投稿日:2009/02/25(水)
<9>
「なにこれ?」
「えぇ!?」
『品探しに出ます。しばらく休みます。』
店の前には達筆な筆で書かれた張り紙…
「さっきまでやってたじゃない。」
「まだいるんじゃないの?」
二人は各々に戸を叩いて中にいたはずの老婆を呼んだ。
しかし、中からの答えはなかった。
「はぁ…」
瑠美になったさやかがため息をつく。
「とりあえず帰ろっか。」
さやかの体の瑠美が言うと、さやかは小さく頷いた。
「これからどうする?」
瑠美の家に戻るとさやかが切り出した。
「そのうち戻るかもしれないんじゃない?」
体が変わっても瑠美の楽天家な性格は変わらない。
「そんな…明日までに戻らなかったら?仕事とか。」
「そっかぁ。」
「私、看護婦さんなんてできないよ。」
「大丈夫、私だってできるんだから。私だって、受付なんかできないよ。」
「とりあえず、調子が悪いとか言って座ってニコニコしてればなんとかなるから。」
そこまで言って、さやかが気づいた。
「明日の服…」
(え?)
瑠美は一瞬疑問に思ったが、
自分の眼下から伸びるスレンダーな脚を見て納得した。
「そっかぁ、こんな格好のさやか、見たことないもんね。」
「取りに行かないと…って、瑠美の知り合いにあったらどうしよう?」
「そうだね…。下向いて歩いたら。」
「そんなんでどうにかなるかなぁ。」
「とりあえず、この間だけはしょうがないよ。」
「じゃあ服取ってくるね。」
「いってらっしゃい。あ、これ私の傘。」
「ありがとう。」
今度は慎重にブーツを履いていく。
「今度は大丈夫。」
そう言って笑うさやかは、いつもの瑠美のように見える。
「気をつけてね。」
瑠美の口調もいつものさやかのようにおだやかなものだった。
532 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/25(水) 00:56:02 ID:1xeCB708
<10>
駅まで10分、電車で1駅、さらに歩いて5分。
幸い瑠美の知り合いには会わずに、さやかは自分の家に着いた。
「とりあえず服を持っていかないと」
さやかはクローゼットから服を探す。
白のブラウス、ベージュのニット、黒のジーンズ。
そして黒や紺の落ち着いた色の下着。
いくつかを旅行用のカバンに詰めていく。
「ふぅ。」
さやかは一息つくと、床に座り込んだ。
胸に感じていた重みが少し和らぐ。
ミニスカートから覗くのは黒いストッキングに
包まれた肉感的なふくらはぎ。
(私の服…今度はいつ着るんだろう。)
さやかの中にはまた不安がこみ上げてくる。
しばらくするとさやかは自然に服を脱ぎ始めていた。
「瑠美になっちゃったら着ることもないよね…」
部屋の寒さに気づきエアコンのスイッチを入れると
ピンクのプルオーバーを脱ぎ、白のキャミソールを脱いでいく。
白黒チェックのミニスカート、黒のストッキングも脱いでしまう。
淡いブルー下着姿の瑠美。
鏡の前に立つさやか。
(それにしてもおっきいなぁ。やわらか~い。)
両手でバストをつかむと、後ろ向きになりヒップを持ち上げる。
(ヒップはちょっと大きすぎかな…)
クローゼットからボタン脇にフリルが付き
細い黒のストライプが入ったブラウスに袖を通す。
二の腕に抵抗を感じるも何とか通すが、指先が袖から出ない。
左手で引っ張り手先を出す。
左の袖を通し前を留めようとするがなかなかボタンが留まらない。
(ひゃぁ、留まんないんだ…)
胸を引っ込め慎重に留める。
そして黒のロングスカートを穿く。
なかなかファスナーが閉まらない。
(よいしょっと)
鏡を見るとヒップのラインが露わになっている。
正面を向くとずいぶんアンバランスだ。
ぶかぶかの袖、はちきれそうな胸のボタン。
この前着たのは3日前くらいだろうか。
あのときの自分と全く違う体。
ふっと息をつくとパチンという乾いた音が響いた。
少し軽くなる胸の圧迫感。
さやかの細身な体型を強調するデザインだが、
瑠美が着ると、縦横のバランスが崩れてしまう。
2番目のボタンが飛んでしまい、横からは水色のブラジャーがのぞく。
「あ~あっ」
さやかはわずかに歩を進めるとかがんでボタンを拾った。
「そりゃこうなるよね」
苦笑いをしながら服を脱いでいく。
「これは置いていかなきゃ。瑠美も待ってるし早く行かないと。」
元の瑠美の服を着るとさやかはカバンを持って外へ出た。
533 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/25(水) 00:56:42 ID:1xeCB708
<11>
「おかえり」
「ただいま」
「ちょっと遅かったね」
