6-576-590 アベチヨ(ドーパミン3) ドーパミンラスト


「阿部って、好きな女の子はいるの?」
練習試合終了後、道具を仕舞う阿部にそう聞いて来たのは志賀だった。
部員ならともかく、質問の出所が意外な人物だったことに戸惑う。
「え?何驚いてるの。変な質問だったかな」
「シガ……先生から聞かれたんで」
「先生は、野球のことあまりよく判らないからね」
他の部員は既にベンチから離れ、会話を聞かれる距離に人はいない。
「俺、アレで手いっぱいで」
キョドキョドと横目で自分を確認しつつ待っている三橋を親指で示す。
「そうかー。まあ、そういう時期もあるか」
「はぁ」
「なんでこんなこと聞いたのか、聞かないの?」
志賀はあいまいなやりとりに対して、理由を求める傾向がある。
それが数学教師という職業ゆえかは不明だが。
「たまたま俺が片付け遅かったから、すか」
「声を掛けやすかったのは確かだけど、ちょっと違うよ」
志賀の眼鏡がキラリと光った。ガタイが良いだけに、威圧感があった。
「教壇から、生徒のやってることって、実は丸見えなんだよね」
授業中のメールのことか、と思い当たった。篠岡が送信した後に、
しばらく置いて阿部が携帯を開けば、各々が周囲に秘密で自発的な
行動のつもりでも、志賀からは意味のある連続した行動に映る。
「あ、別に注意しようとか思ってないからー。見たところ、
付き合い出したの先月の頭くらいかな?」
「……」
「2人とも全然変わらないから、良いと思うよ。生徒を見続けてると、
女の子の変化は判りやすいんだけど、し――」
阿部にギロリと睨まれて、志賀は慌てて言い直す。
「いや、彼女は気づかなかったなー。初々しいままだもの。
まあ、それは阿部の力量でもあるんだろうけど」
「は、あ……?」
意味を測りかねる阿部を無視して、志賀は言葉を続ける。
「常々、『男女の間は寝てみて初めて深くなる』ってのが持論…
あれ?先生、なんかいけないこと言った?」
阿部が触れられたくなかった核心に、志賀はピンポイントで突いてきた。
「あれ、もしかしてまだだった? そうか、それで納得……ええ?
なんで仕舞ったバット出そうとしてるのー? 阿部ー!落ち着こうよー」

阿部ご乱心の理由は、マネジの篠岡だった。
お互いの気持ちを知ってひと月半は経つのに、寸止めで終わっている。
それに、阿部自身にも迷いが生まれていた。
(篠岡は、すげー俺のこと恐がってる)
いざ2人きりになると震えて、泣いて、無理して笑おうとする。
篠岡は、出身中学が同じで高校で同組になった阿部に、少女趣味めいた
運命的なものを感じているだけかもしれない。
たとえそれが錯覚だとしても、それがなんだ。錯覚を真実にすればいい。
それでも、自分以外の……散々「天然」呼ばわりしてきた三橋や田島なら、
篠岡と波長が合うんだろーな、と考えてしまうことがあった。

1度学校に戻って、ミーティングの後解散になった。
普段より早く帰れることもあって、部員たちの表情は明るい。
いつもなら田島が「コンビニ行く人ーっ?」と募るところだが、
今日は予定を入れている部員が殆どだ。
約束はしていないが、篠岡と話をしたかった阿部は、帰るでもなく
その場に残っていた。
目的の篠岡は、監督からビデオテープを受け取っていた。
「じゃあ、悪いけどお願いね。出来れば今日の練習試合の
集計も一緒に貰えると助かるんだけど」
「はい!」
試合のデータ分析だ。とても重要で大変な仕事だ。
篠岡なら、出来なくても無理してしまうのは目に見えていた。
まあ、その真面目さと野球に対する情熱が好きなんだけど。
内緒で手伝ってやろうと考えているところへ、突然志賀が提案した。
「阿部、手を貸してあげたら?」
シガポ何余計なことを!と無言で睨む阿部を、なぜ名指しなのか
理解出来ない監督や部員が不思議そうに注目する。
「映像を見た方が、数字だけじゃ判らない情報も得られるだろう?」
「まあ、捕手としてはバッターの癖は気になりますけど」
内緒で2人きりになろうと目論んでたのに、おかげでぶち壊しだ。
下手に勘ぐられたくないから乗り気でないフリをするが、
篠岡はすっかり舞い上がっている。
「わぁ、阿部くん、手伝ってくれるの?」
「てめー、バレっから素直に喜ぶな!」という阿部の無言の叱責は、
あいかわらず篠岡には伝わらない。

