西浦高校に硬式野球部が新しく創設されて二日目。
まだ体験入部中とはいえ、辛い、きつい、臭いと3拍子揃った野球部なんぞに
入部しようという物好きはちゃんと初日から参加するもので。
部活の時間になっても新しい新入生は現れず、
これ以上の部員の増加はほぼ全員があきらめていた。
せめてマネジだけはという希望も、時計の針が一分進むたびにあきらめ感が漂う。
3年間、マネジがいない野球部で青春終わるのか・・・・。
そんな絶望がグランドを支配しはじめた頃
「あ、あのっ!マネジ!やりたいんですけど!」
女神が現れた。
グラウンドの隅で気をつけの姿勢でちょこなんと佇む女子の姿を部員は一斉に振り返る。
(あれ~篠岡じゃん。篠岡も西浦にしたんだ~。)
栄口はその子が見知った子だったことを意外に思い。
(結構、かわいくね?)
泉は口の端をニっと上げ、不敵そうな顔で手を腰に当て。
(か、かわいい~!!)
沖は頬を赤らめ、ちらちらと視線をその子に向ける。
(マジで可愛いな。)
巣山は口元をグラブで隠して、表情の出にくい目だけで凝視し。
(あ、クラスで一番可愛い子だ~。やった~!)
水谷は思わず頬を緩めて、マネジ希望の子に手を振って。
(お、おんなの、こ、だ。)
口をひし形に開けて、三橋はキョロキョロ視線をふらつかせる。
(・・・・かわいいな。)
花井は短い感想を脳裏に浮かべ、少しだけ頬を赤らめて帽子の鍔を直して。
(なんか・・・見覚えがある気がするな。誰だっけ?)
記憶を辿るように手を顎に当てて、阿部は薄目でその子を睨みつける。
(かわいいな~。ああいう子はどんな風に啼くんだろうな?)
にこにこと人当たりのいい笑顔で西広は軽い会釈を返し。
(すっげぇかわいい! チンコたっちゃう!)
田島はにししと笑って両手をぶんぶん振り回し、自分の存在をアピールした。
「さあっ!念願のマネジも入ったことだし、合宿に向けてテンション上げていくよ!!」
カントクの声がグランドに響き渡り、
『合宿バスの、隣の席をゲットしてやるぜ!』
そんな目標に向かって、テンションはうなぎのぼりになっていった。
さっそくその日の部活後、闇ミーティングが開かれる。
「公平に、くじ引きでもするか?」
「それよりもまず情報収集だろ。」
花井の提案に阿部が冷たくツッこみ。
「あ、阿部!篠岡同じ中学じゃん!!」
栄口がさらなるツッコミをいれた。
「同じクラスの篠岡じゃん。阿部、チェック入れてないの?」
水谷が追加の追い討ちをかけて。
「よく名前まで覚えてんなあ、水谷?だったよな。」
花井が確認するように名を呼んだ。
「オレ、もうクラスの女子の名前、覚えたもんね。」
水谷がワケのわからない自慢をした。
「え~と、篠岡千代。7組。身長154センチ。中学時代はソフト部。」
西広が篠岡の記入したプロフィールを読み上げると。
「彼氏いるのかな・・・。」
巣山がポツっと核心を呟いて。
「いたら野球部はいんねえだろ。」
泉が希望的観測を口にした。
「中学時代はいなかったけどな~。」
栄口が希望の火を灯して。
「オレ達もよく野球部はいったよな。」
沖のしみじみとした感想に、
「野球おもしれーじゃん!マネジかわいくて超ラッキー!」
田島がリアクションつきで全員の心情を代弁した。
「まあ、じゃ、まだ俺らの間も性格つかめてねーし。アミダくじでもすっか。」
花井がすでにキャプテンになるべき片鱗を見せ、紙に線を引いていく。
紙に書かれた10本の線に、思い思いの横線をそれぞれ足していく。
全員無言のまま、順番に紙は回され狙い済ましたところに自分の名を書き記す。
自分こそが隣の席に座る権利を手に入れるのだという執念を込めて。
三橋ははわはわしたまま結局一度も発言できなかったが、目つきは真剣そのもので
震える手で最後の空欄に自分の名を書いた。
みんなが望むその席を手に入れることが出来るのは、たったの一人。
運命の女神が微笑むのも、たったの一人。
唾を飲む音が静かな部室に響きわたり、ゆっくりと折り目が開封され
運命の勝者が決定した。
「あ、料金後払いのバスだね。みんなの分まとめて払うから、私一番前に乗るよ。」
そういってさっさと篠岡はバスの一番前の一人席に突進して、
涙を流す勝者の後ろ姿に、9人の黒い笑顔が突き刺さった。
最終更新:2008年01月06日 19:02