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320えるむSS - (2008/05/01 (木) 21:50:52) の1つ前との変更点

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**えるむ@都築藩国様からのご依頼品 #center(){ *にぎやかティータイム /*/ } ここは天領、夏の園。 殆どプライベートビーチ状態、といわれるほどに人影のない砂浜の一角。  えるむが1時間契約で借り切ったコテージには先程から黒髪をポニーテールにして凜とした表情で室内を見ている少女の姿があった。  芝村 舞。  かの5121小隊で勇名を馳せたヒーローである。 その生い立ちのせいか、それとも戦場での経験がそうさせているのか、舞は自然と威厳と貫禄のようなものを身に纏っている。 平たく言うと非常に偉そうであった。 その実年齢と外見にそぐわない形容詞が多々冠せられる辺りがあるいは彼女らしい、ということなのかも知れないが。 (ええっと、紅茶とおしぼりと。準備準備)  コマネズミのようにいそいそと今日の特別なゲストを歓待する準備を進めるえるむに笑みを含んだ柔らかな少年の声がかけられた。 「ごめんね。いつも偉そうなんだ」  青の厚志。  舞と一対をなすヒロイン。  かつて共に幾多の戦禍を潜り抜け、時にぽややんと揶揄された少年は今や身長も伸びて髪を本来の青に戻している。  七つの世界に触れた者なら知らない者はいないという、この二人こそがえるむの招いた本日の特別ゲストなのだった。 「そんなことはない」 「えー、そんなことはないですよ」 「腕を組んでると偉そうで、しゃべるともっと偉そうなんだ」  むっとしたような舞とえるむが異口同音に言うと青はこれだけは以前と変わらないぽややんとした口調でさらりと返した。  言い終えるかどうかの絶妙なタイミングで舞が青を殴る。  ぐーで。  青ははたかれながらも何故か幸せそう。 「それならいいんだけど。 今日はよんでくれてありがとう」 「はい、ようこそいらっしゃいました」  全くダメージを受けた様子もなく、青はにこにことえるむに小さくお辞儀した。  えるむも国元で教わったとおりスカートの裾をつまんで膝を折る。 「お菓子作り、今勉強してるんだ」 「お前はどこにいこうとしているんだ」  えるむがテーブルの上に並べたりんごのパウンドケーキに顔を輝かせる青に、舞は感心したようにふんわりと焼き上がったケーキを眺めつツッコミを入れる。 「お嫁さん」  即答だった。  どうやら青の中ではお嫁さんになるのは既定路線らしい。 「あら、舞さんはお料理は?」 「少し」  いいなー、お嫁さん。とえるむが舞に話題を振ると、舞は少し顔をうつむかせてぼそりと答えてから赤くなった。 「ガスバーナーで魚焼くのは得意だよ」 「あ、実は私も料理は全然駄目なんですけど」 青のキジも鳴かずば、な発言に舞は即座にびしばし攻撃開始。ちょっとやそっとではダメージを受けなくなると愛の鞭も過激になるようだ。  えるむが言葉を続けると舞は青を殴る手を休めて再びふん、と腕組みした。えるむのフォローがよほど心強かったらしい。 「ほら、ほら!」 「えー。 そっか。でも料理は趣味だからね?」  青はにこーっと笑ってから本業は…と匂わせる断りを入れた。その割に女性ばかり料理の弟子を無数に抱えているという噂だが。 「ええと、とりあえずお菓子だけは得意なのでー。  まずは青に味見して頂けたらと、思うんですがー」  お菓子だけは得意、という部分で舞は倒れた。  すかさずはっし、と支える青。  どうも舞は料理に関するコンプレックスがあるようだ。 「うん。喜んで!」  舞をしっかり支えたまま青は実に嬉しそうに返事をした。  甘い物が大好きで、目をきらきらさせている様はまるで子犬のよう。 「どうぞどうぞ。りんごが結構効いてますです。