「えーと、2人でやる気か?」
花井が心配そうに言う。阿部に不満がというより、誰が相手でも
気になる問題ではある。
「三橋ん家でやればいーだろ」
「オ、俺ん、ち?」
急に自分の名前が出た三橋は口をぱくぱくさせる。
「三橋は今日、俺とマッサージ行く!」
田島が代わりに返事した。忘れてた三橋は、あ!という顔をする。
「じゃ、場所だけ貸して、勝手にやっから。花井もくんだろ?」
「いや、俺も約束があるから無理だ。誰か行けるヤツいねぇ?」
部員の顔を見回すが、揃って首を横に振る。
「まあいいか。三橋鍵貸せ……アレ?三橋もいないとなんの
解決にもなんねーか。じゃあウチか。うるせー親がいっけど」
「いるなら問題ねーだろ」
「阿部って万遍なくひどいヤツだよなー」
泉、栄口が口々に言う。そこにまたも、志賀が口を挟んできた。
「阿部、本当にお家に人いるの?」
「は?いるっすよ」
さすがにムッとした。ドーパミン言いだしっぺのシガポに
下心を疑われるとは心外。
「変な勘ぐりされてるみたいっすけど、1試合データ取ろうと
思ったらそんな時間ねーって。ま、俺がやるからには今日中に
ぜってー終わらせっけど!」
「おお、言い切ったー」
「あ、べくん、か、かっこいい!」
な、と篠岡を振り向くと、目をぱちくりさせていた。
阿部は、後々自分の発言を後悔することになる。

案の定、篠岡を気に入ってしまった母親は大喜びだった。
今日の趣旨を説明して追っ払っても、何かと世話を焼いてくる。
味方の筈の篠岡が応えたり、家事を手伝おうとしたり、
脱線に拍車をかけるのでその度に阿部がキレる。
「頼むから邪魔すんなって。マジで手間かかる作業なんだから」
「何?私がいると出来ないことでもする気なの?」
「んな暇あるかーっ!!」

全く舐めきっていた。普通に再生したって長丁場だということは
理解していたが、その予想を遥かに越えて時間が必要だった。
テレビのあるリビングで、リモコン片手に阿部が球種やコース、
その他諸々を読み上げ、篠岡がノートに書き込んでいく。
リミットを考えると、とても打者の癖まで頭に叩き込む余裕などない。
阿部はずりずりと母親を別の部屋に連行した。
篠岡には聞かせる訳にはいかない会話だ。
「息子の名誉のタメにも、今日は勘弁して。どーしても
今日中に終わらせてーんだよ」
「タカの名誉……?」
「もしこれで間に合わなかったら、オレがマネジに手ぇ出したと
思われっから。やってもねーのに、それって不本意なんだよ」
「えぇっ?」
母親が絶句した。
「……前に千代ちゃんが家に来てから、ひと月は経つよね?」
「ムキー!そっちかよ!それ以上言うと俺、家庭内暴力に走っぞ!」
「本当にただの部員仲間だったの?ま、あんな良い子が、タカを
好きになる訳ないかぁ。あっはっはー」
応援や父母会に顔を出した母親が暴露するのは容易に想像がつくので、
徹底的に付き合っていることは否定していた。
阿部の捨て身の説得で、母親はやっと引き下がってくれた。
ひどく不愉快だったが、憤りを抑えてリビングに戻り作業を再開する。
自分の失言が火種とはいえ、今日は「続きの続き」は諦めるしかない。
無駄話をする時間すら惜しいこともあるが、データの重要さを
1番実感している阿部だけに、あえて考えないことにした。
そのくせ、コンディションは最悪だった。
1試合通して配球を組み立てる、データを取る、計算するといった
長時間頭を使う作業の後は、脳が疲れて「ヤリたい」という欲求に
ブレーキが利かなくなる。なのに、目の前には篠岡。まさに拷問だ。
目の毒なので、極力篠岡を見ないようにしていたが、他の妨害さえ
なければ篠岡も野球に対してブレがない。
いかに根気が要るか、身を持って経験しているせいもあるのだろう。