「うぅん…ちょっとね」
「誰か知り合いに合って困った?」
「うぅん、そんなことないよ」
(自分の服着てみたなんて言えないよね…)
「とりあえず、こんな感じ」
「ありがとう、ちょっと着てみるね。」
そういうと、瑠美は白と黒のツートンになった
レトロ柄のワンピースを取り出した。
「こういうのって、背が高くないと似合わないじゃない」
「そういうもんかなぁ」
「ちょっと待ってて」
瑠美は先ほどさやかが着替えた隣の部屋へ入っていった。
「あれは確かにお気に入りだけど…」
しばらくすると、瑠美が出てきた。
「どう?っていつものさやかになっただけかぁ」
「そうだね。」
いつもの自分を鏡で見ているようで、さやかは言いようのない違和感を覚えていた。
しばらくお互いの体で過ごしたが、戻る気配は全くない。
いつ戻るか分からない以上、とりあえずはお互いの役割を果たすしかなかった。
二人はお互いの情報を交換した。
職場の場所から始まって仕事の流れ、職場の人間関係などなど…
「大丈夫かなぁ」
「大丈夫なわけないじゃない、でもなんとかなるでしょ」
「そんなぁ」
楽観的な瑠美にさやかは半分あきれていた。
自分が看護婦の仕事なんて…
「私の仕事はたぶん瑠美はできるけど…」
「大丈夫。ちょっと風邪気味とか言ってればどうにかなるって。」
そういった後、瑠美が続けた。
「家とかどうしたらいいだろう、あと財布とかも。」
二人で相談した結果、家も財布も自分の体の持ち物を使うことにした。
財布ならばまだしも銀行のカードが他人では何かあったとき大変だ。
とりあえず夕食までは瑠美の家で過ごした。
出前のピザを頼み、同じピザを分けて食べたり、瑠美の食べたところにさやかが口をつけたり、いろいろしてみたが戻る気配はやはりなかった。
「じゃぁ、行くね。」
夜も更けてきたため、瑠美はさやかの家へ帰ることにした。
さやかのブラウンのロングブーツを履いた瑠美は、
どこから見てもさやかそのものだった。
「うん、何かあったら電話してもいい?」
「休みは不規則だからいつ電話できるかわからないけど。
患者さんの具合とかで変わっちゃうから。」
「そうなんだぁ。」
「さやかのほうはできるの?」
「大丈夫、昼休みはちゃんとあるから。」
「そっかぁ、じゃあ待ってる。」
瑠美は軽くバイバイをしながら、玄関のドアを閉めた。
(自分の家なのにバイバイしてドア閉めるなんて。しかも自分に見送られて)
そう思うと瑠美は少し苦笑いをした。
534 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/25(水) 00:57:08 ID:1xeCB708
<12>
「ふぅ…」
瑠美が帰った瑠美の家でさやかは大きくため息をついた。
「こうなったらうじうじしてても始まらないかぁ。」
さやかは寝る前のいつものホットミルクでも飲もうと、
冷蔵庫を開けたが牛乳がない。
「そうだ、瑠美って牛乳嫌いなんだった。いいや、明日にしよ。」
あきらめてさやかは風呂に入ることにした。
再び襲う胸の重量感…
「やっぱり外すと来るなぁ…」
さやかは胸を支えながら浴室へ入った。
シャワーを浴び、体を洗っていく。
「それにしても柔らかいなぁ。おんなじ女とは思えない…」
つぶやきながらさやかはボディーソープを落とす。
くせっ気のある髪を洗い、浴室から出てくる。
「パジャマはどこかなぁ」
さやかはクローゼットを探す。
「これかぁ…」
パステルピンクで袖と襟に大き目のフリルがついたパジャマ。
「…しょうがないか。」
さやかはボタンを外してパジャマを着る。
「かわいいなぁ」
鏡を見て小さな体になった自分を改めて感じるさやかだった。
「病院までは15分くらい…7時には起きないと。」
さやかは部屋の電気を消した。
535 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/25(水) 00:57:32 ID:1xeCB708
<13>
瑠美もさやかの家へ帰ってきた。
暖房を付けるとコートを脱ぎ鏡の前で腰に手を当ててポーズを取る。
レトロ柄のワンピースから伸びる脚は何度見ても美しい。
「お風呂入ろっかな」
瑠美は服を脱いで浴室へ入る。
洗面所の鏡に映る生まれたままの姿。
小ぶりな胸と長い脚、体全体のラインの細さ、型から胸にかかる長いストレートヘア。
どれも瑠美の体にはないものばかりだ。
(モデル体型だよねぇ、胸だってこれだけあれば十分…
でももうちょっとあったほうがいいかぁ…)
そういうと再び瑠美はポーズをとったが、すぐに身震いした。
「お風呂入ろ」
シャワーを浴びると長い髪、そして体全体が濡れていく。
