投稿日:2010/03/05(金)
同じ親から、同じ日に生まれ、同じ顔を与えられ、同じ土地で育った。
同じものを見て、聞いて、触れて、嗅いで、味わい、同じことを学んだ。
そして、同じような恋をして、同じ顔と結ばれた。
なのに――なのに、どうして?
どうして私は全てを失って、どうしてあの子は何一つ失わないの?
どうして私は独りなのに、どうしてあの子は幸せに囲まれているの?
どうして――私が神様にそう叫んだ夜に、私に悪魔が囁いた。
◆◇◆◇◆
双子はそれほど似ていない。もちろん、一卵性双生児の話だ。
それは私自身、双子だから断言できる。
どんなに顔の造作が同じでも、表情が同じ時は一瞬もない。
どんなに同じ親から生まれ、同じ環境で育っても、全く同じことを感じたわけではないはずだ。
でも、同じ顔に恋をしたことは、確かに私たちは双子なのだと確信させた。
ただ、勘違いしないで欲しい。確かに顔は同じだが、相手も双子だったというだけで、
私たちはそれぞれ別の人と恋に落ちた。
その相手の双子も、私たちと同じくらい似ていない。
そう、双子はそれほど似ていない。そして、そう思っていたのが私だけだったことこそ、
その証拠になるはずだ。
今日もまた、私は姉――由美の家に来ていた。チャイムを鳴らす必要はない。
合い鍵を持っているからだ。
ドアを開けると、そこはいつものように静かだった。
(無人ってわけじゃないのに……)
由美がいるはずだ。しかし、この家は一人には広すぎる。
義兄が亡くなったのは、もう一ヶ月も前になる。
夫とは一卵性双生児で、同じく双子である、私の姉と結婚した。周りはさすが双子だと
はやし立てたが、大きなお世話だ。
義兄は子供を助けるために、交通事故に巻き込まれたらしい。子供は無事だったが、
義兄は打ち所が悪かったと聞いている。
立派な最期だったとは、口が裂けても姉の前では言えない。義兄を失った姉は、
まるで死人のようだった。
その様子が、あまりにも異常だったから、毎日のように様子を見に来ている。
しかし、姉は未だにふさぎ込んだままだ。
さりとて、私が同じ目にあったらと考えたら、強くも言えない。
こんな時、双子同士で結婚したのが仇となった。できればしばらく一緒に暮らしたい
くらいなのだが、夫を見る姉の目が辛すぎる。
とにかく、早く元気を出してもらいたい。義兄には悪いが、誰か別の相手でも紹介
すべきだろうか。ただし、弱みに付け込むような男は論外だ。姉には、嫌でも男は
寄ってくるだろうから、しっかり私が見繕わなければ。
姉は美人だ――私とは違って。
学生時代、明るい姉は学園のアイドルだった。同じ顔でどうしてこうまで違うのかと、
当時は悩んだものだが、同時に姉は私の誇りでもあった。早く、その昔の姉に
戻ってほしい。心から、そう思う。
一応呼びかけながら、玄関を上がり、階段を登る。そして寝室に到着した私は、
ちゃんとノックをし、呼びかけた。
「由美ちゃん、おはよう。ねえ、ご飯持ってきたから出てきて。一緒に食べよう?」
「……うん」
良かった。返事はある。なら、今日は比較的調子がいい日だ。