「ワリぃな、俺が変なこと言ったばっかりに」
「そんなことないよ。阿部くんが言わなくたって、明日までに
必要なのは変わらないし」
「もういいから、メシ食って帰れな。あとやっとくから」
「大丈夫だよ。残りは家に帰ってやるから。朝には出来…ひゃぁっ」
阿部が力いっぱいテーブルを叩いたのだ。
「俺が、今日中にやるって言ったんだから、そんなことさせっかよ!」
「ダメだよ阿部くんは練習があるんだから。これはマネジの仕事だもん!」
驚いた母親が、何事かと様子を見に来た。
「なんでそう、タカはすぐ怒んの。あ、遅くなったら、車でお家まで
お送りするから気にしないでね」
「いえ、それはその……」
さすがに、篠岡は迷ったらしい。
「それとも、泊まってって貰う?そしたら12時までは今日中よね」
「はぁ?いくらなんでも非常識だろ」
「でも、非常事態なんでしょ?」
母親の見事な切り返しにつまってしまう。
「着替えならウチの洗濯機、乾燥までやるからどうにでもなるし。
ね、そうしてくれる?タカも立場上困るらしいから」
時計を見ると、7時前だった。4回表までしか終わっていない。
思わず阿部と篠岡は目を合わせた。

帰宅した父親と弟に、母親が事情を説明してくれたお陰で、食事と
風呂の時間以外はジャマも入らず作業を進められた。
弟までが自分を哀れんでいるのは屈辱的だが、言い返せない。
篠岡は風呂の間に下着類やブラウス、Tシャツ、ジャージ等を洗濯して
貰い、パジャマの代わりに母親や弟から借りたシャツとハーフパンツで
作業を続けていた。11時近くになって、やっとゴールが見えてきた。
「ビデオの方は大丈夫だろうけどさ……インハイ、ストレート」
「このへん?」
「ああ。今日の試合の集計は、俺やっとくからもう寝ろよ。
……ちっ、打てよなー」
「ダメだよ、私が監督に頼まれたんだもの」
「計算は俺、得意だからいーんだよ」
「でも……」
「じゃ、お礼にコレ終わったら、俺の部屋来いって言ったら?」
篠岡のノートを取る手が止まった。

「家族が寝るまでの時間に、計算は終わると思う。その代わり俺、
今日は我慢しねーから」
篠岡の身がびくっとして縮こまる。やはり、阿部と2人きりに
なるのは怖いのだ。
「ま、俺がお礼を請求出来る立場じゃねーか」
篠岡が立ち上がったので、逃げられたかと落胆した阿部は
ふいに唇をふさがれた。唇をこじ開け、侵入してきた舌の先が
上前歯を刺激する。阿部の首筋にゾクリと電流が走った。
「っひゃ……」
今まで篠岡は良くいえばシンプルな、唇に軽く触れるキスしか出来ず、
その先は阿部がリードしていた。その差に動揺する阿部にお構いなしに、
さらに耳たぶを甘噛みしてきた。甘い吐息がかかる。
れろっと舐めあげる舌の感触に、一瞬意識が飛びそうになった。
「だぁ!……っ、ス、ストップ、篠岡!」
どうにか篠岡を押しのけると
「阿部くん、大声出したら聞こえちゃうよ」
「てめー自分のしたこと棚に上げて、心配そうにほざくな!」
まだ心臓がバクバクしている。
「今日の阿部くん、目も合わせてくれなかったから……」
「イロイロ支障あんだよ。今の俺、ギリギリなんだ」
篠岡に阿部の事情が判るわけがない。拗ねているのが可愛くて、
そのふくれた頬に触れようと手を伸ばしたとたん、
物凄い力でテーブルに額を打ち付けられた。
「ふがっ」
「なによタカ、寝てんの?」
母親が、先に休むので声を掛けに来たのだった。
篠岡が慌てて「阿部くん、起きて」などと声をかける。
「……ワリぃ、一瞬気を失ってた」
「終わりそうなの?千代ちゃんだけ先に寝かすこと出来ない?」
「今9回の表です」
それを聞いて、母親は安心してリビングを後にした。
この流れだとまたダメかも、と阿部はズキズキする頭を抱える。
が、どうにか宣言通り、監督の指令を本日中に終わらせることは出来た。

