7-11-18 モモハナ2
ホテルのベッドの上で、服を着たまま、百枝と花井は抱き合っていた。
「離してください」
そう言ったのは、花井の方だった。
度々、別れ話は出ていた。
切り出すのは必ず百枝で、今回は花井に告白をして断られた同級生が理由だった。
いつもなら適当なところまで聞いて「勝ってる間は付き合う約束ですよ」と、
笑って押し倒すが、頑なに拒まれて話を遮ることが出来なかった。
花井はベッドの上に正座して、百枝の話を聞いた。
名前も顔も曖昧なその女子は、花井に丁寧に断られて前より好きになったらしい。
昨日、おにぎりと一緒に部員たちに配られた焼き菓子はその生徒の手作りで、
監督の百枝が受け取った。
「私は名前もクラスも、聞かなかった。『ウチは本気で甲子園目指してるから、
恋愛は無理かもね』って…」
「俺も似たよーなこと言いましたよ。本当のことだし」
じゃあ、私たちがしていることは?と、百枝の目が訴えていた。
異性を想う気持ちは痛いほど判るから、真摯に対応した。それで少し長話になった。
それだけで、その女子にはこれっぽちも特別な感情はない。
「ウッゼーなぁ。俺と監督の問題だろ……」
ふて腐れた花井を、百枝は静かに睨み返した。
「本気で甲子園狙うなら、恋愛なんて無理だよ」
本当の美人は、怒った時すら見惚れるほど美しい。
花井にとって高嶺の花だからこそ、予定より早い別れの恐怖は常にある。
百枝にすり寄り、その柔らかな身体をぐいと抱き寄せた。
大きな胸が邪魔をして撥ね返されるのは喜ぶべきか悲しむべきか。
「振り払ってください。俺はガキだから、殴るなり握るなり
されなきゃ判んねぇ。……出来んだろ監督なら!」
花井は確かに力を込めてはいたが、女性でも本気を出せば突き飛ばせる程度。
百枝の力ならなおさら容易だった。
いっそのこと、逃げられない程にキツく抱きしめれば、抵抗す
る理由になるのに。
困惑する百枝に、花井は畳み掛けるように言った。
「やめてくれよ。監督みたいなイイ女が、俺のことでヤキモチ妬くなんて、
そんなカッコ悪いことあってたまるか!」
「ヤ、ヤキモチ……?」
自分は花井のためを思って言ったのに!
大人の自分が説き伏せる以上に、正しい別れ方があるなら教えて欲しい。
百枝が目を剥くと、花井は弱々しく笑った。花井は時々こんな顔をする。
ベッドで多少自信をつけさせたつもりなのに。別れが前提の関係のせいだろうか。
「離してください。俺が嫌いになったって、監督が自分の理由で終わらせてくれ」
唇が首筋を這い、思わず声を上げそうになる。
「や、やめなさい。私は間違ったこと…ぁっ」
拒まなきゃいけないと判っているのに、動けなかった。
花井はゆっくりと首筋から胸元に移動しながらキスをして、百枝の胸に顔を埋めた。
吐息が漏れた。思わず自分の腕を伸ばして、もっと強く抱き返したくなる。
その下を、服の上からではなく素肌に触れさせたい欲求に百枝はイラついた。
(そうじゃないでしょ、教えた通りに――ああ馬鹿だ。なに考えてんの私!)
