており、浜谷藩
では、当年とって十八歳、美貌の秘蔵の娘である和音姫を赤沙汰の若殿に差し出そうとし
ていたのであった。
それで、浜谷では事を成すにあたって甲賀の忍びの力を求めたというわけなのである。
さて、さる日の昼時に赤沙汰の城の広間に連れてこられたのは旅姿の五人の女だった。
皆、五十歳を前後するくらいの歳で、粗末な小袖に細帯を締めただけの身なりであった。
どう贔屓目に見ても、物見遊山に出掛けてきた老女たちの一行が関の山なのだが、それ
が姫の従者を名乗るものだから、ここまで招き入れられたのである。
「……それで、おぬしらは和音姫のお付きのものだというわけか」
すると、赤ら顔ででっぷりと肥満した、一行のまとめ役と思しき女はこっくりと首を振
って、
「そうですだぁ。長い道中ようやくに、お殿様のところに、姫を連れてきた次第です」
横一列に不揃いに平伏した仲間を見やりながら、女は野卑な口調で言上した。
横に控える女たちも、程度が知れた行儀の悪さで、頭を掻きむしってフケを指先に摘み
取っていたり、胡坐をかいた脚をぴしゃりぴしゃりと鼻唄に合わせて叩いていたり、と、
どうにも始末の悪い様子であったために、若殿は機嫌も悪しげに、懐手に腕を組んだまま
に、ため息混じり、目をぎろぎろと細めて辟易とした所作を示していた。
「連れて来た、とは言うがの……」
ふん、と息を吐いて若殿は疑念を口にした。
「それで、和音どのは今、どこに居られるというのだな?」
近くにある旅籠にでも居るというのなら、どうしてここまで一緒に来ないのかという不
審からの強い語気の言葉だったが、それを女は正面からぬるり、と受ける。
「ええ、ですから、ほら、お殿様の目の前に、このとおりに、ねえ」
にたり、と白目を浮かせた笑いを浮かべると、あとに控えた四人も同様にくっく、と嘲
笑とも取れる笑い声をあげていた。
748 名無しさん@ピンキー [] 2012/04/15(日) 22:11:38.93 ID:wkGvleFb Be:
二十六歳の男盛りの若殿にとって、これは面白いはずはなかった、が、
「それでは、おぬしらの中に、姫が紛れているとでもいうわけなのか?」
挑まれた謎かけに尻ごみをすることは興無しと見て、わざと女たちの挑発に乗っかった。
「ええ、ええ左様に。さて、それではお殿様にはそれが誰なのかおわかりになりますかい
なあ?」
若殿は、鋭い視線を右から左の女に向けてざっと流した。
そして、次に左から右に穿った視線をじろりじろり、ゆっくりと移動させた。
居並ぶ五人、どれもがくたびれかけた山姥もどきであった。歯が欠けた者もあり、面貌
に皹が入っているかと思われるほどに深い皺を刻んだものもあり、また、ある者は血管が
浮き出て骨ばった、げんなりとするような肢体をさらしていた。
その特徴に差はあれども、つまりおのおのが老いさらばえて崩れた容姿をしていたとい
うことである。肌は衰えて、肉置きは弛み落ちていて、老境であることに疑いはなかった。
年老いても容貌の衰えぬ美形を「姥桜」という言葉で形容することがあるが、彼女たち
は、もともとにして大した容姿を持ち得ていなかったようにも思われた。
とても、江戸の藩邸で眺めては何度も嘆息した花の精霊のような若々しい美貌と生き生
きとした活力にあふれる肉体美をたたえた和音姫との共通点、相似点などは持ち合わせて
いないように若殿には思われたのである。
「ふん、いくら関所破りの変装にしても堂に入りすぎてはおらんか?」
若殿はいくら目を凝らして観察しても、まるでお手上げで、解答に窮して呆れ声をあげ
ていた。彼の矜持として、当てずっぽうで答えるつもりはなかったわけである。
「へへ、それならば、そろそろ降参で?」
若殿は鼻を鳴らして、
「ふん、焦らすなよ」
畳んだ扇子でこつこつと床を打つ。
すると、それに応えたように、老女のうちの一人、特に背丈の低く、角ばった顔の者が
すく、とその場に立ちあがった。
「なに、お前が……か?」
どんなに巧妙に変装を施したところで、体格ばかりはどうしようもなかろうと、若殿は
訝ったが、立ちあがった女は、ふふ、と微笑を片えくぼに刷いたままで、くるりと壇上の
若殿に背を向けて、おもむろに黒い股引きを脱ぎはじめた。
何事か、と声を上げるのも忘れて若殿はそこに見入っていたが、女が腰にまわした長短
の紐をゆるめて股引きをずり下ろした時に、そこではじめて小さくあっ、と叫びを上げた。
749 名無しさん@ピンキー [] 2012/04/15(日) 22:12:05.64 ID:wkGvleFb Be:
女は、尻に詰め物を入れていたのだった。十本、二十本、とにかくたくさんの手拭いを
そこから取り出した結果、あらわになった女の尻は、
「さあ、いかがにございましょうか?」
それは、まさに若い娘の、丸く形よく膨らんだ尻であった。腹周りから固く締まった美
しい曲線は、女がわずかに腰をそらせるだけで、それに応えてふりふりと動き、若殿の視
線をそこに釘付けにしてしまったのである。
しかし、女の身体はあくまでも老い屈まったもののままである。つまり、彼女は下腹部
から尻にかけては若い娘のそれになっているものの、ほかの部位、腋腹や上脚、乳房に首、
むろん顔などは、老女のままなのである。
