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237西條華音SS - (2008/03/20 (木) 21:50:09) の1つ前との変更点

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**No.237 西條華音@ビギナーズ王国様からのご依頼品  暮れも迫る12月のとある日。壬生屋未央は商店街を歩いていた。今日はいつもの胴着ではなく、ジーパンにトレーナーという見慣れない姿である。その姿は変化の証。過去に拘り、周囲と無用な衝突を生んでいた自分からの脱皮でもあり、そして女の子らしくおしゃれをしたいという思いの表れでもある。  初めてのジーパンに多少の履き慣れなさこそあるものの、自分の変化を好ましく思う。かつての自分は心に余裕が無く、5121小隊の皆に迷惑を掛けた。今のこそ、みんなのお姉さんとして心身共に、それに相応しくあらねばならない。そう、お、おしゃれだって率先するのだ。………原さんには敵わないけど。  何せ今は幻獣休戦期の最中であり、来るべき戦いに備える時期と言える。来る3月には、また戦いが始まる。兵士たちはそれまでに気力、体力を充実させねばならない。また、後悔を残さぬよう、やるべき事をやっておかねばならない。自分たちは学兵とはいえ兵士。いつ死の瞬間が訪れても不思議ではないのだ。  そう考え、気合を入れるように拳を握る。瀬戸口隆之の気持ちを確かめる。今、女の決意が為される。今の未央にとって、これが愛の戦装束なのである。  『未央、女として生きるからには不退転の決意が必要なこともあるのですよ』  脳裏に甦る祖母の教え。見ててください、おばあさま。未央はあのたれ目で意地悪なくせに優しくて、でもののみちゃんのことばかり気にして………。自分のぐるぐる具合に気付き、息を吸い込む。  その時だった。当の瀬戸口の声が耳に入る。慌てて未央は身を隠す。今日は本番前に自分が予行練習として、この衣装に慣れようと思っていただけなのに。いきなり標的に出会ってしまうなんて、準備不足もいい処だと己の不運を呪う。  しかし、声の主の姿を見て、そんな思いは吹き飛んでしまう。瀬戸口が女性同伴で歩いて来ていたのだ。二人の距離は近く、仲の良さを感じさせる。  「この借りは高いわよ、隆之くん」  「いつも、高くないか?」  笑みを交わす二人。瀬戸口の方は苦笑気味ではあるが、未央視点では照れ隠しにしか見えない。思わず頭に血が上ってしまう。気付くと、未央は瀬戸口の前に飛び出してしまっていた。  「は、破廉恥です!」  「は? ………お前さん、壬生屋か!?」  瀬戸口は驚き、女性は目を丸くしつつも悪戯っぽい笑みを浮かべて瀬戸口の腕を抱きこむ。未央の額に血管が薄く浮かび始める。  「いや、ちょっと待て! お前も急になんだ!?」  「隆之くん、何、この子?」  未央の肩は怒りゆえに小刻みに震え、歯は食いしばられる。頭を占めるのは女性の発した「隆之くん」という言葉。それは自分よりも彼女の方が瀬戸口との距離が近いことを如実に表している。  「同じ小隊の仲間。それより壬生屋、いつもの胴着はどうした?」  「どうせ、似合いませんよ。あなたは胴着姿かどうかで、私を見分けていたんですね」  「なんなんだ、ちょっと待て!」  瀬戸口は女性の手を振り払い、顔を背ける未央をこちらに向けさせようとする。未央はいやいやと首を振り拒絶の意を表わす。  「あなたはいつも、いつも!」  「そういうお前さんこそ、なんでこっちの話を聞こうとしない!」  容姿共にただでさえ目を引く二人が、大声で言い争いさまは周囲の耳目を集め、視線が集まり始める。眉をひそめる人、興味本位でひそひそと根も葉もない噂を立てる人と様々だ。「じゃ、じゃあねー」と言いつつ、去っていく女性。しかし、当人達が気付く様子はない。  「じゃ、何だと言うのですか?」  「いや、そのだな」  いつもの優男ぶりはどこへやら、まったくもって上手い言葉が出てこない。自分を見つめる未央の眼は真摯そのもの。瀬戸口は焦りを覚える。瀬戸口の態度に焦れ、未央の方が先に口を開く。  「口先だけの言い訳なら要りません」  「あー、そのだな。見違えたんだ」  それはとても短い言葉。しかし、恥ずかしそうな瀬戸口の顔が、その言葉が偽りではないことを証明していた。  「………その、似合いますか?」  「あ、まぁ、うん。しかし、なんか壬生屋といえば、凛々しい胴着かな」  煮え切らない返事に未央は不満を覚えるが、続く言葉にその怒りを静める。