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首替奇談異聞 -幼女抄-

328 314 [sage] 2012/12/30(日) 09:52:15.33 ID:ZLGmmXMV Be:

    『首替奇談異聞 -幼女抄-』

     ──ミーンミーンミーン……

     猪狩沢は避暑地としてそれなりに有名であり、夏の気温もそう高くはないのだが、やはり7月の終わりにさしかかると、相応に蝉の声がうるさく感じられるようになる。
     そろそろ陽が西に傾くなか、家路を急ぐわたしは、ふとその鳴き声にある種の郷愁を感じて足を止めた。

     「──そうか。もう、そんな時期なんだ」
     信じられないような出来事と立て続けに遭遇することになった「あの時」も、こんなセミの声がうるさい、とある夏の日だった。
     あれから数年が経った今も、わたしはあの頃のことを未だ鮮明に思い出すことができた。

      * * *

     大学2回生の夏、六道聡美(りくどう・さとみ)は、親戚からの紹介で、夏休みのあいだ遠縁の小学生の子の専任家庭教師として、その子の家に住み込みで働くことになっていた。

     二流大学の教育学部に所属する身としては、秋口に予定している教育実習の予行練習のつもりでもあった。
     ただし、教え子となる娘さんにちょっとした問題があるらしいと聞いて、気弱な聡美は最初は断わろうかと思っていたのだが、その子の親御さんたちが聡美のプロフィールを見て、ぜひにと懇願してきたのだ。
     下世話な話だが、先方はかなりの資産家らしく、お給料もすこぶるいい。
     同じく教育関連のアルバイトとしては、塾の講師なども考えられるが、十数人の生意気盛りの学童を一気に相手にするのと、多少気難しい子が相手でもマンツーマンで対峙できるのとでは、後者の方が幾分マシに感じられたのだ。
     また、先方の家が、避暑地として知る人ぞ知る猪狩沢であったことも、聡美の決意を後押したと言えるだろう。

     結局、諸々の条件を鑑みて、聡美はこのバイトを引き受けることに決めた。
     昨年のタイ旅行の際に購入したスーツケースに、着替えや化粧品をめいっぱい詰め込んで、先方に指示された日時に猪狩沢の駅前広場で待っていると、目の前のロータリーに、スッとメタリックシルバーのクラウンが止まる。
     「──失礼ですが、六道様でしょうか?」
     「は、はいッ!」
     クラウンの助手席から降り立ったロマンスグレーの初老の男性に声をかけられた聡美は、声が裏返りそうになるのを懸命にこらえた。
     (うわぁ……外国映画に出て来る執事みたいな感じの人だなぁ)
     「わたくしは、六路家の執事を務めております、朱鷺田と申します。
     以後、屋敷への滞在中のご不満点などございましたら、わたくしめにお申しつけください」
     どうやら、本物の執事だったらしい。


     朱鷺田に促されてクラウンの後部席に乗った聡美は、その乗り心地に驚くまでもなく、まるで映画にでも出てきそうな白亜の洋館へと連れて来られた。
     門から玄関まで大人の足でも1分は余裕でかかり、庭には25メートル級のプールや四阿(あずまや)が設置されている豪邸だ。
     玄関の扉を開けると、お仕着せを着たメイド──それも、某電気街でビラを配っている紛い物などではない、屋敷を維持する使用人としての教育をキチンと受けた「本物」が、出迎え、荷物を運んでくれた。
     資産家であろうことは予測していたが、正直ここまでとは思っていなかった聡美は、この時点で、完全に飲まれていたと言えるだろう。

     幸い、雇い主である六路夫妻は気さくな人柄のようで、応接間に通されて談笑するうちに、あまり人付き合いが得意とは言えない聡美も、少しずつ打ち解けていったのだが……。

     「それで……あのぅ、わたしが教えることになる娘さんは?」
     聡美が何気なく口にしたひと言が、ガラリと場の雰囲気を変えることになる。

     「──六道さん。これからお話しすることは、ぜひとも内密にお願いしたいのですが……」
     30代半ばとおぼしき精悍な印象の男性──この屋敷の当主たる六路雅人氏から、先程までの明るい雰囲気が消え、至極真面目な目付きになっている。
     見れば、傍らの毬奈夫人の顔からも、先程までの優しい微笑が消え、心なしか哀しげな表情が浮かんでいた。
     「は、はい……」
     コレは地雷踏んだかな~と思いつつ、聡美としては頷くしかない。
     「──おっと、その前にひとつお尋ねしておきましょう。六道さん、貴女は、自らの「家系」のことについて、どれくらいご存知ですか?」
     「ッ!!」
     その言葉を聞いた瞬間、聡美は、普段は「トロくさい」とさえ言われている彼女とは思えぬほどの反応速度で立ち上がり、キツい視線で雅人を見つめる。
     「あなたはッ!」
     その反応が、暗に雅人への返答を物語っていた。
     素早く入口の方に目を向けるが、扉の前にはさりげなく執事の朱鷺田が陣取っており、簡単に通してくれるとは思えない。

     「落ち着いてください、六道さん。我々は、何も貴女を脅迫しようというわけではありません。それに……そもそも、そんな事は自殺行為です。お忘れかもしれませんが、我々は遠縁とは言え、同じ血を引いている親族同士なのですから」
     「あ……」
     確かにそうだ。自分の六道家と、此処を紹介してくれた親戚──六甲の人間は、ともにこの六路家から見ると分家筋に当たると、紹介者である従兄は言っていた。


     「もしかして、六路さんも……?」
     述語をボカした言い方だったが、意図は相手に伝わったようだ。
     「ええ。無論、一族の殆どの者同様、私も妻も、傷の治りなどが早く、多少霊感が鋭いことを除けば、殆ど普通の人間と変わりません。ですが、娘の美里は……」
     成程、わざわざツテをたどってまで、二流大学の平凡な女子大生である自分が、こんな豪邸に家庭教師に呼ばれた理由がわかった。
     多少なりとも納得した聡美は、警戒態勢を解いた。

     「すみません、六道さん、ウチの人が脅すような真似をして。朱鷺田さん、厨房にお茶を入れ直すように言ってもらえるかしら」
     絶妙なタイミングで毬奈夫人が仲裁に入り、聡美も不承不承再びソファに腰を下ろした。
     見計らったように運ばれてきたアールグレイの香りが、ささくれかけた心を落ち着かせてくれる。

     しばし、カップの中の液体に視線を落としていた聡美は、やがて顔を上げ、ゆっくりと語り出した。
     「──その様子では、たぶんおおよその事は知っておられるのでしょうから、ハッキリ言いましょう。お察しの通り、わたしは"先祖返り"です」
     六路家、並びにそこから派生した六道、六甲、六車の人間は、ある人外の存在──「妖怪」を祖先に持つ。これは、単なる言い伝えなどではなく事実であることを、聡美は己れの身をもって、十全に理解していた。
     すなわち──彼女達は、「ろくろ首」の子孫なのだ!

     ろくろ首は、別名「抜け首」とも呼ばれ、また中国の飛頭蛮などとの関連性も指摘される、比較的ポピュラーな妖怪だ。夏場の古典的怪談話や、テレビのお化け屋敷コントの定番とも言えるため、日本人ならたいていはその存在を知っているだろう。
     その特徴は、首が伸びる、あるいは首が胴体から抜けて飛び回ることであり、聡美たちの一族は後者の末裔らしい。
     もっとも、人間に血が混じったのが少なくとも江戸時代以前のことらしく、記録に残る文献を見る限りでは、江戸時代中期には、一族の大半がただの人間と大差のない存在になっていたらしい。
     ただ、その中でも、ごく僅かかな者だけが先祖返り的に、心身が不安定になる思春期に、妖怪としてのその能力に覚醒する。
     そして、その中のさらに一部が例外的に、その能力を保持したまま大人になるのだ。
     話の流れからわかる通り、聡美は、明治時代以来久しぶりに現れた、その希有な例であった。
     「では、娘さんも、ろくろ首としての能力が発動したんですね?」
     「はい……」
     確かに、これでは滅多な者を雇うわけにはいくまい。執事の朱鷺田は、同席を許されているからにはこの事を知っているのだろうが、こんなトンデモ話を安易に外部に知られたら、親族一同、身の破滅だ。

     そう考えると、聡美はまだ見ぬ、この六路夫妻の娘に、少しだけ同情と共感を抱いた。
     幸い、自分が「覚醒」した時は、当時存命中だった祖母が「経験者」(ただし、成人時に能力は喪失していた)で、色々教えてくれたおかげで、何とか心が折れずに済んだ。
     ならば、今度は自分が幼い「後輩」の力になってあげる番だろう。