甘すぎないように」  えるむが切り分けたパウンドケーキの皿を差し出すと、『戦場が我が故郷なれば料理など…』とかぶつぶつ言いながら復活した舞から手を放して皿を受け取った。  香ばしい松の実の乗ったケーキをフォークで一口。  えるむ、緊張の一瞬。  見る間に青の顔が喜びに輝く。 「これを食べる人は幸せだよ」 「ふむ…。  私も食べていいか?」 「…ほっ、では舞さんもどうぞー」  実に美味しそうにぱくぱくとえるむ作のパウンドケーキを食べている青に触発されて、舞もぶつぶつ言うのをやめてケーキを所望する。  えるむは青の反応が上々だったことに安心して舞にも切り分けたケーキの皿を差し出す。  …あれ、もしかして青は毒味役…? 「紅茶のお砂糖とミルクは?」 「2つ。砂糖だけ」 「ストレート。砂糖はいらぬ」 (うわあ、性格がにじみ出るですよ)  とえるむは妙に感心してティーポットを手にした。  用意して置いたティーカップに紅茶が注がれると良い香りと共に暖かな湯気が立ち昇る。 「ストレートは味が勝負ですけど、温度は大丈夫だったかなー」 「こういうときは、皆で飲むのがいいのだ」  ポットのための一杯、とか紅茶の美味しい温度、とか国元の礼法講義で受けた内容が束の間脳裏を掠めたが、舞は微笑んで首を横に振り、青はくすくすと笑った。  そのような知識が無くてもえるむのもてなしは十分に楽しさと真心が伝わってくる。 「そですね、作って持ち寄るのなんかも、楽しいですよ。  今度舞さんもチャレンジしましょう。ねっ」 「……そうだな」 「きっとうまくいくよ」  舞は短く答えて男前の顔で紅茶をすすっている。青も優しく肯定した。  もっとも、彼女の頭の中では今の所唯一のレパートリーである魚のバーナー焼きをいかに振る舞えるレベルの料理に昇華するか、そのプロセスが猛烈な勢いで解析されていたのだけれども。 「うわーい、約束ですからね」 「いいなあ。  僕、女の子大好きなんだ」  歓声を上げて喜ぶえるむに青はにこにこと、またしても口を滑らせた。  何度繰り返しても懲りないというか。  ティーカップを置いて無言で右手を挙げた舞にえるむがすかさず空いたトレーを手渡す。 「はいっ、どうぞご存分に」 「やめんかこの変態浮気虫」  冷然たる一言と共に縦にしたステンレスのトレーで頭を一撃、くわん、という小気味いい音と共に青はもんどり打って床に倒れた。 「……うわー、縦はちょっと可哀想かも」 「ナンで……」  うわー、と口に手を当てて見守るえるむの視線の先で青が痛みにぷるぷるしながら何とか立ち上がった。  あ、涙目だ。  流石にこれは大分痛かったらしい。 「青、おしぼりどうぞー。  もう少し女心というものを考えた方がよいですよ」 「いたたた。ありがとう。  えー。でも。可愛い格好とか、させたくない?」  えるむが忠告と共に手渡したおしぼりを頭に当てつつ、やっぱり一言多い青。  …案の定横薙ぎにトレーで叩かれ、再び床に沈んだ。  青、嘘のつけない男。  忠告されたはしからこうであった。 「え、舞さんの可愛い格好は私も見たいですー」  あ、ここにも嘘のつけない人が一人。  最早かける言葉もない青に同意するえるむに舞は一睨みで牛も失神するんじゃないかという視線を投げた。 「いやいやいや、そういうことは女の子同士ですよ。  やっぱおしゃれも勝負なんです、舞さん。  勝負には是非勝ちたいでしょう、ね?」 「どうせ、スーツくらいしか似合わぬ。  私はもう15だ。おしゃれなど」  それでも全く動じないえるむの言葉に舞は頬を染めるとぷい、と視線をそらしてぼそぼそと言った。  その瞬間青は復活、神速で舞をだきしめていた。  なんという早業だろうか。 「なんてかわいいんだろう…」 「スーツは確かに似合いそうだけどもー、でも他にも似合うと思うんだけどなー」  舞の髪に頬をすりすりしていた青は頬をぐーでおされている。  ぐいぐいと拳が食い込んでもだきしめて放さないのはさすがというか、何というか。 