投稿日:2010/02/01(月)
ある国で、大臣によるクーデターがあって、王は倒され、城は陥落した。王の一族は皆、
処刑されたが、成人していないという理由から十七歳になる王女だけは助命され、牢に閉
されることになったと、そんなお話をひとつ。
幽閉された王女ドルチェは美貌と才気を併せた宮中の宝珠と噂高く、その身を虜囚にや
つしても、その気品はいくぶんも失われることはなかった。
彼女の命が救われたのは、多分に彼女自身の身に蓄えられた美貌のおかげだとは、もっ
ぱら口さがない市井の声にさけばれるところであった。
たしかに、彼女は美しかった。早くして亡くなった彼女の母の全ての長所を受け継いで
脚はすらりと長く、身体は引き締まっていながら要所はぐっと大ぶりな存在を主張してい
たし、誇り高いその瞳は大粒の宝石にもひけを取らない美しさ、その口唇は赤い花の艶冶
をたたえていた。そして、その容姿を野卑におとさないだけの気品をも彼女は生来の資質
として備えていたのである。
しかし、このまま牢獄に朽ち果てるのならば、その美貌も徒となるだろう、と人々はこ
とさら声をひそめて囁きあっていたものであった。
と、ある日の夜のことだった。彼女の居である地下牢に足音をひそめて近づく人影が現
れたのである。
「おひいさま、私です。ハンナめにございますよ」
「……来たわね。待ちわびたわよ」
小さな背を、さらに小さくかがめて現れたのは老境へと差し掛かった女だった。
彼女、ハンナは先代の王の治世からずっと王家に仕えてきた女中がしらであり、その篤
実な人柄と、決して悪い感情を露わにしない温厚さで人望をあつめた人物だった。王家へ
の忠義第一との噂に高い彼女は、このクーデターの動乱をじっと隠棲してやり過ごし、ド
ルチェ救出の機会をずっと窺ってきたのだった。
「まったく、ずっとこんなカビ臭いところに閉じ込められていて、本当に気が狂うかと思
ったわ」
「申し訳ございません。私もずっとこの日を待ちわびておったのですよ」
低頭して謝辞を述べるハンナと牢の中の王女との主従関係は、とっくに解消されている
はずなのに、それでもハンナの慇懃さは相も変わらないものであった。
「ええ、本当に、憎むべきはあの悪逆の大臣ね」
ドルチェは瞳に暗い影を宿して忌々しく敵の名を呟いた。
「よくもお父様の厚い信望を虚仮に、内乱などとたわけた真似をしでかしてくれたもの」
ぎりっ、と血が滴るほどに歯噛みをするドルチェに、ただただハンナは憐憫の眼差しを
送っていた。
「だけど、見ていなさい。私には強い味方がいます。かねてより私が目をかけて通じてき
た同志たちが私の号令ひとつで結集し、私の旗の下に集うのです」
王女の言に、ハンナは小さな目をみひらいて、えっ、と小さく呻きを漏らす。
「ちょ……ちょっとお待ちください。おひいさまは隣国へと脱出をされるのではなかった
のですか?」
あわてた口調でドルチェに言葉を返した。この前段として、ハンナはこの国にもしもの
事態が発生したときに、王女を保護するという任を負っていて、そして彼女を亡命させる
手筈をかねてより整えてきていたのである。
「そんなことで私と王家の受けた屈辱が雪げるものか」
王女は、強い反発でもってハンナに応じた。
「私が今、一番にしなければならないのは、聖徳の治世を行った父王の仇を討ち、そして
女王としてこの混乱を鎮めなければならないということなのです」
びしりと言い切る彼女が、はたしてどこまでのリアリティを持ち合わせていたものか、
どこまでの見識を持ち合わせていたものか。
ふう、と一つ小さく溜め息を吐いて、ハンナは主人へと言葉を返した。
「ですが、混乱はすでに沈静化されております。それに大臣殿とてまるきりの悪人という
わけではなく、彼なりの考えをもって治世を成さんがために亡き王様とは違う見識をもっ