おしゃれをわざわざした身としてはがっかりだが、瀬戸口の言葉は普段の彼女を肯定しているものと言える。  「では、着替えてきます」  「あー、ちょっと待った」  「なんです?」  「まぁ、なんだ。今日一日ぐらいその恰好で居てもいいんじゃないか?」  壬生屋未央が召還されたのは、その日のことであった。  /*/    空中をもがきながらそんなことを思い出し、未央は自分が死ぬのではないかと思い始めた。人は死に際して過去の記憶が走馬灯のようによぎると言われる。今の自分がそうなのではないかと考える。    かつてと同じように、自分を呼ぶ声が再び聞こえたような気がする。気付くと身は空を落下しつつあった。何かをつかもうにも周りには空気しかなく、その手足は虚空をもがくのみである。    そして、急に抱きかかえられる。思ったよりも落ちた高さは無かったらしく、その衝撃は小さい。抱きかかえる手の先にあったのは懐かしい顔。短い期間ではあったが、共に過ごした仲間。  「て、転校生!」  急展開にいまだ混乱しつつも、笑顔を浮かべる妹人の顔が苛立たしく頬を引っ張る。泰然自若とした妹人が気に入らない。また、お姫様だっこなのが恥ずかしくもある。  「まあ、なんというかクラスメイトでした。なんですか貴方は」  周囲を見ると見知った顔がいくつもあることに気付く。取りあえずは「妹人、お知り合い?」の声に応えるとする。  そして皆から送られる誕生日を祝う声。  「また歳をとったな」  そして、それに混じる芝村舞の皮肉としか取れぬ言葉。舞からすれば、事実を告げただけであろう。しかし、舞を知らぬ人が聞けば、誤解を生じる。  「お祝いをしに行くと言ったら国の人たちも一緒にお祝いに来てくれました」  舞を説教しようとも思うが、華音の花が咲くような明るい声に後でいいかと思い直す。正面からの好意がとても嬉しい。こんなにも多くの人に祝ってもらったのはいつ以来だろうか。そして、こんなにも多くの人が自分の為に集まってくれただなんて。「ありがとうございます」と小声で呟く未央の姿がそこにはあった。  「妹人、とりあえず降ろしてあげたら?」  「あ、そうだった。ごめんごめん」  里樹の言葉に、妹人は未央を砂浜に降り立たせる。未央は姿勢を正し、妹人に視線を向ける。涼しげな表情に笑っていない目。  「瀬戸口くんに似てますよ。言動が」  「そうかな」  そして、向けられる木刀の切っ先。未央は笑顔のままなのが、また怖い。(というか、よい子のみんなは真似しちゃいけません!)  「最後も同じに?」  「ゴメン」  未央に危険な気配を感じ、妹人は素直に謝ることにする。心中で瀬戸口さん、またやったのかと、手を合わせる。里樹の制止も今の二人には届かない。  やがて、微笑みあう二人。しかし、傍から見ても友好的には全然見えない。  「あー。見詰め合ってないで、座ってください。プレゼント、いっぱいあります」  皆がどう声をかけるべきか戸惑う中、竜馬の一声で事態は打開されることになる。yuzukiによって未央の席が用意され、皆が未央を囲むように座り始める。未央は沢山のケーキを前に目を丸くし、皆を幸福にさせていた。  「青さんに教えてもらってみんなで作りました。・・・紅茶、煎れましょうか?」  「あ、はい」  ホストらしく主賓に声を掛け、華音は紅茶を未央を皮切りに注いで回る。帝國バトルメードに恥じぬ腕前と気遣いは、未央から微笑みとお礼を引き出す。  「さらにプレゼントがあるよ。さ、みんな渡した渡した」  里樹と華音は声を掛け合い、華音をプレゼントを渡す最初とすると小夜に声を掛ける。  「あの、おめでとうございます」  「誕生日、おめでとうございます。髪飾り、・・・不恰好ですけどプレゼントです。」  「ありがとうございます。ありがよう」  小夜が声を掛け、華音が恥ずかしそうに笑いながら未央にプレゼントを手渡す。未央は感激のあまり、言葉がよれる。  「それと、バレンタインが近いので、未央さんと小夜さんにチョコパイをお持ちしました。」  「ありがとう」  チョコパイの響きに、未央は感動する。ただの板チョコですら第五世界では貴重品である。それをパイにしてくれるなんてどれほどのお金が掛かるのだろうか。髪飾りだけでなくパイまでも。華音の気遣いが心に響く。  「喜んでもらえてとても嬉しいです。」  「嬉しいです」  「小夜さん、先ほど渡したメモ、未央さんに渡してもらえますか?」  