「はよねえ」 「日本語をしゃべれ、ばか」 「だよね?」  気の毒なくらい顔を赤らめた舞の言葉に青はようやく手を放してえるむに向き直ると優しく微笑んだ。 「んー、そうだなぁ、すっきりのワンピースとかですねぇ。 見たいでしょう、青」  可愛さ絶頂から鎮火しかけた青に再び油を注ぐようなえるむの言葉。  直後、青は神速で舞とえるむをいっしょに抱きしめた。 「うん」 「きゃわっ!」  だきしめつつ返事をするのと、えるむが小さく悲鳴を上げるのが同時くらいだった。 「どこかさびしそうだよ? どうかした?」 「ええと? 私がですか?」  えるむはすぐ隣で硬直してわなわなと震える舞を見てこれはこれで、等と思いながら青の囁くような問いかけに答えた。 「うん」 「んー、そうですね、寂しい時もありますね。  でも今日は、お二人に会えたから」  青の腕の中でにっこり笑って答えるえるむに至近距離から舞が応じた。  青の顔をぐいぐい押しやりながらである。 「まともに相手するな。  こやつはただ、だきつきたいだけだ」 「…いえ、青はそういうことが分かってしまう方ですよね。  だから舞さんは青を選んだんでしょう?」  舞は青の顔を押しやる手を止めると人はこんなにも目で語れるのかとびっくりするぐらい疑わしい目で青を見上げた。  一方の青はもし犬アイドレスを着ていたら尻尾がちぎれるくらい振ってるだろうな、というくらいの勢いでえるむの言葉にぶんぶんと頷いている。  青、非常に嬉しそう。  舞は青の余りにストレートな喜びように照れ臭くなったのか、押しやるのは諦めてとりあえず平手で肩をどやしつけた。 (絵に描いたようなツンデレだー)  これは眼福、と内心で思うえるむ。  青は叩かれてもやっぱり嬉しそうに微笑んでいた。 「さ。次はどうしようかな。  おしゃれする? おしゃれする?」  ようやく二人を解放した青は取って置きのおやつを前にした子犬のようにきらきらした目で問いかける。 「はっ、そうですよね、舞さん、とりあえず…。  都築藩国のバトルメードの制服とか、着てみませんか?」  そう言いながらじゃん、とえるむが取り出した制服を見た瞬間、青は可愛さを想像して三度倒れた。  ああ、バカだ。  良い意味で。 「よしきよう!」  即答だった。とりあえず舞の意見などは最早眼中に無し。  青は録画を巻き戻すような勢いで床から跳ね起きると制服を手にしたえるむと頭痛を堪える表情になった舞を小脇に抱えて隣室へと突貫する。 「まて、私のいし、わ。え。やめ」  バタン。  大いに慌てた舞の声がドアの閉まる音と共に一瞬にして無人になった室内に取り残された。 /*/  舞の怒号、物が壊れる音、えるむの取りなすような声、青の一言、そしてまた舞の怒号…というパターンが幾度か続き。  一度しーんと静まり返ってから、おもむろに隣室へと続くドアが開いた。  そこから顔を真っ赤にして肩で息をしている舞と。 「こっちもぜいぜい、ですけどもー」  同じく息を切らして髪を振り出したえるむ。  それに無惨に髪をむしられてくしゃくしゃになった青が隣室から戻ってきた。  えるむは苦闘の末、何とか舞をバトルメードの制服に着替えさせることに成功していた。  何と素晴らしき戦果。 「どうですか青、か、カメラはどこ~」 「かわいい!!」  ぱたぱたと小走りにカメラを探しながら感想を聞くえるむに対して青はやはり即答だった。 「いつもそれしか言わぬくせに」 「いつも新鮮なんだ」 「きょうは倍ぐらい言わなくちゃですよ」  にこにこして見ている二人に舞はぷいとそっぽを向いて応えた。  盛大に照れている。 「青も入って下さいー。3人でしゃしんー」  テーブルの上にカメラを据え付け、セルフタイマーで3人がフレームに納まる。  バトルメード姿の舞とえるむを両側に置いて青はこの上なく幸せそう。  カシャ。  軽いシャッター音と同時に舞は全力でレンズから目を逸らした。 