投稿日:2010/02/06(土)
耳障りな電子音で、桜は目が覚めた。音の出どころを探ると、どうやら枕元で、
携帯電話のアラームが鳴っているらしい。
「んん……」
携帯電話を手に取り、朝、いつもそうするようにアラームを止める。
目覚ましがなったということは、今は朝の七時前か。寝た正確な時間は覚えていないが、
三時間も寝ていないはずだ。
(寝る前に切っておけばよかった……)
アラームは、毎日同じ時間に鳴るようセットしてある。昨夜――いや、今朝か――は、
あまりの眠気にそこまで頭が回らなかった。今は睡眠時間の割に、やけにすっきりしているが。
その、妙に冴えた頭で考える――今日は休日だ。寝直そう。だがその前に、二度寝した時のために
15分後にセットしてあるアラームを解除しなければ。
携帯電話を開き、メニューボタンを押して――ふと違和感を感じた。指が止まる。
違和感の出どころはどこだろう。とりあえずディスプレイを凝視していると、
目が止まったのは時刻表示だった。
6:49
アラームの設定時刻は六時四十五分だ。だから、数字は問題ない。しかし、
6:49 pm
(……夜!?)
びっくりして跳ね起きる。すると、新たな違和感――いや、疑問が生まれた。
自分が寝る前、布団に潜り込んだことは覚えている。というよりこの季節、
夜は布団をかけなければ安眠は訪れない。しかし、今の自分はベッドの上で何もかけずに
横たわっていたらしい。その割には寒さは感じないが。
毛布と布団は押しのけられたわけでもなく、自分の下に広がっている。
上に直接寝転がらなければこうはならない。
疑問は答えが出ぬうちに、新たに生まれた疑問に駆逐された――今の自分の格好。
これもまた、夜寝る前に寝間着に着替えたような気がする。もっとも、こちらの記憶は曖昧だが。
しかし、仮に着替え忘れたとしてもおかしい。今自分が着ているのは、除霊には
決して着ていかないような――例えば、隣に住んでる太一と出かける時などに着るための。
しかも、組み合わせもばっちり――服だ。昨日の夜着ていた服とは明らかに違う。
わけが分からない。自分が夢遊病者になったか、誰かが自分の睡眠中に部屋に
入ったというのなら話は別だが。
しかし、仮にそんなことができたとして、なんになる?意味がない。現実感もなさすぎる。
何も分からないまま、答えを求めて部屋を見渡すと、疑問がひとつ解消された。
寒くない理由。暖房がついている。
しかし、今度は暖房をつけた覚えがないという疑問がわくが。
(……暖房?)
自分が寝る前につけたんだとすれば、日中ずっとこの暖房はつけっぱなしだったことになる。
「あー」
喉は痛くない。では、つけられてそんなに時間は経っていない?
とにかく、起きて着替えよう。このままでは、服がしわだらけだ。
その後は、着替えながら――下着まで記憶と違うものをはいていた――も頭は疑問で
いっぱいだった。我知らず天井を見上げる。その中で、ふと新たに小さな疑問がまた生まれた。
(寝る前、明かり消したっけ?)
それだけであったなら、些細なことで済んだのに。ため息は知らぬ間に漏れていた。
階段を降り、居間に向かうと、従兄の秀樹が夕食の準備をしているところだった。
料理が盛りつけられた皿がいくつか、居間の中央に陣取る、コタツ机の上に置かれている。
「もうすぐできるから、座って待っててー」
台所から響いたその声に従い、とりあえず座る。台所を見つめて、桜は改めて先ほどの
疑問の答えを導きだそうとした。
仮に、桜に覚えがないことをすべて、誰かが自分の睡眠中にやったのだとしたら、
一番可能性が高いのは秀樹だ。
桜の部屋に鍵はついていないし、服の組み合わせも、彼女の本気服を何度か見ている秀樹なら
わかるはずだ。だが、
(なんでお兄ちゃんがそんなことするのよ……)
やはり一番の問題はそこだった。確かに彼ならできるが、単なる悪戯で済まされないようなことを
する人ではない。
それに、身内が、家族とは言え女の子の部屋に勝手に入り、あんな変態としか
言いようのないことをしたとは思いたくない。
(じゃあ、不法侵入?)
