6-103-116 タジチヨ(ハマ)1 たーじまはーる ◆VYxLrFLZyg


「浜田、カントクがまた練習に付き合って欲しいってよ。足速い奴連れて。」

昼休み、9組で野球部と応援団の浜田が弁当を広げながら、
泉が頼まれてた伝言を浜田に伝えると。
いつもならニッと笑って了承するのに、今日の浜田はどこか難しい顔をしている。
「ちょっとバイトがな・・・。ま足速い奴には頼んでおくから。」
浜田がはじめて練習の付き合いを断ってきたので、
泉は少々面食らって手を止めてまじまじと浜田を見た。

「めずらしいな?断るなんて。ま、バイトならしゃあねえか。」
「大人にはいろいろ・・・あるんだよ。」

冷や汗を一筋たらして、苦い笑顔を浮かべながら浜田は泉の追求を避ける。
「イッコ上だけど、同級生だろ?大人ぶんのおかしくねえ?」
田島ののんきな突っ込みに、浜田はさらに冷や汗を流して。
「ちょっといろいろ忙しくてな。」
「ふーん。」
田島と泉の不思議そうなまなざしを、浜田は乾いた笑顔で誤魔化した。


放課後、梅原と梶山が応援団の打ち合わせをしに、1年9組の教室を訪れると、
浜田がぼんやりと机の上に座りながら窓の外を見つめていた。
顔を見合わせて、つかつかと近寄って梶山が浜田の頭をはたく。

「コラ。なにぼっとしてんだ?」
「チアガ達はまだか?」
「いや、今日はアイツラこねえよ。オレらだけ。」
はたかれた頭をさすりながら、浜田が二人にそう伝えると、一斉に非難が起きた。

「はあ?ミーティングにチアガ呼ばないと意味ないだろうが!?」
「オレらが何を目的に応援団やってるか知っといて、よくそんなことできるな!?」
にじり寄って責めてくる二人を浜田は手をかざしながら、必死にのけぞり弁解する。
「いやぁ、今日はちょっとお前らに話があってさ。」

いつものヘラヘラした浜田と違って、どこか思案に暮れている彼に
梶山と梅原は怪訝な顔で先を促すと。

「お前らどっちか、団長やらねぇ?」

浜田の言葉に、二人の顎が見事に落ちた。



「お前何言ってんだ!?」
「頭、ついにおかしくなったのか!?イっちゃったのか!?」
梶山が浜田の首を締め上げんばかりに胸元を掴み、浜田をゆさゆさと揺さぶる。
「く、くるしぃ~。」
「おい、完璧はいってるぞ、それ。手を離せ。」

梅原が一人先に冷静になり、二人を諌める。
しぶしぶと梶山が手を離して浜田を開放し、睨みつけて無言でプレッシャーを与え。
二人が黙り込んで睨みつけるので、一つ大きなため息をついて浜田は重い口を開いた。
「いやなぁ・・・。オレ、もう団長やっちゃいけないかも。」
二人はますます目を細めて、更なる事情を話せと圧力をかけ。
「その・・・。団長する資格ないっつうか。アイツラ裏切れねえっていうか・・・。
もう顔をあわせることがどうも・・・な。」
たどたどと回りくどく言葉を続ける浜田に、いらいらした梶山がまたキれた。
「だから、なんだっつうんだよ?何があったわけ?」
浜田は目をうるうるさせて、泣きそうな顔で二人を見渡してからうつむいて。

「篠岡に・・・・コクられちまった・・・。」

「はあああああああ!?」
二人の絶叫が、9組の教室に響き渡る。
「し、篠岡ってあれだろ?マネジの!?」
「あの、ちっちゃくてすっげー可愛い子!?」
「君の笑顔で一日がんばれるわ~みたいなあの笑顔の子だろ!?」
二人ともすごい勢いで浜田に詰め寄り、交互に質問攻めにする。
その勢いに押されて浜田が座っていた机が大きくがたんとなり、倒れそうになった。

