姫の体は誰のもの 2

 晴天の青空から、明るい日光が地面に降り注いでいる。
 平和な街は活気に溢れ、市場は買い物をする人々でごった返していた。
「久しぶりに参りましたけど……やはり、お城とは随分と違いますわね」
 風に吹き飛ばされそうな布の帽子を押さえて、エリザベスは言った。
「ベスはほとんど街に来たことはないんだっけ? 子供の頃は遊びに来た気もするけども」
「そうですわね。しばらくぶりです」
 答えるエリザベスの脳裏に、子供の頃の思い出が蘇ってくる。
 まだ幼かった時分、彼女はジェシカに連れられ、密かに城を抜け出して街に遊びに来たことがあった。
 賑やかな街を一日中探索し、遊び疲れて城に帰ったエリザベスを待っていたのは、父親のアレクサンドル王によるきつい折檻だった。
「懐かしいですわ。あのときはわたくしもジェシカも、厳しく叱られて」
「過保護なのよ、陛下は。特に末っ子のあんたは箱入りだわ。まあ、せっかく何年かぶりに街に来たんだったら、思いっきり楽しみなさい」
「ええ、そう致しますわ」
 髪型を隠すための布の帽子を深くかぶり、深窓の姫君はうなずいた。その服装は、平時の白いドレスではなく、城で働くメイドの衣装である。
 日頃のエリザベスと異なるのは、服装だけではなかった。
 まだ十三歳の小柄な少女の体は、長身で豊満な大人の女性のそれに変わっていたのだ。
 それというのも、ジェシカが用いた肉体交換の魔法のせいである。首から下の身体を忠実なメイドと取り替えることで「大人の女性になりたい」という願いを叶えたプリンセスは、自分が大人になったことを実感するために、幼馴染みの魔術師に連れられ、城下町にやってきたのだった。
「それじゃ、さっそくお店を見て回りましょうか。そのムッチムチの体にぴったりの色っぽい服を探してあげる」
「はい、お願いします」
 こうして二人は年頃の少女らしく街で買い物や食事を楽しみ、自由な時間を満喫した。
 日頃、城から外に出ることのないエリザベスは、街で見るさまざまなものに興味を示した。
 店、工房、酒場、公衆浴場、人形劇……王家の娘ではなく、一人の女として街の住人たちと触れ合うことが、どれほど素晴らしいことかを実感した。
「ああ、今日は最高の一日でしたわ。まるで夢みたい……」
 食堂の席について果実酒を味わいながら、エリザベスは満足の吐息をついた。その服装は既にメイドのものではなく、店で買ったゆったりした水色の衣に替わっている。
 肉づきのいい体からは大人の女の色香が放たれ、周囲の男たちの視線を引きつけていた。
「そう? じゃあ、そろそろお城に帰りましょうか。でもその前に、ちょっと寄っていくところがあるから、ついてきて」
「はい。承知しました」
 二人は荷物を持って食堂を出た。そのあと向かったのは、城の近くにある宿屋だった。ジェシカは受付に言って部屋を確保すると、エリザベスを中に連れ込んだ。
「ジェシカ。このようなところで、何をなさるおつもりですの? ここは宿泊する場所ではありませんか。もうお城に帰るのでしょう?」
「泊まるわけじゃないわよ。あんたのその格好じゃお城に入れてもらえないから、来るときに着てたメイドの服に着替えるんじゃない。今のあんたは王女様じゃなくて、メイドのふりしてお城を出てきたのよ。わかるでしょ?」
 ジェシカは荷物を部屋の隅に置くと、エリザベスをベッドに座らせた。
「なるほど。それもそうですわね」
 と、納得するエリザベス。街で買った服を着て城に戻れば、不審人物として見咎められる恐れがあった。今回の入れ替わりや外出は皆に秘密にしているため、城に戻るときもできるだけ怪しまれない格好をしないといけないのだ。
「でも、少し残念ですわ。せっかくの服が、ほとんど着られませんもの……」
「城に戻ったら、いくらでも着替えて楽しむといいわ。あんたは明日のお昼まで、その体でいられるからね。それで元に戻ったら、この服やアクセサリーはお礼としてヒルダにプレゼントしましょう」
「ええ、それがいいですわね。ヒルダにはちゃんとお礼を致しませんと」