百枝の混乱が、花井に伝わったらしい。百枝の頬に唇が触れる。
目を閉じ応えようと動く百枝をかわすように、花井の顔は離れた。
ほんの少しの身動きでも、その振動で自分の両胸は大きく弾んでしまう。
隠し切れないバツの悪さに目を開くと、同じように困った顔の花井と目が合った。
もし、怒りにまかせて暴力に走る男なら、軽蔑して切り捨てられた。
この優しい腕を拒絶すれば、自分は一生花井を忘れられなくなる。
(ズルイよ、花井くん……)
百枝の心をまるで読んだかのように、花井がふっと笑った。
「ですね。……今まで、すみませんでした」
「花井くん?」
「俺が」
力強く掴まれていた身体が、すっと軽くなるのを感じた。そのまま、するりと離れていく。
「や」
とっさに花井の腕を支え直していた。自分が何をしたいのか、やっと判った。
驚く花井にぐいぐいと胸を押し付ける。我ながらなんてあざとい。
そのままベッドに押し倒して、身動きが取れないように押さえつけた。
「???………ぇぇー?」
一転して組み伏せられパニックになる花井に、百枝は微笑んだ。
「ちょ、ちょっと監督」
花井の顔が蒼白になる。
可愛い。
整った顔。長い手足。自分の思い通りに動く若い肉体。
手を伸ばし、花井のベルトの金具を外す。
「や、止めてください!最後にヤッて誤魔化そうなんて卑怯だ」
「やりたいんでしょ?」
「ふぇっ?いや、あのっ」
「私は、しなくてもいいけど?」
嘘だ。本当は自分が花井が欲しくて仕方ない。
ジッパーを下ろして指を滑り込ませる。
「あらあら」
笑みを浮かべ、硬くなったペニスを確認するように下着の上から撫で上げる。
子宮がウズいた。共鳴するのは、相手が花井だからだ。男なら誰でも良い訳じゃない。
救いを求めるように、花井の目が百枝を見上げていた。
「俺のことなんて、考えなくて良いのに……」
「花井くんのためじゃないよ。私は監督だから」
「え?」
「恋愛の片手間で狙えるほど、甲子園は甘くない」
出来る人も中にはいるんだろうけど、私はそこまで器用じゃないの。
だから今日で最後、と囁いて、百枝は自分のシャツに手をかけた。
いつも、熱を持ちうねり収縮する百枝に、花井はズブズブ呑み込まれる気がした。
大きくてハリのある白い乳房に自分の汗が滴り落ちる。
乳の大きさは当然だが、驚異的なのはウエストの細さだ。この奇跡的に完璧な
百枝の身体を知ってしまうと、どんなに過激なアイドルのグラビアも陳腐に映る。
百枝の方が絶対美人だし、ずっと健康的だ。
揺れ動く、はちきれんばかりの巨乳を揉みしだきながら達する快感は、それまで
さほど大きさにこだわりがなかった花井の認識を変えてしまった。
認識が変わることは、もう1つあった。
途中までは凄く気持ち良いのに、百枝が好む体位に持ち込もうとすると、
その長い脚で、花井の身体をギリギリと締め付けられるのだ。理不尽にも程がある。
「くっ、……は、離し……」
百枝に訴えたくても、絡みつくのに夢中で花井の声は届かない。
この想像を絶する力に動きたくても動けず、怒るわけにも泣く訳にもいかず、
「身体が持たねーよー!なんの負荷トレーニングだよ!」と、
弱音を吐きたくもなる。
とはいえ、そんな百枝ごと惚れてしまったのだから仕方ない。
そして慣れてしまうと「他の女じゃ俺、ダメだよなぁ」と暗い気持ちになった。
本人は奥深くまで挿れさせたくて無意識でやっているらしい。
今まで彼氏にそんなことしなかった、と言うので、自分を離したくない
表れだと喜ぶべきなのだろうが……。
「う」
今度は突然、ぎゅうう、と膣に力が込められ、締め付けられた。
締まりが良すぎて病み付きになる。
「あっ、あぁっ……もっと…かきまわしてッ」
緩めることなく、百枝が喘ぐ。
「カニバサミ解いてから言え!」とキレたくなるが、百枝の表情の
エロさに息を飲み、今までの鬱積やその矛盾すら許せる気になってしまう。
百枝に振り回され果てる自分が、不憫ながらも好きだった。
でも、それも今日で最後になる。
最後……だから、良いよな。
