「大谷昭宏×宮崎学「法か、掟か」(2008)
分類
目次
第1部 対論「法か、掟か」
- 大谷昭宏「日本人の劣化と、法のデフレスパイラル」
- 法律は悪法でも守るべき
- 法律より重いもの
- 日本相撲協会と社会保険庁の勘違い
- 学校は捜査機関ではない
- 法律が増えるのは人間が劣化したから
- 自由と責任/亀田問題と格差社会
- それでもジャーナリストは弱者の側に立つべき
- 愛国心をもって戦場に行く若者をつくる格差社会
- 宮崎学「互いが愚行を認め合うことで社会は成り立つ」
- 掟は法律より重い
- 家庭に法律は馴染まない
- ヤクザの掟とテロリストの掟
- 警察官は正義ではない
- 国家は悪である
- 作家の掟
- オウム信者の愚行権も認めるべき
- この国は滅びればいい
- スポーツの過剰演出は悪か
- 借金は悪ではない
第2部 徹底対談「必要悪」と「国家の悪」
- 靖国神社はどこが問題か
- インターネットは悪か
- 外国人移民・不法入国者と差別構造
- 官僚国家ニッポンの闇
- 「メディアが権力の監視役」というウソ
- 渡邉恒雄という存在
- 民主主義は万能か
- 食品偽装の真実
- 暴力団抗争の裏側
- 銃社会ニッポン
- すべての犯罪対策は無意味である
- 監視カメラでテロは防げない/
- 検挙率のウソ
- 警察は未来永劫変わらない
- 厳罰化と死刑制度
評価
★★★☆☆
ひとこと
問題提起の本。
それでも良識派の大谷氏と過激派風の宮崎氏。
よくよく読むと当たり前のことだけれども、「掟」と捉えるとすんなり整理がつくところがなるほど、と感じた。
それが正しいことかそうでないか、動機が善か悪かをいう前に、他人に迷惑をかけずにできるか、自分で責任をとれるかを自分に問う、それができるのが成熟した大人といえるのではないだろうか。(p33 大谷)
たしかに、国の渡航制限を無視して戦火のイラクに行き、ボランティアだ劣化ウランだとやっているうちにテロリストに捕まり、解決のために多額の国家予算が使われたことをみれば、彼らのやったことは愚行以外のなにものでもない。だが、人には具行権がある。どんなに馬鹿げたことだろうが周りに迷惑をかけようが、それをやる権利がある以上、誰も彼らのことを責められはしない。また、すべての国民を等しく守るのは国家の義務だ。愚か者だから助けなくてもいい、自分の力でなんとかしろなんてとんでもない。<中略>他人の愚行を認められなければ、自分の自由も制限されるのだ。(p64 宮崎)
とにかく、民主主義以上の制度がないなんていうのは大嘘だし、アメリカのように、民主主義というペニシリンを打てば、どんな病気も一発で治るなんて考えでいるから、かえってアレルギー反応を起こして病状を悪化させてしまうようなケースが後を絶たないのです。日本の民主主義だって、本当に成功しているのかといわれたら、疑わしいところがないわけじゃありません。民主主義には、半人前にも一人前の口を利く自由を認めてしまうという悪しき一面があります。(p129 大谷)
自分は平和主義者だから、殴られるのが嫌だからと恋人を見殺しにして、あとで国家権力に、犯人を捕まえてくれ、どうか死刑にしてくださいと泣きつくような人間を、僕は心底軽蔑します。僕の掟でいうなら、そういう人間こそが、最大の悪人なのです。(p174 宮崎)
メモ
参考文献
最終更新:2010年08月15日 13:41