湯気の中で鏡に映るさやかの姿はまた美しいものだった。
瑠美も温泉に一緒にいったことがあるがこんな姿は見たことがない。
「きれいだなぁ…」
髪を洗い、体を洗い、瑠美は浴室から出た。
バスタオルで髪と体を拭いていく。
「下着は、っと。」
クローゼットを開け、黒のブラジャーとショーツを穿く。
「さやかの下着着けるなんて…」
思わず鼓動が早くなる。
小ぶりな胸を黒のブラジャーに収め、ショーツを穿く。
下着姿のさやか。
「これが私の体かぁ、風邪引いたりしないようにしないと。」
瑠美はクローゼットからパジャマを取り出す。
厚手の紺色の生地で、襟や袖には白いラインが入っている。
こんなパジャマを着ているさやかが、今頃は家で自分のパジャマを着ている。
「わたしはいいけど、さやかは嫌だろうな」
そんなことを思いながら瑠美はさやかのパジャマを身に着けた。
「あ…」
瑠美は大事なことに気がついた。
今の瑠美はさやかの体。
さやかの髪は長く、乾かすのに時間が掛かる。
「早く寝たいけど乾かさないと…」
ドライヤーで15分。
艶のある黒髪が肩にさらりと掛かった。
「ふぅ。ようやく終わり。」
瑠美は電気を消してベッドに入った。
536 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/25(水) 00:57:59 ID:1xeCB708
<14>
翌朝。
ジジジーとけたたましく目覚ましが鳴る。
「うぅっ」
いつもと違う目覚ましの音にビクッと身震いをしたその時…
さやかはまたもや瑠美の体の怖さを知ることになる。
「う…ん、起き上がれない…」
大きい胸のせいでいつものように起き上がれないのだった。
両手をついてなんとか起き上がる。
目線の下にはピンクのフリルの生地を持ち上げる二つの膨らみ…
「なに、起き上がるのも大変なの!?」
つぶやきながらさやかは支度を始める。
クローゼットから下着を探す。
フリルや花柄のかわいい下着のセットが所狭しと入っている。
「う~ん、辛うじてこれなら…」
黒い生地にピンクのバラがあしらわれた下着。
身に着けると胸の重みが少し軽くなる。
黒のタートルネック、バーバリー柄のミニスカート。
黒い分目立たないが少しでも下を向くと大きな胸が視界に入る。
いつものファー付の白いコートを着て、
さやかは瑠美として病院へ出かけていった。
瑠美もさやかから遅れること1時間、いつもより遅い起床だ。
すっきりとした胸周りに違和感を感じながらさやかの服を着ていく。
「地味な色が多いんだね。」
ベージュや黒、紺や深緑の下着。
さやかは深緑の上下を選んだ。
昨日着たレトロ柄のワンピース、黒のストッキング。
昨日と違うグレーのコートを着てブラウンのブーツを履く。
玄関の姿身に映るのはどこから見ても、いつものさやかの姿。
「ほんとにさやかなんだ…」
瑠美もさやかとして、家を出て行った。
537 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/25(水) 00:58:20 ID:1xeCB708
<15>
二人はお互いの仕事をこなしていく。
瑠美は二人組の受付だったので駄目なときはもう1人に
任せればよかったが…
看護婦になってしまったさやかは初めて見ることばかりだった。
まずナース服への着替え。
どのボタンを外して着ればいいのかわからない。
「上からかぶるのかなぁ…」
普通のナースであればこれでも着られるのだろうが…
今のさやかは胸の大きな瑠美の姿だ。
上からでは胸がつかえる…
「おはよう」と同僚らしき人が声を掛けるが
さやかは必死でそれに気づかない。
上から着るのをあきらめ、下から持ち上げる。
力が入る分、胸の部分も引っ張り上げて通すことができた。
ファスナーを閉めるといままでとは違う圧迫感…
「なにこれ…ってぅぅん、遅れちゃう…」
急いで走るとユサユサと揺れるバスト。
「もうなんか痛いよ…」
エレベーターに乗り病棟へ着いた頃にはもうすっかり疲れてしまっていた。
上の空で朝のミーティングに出た後業務開始。
不思議なことに自然と体は動くが知らない人に囲まれ、
ぐったりして昼休みを迎えた。
「看護婦さんって大変…」
休みに入ったのは12時30分。
「まだ休憩中だ。」
さやかは瑠美に電話をかけた。
「どうそっちは?」
「もう大変、瑠美よく毎日やってるよね。」
「慣れちゃえば大丈夫だよ」
「もう午後も不安…」
「あ、今日夜勤だったはず。」
「えぇ!?」
「その分早く帰れるから。私も帰ったらすぐ家行くから。」
「うぅん…」
戸惑ったままさやかは電話を切った。
(夜勤って何?)