「わかってくれて嬉しいわ。じゃあ着替えましょうか。でも、その前に……」
 ジェシカの声が若干低くなった。彼女がメイドの衣装を取り出すのをエリザベスは待つ。
 しかし、ジェシカは衣類の入った袋を放り出し、エリザベスの隣に腰かけた。
「ジェシカ、どうなさったの?」
「ふふふ……今日のメインイベントよ。ベスに大人のことを教えてあげる」
 不敵に笑うと、ジェシカは王女の肩を抱いて、その薄桃色の唇に口づけた。
「な……!」
 何をする、と言おうとしたエリザベスの口を、ジェシカの唇が塞いだ。
 信頼する家庭教師の乱行に戸惑っていると、ジェシカは舌を彼女の口内に差し入れ、プリンセスの中を蹂躙しはじめた。
(何をなさるの。やめて、ジェシカ)
 あげようとした抗議の声は、女魔術師の妖しい舌の動きに抑え込まれる。
 十七歳と十三歳の二人の少女の唾液が混じり合い、卑猥な音をたてた。
「びっくりしたでしょう、ベス。でも、まだまだ序の口よ。今日はベスに、大人の体のことを知ってもらおうと思ってるの。さあ、力を抜きなさい。大人はこういうことをして楽しむのよ」
 ジェシカの手のひらがエリザベスの頬を伝い、首筋から胸元に伸びる。服の上から大きな乳房を揉みしだかれると、自然と熱い息がこぼれた。
「ああっ、ジェシカ。やめて下さい。こんなのダメっ」
「何を言ってるの。大人の女になりたいって思ってたんでしょ? それなら、こういうことも知っておかないとね。心配しなくても、この体はあんたのものじゃないから、どんなにいやらしいことをしても問題ないわ」
 エリザベスの巨乳を愛撫しながら、耳たぶに歯を立ててくるジェシカ。
 大人の女は本当にこのようなことをするのだろうか?
 無垢な姫君として育てられたエリザベスには、今おこなっている行為の意味が理解できなかった。
「大丈夫よ。全部あたしに任せなさい。あんたを一日だけ、大人の女にしてあげる」
「大人の女……わかりましたわ。お好きになさって」
 根負けした第三王女の服を、ジェシカは一枚ずつ剥ぎ取っていく。
 やがて現れたのは、重力に負けて垂れ下がった一対の乳房と、黒々とした茂みに覆われた女の陰部だった。
「す、すごいですわ……」
 大きく張り出した豊かな乳を両手で持ち上げ、エリザベスは感嘆の声をあげた。
「洗濯板」と馬鹿にされた元の自分の胸とは比較にならない。
 太い乳首の周囲には黒い乳輪が広がり、グロテスクとさえ思った。
「これが、今のわたくしの体……」
 今や自分のものになった二十八歳のメイドの肉体を観賞していると、その股間にジェシカの手が差し入れられる。無知な王女の体が震えた。
「ひ、ひああっ。そんなところを触ったら、汚いですわあっ」
「大丈夫、汚くなんてないわ。ほら、毛がジョリジョリしてるの、わかる? あんたの体にはほとんど生えてなかったから新鮮でしょ」
 ジェシカは面白そうに笑い、エリザベスの陰部を執拗にかきむしる。音を立ててジェシカの指に絡みつく陰毛の感触に、王女は悶えた。
「あ、ああっ。変ですわ。変な感じがしますのっ」
「ふふっ、ちゃんと感じてくれてるみたいね。それが大人の感覚よ」
 ジェシカは淫らな動きでエリザベスを翻弄する。
 まるでその指が魔法のステッキにでもなったかのように、彼女の敏感な部分を刺激してやまない。硬くなった乳首を抓られ、皮の向けた陰核を弾かれ、潤いを帯びた陰部を貫かれる。
「あっ、ああっ。ああんっ、だめっ」
 成熟したメイドの肉体はジェシカの指づかいを快楽の信号に変え、それを無垢な第三王女の脳に刻みつける。
 初めて味わう牝の快感に、エリザベスはすっかり理性を失っていた。
「ああんっ、すごい。すごいのおっ」
「いやらしいわよ、エリザベス。とても十三歳の女の子とは思えないわ」
 ジェシカは指についたエリザベスの汁を舐め取ると、荷物の中から棒状の道具を取り出した。
 はじめ、エリザベスにはそれが何がわからなかった。それが木で作られた男性器の模造品だとジェシカに知らされ、おぼろげながら理解する。
「ジェシカ、それをどうするおつもりですの?」