未央と笑い合いながら、小夜に向かって華音は声を掛ける。その間に未央は感激の余り、涙を浮かべていた。その姿に慌てハンカチを差し出しながら、華音はメードそのものとも言える好きな人に尽くす喜びを感じていた。  「は、はい、どうぞ! チョコケーキの作り方です!」  「はい・・・。ありがとうございます。どれだけいってもたりないくらい」  未央はハンカチで涙を拭いつつ、小夜の差し出すチョコレートケーキの作成メモを受け取る。  「おおげさだなあ」  青は苦笑し、竜馬はもらい泣きする。信児と耀平は言葉を交わし、ロッドとyuzukiはそれらを微笑ましく思う。ギスギスした空気から始まった宴は、どこかのんびりとした光景へと変わりつつあった。  「さて、もう少し話したいですがそろそろ里樹さんに交代しないとですね。里樹さんもプレゼント準備してくれたんですよ。」  そして、選手交代となり、次なる里樹が腕を振るう。「はい。それでは僭越ながら、まず一つ目」と取り出すみかんを未央の前に置く。  「みかん・・・ですね」  「ふふふ、ところが、このヘタをとると……」  ぱっと見た処、ただのみかんである。不思議に思う未央の前で、里樹がへたをつかみ持ち上げた先には…。  「この通り、中はゼリーになってます」  「わぁ」  「果汁100%、無添加の自然な甘みをお楽しみください」  感嘆と共に、浮かぶは微笑。「素敵ですね」との言葉と共に、頬を興奮で赤く染める。しかし、里樹の魔法は未だ尽きず。周囲が次は何かと待ち望むこの場所で、次なる魔法をつむぎ出す。  「それと、もう一つ」  「はい」  取り出したるはカセットコンロとフライパン。そして、横に置きしはブランデー。  「クレープとオレンジ……実家から送られてきた伊予柑なんですけど、その絞り汁を煮立てます」  「いいにおいですね」  「ここで最後の仕上げです。さぁ、ちょっとご注目」  煮汁にブランデーをさっと加える。ブランデーのアルコールに火が回り、フライパンの上を踊り狂う。火の勢いに一瞬戸惑ったものの、未央を始めとして皆が里樹の手元に視線を集める。  「えー。大丈夫なの?」  「大丈夫大丈夫。フランベって言って、香りをつける作業だから。ほら、ちっとも焦げてないでしょ?」  心配する妹人に差し出した煮汁は確かに焦げ臭い匂いもなく、むしろ香ばしい。    「ほんとだ。魔法みたいだね」  「いやいや、本当の魔法は食べてから。さぁ、お皿に盛って、アイスを乗っけて出来上がり」  「おいしそうですね」  「どうぞ熱々のうちに召し上がれ」  軽やかに各々の皿にソースを盛りつつ、魔法使いは真の魔法を発動させようと笑みを絶やすことは無い。一番初めにお皿を差し出された未央が、恥ずかしそうに口を開く。  「はい……あ、あの。みなさんも、どうか、座って、一緒に食べましょう」  「乾杯してね」 という青の言葉と共に皆がグラスをその手に納める。そして、未央の誕生日を祝う十の声が海岸線に響き行く。華音のフォローで少しの間をおいて小夜の乾杯も加わり、和やかな食事が今、始まる。  小夜や華音、ロッドやyuzukiがケーキやクレープに舌鼓を打ち、微笑んでいる中、里樹はふと妹人が自分を見つめていることに気付く。訊ねてもごまかし、青と談笑を始める妹人に里樹はカチンと来る。  yuzukiの好意でクレープ作りの手を休め、里樹は妹人へとにじり寄る。青の苦笑に意地の悪さを感じ、舞が釘を刺すも青はどこ吹く風である。   /*/  一方その頃。恋の嵐は他方でも巻き上がっていた。  「で、貴方をめとった物好きはだれですか」  「わたし? あれだけど」  「ま、自分は一発殴ってもよさそうですな」  信児と竜馬のやり取りの中の物騒な言葉に、耀平はショックを受ける。流石に華音は見過ごせないと、釘を刺す。眉を潜める竜馬と耀平の表情に女の子らしく信児は口元に手を当て、笑う。   /*/  また場面は戻り、妹人に近寄る里樹。「どうしたの?」ととぼける妹人に抱きつき攻撃である。小夜はあんぐり、未央は声を漏らし周囲の空気が色づき始める。  「………疲れたから、ちょっと支えて欲しいなーって」  「いいよ・・・」  甘え、甘やかす二人は周りのことは見えてはいない。おかしい。GPMやGPOなら、こんなことにはならない筈である。これはシステムバグだ、バルタザールコインを持って来いとでも言いたいぐらいである。  「まさかあの転校生が恋人なんて」  「人を委員長みたいにいわないでよ」  未央が驚き漏らす言葉に、妹人は苦笑する。  