彼女が部屋に足を踏み入れたと同時に、両手で引き寄せて唇を
押し付けていた。息が出来ないくらいに深く篠岡を貪る。
部屋に散らばる野球のカケラを、篠岡の目から逸らすために、
と言い訳をして。
篠岡は、苦しそうに息継ぎをして、おずおずと手を伸ばして阿部の両耳を
塞いだ。目を閉じると舌と唇の感触だけが研ぎ澄まされ、頭の中で卑猥な
音が反響した。
篠岡に溺れそうだ。
「今日はなんか、篠岡がいつもと違う」
「ちょっぴり、お勉強しました」
顔を赤くする篠岡に阿部は「誰と!」という言葉を飲み込む。
「女の子の雑誌に載ってたの」
それまで、阿部に身を委ねれば間違いないし、その方が彼の
好みの女性になれると思い、その手の情報には近寄らなかった。
が、前回、軽いパニックになったので気にしていたのだ。
「阿部くんに、迷惑かけたくないの」
「篠岡……」
健気さに感動するというより、複雑だった。
無垢な篠岡に、俺が一から教える気だったのに!
いや、篠岡が怯えないのなら喜ぶべきか。
(最後までやれっか?今回で3回目だし、三振すっと凹むぞマジで。
ああでも、この人は計算外の行動すっから期待はすんな)
篠岡は、阿部のリクエストで、部活の際のTシャツとジャージに
着替えていた。母や弟の服では盛り上がらない、という理由で。
篠岡には「ブラウスとスカートじゃなくてジャージ?」と、
阿部のセンスが理解出来ない。
あまりの色気のない格好に苦笑しつつ、篠岡は編んだ髪をほどいた。
「髪、伸びたな。ま、切る暇もねーか」
自分とは全く質感の違う柔らかくうねる髪を阿部が指で梳く。
「あの、恥ずかしいから、自分で脱ぐね」
「あぁ?散々妄想してきたんだぜ。楽しみ奪うんじゃねーよ」
そう言って阿部は、篠岡をベッドに抱え上げた。

脱がすことに夢中な阿部を、篠岡はくすぐったい気持ちで眺めて
いたが、ふと机上のある本に目が止まった。
「最新号――この監督って…」
時と場所を選ばず、篠岡の頭の中は野球にシフトしてしまう。
「オイ、他の男のこと考えんな」
さすがに、散々玉砕してきただけのことはあって、阿部も学習した。
ぐいと顎に手をかけ、強引に篠岡の唇を塞ぐ。
「んんーーー???」
当然ながら、篠岡には意味が通じていないが、意識は引き戻される。
「はあ。あの、阿部くん……電気消して良い?」
「は?暗くちゃ見えねーだろ」
「見たくない…恐いもん」
勉強した、と言った割には、篠岡はあいかわらずだった。
せっかく下着姿にしたのに、阿部に背を向けて小動物のようにヒクヒクと
小刻みに震える。それでいて、大丈夫、と強がって返事するのだ。
阿部は笑ってしまった。
「こっち向けって。コラ、篠岡が嫌がってると、甲子園行けなくなるぞ」
「え……?」
「レイプって不祥事じゃねーの?ウルサイじゃん、高野連」
口説くというより説得、説得というより、むしろ言いがかりだ。
「い、嫌じゃないよ。ただ、どうして良いか判らなくなっちゃって」
その言葉を引き出したかった。阿部はニヤリとほくそ笑んで、
ブラのホックに手を掛け取り去った。後ろから抱きしめて、
やんわりと胸を揉みしだき、ぷくりとした乳首を指で弄ぶ。
「え…や、やだ……っ」
篠岡の呼吸が荒くなり、身をよじって逃げようとするのを咎めて、
さらに強く刺激を与える。
「俺、今日は我慢しないって……言ったよな?」
耳元で囁くと、篠岡は息をのみ、苦しそうに喘いだ。
篠岡がやった通りに、耳たぶを噛み、舌で刺激する。
「ひゃぅ…!」
「さっきの、すげー良かったから、お返し。考えるのはオレがすっから。
篠岡は、俺が触って気持ち良かったこと……返してくれるだけで良い」
「……真似っこ?」
「そう。今度からでも良いから」
「それなら……出来るよ」
篠岡の身体から、すっと力が抜けた。