見ず知らずの誰か。それでも――あの後調べてわかったのだが――何も盗んだりせず、
あんなことだけをした意味がわからない。
そもそも誰がにやったにせよ、あんなことをされたら途中で目が覚めそうなものだ。
どんなに疲れていたとしても。それに、
「お兄ちゃーん。わたしの部屋、昼間なんか物音した?」
今日は一日中家にいた従兄が気づかないわけがない。
「いやー、どうしてー?」
台所から声が聞こえ、すぐに皿を持った従兄が居間にやってきた。
「帰ってきたら、何か無くなってた?」
「うん、実は――帰ってきたら?」
疑問に疑問で返すことになるが、それは聞き流せない言葉だ。
「わたし、ずっと寝てたよ?」
もちろん自室で、という意味だ。しかし秀樹は、きょとんとした顔で言ってきた。
「昼過ぎに出かけて、さっき帰ってきたばかりじゃないか。すごいめかしこんで」
その言葉を受けて自分が従兄に向けた顔は、彼以上に間の抜けた表情をしていたに違いない。
◆◇◆◇◆
夕食を終えて、入浴を済まし、桜は自室へと戻っていた。
結局あの後、秀樹に相談はしなかった。しかし、適当にごまかしたものの、
彼は何かを感づいていたとは思う。
(相談なんてできないよ……)
部屋に戻って、もう小一時間経つだろうか。その間ずっと、頭を抱えてベッドに
仰向けになりながら、未だに心の整理がつかない。
(わたし、全然――ほんとに全然、覚えてない……)
最初、身に覚えのないことをすべて桜自身がやった可能性も、考えてはいた。
一度起きてから、どこかに出かけるつもりで準備をし、つい二度寝して、その記憶が
すっぽり抜け落ちてるのかもしれないと。
だが、ほんとに出かけてその記憶がすっぽり抜け落ちるなんて、異常としか言いようがない。
(夢遊病?それとも、呆け!?まさか……二重人格とか!?)
なんにせよ、いいことだとは思えない。気づけば桜は、頭を抱えたままベッドの上を
転がりながら往復していた。すると、
(――悪霊の仕業とは、考えないのかい?)
それは、頭の中から響いた問いかけだった。ならば当然、自問のはずだ。だから自答する。
(とり憑かれる気配も、感覚もなかった……寝てる間は、この家は結界に守られてるから、
ありえない……)
答えてから、考える。ありえない――本当に?では、今感じてるこの悪寒は……
「やれやれ……その油断が命取りさね」
それは、自分の頭の中だけに響いた声ではなかった。しっかりとした肉声として、
空気を震わせる音だ。
それを発したのは、自分の口――当然だ。今この部屋には自分しかいない。
声を発した感覚もある。声色も自分のもので間違いない。
だが、その言葉はまるっきり桜が意図していないものだった。
自分が言おうとして出したものではない。心の声が漏れ出たわけでもない。考えてもいない、
咄嗟に出たわけでもないものが、口をついたのだ。
(な、なんで――)
疑問を発しようとして、愕然とする。今のは意図して言おうとしたものだ。
しかし、今度は声にならない。口が動かない。
思ってもいない言葉を発し、自分の出したい声を出そうともしない口の端が、
つり上がるのを感じる。
身体が勝手に身を起こし、歩き出す。向かったのは、姿見の前。
そこに写った自分は、見覚えのある嘲笑を浮かべていた。
(あんた、まさか――)
「勘はさすがにいいね。その通りだよ」
(じゃあ……昨日の?)
「ああ、昨夜は世話になったねぇ」
にやにやと、いやらしい下品な笑みを浮かべる、鏡に写った桜。自分はこんな表情もできたのか。
(どうやって……)
「どうでもいいことさ。あんたが自分が思っているよりも抜けてて、あたしはあんたが
思ってたような雑魚じゃなかった。それだけのことだよ」
どうにもできない。先ほどから力を使おうとしているのだが、その感覚がない。
悪霊は、自分の精神に深く入り込んでいるようだ。
ならせめて、歯を食いしばって睨みつけてやるぐらいしたいのだが、身体のコントロールは
完全に奪われている。
(これほどの力を……隠してたの!?)
「いんや。あんたにとり憑いたあとにつけた力さ。あんたの身体を使ってね」
(身体を……?)