「駄目ですよ、舞さん。顔背けたら負けですー」 (ああ、カメラを睨みそう)  えるむの懸念もむべなるかな、舞は例の牛も失神するじゃ、という恐ろしい目付きでカメラを凝視している。 「そうですね。少し慣れましたよね。 今度は、はい、にっこり」  えるむが何とか表情を和らげようとしているのを見て、青は背後から舞の脇腹を絶妙なタッチでくすぐった。  思わず身体を折り曲げて表情を崩す舞。 (さすがだ!) カシャ。  えるむが内心で小さく快哉を叫んだ瞬間に二枚目のシャッター音。  カシャ。  連続写真で三枚目のシャッター音がした瞬間、舞は青を殴り倒していた。  ぐーで。  青、累積ダメージにより遂にダウン。  こうして終止ラブコメ進行の二人を交えたちょっとバイオレンス?なお茶会はお開きになり、この時撮られた三枚の記念写真はえるむの部屋に大切に飾られている。  そしていつでもえるむに、楽しいあの日の思い出と、元気を思い出させてくれるのだった。 #center(){ /*/ } #right(){ 拙文:ナニワアームズ商藩国文族 久遠寺 那由他 } ---- **作品への一言コメント 感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です) #comment(,disableurl) ---- ご発注元:えるむ@都築藩国様 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/cbbs_om/cbbs.cgi?mode=one&namber=525&type=518&space=15&no= 製作:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/cbbs_om2/cbbs.cgi?mode=one&namber=501&type=126&space=30&no= 引渡し日: ---- |counter:|&counter()| |yesterday:|&counter(yesterday)|
**えるむ@都築藩国様からのご依頼品 #center(){ *にぎやかティータイム /*/ }  ここは天領、夏の園。 殆どプライベートビーチ状態、といわれるほどに人影のない砂浜の一角。  えるむが1時間契約で借り切ったコテージには先程から黒髪をポニーテールにして凜とした表情で室内を見ている少女の姿があった。  芝村 舞。  かの5121小隊で勇名を馳せたヒーローである。  その生い立ちのせいか、それとも戦場での経験がそうさせているのか、舞は自然と威厳と貫禄のようなものを身に纏っている。  平たく言うと非常に偉そうであった。  その実年齢と外見にそぐわない形容詞が多々冠せられる辺りがあるいは彼女らしい、ということなのかも知れないが。 (ええっと、紅茶とおしぼりと。準備準備)  コマネズミのようにいそいそと今日の特別なゲストを歓待する準備を進めるえるむに笑みを含んだ柔らかな少年の声がかけられた。 「ごめんね。いつも偉そうなんだ」  青の厚志。  舞と一対をなすヒロイン。  かつて共に幾多の戦禍を潜り抜け、時にぽややんと揶揄された少年は今や身長も伸びて髪を本来の青に戻している。  七つの世界に触れた者なら知らない者はいないという、この二人こそがえるむの招いた本日の特別ゲストなのだった。 「そんなことはない」 「えー、そんなことはないですよ」 「腕を組んでると偉そうで、しゃべるともっと偉そうなんだ」  むっとしたような舞とえるむが異口同音に言うと青はこれだけは以前と変わらないぽややんとした口調でさらりと返した。  言い終えるかどうかの絶妙なタイミングで舞が青を殴る。  ぐーで。  青ははたかれながらも何故か幸せそう。 「それならいいんだけど。 今日はよんでくれてありがとう」 「はい、ようこそいらっしゃいました」  全くダメージを受けた様子もなく、青はにこにことえるむに小さくお辞儀した。  