太ももに触れると下半身にきゅうっと力が入るのが判った。
下着の上からでも感じる中に息づくものの存在に、阿部の下半身の
血管が強く脈を打つ。
ショーツを引き下げようとすると、「自分で」と抵抗するので、
「いい加減にしろ」と抱きかかえ自分に身体を向けさせる。
阿部がニヤリとして指をかけ覗き込むと、篠岡のそれはあわ立っていた。
「み、見ないで…」
篠岡は今にも泣き出しそうだ。
その声を無視して、繊細な刺繍やレースで彩られたショーツを
ゆっくりと下げた。
息を深く吸う気配があり、太ももが強くぎゅっとすり寄せられる。
「ワリぃ」と両足を割り開き、ジリジリと下着を下ろしていく。
すんなりした薄い恥毛に覆われたそれを目にして、思わずため息が
漏れた。隠そうと腕が伸びる気配に、無言でベッドに押し倒す。
篠岡は組み敷かれるのを嫌がるが、構ってられなかった。
唾液を乗せた舌でぬるりと秘唇に割り入る。
「や、やめ……」
やめねーよ。ずっとお預け食らってたんだぞ。
頭ん中で、ぜってー篠岡のココ舐め倒すって決めてんだから。
「ひぁ、んっ…ん…くぅ!」
篠岡は、執拗な指と舌の愛撫に、はぁはぁと息を荒げてその恥辱に耐えた。
突起を吸い上げられ、しっとりと汗ばんだしなやかな身体が痙攣する。
翻弄される篠岡が、朦朧とした意識の中で何か呟いた。
「ん?……ココ気持ち良いんだろ?」
こくん、とうなづく。目に涙を浮かべながらも、自分の
することに素直に反応する篠岡が愛おしかった。
くったりした身体を抱きしめてやると、阿部の胸に触れ、
うっとりと見つめ返してきた。
「わ、私も、同じこと……するのかな?」
「ヤなら別に……」
「……はあ。良かったぁ……」

え。ヤなのか?
見るのも嫌なもの、これから……俺、挿れるんだぞ……。
マズい。同情……すんなよ。自分のことだけ考えろ。
俺だって、我慢して我慢して我慢してきたんだ!
嫌いでも、見たくないくらい恐くても、ちょっとだけ我慢してくれ。
萎えそうな自分を奮い立たせないと、簡単に自滅しそうだった。
ゴムを着けようとする阿部の気配に、せっかく緩んだ篠岡の身体が
かくん、と硬直した。
ため息が出る。
無理矢理、やるしかねーのか……。
強く息を吐く。
先に謝っとくか、と声を掛けようとしたとたん、自分の手元を
篠岡がじいっと直視しているのに気付いてしまった。
「うっわ!なんで見てんの」
「野球の阿部くん、こんな感じ…?」
ぽやんとした顔で、篠岡は意味不明な言葉を返す。
野球の……はっ。セーフティカップのことか!
そんなの着けるとこ見たいなんて、なんのマニアだよ。
「…そんなもん、想像すんなよ」
「え……隠す、の……?」
「うっせー、ぜってー見んな!」
雰囲気は狂いまくったが、篠岡はすっかり気持ちがほどけて
笑顔になった。照れ隠しだったのかもしれない。
「大好き」と両手を広げて、篠岡は受け入れてくれた。