     他人に言えない秘密を抱えているわりに、本質的にはお人好しな聡美は、そう考えたのだが……。
     実は、事態はそれほど簡単ではなかったのである。


    『首替奇談異聞 -幼女抄-』2

     初めてその少女と対面した際の驚きを、聡美は今でもハッキリ覚えている。

     「貴女が新しく来てくださった先生ですか? 初めまして、六路美里(ろくろ・みさと)です」

     ひとつには、少女がとても美しかったからだ。10歳──小学4年生だと聞いていたが、その端整な美貌と言葉の端々から滲み出る凛とした雰囲気のせいか、優に2、3歳は年かさに見える。中学生だと言われても違和感はないだろう。
     この春20歳の誕生日を迎えたというのに、いまだ補導員に声をかけられることもある童顔気味な聡美としては、「世の中にはこんな美少女が実在しているんだなぁ」と嘆息するしかなかった。

     そしてもうひとつは──少女の首から下が"無かった"からだ。
     より正確に言うなら、たった今、聡美と言葉を交わした少女は、生首状態でベッド脇のサイドテーブルにしつらえられた籐の籠にクッションを敷いて45度くらいの角度をつけて安置されている。
     そしてその横のベッドの掛け布団がいくぶん人型に盛り上がっているところから見て、おそらく少女の胴体(くびからした)はそこに横たえられているのだろう。

     「えーっと、はじめまして、美里ちゃん。六道聡美です。今日から美里ちゃんの家庭教師としてお世話になります。こちらこそよろしく」
     とは言え、そこはさすがに"経験者"だけあって、立ち直るのも早い。
     聡美も慌てて、精一杯よそゆきぶった言葉遣いで挨拶したつもりだったのだが……。

     「美里ちゃん……ですか」
     少女がその眉を寄せる。
     「あ、ごめんなさい。なれなれしかった?」
     「いえ、そういうワケでは。ですが、いまだ未熟とは言え、これでも淑女(レディ)を目指している身ですので」
     他の女の子が言えば、冗談か夢見がちな妄想にしか思えないそんな言葉も、目の前の美少女はあくまで真剣であり、かつそれが実現する可能性は決して低くないと感じさせた。

     「──もっとも、今はこの有様ですから、どんな風に呼ばれても仕方ないのですが」
     やや自嘲気味にベッドに視線を向ける。
     この涼やかな美少女にそんな表情をさせたことが申し訳なくなって、聡美は思わずバスケットから少女(の生首)を抱き上げ、そっと己が豊かな胸に抱きしめた。
     「ダメだよ、美里ちゃん、そんな風に自分を悪く言わないで」
     「!」


     それは、本来的に言えば、紛れもなく相手をまさに「子供扱い」した行為であり、少女からすれば反発を生む行動にほかならなかっただろう。

     しかし、「今の状態」になって以来、外部の人間はおろかごく一部の例外を除いて使用人とすら会えず、また両親でさえどこか腫れ物に触るような空気で接するようになり、密かに傷ついていた少女にとっては、久しぶりに「人の暖かさ」を肌で実感させられる行為だった。
     「──ふふっ、そうですね。無闇な自己卑下は品格を落としますから、以後慎みます」
     目頭に熱いものがにじんでくるのを懸命に堪えつつ、少女は虚勢を張ってみせる。
     「うんうん。だいじょうぶ! わたしも"同じ"だから、きっと美里ちゃんの力になれると思うの」
     少女の想いに気付いているのかいないのか、聡美は、胸から解放した生首をそっと自らの顔と同じ高さに掲げて視線を合わせ、微笑みかける。
     たったそれだけの事で、少女は(今はないはずの)胸の奥に暖かい灯がともるような気がした。
     (嗚呼、この人は本当に自分のことを考えてくれている……)

     「はい、ありがとうございます──あの、それで、六道さんのこと、「先生」じゃなくて「姉様」と呼んでもよろしいでしょうか?」
     「ええ、もちろん! わたし、ひとりっ子だから、美里ちゃんみたいな妹ができるとうれしいな」
     「いえ、その……できれば私(わたくし)のことも、「ちゃん」付けではなく、呼び捨てか、せめて「さん」付けで……」
     「え~、可愛いのにぃ」

     出会ってほんの数分と経たず、まるで数年来の友人の如く打ち解けたふたりを見て、ドアの前に控えてそっと様子をうかがっていた執事の朱鷺田は、ホッと胸を撫で下ろすのだった。

      * * * 

     こうして、六路美里と六道聡美は出会った。
     聡美が六道家に「家庭教師」として雇われたのは、決して国算理社といった学校の勉強を教えるためでなく(そもそも美里は、現時点で中学生並の学力を有している)、「ろくろ首」としての知識や実体験を伝授するためだったのだ。

     "能力"が目覚めた六路の血族の中には、時としてそれを制御しきれない者も出て来る。
     「不随意に首が外れてしまう」くらいならまだいいが、逆に「外した首が元に戻らない」となると、事態は深刻だ。そして、まさに美里の"症状"がコレだった。
     怪談話などでは、「ろくろ首は朝日が昇る前に胴体に戻らないと死ぬ」ということになっているが、さすがにひと晩くらいなら問題はない。
     とは言え、ずっと頭と胴体が離れたままだと、単に不便や不気味という以上に、やはり色々問題は出て来る。


     まず、第一に、栄養補給の問題だ。"頭"側は(どういう仕掛けなのか)、食べ物を普通に食べれば、とくに問題なく活動できるのだが、口がついていない"胴体"は、そのままだと日に日に衰弱していく。
     現代では点滴や栄養注射などである程度補えるものの、それでも身体が弱ることは避けられない。

     次に、幽体の問題がある。"妖怪"が実在するのだから、"霊魂"も実在すると考えてほしいのだが、人間……というか生物は、物質的な「肉体」のほかに、自我の本質たる「霊体」(いわゆる魂)と、そのふたつを仲立ちする「幽体」から成り立っている。
     美里の現状では、魂(霊体)は頭部に宿り、一方、幽体の方は頭と胴体で二分されている。幽体は霊体からの力(いわゆる霊力)がないと徐々に弱り、拡散してしまう。そうなると残された肉体も、生きていけなくなるのだ。
     幸い肉体という"鞘"に守られた状態なら、剥き出しのいわゆる幽霊状態よりは長持ちするが、それでも少しずつ衰弱していくし、その限界は肉体的なリミットより早いだろう。
     美里がこの状態になってから聡美と出会うまでに、すでに4日間が経過している。聡美が昔祖母に聞いた話からすると、最短で7日、多少余裕を見ても10日で、胴体側の幽体が危険な状態になると予測された。

     もともと聡明な子であった美里は、聡美が教える"ろくろ首"としての心得や能力を、乾いた砂が水を吸うように、つぎつぎに吸収していく。
     3日経った今では、宙に浮かんで自由に飛び回ることも、頭部を霊体化して壁抜けや不可視化することも、髪の毛を触手のようにして手の代わりに物を動かすことも、聡美に劣らずできるようになっていた。
     そうした"師弟関係"を続ける中、当然の如くふたりの親密さも増し、親しい友人を通り越して、まるで実の姉妹のような関係を築くようになっていた。

     ──けれど。
     唯ひとつ、「頭部と胴体を接合して元の姿に戻る」ことだけは、未だ為し得ていなかった。

     「お気になさらないで、聡美姉様」
     美里が能力に覚醒めてから、今日で七日目。
     折りしも満月の白銀の光に照らされながら、少女は"姉"と慕う女性に笑ってみせた。
     「以前、教えてくださったでしょう。我々の一族は、いざとなればこうやって、首だけでも生きていけるのだ、と。それに、万が一、私の身体が──使えなくなっても、父の伝手なら、まるで本物そっくりの擬体(つくりもののからだ)が手に入ると思いますから」
     「美里ちゃん……」

     まだ希望はある。七日というのは前例で言う最悪のケースだ。逆に十日間、胴体から離れていても、平然と元に戻ったという記録も存在する。

     (──でも、もし、その"最悪のケース"が起こったら?)