「う、うわっつ!あ、あ、危ねえ!!」
「どうなんだ!?浜田!?」
「ちょっと、待てって。そう、そうだよ。その篠岡だよ。」

手をかざして二人を数歩下げて、あきらめたようにため息をつきながら浜田は答える。

「おっけーしたのか!?」
「付き合うのかよ!?」

二人は興奮冷めやらぬ様子で、再び浜田ににじり寄ろうとするが、
浜田は慌てて手をかざして二人が寄ってくるのを避け。

「ま、まさか!!ちゃんとその場で断ったよ。」
二人の雰囲気が一気に黒く変わり、二人揃って握りこぶしを作りわなわな震え始める。
「そ、それはそれで殺意が沸くぜ。」
「もう、死刑だな。死刑。あんな可愛い子振りやがって。」
「生きる価値ねえな。シネ。」
うって変わって浜田を攻めはじめる二人に、
浜田は指をぐるぐると交錯させながらさらに目を潤ませる。



「だって~。オレに他の選択肢なんてねえだろ~?」
浜田のその様子を見て、二人は深いため息をついた。

「まあ、なあ。」
「あの子も、ややこしいのに惚れちゃったもんだ。」
「なんかもうオレ、あいつらに合わせる顔なくってさ・・・。
 キレーな心の奴らばっかりなのに、オレがヘンに応援団作ったせいで
 和を乱しちゃったのかなってさ・・・。」

梅原が腕を組んで浜田を冷たく見下ろして。
「まあ、お前にこれ以上汚れた過去積み上げてもなあ。」
梶山が手のひらで自分の髭を撫でながら、しみじみと発言する。
「でもなぁ、惚れられたら仕方ないんじゃねえの?お前はどうなんだよ?」
浜田が慌てて手をばたばたさせながら必死で二人に言い訳を試みて。

「そんな対象で見れるわけねーだろ!?応援団長が応援してる野球部のマネジとどうこうなんて、ありえねえじゃねえか!!」
「確かになぁ・・・。そんな奴に応援して欲しくないだろうなぁ。野球部員としては。」
「うちのマネジを誑かしやがって!って殺されるかもな。」
「オレならブっ殺す。」
二人の容赦ない毒舌に、浜田はもうふらふらだ。

「でも、ま、仕方ないんじゃないか?」
「お前が応援団長辞めても、なんの解決にもならねえな。」
「むしろ、余計な詮索されるだけだぜ?もうフッてるんだし、お前はいつもの通り行動しろよ。
変に避けるほうがあの子に悪いだろ。」

うって変わった二人の優しさに、浜田は息を吹き返し、
今度は感動で目を潤ませて、不安を吐き出した。
「で、でもよ~。気まずいじゃねえか。」

「それこそ年の功で平静を装えよ。間違っても部員には悟られんなよ?
 お前同じクラスに何人かいるじゃねえか。あの子とお前が黙ってる限り、
 何があったかなんてバレやしねえよ。平常心常に保っとけ。」

「それしかねえだろうな。お前が団長辞めるなら、応援団は解散なんだから。」

梅原の言葉は、浜田の今後の方針を決定付けた。


「お!浜田!今日は来たんだな!」
翌日、浜田が朝早くグラウンドに顔を出すと、いち早く気づいた田島が駆け寄ってくる。
「ちわっ。お前はいつでも元気だな~。」
田島に浜田が挨拶を返すと、泉も傍によってきていつもの軽口をたたく。
「よく起きれたな~。まだカントクもきてないのによ。」
「久しぶりにメントレだからな。ちょっと張り切ったんだよ。」
指で頬を掻きながら、浜田は完全には開いてない目ですこしふらふらしていた。

「おお!しのーか。おっはよ~!」

突然の田島の大声に、浜田の体がビクっとはね、すごい勢いで後ろを振り向くと、
丁度篠岡がグラウンドに入ってくるところだった。
「おはよ~ござーま~す!」
笑顔で挨拶しながら入ってきた篠岡は、浜田の姿を認めて、
ほんの一瞬だけ意外そうに目を見開き、再び笑顔に戻って浜田に改めて挨拶する。
「おはようございます。浜田さん。」
「お、おはよう。篠岡。」
浜田が少しだけどもって挨拶を返し。
その光景は一見、ありきたりな平和な日常に見え、何事もなく朝練は始まった。

朝練が終わって、浜田が着替えに戻る部員たちを見送ってから、
やれやれと足を校舎に向けると、後ろから篠岡が自分を呼び止めた。

内心ギクリとするが、必死に顔には出さないように冷静を装う。
「浜田さん。よく・・・練習に顔出せますね。」
口を開いた篠岡の言葉は、浜田の心に深く突き刺さって、冷静さをえぐる。
「私と顔あわせづらいとか、思わないんですか?」
いつもの笑顔とは打って変わって、震える手を必死で押さえながら、
顔を赤らめ泣きそうな顔で篠岡はまっすぐ浜田を見つめて。
「もう、こないで下さい。フッタ子がいる所に浜田さんだって来づらいでしょう?」
何か弁解しなければと思えば思うほど、言葉は浜田の口から出てこず、ただ、パクパク動くだけで。