てこの挙に及んだのでしょう。おひいさまにはどうか、そのあたりをご斟酌くださいませ」
苦渋に満ちた顔で言葉をようやく紡ぎ出したハンナに向けられたのは、これ以上もない
ほどのドルチェの侮蔑の視線であった。
「愚かものめが、正と邪との区別もつけられずに、よくも王家への恩義を忘れて言ったも
のじゃっ!」
声をひそめることさえも忘れて王女はハンナを罵倒した。
「いいえ、言わねばなりませぬ。先王は、たしかにおひいさまにとっては善者であったか
もしれませんでしたが、あまねく万民にとってはそうとは言えませんでした」
声をふるわせながら、それでもはっきりと主人の顔を見上げて、彼女は言葉を続けた。
「才覚で持って富を蓄えた商家を何軒も私欲のために取りつぶしたり、取るに足りない名
誉のために何度も不毛な戦いのために兵を挙げたり、ご自身の血族を何人も政界に送りこ
んで、国の大事な取り決めを専横させたり、とおよそ聖徳とは呼べたものではございませ
んでしたとも……ええ、とても、呼べたものでは」
顔を赤くしたり青くしたりしてドルチェは困惑していたが、それでも威厳をなんとか取
り繕って、口を開いた。
「それは、高い志を持たぬ軽率な輩が、お父様のことを理解できなかったということよ」
「ですが、そのおっしゃる『軽率な輩』こそが国を支える礎なのでございます」
涙ながらに献言するハンナは、彼女の言がドルチェに届いていないことをとうに悟って
いた。
「ならば、ならば、もうそなたの力などいらぬ。貸すと言われても願い下げだ。早々にこ
この鍵を置いて去るがいい」
ドルチェの突き放した一言に、ハンナはふう、と一息を吐いた。
「鍵は……ございませんよ」
ドルチェは目をみはって叫び声を上げた。
「バカ者、それではそなたは何でここまで来ておるのじゃ、役に立たぬ老いぼれめ」
「しかし……おひいさまをここから出してさしあげることは、できるのです」
ハンナはゆっくりと視線を上げていき、正面からドルチェの目を見据えていた。
「なっ……それは、どういうことじゃ」
「その答えを申し上げる前に」
困惑するドルチェを遮って、ハンナは静かに最後の質問をした。
「おひいさまは、国がふたたび麻のように乱れてしまうことになったとしても、それでも
どうあっても父王様の仇を取りたいというのですか?」
真剣なまなざしに気押されながらも、ドルチェは首を縦にした。
「……くどいぞ、私の言葉に二言はない」
ふう、ともう一つ。ハンナは溜め息をこぼした。
「ならば、わかりました、おひいさま。それでは私も最後のおつとめをさせていただきま
しょう」
指で単純な印を結び、小さく短く、何かの呪文を口の中で唱えると、ハンナは檻の中の
ドルチェを手で自分の方へと招き寄せた。
「どうぞ、お目を閉じてください」
「いやよ、何か怖いことをするんじゃないでしょうね」
自分の良く知っているはずの篤実な従者が何やらあやしげな術を使うのかも、と膝をつ
いたままのドルチェは怯んで口を尖らせた。
「怖いのでしたら、結構ですが」
ハンナの挑発の一言に弾かれて、ドルチェはきゅっと目を閉じた。
「……ええ、すぐに済みますから」
ハンナの両の掌は、白い光を点して暗い地下牢の暗がりを晴らす。彼女はその右の掌を
伸ばしてドルチェの顔にあてがい、そして左の掌で自分の顔を覆う。
くつ、くつ、と鍋の豆の煮えるような音がしてほんの数秒間。
「しええっ!」
粘液のような光芒を曳いて右の掌を勢いよく自分の顔へ、そして左の掌をドルチェの顔
へと押し当てる、というよりも叩きつける。
そのあまりの勢いの強さに、立て膝になっていたドルチェの身体はどさりと横倒しにな
ってしまった。
「……っ、痛いじゃないの。ハンナ、お前、何をしたっ」
ようやく、意識の混濁がおさまったドルチェは老従者の姿を目で追った。やけに目が霞
んだが、やがてじんわりと鉄の柵の前に、人影を認めることができた。
「ハンナ、お前……って、ええっ」