「決まってるじゃない。あんたのココに挿れてやるのよ。さあ、お尻をこっちに向けなさい。心配しないで。これくらいのサイズなら楽勝で入るわよ」
「は、はい……でも、少し怖いです」
 気弱な王女はベッドの上で四つんばいになり、ジェシカに臀部を向けた。
「大丈夫、力を抜いて……ほら、入るわよ。ベスの中に入っちゃう」
 充分に濡れそぼった性器の入り口に張形があてがわれ、ゆっくりと入ってくる。
「ああっ、入ってきてます。わたくしの中にずぶずぶって……」
 熟れた襞の肉が木製のディルドと擦れ合い、えもいわれぬ感触をもたらす。エリザベスは怯えた子供のように背筋を震わせ、偽物の男性器を受け入れた。
「ふ、太いの。太くて硬いのが、わたくしの中を押し広げていますわ……ああんっ」
 奥まで入ってきた張形が今度は引き抜かれ、膣の肉を外に引っ張る。
 やがて抜き差しが始まり、エリザベスははしたない悲鳴をあげた。
「あんっ、ああんっ。硬いものが出たり入ったりしていますわっ」
「本物のこれのことをチンポって言うのよ。ほら、言ってみなさい」
「チン、チンポっ。チンポがわたくしの中を出入りしてますのっ。すごい。すごいのっ。こんなの初めてですわっ」
 垂れ下がった乳房を振り乱し、エリザベスは醜態を晒す。
 本来の彼女の身体はいまだ処女だが、男に抱かれるより先に、借り物の体でセックスの感覚を知ってしまったのだ。
 忠実なメイドの身体で擬似ペニスを堪能する第三王女を、天才魔術師は休むことなく責めたてた。
「せっかくだから、後ろも可愛がってあげる」
 そう言って、ディルドを前後させながら王女の肛門を舐め回す。
 唾液でしとどに濡れた菊門を指先でつつき、念入りにほぐした。
「そ、そんな……お尻はダメっ。お尻、触らないでえっ」
 前と後ろの穴を同時に責められ、エリザベスは堪らず身をよじる。
 そんな彼女の耳元に、ジェシカは優しく囁いた。
「ふふふ……とってもいやらしいわよ、エリザベス。今のあんたは子供なんかじゃない。いやらしいことが大好きな大人の女なのよ」
「あんっ、ああんっ。お尻とチンポがすごいですっ」
「そろそろイキそうでしょ? イクときはちゃんとイクって言いなさいね」
 膣の肉をえぐる張形の動きが速まり、肛門には指の先端が突き込まれた。
 メイドのヒルダの身体は絶頂の波に痙攣し、新しい持ち主の視界に火花を散らした。
「ああっ、イクっ、イクっ」
 十三歳の姫君はよだれを垂らして絶叫し、人生で初となるオーガズムを迎えた。
 魂が身体を離れて飛び出してしまいそうな浮遊感に、エリザベスは強く魅了された。充分にほぐれた膣内からは熱い汁が噴き出し、宿のベッドを汚した。
「最高よ、エリザベス。大人の体験、楽しんでもらえたみたいね」
 半ば気絶して倒れ伏すエリザベスを、ジェシカがそう評した。
 初めて味わった、大人の女の体験。それは清純な王女の心に深く刻み込まれ、しばらく忘れることができそうになかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 城の外壁の上に、一つの黒い影があった。
 影は女の形をしていた。だが、まるでコウモリのような禍々しい黒い翼と、先が尖った黒い尻尾を持つその姿は、人間のものではありえない。
 影は黒い皮の衣装を身に着けていたが、その露出度は極めて高かった。豊満な乳房の下半分と、股間の一部。そして皮の手袋で覆われた細い腕と、黒のロングブーツをはいた長い脚を除いて、白い肌が丸見えだった。
 肩まで伸びた髪は月光のような輝きを放つ金色で、左右の耳の上部には一対の角が飛び出していた。息をのむほど美しい魔性の者だった。
「フフフ……城に侵入されたことも気づかないのね、この国の連中は。まったく間抜けなこと……」
 影は長い牙を見せて笑い、城壁の上から飛び降りた。音もなく中庭に着地し、獲物を探す視線で辺りを見回す。
「こんなお馬鹿な国、恐れるものは何もないわね。この私、リリム様が一人で滅ぼしてあげるわ」