「今、浜田さんを見るの、辛いです。」

続いた篠岡の言葉に、浜田は完全に言葉を失った。
篠岡がこんな顔して、泣きそうに自分を見てるのは、すべて自分のせい。
自分が応援団を作って、必要以上に野球部に近づき、この子をもしかして惑わせた。
惚れられて申し訳ない。そんな罪悪感が瞬く間に浜田を支配して。
「し、篠岡・・・・。」
やっとのことで、そう呟いた時。

「おっ!浜田発見!一緒に教室いこ~ぜっ!!」
部室のある建物の角から田島が飛び出してきた。
と同時に篠岡の存在も認め、動きを止める。
「篠岡?」
怪訝そうな田島の呼びかけに、篠岡は軽く浜田に頭を下げ
「私も、着替えなきゃ。浜田さん、田島くん、またね。」
顔を田島に見せないようにさっと駆けていった。



「・・・浜田。何かあったのか?」
田島の低い声の響きに、浜田は心臓が跳ね上がるほどドキッとして必死で取り繕う。

「な、何がだよ?ちょっと軽く話してただけだって。」
「ふーん・・・。」

無表情な田島の相槌に、浜田は心底ヒヤヒヤして。

「浜田。」

続けて名を呼ばれ、ビクっと田島を見ると、田島は無表情な目で浜田を見ていて。

「篠岡に手ぇ出したら、ブッ殺す。」
「そ、そんなことするわけねーだろうが!!」

音がブンブンとしそうな勢いで浜田は左右に首を振り、必死で否定した。

「なら、いーけどよ!教室いこーぜっ!」

そういって、さっきの表情とは打って変わった笑顔でにっかり笑い、浜田を促して教室に向かった。

内心のドキドキを必死に押し殺して、浜田は田島の後に続いた。




『田島に怪しまれた><』


梶山と梅原はほぼ同時に届いた浜田からのメールに、深々とため息をつき
骨は拾ってやるぜと、手を合わせた。
浜田はわずか一歳差の年の功を駆使して、いつもの日常を送る努力を続けていたが。
一旦怪しまれたら最後、勘のいい田島にバレるのは時間の問題のように思われた。



数日後、授業の合間の休み時間に、真面目な顔した田島が浜田を呼び出して
浜田は必死の自制心を駆使して、なんとか表情は冷静を保ちながらついていった。

「浜田、篠岡と絶対口きかないでくれねえ?」

唐突な田島の発言も、今の浜田には意図もはっきり理解でき、
年の功の平常心も吹っ飛んでしまった。
「た、たたたたた田島?」
見る見るうちに目に涙を称え、どもる浜田を田島はにやっと笑いながら見返して。
「別にキレてねえよ?そんで、篠岡からメールとか来るけど絶対に返すな。」
そこで田島は一旦言葉を切って、打って変わって底冷えする目で浜田をジロっと睨み。
「じゃねえと、次はキレるし、ぶっとばす。」

浜田は心底すくみ上がって、首をかくかくと上下に振り、肯定の意を示した。
その様子を見て、田島がにかっと笑って浜田の肩をばしっとたたき。
「じゃ、頼むぜ!」
くるっと背を向けて教室に戻っていく田島の背中を浜田は呆然と見送って、
取りあえず、ケータイの電源は切っておこうかと思案した。




田島の予言どおり、次の日から浜田のケータイに篠岡からのメールががんがん入ってきて。
浜田は忠告どおり、返信をせずに無視することにした。
未読のまま、専用フォルダを作り次々と放り込んでいく。



ある日の放課後、浜田の様子を見に、梶山と梅原が顔を出すと、
ぐったり疲労した浜田の姿を見つけた。
「調子はどうだよ?・・・って聞くまでもねえなぁ、これ。」
「見事に泥沼ってんのか?」