後ろ姿に立っているハンナの頭がやけに高い位置にあった。それにその姿かたちもまた
ずいぶんと先ほどまでとは変貌してしまっていた。
締まった腰。ふくよかな胸。しなやかに伸びた脚。つややかな金色の髪は肩口からこぼ
れ落ちるように長い。
「どうやら、お目覚めのようですね。おひいさま、お気分はいかがですか」
くるりと振り向いたのはたしかにハンナの顔だった。しかし、それが据え付けられてい
る身体は先ほどまでのドルチェ自身のものだったのである。
ドルチェは、あまりのショックに声を上げることもできなかった。
「ええ、それでいいのですよ、おひいさま。おとなしくしていていただいて実に結構です」
瑞々しい肢体におよそ似つかわしくない老けた顔から、しわがれた声が放たれた。
「おひいさまに自由になっていただくために、私の身体とおひいさまの身体とを取り換え
させていただいたのです。いかがでしょうか?」
はっ、とドルチェは自分の身体をようやくはっきりとしてきた目で確認し、手で触れて
そして、絶句した。
寸の詰まった脚と胴体にはおよそ締まりというものがなく、腰骨までが脂肪の奥底にめ
り込んでいる。先ほどまで胸にあったはずの豊かな谷間は失せて、ぐたん、と重力に負け
た二つのしぼみたわんだ水風船に変わり果てている。
「い、……やぁ」
頭を掻き毟ろうとすれば、そこにあったはずの自慢の長髪も無くなり、あぶらの抜け切
ったばさばさのおかっぱの白髪がそこに存在しているばかりであった。
「いえいえ、なかなかお似合いですよ、おひいさま。さすがに王家の珠玉。どんなお姿で
もいささかもその威厳は失せることはございませんわ」
逆転した身長差を見せつけるように、ハンナは平然と檻の中からドルチェに話しかけて
いた。良く見れば彼女の胸元の紐は解かれてたわわに揺れる若々しい豊かな双丘は半ばま
で露わになっているし、ストッキングは脱ぎ捨てられて白く輝く生足がスカートの下から
覗いている。ドルチェが目覚める前に、この体を観察していたのであろう。
「いやよ、馬鹿っ、はやくその身体を返しなさい。こんな老いぼれの身体なんて嫌にきま
ってるでしょ……っ、げほっ、げほっ」
あまりに激しく言葉を吐き出したので、ドルチェはげほんげほん、と咳き込んでしまっ
ていた。
「ああ、駄目ですよ。その身体はあまり若くはないのですから、そんなに激しくしたりす
ると、動悸や眩暈までしてくるのですから……」
その言葉が嘘ではない証拠に、ドルチェは胸が苦しくなって少しの間息を整えなければ
ならない羽目に陥っていた。
「もちろん、おひいさまとしては不本意であることでしょうけれど、これで晴れておひい
さまは檻の外へと出られたではないですか」
言葉は淡々と紡がれる。
「その姿のままで、どうぞお逃げください。西の口が今晩はまるで手薄ですので、脱出も
容易いことでしょう。そして、おひいさまの仰る義勇の兵たちにご助勢を受けて、国を取
り戻しされるがよろしいでしょう。その時には必ず、私めはお預かりしていたこのお体を
返してさしあげますゆえに」
そして、自分の羽織っていた外套の内ポケットから大粒の宝石の嵌った短剣を取り出し
てドルチェの手に握らせた。
「この伝国の短剣が、きっとおひいさまの身元を明かしてくれることでしょう。さあ、お
持ちなさい」
しばらくの間、目をみひらいたままにドルチェは固まっていたが。
「ええ、わかったわ」
渡された短剣を握りしめて、ドルチェは低く声を絞り出した。
「私は必ず復讐を果たして、この国を再びわが手に取り戻してみせる。だから、お前は私
のその身体を、その私の身体をなんとしても無事に守り抜くのです」
言い捨てておいてハンナの返答を待つのももどかしく、外套を引っ掛けると、鼠のよう
に小走りに地下牢の階段を抜けて、城の庭園に広がる暗がりの中へと消えていってしまった。