「古くからのお知り合いなんですね」  「未央さん、里樹さんはだいぶ苦労されましたが、前々からだったのですね・・・」  「心の底から驚いてます」  問いかける小夜と華音に頷きつつ、未央にはまだ目の前の光景が信じられない。   /*/  そんな驚きの光景と共に、もう一方も急展開を迎える。  「え、えーと、のこさんとお知り合いだったんですね」  「恋人ですがなにか」  愛想笑いを浮かべようとしつつも、失敗しながら竜馬に声を掛ける耀平。それに受け応える竜馬は愛する人の居る前で、信児と手を組み始める。妹人から差し出される日本刀を、yuzukiは受け取る。近くにいるロッドは気が気ではない。  「それは無い、のこさんの恋人は僕だ」  「どうだか」   /*/  そして、未央、小夜、華音の乙女談義もまた続いている。  「今でも偽装ではないかと思うくらいには」  「偽装ではないですよ。里樹さんの努力が実られたのです。」  そんな話が聞こえたからか、物騒さを助長させた妹人は、更に里樹の提案でピンク空間を広げる。具体的には公衆の面前でキスをした。にこやかに未央に手を振る妹人。  「破廉恥です・・・」  「破廉恥ですね」  「破廉恥ではありますが、ああなるのもなかなか大変だったのですよ。」  各々の感想はありつつも、見解は一緒。すなわち、破廉恥である。   /*/  そして、まだ竜馬と耀平の戦いも続いている。 事態は膠着し、二人は奪い合う女性を見つめる。そして、信児の口が審判を下すかのように開かれる。  「意気地がないけど」  「はあ。なんならいつでも気合注入しますよ」  膝から崩れ落ちる耀平と、気の抜けた竜馬。そしてくすくすと笑う信児。  やれやれとそれを見つめるロッドに、竜馬を酷く冷めた目線で見つめるyuzuki。  気付けば、青と舞が居なくなっている。  そして、未だに妹人と里樹はキスを続け、二人を見る小夜と未央は同時に「破廉恥だ」との言葉を漏らす。  それを見て肩をすくめる華音。  ごく一部が妙なことになりつつも平和な時間がそこにはあった。   /*/  箱を持つ手が震える。今一度深呼吸をし、チャイムへと手を伸ばす。電子音が鳴り、どたどたと駆け下りる足音と共に少年が転がるようにドアを開けて飛び出してくる。表札には「玖珂」とある。  「おう、巫女さんじゃん。どったの?」  「あ、あの、つ、作りすぎたのでおすそ分けです!」  「お、あんがと」  「そ、それではっ」  「あ、ちょっと待てよ。これの中身は………いっちまったか」  小夜が箱に収まったかわいらしい手作りチョコケーキの味の評価を聞きに戻るのは、もうしばらくの時間が経ってからとなる。  ちなみにふみこ曰く「まぁまぁね」だそうである。  END <<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<  長い、終わらない、おかしいな?と思いつつ書いていて、容量を見てみたら普段の3倍長でした。終わらない筈です。同時複数進行する3時間ゲームを書く大変さを、久しぶりに思い知らされました。  言い訳にはなりませんが、それにより締め切りを破ってしまいました。依頼者の亜紀さん、秘法館スタッフの方々、申し訳ありませんでした。  直接指名でもない限り、しばらくお休みを頂こうと思っていたので、好きに書きつつ導入部に前回のゲームを絡ませたりとサービスに努めたつもりです。  また、ここで謝罪を。yzukiさんとロッドさんの出番が無くてすみません。耀平くんは色々頑張れ。  里樹澪さんはもっと人の目を気にした方がいいとお思いました まる  それではお読み頂いた事に感謝しつつ、これにておしまい、です。 ---- **作品への一言コメント 感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です) #comment(,disableurl) ---- ご発注元:西條華音@ビギナーズ王国様 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/cbbs_om/cbbs.cgi?mode=one&namber=199&type=123&space=15&no= 製作: 刻生・F・悠也@フィーブル藩国 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=878;id=UP_ita 引渡し日: ---- |counter:|&counter()| |yesterday:|&counter(yesterday)|
