<49>
瑠美は早く彩子の身体に戻りたかったが、美子に「もうちょっとだけ」と言われ、ここまで来てしまった。美子の家へ一人で帰宅する瑠美。
仕事は身体が覚えていたので難なくこなしていたが、40代の身体となったためなのか、仕事が大変なためか、瑠美はずいぶんと疲れていた。
「私ももう歳だからな…」
ふーぅとため息をついた後、瑠美ははっと息を呑んだ。
「なに今の、三船さんが言ったみたい。」
だんだんと馴染んでいく身体の感覚。鏡に映る美しい女性。ボリュームのあるバストとヒップ。ふくらはぎの肉感。どれも熟れた魅力を放つと同時に衰えが滲む。
(なんだかこの身体が自分のみたいな感覚になってる。早く戻りたい…)
しかし、思いとは裏腹に、感じていた違和感が薄れていく。
「もともと私の身体じゃない、疲れてるのかしら。」
言った瞬間、瑠美は口を塞いだ。
「何今の?私の言葉じゃない。」
次第に息が荒くなる。黒革のソファーからがばっと起き上がる瑠美。しかし、すぐによろけて目の前が真っ暗になった。
(私、どうなっちゃうの…)
「おはようございます。さやかさん。」
翌日、彩子の身体の美子が、さやかの身体の彩子に元気に声を掛ける。
(ん?美子さん、私の名前じゃなくて、なんでさやかさんの名前呼んでるんだろ…)
彩子も美子の変化には薄々気づいていた。まるで、もう一人の自分がいるような感覚。
「美子さん、いい加減戻って下さいよ。」「何言ってるんですか、さやかさん。」
「もうふざけないでください、瑠美さん。」「瑠美さん?誰ですかそれ?」
彩子はただならぬ空気を感じ取った。おふざけにしては度が過ぎている。
「三船さん、私の身体になってるってわからなくなっちゃったんですか?」
「三船さん?やだぁ、さやかさん、何で私が三船さんなんですか?」
「わかりました、もういいです。」
「ちょっと、さやかさん!」
呼び止める自分の声を背に、彩子はさやかの長い脚を、総務課へ向かわせた。
「どうしたの、さやかちゃん?」
「私、彩子です。瑠美さん、わからなくなっちゃったんですか?」
「瑠美って誰?さやかちゃん、どうかしてるわ。」
彩子は唖然とした。
手に付かないまま1日の仕事を終えた彩子は、大至急で真由の携帯に電話をした。
「もしもし、さやかさん。大変です。」
「え?ああ、さやかさんに用事なんだ。ちょっと待って下さい。」
澄んだ少女の声に合わないタメ口のしゃべり。
「もしもし、彩子ちゃんどうかしたの?」
聞き覚えのない若い声。高校生くらいだろうか。
「さやかさん、また入れ替わったんですか?」
「そうなの…昨日なんだけど…」
朝の衝撃よりは軽いものの、彩子はめまいを覚えた。
<50>
この電話の前日。
1週間近くが経ち、さやかも十数年ぶりに味わう小学校独特の生活サイクルに慣れ始めてきた。
塾もなく、いつもより早くさやかは真由の家に帰ってきていた。
洗濯のため、袋から体操着を取り出す。袖口に紺のふちどり、同色のブルマ。
正面には大きく「6-2西山」と名札が縫い付けられている。
数時間前にこれを来ていた自分を想像する。
(う~ん、さすがに体操着はキツイ…)
同級生の名前もだいぶ覚えたが、これ以上混乱しないためにも、
そして何より大人の女性として、小学生の身体にいつまでも安穏としているわけにはいかなかった。
「ただいまぁ。」玄関で美優の声がした。
「あーぁ。」部屋に入るなり、美優はリビングのソファーにカバンを放り投げ、自分も脇のソファーに沈み込んだ。
「どうしたの、お姉ちゃん。」さやかの真由へのなりきり方も、もう堂に入ったものだ。
「担任からまた成績の話されちゃった。もうさぁ、わかんないもんはわかんないって。」
セーラー服に細かいプリーツの入った黒のミニスカート。紺のハイソックス。
沈み込んだ瞬間、スカートが捲りあがり、太腿が露わになった。
日焼けしているため褐色だが、その分締まって見える太腿、張りのあるふくらはぎ。
(若いっていいよねぇ。んなこと言ってられるのも今のうちなんだからさ。)
「あーぁ、真由くらいの歳の頃は、学校とか楽しかったのになぁ。」さやかは背筋に冷たいものを感じた。
(やめてよ、そんなこと言わないで)
座ったまま伸びをする美優。真由の中のさやかが畏れを感じているなんて想像だにしていない。
セーラー服とスカートの間から覗く臍、締まったウエスト。思わず生まれた羨望の思いを、さやかは無理やり封じ込めた。
(こんな時に身体が替わったら大変…)
しかし、そんなさやかの心配を現実にする一言を美優は言ったのだった。
「わたしも、小学校からやり直したいなー」
(ダメ、そんなこと言ったら!)
