give and take 10~16

142 名前:give and take 10[sage] 投稿日:2009/11/13(金) 02:52:12 ID:M1ucTdCt
静寂が一気に解け、いつもの出勤風景が広がる。
「おはよう、博美ちゃん。」
隣には年上となった早苗の姿。
「おはよう…ございます。」
低いが透き通った若い声。
(私、こんな声だったかしら)
下を見ると、鮮やかな青のチュニックに、白黒のボーダーTシャツ。
そしてカーキ色の7分丈のパンツ。そこから若々しい脚が覗いている、
(え?何この服?)
隣を見ると、早苗はニット地でマスタードイエロー一色のハイネックになっていた。下はブラウンのキュロットパンツに黒のストッキング。脱ぐと、ベージュのキャミソール。覗くブラジャーは黒。
(いい歳になっちゃったわね、早苗ちゃん)
そう思いながら、博美も服を脱ぐ。ロッカーに映った姿を見て目を丸くした。
薄いピンクに花柄の飾りが付いたかわいらしいブラジャーが、張りの戻った乳房を包んでいる。
(やだ、こんなかわいいの…)
そう思った博美だが、ロッカーの小さな鏡の中には、つぶらな瞳の女の子が映っている。
(若いなぁ。これ私か…)

143 名前:give and take 11[sage] 投稿日:2009/11/13(金) 02:53:06 ID:M1ucTdCt
病棟に上がって仕事を始める。若返る前、師長以外は全員年下だった。しかし…
「樋口さん、点滴作った?」「はい。」
早苗に薬を飲ませたときに一緒だった田中恵美子が、年下になった博美に指示を出した。今は1年目の奈都子と2年目の2人を除いては、全員年上だ。
博美が最後に直接指導したのが、10歳離れた彼女だった。きつく指導していたのも懐かしく感じる。
「博美ちゃん、これ。」「はい。」
医師からも下の名前で呼ばれるようになった。本当の自分の歳ではありえないことだ。
(ホントに若い子になっちゃたのね。あ、なっちゃったんだぁ)
早苗はというと、こちらも40歳として仕事をしている。業務が終わってから、ナースルームで中堅の看護師と話し合いをしていた。
(評価してるのね、私もしてた。でも、もうされる側になっちゃった。)
「お先に失礼しま~す。」「おつかれさま。」
博美は早苗を脇に見ながら、更衣室へ帰った。
部屋に帰り、クローゼットを開ける。
フリルがたっぷりとあしらわれたチェックのミニスカート、プリントの入ったレモンイエローのタンクトップ、デニム地のショートパンツ…
どれも20代でしか着られないデザインや色ばかり。
「これでも仕事用でちょっと地味なのね。まぁこんな感じかも。」
20代だったのは約20年前のこと。ファッションの流行は相当変わっているが、クローゼットの中は自分の好みに合う服ばかりだった。
(細かいとこまでちゃんと変わってるのね…)

144 名前:give and take 12[sage] 投稿日:2009/11/13(金) 02:54:04 ID:M1ucTdCt
そして4日後の朝。
「いよいよね。」
鏡を通してもわかる瑞々しい肌感。グリーンのTシャツのプリントは、若々しい張りのある乳房に少し歪められている。
ジーンズがキュッと上がったヒップを包む。
「22歳かぁ。こんなだったんだ、私。」
『おはようございます』
「ふふ、どう私。かわいいでしょ?」
『ええ、とっても。今のうちに若い身体を謳歌して下さいね。』
「今のうち?」

薬を買ったあのとき。
「相手の記憶がなくなって、私の記憶はどうなるの?」
『若返っても記憶は残りますよ。』

「記憶が残るって言ったじゃないの。」
『ええ。現に今、わかってるじゃないですか。自分が若返ったって。』
言葉に詰まった博美に対して、男が言葉を重ねた。
『ずっとそのままとは言っていませんよ。』
「じゃ、じゃあ何、私も22歳が当たり前になっちゃうの?」
『ええ、そのうち自分が44歳だったことは忘れてしまいます』
「そんな…」
『44歳の姿に戻りますか?』
「それは嫌。ねえ、ねえいつ忘れちゃうの…」
あどけなさの残る女の子が、男に向かって怯えながら聞く。
『数日ってところですかね。』
「早苗ちゃんは?」
『もちろん彼女も44歳として生きていきますが、それまではこの前のように思い出すことはあるでしょう。』
男はこう続けた。
『でも彼女はもう受け入れてるみたいですよ』