     そう考えると、聡美はいてもたってもいられなくなる。美里が聡美を"姉"と呼ぶように、聡美にとっても、もはや美里は妹同然の存在になっていたのだ。

     あるいは、現在の六路家およびその分家筋で"先祖返り"した同性が、聡美の知る限りでは、現在は彼女たちふたりしかいない、という事も関係しているかもしれない。
     ──実は、同じく六路家の末裔で、少し前に"先祖返り"した兄妹がいたことが確認されるのだが、この時はまだ六路家の情報網には引っかかっていなかった。


     世界にたったふたりの"同類"。
     それを喪いたくない、護りたいと感じるのも無理はないだろう。
     そして、聡美はついに"禁"を破る覚悟を決めた。

     「雅人さん、毬奈さん、ひとつだけ、わたしに、美里ちゃんの胴体(からだ)を救うアイデアがあります」

     それは──聡美自身の首を美里の胴体に繋ぐこと。
     そうすることで、美里の胴体の幽体に聡美の霊体から霊力が補給され、タイムリミットがもう少し延ばせるはずだ。
     そのまま食事したり軽い運動をすれば、肉体的なリハビリにもなるだろう。

     「聡美姉様、それは!!」
     ただし、これは一族では禁忌とされた行いだ。そのことを口にしようとする美里の唇を、聡美は指でツンと突ついて止める。
     「初めて会った時、言ったでしょ。美里ちゃんの力になるって。
     だいじょ~ぶ、コレでもろくろ首歴足かけ8年のそこそこベテランなんだから」

     ふたりのやりとりから、おおよその事情を察したのだろう──それが禁じられた行為で、聡美の身に少なからず危険が及ぶということを。
     六路夫妻は黙って聡美に頭を下げた。
     「すみません、娘のために危ない橋を……」
     「気にしないでください。わたし、美里ちゃんのことを本当の妹みたく思ってるんですから。妹のために姉が身体をはるなんて、当然でしょ」
     初めて会った時の「冴えない女子大生」という印象と裏腹に、六路夫妻には、透き通った笑顔を浮かべる今の聡美の姿が菩薩か聖女の如く神々しくさえ感じられた。


     「──お願いします、聡美さん」
     「どうか、美里を助けてやってください」
     重ねて頭を下げる六路夫妻を制し、聡美は寝間着に着替えると、子供用どころかクイーンサイズの美里のベッドで、妹分の胴体に添い寝する。
     そこまでは、これまでも何度かあったことだ。だが……。

     目を閉じた聡美の首がズルリと伸びた──ように見えたのは錯覚で、彼女の頭部もフワリと宙に浮き上がる。
     そして、六路親子が見守るなか、慎重に位置を確認すると、掛け布団からその頸部だけがのぞく美里の身体に、自らの首を押し付ける!

     彼女にとってはそれなりに慣れた、頭と胴体がくっつく際の独特の手応えを感じて、まずは安堵の息を吐きかけた聡美だったが……。
     次の瞬間、頭からサーッと血の気が失せるような感覚とともに、何故、美里が自分の胴体に戻れなかったのかを、聡美は理解した。
     (ああ、なんだ。初歩的なミスじゃない。わたしってば、ほんとバカ)


    『首替奇談異聞 -幼女抄-』3

     目覚めは最悪の気分だった。大学に入ってから、コンパで半ば無理に飲まされ、一度だけなったことのある二日酔いの時の気持ちの悪さを数倍ヒドくしたような不快なダルさだ。
     「──姉様! 聡美姉様っ!!」
     それでも、大事なあの子が呼んでいるのだ。
     意識がグラグラと安定しないが、それでも聡美は精神力を振り絞って、ゆっくりと目を開けた。

     「ねぇさま……よかった……」
     目の前には、同性でも見とれる程端整な顔立ちの少女の貌が──しかし、見る影もなく取り乱し、半ベソをかきながら彼女を間近から覗き込んでいる。
     後で聞いたところ、聡美が気を失っていたのは、ほんの2、3分のことだったらしい。
     それでも、彼女が意識を取り戻すまで、彼女の教え子にして妹分たる少女は、普段の落ち着きをかなぐり捨て、懸命に呼び掛け続けていたのだと言う。
     「……みさと、ちゃん?」
     脱力感を堪えつつ、今は頭部だけの姿となっている少女の髪を優しく撫でようとして……聡美は、その手の小ささに、自分が犯した禁忌と、それにまつわる"失敗"のことを思い出す。

     (はぁ……やっぱりコレって、わたしのミスよねぇ)
     密かに落ち込みつつも、現状ではあまり猶予もない。
     聡美は、ゆっくりとクイーンサイズの美里のベッドの上に体を起こした。
     改めて自らの"身体"を見下ろす。
     そこにあったのは、まるで王女様(プリンセス)が着るような豪奢な白絹のネグリジェに包まれた、発育途中の幼い肢体があった。言うまでもなく、美里の身体だ。
     「聡美さん、大丈夫なのですか?」
     美里の母である毬奈夫人も、心配そうに聡美の顔を覗き込んでくる。
     単に娘の「身体」に不都合がないか懸念しているのだ──と、うがった物の見方をする人もいるかもしれないが、聡美はここ数日で夫人の情深さを知っているので、純粋に自分のことを心配してくれているのだとわかった。
     「さすがに、一週間寝たきりだった"身体"ですから、無理はできませんけど、これくらいなら。それより……」
     少しだけ言い淀みかけるが、勇気を奮い起して言葉を続ける。
     「美里ちゃんとおふたりに、説明と……お詫びしないといけないことがあるんです」

      * * * 


     あれほどたやすく、「ろくろ首」としての技能(スキル)を身に着けた美里が、なぜ元の胴体に戻ることだけはできなかったのか──その答えを、聡美は自らが彼女の身体と「接続」した時にわかった。
     単純な話だ。ソレを為すだけの霊力が足りていなかったのだ。
     わかりやすくたとえるなら、普通のろくろく首の場合、首と胴体が「合体」するために、頭部側が10、胴体側も10のMP(れいりょく)が必要だったとしよう。
     通常、その程度のMPは、「分離」が可能なろくろ首にとっては、たいした負担でもないのだが、美里はまだ子供であり、かつ初めての分離で勝手もわからなかったため、分離したままいたずらに時間が過ぎてしまった。
     そのあいだに、胴体側の霊力は日に日に現象し、7日経った今では、生命維持にも支障がでるレベルにまで低下してしまっている。
     そのような状態で、スキルを身に着けたとは言え、いまだ経験も総霊力も不足している美里が、「合体」できるワケがない。
     しかも、半ば不可抗力とは言え、聡美は美里にろくろ首としてのスキルを教え込むために、浮遊や髪手、壁抜けなどを実行させ、せっかく頭部に溜まった霊力もだいぶ消費させてしまった。
     これでは、いつまで経っても戻れるワケがないのだ。
     ならば、聡美が、同族とは言え他人のものである美里の身体に接続できたかと言うと……比喩的に言えば、「自分の霊力の高さにものを言わせて強引に押し込んだ」のだ。
     先程のたとえになぞらえると、頭側からMP30くらい注ぎ込んで、無理矢理合体を成功させたのだ。

     それだけならまだ良かったのだが……。
     「美里ちゃんのこの身体は、霊力が枯渇しかかってましたからね。接続したわたしの頭部から、強引に霊力を吸いとって身体全体に補充してます。先程わたしが意識を失ったのは、いわば霊的な貧血状態になったからなんです」
     「今は大丈夫なんですか、聡美姉様?」
     心配そうに聞く美里に向かって、微苦笑を向ける聡美。
     「最初に比べると落ち着いてるけど……正直、あと丸一日くらいは、吸い取られるでしょうね。さすがに明日の夕方頃になれば、だいぶ落ち着くでしょうけど」
     「そんなに!? 平気なのですか?」
     3人の驚きと危惧を六道氏が代表して代弁する。
     「ええ、一両日中は消耗は避けられませんけど、このペースなら問題なさそうです。3、4日経てば、ほぼ元の状態まで回復できると思いますよ──わたしの頭も、美里ちゃんの身体も」
     聡美の答えに、ホッとしかけた3人だが、聡美の表情は冴えない。
     「……でも、おかげで別の問題ができちゃったんです。その間、霊力不足のわたしは、この身体から頭部を分離できませんから、今度はわたしの身体が衰弱するんですよ」
     「「「!」」」
     それは確かにその通りだ。聡美の身体──首から下の胴体は、今も彼女の隣りでベッドに横たわったままなのだから。
     「そんな! それじゃあ、今度は聡美姉様が……!!」
     「うん、このままだと、胴無しになっちゃうね。だから……」
     聡美は真剣なまなざしで美里(の首)を見つめる。
     「あなたの助けが必要なの。美里ちゃん、協力してくれる?」
     「はい、私にできることなら、何でも」
     一瞬の躊躇いもなく言い切る美里に「これが若さか」と自分もまだ二十歳のクセに妙にババむさい感慨を覚える聡美。
     「じゃあ、しばらくの間、わたしの身体を美里ちゃんに預かってもらっていいかな?」
     「それってどういう……まさか!?」
     流石に利発な美里は、"姉"の言いたいことを理解したようだ。
     「うん、美里ちゃんにも"禁忌"を破らせちゃうことになるけど……わたしの身体に「接続」してみてくれる? 今なら、まだ身体の側には十分な霊力があるはずだから」


