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172星月 典子ss - (2008/01/14 (月) 20:15:05) の1つ前との変更点

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**星月 典子@詩歌藩国さんからのご依頼品 白と赤の誓い /*/ カタ・・カタ・・カタ・・・ 誰も居なくなった放課後の教室。 この数日、色々と物騒な事件が起きているせいで、下校の時刻も早くなった。 星月典子は、その教室の中で九音・詩歌とともに、夕暮れの教室にたたずんでいた。 典子は、いつか、ずっと前に、別の名前で、別の世界を体験した事がある。 その時に出会った、一人の少女のことを夕日に思い浮かべていた。 人気の無い、静かな教室の中で、ゆっくりと過ぎていく時間。 その一瞬一瞬が、とても大切な時間を思い出させていた。 典子はふと黒板の上の時計に眼をやった。 時計の指す時刻は遅れている。 その時計は、随分前に故障が分かっていたのだが、誰もそれを直そうとはしなかった。 そもそも、直せる時間など無かったのだが。 時計を動かす歯車のひとつがずれて、正しい時間を示せずにいる。 典子は何かを思いながら、時計を見つめる。 カタ・・カタ・・カタ・・・ その時。 大気が一瞬震え、細い糸を張り詰めたような雰囲気が、その場を刹那に支配した。 典子はあの時の匂いを感じた。 優しい香りと、戦場の生々しい空気の匂い。 がたん、と机が倒れた。 その音に振り返った二人は、夕日の色に映えた赤い鮮血を見た。 宙に舞う血は、曼珠沙華の花弁を思い浮かばせた。 舞い散る血の下には、夕日に思い浮かべていた戦姿の少女があった。 駆け寄る二人。 「大丈夫ですか?!」 「典子さん、早く手当てを。」 「はい!」 しかし、少女の容態を見た典子は、自分には手に負えないことがはっきりと分かった。 顔は蒼白で、肩にかけての刀傷からあふれ出す血の量が尋常ではなかった。 「まず止血を・・・。」 パニックになりそうな頭の中を必死に押さえ、とりあえず止血をする事は出来た。 だが、失った分の血を取り戻さなければ、少女は時間を待たずに、死んでしまう。 担架で運ぼうとしてもその間に、医者も待ってくるかどうかが分からない。 ショック症状を起こし始めている少女に、典子は目に涙を浮かべた。 何も出来ない自分を、あの時も、自分には何も出来ないと、必死になって、そして、宙へと舞ったあの時と自分を重ねた。 「ともかく呼びかけ続けて。スイトピー先生に血液検査と輸血の手配をお願いしましょう。」 詩歌のその一言で、何とか現実に引き戻された。 そうだ。またこの人を救えないのは、もう嫌だ。 「ノーア姫!聞こえますか?!」 必死に叫んだその一言に、戦姫は少し身じろぎ、薄目を開けた。 その小さな変化に、典子は溢れる涙を止められなかった。 「よかった・・・!気をしっかり持ってください!」 「ここは安全です。今医者がきます、気を強く持って。」 ノーアは、目だけを典子に向けた。 そのまま動かない体で、表情だけを変えた。 嬉しそうに、そして、現状に似合わなさ過ぎる微笑みを。 「ノーリコ。」 その一言は、典子の心に深く刺さった。 前にこの場所で会った時には、自分はその名前を持つものではなかった事を。 否が応でも認識させられた。 「ノーア姫しっかり!ノーリコなら・・・。」 「どこにいっていたの?」 ノーアの意識が混濁していると、自分でも分かっていた。 「書類を持ってきて、急いで、何て顔、しているの?」 しかし、悲しい気持ちになりながらも、ノーアを助けたい一心で嘘をついた。 「ノーリコならここに。ノーア姫の事をいつも考えております。」 言葉自体は嘘ではないのだが、これを嘘と言わずして、何を嘘と言うのだろうかと。 どこかでずれてしまった歯車で動く時計の音が、典子の耳に入り、典子はそれが嫌だった。 