「もうなんか疲れたぜ~・・・。メールの数すごいんだ・・・。」
浜田が机に頭を伏せながら自分のケータイを二人に差し出す。
遠慮なくそれを二人がチェックして。

「なんだ、コレ。お前一通も読んでないの?」
「田島が絶対返事を返すなっていうからさぁ~・・・。」

カチカチと操作して、篠岡からのメールを二人が斜め読みしていくと。

「っう!!」
「っげええ!!」

突然カエルがつぶれたような声を出すので、何事かと浜田が顔を上げると
目に嫉妬の炎を燃え上がらせた二人が浜田を焼き切る勢いで睨みつけていた。

「な、何だ~?」
「お前、ホントにコレ読んでないんだよな?」
「お、おう。」
「じゃ、消しちゃえ。消したほうがいいわ。コレ。」
「お、おい!ちょっと待てよ!」

浜田が焦って二人からケータイを取り戻そうとするが、梅原が浜田を制し。

「これ、お前は読まねえほうがいい。消しとけ。」
「付き合う気、ないんだろ?まさか、惚れてねえよな?」

「はあ?そもそも対象外だって!そりゃかわいいとは思うけど。
どう考えたって恋愛対象にゃならねえだろ~?」

そう断言した浜田を梶山と梅原は真剣な顔でじっと見つめて。
「オレ、浜田の意外と真面目な部分発見した気分。」
「オレも。恋愛に結構潔癖なのな。」

二人の言葉に浜田はがっくり首を垂れた。

「ところでチアガは?」

梅原のつっこみに、浜田は首を垂れたまま冷や汗を流した。





「なあ、花井。ちょっと聞きたいんだけど。」
田島が珍しく7組の教室に顔を出し、花井を呼び出した。
「なんだよ田島。休み時間に。」
田島は、廊下の窓枠から顔を外に向けて、内緒話の体勢を作り、
花井も釣られて顔だけ乗り出させる。

「なあ、花井って女知ってる?」
「はあ!?」
突然の田島の質問に、花井は思わず頭を仰け反らせ、
窓枠に思いっきり頭を打ってしまい、痛む頭を抱えて、再び窓枠にもたれかかる。
「ってぇ・・・!」
「なあ、知ってる?」
そんな花井に同情の言葉も気遣いの言葉もかけず、田島は質問を繰り返し。
「ど、どういう意味で!?っていうか休み時間にわざわざ聞きにくることかよ!?」
「いーから質問に答えろって。」
田島は真剣な眼差しで、花井に詰め寄って、答えをせかす。
「・・・経験って意味なら知らねえ。」
花井は観念したように答えを搾り出した。
「そっか~。」
「一体なんだよ!?突然!?」
「いや、もういいよ。じゃあな。」
羞恥で顔を真っ赤にして、花井は田島に事情を聞くが、田島はあっさり無視して
7組の教室に入っていった。
呆然と田島を見送った花井は、田島が今度は阿部を連れて出てきたのを見て、
これ以上の追求は止めておこうと判断する。

二人が廊下の別の窓に内緒話の体勢を作った所まで眺めて、花井が教室に入ろうとすると。
「アホか!!お前!」
阿部の怒鳴り声が、背中越しに聞こえた。




「あるよ。それがどうかした~?」
水谷の返答に、田島は黙って何か考え込み。
「水谷はいーや。じゃあな。」
と謎の言葉を残して去っていき。

「あるわけないじゃん。」
沖の返答に田島はうんうんと頷いて。
「・・・・・ない。」
栄口の短い返答には意外そうな顔で返し。
「付き合ったことはあるけど、経験はない。」
あっさりと答えた巣山の言葉に田島は尊敬の眼差しを送り。
「はっ?ねーよ。」
泉の答えには肩をたたきながら仲間意識を抱き。
「っう・・・っう・・な。」
明確な言葉にならない三橋の返答に田島はにしっと笑って。



「まあ、ほどほどには。」
はにかみながらそう答えた西広の手を、田島はぎゅっと握った。




「浜田さんと篠岡が怪しい!?」

部活後、半ば無理やり田島の家に連れて行かれた西広は
そこでびっくりなニュースを田島から聞かされた。
田島は泣くのを我慢しているような顔で、自分の部屋なのに体育座りをし、
じっと畳の縫い目を見ている。



西広はそんな田島を呆然と見て。
「な、何でそう思うの?」
「勘。」
短い田島の返答に、西広は深々とため息をついた。
つくづく田島の自分が興味があることに関しての勘の鋭さは野性的だと思いながら。

「まあ、浜田さんはカッコイイしねえ。」
「しのーか、誰かに取られるなんて、イヤダ。」
西広はそんな田島を微笑ましそうに見て。
「篠岡のこと、好きなんだ。田島。」
田島は黙ったまま首だけで頷く。
「西広、教えてくれよ。どうしたらしのーか、手に入れれる?」
「ああ、それであんな質問したのか・・・。」
西広は、昼間、部員全員に聞き取り調査していた田島の行動がやっと腑に落ちた。