    『首替奇談異聞 -幼女抄-』4

     ベッドから慎重に起き上がった彼女は、軽く手足をラジオ体操のように動かして、身体に異常がないことを確認する──いや、実際には"異常"はあるのだが、それは今言及しても仕方が無いので考えないことにした。
     天蓋こそついていないもののお伽話のお姫様が使っていそうな豪奢なベッドの脇に置かれたサイドテーブルに、彼女のための着替えが用意されていた。
     すぐにはそれに手を伸ばさず、彼女は部屋の反対側の壁に設置された2メートルほどの高さの姿見を覗き込む。
     そこには、先程のベッドに横たわるのにふさわしい、パフスリーブの上品な浅葱色のネグリジェを着た、身長140センチちょっとくらいの"少女"の姿が映っていた。
     身の丈からすると、小学5、6年生といったところだろうか。さすがにこの歳では、まだ女性的な曲線は望むべくもないが、それでも、すんなり伸びた手足や、僅かに膨らみ始めた胸や腰のラインが、"少女"に妖精のような危うい魅力を与えている。
     華奢ながら芸術的なラインを描く身体に比べると、顔立ちの方はそれほど際だって整っているわけではないが、それでも十分魅力的だし、何より控えめな優しさと性格の善良さがよく表れた、将来の良妻賢母候補生と言えた。
     しかし、"少女"は何が気に食わなかったのか、軽く溜め息をついて鏡から視線を逸らし、サイドテーブルの着替えを手にとった。
     胸元のボタンを外して、ネグリジェを肩口から滑り落とす。日焼けとはおよそ無縁の白い滑らかな肌が、稚い肢体に奇妙な色気を与えていた。いわゆるロリコン趣味のない男性、いや女性でも、一瞬目を奪われるかもしれない。
     もっとも、当の本人は己が魅力に頓着することなく、フランス製のシルクのシュミーズをかぶっていた。肩紐の位置を整えた後、小学生にしてはやや布面積の少ない、サイドストリングのショーツの上から、白いレース編みのストッキングを着用。
     次に、袖口や襟元、ボタン脇が、フリルで飾られた白の長袖ブラウスに袖を通す。
     同じく白いレースのロングペティコートを履き、その上から腰の部分がコルセット状になった臙脂色のベルベットのハイウェストスカートを履く。
     スカート丈自体はふくらはぎまであるのだが、前身ごろがふたつに分かれて、下に履いたペティコートが見えるデザインなのが、なかなかオシャレだ。
     最後に、鏡に向かって胸元にコバルトブルーの細めのリボンタイを結んでいるところで、コンコンとドアがノックされた。
     「どーぞー」

     ──ガチャリ
     「失礼します」
     寝室に入ってきたのは、"少女"より7、8歳年かさとおぼしき若い"女性"だった。
     身長は165センチちょっとで、成人女性の平均よりは多少高めといったところか。
     紺色のジャケットとタイトスカートをピシリと着こなし、いかにも有能そうな雰囲気で、、怜悧な美貌がさらにその印象を強めている。
     「姉様、お身体の具合はどう……あら、もう起きても大丈夫なのですか?」
     「うん、平気平気。別に身体自体は健康体なワケだし、ね」
     どうやら、"少女"の方はしばらく床に伏せっていたのだろうか……などと、わざとらしくとぼけるのは止めよう。
     言うまでもなく、"少女"が聡美、"若い女性"が美里である。


     ──そう、遡ること2日前の夜、アクシデントですぐには元の胴体に戻れなくなった聡美の頼みで、美里は彼女の身体を文字通り"預かる"こととなった。
     "接合"自体はあっけないほどスムーズにできた。その事から考えると、やはり美里が元の身体と合体できなかった理由は、聡美の言う通り「霊力不足」が原因なのだろう。
     聡美の成熟した(いやらしい意味ではなく、単に成人年齢に達したという意味だ)胴体に、未だ幼さを残すものの美女の素質十分な美里の頭部が繋がり……つぎの瞬間、"彼女"はゆっくりとベッドの上で上半身を起こしていた。
     「おお……」
     「美里……」
     固唾を飲んでその様子を見守っていた美里の両親が、感嘆の声をあげた。
     「ふぅ……大丈夫だったみたいね」
     すぐそばの安楽椅子に身を預けた聡美も安堵の溜息を漏らす。
     「──私……動ける! キチンと身体があるんだ!!」
     その歳に似合わぬ聡明さと落ち着きを持つとは言え、やはり美里も未だ年若い──否、幼いと言っても差し支えのない少女だ。一週間ぶりのまともな"人"としての感覚は、たとえそれが他人の胴体(からだ)によるものであっても、涙がでる程嬉しかったらしい。
     彼女が、涙ぐみながら掌をグーパーと開閉したり、ベッドから降りてトントンと軽くジャンプしたりする様子を、両親や聡美は暖かい目で見守っているのだった。

     「お、お恥ずかしいところをお見せしました、聡美姉様」
     しかし、僅か数分後には我に返り、頬を赤らめる美里の姿があった。
     「ううん、気持ちは何となくわかるから平気だよ、美里ちゃん」
     未だ霊力不足でうまく動けない聡美は、それでもゆるやかに首を横に振って見せる。
     そんな"姉"の様子を見て、現在の聡美が抱える問題を思い出し、美里の顔に怜悧な表情が戻ってくる。
     「お礼と言うには到底足りませんが、姉様の体調が戻るまでは、私が誠心誠意お世話させさいただきます」
     美里が十歳児のままなら、背伸び以外の何者でもない言葉だが、今の彼女の首から下は聡美の──20歳の健康な女性のものだ。反対に十歳の少女の身体になっている聡美の世話をすることは十分可能だろう。
     「あはは、そうだね。じゃあ、明日明後日くらいまでは、お言葉に甘えちゃおうかな」
     美里の両親も、娘の言葉に大きく頷いているようなので、聡美も強いて断わることはしなかった。実際問題として、この姿を無闇に他人にさらすわけにはいかないのだから、美里でなければ、あとはその母の毬奈にでも頼むしかないのだ。
     「ん? でも、よく考えると、わたしだけじゃなくて、美里ちゃんも、そのまま外に出るのはマズいよね」
     「あ……」
     数日前から雇われた家庭教師の背が突然縮んで十歳児並になっているのも、この屋敷のひとり娘がいきなり成人女性の体格になっているのも、どちらも不自然極まりない。
     「そうですな。せっかく動けるようになった美里には少々気の毒だが、聡美さんの力が戻るまで、この部屋にいなさい」
     「──そう、ですね。わかりました、お父様」
     至極残念そうではあったが、聞きわけのよい美里は、父親の言葉に渋々ながら頷いた。
     幸いと言うべきか、この部屋には簡単なものだがトイレやシャワールームも備わっているので、部屋の外に出なくとも一応生活に支障はない。
     「あら、そうだわ。朱鷺田さんにもこの事を伝えておかないと」
     聡美の母・毬奈の言う通り、屋敷の執事であり、六路家の事情も飲み込んだうえで、この家に仕えている朱鷺田には、教えておくべきだろう。


     しかし、部屋に設置された内線電話で呼び出された初老の執事がやって来た時、一同は新たな混乱に見舞われることになる。
     「! おお……美里お嬢様、無事、元に戻られたのですね!」
     朱鷺田の歓喜に満ちたその言葉を聞いた時、最初、4人は彼が嬉しさのあまり、美里の体格の違いに気付いていないのだと思った。
     しかし、よく見れば、彼の視線は紛れもなく、安楽椅子にすっぽりその華奢な体躯を沈めている聡美──正確には「美里の胴体に首を繋げた聡美」に向けられているではないか。
     朱鷺田は確かに今年で還暦を迎えるが、視聴覚も、そしてもちろん脳の働きも衰えてはいない。加えて言うなら、単に執事としての職務ばかりでなく、彼は美里のことを、下手すると実の孫以上に大切に思っているのだ。
     その彼が、顔立ちはもちろん、髪の長さや色も異なる聡美と美里を見間違えるなど、明らかに異常事態だった。