「ま、あとで説明するよ。それより、ちょっと協力してもらいたいことがあってね。
あんたに拒否権はないけど。それさえ済めば、あたしゃ成仏でもなんでもしてやるからさ」
ざっと考えて、その悪霊の言うとおり、自分が拒否できる立場ではないことを渋々認める。
(……言ってみなさいよ)
「もうどのくらい昔だったか、あたしが生きてた時の話さ。あたしゃ当時は、
男どもにモテにモテまくってね。まさに我が世の春だったよ」
悪霊が語り出したのは、どうやら自分の未練の話のようだ。死んでからどのくらい
経っているのかはわからないが、十年、二十年といった程度ではないだろう。
「夜は毎晩のように違う男に抱かれてね。あたしのここが枯れる暇なんて……
ふっ、全く無かったもんさね」
鏡の前で、桜の身体が自分の股間に手をやる。緊張感はさっと霧散した。
この悪霊は何を言っているのだ?
あまりに最低な下ネタに耳を覆いたくなるが、身体はなおも話し続けた。こらえるしかない。
「そんなある日、あたしはいつものように、名前もよく知らない相手と寝たのさ。
おや、軽蔑するかい?名前も知らない男となんて。でもね、お嬢ちゃん。男と女が一晩を
ともにするのに、名前なんて要らないのさ」
その台詞を、〝いい顔〟で語っている桜の身体。手をあごに当てるなどしつつ。
その姿を見て、心の中で我知らず拳を作ってしまうが、実体のない暴力はなにもできない。
「可愛い人だったよ、あたしの胸に赤ん坊みたいに吸い付いてたっけ……それで、
いざ挿入れるってなってあたしは目を閉じたんだ。何人もの男に抱かれたけど、
そのくらいの純真さはまだあったってことかね」
(へー)
正直、桜はもう真面目に聞いてなかった。
考えているのは、どうやったら、未だ頭の中が春爛漫のこの馬鹿女を追い出せるかということだ。
従兄は霊感はからっきしだし、実家に連絡してもらうか。
いや、話を聞いて爆笑する兄姉や、激怒する父の姿が目に浮かぶ。できれば自分でなんとかしたい。
「ところが、待てど暮らせど一向に挿入ってこない。気がつきゃ辺りからパチパチ音が
するわ焦げ臭いわで、あたしもとうとう目を開けたのさ。そしたらどうなってたと思う?」
(さあ)
どうやら、話はそろそろ大詰めのようなので耳を傾ける。本気でどうでもよかったが。
「一面火の海だった!男の姿はとうに無かったよ……あたしは逃げることもできず、
火にまかれておっ死んじまった……うっ……ううっ……」
少し、同情の念がわく。悪霊相手に、その手の感情が命取りなのはわかっていたが。
(大変だったんだね。じゃあ、目標は復讐?でも、わたしには協力できないよ。
第一、相手はまだ生きてるの?)
少し、親身になって言ってみる。だが、それに対して悪霊は、
「別に、復讐なんて考えちゃいないよ。あの状況じゃあ逃げて当たり前。ただ、ただね――」
わなわなと拳を握り、苦しみを吐き出そうとして、言葉に詰まる悪霊。
彼女の脳裏に浮かんでいるであろう火の海が、桜にも見えた気がした。彼女の魂は、
未だ灼かれ続けているのだろうか。
そしてついに、悪霊はその未練を吐き出すことに成功した。
「せめて一挿しぶっ込んでから逃げろってんだバカヤロー!」
精神だけの状態だというのに、ぽかんと口が開くのを感じた。肩もずっこける。
しかし、悪霊はこちらの様子に気づかず熱弁を続けた。
「今でも思い出せるよ、あいつのイチモツ!あたしが見た中で一番でかかった!
せめてあれを味わってりゃあ思い残すことなんてなかったんだ!」
(アホか……)
馬鹿馬鹿しすぎて、声も出ない。そもそも今は出せないが。気分は一気にしらけてしまった。
「それで、あの人の子孫を求めて百数十年、この世をさ迷ってたってわけさ」
(子孫探してどうするのよ。だいたい血筋が絶えてることだって――)
「ああ、それなら大丈夫なはずたよ。おっ死んだ時に、あのデカチンを絶やすなって
呪いをかけたはずだからね」
恐るべし、女の執念。わざわざそんなことのために百年以上とは。
普通、霊になってしばらくすると、自我は崩壊を迎え、執念や怨念だけが残るのだが、
この悪霊はそんなしょぼい目的のために未だ自我を保っているとは、呆れるのを
通り越して感心さえする。
「ま、それでその子孫がこの町に居るって突き止めて、いざ探そうって時に
あんたにやられたってわけだ」
(ふーん。で、協力って?)