えるむも国元で教わったとおりスカートの裾をつまんで膝を折る。 「お菓子作り、今勉強してるんだ」 「お前はどこにいこうとしているんだ」  えるむがテーブルの上に並べたりんごのパウンドケーキに顔を輝かせる青に、舞は感心したようにふんわりと焼き上がったケーキを眺めつツッコミを入れる。 「お嫁さん」  即答だった。  どうやら青の中ではお嫁さんになるのは既定路線らしい。 「あら、舞さんはお料理は?」 「少し」  いいなー、お嫁さん。とえるむが舞に話題を振ると、舞は少し顔をうつむかせてぼそりと答えてから赤くなった。 「ガスバーナーで魚焼くのは得意だよ」 「あ、実は私も料理は全然駄目なんですけど」 青のキジも鳴かずば、な発言に舞は即座にびしばし攻撃開始。ちょっとやそっとではダメージを受けなくなると愛の鞭も過激になるようだ。  えるむが言葉を続けると舞は青を殴る手を休めて再びふん、と腕組みした。えるむのフォローがよほど心強かったらしい。 「ほら、ほら!」 「えー。 そっか。でも料理は趣味だからね?」  青はにこーっと笑ってから本業は…と匂わせる断りを入れた。その割に女性ばかり料理の弟子を無数に抱えているという噂だが。 「ええと、とりあえずお菓子だけは得意なのでー。  まずは青に味見して頂けたらと、思うんですがー」  お菓子だけは得意、という部分で舞は倒れた。  すかさずはっし、と支える青。  どうも舞は料理に関するコンプレックスがあるようだ。 「うん。喜んで!」  舞をしっかり支えたまま青は実に嬉しそうに返事をした。  甘い物が大好きで、目をきらきらさせている様はまるで子犬のよう。 「どうぞどうぞ。りんごが結構効いてますです。甘すぎないように」  えるむが切り分けたパウンドケーキの皿を差し出すと、『戦場が我が故郷なれば料理など…』とかぶつぶつ言いながら復活した舞から手を放して皿を受け取った。  香ばしい松の実の乗ったケーキをフォークで一口。  えるむ、緊張の一瞬。  見る間に青の顔が喜びに輝く。 「これを食べる人は幸せだよ」 「ふむ…。  私も食べていいか?」 「…ほっ、では舞さんもどうぞー」  実に美味しそうにぱくぱくとえるむ作のパウンドケーキを食べている青に触発されて、舞もぶつぶつ言うのをやめてケーキを所望する。  えるむは青の反応が上々だったことに安心して舞にも切り分けたケーキの皿を差し出す。  …あれ、もしかして青は毒味役…? 「紅茶のお砂糖とミルクは?」 「2つ。砂糖だけ」 「ストレート。砂糖はいらぬ」 (うわあ、性格がにじみ出るですよ)  とえるむは妙に感心してティーポットを手にした。  用意して置いたティーカップに紅茶が注がれると良い香りと共に暖かな湯気が立ち昇る。 「ストレートは味が勝負ですけど、温度は大丈夫だったかなー」 「こういうときは、皆で飲むのがいいのだ」  ポットのための一杯、とか紅茶の美味しい温度、とか国元の礼法講義で受けた内容が束の間脳裏を掠めたが、舞は微笑んで首を横に振り、青はくすくすと笑った。  そのような知識が無くてもえるむのもてなしは十分に楽しさと真心が伝わってくる。 「そですね、作って持ち寄るのなんかも、楽しいですよ。  今度舞さんもチャレンジしましょう。ねっ」 「……そうだな」 「きっとうまくいくよ」  舞は短く答えて男前の顔で紅茶をすすっている。青も優しく肯定した。  もっとも、彼女の頭の中では今の所唯一のレパートリーである魚のバーナー焼きをいかに振る舞えるレベルの料理に昇華するか、そのプロセスが猛烈な勢いで解析されていたのだけれども。 「うわーい、約束ですからね」 「いいなあ。  僕、女の子大好きなんだ」  歓声を上げて喜ぶえるむに青はにこにこと、またしても口を滑らせた。  何度繰り返しても懲りないというか。  ティーカップを置いて無言で右手を挙げた舞にえるむがすかさず空いたトレーを手渡す。 