アットウィキロゴ

姫の体は誰のもの 3

 その頃、エリザベスとジェシカは城内でミンティから事情を聞いていた。
 グラマラスな魔族の女の体になった、庭師の娘。幼い彼女が語る言葉は要領を得ず、非常にわかりにくいものだった。
「……それでね、あたし、廊下でマリア様に会ったの。そしたらマリア様がいなくなって、黒いカッコのお姉ちゃんが来たの。でも、その黒いカッコのお姉ちゃんもいなくなってて……」
「うーん、どういうことかしらね」
 強力な結界を張った部屋の中で、ジェシカはミンティの拙い説明から何とか事態を把握しようとする。
「ミンティとマリア殿下が出会ったのは間違いないわ。そのあと、接触したのは魔族の女かしらね。ミンティはその魔族にこんな姿にされてしまったのかしら? うーん……それなら、そいつは一体どこに行っちゃったんだろ」
「わからないことばかりですわね。他に事情を知っている人がいらしたらいいのですけど……」
 困り果てるジェシカに、エリザベスが横から話しかけた。
「事情を知っている人か……そういえば、マリア殿下はどこにいるの? 魔族が城内に侵入しているとしたら、危ないんじゃない」
「マリアお姉さまでしたら、今、兵士の皆さんが捜していらっしゃいますわ」
「はあ……陛下とあたしのパパが留守にしてるときに、こんなトラブルが起きるなんてね……困ったもんだわ」
 ジェシカは嘆息した。エリザベスの父であるアレクサンドル王と、ジェシカの父親の宮廷魔術師カリオストロは、揃って第一王女が嫁いだ隣国に招かれて留守にしていた。王妃は既に亡くなっている。
 このようなときこそ、留守居役を任された自分がしっかりしていなくては、国王や亡き王妃に申し訳が立たない。そう思うと、ジェシカは己の責任を痛感する。
「とにかく、このままじゃ埒があかないわ。ミンティのことはひとまずおいといて、あたしたちもヒルダやマリア殿下を捜しましょう」
「ええ、そうですわね」
 二人が立ち上がり、部屋を出ようとした、ちょうどそのときだ。
 目当ての人物が二人、兵士に連れられて室内に入ってきた。
「マリア殿下!? それにヒルダ!」
 ジェシカは目を丸くした。二人が見つかったことに対する驚きではなく、変わり果てた二人の姿に驚愕したのだった。
「も、申し訳ありません。エリザベス様……このようなことになってしまいまして」
 眼鏡のメイドは恐縮して頭を下げた。ジェシカは今まで、ヒルダはエリザベスの体になっているものとばかり思っていた。
 二十八歳のメイドに預けたはずの、十三歳の第三王女の肉体。だが、それはもはやヒルダの手を離れていた。
 現在のヒルダはエリザベスのものとは異なる、淡い緑色のドレスを身にまとっていた。それはエリザベスの姉である第二王女、マリアの衣装だった。
 単に服を取り替えたわけではないことを、ジェシカは瞬時に察した。
 緑のドレスの胸元を押し上げる、豊かな二つの膨らみ。それは明らかに、エリザベスの未成熟の肉体にはないものだ。
 では、誰の体になったのか……その答えは言うまでもなく、マリアである。
 今年で十六歳になる第二王女の頭が体から切り離され、代わりに二十八歳のメイドの頭部が載っていたのだ。
「ヒルダ、あなた……マリアお姉さまと入れ替わってしまったの?」
「は、はい……どうやら、そのようでございます」
 エリザベスの問いに、ヒルダは小さくなってうなずいた。
「そして、マリア殿下はそんなお姿になっちゃったってわけか……」
 ジェシカは困惑した顔で、背丈が本来の半分ほどに縮んだ第二王女を眺める。
 本来ならば十六歳の華やかな少女だったはずのマリアは、どう見ても四、五歳の子供の体になっていた。それも、顔だけはそのままで。
「あらあら、マリアお姉さまったら、随分と可愛くなってしまわれましたね。それにひきかえ、わたくしはほら……この通り大人の体ですわよ」
 エリザベスは、今や自分のものになった二十八歳のメイドの体を見せつけ、自分が成熟した女性になったことを姉にアピールした。
「や、やめなさい、ベス! お姉ちゃんをからかわないで!」
「いいえ、やめませんわ。わたくし、日頃からお姉さまに可愛がっていただいてますもの。ですから、今度はわたくしがお姉さまを可愛がって差し上げる番ですわ」
 エリザベスは長い腕を伸ばし、小さくなったマリアを抱き上げる。二十八歳の妹に抱き上げられた五歳の姉は、半泣きになって嫌がった。