そう思ったときにはもう遅かった。
「なんか変な感じする…」美優がさやかを奈落の底に落とすようなつぶやきを漏らす。
(まさか美優ちゃん、真由ちゃんに…)
美優の肉付きの良い褐色のふくらはぎがだんだん細く白くなっていく。わずかに覗いていた臍が見えなくなる。
「何?なんなの?」
その声はすでに、変声期前の少女の声に変わっている。セーラー服を押し上げていた隆起が姿を消す。
そこにはソファーにもたれ、お姉ちゃんの制服を借りた真由の姿。
「何、今の?」
そう言った後、自分の声の変化に驚き、美優は手に口をやった。答える間もなく、さやかの身体に変化が始まる。
オレンジのキュロットスカートから見えるマッチ棒のような脚が、徐々に丸みを帯びていく。
Tシャツの下のわずかな隆起が、ボリュームを増していく。
「ぁん…」
敏感な乳首がTシャツと擦れ、さやかは思わず声を上げた。ピンクのパーカーもサイズが小さくなり、プリントを押し上げる乳房のラインがはっきりと描き出される。
そこには、短すぎるキュロットスカートを履き、ローティーンファッションに身を包んだ美優の姿。
「私がいる。」「ごめんなさい、美優ちゃん。」
<51>
さやかはこれまでの経緯を話した。
「じゃあ、本当の真由は今病院にいるんですか?」
美優も今までの女性たちと同じように、自分がその立場であるがゆえに、この破天荒な事実をすぐ理解した。
「私、セクシーでした?」
思い悩むさやかの脳天を揺さぶるような楽観的な言葉が、美優から飛び出した。
「え?」「だって、なりたいと思ったんでしょ、私の身体に。」
「なりたいっていうか、腰おろした時に脚とかへそとか丸見えだったじゃない。」
「ふぅ~ん。ま、私もなかなかイケてるってことで。だって、こうなったらまたしばらく戻れないんでしょ? じゃあ、さやかさんは高校行って、私は真由やってればいいんだよね。」
「そうだけど…」
「こんなこと、めったにっていうか、絶対なくない?んで、戻れるんでしょ?このまんま真由っていうのは勘弁だけど。」
「そうだけど…」
「じゃあ、戻れるようになるまでこのままってことで。あ、ママには言ったほうがいい?」
「これ以上おかしくなるとホント戻れなくなりそうだから、他言は無用ってことで。」
「や~だ、私そんな言葉知らないよ。じゃ、ママには内緒ってことで。
これから、私が真由。さやかさんが私。はい、スタート。お姉ちゃん、今日早かったね?」
「ずいぶんと切り替えが早いわね…」
「だからぁ、私そんな言い方しないって。」
「うん、わかった。今日さぁ、担任に呼ばれて成績の話されちゃってさ、めんどくさくなって、帰ってきちゃった。」
「う~ん、60点」「ちょっと許してよもぅ~」
「今の100点。私っぽい。」
思わずさやかからも笑みがこぼれた。
その翌日にこんな深刻な空気で話を聞くなんて。
彩子の泣きそうな声で、さやかも事態の重大さを感じた。
「何それ?」
「お互い自分だって思い込んでるんです。私どうしたらいいんですか?私の身体取られちゃった。」
泣きそうだった声は、鼻をすする音が混じり、すでに彩子の瞳からは、涙が流れているだろう。
「どうしよう。元のオブジェ見ればなんかヒントがあるかも。」
「どこにあるんですか?」
「瑠美の家。だから、今は真由ちゃんの家か。」
「でも、それ見たからって戻れなかったんですよね、さやかさんと瑠美さん。」
泣いて少し落ち着いたのか、さっきよりトーンを下げて、彩子がさやかに聞く。
「だけど、それくらいしか思いつかないし…これから真由ちゃんに電話するから。」
<52>
「今度はお姉ちゃんとさやかさんが入れ替わったんですか?それだけじゃなくて…」
看護婦の仕事を気遣って電話するつもりが、こんな報告の電話になるとは。
「真由ちゃんは大丈夫?自分が真由ちゃんって分かる?」
「分かりますよ。大丈夫です。」
電話口でガサガサと音がした。電話を替わったようだ。
「真由だよ。はじめまして、瑠美さん。」
「お姉ちゃん…私そんなになれなれしくないって。」
「どう、看護婦さんは。」