 影の名はリリム。人間を脅かす闇の眷属の一つ、サキュバスだった。特に彼女は、一族の中でその力を魔王に認められ、「大悪魔」の称号を賜った剛の者である。
 長年、平和を享受してきたアイザック王国だが、活発化する悪魔の軍勢のために、建国以来最大の危機に陥ろうとしていた。
 中庭を見回すリリムの視線が、ある一点で止まった。そこには高価な白いドレスを着た娘の姿があった。
「あれは……きっと、この国に三人いるっていう王女の一人ね。ちょうどいい。まずはあの子から、血祭りにあげてやるわ」
 リリムは長い脚で石畳を蹴り、一度の跳躍で目標の前に降り立った。突如として現れた黒い魔族に、ドレスの少女はぽかんとするばかりだ。
「こんにちは。あなた、この国のお姫様よね? 実は、私は悪魔なの。この国を滅ぼしに来た、悪い悪い悪魔なの。それも単なる悪魔じゃなくて、大悪魔よ」
「え? 悪魔?」
 ドレスの少女は黒い髪を三つ編みにして、とても幼い容貌だった。
 体格からすると、十二、三歳といったところだが、顔だけが不自然に幼い。
 それに、王族にしてはまったく気品が感じられないのも奇妙だった。まるで庶民の娘が王族のドレスを着ているだけのようだ。
(この子、まさか王女の影武者? ということは、私のことは既に察知されていた?)
 相手の少女を観察し、リリムは思考を巡らす。
 しかし、いくら辺りの様子をうかがっても、伏兵が出てきて攻撃される気配はない。
 やはり考えすぎだろうと思われた。
「やれやれ、杞憂ね。それじゃ、間抜け面のお姫様。改めて死んでもらうわ。でも、安心して。いずれこの国の住人全てに、あなたのあとを追わせてあげるから」
「お姉ちゃん、なに言ってるの? それに、どうしてそんなカッコをしてるの?」
「……ホント、バカな子ね」
 リリムは右手を掲げ、人間の数十倍もの力を誇るその腕で、少女の身を引き裂こうとした。
 ところが、それは叶わなかった。
 突然、少女の身体を白い光が覆い、リリムも一緒に包み込んでしまったのだ。
「な、何!? これは攻撃魔法!? い、いや、違う……」
 白い光を浴びたリリムは、ドレスの少女と共にその場に倒れ込んでしまう。いったい何が起こったのかもわからぬまま、魔族の女は気を失った。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 月の光を思わせる金色の髪が揺れ、リリムの頭部が体を離れて宙を舞う。
 それと同じように、白いドレスの少女の頭も胴体に別れを告げ、ふわりと飛び上がった。
 目を閉じたリリムの生首は揺れながらドレスの少女の体に近づき、ハムの切り口のような首の切断面に、己のそれをおもむろに合わせる。
 魔術の文様が肉の境を取り巻き、異なる種族の頭部と胴体を融合させた。
 そして現れたのは、首から下がこの国の第三王女の肉体になった魔女の姿だった。
 天才魔術師のかけた魔法の効果は、それだけに留まらない。
 身体を離れた三つ編みの幼女の頭部が横たわるサキュバスの体に近づき、同様に結合する。
 本来ならばこの国を滅ぼすはずだった悪魔の肉体に、庭師の幼い娘の頭が繋がった。
 サキュバスの頭と王女の体。
 庭師の娘の頭とサキュバスの体。
 奇妙奇天烈な姿となった二人は、自分たちの肉体が入れ替わったことにも気づかず、安らかな笑みをたたえて静かに眠っていた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 ようやく目覚めたリリムは、自分の身に起こった異変に気づいて愕然とした。
「な、何よこれっ!? なんで私の体が、こんな……!」
 動転するのも無理はない。途方もない魔力と腕力を誇る高位の魔族である彼女が、いつの間にか姫君のドレスを身につけた無力な少女になっていたのだから。
「えいっ! えいっ! やああっ! だ、駄目だわ。魔法も全然使えない。私の魔力は全部そっちにいってしまったっていうの……!?」
 リリムは歯軋りして、目の前にいる女の顔を見上げた。
 黒い翼と魅惑的な肢体を持つ、幼い顔立ちの三つ編みの少女。彼女の首から下にあるのはリリムの体だった。