「ベス、やめなさい! そんな……ああ、胸を押しつけないでっ」
「うふふ、日頃のお返しですわ。たまにはこういうのもよろしいですわね。今のマリアお姉さまは子供ですから、わたくしの大きなお乳を吸っても構いませんのよ?」
「や、やめてえっ」
「その辺にしときなさい、ベス。今はそれどころじゃないでしょ?」
「それもそうですわね」
 散々エリザベスに弄ばれたのち、マリアはようやく解放される。
 自分の体をメイドに奪われ、妹に侮辱された恨みを、彼女はジェシカにぶつけてきた。
「ジェシカ、これは一体どうなっているの!? なんで私がこんな姿に……。もしかして、全部あなたの仕業なの!?」
 足りない身長を補うため、元気よく飛び跳ねて抗議する姫君の剣幕に、ジェシカは気圧され、額に脂汗を浮かべた。
「そ、そんなはずはないんですけど……あたしがしたことは、ただベスとヒルダの体を取り替えただけで」
「それよ! その魔法が私たちをこんな姿にしたのよ! ねえ、ヒルダ! そうでしょう!?」
 マリアは元の自分の身体を見上げ、忠実なメイドに確認する。ヒルダは首肯した。
「はい……実は、エリザベス様が私とお体を交換して出ていってしまわれたあと、マリア様が私のところにいらしたのです。すると、私の体があのときと同じ白い光に包まれて、気がついたらこのお体に……。きっと、あの魔法のせいではないかと思います」
「な、何ですって!? そんなバカな!」
 あの入れ替わりの魔法は完全に制御されており、暴走する危険はない。ジェシカは天才魔術師のプライドにかけてそう主張したが、二人の言うとおりだと仮定したら辻褄が合う。
 ジェシカがエリザベスの体にかけた、肉体交換の魔法。
 仮に、それが暴走して、次々と手近な人間を入れ替えているとしたら……。
 第三王女のエリザベスが、メイドのヒルダの体に。
 メイドのヒルダが、第二王女のマリアの体に。
 第二王女のマリアが、庭師の娘のミンティの体に。
 そして庭師の娘のミンティが、城に侵入した女悪魔の体に。
 全員の身体に起こった異変が、これでうまく説明できる。
(ということは……城の中に侵入してきた悪魔が、今、ベスの体を使ってる!?)
 恐ろしい結論に思い至り、ジェシカは血相を変えた。
「大変だわ! 早くエリザベスの体になった悪魔を探さないと! きっとそいつが、さっき兵士のおっちゃんが言ってた女の子よ!」
「え? どういうことですの?」
 いまだ事情を察していないエリザベスが、怪訝な顔で聞き返した。
 そこに、また一人の兵士が慌てた様子で飛び込んでくる。
「申し上げます! しばらく前に、白いドレスのお嬢様が城の裏口から出ていってしまわれるのを、見た者がおりました!」
「そ、そいつだあああっ! 皆、急いでその女を捜すのよっ!」
 ジェシカは言うなり、愛用の杖を片手に部屋を飛び出した。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 涼しい風に吹かれ、ドレッサは目を覚ました。
「あれ……あたし、寝ちゃってたのかい。なんてこった」
 どうやら彼女は公園のベンチにもたれかかり、居眠りしていたようだ。花売りの仕事の最中だというのに、とんだ失態だ。
「まあ、いいさね。それにしても、もう夕方か。早いねえ」
 既に日は暮れ始め、西の空が赤く染まりつつあった。
 ドレッサは立ち上がり、商売道具である花を積んだ荷車がちゃんと目の前にあることを確認した。
「今日はあまり売れなかったけど、もう店じまいの時間かね。それじゃあ、帰るとするか……ん?」
 そのとき、ドレッサは違和感を覚えた。見ると、自分の服が綿の衣ではなく、いかにも高級そうな白い絹のドレスになっていた。
 足には革のブーツではなく、小さくて可愛らしいハイヒール。
 そして首には大きなルビーがあしらわれた金のネックレスをしていた。
「これ、どうなってるんだい? なんであたしが、こんな高そうなものを……」
 首をかしげたドレッサだが、あまり物事を深く考えない性質の彼女は、「まあ、いいや。せっかくだからもらっておこう」と言って荷車に戻る。
「でも、帰ろうにもこの靴じゃ、車をひいて帰れないねえ。どうしたもんか……」
 問題は靴だけではない。大柄で腕力にも自信があったドレッサの身体は、まるで思春期を迎えたばかりの少女のように、小さくきゃしゃになってしまっていた。
