白いユニフォーム 



「ありがとうございました!」

汗と泥塗れのユニフォームで、野球部員が一列に並ぶ。

一人を除いて。

最初から解っていた。
自分だけが初心者だから、試合に出られないのはしかたがない。

じわり、
自分だけが白いユニフォームのまま。

球場から学校に戻り、ミーティングに通常練習。
クタクタのヘロヘロで、でも気分はサイコーで、勝利を噛み締めながら家路につく。

そんなチームメイトを見ながら一人ユニフォーム姿でグランドに残った。
雨上がりの空気の中佇む。

じわり、
初めての公式戦で俺は役に立ってない。
三橋みたいにアウトは取れない。
コーチボックスに立っていたって田島みたいにモーションを盗めるわけでない。
やった事といえばせいぜいモモカンの伝言を伝えたくらいだ。

勝ったのは嬉しい。
でも、魂を球場に置いてきたみたいに心は空っぽだった。

「西広君?」
帰ったはずの篠岡が其処に居た。

「篠岡、帰ったんじゃなかったの?」
「うん。帰ろうとしたんだけど、職員室で先生達に捕まっちゃった。
そしたら、部室まだ開いていたから誰かいるのかなって。」
「そっか。」
「凄かったよ、先生達興奮しちゃって、『見に行けばよかった!』なんて。」

じわり、じわり。
まただ。
「ああ、凄かったよね、みんなは。」

「!!」

篠岡が固まった。
やばい、これじゃあ妬んでいるみたいじゃないか!
「もう、遅いから篠岡早く帰りなよ!」
逃げ出すようにグラウンドから走り出す。
陸上で鍛えた脚がこんな所で役に立つのは微妙だ。

電気も点けずに部室に逃げ込み、頭を抱え座り込む。
カッコ悪い。
情けない。
だせぇ。

じわり、どころか、もう心の中は雨が降り出していた。


カチャリ、ドアの開く音がした。

見ないでくれ、情けない俺を!

「西広君も頑張ってたよ。」
「役に立って無かったよ。」

前に座り、両手で俺の手を包む。
「西広君、気付いている?手、硬くなってるんだよ。
バットで、ミットで。頑張ってる手だよ。」

篠岡!ヤバイ、近いよ。ちか、い!
ぎゅう、と抱きしめられた。シャンプーの匂い、汗の匂い。

「し、篠岡!汗臭いからっ、離れっ」
「頑張ってる人の匂いだよ。私、好きだよ。」

チロリと、首筋を生暖かいものが撫でる。
両手で、顔を包みそっと目を閉じ顔が近づいて、
暖かい、湿ったやわらかいものが唇に触れた。

篠岡とキスした、と理解する前に押し倒していた。
ヤバイ、駄目だ。我慢しろ、俺。

「しのーか、ゴメン。今なら、まだ、」
「好きだよ。頑張っている西広君。」

再び、唇が重なった時にはもう、止められなかった。

柔らかな白い肌。腕の日焼け。
雨上がりの匂い。混じる汗の匂い。

-心地よい疲労感。

キレイな篠岡の腹の上には、汚い俺の白濁した欲望がテラテラと光っていた。


身支度をし、篠岡を駅まで送る事にした。

チャリを牽いて無言のまま、二人で駅に向かう。

「西広君、勘違いしないでね?」

ああ、そうか。マネジだからか。
チームの為に、か。

「勘違いしないでね?マネジだからじゃなくて、西広君だからだよ。」
「え?」
「お休みっ!」

篠岡は、そのまま走り出して改札を抜けていく。
一人改札前に取り残される俺。

ヤバイ、顔が熱い。
ふらつきながら、チャリを漕ぐ。

篠岡、言い逃げは無いよな。
俺、返事してないし。

やめる気なんて無かったし、三年間続けてくつもりだった。
でも、不純な動機が出来てしまった。
篠岡にカッコ良いとこ見せたい。
試合に出られなくてもいい。
真っ黒になるまで、めいっぱい頑張ろう。
いや、出たいけど。

明日の球技大会で篠岡の応援に行こう。
そして、気持ちを伝えよう。

でもユニフォーム汚しちゃったら母さん怒るかな?
なんて、考え。
もしかして、これってマザコン!?
と、悩み出すのはこの5分後。

でも、もう雨は降っていない。心は晴れきっていた。





最終更新:2008年01月06日 19:03