長々と話を聞かされたが、本題がまだだ。人捜しの協力のようだが。
「だから、子孫を探すことだよ。あんたの身体でね」
悪霊は当然のように言ってきたが、桜はまだ理解できなかった。
(身体で?)
「手当たり次第に男とヤりまくるってことさ」
(……は?)
そこまで言われて、やっと理解する。しかし、そんなこと、
(だ、だめ!協力できないに決まってるでしょ!)
「言っただろ、拒否権はないって。それに――」
と、鏡の中の桜が、胸と股間に手をあてた。
「そのうちあんたも病みつきになるさ」
その言葉を合図に、動き出す両手。その挙動は、今の桜の表情のようにいやらしく、
普段彼女がするようなつたないものとは違い、手慣れていた。
しかも、どういうわけか、それはまるで桜が悦ぶやり方がわかっているかのごとく動いた。
(んっ、はぁ……や、やめて!)
手は身体をまさぐりつつも、もどかしそうに服を脱ぎ捨て、下着をずらし、
さらけ出された桜の身体は鏡の前に座り込んだ。そして、見せつけるように足を開き、
挑発するような表情を自分に向けている。
その姿を、焼きつけるかのように目線は動かない。まばたきすら、忘れているかのように。
「あぁ……気持ちいぃ、気持ちいいよぅ……もっと、さわってぇ」
いきなり口から発せられたその言葉に、びくっとする。自分が出したとは思えないほど
甘ったるかったが、間違いなく自分の声だ。
一瞬、自分の意志で出したのかと間違いそうになった――そんなはずはない。そんなこと、
思っているはずは……
それにしても、なんという変わり身だろう。先ほどまでの、悪霊のしゃべり方の
気配などまるでない。
(やっ!やめてよ!変なこと言わないで!)
「あはん、ここ――ここをこすればっううっ」
悪霊は、桜の抗議の声などまるで聞いていない。己のものとなった桜の身体をいじくりまわし、
ただただ、よがり狂っている。
たまらないのは桜だ――彼女にその気はなくても、身体は快楽を受け入れようとするため、
嫌でもその感覚は彼女にダイレクトに伝わる。
しかも、なんだか普段よりも感度がいいような……
(いやぁ!いやっ!いやっ!いやっ!)
身体の主導権が桜にあったなら、ここまで自慰に徹することはできないだろう。
もうすぐそこまで迫った絶頂に、桜は、身体が使えたなら髪を振り乱さんばかりの
勢いで拒絶した。すると、
「ん、まぁ、こんなもんかね……」
手が止まり、仰向けに寝転がる悪霊。息が荒い。身体は、これ以上ないほど熱かった。
(え……なんで……?)
これは望み通りの展開だ。桜が望んだ通りの。では、このフラストレーションは……
「あんたが嫌だっつったんだろ。それに、これは準備運動さ」
悪霊はそう言うと、右手で股間をすくうように撫でて、顔の上に掲げて見せた――濡れてる……
(んん……準備……?)
「ああ」
答えて、悪霊は唇を舌で舐めてから、にやっと笑った。そして――掲げていた指を口に突っ込んだ。
(な――!?なにしてんのよ!)
「あむ……ぅん?どんな味すんだろって、考えたことない?教えてやろうと思って」
(ないわよそんなの!汚い!)
やれやれ、と悪霊は身を起こし、肩をすくめると、鏡の前でびしょびしょの下着をつけ直した。
「服は――ま、いっか」
そう言ってきびすを返し、扉に向かいかけた彼女に、桜は制止の声をかけた。
(ちょ――ちょっと待ちなさい!そんな格好でどこに行く気!?)
「こういうことにはいちいち鈍いね、あんた。本番だよ、本番。さっきのは準備っつったろ?」
(本番って……)
とっさに浮かんだ想像に、さっと血の気が引いた気がした。あくまでも、それは感覚がし
たにすぎない。実際の身体は、むしろ頭に血が上っているような感じだ。
「そそ、あんたの想像通り」
(なに考えてんのよぉ!!)
「親切心だよ。あんただって、初めてが見ず知らずのおっさんとかは嫌だろ?」
(初めてじゃなくても嫌よ!もう出てって!出てってよぉ!)
