6-549-552 小ネタ
細い指が栗色の髪の毛をふたつに括る。その手際のよさに目を奪われた。
「ねえ、俺やってみたい!」
まるで幼子が新しいおもちゃでも見つけたように微笑むのでどうしていい
かわからなくなった。
暖かい日差しの降りる昼休み、
天気がよくて屋上に弁当を広げた。そうすると示し合わせたかのように
ほかの部員たちも集い、屋上は野球部特有の喧騒に包まれる。
千代はお弁当を平らげてこれから恒例の草むしりに行く所であった。
空っぽのお弁当箱をかばんに戻し、髪をくくり、さて、参りますか、
立ち上がった所で、田島君に呼び止められ、今に至る。
田島君さっきまでは他のみんなのお弁当の具を取るのに夢中だったのに。
「な、なにを?」
「髪!俺がしばってみたい!」
あの、もうしばり終えたのですが…。
そんな問いかけなど聞こえないふり、両目を輝かせて田島君はこちらを見る。
もー、どうすればいいの!
首をかしげていると花井くんが助け舟を出した。さすがキャプテン。
「田島、おまえはまたしょうもないこというな!篠丘が困るだろ!」
「しょうもなくねえよ!」
「しょうもねえよ!」
「は、花井くん、いいから」
「! しのーかありがとー!」
ゴムをふたつするりと取ると、田島君が花のように笑う。
本当に子供みたいだなあと、思いながら。
そして15分後千代はこの行為を許したことを後悔するのであった。
(なんで…!こんな事に…!)
こくこくと時間は迫るのに、
どうしてか正座をして、
どうしてかすごく緊張して、
そんな千代の様子にまったく気がつかない、
背中には一生懸命篠岡の髪の毛を結ぼうとする田島がいた。
他の部員も助け舟を出せない様子でこちらを見守っている。
あれからずっと田島は千代の髪の毛を結ぼうとして悪戦苦闘していた。
正直これだけの視線を浴びるのであれば先にクラスに戻っていてほしい。
そうは思うが彼らは心配してくれているのもわかる。
恥ずかしい、どうしようもなく恥ずかしい…!
「た、たた、田島くん!まだ?」
「うーん全っ然結べねーの!しのーかってすげえのな!」
ほ、褒めてほしいんじゃないのにー!
知らなかった男の子に髪の毛触られるって恥ずかしい事だったんだ!
田島君があまりに子供っぽくいうから、ってこれは偏見だけど…
申し訳ないけれど、弟ってこんな風かなって思っちゃったんだから…!
髪に触れてるだけ、でも時々首筋に指が触れる。
実は今日は、いつもの制服は持ってこないでキャミソールに
ただ薄いカーディガンを羽織っているだけで
(こんなの気にしてるの私だけ…ってのはわかってるけど…!)
どきどきする、恥ずかしい、どうしようもない。
そのときだ、
耳に一瞬の刺激。
「しのーか短い毛ってどうす…」
「ーーーっや…ん!」
いいいいいい息が!!耳に息が!っていうか私なんて声を!これ私!?
あ、私って耳が弱いのねってそんな事考えてる場合じゃない…!
恥ずかしくて顔をあげられない、みんながどうしていいのかわからない
そんな様子が伝わるのに、
わ、私だってわからないよー!
「しのーか上向いてよ!結べない!」
「ぅえ!?きゃ」
背後から腕が伸びて顎下を持たれ上を向かされる。指先が唇に触れ、
背中にぴたりと田島君の胸板が当たる。ちょっと!どういう体勢ですか!!?
もう半分涙ぐんでいた。顎と頭を手で制されてまったく動けない。
触れた所からどんどん熱くなる気がする。っていうか差恥から、きっと真っ赤に違いない。
気づけば叫んでいた。
「たたたたた田島くん・・!!!離して・・!!」
「だってしのーか動くじゃん」
「動きません!もう絶対動かないから…!」
「あれ、」
しのーか良いにおいする!
と言われた途端田島くんが髪の毛に鼻先を埋めてきた。
「ふえ…!!」
もう無理!!!と全身の血が沸騰するかと思い目を瞑ったとき。
「「「「「たじまーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」」」」
「え」
「うお!なに?!」
他の部員たちの怒号が聞こえ、驚いて目を開ける。
え、と思った瞬間だった。多分周りの声に驚いた田島君がよろけたんだと思う。
私のほうに。
正座してた為に私は背にかけられた重心に抗うこともなく倒れた。
そう田島君と一緒に。
田島君の腕は顎から離れ、倒れまいとして手近な物をつかむ。そのまま倒れた。
「~~~~~~~~~~~っ!!!」
「いってー」
胸 を 。
いやないけど!!そんなにないけど!!!
反射神経か、彼はすぐに起きた。
周りの皆は、これ、俺たちのせい?と唖然状態。
私は恥ずかしさから床に屈服したまま起きれない。起きれるはずがないでしょう!!
しかしその空気を読まない男の子がひとり。
「…しのーか思ったより胸あ」
「馬鹿田島ーーーーーーーーーーー!!!!」
「お前一回本気で殴らせろ!!」
「状況考えろ状況!!!!!!」
その後呆然とした篠丘が正気を取り戻したのは5時限目が始まってからであった。
(だって結んでみたいって思ったんだからしょうがないじゃん!)
最終更新:2008年01月06日 22:25