「死んではだめです!しっかりして!」 叫ぶ典子にノーアは愛らしい笑顔を向けた。 「いつも、同じ事ばかり・・・」 流れる時間がじれったかった。 「お医者さん!早く!お願い!!」 涙が止め処なく溢れ、心で思っていた事も知らず知らずに口に出していた。 だが、その言葉がどこかに届いた。 教室のドアが開かれる音がした。 そこには、校医であるサーラが立っていた。 「こんにちはー。」 雰囲気に合わないゆったりとした口調で現れたサーラに、典子は安堵した。 「よかった!サーラ先生!」 言わなければならない事を焦りながらも整理する典子。 「お願いします。失血死しそうなんです!・・・輸血を!」 正しい指示の元、サーラはすぐに輸血準備を始めた。 「私達の血液が使えるならいくらでも。」 「血液型は?」 詩歌とサーラのやり取りに、一倍声を張り上げた。 「私、O型です!・・ノーア姫がAB型でなければ、応急処置的には大丈夫・・・ですよね?」 サーラは、キットの中から注射器を取り出し、それぞれノーアと典子の腕にその針を刺した。 血液サンプルを取って、適合性を調べている間、もう目を閉じてしまったノーアの手を一心に握り締める。 カタ・・カタ・・と、リズムの合わない時計の音が、苛立ちを煽る。 やがて、その結果が出た。 「RHが-ではないことを祈って。」 「はい・・・。何か、私達に出来る事はありますか?」 処置を行おうとするサーラを目で追って、ノーアの顔が目に入った。 その表情はとても幸せそうで、胸が、きつく締められた。 「ノーア姫、諦めちゃダメです。・・今、準備してるのですよ。あなたの元に馳せ参じる為に。」 もう、会う時には、ノーリコではないかもしれないけれども、それでもノーアのそばに居たかった。 消えてしまった事を悔やみ、ノーアのそばで死ねれば、典子にはそれだけで十分だった。 「今まであなたを一人にしてしまって、ごめんなさい。私も頑張りますから・・・」 涙が、ノーアの手を握る自分の手の甲に落ちる。 「お願いです。」 やがて、処置をしていた手が止まり、サーラがこちらを振り返った。 「大丈夫。」 その一言に、もう流しつくしたと自分でも思っていた涙が、また溢れ出した。 「よ、よかった・・・よかった・・・!サーラ先生、ありがとうございます!ありがとうございます!!」 使用されている異世界の科学医療により、ノーアの傷が塞がれる。 「すごい・・。」 「念のため、毒にはやられていませんか?」 「毒は、既知の全部に対して対応してみた。」 典子と詩歌は二人顔を見合わせて、深々と頭を下げた。 「サーラ先生、本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。」 「ありがとう、ございます・・・。」 「ううん。最近、物騒だから。じゃあ、注意してあげてね。」 サーラは、いつもの笑顔を二人に向けて去っていった。 /*/ サーラが教室を出た後、安堵を隠しきれない二人であったが、床に寝ているノーアをそのままにも出来ず、保健室のベッドにとりあえず運んだ。 寝かしたノーアの側にそっと控え、その姿をじっと見つめる。 そして、一つの事に気づく。 運び出してる間もベッドに寝かしたあとも、絶対に剣だけを放さなかった。 そこまでしてノーアは、大切なものを守らないといけなかったのだろう。 そして、その時に自分は居なかった。 その罪悪感が、典子の心を締め付ける。 「ノーア姫・・・ごめんなさい。」 「時間が来たら、また向こうの世界へ戻ってしまうのでしょうか・・・」 消えてしまうのは仕方が無い。 しかし、せめて傷が癒えるまでは、ここにいて欲しかった。 「このまま返す訳には・・・」 詩歌は、空いた方の手に指を添えながら、力強く言った。 「ノーア姫は今も戦っている。彼女の仲間も。」 それを聞いて、典子は恥じた。 また、泣きそうになった。 その時、ノーアのまぶたが少し揺れた。 「ノーア姫・・・?気分はどうですか?」 ノーアの変化に、典子は声を掛けた。 