中から物音が聞こえるが、時間はどんどん過ぎていく。私はそれを、ひたすら扉を
見つめて耐えた。
そして――
「おはよう……」
出てきた由美は、いつものように――いや、返事に反して、いつも以上に生気が
なかった。だから私は、できるだけ明るくつとめた。
「おはよう。下に行こ」
そして歩き出す私の後ろ姿を、少しの間、由美がじっと見てきているのには気づいていた。
しかし私は、気にせず歩き続けた。
朝食を食べ終えて、しばらく雑談する。この一ヶ月、外に出ようともしなければ、
テレビや新聞も読まない姉相手に、私は色々なことを話す。少しでも、外に興味を
持ってもらわなければ。
「……今日、病院?」
いつもは一方的に私が話しかけるだけなのだが、今日は珍しく由美から話題が振られた。
歓喜に心が踊る。しかし、ここで焦ってはならない。
「うん、午後にね」
「もう、四ヶ月だよね。体は?」
「うん。大分楽になったんだよ」
「そう……」
私は今、妊娠している。姉にとって、私の幸せな話題は、不快に感じるかもしれないと、
できるだけ話題には出さなかったが――
(気にしてくれてたんだ……)
こんな優しい姉に、なぜあんな不幸が起きたのか。私は神様を憎んだ。
◆◇◆◇◆
部屋に飾ってあった人形を、抱っこしてみる。軽すぎる感触に、私は肩を落とした。
先ほどの恵美の浮かべていた微笑みが、脳裏に浮かぶ。あれはもしかしたら、
私も手にしていたかもしれない幸せだ。
「う、ああああああ――」
突如湧いた衝動を抑えきれず、私は、腕の中にあった熊のぬいぐるみを地面に叩きつけた。
しかし、柔らかな布の塊には、大したダメージは見受けられなかった。
それがさらに、自分の心を苛立たせた。無言で何度も、何度も人形に足を振り下ろす。
何度も何度も。何度となく足蹴にし、床を突き破れば、私は熊と一緒に一階まで
落ちるだろう。この程度の高さでは不安はあるが、打ち所が悪ければ死ねるかもしれない。
妹は、即死をもたらすものはこの家から取り去ってしまった。今あるもので死のう
としても、妹や、妹が頼んだ家政婦に見つかる。
まだか。まだ熊を、床を突き破らないのか。苛々が増す。ともに疲労も。
私は、何一つ壊すこともできないまま、その場に座り込んだ。すると、
『ひっどい妹だねぇ、ありゃ』
「うるさい」
『あんたの前で、あんな幸せそうに話すなんてよ。ここに来てるのだって、世間体とかを
気にしてだろ。その上、死ぬ自由すら奪うなんて、酷すぎる』
気付けば視界の端にいた薄汚い男が、頭に手を当てて、芝居がかった挙動で首を振っていた。
『そんな妹を、なんで庇うかねぇ』
「恵美は、ほんとに優しい子よ……自分だって今辛いのに、私のためにこんなに……」
『だが、その辛さの先には幸せが待っている』
悪魔だと名乗ったその男は、人を馬鹿にした笑顔を決して絶やさなかった。
こちらが何を言っても、それを否定する言葉を返してくる狡猾さは、昨夜で嫌と
いうほど味わった。無視が一番だ。
『おや、寝るのかい?』
何も言わず、ベッドに横たわる。
『食っちゃ寝ってのは、健康に悪くないかい?』
悪魔が何を言う。
『ま、俺がいい夢見せてやるよ』
(え?)