「あたしの体、どうしちまったんだ? まあ、いいや。とりあえず荷車はここに置いといて、うちからバカ亭主を呼んでくるかね」
 そう決めたドレッサは、商売品の花を置いて自宅へと歩き出す。
 貧しい家庭で育った彼女は、ヒールの靴を履いた経験などなく、一歩踏み出すたびにバランスを崩して転んでしまいそうだった。「ああっ、もう。面倒臭いねえ。うちはすぐそこだってのに」
 ようやく公園を出たドレッサが悪戦苦闘していると、夕暮れ時の空から一人の女が舞い降りてきた。大きく胸元の開いた、赤い衣を身にまとった若い魔術師だ。
「おや、こいつは驚いたね。空から女の子が降ってきた。あんた、魔法使いかい?」
「ええ、そうよ。あたしは宮廷魔術師カリオストロの娘、ジェシカ。あなたは城に侵入した悪魔……じゃなさそうね。まあ、どっちでもいいわ。アイザック王国の第三王女、エリザベス殿下の体を返してもらうわよ」
「宮廷魔術師? 城の悪魔? 何だかよくわからないけど、大変そうだね。でも、あたしにゃ関係のないことさ。あたしはドレッサ。ただの花売りだよ……」
 事態を理解できないドレッサに向けて、ジェシカと名乗る魔術師は杖を突き出した。
「問答無用! とにかく、あたしと一緒にお城まで来てもらうわ。いいわね?」
「そうかい。まあ、お城の御用っていうなら、しょうがないね。でも、その前にあたしはいったん家に帰りたいんだ。公園に置いてきた商売道具を、うちのバカ亭主に持って帰ってもらいたいんでね。なに、すぐ済むから、それまでここで待っててくれないかね」
「ダメよ! あなたの体にかかってる魔法は、暴走してるの! 早くお城に戻って解除しないと、あなたみたいな被害者がどんどん増えて……あっ!?」
 魔術師の少女が言うなり、ドレッサの身体が光を放ちはじめた。白い光は見る間にドレッサの全身を覆い、彼女から体の自由を奪う。
「な、なんだってんだ? あたし、どうしちまったんだ?」
「遅かったか。とにかく、その魔法を解除して……きゃあああっ!?」
 白い光はドレッサの体から溢れ出し、目の前にいる魔術師の身を撃った。
「そ、そんな……まさかあたしが、こんな……ううっ」
 苦悶の表情を浮かべて、若い女魔術師がうつ伏せに倒れる。
 ドレッサはどうしていいかわからず、狼狽するばかりだ。
「ど、どうなってるんだい? いったい何が……」
 光はますます輝きを増し、ドレッサと魔術師の身体を包み込む。すると、次第にドレッサの意識が薄れ、何も見えず、何も聞こえなくなる。
 やがて花売りの女は気を失い、その場に細い体を横たえた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 意識を取り戻したジェシカが見たのは、白い絹のドレスを着た己の姿だった。
 何が起こったか考えるまでもない。暴走した魔法によって、ジェシカの首から下がエリザベスの身体になってしまったのだ。
「なんてことなの……あたしがベスの体になるなんて」
 敬愛する王女の肉体になってしまったショックは大きい。
 そのうえ、今のジェシカは一切の魔法が使えなくなっていた。おそらく、魔力は首から切り離された身体の方に宿っているのだろう。
 ジェシカは元の自分の体を捜したが、どこにも見当たらなかった。
 魔法によって体が入れ替わったのなら、今までエリザベスの体を使っていた中年女が、現在はジェシカの体になっているはずだが、どうやら先に目を覚まして、ひとりで家に帰ってしまったらしい。
「あのおばちゃんに、あたしの体を持ち逃げされた……どうしよう」
 放心して、地面にへたり込むジェシカ。失敗に次ぐ失敗で、天才魔術師としての彼女のプライドはひどく傷ついていた。
(落ち着きなさい。とにかく、今できることをしなくちゃ)
 ジェシカは何とか冷静さを取り戻し、次に自分がとるべき行動を考える。
 選択肢は二つあった。元の自分の体を捜すか、このまま城に戻るかである。
 自分の体を魔力ごと奪われた以上、できれば前者を選びたいところだが、一切の魔法が使えなくなった現状を考慮すると、あまり現実的な話とは言えなかった。
「仕方がないわ……ここはいったんお城に帰って、あたしの体は後で兵士の皆に捜してもらいましょ」
 ジェシカの体は行方不明だが、第三王女エリザベスの身体は取り戻すことができたのだ。自分を信じてくれた王女のためにも、この体だけは無事に城まで送り届けなければならない。