「オレに聞かれても、たいしたことは教えれないよ?」

田島はそこでがばっと西広ににじり寄って。

「西広が一番オンナに詳しそうだった!なあ、教えてくれよ!」
迫り来る田島を必死に両手をかざして後さずりながら

「と、とりあえず確認するのが先なんじゃない?
 変に回りくどく勘ぐるより、がんばって篠岡本人に探りいれてみたら?」

西広は、田島には小細工は無理だろうと判断し、若干無責任な提案をする。

「うん!わかった!」

田島のきらきらとした眼差しに、西広の良心はちくっと痛んだ。



翌日、朝練が終わり、片づけに入った頃、ボール磨きをしている篠岡に向かって
田島がとことこ近づく姿が西広の視界に入り。
西広の胸中にいやな予感が広がって、思わず後を追いかけた。

「なあっ!しのーか!お前ってもしかして、はまっ」

案の定、直球ど真ん中で聞こうとした田島を、後ろから西広が口を両手でがしっと塞ぎ、
そのままずるずると引きずって遠ざかる。
「何もないよ、篠岡、気にしないで!」
笑顔でフォローすることも忘れない。
篠岡はぽかんと呆けた顔で二人をただ見送っていた。

「田島、あんなとこで突然聞いちゃダメだって!」
「え~?そうなのか?」
篠岡から十分遠ざかったところで西広は田島をたしなめて、
その返答に眩暈を覚え思わずこめかみを指で押さえた。
「取りあえず人が居ないところで聞くのが礼儀だよ。昼休みとかさ、
 篠岡一人で草むしりしてくれてるだろ?
 そういう時狙って、二人きりで話すもんだよ?」
「おお~。さっすが西広。」
再び、田島が目をきらきらさせながら西広を見つめてきて、
西広はこんなことなら嘘ついてオンナ知らない振りしておけばよかったと
心底後悔した。



昼休み、篠岡が一人で黙々と草むしりしていると、
自分の名を大声で呼びながら駆け寄ってくる田島を見つけた。
「どうしたの?田島くん。」
「おう!しのーか。コレ、やるよ!」
にっかり笑いながら2本あるアイスの内の一本を田島は篠岡に差し出し
篠岡は笑顔で受け取った。
そのまま、二人でアイスに雑談しながらかぶりついて。
「ありがとう。田島くん。おいしかった。」
田島に改めて御礼をいって、篠岡がさて草むしりの作業に戻ろうとしたら。



「しのーかって浜田のこと好きなの?」

突然の田島の質問に、篠岡は足をもつれさせ、地面に盛大にしりもちをついてしまった。
「大丈夫か?しのーか。」
「た、たたたたた田島くん!?な、なななななんで!?」
顔を真っ赤にし、見る見るうちに目尻に涙をためて、篠岡は田島を見上げる。
その篠岡の変化に、田島は胸がざわつき始めるのを感じて、思わず笑顔が消える。
「は、浜田さんから聞いたの!?」
続いた篠岡の言葉に、田島の表情は完全に硬くなった。
「そーなのか?」
篠岡の目からはすでに涙が零れはじめていて。
「ひ、ひどい。浜田さん・・・。言いふらすなんて・・・。」
座り込んだまま、田島から目を逸らしてそう呟いた篠岡の目の前に
田島が至近距離で座り込む。
「浜田から何にも聞いてねーよ。言いふらすって何のことだよ?」
覗き込まんできた田島の目を篠岡は思わず見つめ返し、

「わ、私が浜田さんに振られたこと浜田さんに聞いたんじゃないの?」

田島の顔から一切の表情が消えて、恐ろしいほど静かな目で篠岡を見つめる。
「・・・まだ、好きなのか?」
無表情で篠岡をまっすぐ見ながら続けた田島の言葉に、篠岡は虚を突かれて。
「えっ・・・。そ、それは。」
「好きなのか?」
「ふ、振られたからってそんなすぐには吹っ切れないでしょう?」
無表情だった田島の顔が、みるみるうちにひどく傷ついた泣きそうな顔に変わり、
篠岡はびくっと肩を震わせた。