その声に、ノーアは不意に目を覚まして、一気に起き上がった。 そして、持っている剣を構えた。 敵を探し、そして典子たちを見つけた。 「ノーア姫、大丈夫です。落ち着いて周りを見てみてください。」 そんなノーアを落ち着かせるように、ゆっくりと彼女に近づく。 典子に気づいたノーアは、膝を突き、剣を杖代わりにして肩で息をしている。 カタ・・カタ・・カタ・・・ 歯車のずれた時計の音が、ほんの数秒の沈黙を刻んだ。 「とりあえず、横になって休まれては?」 先に言葉を発したのは、典子だった。 「またあなた達?」 ノーアはその顔に焦りの表情を浮かべる。 「はやく、戻して。・・・・・・」 痛みに顔を歪ませ、沈黙がまた戻る。 「大変な時に呼んでしまってごめんなさい・・・。」 何を言えばいいのか、典子は分からなかった。 気の利いた言葉も、励ましの言葉も浮かばなかった。 ただ、心配の気持ちだけが心から湧き上がった。 「でも、お願いです。今は、体を休めてください。・・・少しの間でも。」 本当は、もう、どこにも行ってほしくなかった。 「戻りたいのは分かります。何か今すぐ必要なものがありますか?」 沈黙の痛さと、典子の辛さ、ノーアの焦りを察して、詩歌が言葉を掛ける。 ノーアは、何かを思案し、言いかけて首を振った。 「なにも」 あくまでも気丈に振舞うノーアに、典子は一言しか思い浮かばなかった。 「・・お水、いりませんか?よかったらどうぞ。」 棚に飾ってあるコップを手に取り、小さな冷蔵庫の中から水のペットボトルを取り出して、中に注ぐ。 それを差し出し、ノーアは受け取ろうとした。 おもむろに右手を伸ばすが、その指先が震えているのに、気づく。 「包帯をいただけますか。紐でも。」 「分かりました。用意します。」 一度、コップをベッドのサイドボードに置き、救急箱から包帯を取り出した。 ノーアは、その包帯で自分の指を固く縛り、無理やり震えを止めた。 その上で、サイドボードからコップを取り、水を飲んだ。 あまりにも、勇ましく悲しい姿に、典子は目を逸らしたくなったが、目の前にある現実は受け止めなければ無かった。 それが出来るほどには、典子は強かった。 「ノーア姫、刀傷は治療してもらいましたが、他に不調なところはありませんか?」 「ありがとう。」 カタ・・カタ・・カタ・・・ どこかで、リズムがおかしい時計の音が聞こえる。 水を飲んで、少し落ち着いたノーアは、その時計の音を遠くに聞いた。 「ありがとう。」 辺りを見回し、そして、典子の顔を見た。 「ここに来るのは2回目ね。前に来た時は、いい夢が見れた。それで十分。」 夢、と言う言葉に、典子は悲しい顔をした。 これは、夢、、ではない。現実、ここにある現実なのに。と。 「・・・今すぐあなたにとって頼りになる存在になれない自分が悔しいです。」 「ノーア姫は、前線に立って戦われているのですね。」 ノーアは、険しい目つきで、典子を見続ける。 「なぜ、そうも親切なの?」 ノーアにとって、典子たちは赤の他人である。 典子たちがどう思っていようが、それは、紛れもない一つの壁である。 それでも、典子たちがノーアを思う気持ちには、嘘をつけない。 「あなたが好きだからです。それ以外に特に理由はありません。」 ノーアと同じくらい、凛とした声で典子は話す。 ノーアは、その声に目を軽く閉じた。 「昔、そういう事を言っていた、かわいそうな侍女がいたわ。」 「母につけば、生きていたかもしれない。」 語る言葉には、どこか怒りを感じた。 何に対する事でもない、自分自身に対する純粋な怒り。 典子は、胸に痛みを覚えながらも、言葉を続ける。 「可哀想な侍女、ですか。なぜ可哀想と?」 目を開き、まっすぐ典子を見つめる。 その眼光は、剣のように鋭く、痛かった。 「塔から身を投げた。」 「身を投げた。それは何故でしょう?」 何故と聞く事は、ノーアの心の傷を一つ開いてしまう事でもある。 しかし典子は、その事を、他人で居続ければならないという嘘をつくために、聞かなければならなかった。 