「はいっ、どうぞご存分に」 「やめんかこの変態浮気虫」  冷然たる一言と共に縦にしたステンレスのトレーで頭を一撃、くわん、という小気味いい音と共に青はもんどり打って床に倒れた。 「……うわー、縦はちょっと可哀想かも」 「ナンで……」  うわー、と口に手を当てて見守るえるむの視線の先で青が痛みにぷるぷるしながら何とか立ち上がった。  あ、涙目だ。  流石にこれは大分痛かったらしい。 「青、おしぼりどうぞー。  もう少し女心というものを考えた方がよいですよ」 「いたたた。ありがとう。  えー。でも。可愛い格好とか、させたくない?」  えるむが忠告と共に手渡したおしぼりを頭に当てつつ、やっぱり一言多い青。  …案の定横薙ぎにトレーで叩かれ、再び床に沈んだ。  青、嘘のつけない男。  忠告されたはしからこうであった。 「え、舞さんの可愛い格好は私も見たいですー」  あ、ここにも嘘のつけない人が一人。  最早かける言葉もない青に同意するえるむに舞は一睨みで牛も失神するんじゃないかという視線を投げた。 「いやいやいや、そういうことは女の子同士ですよ。  やっぱおしゃれも勝負なんです、舞さん。  勝負には是非勝ちたいでしょう、ね?」 「どうせ、スーツくらいしか似合わぬ。  私はもう15だ。おしゃれなど」  それでも全く動じないえるむの言葉に舞は頬を染めるとぷい、と視線をそらしてぼそぼそと言った。  その瞬間青は復活、神速で舞をだきしめていた。  なんという早業だろうか。 「なんてかわいいんだろう…」 「スーツは確かに似合いそうだけどもー、でも他にも似合うと思うんだけどなー」  舞の髪に頬をすりすりしていた青は頬をぐーでおされている。  ぐいぐいと拳が食い込んでもだきしめて放さないのはさすがというか、何というか。 「はよねえ」 「日本語をしゃべれ、ばか」 「だよね?」  気の毒なくらい顔を赤らめた舞の言葉に青はようやく手を放してえるむに向き直ると優しく微笑んだ。 「んー、そうだなぁ、すっきりのワンピースとかですねぇ。 見たいでしょう、青」  可愛さ絶頂から鎮火しかけた青に再び油を注ぐようなえるむの言葉。  直後、青は神速で舞とえるむをいっしょに抱きしめた。 「うん」 「きゃわっ!」  だきしめつつ返事をするのと、えるむが小さく悲鳴を上げるのが同時くらいだった。 「どこかさびしそうだよ? どうかした?」 「ええと? 私がですか?」  えるむはすぐ隣で硬直してわなわなと震える舞を見てこれはこれで、等と思いながら青の囁くような問いかけに答えた。 「うん」 「んー、そうですね、寂しい時もありますね。  でも今日は、お二人に会えたから」  青の腕の中でにっこり笑って答えるえるむに至近距離から舞が応じた。  青の顔をぐいぐい押しやりながらである。 「まともに相手するな。  こやつはただ、だきつきたいだけだ」 「…いえ、青はそういうことが分かってしまう方ですよね。  だから舞さんは青を選んだんでしょう?」  舞は青の顔を押しやる手を止めると人はこんなにも目で語れるのかとびっくりするぐらい疑わしい目で青を見上げた。  一方の青はもし犬アイドレスを着ていたら尻尾がちぎれるくらい振ってるだろうな、というくらいの勢いでえるむの言葉にぶんぶんと頷いている。  青、非常に嬉しそう。  舞は青の余りにストレートな喜びように照れ臭くなったのか、押しやるのは諦めてとりあえず平手で肩をどやしつけた。 (絵に描いたようなツンデレだー)  これは眼福、と内心で思うえるむ。  青は叩かれてもやっぱり嬉しそうに微笑んでいた。 「さ。次はどうしようかな。  おしゃれする? おしゃれする?」  ようやく二人を解放した青は取って置きのおやつを前にした子犬のようにきらきらした目で問いかける。 「はっ、そうですよね、舞さん、とりあえず…。  都築藩国のバトルメードの制服とか、着てみませんか?」  そう言いながらじゃん、とえるむが取り出した制服を見た瞬間、青は可愛さを想像して三度倒れた。  