「ははっ、あくまでも大事なのはご自分のお身体なのですねえ」
空虚な自嘲と深い嘆息とともに、ハンナは牢獄の粗末なベッドの上に、素足を投げ出し
て腰を下ろしていた。
「どうやら、この賭けは僕の勝ちだったようですね」
地下の暗がりの中から、男の声が響いていた。
ハンナは、ゆっくりとその声の方向へと視線を向ける。
「彼女は、やはりこの国のことなど、思いやる素振りもなかったではないですか」
背の高い、がっしりとした体格の壮年の男だった。温和な言葉遣いではあったが、風格
は表情のそこかしこに見て取れるものだった。
「大臣殿、私は悲しゅうございますよ」
ハンナはぐっと声を詰まらせて、首をゆっくりと横に揺すった。
「もしも、ドルチェ様が国を思いやり、民草の平穏を願って国を出て行こうとするならば
僕はそれを追うつもりはありませんでしたし、この牢獄の鍵も黙ってあなたに差し出すつ
もりでしたよ」
大臣の手にした鍵はかしゃり、と小さくきしむ音を立てて檻の戸を開け放っていた。
「ですが、もしも彼女が復讐や権力というものにあくまでも固執し、無用な血煙をこの地
になびかせるつもりであったのならば、容赦はしない、とあなたに言いましたね」
大臣はゆっくりと檻の中に歩をすすめて、ハンナの横に並んで腰を下ろしていた。
「ええ、それでお互いに賭けをいたしました。ドルチェ様がご自身の妄執をお捨てになっ
て隣国へと逃れるならばよし、さもなければその肉体を奪って市井へと投げ出してしまえ
と」
もちろん、ハンナは前者を選択し、大臣は後者を選んだのである。
「しょせん、彼女は育てられた環境が悪すぎたのです。それが彼女自身の罪だとは言いま
せんが、凝り固まった思考はもはや手の施しようがなかったのです、ええ、それはあなた
の責任などではないのですよ」
若いころ、大臣がまだ一介の武官であった頃、ほんのちょっとした失態から先王に厳罰
を与えられるところだったのを強い懇願によって取り成してくれたのがハンナであった。
二人はそれ以来の知己だったのである。
「それで、姫様のおっしゃった義勇の兵とやらのことなのですが……」
ハンナは、結果のわかっていることをそれでも聞かずにはいられなかった。
「ああ、東の山砦を根城に好き勝手を働いていた跳ねっ返りの集団のことでしょう、首魁
の若いのを少しばかりきつく打ちすえてやったら、残りは蜘蛛の子を散らすように逃げて
いきましたよ」
簒奪の禁を犯した極悪人のはずの大臣は、小さく溜め息を吐いていた。
「はあ、それではまったくの期待はずれということでしたのね」
ハンナはほっと胸を撫で下ろした。無駄な血が流れずに済んだことに気が軽くなったの
である。
ちら、と大臣は横に座るハンナの身体を眺めていた。胸元の紐は解かれたままで豊かな
膨らみは半ばまで露わになったままだったし、投げ出された足は牢に届くわずかな月光を
照り返して白く輝いていた。
「姫様には、これからの人生そのものが償いとなるとして、それでは賭けに負けたあなた
にも、そのつとめを果たしていただくといたしましょうか」
大臣は、ハンナの肩を軽く抱き寄せようとした。が、ハンナはその手をするり、と抜け
出して、そして悲しい顔をした。
「ええ、もしも私が賭けに負けたときには、私をあなたの一夜の閨の伴となるいうことを
私はたしかに約束いたしましたとも」
大臣は、表情を変えずにゆっくりと頷いた。
「ですが、私は見てのとおりです。身体こそは若い姫様のものとなりおおせたものの、顔
はこの通り醜怪な老婆のままです。こんな奇っ怪な化け物などではなく、あなたの側に置
くというのならば、もっとふさわしい相手をいくらでも得られるではないですか?」
実質上、大臣は新王としての境遇にいるわけで、望めばどんなにでも佳い女は手に入る
というわけなのに。
「それとも、それがあなたの負った罪の償いとでもいうことですか」