カタ・・カタ・・カタ・・・ 遠く響く時計の音が、静寂を浮き立たせる。 「結果がすべて。私は知っている。あなたは知らない。」 予想通りの返答だった。 二人は、お互いに、傷つけあわなければならなかった。 カタ・カタ・・・ 「・・・辛い思いをされたのですね。ごめんなさい。」 典子は、自分でもなんという嘘なんだ。と思った。 でも、歯車はその通りにしか動けない。 ならば、せめて伝えたい。嫌われたとしても。 「でも、もしそれが心の光に導かれた行動であれば、その侍女は幸せに思っていたかもしれない。」 言葉を一言一言、紡ぎだすたびに胸が痛む。 カタ・・・カタ 「そう、私は思います。・・・知った風な事を言って、ごめんなさい。」 典子の瞳には、もう幾度目になるだろう涙が滲んでいた。 また、ノーアは目を軽く閉じた。 「本当に。助けてくれたのでなければ、怒っていた。」 カタ・・、カタ・・ 「ごめんなさい。・・でも、、あなたを助ける事が出来て、本当によかった。」 もう、泣かないと。典子は気づかれないように、指で涙を払い、決意を固めた。 カ・・タ その仕草と、ノーアが目を開ける動作が、一瞬のズレを伴い交差した。 /*/ カタ /*/ 典子の決意の表情が、ノーアの目に入った。 柔らかなノーアの瞳が、典子の目に映った。 /*/ カタ /*/ 刹那のズレだった。 そして、それは奇蹟の瞬間だった。 /*/ ノーアは微笑み、そして、言葉を紡ぐ。 「元気を出しなさい。ノーリコ。」 一瞬、典子は何が起こったのか分からなかった。 しかし、すぐに言葉の意味を頭が捉えた。 「ノーア姫・・!?」 それは、本来は起こりえない事だった。 「あの・・・どうして・・・?」 思わす聞き返してしまったその言葉は、肯定を意味する。 「・・・・・・顔も、言葉も違うけど」 ノーアは、周りを見渡す。 「服も、世界も違うけど」 そして、典子を真っ直ぐ見つめる。 「そう思ったから」 先ほどの決意はどこに行ったのか。 「ノーア様!!」 ノーリコの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。 崩れ落ちそうになる体を、必死にこらえ、ノーアを、一人の姫を抱きしめる。 「もうすぐそちらへ行きます。また姿形は違うかもしれません。お願いです。それまでは必ずご無事で!」 ノーアは、包帯で固く縛った指でノーリコの涙を拭く。 そして、優しい表情でもう一度微笑んだ。 「あなたの任を解きます。どうか。幸せに。」 その言葉が最後だった。 /*/ カタ、カタ、カタ ノーリコとノーアの時間が、正しい時計の音とともにもう一度流れ出した。 /*/ ---- **作品への一言コメント 感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です) - うわあああ!素敵なSSをありがとうございます!感動です!自分が物語の主人公になったみたいでうれしはずかしです。ものすごくパワーいただきました!また頑張ります!ありがとうございました! -- 星月典子@詩歌 (2007-12-25 01:36:04) - 喜んでいただけて嬉しいですッ。この物語は典子さんだけのものですので、この主人公は紛れもなく典子さんなのですよー。伝わって、よかったです。 -- 伯牙@伏見藩国 (2007-12-25 03:17:38) #comment(,disableurl) ---- ご発注元:星月 典子@詩歌藩国 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=224;id=gaibu_ita#281 製作:伯牙@伏見藩国 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=580;id=UP_ita 引渡し日:2007/ ---- |counter:|&counter()| |yesterday:|&counter(yesterday)|