「大変ってもんじゃないって。でも、いいお仕事だと思うなぁ。」
「なんか、真由私より大人だ。」
「そりゃそうだよ、身体も大人なんだもん。あ、さやかさんに話したいことがあるんだ。お姉ちゃん、替わって。」
「さやかさん、真由が話したいことがあるって。」
美優が携帯を渡しながら言った。
「何、真由ちゃん。」
「あの、私、今日夜勤から帰るときに声掛けられたんです。おばあさんに。『あら、久しぶりね』って。
はぁ、って言ってそのまま帰って来ちゃったんですけど、さやかさん、何か知ってますか?」
「へ~ぇ。何だろう。」
知らないな、と言おうとした瞬間、さやかの頭の中で閃光が走った。
「そ、それって、どこの話?」
「どこって、駅のアーケード抜けたところを右に入ったとこです。
あ、いつもは真っ直ぐ行くんですけど、今日はなんとなく、遠回りしてみよっかなって思って。」
間違いない。あの老婆がいつの間にか帰ってきていたのだ。
「そ、それ、そ、そこにあるオブジェ売ってた店のおばあさんよ。」
真由は玄関の靴箱の上にあるオブジェに初めて気づいた。
「これですか。」
「それが原因で私たち入れ替わったの。戻り方とかもおばあさんなら分かるかも。三船さんと瑠美のことも。明日、明日行こ。っていうか、明日絶対行こ。」
「は、はい。」
まくしたてるさやかの迫力に、真由は力なく相槌を打つしかなかった。
<53>
翌日、さやかに真由、美優、そして彩子が骨董品店に向かった。
「おおぅ、久しぶりじゃのう。」
老婆は瑠美の姿の真由を見て、おもむろに声を掛けた。
「おばあさん、私はあのときの瑠美さんじゃないんです。」「はぁ~」
「私、あのときこれ瑠美と一緒に持って帰ったんです。」
セーラー服姿の美優になったさやかが割って入る。
「はて、こんな若い子はいなかったような気がするがのう。」
「あのとき、背の高い女がいましたよね、それが私です。」
老婆の目つきが変わった。
「おう、思い出したわい。あの像はな、身代わりの神事に使われていたんじゃよ。
山の神じゃったかの。生け贄にならんために、村の娘の姿を入れ替えて、う~ん、
そんなような話じゃった。本当に入れ替わったのかい?」
「ええ、入れ替わるも何も、入れ替わりすぎて今はこんな姿に。」
「こんな姿って、ちょっとやな感じじゃない?」
真由の澄んだ高い声で、美優が文句を言う。
「そういう意味じゃなくって…おばあさん。私たち、元に戻りたいんですけど。」
「互いに戻りたいと思えば、元に戻れるじゃろ。そう聞いとったぞ。」
「それしか、戻れる方法はないんですか?」
「ああ。それと、身体と魂が一体になると、元に戻れんくなるから、気をつけた方がいいぞよ。」
「え…」
「身体を入れ替えると、身体と魂は別人のものになるわけじゃ。魂が自分の身体ではないと、わかっておる。それが一つになるということは、自分が違う身体にいるというのが、わからなくなるということじゃ。おまえさんたちはわかってるようじゃから心配いらんじゃろ。」
「そうじゃない子がいるんです。」
老婆は目を丸くした。
「そりゃ大変じゃ。身体と魂が一緒になってしまうと、引き離すのは難しいぞよ。」
「元に戻れないってことですか?」
さやかが身を乗り出す。
「そりゃそうじゃ、自分が気づけなければ、戻る気持ちにもならんじゃろ。」
「それを戻す方法はないんですか?」
「さあ、それは聞いたことがないのう。」
「そんなぁ。」
<54>
4人は肩を落として瑠美の家に帰った。
「はぁ。どうしよう。」
オブジェをダイニングテーブルの上に置いて眺めるが、さやかにはどうしたらよいか見当もつかなかった。
初めて見る美優は、ダイニングテーブルの椅子に座り、しげしげとこれを眺めている。
「私も、この身体返さないと…」
椅子から立ちながら、真由が困惑した表情でつぶやいた。
身体を動かすたびに揺れを感じる乳房にも、すっかり慣れてしまった。
「二人に話すしかないんじゃないですか?」
彩子も腕を組んで「う~ん」とうなった。
美優はまだオブジェを回しながらいろいろと触っている。
(ん?)