 どんな魔法を使われたのかわからないが、今やリリムの身体は、このあどけない童女のものになってしまったのだ。
「ねえ、お姉ちゃん、さっきから何してるの?」
「うるわいわねっ! 魔法が使えなくて困ってるんでしょうが! あんた、早く私の体を返しなさいよ! こんな体でどうしろっていうのよ!?」
 リリムはヒステリーを起こしてミンティに掴みかかるが、今のミンティは人間の腕力で飛びかかられたくらいでどうということはない。
 狼狽するリリムよりも今の自分の身体に興味津々のようで、露出の高い衣装をいじったり、翼や尻尾を触って遊んでいる。
「わー、あたしのおっぱい、大きい! それに、おへそ丸出し! えへへー」
 それはあまりにも奇怪な光景だった。
 魔王から「大悪魔」の称号を受けた魔族の最高幹部の肉体が、ほんの四、五歳の人間の幼女に支配され、弄ばれているのである。
 日頃から人間を見下しているリリムにとって、これ以上ない屈辱だった。
「どうしたら元に戻れるのかしら。こんなひ弱な体でいるところを襲われたら、ひとたまりもないわ。何としてでも元に戻らないと……」
 リリムは自分たちの体を交換させた魔法について考えを巡らせたが、そんな奇妙な魔法のことは、いくら長寿の彼女といえども覚えていなかった。
 どうしていいかわからずうろたえていると、二人に声がかけられた。
「おい! そこのお前、エリザベス姫に何をしている!?」
「げっ……見つかった」
 見ると、武装した兵士が数人、こちらに近づいていた。
 絹のドレスを着たリリムはとにかく、黒い翼と尻尾を生やしたミンティの姿はひたすら目立つ。
「こうなったら……逃げるしかないわっ!」
 リリムはドレスの裾を両手でつまみ上げ、脱兎のごとく逃げだした。
 慣れない人間の体で走りにくいことこの上ないが、不思議なことに兵士たちはリリムを追ってはこなかった。
 どうやら、自分は敵ではないと認識されていたらしい。
 それでも、いつ追っ手に捕まるかとびくびくしながら城の廊下をしばらく歩くと、裏口に出た。
 見張りは出払っているのか姿が見えず、このまま城外に出られそうだ。
「ここは一旦脱出するべきかしら。私の体は盗られたままだけど、でも、そんなことを言ってたら捕まっちゃうし……くそっ。この屈辱、忘れないわよ」
 リリムはありったけの憎悪を込めて城内をにらみつけると、裏口から出ていった。
 こうして、第三王女の身体は悪魔の頭部に操られ、密かに城を抜け出したのである。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

「……何よ、あれ」
 城に戻ったジェシカが発した第一声はそれだった。
「……何なのでしょうね。騒がしいですわ」
 ジェシカの隣で、メイド服を着たエリザベスがつぶやく。その両手には大きな買い物袋が提げられていた。
 街で衣服やアクセサリーを買い込み、大人の体を堪能して戻ってきたところだった。
 二人の視線の先には、大勢の兵士に取り囲まれて泣きじゃくる悪魔の姿があった。
 黒く大きな翼に、先の尖った尻尾。露出度の高い服装も、いかにも悪魔らしい。
 だが、問題はその魔族の顔にあった。
 サキュバスという女悪魔の体の上に載っているのは、なんと庭師の娘、ミンティの頭なのだ。
 まだ五歳になったばかりの幼い童女の首から下だけが、艶かしいボディラインを誇る女悪魔のものに変わっていた。
「うわーん! あたし、何もしてないよぉー!」
「嘘をつけっ! お城に侵入するとは大胆不敵な悪魔め! 何が目的で忍び込んだ!? 言え! さては陛下のお命を狙ってきたか!?」
「うえええ……そんなの知らないー!」
 完全武装の兵士たちに取り囲まれて泣き叫ぶその姿は、とても凶悪な悪魔には見えない。ジェシカとエリザベスは顔を見合わせ、女悪魔に駆け寄った。
「こ、これは姫様! あれ? でも、先ほどはドレスを着てらしたような。なぜ、そのようなメイドの服をお召しに……?」