**星月 典子@詩歌藩国さんからのご依頼品 白と赤の誓い /*/ カタ・・カタ・・カタ・・・ 誰も居なくなった放課後の教室。 この数日、色々と物騒な事件が起きているせいで、下校の時刻も早くなった。 星月典子は、その教室の中で九音・詩歌とともに、夕暮れの教室にたたずんでいた。 典子は、いつか、ずっと前に、別の名前で、別の世界を体験した事がある。 その時に出会った、一人の少女のことを夕日に思い浮かべていた。 人気の無い、静かな教室の中で、ゆっくりと過ぎていく時間。 その一瞬一瞬が、とても大切な時間を思い出させていた。 典子はふと黒板の上の時計に眼をやった。 時計の指す時刻は遅れている。 その時計は、随分前に故障が分かっていたのだが、誰もそれを直そうとはしなかった。 そもそも、直せる時間など無かったのだが。 時計を動かす歯車のひとつがずれて、正しい時間を示せずにいる。 典子は何かを思いながら、時計を見つめる。 カタ・・カタ・・カタ・・・ その時。 大気が一瞬震え、細い糸を張り詰めたような雰囲気が、その場を刹那に支配した。 典子はあの時の匂いを感じた。 優しい香りと、戦場の生々しい空気の匂い。 がたん、と机が倒れた。 その音に振り返った二人は、夕日の色に映えた赤い鮮血を見た。 宙に舞う血は、曼珠沙華の花弁を思い浮かばせた。 舞い散る血の下には、夕日に思い浮かべていた戦姿の少女があった。 駆け寄る二人。 「大丈夫ですか?!」 「典子さん、早く手当てを。」 「はい!」 しかし、少女の容態を見た典子は、自分には手に負えないことがはっきりと分かった。 顔は蒼白で、肩にかけての刀傷からあふれ出す血の量が尋常ではなかった。 「まず止血を・・・。」 パニックになりそうな頭の中を必死に押さえ、とりあえず止血をする事は出来た。 だが、失った分の血を取り戻さなければ、少女は時間を待たずに、死んでしまう。 担架で運ぼうとしてもその間に、医者も待ってくるかどうかが分からない。 ショック症状を起こし始めている少女に、典子は目に涙を浮かべた。 何も出来ない自分を、あの時も、自分には何も出来ないと、必死になって、そして、宙へと舞ったあの時と自分を重ねた。 「ともかく呼びかけ続けて。スイトピー先生に血液検査と輸血の手配をお願いしましょう。」 詩歌のその一言で、何とか現実に引き戻された。 そうだ。またこの人を救えないのは、もう嫌だ。 「ノーア姫!聞こえますか?!」 必死に叫んだその一言に、戦姫は少し身じろぎ、薄目を開けた。 その小さな変化に、典子は溢れる涙を止められなかった。 「よかった・・・!気をしっかり持ってください!」 「ここは安全です。今医者がきます、気を強く持って。」 ノーアは、目だけを典子に向けた。 そのまま動かない体で、表情だけを変えた。 嬉しそうに、そして、現状に似合わなさ過ぎる微笑みを。 「ノーリコ。」 その一言は、典子の心に深く刺さった。 前にこの場所で会った時には、自分はその名前を持つものではなかった事を。 否が応でも認識させられた。 「ノーア姫しっかり!ノーリコなら・・・。」 「どこにいっていたの?」 ノーアの意識が混濁していると、自分でも分かっていた。 「書類を持ってきて、急いで、何て顔、しているの?」 しかし、悲しい気持ちになりながらも、ノーアを助けたい一心で嘘をついた。 「ノーリコならここに。ノーア姫の事をいつも考えております。」 言葉自体は嘘ではないのだが、これを嘘と言わずして、何を嘘と言うのだろうかと。 どこかでずれてしまった歯車で動く時計の音が、典子の耳に入り、典子はそれが嫌だった。 「死んではだめです!しっかりして!」 叫ぶ典子にノーアは愛らしい笑顔を向けた。 「いつも、同じ事ばかり・・・」 流れる時間がじれったかった。 「お医者さん!早く!お願い!!」 涙が止め処なく溢れ、心で思っていた事も知らず知らずに口に出していた。 