**No.237 西條華音@ビギナーズ王国様からのご依頼品  暮れも迫る12月のとある日。壬生屋未央は商店街を歩いていた。今日はいつもの胴着ではなく、ジーパンにトレーナーという見慣れない姿である。その姿は変化の証。過去に拘り、周囲と無用な衝突を生んでいた自分からの脱皮でもあり、そして女の子らしくおしゃれをしたいという思いの表れでもある。  初めてのジーパンに多少の履き慣れなさこそあるものの、自分の変化を好ましく思う。かつての自分は心に余裕が無く、5121小隊の皆に迷惑を掛けた。今のこそ、みんなのお姉さんとして心身共に、それに相応しくあらねばならない。そう、お、おしゃれだって率先するのだ。………原さんには敵わないけど。  何せ今は幻獣休戦期の最中であり、来るべき戦いに備える時期と言える。来る3月には、また戦いが始まる。兵士たちはそれまでに気力、体力を充実させねばならない。また、後悔を残さぬよう、やるべき事をやっておかねばならない。自分たちは学兵とはいえ兵士。いつ死の瞬間が訪れても不思議ではないのだ。  そう考え、気合を入れるように拳を握る。瀬戸口隆之の気持ちを確かめる。今、女の決意が為される。今の未央にとって、これが愛の戦装束なのである。  『未央、女として生きるからには不退転の決意が必要なこともあるのですよ』  脳裏に甦る祖母の教え。見ててください、おばあさま。未央はあのたれ目で意地悪なくせに優しくて、でもののみちゃんのことばかり気にして………。自分のぐるぐる具合に気付き、息を吸い込む。  その時だった。当の瀬戸口の声が耳に入る。慌てて未央は身を隠す。今日は本番前に自分が予行練習として、この衣装に慣れようと思っていただけなのに。いきなり標的に出会ってしまうなんて、準備不足もいい処だと己の不運を呪う。  しかし、声の主の姿を見て、そんな思いは吹き飛んでしまう。瀬戸口が女性同伴で歩いて来ていたのだ。二人の距離は近く、仲の良さを感じさせる。  「この借りは高いわよ、隆之くん」  「いつも、高くないか?」  笑みを交わす二人。瀬戸口の方は苦笑気味ではあるが、未央視点では照れ隠しにしか見えない。思わず頭に血が上ってしまう。気付くと、未央は瀬戸口の前に飛び出してしまっていた。  「は、破廉恥です!」  「は? ………お前さん、壬生屋か!?」  瀬戸口は驚き、女性は目を丸くしつつも悪戯っぽい笑みを浮かべて瀬戸口の腕を抱きこむ。未央の額に血管が薄く浮かび始める。  「いや、ちょっと待て! お前も急になんだ!?」  「隆之くん、何、この子?」  未央の肩は怒りゆえに小刻みに震え、歯は食いしばられる。頭を占めるのは女性の発した「隆之くん」という言葉。それは自分よりも彼女の方が瀬戸口との距離が近いことを如実に表している。  「同じ小隊の仲間。それより壬生屋、いつもの胴着はどうした?」  「どうせ、似合いませんよ。あなたは胴着姿かどうかで、私を見分けていたんですね」  「なんなんだ、ちょっと待て!」  瀬戸口は女性の手を振り払い、顔を背ける未央をこちらに向けさせようとする。未央はいやいやと首を振り拒絶の意を表わす。  「あなたはいつも、いつも!」  「そういうお前さんこそ、なんでこっちの話を聞こうとしない!」  容姿共にただでさえ目を引く二人が、大声で言い争いさまは周囲の耳目を集め、視線が集まり始める。眉をひそめる人、興味本位でひそひそと根も葉もない噂を立てる人と様々だ。「じゃ、じゃあねー」と言いつつ、去っていく女性。しかし、当人達が気付く様子はない。  「じゃ、何だと言うのですか?」  「いや、そのだな」  いつもの優男ぶりはどこへやら、まったくもって上手い言葉が出てこない。自分を見つめる未央の眼は真摯そのもの。瀬戸口は焦りを覚える。瀬戸口の態度に焦れ、未央の方が先に口を開く。  「口先だけの言い訳なら要りません」  「あー、そのだな。見違えたんだ」  それはとても短い言葉。しかし、恥ずかしそうな瀬戸口の顔が、その言葉が偽りではないことを証明していた。  「………その、似合いますか?」  「あ、まぁ、うん。しかし、なんか壬生屋といえば、凛々しい胴着かな」  煮え切らない返事に未央は不満を覚えるが、続く言葉にその怒りを静める。おしゃれをわざわざした身としてはがっかりだが、瀬戸口の言葉は普段の彼女を肯定しているものと言える。  「では、着替えてきます」  「あー、ちょっと待った」  「なんです?」  「まぁ、なんだ。