口論の末、ついには悲鳴になっていた。今の自分は、そのくらいの抵抗しかできない。
ぐずることぐらいしか。そんな自分が情けなかった。
しかし悪霊は、ため息をひとつ漏らしただけで、そのまま部屋を後にした。
それからすぐに行き着いたそこは、
(お兄ちゃんの……部屋……)
「お隣の太一君にしようかとも思ったんだけどね。ま、〝お兄ちゃん〟でもいいっしょ?」
(あんた……わたしの記憶……)
「ばっちり」
廊下で、下着姿で親指を立てる自分。逃げ出したい。
でも、桜は半ばあきらめていた。泣いてもわめいても意味がなかった。力は使えない。
自分は本当に無力だ。
できることは、心を閉ざしてやり過ごすこと。五感が勝手にフィードバックされて
いくため難しいが。こんなことなら、もっと精神制御の修行をちゃんとしておくんだった。
とにかく、早く終われ。
「なぁに落ち込んでんのさ。記念すべき初体験だよ?」
(…………)
無視――悪霊は、そんな桜の態度が気に入らなかったようだ。
「あんたの処女、そこらのおっさんに売ってもいいんだよ?初物ならいくらでも
出すって変態は、ほんといくらでもいるんだから」
(お兄ちゃんは……お兄ちゃんはそんな変態じゃない!お前の誘いになんて乗るもんか!)
その反応は、悪霊を喜ばすだけだった。彼女は鼻で笑うと、
(ふん。ま、見てな)
そして扉を開けた。
従兄は、もう夜半間近だというのに、机に向かっていた。
本棚に囲まれた薄暗い部屋を、机の上の小さな電灯が照らしている。
「ん?」
扉を開ける音に気づいたのか、こちらを向く秀樹。その彼の顔が、眼鏡の下で驚きに
染まるのも構わず、悪霊はずかずかと部屋に入り込み、すぐに彼の目の前まで進み出た。
「さ、桜?そんな格好で――」
彼の言葉が終わるのも待たず、従兄の口に、彼女は吸い付いた。
彼の口を、舌で蹂躙しようとして、〝一度目は〟押しのけられた。
「ど、どうしたんだ?君は――」
すぐさま二度目。今度は長かった。たっぷりとお互い舐めまわし、唾液も交換してから
離れたが、二人の口の間には、銀の架け橋ができていた。
「ねぇ……しよ?おにいちゃん」
上目遣いに見つめる悪霊の視線に、応えてきた従兄の目は、これ以上にないほど血走っていた。
(うそ……?お兄ちゃん?)
初めて見る、彼のその表情がとても怖い。冗談だと思いたい。だが――
何も言わず、それが答えだと言わんばかりに、秀樹は桜を押し倒してきた。
(いやぁ!お兄ちゃん……どうして!?)
従兄は応えない。そもそも桜の疑問は彼には聞こえないが。獣のように彼女の身体を
なめ回している。
彼の代わりに応えたのは、悪霊だった。
「あたしの淫気を直接送り込んだのさ。あん、こいつは今や、エロいことしか、
んっ、考えられない――いや、考えることもできず、本能に従うままさ」
(うう……そんな……)
「さっき、んぁ、普段よりも感じるって思っただろ?それもあたしのん、力さ。
初めてでも痛くないようにぃっ、してやるよ。それどころか、天国が見れるかもねぇ」
そんなの全然嬉しくない。しかし、身体はどんどん高まっていった。従兄の愛撫は正直上手い。
「んぁ!そうそこ、いいよぉ、おにいちゃん」
また、喜色あふれる声で喘ぎだす身体。それは悪霊が言わせていることだと分かっては
いるのだが、自分の心からの声だと、桜は錯覚しそうになっていた。
「ねぇ、入れてぇ……おにい、ちゃぁん……あそこが、せつないよぉ」
その声を発したのは、果たして本当に、悪霊なのだろうか。自分がそんなことは
欠片も思っていないと、否定する自信が、今の桜には無かった。
「あ!んあぁ!は、入ってくるぅ!」
いつの間にか、四つん這いになった桜のお尻を掴んで、押し入ってくる秀樹の男性自身。
確かに痛みは感じなかった。めきめきと処女膜を破っているのであろう感覚すら、快感を覚える。
そこから先は、もうダメだった。
一突きされるごとに、意識が飛びそうになった。そのたびに叫び声をあげたのだが、
自分でも何を言っていたのかわからない。ただ、否定の言葉だけはありえなかった。
ぐんぐん押し上げられていき、後は飛ぶだけと言うところで――肩を掴まれた。
「え?いやぁ!動いて!動いてよぉ!」
止まってしまった身体を、自分でなんとか揺すろうとするが、後ろからしっかり
掴まれて大して動けない。
顔を後ろに向けて、虚ろな表情をした従兄に懇願する。
「ねぇ、お兄ちゃん!動いて!おねがい――」
(そんなに、して欲しいかい?)