     「さ、聡美さん、これはいったい……」
     美里や毬奈に加えて、さすがの六路氏も狼狽したが、対して聡美は何かを思い出しているようだった。
     「──そっか。あれって、こういうコトだったんだ……」
     「何かお心当たりがあるのですか、聡美姉様?」
     「うん。あのね……」

     ろくろ首としての能力に目覚め、そしてそれが18歳の誕生日を迎えても消えなかった時、聡美は一生この能力と付き合う決心をし、そのうえで祖父母の家の物置にあった一族の古い書きつけに一通り目を通していた。
     その中に、この事例に該当する事実も記されていたのだ。
     「わたし、他人の身体に首を繋げることは一族の禁忌に触れるって言いましたよね。でも、それってなぜだかわかります?」
     「それは……他人の身体を奪うような真似は、"妖し"ではなく"人"として生きることを選んだ、我ら一族としては許せなかったからではないですかな?」
     「それは確かにあります。でもそれだけじゃないんです──そう、単に身体を奪うだけでは」

     古文書いわく、他者の胴体に首を繋ぐことは、身体だけでなく、その"存在(ありかた)"を奪うことにほかならないのだと言う。
     「"存在"……ですか?」
     首を傾げる毬奈に対して、聡美が補足する。
     「わたしも、その時はよくわからなかったんですけど、たぶんその人の"立場"とか"立ち位置"とかそういうモノを指すんじゃないかと思います」
     「「「!」」」
     「だから、本人であるわたしたちや、首を繋ぐ現場を見ていたおふたりはともかく、他の人──たとえば朱鷺田さんには、わたしが美里ちゃんに、美里ちゃんがわたしに見えているんじゃないですか?」
     聡美の質問に深々と頷く朱鷺田。


     その後、他の人々に関しても試す必要があるということで、朱鷺田の娘で、この家にメイド長として奉職しており、秘密を打ち明けても信頼がおけるとされた麗花が部屋に呼ばれた。
     その結果は予想通りで、麗花の目にも聡美が美里、美里が聡美に見えることが明らかになったのだ。

     「まさか、こんな事になるとは……」
     未だ驚いている六路氏とは対照的に、美里の表情は明るい。
     「聡美姉様、今の状況って、つまり私と姉様が入れ替わって、他の人には見えるわけですね」
     「うん、そうなるかな」
     「じゃあ、私が、この部屋の外に出ても問題ありませんね……「六道聡美」としてなら♪」

     そして、その言葉通り美里は、「六路家に雇われた家庭教師・六道聡美」のフリをして、しばらくぶりに部屋を出ることができたのだった。
     そうなると、聡美の方は「この屋敷のひとり娘の美里」として振る舞わざるを得ない。もっとも、自分で判断した通り、その日と翌日は霊力不足でほぼ寝たきりに近い状態だっため、それほど不都合は起きなかったのだが……。
     心身とも七割方回復した今日からは、聡美も普段に近い生活をすることになっていた──もっとも、その「普段」とは、ほかならぬ「六路美里の日常」にほかならないワケだが。

     「どう、美里ちゃん、何か不都合はなかった?」
     この二日間、美里の顔を見るたびに聞いた質問ではあるが、その答えは、いつもほぼ同じだった。
     「ええ、何も問題ありません。むしろ、いつもに比べて快適なくらいです」
     どうやら、普段より20センチ以上高い視点や、成人女性らしい丸みを帯びた身体つきは、美里に新鮮な感動を与えているようだ。
     「そっかー、わたしの方も新鮮って言えば新鮮なんだけど、うーーん……」
     視点の低さや体格自体が縮んだことで、周囲がいきなり大きく見えるようになった現状は、聡美に僅かながら圧迫感(プレッシャー)のようなものを感じさせていたのだ。

     「はぁ……でも、わたしたち、まだ同性同士でよかったかもね。記録によれば、たとえ異性であっても相性さえよければ首の接合は可能らしいけど、さすがに男の子になるのは遠慮したいなぁ」
     さもなければ、トイレや着替え、入浴などでとてつもなく恥ずかしい思いをするハメになっただろう。
     「あら、私はそれもめったに得難い経験だと思いますけど?」
     クスクスと笑う美里。元々の顔立ちや言動自体が年齢のわりに大人びていたせいか、今の彼女は、聡美の目から見てもそれほど奇異には感じられない。
     客観的には「童顔だけど巨乳の女子高生」といったところか。聡美がこの屋敷に来る際に来てきた一張羅のツーピースがよく似合っている。
     それに比べると、さすがに自分の方は無理があるだろう──と、如何にもな"お洒落な少女向けファッション"を見下ろす聡美。もっとも、美里や毬奈に言えば、「いえいえ、よくお似合いでけすよ!」と、全力で否定するだろうが。

     「それでは、そろそろ食堂に参りましょうか。聡美姉様、わかってらっしゃるとは思いますが……」
     「うん、この部屋を出たら、わたしが「六路美里」で、美里ちゃんが「六道聡美」なんだよね」
     朱鷺田と麗華はすでに事情を知っているとは言え、この家にはまだまだ何人もの使用人がいるのだから、元に戻るまでは他人からの"見かけ"に応じた態度を取らざるを得まい。
     「ええ、その通りです──じゃあ、行きましょう、"美里"」
     「はい、"聡美お姉ちゃん"」

     <つづく>


    『首替奇談異聞 -幼女抄-』5

     それは、傍から見ればごく普通の(まぁ、ダイニングがやたら豪華で、メイドまでいる時点で現代日本の「普通」とは趣きが異なるかもしれないが)、微笑ましい晩餐の光景に見えた。

     たくましく威厳のある「父親」。
     美人で優しそうな「母親」。
     落ち着いた雰囲気と優雅な物腰を兼ね備えた、ハイティーンくらいの「姉」。
     そして、朗らかで愛くるしい仕草の、ローティーンにさしかかった「妹」。

     何も知らない人に第一印象を尋ねれば、まず、上のような答えを出すだろう。
     実際には、4人のうちのひとりは家族ではなく、かなり遠縁の親戚であり、この家の娘の「家庭教師」として招かれた人物なのだが。
     さらに言えば、一見「姉」に見える方ではなく、背格好その他からは、どう見ても11、2歳くらいの「妹」にしか見えない方の人物こそが、六路家の娘・美里の家庭教師、六道聡美だったりする──もっとも、見れば見る程信じ難いが。

     これにはちょっとした……の一言で済ますには、いささか複雑な事情があり、20歳の女子大生である聡美と、10歳になって間もない美里は、彼女達の特異体質故に、現在、首から下が入れ替わっているのだ。
     普通に考えれば、三流ホラーかオカルトにしか思えない現象だが、しかし、現在この屋敷でこの「異常事態」に気付いているのは本人達を除くと4人、美里の両親と執事&メイド長しかいない。
     これは、ふたりの特異体質からくる"副次的効果"のおかげで、他の人間には、美里の胴体を持った聡美が"美里"、聡美の身体に繋がった美里が"聡美"として認識されているからだ。

     もっとも……。

     「──御馳走様でした」
     殆ど音もなく銀食器を置くと、優雅な仕草でナプキンで口元をぬぐう"聡美"。
     「ご、ごちそうさまです」
     こちらはやや拙い手つきでナイフ&フォークを操っていた"美里"も、どうやら食べ終えたようだ。

     「冴子さん、食後のお茶を頂いてもよろしいですか?」
     数日前からのこの館の客人となったはずの"聡美"は、しかし、そのことを感じさせない、ごく自然な口ぶりで壁際に控えていたメイドに、そう告げる。
     「は、はい、畏まりました。ダージリンのストレートでよろしいですか?」
     「ええ」
     「美里お嬢様は、如何いたしますか?」
     「へ? あぁ……えっと、じゃあ、わたしはミルクティーをお願いします」
     ピョコンと頭を下げる仕草は可愛らしいが、その様子は、数日前までの歳の割に大人びた少女とは、いささか様相が異なる──まぁ、本当に別人なのだから当然だが。
     しかし、内心僅かに首を傾げながらも、メイドはその事実自体には露ほども気付かず、言いつけられた仕事をするべく、厨房へと消えて行く。
     あとにはキョトンとした"美里"と、困ったような微笑ましいような複雑な視線を彼女に向ける"聡美"と美里の両親の姿があった。

     * * * 

     「ふぅ~、何とか乗り切ったね、美里ちゃん」
     「そう、ですね」
     夕食のあと、"聡美"と"美里"──いや、美里と聡美は、連れ立って美里の部屋に戻り、緊張の糸を緩めていた。