だが、その言葉がどこかに届いた。 教室のドアが開かれる音がした。 そこには、校医であるサーラが立っていた。 「こんにちはー。」 雰囲気に合わないゆったりとした口調で現れたサーラに、典子は安堵した。 「よかった!サーラ先生!」 言わなければならない事を焦りながらも整理する典子。 「お願いします。失血死しそうなんです!・・・輸血を!」 正しい指示の元、サーラはすぐに輸血準備を始めた。 「私達の血液が使えるならいくらでも。」 「血液型は?」 詩歌とサーラのやり取りに、一倍声を張り上げた。 「私、O型です!・・ノーア姫がAB型でなければ、応急処置的には大丈夫・・・ですよね?」 サーラは、キットの中から注射器を取り出し、それぞれノーアと典子の腕にその針を刺した。 血液サンプルを取って、適合性を調べている間、もう目を閉じてしまったノーアの手を一心に握り締める。 カタ・・カタ・・と、リズムの合わない時計の音が、苛立ちを煽る。 やがて、その結果が出た。 「RHが-ではないことを祈って。」 「はい・・・。何か、私達に出来る事はありますか?」 処置を行おうとするサーラを目で追って、ノーアの顔が目に入った。 その表情はとても幸せそうで、胸が、きつく締められた。 「ノーア姫、諦めちゃダメです。・・今、準備してるのですよ。あなたの元に馳せ参じる為に。」 もう、会う時には、ノーリコではないかもしれないけれども、それでもノーアのそばに居たかった。 消えてしまった事を悔やみ、ノーアのそばで死ねれば、典子にはそれだけで十分だった。 「今まであなたを一人にしてしまって、ごめんなさい。私も頑張りますから・・・」 涙が、ノーアの手を握る自分の手の甲に落ちる。 「お願いです。」 やがて、処置をしていた手が止まり、サーラがこちらを振り返った。 「大丈夫。」 その一言に、もう流しつくしたと自分でも思っていた涙が、また溢れ出した。 「よ、よかった・・・よかった・・・!サーラ先生、ありがとうございます!ありがとうございます!!」 使用されている異世界の科学医療により、ノーアの傷が塞がれる。 「すごい・・。」 「念のため、毒にはやられていませんか?」 「毒は、既知の全部に対して対応してみた。」 典子と詩歌は二人顔を見合わせて、深々と頭を下げた。 「サーラ先生、本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。」 「ありがとう、ございます・・・。」 「ううん。最近、物騒だから。じゃあ、注意してあげてね。」 サーラは、いつもの笑顔を二人に向けて去っていった。 /*/ サーラが教室を出た後、安堵を隠しきれない二人であったが、床に寝ているノーアをそのままにも出来ず、保健室のベッドにとりあえず運んだ。 寝かしたノーアの側にそっと控え、その姿をじっと見つめる。 そして、一つの事に気づく。 運び出してる間もベッドに寝かしたあとも、絶対に剣だけを放さなかった。 そこまでしてノーアは、大切なものを守らないといけなかったのだろう。 そして、その時に自分は居なかった。 その罪悪感が、典子の心を締め付ける。 「ノーア姫・・・ごめんなさい。」 「時間が来たら、また向こうの世界へ戻ってしまうのでしょうか・・・」 消えてしまうのは仕方が無い。 しかし、せめて傷が癒えるまでは、ここにいて欲しかった。 「このまま返す訳には・・・」 詩歌は、空いた方の手に指を添えながら、力強く言った。 「ノーア姫は今も戦っている。彼女の仲間も。」 それを聞いて、典子は恥じた。 また、泣きそうになった。 その時、ノーアのまぶたが少し揺れた。 「ノーア姫・・・?気分はどうですか?」 ノーアの変化に、典子は声を掛けた。 その声に、ノーアは不意に目を覚まして、一気に起き上がった。 そして、持っている剣を構えた。 敵を探し、そして典子たちを見つけた。 「ノーア姫、大丈夫です。落ち着いて周りを見てみてください。」 