「それに、エリザベス姫ってあんなに大きかったか? 見ろよ、あの見事な胸……やっぱり別人じゃないのか」
「こら、あなたたち! エリザベス殿下から離れなさい! そんなにジロジロ見るなんて不敬よ!」
 訝しがる兵士たちを、ジェシカが叱責する。
「とにかく、この悪魔は宮廷魔術師のカリオストロが帰ってきたら厳しく取り調べるから、それまでの管理はあたしに任せてもらいます! 魔族は縄で縛ったところで意味がないわ。魔力を込めた結界の中に閉じ込めないと」
「そうですか。では、ジェシカ殿にお任せします。我々は、他にもすることがありますからな」
「他に何か問題があるの?」
「はい」
 ジェシカの問いに、年配の兵士が答えた。
「実は、姫君方を捜さねばならんのです。おひとりは、この女悪魔と一緒だったという白いドレス姿の姫君なのですが……もしや、エリザベス姫ではないかと思いまして。だとしたら、早く保護致さなくてはならんのですが、エリザベス姫はジェシカ殿とご一緒でしたか。はて? それではあの姫君はいったいどなた……」
 年配の兵士は、首から下が二十八歳のメイドになったエリザベスの姿をしげしげと眺め、心底不思議そうに首をかしげた。
「白いドレス……もしかして、ヒルダじゃないかしら」
 ジェシカは、王女と身体を交換したメイドの名前を挙げた。
「ええ。きっとそうですわね。ヒルダったら、城内を出歩いているときにこの子と遭遇したんですわ。それで驚いて逃げてしまって……」
「とにかく、この子がどうしてこんな姿になっちゃったのか、まずそれを突き止めましょ。エリザベスの体になってるヒルダのことは、兵士さんたちが捜してくれるわよ。入れ替わったことが大っぴらに知られたら困るけど、まあ、一大事だししょうがないわね」
「ええ、仕方ありませんわ。さあ、ミンティ、あちらの部屋に行きましょう。あそこで、どうしてあなたがそんなお姿になったのか、聞かせてもらいますわ」
「うえええん、あたし何も悪くないよおお……」
 ジェシカとエリザベスは、少数の兵士と共に、魔族になったミンティを連れていく。
 念のため魔力を封じる結界を張った部屋の中で尋問が行われたが、いずれも要領を得ないやりとりばかりで、事態の解明は遅々として進まなかった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 城を抜け出したリリムは、城下町に来ていた。
「それにしても、これからどうしたらいいのかしら……」
 魔族の肉体と魔力を奪われ、リリムは途方に暮れていた。
 無力な人間の少女の体になった今のリリムでは、魔王から与えられた使命を果たすことなど、到底できそうにない。
 こんな異常事態はいかに長寿を誇る彼女といえど、初めてのことだった。
(一度、魔王様のもとに戻って何とかしてもらう? いいえ、そんなわけにはいかないわ。人間ごときにしてやられた無能として処刑されちゃう)
 魔王に選ばれた大悪魔として、自分の主がいかに恐ろしい存在であるかをリリムはよく知っていた。たかが人間の魔法に一杯食わされた自分がどのような処遇を受けるか、考えただけでも背筋が震える。
「はあ。一体どうしたらいいの……」
 リリムは公園の長椅子に腰かけ、ただ嘆息を繰り返す。
 目の前を通りかかる人間たちが、白いドレスに身を包んだ彼女のことを興味深げに眺めては去っていくが、それがまた苛立たしい。
(私の体だったら、こんな鬱陶しい人間どもは、すぐ皆殺しにしてやれるのに)
 しかし、いくら怒気を帯びても、今のリリムはただの人間の娘に等しい。これでは人間たちを虐殺するどころか、その辺の男一人にも容易に組み伏せられてしまうだろう。
(やっぱり、またあの城に戻って、私の身体を取り戻すしかないわね。でも……)
 再び城に侵入したとして、都合よく元に戻れる保証はなかった。
 最悪、間抜けにも自分から捕まりに行くことになるかもしれない。
 大悪魔として多くの魔族から畏怖されてきた自分が、そのような醜態を晒していいはずはない。そう思うとどうすることもできず、ただベンチにへたり込んで呆然とするしかなかった。