 白いドレス姿のジェシカは、そう決意すると城の方へと歩きだした。
「それにしても……あたし、本当にベスの体になってるんだ」
 ジェシカは己の姿を見下ろしてつぶやいた。
 エリザベスのドレスを着て、エリザベスの靴を履いて歩いていると、まるで自分が本当に王女になったかのような錯覚を抱いてしまう。
「こうして見ると、やっぱりまだまだお子様よね。胸なんてぺったんこだし。あの子がマリア様にからかわれて怒るのも、無理のないことかもしれないわ」
 四つ下の幼馴染みの体を我が物として眺めながら、ジェシカは王女の気分を味わう。
 今年で十三歳になる第三王女の肉体は、まだまだ蕾なのだ。それが華を咲かせるには、いましばらくの時間を必要とする。
 いつかやってくるはずのそのときを夢見て、ジェシカは微笑みを浮かべた。
「さあ、早くお城に帰って、ベスにこの体を返してやらなくちゃ。あ……でもそうすると、あたしはメイドのヒルダの体になるのよね。まだ入れ替わりの魔法の効力が残ってるのなら、マリア様やミンティも一緒に元に戻してあげられるかもしれないけれど……」
 ぶつぶつ言いながら歩いていると、目の前を一匹の犬が通りがかった。
 茶色の毛並みをした中型犬で、革の首輪はしているが飼い主の姿はない。おそらく、放し飼いにされているのだろう。
 犬は人懐っこくジェシカに近寄ってきて、絹のドレスの裾をなめ回してくる。
「こら、やめなさい。今はあんたなんかに構ってる暇はないの。ほら、しっしっ」
「ワンっ!」
 犬は何が面白いのか、ジェシカの後ろを離れずついてくる。こちらに危害を加える様子はなさそうだが、犬嫌いのジェシカにとって、知らない犬にまとわりつかれるのは愉快なことではない。非常時であればなおさらだ。
「しつこいわね、あっちに行きなさい! あたしは犬が嫌いなの。あっちに行けっ!」
 道端に落ちていた板切れを振り回し、犬を追い払おうとするジェシカ。
 だが、そんな彼女を新たな異変が襲った。
「え? そ、そんな……また!?」
 ジェシカの体から白い光があふれ出し、彼女の全身を包み込む。またしても入れ替わりの魔法が発動したのだった。
(駄目。この魔法、完全に暴走してる……何とかしないと)
 薄れゆく意識の中でジェシカが目にしたのは、自分と同じように白い光に包まれる茶色い犬の姿だった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

「メイ、メイー!」
 ジャンは愛犬を捜しながら、夕暮れ時の街を歩いていた。彼は時計職人の息子で、二匹の犬を飼っているが、そのうち一匹が目をはなした隙にいなくなってしまったのだ。
 逃げた犬の名はメイ。今年で三歳になる若いメス犬だった。
「困ったなあ。あいつ、どこに行っちゃったんだろう。ラッキー、わかる?」
「バウっ!」
 ジャンは大きな黒い犬を連れていた。彼が飼っているもう一匹の犬、ラッキーだ。
 メイには少し間の抜けたところがあり、ときどき理由もなく迷子になったりいなくなったりすることがあった。
 そんなとき、ジャンはラッキーと共に行方不明の愛犬を捜すのが常だった。
 ラッキーは勇敢で賢く、メイがいなくなっても匂いを頼りに見つけることができる。
 信頼するラッキーなら、きっといつものようにメイを見つけてくれるだろう。
 ジャンはそう思いつつ、犬のリードを片手に、必死でメイを捜した。
「バウ、バウっ!」
 やがて、ラッキーが盛んに鳴きはじめた。何かに気づいたときの反応だ。
「ラッキー、見つけたのか?」
「バウっ!」
「よし、メイのところに案内してくれ。あいつ、きっと腹を空かしてるはずだ」
 ジャンはラッキーに先導され、街の裏路地に入っていく。
 手に提げたランプで暗い裏路地を照らしながら歩いていくと、袋小路に突き当たった。
「メイ、ここにいるのか? 僕だ。ジャンだよ!」
「バウっ!」
 ラッキーの吠える先に、茶色い犬が寝そべっていた。さてはメイかと近寄るジャンに、犬は起き上がって身構えた。
「来ないで!」
「え? 何だよ、これは……」
 ジャンは唖然とした。彼の目の前にいるのは、確かに一匹の犬だった。
 しかし、その顔は明らかに犬のものではなかった。人の顔だったのだ。
 茶色い犬の体の上に、若い女の頭が結合していた。
 犬の体と、人間の頭。それは奇妙極まりない生物だった。
「いやあっ、来ないで! あたしを見ないで!」