若殿は、はっとしてまとめ役の女を振り返る。
すると、女はにやりと相好を崩しながら、ほかの女にも目配せをしていた。
一斉に立ち上がった女たちはそれぞれ着衣をはだけさせ、その草臥れかけた肢体をあら
わにしはじめたのである。
でっぷりと肥満し、力士と見紛うばかりの女は襦袢をまくって、上半身に巻いていたさ
らしをぐるぐると腕で巻き取っていく。十丈、二十丈、と信じられない長さと量とが巻き
取られていくうちに、女の胸元や背中は異常なほどにすっきりと細く整形され、内包され
ていたものが若い娘の上半身であったことを若殿に示していたのである。乳房は早生りの
梅果のようにみずみずしい様を示し、白い石のような肌はわずかな光をも照り返して、輝
きを周囲に放っていた。
同様に、血色悪い皺んだ女が脚絆を脱げば、そこからは若い雌鹿のように弾力ある、つ
ややかに伸びる素足がこぼれたし、歯の欠けた品の無い女が腕ぬきと手袋を取り払えば、
美神のそれのように美しい腕と、そこから繋がる手指があらわれたのである。
「さすがに関所でも、人相や体格までは確認しても、衣服に隠された一部分だけを怪しむ
ことはありませんものなあ」
みるみる女たちは、その一部だけ偏った美を保った裸身をあらわしていった。
「うふふふ、これぞ甲賀忍法『寄木作り』でございます」
頭目の女は、そうして裸になった女たちの身体を横一列、ぴったりに並べると、その女
たちの保持している若い美々しい部分を血の一筋も流さぬままに、すこんすこん、と引き
抜いては組み換えて、ひとつの美しい彫像を作りだしていた。
剛胆に居座っていた若殿もこれには目を白黒させるばかりであった。
そして、あっという間に、まとめ役の女は、
「ふふふ、どおれ、この通りにございますわいなあ」
先ほどまでと顔ばかりは同じでも、その首から下は青春に張りつめて輝く若い娘の裸体
とすりかわっていたのであった。
そして、仕上げとばかりに手桶に張った湯で顔を洗い流してゆく。
熱い湯が洗い流していったのは女の旅塵ばかりではなかった。女の顔に張り付いていた
余分なあぶら肉を、弛みを、皺を、みるみる洗い流していくのである。
750 名無しさん@ピンキー [sage] 2012/04/15(日) 22:14:00.14 ID:wkGvleFb Be:
ぱんぱんの饅頭のように腫れぼったい女の顔はどろどろと半減していき、さきほどの女
の尻に詰められていた手拭いで顔をごしごしと綺麗にふき取ると、
「さあ、この通りでございます。殿、いかがでございましょう?」
ぴったりとかぶっていた頭巾を外せば、そこからはつややかな漆のような光沢ある黒髪
がこぼれて落ちていた。声もまた、囀る小鳥のそれのように、可憐なものにいつの間にか
変質していたのであった。
女は、脇に控えていた女から白い襦袢を受け取って肩から羽織ると、もう一度両手を床
の上につがえて平伏し、若殿に優雅に挨拶をしたのだった。
「浜谷藩主の長女、和音にございます。どうぞ、これよりはお側に置いていただきますよ
うに、よろしくお頼み申し上げまする」
さて、それから数日の段取りがあり、無事に祝言を上げた若殿と和音の二人が閨をとも
にしようとしたところで、である。
すでに床の中で腕枕に待っていた若殿のところに、かたり、と障子をあけて、湯を浴び
て身を清めてきた和音が膝でにじり入ってきた。
「さあ、それでは、どうぞお情けをいただきたく……」
上気する肌に花の芳香を湛えた娘は、潤んだ瞳で若殿のすぐ近くに寄って、その腕に添
うように身を重ねようとしていた。
すると、それを制するように一言、若殿は、
「ああ、そうだ。ことの前に、だ。和音よ、ひとつだけ訊きたいことがあるのだがな」
「はぁい、なんでございましょうか。殿」
甘やかな声で、若殿の胸に手をあてがう和音はじゃれるように応えた。
「……おぬしたち、じつは江戸を離れた時には六人居ったのではなかったか?」
ぼそり、と呟くような若殿の一言に、和音の身はびくん、と強く竦み、そして、余裕の
消え失せた表情で、もう一度若殿の表情を仰ぎ見た。
「……あまりにも、騒ぐものですから、まあ……仕方なく……」
苦しい弁解を、和音を「装った」女は肺腑から絞り出していた。
「うん、当たったようだな。それならば、別にいいのだ。そのこと自体は大した問題では
ないし、儂としても何も知らない生娘に、一から手ほどきをする面倒をしなくてすむのは
むしろ喜ばしいことだからな」
そして、行燈の火をぷっと吹き消して周囲を真っ暗にしてしまう。
「まあ、これで一勝一敗といったところじゃ。これで、溜飲がさがったというものだな」
そして、快活な笑いをひとしきり残したあとに、若殿は若く美しい肉体をまんまと横領
した女忍者を存分に組み敷いたのだった。
おわり
751 名無しさん@ピンキー [sage] 2012/04/15(日) 22:16:43.37 ID:wkGvleFb Be:
……っと、以上ですね。新年度もはじまり、皆様お忙しいみぎりとは思われますが、
どうぞ、ご自愛くださって健康に毎日をお過ごしください。
お世話になりっぱなしの40年がお目汚しでした。それではまた。
最終更新:2012年04月18日 18:03