「お嬢さん、いい天気だね」
「え?」
 突然、声をかけられ、リリムは顔を上げた。
 一人の中年女が目の前に立ち、笑顔で彼女を見下ろしていた。
「お嬢さん、おひとりかい? 見た感じ、いいところのお嬢さんみたいだけど」
「え、えっと、その……は、はい。一人で、その、お散歩に……あはは」
 とにかく怪しまれてはならないと、リリムは精一杯の愛想笑いで返す。
 女の歳は四十から五十の間といったところだろうか。腹回りが今のリリムの二倍はありそうな、恰幅のいい中年女だった。
「そうかい。あたしはドレッサ。ここで花を売るのが仕事さ。どう? あんたも一つ。このバスケットなんて似合いそうだよ」
 中年女の後ろには、たくさんの花で飾られた荷車があった。どうやら花売りの女らしい。
 その手に提げた籠には、艶やかな白と赤の花が入っており、陽光を浴びてきらめいていた。
「い、いえ。せっかくですけど、また今度にします……」
「そうかい? じゃあ、またよろしく頼むよ」
 ドレッサという中年女が花籠を戻そうと、リリムに背を向けたときだった。リリムは得体の知れない悪寒を覚え、異変を察知した。
「こ、これは……!?」
 リリムの身体が淡い光を放ちはじめた。その白い輝きに、リリムは見覚えがあった。
(これは、あの子が私たちの体を入れ替えたときの……!)
 白い光は瞬く間にリリムの身を覆い、彼女から体の自由を奪う。抵抗する暇もなかった。光はリリムの全身を包み込むと、いまだ異変に気づかぬ花売りの女を照らしだした。
(ま、まさか、また体が入れ替わるの!? そんなのイヤぁっ!)
 抗うことのできないリリムの首を魔術の文様が取り巻き、魔法が発動する。
 リリムの身体の感覚が消失した。
(いやあ……私の首が、体から離れちゃった……)
 動かすことのできる手足の感覚、身体を包んでいるはずの絹のドレスの感触。そういった全身の触覚が消失し、頭部だけが体から切り離されたことをリリムは自覚する。
(これが、私の体を奪った魔法……なんて圧倒的な力なの)
 今度は辛うじて意識を保っていたが、気を失っていても同じことだ。未知の魔法によって胴体と別れたリリムの首は、ゆっくりと宙を移動する。
 そのうちに、正面から丸い物体が近づいてきた。よく肥えた中年女の生首だった。
 あの白い光を浴びた中年女も、リリムと同様、首と体が切り離されてしまったのだ。
 リリムの首は気を失った中年女の首のすぐ脇を通り抜け、空中ですれ違った。
(ま、まさか、これって……)
 リリムの首は、横たわる中年女の体に近づいていた。その体には首がない。そして、そこに近づく首だけのリリム。
 これから何が起こるかは明らかだった。
(い、いやあっ! 私、この太った人間の体にされちゃうの!?)
 リリムの心に嫌悪が満ちたが、魔力を失った今の彼女に、この魔法に抗えるはずもない。向きを変えたリリムの頭部は静かに中年女の胴体に結合し、一つになった。
 その途端、あの白い光は消え去り、失われていた手足の感覚が戻ってくる。
 慌てて跳ね起き、自分の今の姿を見下ろしたリリムは、心の底から絶望した。
「い、いやあああ……私の体が……!」
 角を生やした大悪魔の視界にあるのは、見慣れた彼女自身の身体でも、上等な白いドレスを着た令嬢の肉体でもなかった。
 でっぷり太った花売りの女の体がそこにあった。
「い、いやあ……こんなのイヤあああ……!」
 大声をあげて嗚咽し、地面をかきむしるリリム。
 プライドの高い彼女には、こんな醜い姿になったことが耐えられなかった。
「だ、誰か助けて……魔王様、魔王様ああっ!」
 優美な金髪を振り乱し、リリムはどこへともなく走り出す。あまりのショックに錯乱してしまったのだ。
 こうしてこの国を滅ぼそうとやってきた大悪魔は、花売りの中年女の体で公園を飛び出し、二度と戻ってこなかった。

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最終更新:2013年11月22日 00:21