「お、お前、犬なのか? それとも人間……」
 ジャンは女の顔を持つ犬の前にかがみ込み、その体をそっと撫でた。
 胴体、四肢、そして尻尾。いずれも茶色の毛並みに覆われた、犬の体だ。
 だが、その首から上だけは、紛れもなく人間の女のものだった。
「この首輪……これはメイのものじゃないか! じゃあ、お前はメイなのか? 顔だけが人間になっちゃったのか?」
「そ、そんなわけないでしょ! あたしは人間よ!こんな体になっちゃったけど、あたしは宮廷魔術師の娘、ジェシカ・カリオストロなの!」
「信じられない……じゃあ、メイの頭はどこに行っちゃったんだ?」
 驚愕するジャンを見上げて、ジェシカと名乗った犬女は涙を流した。
「そんなの知らないわよ。あの犬があたしにまとわりついてきて、そしたら肉体交換の魔法が発動しちゃって、こんな姿に……。うえええん。もう、こんなのやだあ……」
「バウ、バウ!」
 ジェシカの頬を伝う涙を、ラッキーが優しく舐めてやっていた。
「とにかく、うちに来いよ。話はあとでゆっくり聞かせてもらうから。な?」
「うう、ぐすっ。あたし、もうダメ……死にたい」
「が、頑張れって! ほら、抱っこしてやるから」
 ジャンはジェシカの頭と融合したメイの身体を抱き上げ、自宅に連れて帰った。
 首から下がメス犬の体になったジェシカは、無事、飼い主に保護されたのである。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 城下町を赤い夕陽が照らしていた。
 重い買い物袋を抱えて、ステファニーは帰宅の途についていた。
「遅くなっちゃったわ……早く帰って、ご飯にしないと」
 ステファニーは昨年、結婚したばかりの新妻だ。歳は二十。
 夫は子供の頃から付き合いのあった靴屋の倅で、とても妻思いの男だった。
 商売もまずまずうまくいっており、しばらく前に念願だった子宝も授かった。
 新たな命を宿して大きく膨れた自分の腹を見ながら、ステファニーは、自分の人生が順風満帆であることを神に感謝していた。
「それにしても、今日は寒いわね……お腹の赤ちゃんに良くないわ」
 昼間、暑かったために薄着で買い物に出かけたのを後悔した。
 寒風が吹き抜ける黄昏の街に、通行人の姿はほとんどない。
 早く帰宅して、愛する夫のために夕食を作ってやらねば。
 そう思って家路を急ぐステファニーが、ようやく自宅の前の通りに出たとき、突然、一人の少女が目の前に現れた。
「え? な、何? きゃああああっ!?」
 ステファニーは仰天した。白いドレスを身にまとった少女が四つんばいになって、彼女をじっと見つめていた。
 ステファニーが驚愕したのは、その少女の顔が人間のものではなかったからだ。少女の頭は犬だった。
 首から下はドレスの少女。そして、首から下は茶色い毛並みの犬というグロテスクな生き物が、ステファニーの前にうずくまっていた。
「ひいいっ!? な、何なの、あなた……いや、来ないでっ!」
「ワン、ワンっ!」
 犬頭の少女は嫌がるステファニーに飛びかかり、彼女の体を馴れ馴れしく舐めはじめた。
「う、ううん……」
 あまりのショックに買い物袋を取り落とし、その場に失神するステファニー。
 すると、犬頭の少女の体が淡い輝きを放ち、その光はステファニーの体をも包み込んだ。
 天才魔術師のかけた魔法は、いまだその効力を残していた。
 白い光が第三王女と妊婦の身を包み込み、その胴体から首だけをおもむろに切り離す。二十歳の若妻の首は体を離れ、十三歳のプリンセスの体と結合した。
 一方、メス犬の頭はプリンセスの体から分離し、今度は二十歳の妊婦の体と繋がった。
 双方の頭部が無事に入れ替わると、光は役目を終えたかのように薄れ、霧散した。
 ジェシカの魔法は八回目にして、ようやくその力を失ったのだった。
 やがて、妊婦の体と繋ぎ合わされた犬の頭が目覚め、四つんばいでその場を離れていった。
 ステファニーの身体を奪ったメス犬は身重の体を引きずり、どこへともなく消えていった。あとに残されたのは、白いドレス姿のステファニーだけだ。
 アイザック王国第三王女、エリザベスの幼い身体は、こうして靴屋の若妻、ステファニーのものとなったのである。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2013年11月23日 19:59