そんなノーアを落ち着かせるように、ゆっくりと彼女に近づく。 典子に気づいたノーアは、膝を突き、剣を杖代わりにして肩で息をしている。 カタ・・カタ・・カタ・・・ 歯車のずれた時計の音が、ほんの数秒の沈黙を刻んだ。 「とりあえず、横になって休まれては?」 先に言葉を発したのは、典子だった。 「またあなた達?」 ノーアはその顔に焦りの表情を浮かべる。 「はやく、戻して。・・・・・・」 痛みに顔を歪ませ、沈黙がまた戻る。 「大変な時に呼んでしまってごめんなさい・・・。」 何を言えばいいのか、典子は分からなかった。 気の利いた言葉も、励ましの言葉も浮かばなかった。 ただ、心配の気持ちだけが心から湧き上がった。 「でも、お願いです。今は、体を休めてください。・・・少しの間でも。」 本当は、もう、どこにも行ってほしくなかった。 「戻りたいのは分かります。何か今すぐ必要なものがありますか?」 沈黙の痛さと、典子の辛さ、ノーアの焦りを察して、詩歌が言葉を掛ける。 ノーアは、何かを思案し、言いかけて首を振った。 「なにも」 あくまでも気丈に振舞うノーアに、典子は一言しか思い浮かばなかった。 「・・お水、いりませんか?よかったらどうぞ。」 棚に飾ってあるコップを手に取り、小さな冷蔵庫の中から水のペットボトルを取り出して、中に注ぐ。 それを差し出し、ノーアは受け取ろうとした。 おもむろに右手を伸ばすが、その指先が震えているのに、気づく。 「包帯をいただけますか。紐でも。」 「分かりました。用意します。」 一度、コップをベッドのサイドボードに置き、救急箱から包帯を取り出した。 ノーアは、その包帯で自分の指を固く縛り、無理やり震えを止めた。 その上で、サイドボードからコップを取り、水を飲んだ。 あまりにも、勇ましく悲しい姿に、典子は目を逸らしたくなったが、目の前にある現実は受け止めなければ無かった。 それが出来るほどには、典子は強かった。 「ノーア姫、刀傷は治療してもらいましたが、他に不調なところはありませんか?」 「ありがとう。」 カタ・・カタ・・カタ・・・ どこかで、リズムがおかしい時計の音が聞こえる。 水を飲んで、少し落ち着いたノーアは、その時計の音を遠くに聞いた。 「ありがとう。」 辺りを見回し、そして、典子の顔を見た。 「ここに来るのは2回目ね。前に来た時は、いい夢が見れた。それで十分。」 夢、と言う言葉に、典子は悲しい顔をした。 これは、夢、、ではない。現実、ここにある現実なのに。と。 「・・・今すぐあなたにとって頼りになる存在になれない自分が悔しいです。」 「ノーア姫は、前線に立って戦われているのですね。」 ノーアは、険しい目つきで、典子を見続ける。 「なぜ、そうも親切なの?」 ノーアにとって、典子たちは赤の他人である。 典子たちがどう思っていようが、それは、紛れもない一つの壁である。 それでも、典子たちがノーアを思う気持ちには、嘘をつけない。 「あなたが好きだからです。それ以外に特に理由はありません。」 ノーアと同じくらい、凛とした声で典子は話す。 ノーアは、その声に目を軽く閉じた。 「昔、そういう事を言っていた、かわいそうな侍女がいたわ。」 「母につけば、生きていたかもしれない。」 語る言葉には、どこか怒りを感じた。 何に対する事でもない、自分自身に対する純粋な怒り。 典子は、胸に痛みを覚えながらも、言葉を続ける。 「可哀想な侍女、ですか。なぜ可哀想と?」 目を開き、まっすぐ典子を見つめる。 その眼光は、剣のように鋭く、痛かった。 「塔から身を投げた。」 「身を投げた。それは何故でしょう?」 何故と聞く事は、ノーアの心の傷を一つ開いてしまう事でもある。 しかし典子は、その事を、他人で居続ければならないという嘘をつくために、聞かなければならなかった。 カタ・・カタ・・カタ・・・ 遠く響く時計の音が、静寂を浮き立たせる。 「結果がすべて。私は知っている。あなたは知らない。」 予想通りの返答だった。 二人は、お互いに、傷つけあわなければならなかった。 