「い、痛っ、う」
汗ばんで額に張り付く髪をなでてやりながら、耳元で阿部が囁く。
「もうちょい……待てって」
逃げようとする華奢な腰を抑え込む。
最初は、なるべく優しくゆっくり時間をかけ、自分のペニスを彼女の
小さな秘裂に飲み込ませることに集中していた。
が、篠岡の見せるいやらしい表情に、途中から妙な気分に陥っていた。
「もっと声…出せ」
「え…やッ……あっ」
阿部の動きに合わせて、篠岡の細い体が揺さぶられる。
篠岡の大きな瞳にはうっすらと涙の膜が浮かんでいたが、
しだいに粒に変わりみるみる膨らんでいく。
「おらっ、ガマンすんなってっ」
「っんッ…あんんッ、ヤ、き、こえちゃ、う…」
「……ハッ、聞こえねぇっ、よ!」
本当のところは判らない。むしろ、自分をかわいそうな目で見る
家族たちに、聞かせたって良いくらいだ。
篠岡はちゃんと、俺のモンになってんだから。
「ふぁ…あんっ…、イヤ、んんーっ!」
きゅうと膣内にペニスを締め付けられて、思わず声が出そうになった。
「イヤ」という声が口から漏れているのが、阿部が退くのを
嫌がっているようにも見える。
(……コイツも、体育会系だっけ)
阿部の顔がニタリと歪む。
中学でソフトボールやってたって、言ってたな。
根性見せろよ?俺がお前の1番良いトコ引き出してやっから、踏ん張れ。
初めての篠岡を相手に意地悪な感情が湧き上がり、阿部はそれを
楽しんでいた。
しだいに篠岡の呼吸が浅く、早くなる。
限界に達し、阿部は強く腰を打ち付け、溜め込んでいたものを放出する。
ヤバイ、と思った時には既に遅く。
「んう、はあっ、……きぁああーっ!!」
予想を越えた篠岡の声が部屋を支配していた。

「な、もう泣くなよ」
「ヒドイよ…絶対聞こえちゃった…。朝、どんな顔して、
挨拶したら良いか…判んない」
「はぁ?とっくに寝てるって。篠岡がキョドってたら、
聞こえてなくたってバレっぞ」
「だって」
篠岡は両手で顔を覆い、まだ熱の残る身体を震わせる。
「それに篠岡の声、すげー可愛かったから気にすんな」
阿部は珍しく大真面目に褒めたのだが、篠岡にはちっとも
慰めになっていない。余計に勢いを増す涙にオロオロするばかりだ。
……俺、篠岡を泣かせてばかりだ。
俺がドーパミン出ても、篠岡が泣いてちゃ意味ねーだろ!
自分は凄く良かったけど、自分だけを満足させるためだけの
行為だったことを痛感した。
「ワリぃ。もう……しないから。篠岡が良いって言って
くれるまでは、やんねー」
篠岡を抱き寄せて髪を撫でる。もう一方の指で、涙を拭い取って
やると、ようやく落ち着いてきた。
「もう、行かなくちゃ……」
篠岡は客用に1人で部屋をあてがわれていた。
すん、と鼻をならして起き上がり、下着を手に取る。
が、しばらくそのまま、ぼんやりしていた。
「やっぱり、恥ずかしいよね?」
「は?」
「阿部くんも、防具着けるの見られるの嫌でしょ?」
「……おう」
ああ、別のことに意識が上書きされたんだ、と篠岡の天然に慣れて
しまった自分が悲しい。
キンタマケースと下着は別モンだろーが、と思ったが従っておく。
「ま、篠岡には見せてもいーけど」
「いいの……?」
無言でうなづく。こんなんで機嫌が直るなら、何でもする。
笑顔が戻った篠岡を見て、安上がりだなコイツ、とつられて
笑ってしまう。

「じゃあ、今度の時ね」
「今度?……怒ってんだろ」
篠岡はそれには答えず、くるりと背を向ける。
「あ、着るから見ないでねー」
だから、なんで着るのを見られたくないんだこの人は?
背後から抱き締めると、篠岡は逃げなかった。
「怒ってねーの?」
「阿部くんも、阿部くんがしてくれることも、大好きだからいいの。
もっとこれから……いっぱい好きになるから」
そう言って、阿部の腕をぎゅっと抱き返す。
密かに「彼氏が喜ぶ口コミ・マル秘テク」とやらのお勉強の成果を
試したくて仕方ない篠岡の目が、きらきら輝いていることを、
阿部は知らなかった。
朝が早いから、と腕を離したのは、阿部の方だった。