今日一日ぐらいその恰好で居てもいいんじゃないか?」  壬生屋未央が召還されたのは、その日のことであった。  /*/    空中をもがきながらそんなことを思い出し、未央は自分が死ぬのではないかと思い始めた。人は死に際して過去の記憶が走馬灯のようによぎると言われる。今の自分がそうなのではないかと考える。    かつてと同じように、自分を呼ぶ声が再び聞こえたような気がする。気付くと身は空を落下しつつあった。何かをつかもうにも周りには空気しかなく、その手足は虚空をもがくのみである。    そして、急に抱きかかえられる。思ったよりも落ちた高さは無かったらしく、その衝撃は小さい。抱きかかえる手の先にあったのは懐かしい顔。短い期間ではあったが、共に過ごした仲間。  「て、転校生!」  急展開にいまだ混乱しつつも、笑顔を浮かべる妹人の顔が苛立たしく頬を引っ張る。泰然自若とした妹人が気に入らない。また、お姫様だっこなのが恥ずかしくもある。  「まあ、なんというかクラスメイトでした。なんですか貴方は」  周囲を見ると見知った顔がいくつもあることに気付く。取りあえずは「妹人、お知り合い?」の声に応えるとする。  そして皆から送られる誕生日を祝う声。  「また歳をとったな」  そして、それに混じる芝村舞の皮肉としか取れぬ言葉。舞からすれば、事実を告げただけであろう。しかし、舞を知らぬ人が聞けば、誤解を生じる。  「お祝いをしに行くと言ったら国の人たちも一緒にお祝いに来てくれました」  舞を説教しようとも思うが、華音の花が咲くような明るい声に後でいいかと思い直す。正面からの好意がとても嬉しい。こんなにも多くの人に祝ってもらったのはいつ以来だろうか。そして、こんなにも多くの人が自分の為に集まってくれただなんて。「ありがとうございます」と小声で呟く未央の姿がそこにはあった。  「妹人、とりあえず降ろしてあげたら?」  「あ、そうだった。ごめんごめん」  里樹の言葉に、妹人は未央を砂浜に降り立たせる。未央は姿勢を正し、妹人に視線を向ける。涼しげな表情に笑っていない目。  「瀬戸口くんに似てますよ。言動が」  「そうかな」  そして、向けられる木刀の切っ先。未央は笑顔のままなのが、また怖い。(というか、よい子のみんなは真似しちゃいけません!)  「最後も同じに?」  「ゴメン」  未央に危険な気配を感じ、妹人は素直に謝ることにする。心中で瀬戸口さん、またやったのかと、手を合わせる。里樹の制止も今の二人には届かない。  やがて、微笑みあう二人。しかし、傍から見ても友好的には全然見えない。  「あー。見詰め合ってないで、座ってください。プレゼント、いっぱいあります」  皆がどう声をかけるべきか戸惑う中、竜馬の一声で事態は打開されることになる。yuzukiによって未央の席が用意され、皆が未央を囲むように座り始める。未央は沢山のケーキを前に目を丸くし、皆を幸福にさせていた。  「青さんに教えてもらってみんなで作りました。・・・紅茶、煎れましょうか?」  「あ、はい」  ホストらしく主賓に声を掛け、華音は紅茶を未央を皮切りに注いで回る。帝國バトルメードに恥じぬ腕前と気遣いは、未央から微笑みとお礼を引き出す。  「さらにプレゼントがあるよ。さ、みんな渡した渡した」  里樹と華音は声を掛け合い、華音をプレゼントを渡す最初とすると小夜に声を掛ける。  「あの、おめでとうございます」  「誕生日、おめでとうございます。髪飾り、・・・不恰好ですけどプレゼントです。」  「ありがとうございます。ありがよう」  小夜が声を掛け、華音が恥ずかしそうに笑いながら未央にプレゼントを手渡す。未央は感激のあまり、言葉がよれる。  「それと、バレンタインが近いので、未央さんと小夜さんにチョコパイをお持ちしました。」  「ありがとう」  チョコパイの響きに、未央は感動する。ただの板チョコですら第五世界では貴重品である。それをパイにしてくれるなんてどれほどのお金が掛かるのだろうか。髪飾りだけでなくパイまでも。華音の気遣いが心に響く。  「喜んでもらえてとても嬉しいです。」  「嬉しいです」  「小夜さん、先ほど渡したメモ、未央さんに渡してもらえますか?」  未央と笑い合いながら、小夜に向かって華音は声を掛ける。その間に未央は感激の余り、涙を浮かべていた。その姿に慌てハンカチを差し出しながら、華音はメードそのものとも言える好きな人に尽くす喜びを感じていた。  「は、はい、どうぞ! チョコケーキの作り方です!」  