篠岡が練習終わりに、こっそりハンドクリームを塗るのを知っている。
部員はみんな部室で着替えるけど、篠岡は本校舎の女子更衣室に戻るから別行動だ。
それをオレが知ったのは、単なる偶然。
いつだったか、着替えが終わって帰ろうとして、忘れ物に気付いた。
教室に戻ろうと、本校舎の昇降口に入って靴を履き替えていると、
その一階廊下の先、更衣室のあるすぐ側の水場で、篠岡がハンドクリームを塗っていた。
照明の灯っていない薄暗い廊下。
窓から僅かに差し込む外灯の光を受けて、篠岡がハンドクリームを塗っていた。
手の甲、指先、掌。慣れた手付きで順にクリームを伸ばしていく。
俯いている篠岡は、妙にはかなく見えた。
細く白い指先が誘うように踊っている。
きれいに切り揃えられた爪が、一瞬きらりと光を反射して、
オレはドキッとして靴箱の影に慌てて身を隠した。
あの指先に触れたい。
あの指先をそっと取って、唇で触れたい。
優しく口付けて、爪の形を舌で辿って。
誘うように、ゆっくりと指先を口の中に含んでいく。
たっぷりの唾液にまみれさせる。
いやらしい水音を立てながら指先を吸って、舐って。
か細い指先を蹂躙しながら、篠岡を上目遣いに見つめたい。
きっと篠岡は恥ずかしさに頬を染めて、オレを見るだろう。
その澄んだ目の潤みを、困ったようにかすかに顰められた眉根を、
オレは見てきたように思い描ける。
いや。もしかしたら、オレの手を振り払って、
さげすんだ目でオレを見るかもしれない。
「なにするの」
怒った口調で言うのだろう。
いつもの凛とした、まっすぐな声。
でも緊張したような硬い声。
戸惑ったような感情の揺れが透ける目で、オレを見据えるに違いない。
ああ。
オレは下腹に疼く熱に、また小さな溜め息を吐いた。
最終更新:2008年01月06日 19:14