「タカ、女の子にはもっと優しくした方が良いわよ」
母親の言葉に、阿部は飯を喉に詰まらせた。
朝の食卓の会話にはいかがなものか、なアドバイスに焦ったが、
残念ながら(?)篠岡の声は母には聞こえておらず、息子に
脈ナシの彼女が惜しくてぼやいているだけだった。
「せっかく顔もスタイルも成績も運動神経も、私に似て悪かないのに。
タカの愛想がなさすぎるんじゃないの?それともそのタレ目が原因?」
その口と性格の悪さを受け継いで、釣りが出るから問題なんじゃねーの、
と思ったが、黙って咀嚼に集中する。
朝っぱらから消化にワリぃな。
「シュンちゃんならどうかしら?年下はダメか、後で聞いてみよっと」
マネジは選手より集合がゆっくりで良いので、疲れ果てた篠岡を
起こさないよう頼んであった。
……シュンがガールフレンド連れてきたらイビリ倒すと思ってたのに、
そこまで篠岡のこと気に入ってたんだ、と妙な感心をする。
「あの人、野球おたくだから」
「それを粘って口説き落とすのが男でしょ」
その労力は部活に使う、と答えたら飽きれられてしまった。
ドーパミンの効果はともかく、粘り強くはなったと思う。

頭も身体も疲れてはいたが、それすらも心地好かった。
今日は授業も休み時間も寝倒す。部活のデータ解析の時間は少し
楽出来るな。
そんなことを考えながら朝練のグラウンドに顔を出すと、花井に
「データの、終わったのか?」と聞かれた。
「当然」
そう答えて、ノートを見せる。
「全部篠岡の字だ。すげーな、ホントに終わらせたんだ!」
「結構キツイぞ。篠岡のこと尊敬した」
話を聞いていた水谷が、心配そうに呟いた。
「じゃあ、今度は俺も手伝ってや……」
そこで止まってしまう。
「なんだか阿部の顔、怖い。すげー睨んでる。俺、なんか
悪いこと言ったかぁ……?」
阿部の殺気に敏感に察知した三橋が悲鳴を上げ、さらに
逆上した阿部に怒鳴られて涙目になる。
ドーパミンは阿部の沸点には影響がないらしい。
そのうち、グラウンドに志賀が顔を出した。
あいかわらず精力的に選手たちに声をかける。
阿部を見つけるとちょいちょいと手招きをしたが、阿部は
それを無視した。徹底的に練習と三橋にかまける。
練習の隙をついて、志賀が近寄ってきた。
「どうだった?」
「昨日のうちに終わらせたっす」
「とぼけちゃってー。昨日は野球より篠岡の分析で
忙しかったんじゃないのー?」
あまりのオヤジ発言に返すリアクションもない。
「無駄話する暇もなかったっすよ」
「あっそうかー。じゃあ、首筋の痣はどこで出来たんだろうね」
一瞬だけギクリとしたが、昨日は気を付けて跡が残るような
吸い方はしなかった。だから篠岡も、うん、やってねーぞ。
なんの話っすか、とシラを切る。
「……なんだ、ひっかからなかったかー」
あとで篠岡に、シガポに気を付けろと言い聞かせることを決意する。
「あ、おはよーございまーす」
この声は……篠岡!

照れ臭いような晴れがましいような、ないまぜになった感情を
殺して振り向くと、いつもと変わらない笑顔のマネジが立っていた。
いや、昨日よりもはるかに眩しくてまっすぐ目を見られない。
しかも、目論み通りとはいえ、身に着けているのは脱がせたジャージ。
「篠岡、おはよう」
「うっす」
「おはようございますー。阿部くん、昨日はありがとう」
「俺で良ければいつでも……なんすか志賀先生、
さっきからニヤニヤと気持ちワリぃんですけど?」
「いやいや、気にしないで続けて続けて!」
顔の前で手をふる志賀。篠岡は首をかしげている。
「っせーな!今度こそトンボで殴りてー気分なんすけど?」
「ねえ篠岡ー、阿部ってなんか恐いよねー?」
志賀の質問に、篠岡は一瞬間を置いてから微笑んだ。
「……凄く、優しかったですよー。口は悪いけど」
過去形で言うな、過去形で! バレるだろ、しかも
赤くなってんじゃねぇよ!
阿部と志賀の顔を不思議そうに見比べる篠岡をにらみつけながら、
ぜってー、次も苛めてやろうと阿部は決意した。





最終更新:2008年01月06日 22:28