145 名前:give and take 12[sage] 投稿日:2009/11/13(金) 02:56:08 ID:M1ucTdCt
「え?この前まで22歳だった?」
男から青い光が放たれ、早苗に降り注ぐ。
「ちょっと、何これ?」
ダークパープルのTシャツに張りのない乳房が丸い曲線を描く。黒いスカートからはストッキングに包まれた細い脚が覗く。
艶のない髪が一本にまとめられ、くすんだ肌が鏡に映っている。
『あなたはこの姿で生きていきます。』
「馬鹿なこと言わないで。」
『もう決まったことですから。戻しますよ。』
「あら、あなた誰?」
『ほら、もうお忘れですね?』
「何のこと?なんかあったような、でも気のせいね…ちょっと、何今の?私なんて…」
早苗が口を開けて驚く。
『だから言ったじゃないですか。このままですよって。』
「やだそんなの!こんなおばさんで生きてくな…あれ?私どうしたの?」
『意識が同居しているんですよ。これはこれで面白いですね。』
「面白い?なんのことかしら?」

『まぁ私がそういう仕様にしたんですけどね。』
「ちょっと、まさか私も?」
『ええ。結末は同じでもそこへ至る過程には私にも関わる余地があるというものです』
「何楽しんでるのよ。私が私じゃなくなるっていうのに。遊んでるんじゃ…」
博美の表情が変わった。
「おじさん誰?」
『22歳に戻ったみたいですね。』
男はそう言うと煙に隠れながら消えた。
「何だったのかな、今の。」
博美はまた、出勤する支度を始めた。

146 名前:give and take 13[sage] 投稿日:2009/11/13(金) 02:57:17 ID:M1ucTdCt
病院に着いた博美。更衣室の鏡に姿が映った瞬間、記憶が戻った。
「病院に来てる…全然覚えてないけど…」
グリーンのTシャツにジーンズ。足下にはリボンの入ったかわいらしいヒール付きのゴールドのサンダル。
「やだ、こんな格好。」
しかしながら、そこからはむっちりとした若々しい脚が伸びている。
「そうだ、22歳だったんだ。」
鏡を再び鏡を見る。思わず笑みが浮かぶ。
「やだ、なにやってんだろ。遅れちゃう…」

早苗はデパートでの試着中に記憶が戻った。ゼブラ柄のワンピースを着ている老けた自分の姿。シックなスタイルが44歳の大人の女性によく似合っている。
「何よ、これ…何平気でこんな服着てるのよ。」
すぐに一つ下の階にある若者向けの店へ向かった。店員が怪訝な顔で早苗を迎えるが、構わず服を選んでいく。
「歳の分、財布の中身は多いのね。覚えてるうちに買わなきゃ。」

147 名前:give and take 13[sage] 投稿日:2009/11/13(金) 02:58:30 ID:M1ucTdCt
仕事を終えた博美。家へ帰ると、再び記憶が戻った。
「何?今度は家に帰ってきてる…仕事してたのね…」
ベッドの上のグレーのスウェットに着替えようと服を脱ぐ。脱ぐと、水色のブラジャーとショーツ。鏡に映るのは20代の女の子。むずむずするような感覚が襲う。
「この身体でやり直すんだ…こんな下着恥ずかしいけど、22歳なら平気よね。」

