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甚内神社(じんないじんじゃ)
〒111-0053 東京都台東区浅草橋3-11-5
甚内神社とは
武田家再興をはかって軍資金を稼ぐために江戸市中を乱した江戸初期の盗賊・高坂甚内が、瘧(マラリア)に苦しんでいたところを幕府に捕えられ、当時鳥越にあった処刑場で処刑される際に「我、瘧病にあらずば何を召し捕れん。我ながく魂魄を留、瘧に悩む人もし我を念ぜば平癒なさしめん」といったことから、甚内霊神として尊崇を集め、鳥越処刑場に向かう鳥越川の橋のたもとに創建したといいます。
この高坂甚内、武田流の忍者とも、宮本武蔵の弟子とも言われていました。
日本広しといえども盗賊を神様として祀っている神社はここだけです。
瘧や熱に霊感があるそうですが、手癖の悪い人にも霊感があるのかもしれません。
三甚内
江戸に幕府が開かれた直後、“三甚内”と呼ばれた3人がいました。
そのうちの一人が高坂(向坂)甚内。他に、鳶沢甚内と庄司甚内がいます。
鳶沢甚内は北条家の忍者・風魔小太郎の配下で盗賊をしていました。この風魔小太郎を幕府に密告して捕縛させたのが高坂甚内。そして高坂甚内の捕縛の際に居場所を教えたとされるのが鳶沢甚内です。その後は盗賊から足を洗い、古着屋を営みつつ盗品があれば幕府に密告するという役割を担い、やがては現在の中央区富沢町に大店を構えたそうです。
庄司甚内も風魔小太郎の配下でしたが、早くに盗賊の稼業を辞め、江戸にいる私娼をまとめ、幕府に遊郭営業の許可を得ることに成功しました。そして後の吉原町の総名主・庄司甚右衛門となるのです。
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最終更新:2017年01月18日 17:13