頭の中に響く声。誰の声だったっけ?思い出せないけど、心の中の声なら、
自分自身の声だろう。なら、素直に答えなくては。
「うん!うんうん!だからおねがい!」
(なら、協力してくれるね?)
「する!するからぁ!」
(交渉成立)
桜の口元が、一瞬にやりと嘲るように歪んだが、それは瞬く間に悦びの顔へと変わっていった。
「あっ!ああああ――」
「よっこいせっと」
身体が勝手に立ち上がり、年寄り臭い声を出しても、今の桜には気にする余裕など無かった。
「とりあえず、今回はお兄ちゃんの記憶を消しといてあげるよ。邪魔だろうしね」
そういって、勝手に従兄に口付けする自分の身体を、桜はぼっと見ていた。心地よさを感じながら。
そして離れる瞬間、
(ん、いやぁ、もっと――)
「まったく、すっかり色呆けしちまって。唯より好きもんだね、あんた」
その言葉を聞いて、次第に頭が活性化しだした。そうか、上山さんも……
上山唯の、最後に見た表情が、脳裏によみがえる。今なら、あの顔の意味も分かる。
「ま、つうわけで、協力してもらうよ?普段はあんたに主導権渡してやるからさ」
何を偉そうに。そんなのは当たり前だし、協力なんて、当然、認可できることではない。
できることではないが――桜は、小さく頷いた。
◆◇◆◇◆
「む゙!むー!むー!」
目を覚ました桜は、自分の異変に気づき、即座に声をあげた――口までも縛られていたため、
言葉にはならなかったが。
目の前にいる男――太一は、それに驚いたのか、すぐさま噛ませられていた手拭いだけははずしてくれた。
「なにしてんのよ!」
「い、いや……梅さんが……」
弱々しく、言い訳する太一。後で見てなさいよ。
「あーらら、そのままヤれって言っただろ?」
(また、あんたは!)
即座に意識は押し込められ、いましめを解こうと躍起になって暴れていた桜の身体が大人しくなる。
「で、でも……」
「大丈夫だって。口ではなんと言おうと、桜は悦んでるからさ」
(ちょっと、勝手なこと言わないでよ!)
「うっさい、ドM」
(なっ!?)
そのまましばらくは言い争いを続けたが、いつものように、梅は面倒くさくなったらしい。
「あー、もう、じれったい」
居心地悪そうにぽつねんとしていた太一に、縛られた身体で器用に口付けし――
「いぃぃぃやぁああああ!」
(がんばれ)
桜は理性を失った太一に襲われた。
「はぁはぁ、毎回まいっかい、何してくれてんのよ!」
(元気だねぇ、何回戦やったと思ってんだい)
事が済んで、精魂尽き果てた太一の横で、気楽に言ってくる梅に桜は怒鳴りつけた。
「知らないわよ、そんなもん!わたしだって疲れてるわよ!あんたのせいでお尻も痛いし!」
(それはあんたがねだったんじゃないか。あたしのせいにされてもね)
「うっ」
ひりひりと未だ熱い尻を撫でて、言葉に詰まる。やぶ蛇だった。
ため息をつき、ベッドにうつ伏せで(尻が痛いため)寝転がる。
「ねぇ、いつまでいるのよ。悲願は達成したんでしょ」
と、隣にいる太一を(というか彼の股間を)見る。萎えてもそれはかなり大きかった。
(いやぁ、毎日のようにそれが味わえるならって、ついね)
また、ため息。まあ、今は実害がないから構わないか。
(……嫌なら、滅するなりすればいいじゃないか。あたしゃ、もう抵抗しないよ)
「んー、そうねえ……」
太一の股間から、視線あげていき、顔へと至る。彼はうなされているような顔で寝ていた。
その顔を見つめながら、にやりと笑う。嘲りの表情と似ているが、違う笑みを。
「ま、あんたのおかげってこともちょっとはあるしね」
彼女がなにを考えているかは、梅にはわからないだろう。この精神制御は、
最近やり方を覚えたのだが、なかなかつかえる。姉に感謝しなくては。
「さて、シャワーでも浴びよっか」
(んー)
桜の頭のなかで、頭をひねっている梅の姿が浮かんで、彼女はくすくす笑い声をあげた。
最終更新:2010年02月23日 22:44