その翌日。
「買っておいた服!」
勤務を終え、帰宅して記憶を取り戻した早苗。ショッキングピンクの袋を、クローゼットの奥から引っ張り出す。
まず黒のショートパンツとピンクのTシャツを取り出す。
紺のアンサンブルと黒のスキニーパンツを脱ぐ。その下にはベージュのスリップに黒のブラジャーとショーツ。
「おばさんくさい下着。早く着なきゃ。」
スレンダーな早苗は、どちらもつかえることなく、着ることができたが…
大きく露わになった脚に、22歳の頃の艶はなく、ピンクのTシャツから見える乳房の膨らみからは張りが失われていた。
「何これ…」
愕然とした早苗は、そのまま記憶を失い、床に倒れた。じきにもぞもぞと動き出す早苗。
「やだ、なんで私こんな格好してるの?」

148 名前:give and take 15[sage] 投稿日:2009/11/13(金) 03:00:33 ID:M1ucTdCt
「こんなの着てたのねぇ。」
博美も自分の気に入った服を買っていた。
白のアンサンブルに、スカイブルーの波形模様の入ったロングスカート。22歳にしては落ち着いたスタイルだ。
スカートのウエストには、44歳の時にはなかったヒップの盛り上がりが見える。
「ヒップがこんなに…」
アンサンブルからは谷間が覗く。
「やだ、ちょっと屈むと見えちゃう…張りが違うものね。」
満足げに鏡を見ている博美。一瞬目が虚ろになる。
「何、なんでこんなおばさんっぽいの着てるの?」

その翌日。二人は更衣室にいた。
「おはようございます。」
「おはよう。博美ちゃん…」
「は、私なんて?あなた誰?」
「早苗ちゃん、記憶が戻ったのね?私よ、樋口博美。」
「え~!?」
『なかなか戻りませんねぇ。そろそろ私も次の仕事がありますので。』
「ちょっとまさか…」
『ええ、もう時間ですので。』
「もうちょっと、記憶があるままでいさせてよ」
「いや、こんなおばさんになっちゃんなんて絶対ヤダ。ねぇ…あれ、何でこんなに暗いの?あれ、博美ちゃんもいるの?…え、何?博美ちゃんって…」
「早苗ちゃん…あ、早苗ちゃんとか言っちゃった、どうしたんだろ。ごめんね、江守さん。え?ごめんね?あ、なんかすいません…何、今の。だんだん記憶が…」
『元の記憶が消えてきたようですね。私がいなくなると、完全に記憶が消えます。それでは。』

149 名前:give and take 16[sage] 投稿日:2009/11/13(金) 03:01:50 ID:M1ucTdCt
季節が過ぎ、冬が近づいてきた。
年の頃は40代半ばくらいだろうか、女性がロッカーの鏡を見ている。白の長袖のインナーにネイビーのワンピース。ブーツの下には黒のストッキング。
「肌がガサガサ。最近乾燥してきたから…」
そこに明るい声で若い女性二人が入ってくる。一人はパーカーの着いたグレーのニットに黒のショートパンツ、イエローのカラータイツ。もう一人はリボンの付いたローズ色のプルオーバーにチェックのスカート。二人ともキャメル色のブーツを履いている。
「あ~あったかい。外超寒いんだけど。」
「ホント。着替えたくないなぁ。」
「ねぇ博美って冷え性?」
「そんなことないよ。そこまでおばさんじゃないよ。」
「そっかぁ。」
声がささやき声に変わる。
「早苗さん、そうなんだって。夜勤の時に言ってた。」
「そっかぁ、あの歳くらいになると結構辛そう。でも、あんまり脚出してるとなっちゃうんでしょ?」
「らしいねぇ。脚出してる博美に言われたくないけど。」
「だって、若くないと出せないじゃん。出せるうちに出しとかないと…」
早苗は逃げるように更衣室を出た。
日が落ちるのが早くなり、外はすっかり暗くなっている。いつもの帰り道の途中に、あるはずのない明かりがぼんやりと灯っている。近づくと、帽子をかぶった怪しげな男性。
「ちょいとそこの方。」
早苗は気味が悪くなって、歩を早めた。しかし…
「若返りたくありませんか?」
露天商の言葉に早苗の足が止まった。

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最終更新:2009年11月13日 19:52