大臣は、少し言い淀んだ節をまとわせながら、それでも遠慮がちに口を開いた。
「それは、そうなのかもしれません。刃によって国権を奪い取った私にははたして本当に
栄華を甘受する権利があるものか、と僕は今もまだ、この自問に解答が得られていないの
ですから、ね」
そして、少しだけ間をおいてさらに言葉を続けていた。
「しかし、あなたの事はまた別なのです。僕はあなたに初めて助けていただいたときから
歳の差や立場を超えた敬意……いや、好意というものを密かに抱いていたのです。そして、
あなたにはどうか、女としての喜びをもまた、教えてさしあげたい、と」
四十を目前に控えた男の、それは衝撃的な告白であった。彼の手が小刻みに振動してい
るのは、ひどく緊張しているからなのであった。
その言葉を受けとめると、ハンナはおもむろに立ち上がって彼に背を向けた。
軽蔑されたのか、と下を向く大臣だったが、ハンナはそれに構わずに床に落ちていた麻
布のきれで長い髪を後ろでゆるやかに束ねると、壁に据え付けられた小さな鏡に自らの顔
を映していた。
「まだ、くっついた顔が柔らかいうちですから、上手くいくとは思うんですがね……」
彼女の両の掌が、今度は赤い光を生んでいた。そして、それをゆっくりと顔面へと押し
当てて、わし、わしと強く揉みしだいていく。
くつ、くつ、とまた豆の煮えるような音がして、しばらくの間が流れた。
ハンナはゆっくりと大臣の方を振り返ると、顔を覆っていた手をゆっくりと除けたので
あった。
大臣は、あっ、と口を押さえる。ハンナの首の上に乗っていたのは先ほどまでの老婆の
それではなく、くっきりとした輪郭の中に若々しい魅力をたたえた、それでいてドルチェ
などとは格が違うほどの理知をその瞳に秘めた、高い鼻梁と艶やかな唇の、妖艶な女の顔
だったのである。
「……どうも、あなたはお化粧が上手なのですね」
ようやく絞り出せたのが、気の抜けたような台詞なのに苦笑しながら大臣はハンナを見
詰めていた。
「……あのね、これはね、私が王家に仕える時に作り変える前の、私の本当の顔なの」
声には溌剌とした艶やかさと潤みが戻っており、口調も変化していた。
「私は先々代の王妃様にお仕えする時に、煩わしい色恋沙汰を捨ててしまおうとして顔を
すっかりと変えてしまったの。だけど、もしもそれでも私のこと、本当に好きになってく
れる人が現れたのなら、その時にはこの顔を元に戻そうって決めてたの」
言いつつ、大臣に膝を寄せていく。厚い胸に手を寄せて、そのまますり寄る格好になる。
「抱いてもらうときには、優しさや自虐なんかじゃなくて、本気で抱いてもらいたいんだ
からね……」
着衣の前をはだけると、肩口からするりと袖を落とし、目を閉じてくっ、と唇を重ねる。
「だから、お願い」
王家に仕えるために、青春の全てをなげうってきた女の堰がここに決壊したのであった。
大臣は黙ってその手を彼女の胸へ、腰へと、ゆっくりとまわしていた。
王家を皆殺しにして滅ぼした簒奪者と、生き延びた王女の若さと美貌とを剥奪した侍女
とが、お互いの罪の意識を慰め合い、静謐な闇の中で、お互いの肉体を重ね合ったのであ
あった。
「ああ……ああっ」
彼女にしてみれば、それは初めての性の悦びであった。彼女の花蕊を堅牢な男の熱い情
熱でもって衝かれるたびに、彼女の心は、初めて知りえた感情の高波に甘美な蜜を撒いた
のであった。
『……ああ、それでも、私は先々代の王妃様との約束は守りえるのかもしれません』
ふと、彼女は自分が実にたわいもない事を思い出したことに涙をこぼしていた。
どうか、王家の血だけは、絶やさないようにお願いするわ。
その涙が意味するものが、悲しみだったのか、それとも快楽の澱であったのか、それは
彼女自身にも、彼女を組み敷く大臣にも、そしてどこの誰にもわからないことであった。
最終更新:2010年02月02日 20:43