どこまでも楽しげに、笑みと同じ声音を絶やさない。この男の存在全てが、全ての
ものを嘲っている。
その嘲笑に包まれて、私は眠りの世界に落ちた。
そしてそこで見せられた、私の望む夢に包まれて、私の心は闇に堕ちた。
◆◇◆◇◆
今日もまた、私は姉の家に来ていた。いつものように、鍵を開ける。
家中は、今日も静寂に包まれていた。その張り詰めた静けさを切り裂くように、
姉に呼びかける。
返事がないまま、階段を上り、寝室に到着した。今日もノックをするが、今日は
返事がなかった。
「入るよー」
少し待ってから、ドアノブに手をかける。この部屋には、鍵がかけられないように
なっているため、容易く開いた。
ゆっくりと扉を開ける。部屋の中は、いつものように真っ暗だったが、私の背中から
差し込む光と対峙するように、由美が立っていた。
「なんだ――ひっ」
俯いていた姉が顔をあげた。伸びっぱなしになっている前髪から覗く視線から、
尋常ではない気配を感じて、息を呑む。その姿は、怨霊めいていた。
『どうも』
「ゆ――え?」
声をかけようとして、いつの間にか視界の端にいた男に、逆に声をかけられた。
「あなた、なんですか……?」
見覚えはないし、姉の知り合いとも思えない。薄汚い姿は、ホームレスを思わせる。
なにより、人を馬鹿にしたような笑みをはりつけたこの男を、本能が危険だと告げている。
「警察を――」
『じゃあ、夢の始まりだ』
こちらを無視して、由美に話しかけるその男。関係ない、本気で警察を――携帯を
取り出そうとして、入れていたはずのポケットから取り出せない。
早くしないとあの男が何をするか――
「え?」
睨みつけようとして、男の姿は、泡と消えていた。いったい何処へ――部屋を見回す。
(え?)
すると、おかしなことに気づいた。私は扉から動いていないはずなのに、部屋の
中にいた。そして逆に、扉のところには由美が立っている。私と同じ服装で。
(なに?)
そういえば、先ほど携帯を取り出そうとした時の違和感を思い出し、下を見る。
私が着ている服も変わっていた。由美が着ていたような、ゆったりしたものに。
「ねえ、由美……さっきの――」
気がつけば、目の前に来ていた由美に蹴り倒され、彼女がのしかかってきた。同時に、
由美の手が、首にかかる。それは、万力のように締め付けてきた。
「がっ、かぁ……」
「死んで。お願い。ねえ。死んで?恵美」
恐ろしい力だった。この一ヶ月で、まるで病人のようにやせ細った体とは思えない。
逆に私は、まるで力が出せなかった。
「あなたが死ねば、全部戻ってくるの。全部。全部――あの人も、帰ってくるの!」
「や…………やめ…………」
「大丈夫、あなたは死なない。私があなたになるんだから。死ぬのは私。死ぬのは由美」
「…………」
ごぼごぼと、何かが溢れてくる。もはや、意識は途切れ途切れだった。
「赤ちゃんも、大事にするから」
――――
「だから。だから、ごめんね。あなたなら、きっと天国に行けるから。ごめんね」
――――同じ顔を、二つ見ていた。倒れて弛緩している女と、それにのしかかる女。
それを、横に立って、私は無感動に見ていた。
馬鹿だな、お姉ちゃん。私は死んだのに、まだ首を絞めて。
首を締めるのと同じように、いつまでも謝り続ける姉を、ずっと見ていると、声が
聞こえた。その声の主は、自分を悪魔だと名乗った。
◆◇◆◇◆
「由美!」
「……孝治さん」
警察署の中だが、駆け込んできたその男は、構わずに大きな声で呼びかけてきた。
「由美、義姉さんが……本当なのか?」
「ええ、見つからないの……」
違った。先ほどつぶやいた名前ではなかった。この人は隆治。妹の――いや、今の自分の夫だ。
「警察には?」
「全て話したわ……今、探してくれてるって……」
でも、この人の中に、あの人の魂は入っているはずだ。それを呼び起こせるかどうかは、
私次第だと悪魔は言っていたが。
「由美……兄さんのことといい、どうして……」
今はまだ、愛する人ではないけれど。愛する人と同じ顔に抱きしめられて、私は、
昨日見た由美が見せた笑顔と、同じものを浮かべた。自分のお腹を撫でながら。
◆◇◆◇◆
まったく、ちょろいねぇ。一気に双つも魂を頂けるとは、本当にちょろい。
ちょっと嘘を見て聞かせただけで、妹を犠牲にする姉も姉だがよ。
同じものを見せられて、自分の子供を犠牲にする母も母だわな。
ま、ごちそうさま。
最終更新:2010年03月06日 02:38