受け入れざるを得ない現実に、さやかは途方に暮れた。
午後の勤務を終えたのが午後5時。
さやかになった瑠美も5時には会社を出ていた。
538 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/25(水) 00:58:51 ID:1xeCB708
<16>
先に帰ってきたのは瑠美。
何かあったときに部屋に帰れるよう互いの部屋の合鍵を持っていたのだ。
さやかの姿で自分の家に帰る。
いつもより低く見える玄関。
(なんか変な感じ…)
慣れた手つきで電気をつけ、暖房のスイッチを入れる。
15分ほど待っただろうか。
瑠美の姿のさやかが帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま」
お互い自分の姿に出迎えられ、二人はリビングのソファーに座った。
さやかが大きく肩で息をする。
「大変だった?」
「大変なんてもんじゃないよ。私にはとてもできないよ。」
「でも、できたじゃない。」
「不思議よね、体は動いたし、職場の人たちもなんとなくわかった。
でも疲れた~」
「夜勤は11時半には病院に行かなきゃだから。早く寝たほうがいいよ。」
さやかは昨日と同じパジャマに着替える。
ブラジャーを外して感じる重量感には少し慣れてきたようだ。
瑠美を見送りながらさやかが聞く。
「そっちはどうだったの。」
「なんともなく過ぎたって感じ。」
「看護婦さんに比べたら楽な仕事だよね。」
「そんなことないよ。おじぎいっぱいして結構大変だったよ。」
「でもそうしてれば終わっちゃうから。寝るね。」
「わかった、おやすみ。」
手を振るさやか。玄関のドアを閉め歩く瑠美。
すっかり馴染んだその様子は
まるで互いの体に戻ったかのようにも見えた。
539 名前:砂漠のきつね[] 投稿日:2009/02/25(水) 00:59:12 ID:1xeCB708
<17>
それから夜勤をこなしたさやかは
前日からの騒動にすっかり疲れ、家に帰った途端に、
すっかり寝てしまった。
瑠美も夜勤明けであることはわかっていたので、連絡はしなかった。
しかし、それを機に、二人は会う機会がなくなってしまった。
毎日会おうと約束してはみたものの、
入れ替わってしまった驚き、これからの不安。
様々なものが2日もすると消え去ってしまったからだ。
元に戻らなければけないことは分かっていても、
仕事を持っている状況ではなんともし難いのが現状だった。
週末に会えば、と思っていたが、
その週、瑠美になったさやかは
どちらも勤務で元に戻る手間をかける時間がなかった。
何より、二人が仕事をこなせていたので
日々の生活に苦労しなかったのだ。
「ひょっとしたら、変わった体の覚えたこととかが、
そのままできるのかな?」
さやかがある日の電話で瑠美に言った。
最初は抵抗があったフリルたっぷりのパジャマにも
すっかり慣れてしまっていた。
「そんなことある?」
「だって、身体が他人のものになるのだって、普通じゃ考えられないことなんだから」
「そうだねぇ。そうなのかも。」
この体は他人のもの。
そんな異常事態のはずなのに、
流れる日々にはいつもとの変化を感じられず、
うっかりすると元に戻ることを忘れてしまいそうな二人であった。
最終更新:2009年02月25日 23:55