ああ、バカだ。  良い意味で。 「よしきよう!」  即答だった。とりあえず舞の意見などは最早眼中に無し。  青は録画を巻き戻すような勢いで床から跳ね起きると制服を手にしたえるむと頭痛を堪える表情になった舞を小脇に抱えて隣室へと突貫する。 「まて、私のいし、わ。え。やめ」  バタン。  大いに慌てた舞の声がドアの閉まる音と共に一瞬にして無人になった室内に取り残された。 /*/  舞の怒号、物が壊れる音、えるむの取りなすような声、青の一言、そしてまた舞の怒号…というパターンが幾度か続き。  一度しーんと静まり返ってから、おもむろに隣室へと続くドアが開いた。  そこから顔を真っ赤にして肩で息をしている舞と。 「こっちもぜいぜい、ですけどもー」  同じく息を切らして髪を振り出したえるむ。  それに無惨に髪をむしられてくしゃくしゃになった青が隣室から戻ってきた。  えるむは苦闘の末、何とか舞をバトルメードの制服に着替えさせることに成功していた。  何と素晴らしき戦果。 「どうですか青、か、カメラはどこ~」 「かわいい!!」  ぱたぱたと小走りにカメラを探しながら感想を聞くえるむに対して青はやはり即答だった。 「いつもそれしか言わぬくせに」 「いつも新鮮なんだ」 「きょうは倍ぐらい言わなくちゃですよ」  にこにこして見ている二人に舞はぷいとそっぽを向いて応えた。  盛大に照れている。 「青も入って下さいー。3人でしゃしんー」  テーブルの上にカメラを据え付け、セルフタイマーで3人がフレームに納まる。  バトルメード姿の舞とえるむを両側に置いて青はこの上なく幸せそう。  カシャ。  軽いシャッター音と同時に舞は全力でレンズから目を逸らした。 「駄目ですよ、舞さん。顔背けたら負けですー」 (ああ、カメラを睨みそう)  えるむの懸念もむべなるかな、舞は例の牛も失神するじゃ、という恐ろしい目付きでカメラを凝視している。 「そうですね。少し慣れましたよね。 今度は、はい、にっこり」  えるむが何とか表情を和らげようとしているのを見て、青は背後から舞の脇腹を絶妙なタッチでくすぐった。  思わず身体を折り曲げて表情を崩す舞。 (さすがだ!) カシャ。  えるむが内心で小さく快哉を叫んだ瞬間に二枚目のシャッター音。  カシャ。  連続写真で三枚目のシャッター音がした瞬間、舞は青を殴り倒していた。  ぐーで。  青、累積ダメージにより遂にダウン。  こうして終止ラブコメ進行の二人を交えたちょっとバイオレンス?なお茶会はお開きになり、この時撮られた三枚の記念写真はえるむの部屋に大切に飾られている。  そしていつでもえるむに、楽しいあの日の思い出と、元気を思い出させてくれるのだった。 #center(){ /*/ } #right(){ 拙文:ナニワアームズ商藩国文族 久遠寺 那由他 } ---- **作品への一言コメント 感想などをお寄せ下さい。(名前の入力は無しでも可能です) #comment(,disableurl) ---- ご発注元:えるむ@都築藩国様 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/cbbs_om/cbbs.cgi?mode=one&namber=525&type=518&space=15&no= 製作:久遠寺 那由他@ナニワアームズ商藩国 http://cgi.members.interq.or.jp/emerald/ugen/cbbs_om2/cbbs.cgi?mode=one&namber=501&type=126&space=30&no= 引渡し日: ---- |counter:|&counter()| |yesterday:|&counter(yesterday)|

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