「はい・・・。ありがとうございます。どれだけいってもたりないくらい」  未央はハンカチで涙を拭いつつ、小夜の差し出すチョコレートケーキの作成メモを受け取る。  「おおげさだなあ」  青は苦笑し、竜馬はもらい泣きする。信児と耀平は言葉を交わし、ロッドとyuzukiはそれらを微笑ましく思う。ギスギスした空気から始まった宴は、どこかのんびりとした光景へと変わりつつあった。  「さて、もう少し話したいですがそろそろ里樹さんに交代しないとですね。里樹さんもプレゼント準備してくれたんですよ。」  そして、選手交代となり、次なる里樹が腕を振るう。「はい。それでは僭越ながら、まず一つ目」と取り出すみかんを未央の前に置く。  「みかん・・・ですね」  「ふふふ、ところが、このヘタをとると……」  ぱっと見た処、ただのみかんである。不思議に思う未央の前で、里樹がへたをつかみ持ち上げた先には…。  「この通り、中はゼリーになってます」  「わぁ」  「果汁100%、無添加の自然な甘みをお楽しみください」  感嘆と共に、浮かぶは微笑。「素敵ですね」との言葉と共に、頬を興奮で赤く染める。しかし、里樹の魔法は未だ尽きず。周囲が次は何かと待ち望むこの場所で、次なる魔法をつむぎ出す。  「それと、もう一つ」  「はい」  取り出したるはカセットコンロとフライパン。そして、横に置きしはブランデー。  「クレープとオレンジ……実家から送られてきた伊予柑なんですけど、その絞り汁を煮立てます」  「いいにおいですね」  「ここで最後の仕上げです。さぁ、ちょっとご注目」  煮汁にブランデーをさっと加える。ブランデーのアルコールに火が回り、フライパンの上を踊り狂う。火の勢いに一瞬戸惑ったものの、未央を始めとして皆が里樹の手元に視線を集める。  「えー。大丈夫なの?」  「大丈夫大丈夫。フランベって言って、香りをつける作業だから。ほら、ちっとも焦げてないでしょ?」  心配する妹人に差し出した煮汁は確かに焦げ臭い匂いもなく、むしろ香ばしい。    「ほんとだ。魔法みたいだね」  「いやいや、本当の魔法は食べてから。さぁ、お皿に盛って、アイスを乗っけて出来上がり」  「おいしそうですね」  「どうぞ熱々のうちに召し上がれ」  軽やかに各々の皿にソースを盛りつつ、魔法使いは真の魔法を発動させようと笑みを絶やすことは無い。一番初めにお皿を差し出された未央が、恥ずかしそうに口を開く。  「はい……あ、あの。みなさんも、どうか、座って、一緒に食べましょう」  「乾杯してね」 という青の言葉と共に皆がグラスをその手に納める。そして、未央の誕生日を祝う十の声が海岸線に響き行く。華音のフォローで少しの間をおいて小夜の乾杯も加わり、和やかな食事が今、始まる。  小夜や華音、ロッドやyuzukiがケーキやクレープに舌鼓を打ち、微笑んでいる中、里樹はふと妹人が自分を見つめていることに気付く。訊ねてもごまかし、青と談笑を始める妹人に里樹はカチンと来る。  yuzukiの好意でクレープ作りの手を休め、里樹は妹人へとにじり寄る。青の苦笑に意地の悪さを感じ、舞が釘を刺すも青はどこ吹く風である。   /*/  一方その頃。恋の嵐は他方でも巻き上がっていた。  「で、貴方をめとった物好きはだれですか」  「わたし? あれだけど」  「ま、自分は一発殴ってもよさそうですな」  信児と竜馬のやり取りの中の物騒な言葉に、耀平はショックを受ける。流石に華音は見過ごせないと、釘を刺す。眉を潜める竜馬と耀平の表情に女の子らしく信児は口元に手を当て、笑う。   /*/  また場面は戻り、妹人に近寄る里樹。「どうしたの?」ととぼける妹人に抱きつき攻撃である。小夜はあんぐり、未央は声を漏らし周囲の空気が色づき始める。  「………疲れたから、ちょっと支えて欲しいなーって」  「いいよ・・・」  甘え、甘やかす二人は周りのことは見えてはいない。おかしい。GPMやGPOなら、こんなことにはならない筈である。これはシステムバグだ、バルタザールコインを持って来いとでも言いたいぐらいである。  「まさかあの転校生が恋人なんて」  「人を委員長みたいにいわないでよ」  未央が驚き漏らす言葉に、妹人は苦笑する。  「古くからのお知り合いなんですね」  「未央さん、里樹さんはだいぶ苦労されましたが、前々からだったのですね・・・」  「心の底から驚いてます」  問いかける小夜と華音に頷きつつ、未央にはまだ目の前の光景が信じられない。   /*/  そんな驚きの光景と共に、もう一方も急展開を迎える。  