     率直に言えば、ふたりともお互いに成りきる演技は及第点にはほど遠いと言えるだろう。
     "美里"のフリをする聡美はもとより、"聡美"としての美里も、本来のごく庶民的な環境で育った「六道聡美」としては優雅で気品がありすぎた。
     「とは言え、"六道聡美"の方は、この家の者に詳しく素性を知られているわけではありませんから、それほど問題ないはずなのですが……」
     「あー、そうだね。わたしも、一応できるだけ丁寧にしゃべったり行動したりしたつもりだけど、この筋金入りの"おぜぅさま"な美里ちゃんの目から見たら、ダメダメだよね」
     ガックリと肩を落とす聡美。自分の無作法で妹分の株を下げてしまったのではないかと危惧する。
     「い、いえ、そんな大層なものでもありませんので。それに、聡美姉様の行動そのものにマナー違反な点などはなかったと思いますし」
     慌てて美里が慰める。本当に小学生とは思えぬデキた子だった。
     「でも、やはり普段通りの言動と言うには、やはり無理があったのではないでしょうか?」
     「確かにね。でも、そのわりに、不審がられなかった気もするけど」
     これもまた、"ろくろ首"としての"能力"の恩恵なのだろうか?
     首をひねるふたり。このふたりの場合、捻り過ぎると物理的に「取れる」危険性がある……というのは、笑えないジョークだ。
     ──実は、給仕していたメイドの冴子も、多少違和感のようなものを感じてはいたが、いきなり雇い主の娘に「お嬢様、何か様子が変ですよ」と言う勇気がなかっただけの話なのだが。

     「まぁ、いいや。本人呼んで聞くわけにもいかないし、とりあえず、このスタンスでスルーされてるってことは、バレてないって考えようよ」
     「精神衛生上、その方がよさそうですね」
     とりあえず、ふたりの少女は、問題を棚上げすることにしたようだ。

     「さてっと。それじゃあ、晩御飯の食休みもそろそろ済んだことだし、わたしの本業をさせてもらおうかな」
     「? 何の話ですの、聡美姉様?」
     「それはもちろん……"美里ちゃんの家庭教師"だよ♪」
     「えっ……それは、私(わたくし)に"一族"の能力を教えるための方便だったのでは?」
     楽しげな聡美と驚く美里。
     「うん、本来はね。でも、今の状態だと、下手に霊力を消耗するのは危険だからソッチについて講義するのは難しいし、だったら普通に学校の勉強の方を教えてあげようかな、って」
     「ああ、成程。でも、私、自分で言うのもどうかと思いますが、学校の座学に関してはかなり優秀ですよ」
     「うん、それは聞いてる。だから……」
     ゴソゴソと傍らに置いた包みから何かを取り出す聡美。
     「じゃーん! 毬奈さんにお願いして、中学生のテキスト一式を揃えてもらいました」
     真新しいそれらをうれしそうに取り出し、ようやく当初(此処に来る前)思い描いていたような「家庭教師の先生」の講義を始めた聡美だったが……。

     「うぅ~、美里ちゃん優秀過ぎ。どうして小学4年生なのに中学生の勉強がスラスラ解けるの」
     国数英理社、主要5教科のいずれにも隙がなく、下手すると数学などは聡美より解くのが早いくらいだ。
     「フフッ……昔から本ばかり読んでいたもので」
     この数日間の会話で、少女の知識レベルや精神年齢が、本来10歳の女の子であると信じられないくらい高い──それこそ高校生にもひけをとらないレベルであることは一応知ってはいたが、改めてソレを見せつけられた気がした。
     (下手すると、わたしより大人かも……いや、わたしが子供っぽ過ぎるのかなぁ)
     その証拠に、20歳の自分の身体に美里の頭が載っていても、聡美の目からも別段不自然なところはない。むしろ、童顔で性格も歳の割に落ち着きのない自分より、お姉さんっぽい気が……。

     「──どうかされましたか?」
     「ヘッ!? あ、ううん、何でもないよ、お姉ちゃん……あっ!」
     そんな感慨にふけっていたせいか、つい美里のことをそんな風に呼んでしまう。
     「……」
     「……」
     しばしの沈黙がふたりの間に流れる。
     「ち、違うの! ほら、みんなのいる所で、うっかり呼び間違えたりしないように、普段から練習しとかないとって思って……」
     苦しい言い訳の言葉に、うっかり言い間違えたと言うことは分かっているだろうに、それでもちゃんと彼女は乗ってくれた。
     「クスッ……確かにそうですね。では、ふたりきりの時も、できるだけそう呼ぶようにしましょうか、"美里"」
     「う、うん」
     「"美里"、淑女の返事は「うん」ではになく「はい」ですよ」
     「は、はい、"聡美お姉ちゃん"」

     他愛もないやりとりだったが、あとにして思えば、その時からふたりの関係や立ち位置にに変化が生じていたのかもしれない。



     <つづく>



    『首替奇談異聞 -幼女抄-』6

     勉強が一段落した後、ソファに並んで腰かけてふたりが雑談していた所で、コンコンと美里の部屋のドアがノックされる。
     「失礼します。美里様、聡美様、お風呂の用意が出来ましたので、いつでも入って頂けるかと」
     どうやらメイドのひとりである亜須美が入浴の準備が整ったことを告げせに来たようだ。
     (うーん、"様"付きで呼ばれるのって、やっぱし慣れないなぁ)
     などと呑気なことを考えていた聡美だが、美里に「姉様、返事してあげてください」と耳打ちされて、慌てて頭を巡らせる。
     「あ……はい、わかりましたわ。知らせてくださってありがとう、亜須美さん」
     精一杯「美里っぽい口ぶり」を装い、かつ「10歳の少女」であることを意識して、普段は出さないような可愛らしい声を出してみる。
     一瞬声が裏返るかと心配したのだが、そんなこともなく、きちんと高く澄んだ綺麗な声が出せたようだ。
     「それでは失礼いたします」

     ドアの前からメイドの気配が消えたことを確認して──何せ妖怪の先祖返りなので、そういった感覚には鋭敏なのだ──ふたりは、ホッと安堵の息をついた。
     「どう? さっきの美里ちゃんの真似、なかなか巧くいったと思わない?」
     「そうですね。メイドにいちいちお礼を言うのは、少し丁寧過ぎる気もしますが……問題はなかったかと。声の方も、かなり私と似ていた気がします」
     美里の返答を聞いて、我が意を得たりとばかりに頷く聡美。
     「やっぱりそう思う? やっぱり首の部分の半分が美里ちゃんのものだからかもしれないね。それに、声って喉だけでなく肺やお腹の部分にも左右されるらしいし」
     「そうなのですか?」
     「うん、高校時代の友人で声楽やってる子に聞いたことがあるよ。あ、だったら、美里ちゃんも、わたしっぽい声を出してみてよ」
     「え? は、はい、わかりました……う、ウンッ……こ、こんな感じかしら?」
     アルトボイスとまではいかないが、落ち着いたメゾソプラノの声が、聡美の身体になった美里の口から流れ出す。
     「おー、自分の声は正確にはわからないって言うからアレだけど、たぶん、今の美里ちゃん、わたしソックリの声してるよ」
     感心したように言う聡美を見て、珍しく稚気が疼いた美里は、ズイッと美里の方に身を寄せ、上から覗き込むような体勢をとる。

     「な、何かな、美里ちゃん?」
     そうなると、聡美の身長140センチ余りの身体になっている美里としては、何となく圧迫感というか威厳のようなものを感じて、ちょっとたじろがざるを得ない。
     「こら、ダメですよ。"美里"は貴方、私が"聡美"だって、先程決めたばかりじゃないですか」
     聡美の声色のまま、芝居っけタップリにイイ笑顔で聡美の鼻をチョンと人差し指で突つく美里。
     「あ……そうだったよね、ごめんね、"聡美お姉ちゃん"♪」
     美里の意図を悟った聡美も、"美里"の声で「しおらしい妹分」の演技をする。
    「ええ、わかってくれれば、いいのよ、"美里"」
     したり顔で"聡美"がそう言った後、ふたりは顔を見合わせて、プッと噴き出した。