蛇や象や、いろいろな動物が彫り込まれているが、その中に、ひときわ立派に彫り込まれた龍があった。
目玉には宝石のような緑と赤の石が埋め込まれている。
(きれいな石。なんだろ。)
美優が触ると両方の石が取れてしまった。
「うわ。」
思わず声を上げた美優。周りの3人が美優に視線を注ぐ。
「どうしたの?」さやかが美優の声で美優に聞く。
(あわわ、壊したなんて言ったら大変)
「う、ううん、なんでもない。」
瞬時に答えた美優。とっさに目玉を戻す。
慌てていた美優は、左と右を間違えてはめていることに気づかなかった。
さやかに懐かしいような感覚が襲う。
「何、何なの?」
他の3人も同じだった。
「え?どうなってるの?」「何これ?」
次々に声を上げる4人。4人の身体に変化が起きる。
美優になっていたさやかの身体。
褐色の肌が徐々に白くなり、スカートが短くなっていく。
レモンイエローのブラジャーに包まれた乳房が少し小さくなる。
短い黒髪がブラウンに染まり、パーマがかかる。
3人の前にはセーラー服姿のさやか。
「さやかさん、元に…」
彩子がそういった瞬間、他の3人も身体が変化する。
敏感な乳首がこすれ、思わず声を上げる美優。
水色のパーカーに入ったプリントを大きくなった乳房が持ち上げる。
グレーのキュロットからは褐色の細い脚が伸び、ローティーンファッションに身を包んだ美優が現れる。
さやかのお気に入りだった濃緑のワンピースを着ていた彩子。
乳房が徐々に膨らみ、逆に背丈が縮んでいく。肩からはだけそうになるワンピース。
膝下に触れていたワンピースの生地の感触はすねのあたりまで下がった。
ブカブカのワンピースに包まれた彩子の身体。
4人の中で真由の変化が一番大きかった。
黄色と白のアンサンブルを持ち上げる大きな乳房が一気にしぼみ、ブラジャーとの間に大きな空間ができる。
デニムのミニスカートから覗くレギンス。むっちりとしたふくらはぎは、いつの間にかマッチ棒のような直線的を描いている。
背伸びをしてお姉さんの格好をした真由の姿。
<55>
「え~戻ってるんだけど。」
最初に声を上げたのは美優だった。
「え?」
さやかが瑠美の部屋の鏡を見る。
そこにはセーラー服姿の自分の姿。
「も、戻ってる!」
20代前半でセーラー服。人前でコスプレしている恥ずかしさは嬉しさで吹き飛んでしまっていた。
「私の身体だ。」真由も彩子も鏡で元の身体を確認する。
「なんで戻ったんだろう。」落ち着きを取り戻したさやかがつぶやいた。
「ひょっとしたらこれかも…」恐る恐る美優がオブジェの龍を指さす。
「これ、取れちゃったんです、さっき。」「えぇ!?」
「んで、戻したんです、これ。そしたらみんな戻った。」「みんな?ひょっとしたら瑠美も?」
4人が元の身体に戻ったその頃。
自宅で過ごしていた美子の身体の瑠美。
「何、なんなの?」
身体が変わることを忘れてしまった瑠美にとっては、異様な感覚が襲う。
大きさはそのままに、40代の熟れた乳房に張りが戻る。
消えていく顔の弛み。キュッと持ち上がるヒップ。
「何だったの今の?」
鏡を見る瑠美。映るのは、地味な水色のニットに黒い大きなチェックのロングスカート、中年女性の格好をした童顔の瑠美。
「あれ、私なんでこんな格好してるんだろ。ここどこ?」
彩子になっている美子は買い物に出かけたデパートで違和感を感じた。慌ててトイレに入る。
(何なの、これ?)
声を出す間もなく、身体に変化が起きる。
張りのある乳房は、徐々にその張りを失いながら大きくなっていく。水色のブラジャーにバストが否応なく食い込んでいく。
小さなヒップもどんどん容量を増し、ショートパンツの記事が張り裂けそうになる。
「何、なんなの?」
ハスキーなアルトボイス。外に出て、洗面所の鏡を見る。
白黒ボーダーの長袖Tシャツにグリーンのカーディガン。大きくなった乳房の形がくっきりと露わになっている。
デニムのショートパンツに紺のカラータイツを履いた中年女性。タイツが密着し、肉感的な脚のラインを描き出す。
「私、なんでこんな格好してるの?」