カタ・カタ・・・ 「・・・辛い思いをされたのですね。ごめんなさい。」 典子は、自分でもなんという嘘なんだ。と思った。 でも、歯車はその通りにしか動けない。 ならば、せめて伝えたい。嫌われたとしても。 「でも、もしそれが心の光に導かれた行動であれば、その侍女は幸せに思っていたかもしれない。」 言葉を一言一言、紡ぎだすたびに胸が痛む。 カタ・・・カタ 「そう、私は思います。・・・知った風な事を言って、ごめんなさい。」 典子の瞳には、もう幾度目になるだろう涙が滲んでいた。 また、ノーアは目を軽く閉じた。 「本当に。助けてくれたのでなければ、怒っていた。」 カタ・・、カタ・・ 「ごめんなさい。・・でも、、あなたを助ける事が出来て、本当によかった。」 もう、泣かないと。典子は気づかれないように、指で涙を払い、決意を固めた。 カ・・タ その仕草と、ノーアが目を開ける動作が、一瞬のズレを伴い交差した。 /*/ カタ /*/ 典子の決意の表情が、ノーアの目に入った。 柔らかなノーアの瞳が、典子の目に映った。 /*/ カタ /*/ 刹那のズレだった。 そして、それは奇蹟の瞬間だった。 /*/ ノーアは微笑み、そして、言葉を紡ぐ。 「元気を出しなさい。ノーリコ。」 一瞬、典子は何が起こったのか分からなかった。 しかし、すぐに言葉の意味を頭が捉えた。 「ノーア姫・・!?」 それは、本来は起こりえない事だった。 「あの・・・どうして・・・?」 思わす聞き返してしまったその言葉は、肯定を意味する。 「・・・・・・顔も、言葉も違うけど」 ノーアは、周りを見渡す。 「服も、世界も違うけど」 そして、典子を真っ直ぐ見つめる。 「そう思ったから」 先ほどの決意はどこに行ったのか。 「ノーア様!!」 ノーリコの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。 崩れ落ちそうになる体を、必死にこらえ、ノーアを、一人の姫を抱きしめる。 「もうすぐそちらへ行きます。また姿形は違うかもしれません。お願いです。それまでは必ずご無事で!」 ノーアは、包帯で固く縛った指でノーリコの涙を拭く。 そして、優しい表情でもう一度微笑んだ。 「あなたの任を解きます。どうか。幸せに。」 その言葉が最後だった。 /*/ カタ、カタ、カタ ノーリコとノーアの時間が、正しい時計の音とともにもう一度流れ出した。 /*/ ---- **作品への一言コメント 感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です) - うわあああ!素敵なSSをありがとうございます!感動です!自分が物語の主人公になったみたいでうれしはずかしです。ものすごくパワーいただきました!また頑張ります!ありがとうございました! -- 星月典子@詩歌 (2007-12-25 01:36:04) - 喜んでいただけて嬉しいですッ。この物語は典子さんだけのものですので、この主人公は紛れもなく典子さんなのですよー。伝わって、よかったです。 -- 伯牙@伏見藩国 (2007-12-25 03:17:38) #comment(,disableurl) ---- ご発注元:星月 典子@詩歌藩国 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=ntr;tree=224;id=gaibu_ita#281 製作:伯牙@伏見藩国 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=580;id=UP_ita 引渡し日:2007/1/14 ---- |counter:|&counter()| |yesterday:|&counter(yesterday)|

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