     「あはは……やっぱりちょっと恥ずかしいね」
     「ええ。でも、少なくとも声については、やはりこちらの方が外見相応かと思いますし、言葉遣いや呼称も、できるだけ意識しておいた方がいいでしょう」
     「うん、確かに。まぁ、わたしのほうは、美里ちゃんのエンジェルボイスで話せるのは、ちょっと嬉しいからいいんだけど……」
     確かに「六路美里」の声は、超有名少女合唱団のソロを張っててもおかしくないほどの透き通った美声だ。この声で言われたら、どんな卑語や罵倒さえ、聞く人をウットリさせるかもしれない。
     「ごめんね、特徴のない平凡な声でしゃべらせることになって」
     "美里"な聡美が謙遜するが、"聡美"な美里は首を横に振る。
     「そんなコトありませんよ。私、落ち着いたこの声が大好きですし」
     実際、美里のようにひと言発すればわかる美声というワケではないが、聡美の声も年齢相応の落ち着きと艶があって魅力的だ──と"聡美"は思う。
     柔らかなその声音には、どこか聞く人を安心させるような響きがある──というのは、彼女に助けられたことによる贔屓が入り過ぎだろうか。
     そして、歳より大人びた話し方をする美里と、明るく元気でフランクな聡美の口調には、現在のその声音の方が似合っていた。
     その事を無自覚に気付いているのか、すでにふたりは、とくに意識していないのに胴体(からだ)に応じた声を出せるようになっていた。

     「それじゃあ、申し訳ありませんけど、一応客人ということになっている私──"聡美"の方から、先にお風呂頂いてしまって構いませんか?」
     「うん、それでいい……あ、待った!」
     何やら「名案」を"美里"は思いついたようだ。
     「せっかくだからさ、一緒に入ろうよ、"聡美お姉ちゃん"♪」



    『首替奇談異聞 -幼女抄-』7



     「こういう時に言うのもどうかとは思いますが……」
     ふたりどころか5、6人まとめて余裕で着替えられそうな六路家の浴室脱衣場で、ブラジャーとショーツという下着姿になった美里が、鏡を見つめながら、傍らで着替える"少女"(無論、聡美のことだ)に、話しかけた。
     「ん? どしたの、美里ちゃん?」
     バスルームの入口に事情を知るメイド長の麗花が控えて見張ってくれているとあって、聡美は"取りきめ"のことは気にせず、気安い口調で聞き返す。
     「聡美お姉様って、とてもスタイルがよろしいですね……」

     前方に大きく突き出しつつも、若さゆえか垂れることもなく適度な弾力とハリを持った豊かな乳房が、今は自分の身体に付いていることに、微妙な違和感と──同時に、そこはかとない喜びを感じてしまうのは、10歳と言えど、やはり女と言うべきか。
     確かに、「六道聡美の肢体(からだ)」は、本人の地味さとは相反して、なかなかにナイスバディだと言ってよいだろう。
     トップ90センチでDカップ超のバストはもとより、ウェストも64と太っているという程ではないし、キュッと締まった形のよい89センチのヒップは、じかに男性が目にすれば垂涎ものだろう。身長も166センチと適度な高さだ。
     無論、女性の目から見ても、いろいろなタイプの服装を自在に着こなせる魅力的な体型と言って差し支えない。

     「え~、そんなたいしたモンじゃないよ。確かに胸は平均より大きいかもしれないけど、それはそれで肩が凝るし……。それを言うなら、美里ちゃんの身体は、ファンタジーのエルフみたく綺麗だと思うけど?」
     こちらはすでにシュミーズやショーツも脱ぎ去り、一糸まとわぬ状態となった聡美が、美里の横に並んで裸体を鏡に写しながら、首を傾げる。
     聡美の言にも一理あり、思春期を迎えて、子供から大人への一歩を踏み出しつつある少女(みさと)の身体は、ある種幻想じみた雰囲気と美しさを醸し出している。
     すんなりバランスよく伸びた手足。折れそうなほどに華奢なウェスト。コーカソイドとは見まがうばかりの白さとモンゴロイド特有の滑らかさが見事に両立する肌。
     10歳とあって流石に乳房と言える程の隆起は殆どないが、それでもその萌芽が僅かに見てとれる膨らみかけの胸元は、危うい魅惑をたたえている。
     「色香」という面で見ればさすがに成人女性には及ばないが、「美」という観点からすれば、これほどの「生きた芸術品」はそうそうお目にかかれないだろう。
     さらに言うなら、あの毬奈夫人の娘なのだから、将来性も推して知るべし。

     「──そんな、妖精の肉体(フェアリーボディ)なのに、わたしなんかの平凡な首が載ってるのは、個人的にはガッカリだよ!」
     拳を握り、「美的感覚からして許せない!」とテンション高く力説する聡美に、「は、はぁ……」と美里の方は戸惑い顔だ。
     (そんなお子様体型のどこがいいんでしょうか……)
     子供は速く大人になりたがり、大人は過ぎ去った子供時代を懐かしむ。
     それは、ある意味、どこにでもある光景とも言えたが……ふたりの置かれた特殊な状況が、事態をいささか複雑なものにしているのだった。

     「にしても、美里ちゃん、随分ブラの着脱に手慣れてるんだね」
     並んで湯船に浸かり、まったりしながら、ふとそんなコトを呟く聡美。
     「そう、なのでしょうか? それほど手間取る動作だとは思えないのですが……」
     「いやいやいや。わたしなんか、初めてホックのあるブラ着けたときなんて、なかなか巧くとめられなくて、四苦八苦したんだよ。流石にひと月もしたら慣れたけど」
     「もしかしたら──習慣的な動作に関する蓄積(なれ)は、身体の方に残っているのかもしれませんね」
     「あ~、条件反射云々ってヤツだっけ……ちょっと違うか」
     言われてみれば、確かに聡美も、本来の身体とは歩幅から何からまるっきり違うはずの美里の身体になっても、普通に歩いたり動けたりしているし、案外美里の意見が正しいのかもしれない。

     (それにしても……)
     浴槽の中で、珍しくくつろいだ表情を見せる美里の様子に、悪戯心を刺激された聡美は、そーっと手を伸ばして……。
     「えいっ」 ──ツン、ツンッ!
     「キャッ! な、何するんですか、聡美姉様!?」
     いきなり胸を突つかれて、さすがに驚いたのか、美里が胸を押さえて身をよじる。
     「いや、普段、自分のオッパイを客観的に見る機会なんてないから、好奇心を刺激されて……」
     悪びれもせずに美里の前に移動した聡美は、今度はぐわっと指を開いた両掌で、本来自分のものである──そして今は美里の首の下についている大きな乳房を掴む。
     「ひぅッ!」
     「おお、自分ではたいしたことないと思ってたけど、正面から見ると確かにおっきいかも。この手じゃ、とても掴みきれないね」
     呑気な感想を漏らしながら、ムニムニとオッパイを揉む聡美。さらに、思い切って、その谷間に顔を埋めてみる。
     「わ! ふかふかだぁ。男の人が巨乳が好きってのもわかる気がするかも」
     美里の方は逃げようとするのだが、小さなその手で乳房を優しく触られ、吐息が乳首に吹き掛けられるだけで、何かモヤモヤした感じが胸から湧いてきて全身へと波及し、腰砕けになってしまうのだ。
     それにつれて甘い疼きが腰の奥から広がる。ここが湯船の中でなければ、彼女の下肢の合わせ目が潤っているのがわかったかもしれない。

     「や、やめて……やめなさい、"美里"!」
     未知の感覚にパニクった彼女の口から、意図せず鋭い制止の言葉が迸る。
     「!」
     一瞬ビクッと動きを止めた"少女"は「あ、やり過ぎた」といった表情になって、おずおずと彼女の胸から身を離した。
     「もぅ! お風呂はくつろぎの場所ですけど、調子に乗り過ぎですよ」
     「てへっ……ごめんね、"聡美お姉ちゃん"」
     "少女"が素直に謝ったので、彼女の方もそれ以上、叱責することはしなかった。

     さて、その後はふたりとも和やかな雰囲気で背中の流しっこをしたり、本物の姉妹さながらに仲良く入浴を楽しんでから、風呂から上がった。
     髪を乾かし、夜着に着替えてから、仲良く手をつなぎ、美里の部屋へと戻るふたり。それは、事情を知る者から見ても知らぬ者から見ても、微笑ましい光景だった。

     ──しかし、その裏で、これまで知らなかった未知の感覚が、ふたりの奥底に芽吹いたことも事実だった。

     (さ、さっきのアレが、その……「おとなの女性」が感じるHな感覚、なのでしょうか……)
     成熟した女性としての性感の一端を、10歳の身で知ってしまった美里──"聡美"はもとより。