「え、えーと、のこさんとお知り合いだったんですね」  「恋人ですがなにか」  愛想笑いを浮かべようとしつつも、失敗しながら竜馬に声を掛ける耀平。それに受け応える竜馬は愛する人の居る前で、信児と手を組み始める。妹人から差し出される日本刀を、yuzukiは受け取る。近くにいるロッドは気が気ではない。  「それは無い、のこさんの恋人は僕だ」  「どうだか」   /*/  そして、未央、小夜、華音の乙女談義もまた続いている。  「今でも偽装ではないかと思うくらいには」  「偽装ではないですよ。里樹さんの努力が実られたのです。」  そんな話が聞こえたからか、物騒さを助長させた妹人は、更に里樹の提案でピンク空間を広げる。具体的には公衆の面前でキスをした。にこやかに未央に手を振る妹人。  「破廉恥です・・・」  「破廉恥ですね」  「破廉恥ではありますが、ああなるのもなかなか大変だったのですよ。」  各々の感想はありつつも、見解は一緒。すなわち、破廉恥である。   /*/  そして、まだ竜馬と耀平の戦いも続いている。 事態は膠着し、二人は奪い合う女性を見つめる。そして、信児の口が審判を下すかのように開かれる。  「意気地がないけど」  「はあ。なんならいつでも気合注入しますよ」  膝から崩れ落ちる耀平と、気の抜けた竜馬。そしてくすくすと笑う信児。  やれやれとそれを見つめるロッドに、竜馬を酷く冷めた目線で見つめるyuzuki。  気付けば、青と舞が居なくなっている。  そして、未だに妹人と里樹はキスを続け、二人を見る小夜と未央は同時に「破廉恥だ」との言葉を漏らす。  それを見て肩をすくめる華音。  ごく一部が妙なことになりつつも平和な時間がそこにはあった。   /*/  箱を持つ手が震える。今一度深呼吸をし、チャイムへと手を伸ばす。電子音が鳴り、どたどたと駆け下りる足音と共に少年が転がるようにドアを開けて飛び出してくる。表札には「玖珂」とある。  「おう、巫女さんじゃん。どったの?」  「あ、あの、つ、作りすぎたのでおすそ分けです!」  「お、あんがと」  「そ、それではっ」  「あ、ちょっと待てよ。これの中身は………いっちまったか」  小夜が箱に収まったかわいらしい手作りチョコケーキの味の評価を聞きに戻るのは、もうしばらくの時間が経ってからとなる。  ちなみにふみこ曰く「まぁまぁね」だそうである。  END <<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<  長い、終わらない、おかしいな?と思いつつ書いていて、容量を見てみたら普段の3倍長でした。終わらない筈です。同時複数進行する3時間ゲームを書く大変さを、久しぶりに思い知らされました。  言い訳にはなりませんが、それにより締め切りを破ってしまいました。依頼者の亜紀さん、秘法館スタッフの方々、申し訳ありませんでした。  直接指名でもない限り、しばらくお休みを頂こうと思っていたので、好きに書きつつ導入部に前回のゲームを絡ませたりとサービスに努めたつもりです。  また、ここで謝罪を。yuzukiさんとロッドさんの出番が無くてすみません。耀平くんは色々頑張れ。  里樹澪さんはもっと人の目を気にした方がいいとお思いました まる  それではお読み頂いた事に感謝しつつ、これにておしまい、です。 ---- **作品への一言コメント 感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です) #comment(,disableurl) ---- ご発注元:西條華音@ビギナーズ王国様 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/cbbs_om/cbbs.cgi?mode=one&namber=199&type=123&space=15&no= 製作: 刻生・F・悠也@フィーブル藩国 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/ssc-board38/c-board.cgi?cmd=one;no=878;id=UP_ita 引渡し日: ---- |counter:|&counter()| |yesterday:|&counter(yesterday)|

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