「しのーか、浜田のことが好きなんだ・・・。」
「う、うん。」
「・・・・でも振られたんだよな?」
田島の言葉に篠岡の目にじわっと涙がまた溢れて。
「う、うん・・・。」
「なんか、しのーかかわいそうだな・・・。」
「・・・・。」
「あきらめられんのか?」
その質問に、篠岡は顔を田島から逸らして、地面を見つめる。
「わからない・・・。」
「なら!!あきらめんな!しのーか!」
田島は篠岡の両肩に手を置いて、篠岡の視線を自分に向けさせる。
「やりたいこと、やれ!あきらめたくなかったらがんばれ!な!?」
必死な田島を篠岡は呆然と見つめて、やがて泣き笑いの表情になってこくりと頷いた。
「うん。ありがとう、田島くん。私あきらめないよ。」
笑顔になった篠岡を見て、田島はほっとして、にっかり笑った。


部活後、再び半強制的に田島に拉致られた西広は、田島の部屋で頭を抱えるはめになった。

「何、篠岡の恋、応援してんの。たじま~・・。」
「だって・・・。しのーか、かわいそうで。」
「篠岡、手に入れたいんだろ?浜田さんとくっついちゃったらどうすんだよ?」
「それは・・ヤだけど。しのーか泣いてるのはもっとヤダ。」
やはり体育座りで畳の縫い目をじっと見つめる田島に、西広はため息をついて
とれる対策を必死に考える。
「篠岡に、浜田さんにメール攻撃するようにいいなよ。
 それで、浜田さんにはシカトするようにしてもらいな?」
「どういうことだ?」
「浜田さんにも協力してもらって、あきらめてもらおう。
 フってるんだし、浜田さんだって篠岡がいつまでも気があるの辛いだろうし。」
「そんなものなのか?」
不思議そうに西広を見る田島に向かって、西広はふっと微笑んで。
「好きになっちゃいけない女の子からの告白って、男も結構辛いもんだよ?」
田島はそういった西広に、ただただ尊敬の眼差しを送った。



『件名:田島が不治の病』
『本文:思春期になったみたい。篠岡への恋心ついに自覚したよ。』

西広が一斉送信したメールへの返信は、授業中にもかかわらず続々と入ってくる。
『田島のお守りご苦労さん。』
『実ること祈ってる。』
花井と水谷からのメールに西広は微笑んで。
『部活に影響出るようなら別れさす。』
『目の前でイチャコラしたら殴る。』
阿部と泉の返信には思わず苦笑いして。
『いいと思います。』
『田島もついに彼女持ちか~。はあ。』
三橋と沖の返信には再び笑顔になり。
『まさか、田島振られたりしないよな?』
巣山の鋭い指摘に、西広はこめかみを押さえた。



田島が篠岡を欲しがれば、部のみんなは無条件で引き下がる。
オス社会で一番強いものが権利を得るのは暗黙の掟。
それぞれ篠岡に対して淡い何かを抱いてきただろうが
このメールでみんなあきらめざるを得なくなった。
なのに、とうの本人が振られましたなんてことになったら。
万が一浜田と付き合うことになったとしたら。
今まで良好だった人間関係に間違いなくひびが入る。

それにしても、浜田さんか・・・。
ぼんやりと授業を聞きながら、西広はどうすればいいか考える。
浜田は一つ年上の過去持ちイケメンで、男の西広から見てもかっこいいと思う。
恋愛に興味を持ち出す年頃の篠岡から見たら、惚れるのも無理はない。

しかし、どうしても、篠岡には田島に惚れてもらわなければいけないなと、
西広はため息をついた。




昼休み、田島は篠岡の浜田についての相談を聞いて。
部活後、田島はそれについて西広に相談する。

浜田は一切の返信をしてこないことは、かなり篠岡にプレッシャーを与えてるらしく。
そんな篠岡を毎日見てる田島の我慢強さに、西広は感心しながら。
篠岡が、浜田に完全に絶望するのをひたすら待っていた。
その後どう転ぶかは、田島次第。
そこまでお膳立てを立てたところで、あとはなるようにしかならないなと、
西広は静観の姿勢に入った。


天秤が傾けば、置かれた錘は簡単に零れ、落ちていく。
溢れんばかりの感情は、ほんのささいなきっかけでこぼれるだろう。
誰が、もしくは、一体何が、その天秤を揺らすのか。

そして、零れた心は、どの方向に流れていくだろうか。

願わくはみんなが幸せになる方向に溢れて欲しいと、
西広は祈るばかりだった。







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最終更新:2008年01月06日 21:59