     (うーん、いくら、小学生の立場になってるからって、ちょっと悪ノリし過ぎたかなぁ……でも、"聡美お姉ちゃん"の胸に埋もれるのって気持ちよかったなぁ。戻る前に、またやってもらおーっと)
     "美里"の方も、何やら「姉に甘える」ことの愉しみを知った様子。

     このハプニングが、今後のふたりにどのような影響をもたらすのか、それはまた後に語られる事である。




    -つづく-



    『首替奇談異聞 -幼女抄-』8


     「え、えーと……」
     「六道聡美」(と周囲に認識されている六路美里)は、「何か言いたいのに何と言えばいいのかわからない」という、誠に複雑な心境に陥っていた。いつも(10歳とは思えぬほど)泰然としたその顔に、珍しく困惑の色がにじんでいる。
     彼女の視線の先をたどると……。

     「それでね、"美里"ちゃん。今度はこういうのどうかしら?」
     「わぁ、かわい~! うん、ママ、もちろんアリだよ。ちょっと着替えてみるね♪」
     「フリフリ」や「ヒラヒラ」という形容がいかにも似合いそうな、キュートでファンシーな女児服を多数両手に抱えた母──六路毬奈と、とっかえひっかえそれらに着替える「美里」(もちろん、本当は聡美)の姿があったからだ。しかも、ふたりとも目に見えてテンションが高い。

     ──シャッ!
     しばらくして、フィッティングスペースのカーテンが開き、コバルトブルーをベースカラーにした膝丈の半袖ワンピースに身を包んだ"美里"が顔を見せた。
     前身頃のあたりはギャザーを寄せた白いボディス風のデザインで、それ以外にも大きめの襟や袖口、前に2本入ったラインなどが、薄く透けるようなレースの飾りが施されていて、フェミニンな雰囲気をより強調している。

     「えへへ~、どう、かな?」
     スカートの両脇を摘んで貴婦人風に軽くお辞儀をしてみせる"美里"。
     「可愛いッ! 可愛いわ、美里ちゃん! その姿、まさに天使!!」
     思わず、ギュッと"愛娘"を抱きしめる六路夫人。
     「きゃっ! それは褒めすぎだよ~。でも、ありがと、ママ♪」
     "美里"の方も、多少照れくさげではあるが、満更でもなさそうだった。

     * * *

     聡美と美里が一緒に入浴した日の翌日。
     「そうだ。美里ちゃんは、聖女に通ってたんだよね。あそこの制服、着させてもらってもいいかな?」
     「? もうクリーニングは終わっていると思うので、別に構いませんが……」
     「ホント!? ありがとう~!」
     ピョコンと跳び上がって喜ぶ聡美。そんな仕草をすると、まるで本物の小学生みたいだった。

     「あたし、小学校の頃、聖女の制服に憧れてたんだよね~」
     美里が先日まで通っていた私立聖翔女学園は、そのリベラルな校風と、数多の人材を輩出していることで有名だ。
     女子は小中高12年(男子は初等部のみ)一貫教育で高いレベルの教育が受けられるので、受験の倍率も高いが、それだけに、聡美の如く他校の生徒からは羨望の目で見られることも多い。
     「そうですか? 初等部の制服としてはごくごくオーソドックスだと思うのですが……トップが二重なので、夏服としてはあまり涼しくありませんし」
     確かに、白いリンネル地のミディ丈ワンピースに、丈の短い同素材のボレロという組み合わせは、私立小学校の制服としては、それほど奇抜なものではない。随所に黒い縁取りが入っているのは、制服としての側面を強調するためだろうか。
     「普段から着てる子には、そうかもね。でも、横から見てると、やっぱり羨ましかったなぁ」
     その幼き日の羨望を実現に移す機会を思いがけず得た聡美は、早速、美里の制服に袖を通す。
     首から下は同一人物なのであたりまえだが、聖翔女学園初等部夏服は、今の聡美の身体にピッタリだった。

     「わぁ~、いいなぁ。お嬢様っぽいなぁ」
     姿見に映る己の姿にうっとりみとれる聡美。髪型まで、わざわざ小学生っぽいツインテール(というか、やや短めなのでピギーテイルと呼ぶべきか)にしている。
     「世間で言われるほど、上流家庭の子女ばかりが通ってる通っているわけではないのですが……」
     微苦笑しつつも、その様子を見守っている美里。
     「そうだ! せっかくだから、今日のお出かけは、この格好のまま行こうっ、と」
     「え!? 本気ですか、聡美姉様?」
     「うん、もちろん」

     ふたりで外出すること自体は昨晩のうちに話しあっていたのだが、結局、ふたりを心配した六路夫人も、メイド長の麗花(何気に護身術の心得もあるのだとか)を供に同行することとなった。
     その結果、避暑地とは言え実体は田舎町といった方が正確な猪狩沢で、唯一都内の高級ブティックの支店が出店しているこのショッピングモールに、彼女ら4人は足を運ぶことになったのだ。朱鷺田ではなく麗花が供に選ばれたのは目的地が此処だったかららしい。

     * * *

     「かわいい妹さんですね」
     やや呆れ気味にふたりを見ていた"聡美"は、傍らの女性店員(マヌカン)に声をかけられて恐縮する。
     「あ……済みません、お騒がせしてしまって」
     「いえいえ、構いません。この時間帯は比較的暇ですし、あれだけ可愛らしいお嬢様に着ていただけるなら、ここの服達も本望でしょうから」
     ニコニコと答える店員の様子には、口先だけのお世辞という気配は感じられない。
     確かに、"美里"(聡美)の姿は──互いに本来の貌が見えている"聡美"(美里)からしても、十二分に愛らしく、目の保養だと思わないでもなかった。
     「折角ですから、お客様も一着選ばれてはいかがでしょう?」
     「へ? あ、いえ、私は……」
     さほど着飾ることには興味のない美里だが、丁寧な物腰の割に押しの強いマヌカンの強い勧めに抗しきれず、2、3着試着することになる。

     「──どう、でしょう?」
     "聡美"が、マヌカンおすすめのコーディネートに着替えて、試着室のカーテンを開けると、ちゃっかり聞き耳を立てていたのか、店員ばかりでなく毬奈と"美里"も「ワクワク」という擬態語を貼り付けたような顔で、待ち構えていた。
     「わぁ~、聡美お姉ちゃん、カッコいい!」
     先程のブルーのワンピース姿のまま(支払いを済ませてそのまま着て行くつもりらし)、"美里"が、無邪気な感嘆の声をあげる。

     今、"聡美"が着ているのは、ライトグレーのツーピースだ。
     いわゆるキャリアスーツ仕様のカッチリしたシルエットのものだが、ジャケットは、みぞおちの少し上にボタンがひとつあるだけなので襟元のラインはやや緩めに開いている。
     さらに、ジャケットの下には店員の強い勧めで、ブラウスではなくオフホワイトのキャミソールなので、カジュアルな雰囲気が2割方増していた。
     ボトムは膝上5センチのタイトミニだが、バックスリットが大きめに設けられているので、多少窮屈ではあるが普通に歩くこともできる。足元には薄いベージュのストッキングを履き、靴はそのまま7センチヒールのエボニーカラーのパンプス。
     シンプルな装いながら着心地はよく、また生地も上質なので、本物の聡美が着てきた特価物のリクルートスーツの数倍の値段がするだろう。
     さらに言うなら、のほほんとした"本物"がスーツに「着られていた」のと異なり、怜悧で知的な印象のあるこの"聡美"には、こういう格好がよく似合ってもいた。
     「ええ、凛々しくて、とてもいい感じですよ、"聡美"さん」
     「よくお似合いです、"六道"様」
     それ故、"美里"ばかりでなく、毬奈や侍女長の麗花までが、"聡美"を褒めそやす。
     「あ、ありがとう、ございます」
     自分でも結構気に入っていたのだろう。僅かに頬を赤らめつつ、"聡美"も嬉しそうだ。
     結局、そのスーツについても六路夫人が「いろいろあったお礼」という形で代金を支払い、彼女もそのまま着て行くことになった。

     「あたし、次はアッチのファンシーショップがいいなぁ」
     「あまり急ぐと危ないですよ、美里」
     「平気だよ、聡美お姉ちゃん!
     「あらあら、ふたりとも、本物の姉妹みたいに、すっかり仲良しさんね」
     楽しげに談笑しながら歩く3人の女性達の姿は、傍から見ればまるっきり「幸せそうな家族」だったろう。
     「……本来の立場とは長幼が逆な気もしますが」
     その傍らに侍るメイドの言葉が、現状を的確に言い表してもいたが。

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最終更新:2013年05月09日 15:49