みんなの前で間違えて言いそうだからずっと我慢してたけど。
「…ま、りあさん……」
勇気を出して、初めて百枝の下の名前を口にした。
びくん、と百枝の身体が反応した。締め上げていた脚の力が、すとんと抜けていく。
「ふ、あ……」
驚いた百枝の目を見て、怒ってない?と確認して、改めて名前を呼ぶ。
「ま、り、あ……!」
百枝の指が顔に触れる。人懐っこい笑顔に、花井もつられて微笑み返す。
やっと身体が自由になったので、そのまま百枝の膝を抱え上げた。
百枝がなにか言いかけたが、教えられた通りやってんだろ、と揺らして反論させない。
向かい合って座ると挿入の角度のせいか、さらに気持ち良さそうに、百枝が喘いだ。
「はぁ、い、言って……」
「え?」
「まりあ、って」
恥ずかしそうな表情に胸が高鳴った。顔を赤らめ、潤んだ瞳が花井を見つめていた。
演技ではない、こんな百枝を見るのは初めてかもしれない。
いつもの破壊的な力はなく、甘えるように百枝が優しく首に腕を回す。
たまらなく可愛い。年齢差も吹っ飛ぶくらい。
脚を抱えると、息を荒げながら、百枝は切なそうに訴えた。
「ぁんっ…言って!」
「まりあっ」
顔を上気させ、百枝が幸せそうに笑った。もっといっぱい甘えて欲しかった。
「ね、もっと…」
両腕で顔を引き寄せられ、「この後、身体倒すのが好きなんだろ?」と
思いつつ、言われたとおりにする。
百枝が喜ぶことなら、なんでもしてやりたい。
激しく百枝を揺らし、突き上げる時も耳元で名前を呼び続けた。
「花井くん」と呼ばれた気がして、「くんづけ?」と思ったが、
最後は頭の中が真っ白になってしまった。
百枝は花井に背を向け、余韻を甘受していた。
同じ高校生で会いたかったという無茶な願望があったから、唐突に名前で呼ばれ
心の中が熱くなり、頭がぼぉっとして、年の差とか監督と選手という
関係も忘れ、夢中になってしまった。
(思い出すだけで身体中から力が抜けちゃう……)
と。思った先から花井が、
「ま…」
「きゃーーっっ!」
耳を塞いで叫ぶ百枝に、意味が分からない花井がビビる。
「ゴ、ゴメン。なに?」
「まだ時間、大丈夫なら……」
そう言いながら百枝を仰向けにさせ、名残惜しそうに指で百枝の胸の突起に触れた。
「あ、コラ、もうおしまいだよ」
「だからです」
花井は押しのけようとする百枝を無視して、舌で愛撫する。もう片方の乳房は
指でむにょむにょと押し上げながら揉みまくる。
「……やっぱり、男の子は好きだねー」
「俺だけじゃないでしょ?」という声が聞こえ、百枝は弱いところを突かれて思わず
ぶるん、と身悶えした。
「あっ」
してやったり、とニッと花井が笑う。百枝も負けじと、大人の笑みで返した。
「――いででっ。最後なのに、握るなんてアリかよ!」
「キリないでしょ。さてと、シャワー浴びてくっかー」
百枝は起き上がった。これで本当に終わりだ。花井が下を向いたまま、
「……もう、次はないっすか」
「私の仕事は、野球だから」
「じゃあ、甲子園行ったら……」
以前と同じような展開になり、必死な表情の花井に百枝は苦笑した。
「初代主将だからね。絶対甲子園に出場して、その話をツマミに卒業後、飲もうね」
「それだけ?俺が卒業したら……。しても……アレなのかな」
そう言って、花井は黙り込んでしまった。今2人の関係がバレれば、どれだけ
花井が百枝に本気でも、ゴシップに転落する。その場合、糾弾されるのは大人の百枝だ。
それは、卒業後でも同じなのだろうか?何年経てば、周囲は認めてくれるのだろうか。
年上の百枝を好きな感情は恥じないが、百枝の立場が悪くなるのは嫌だった。
「えーと、私、いくつ上だか知ってるよね?花井くんが大学卒業したら
私、すぐ三十路だよー」
百枝は忘れなさい、というつもりで言ったのに、花井の落ち込みようは
激しかった。がっくりとうなだれて、深い溜め息をつく。
「……こんなイイ女が、それまで独身だなんてありえねーよなぁ」
「へ?」
「長ぇなぁ……」
花井が遠い目をして、再び溜め息をつくのを見て、百枝は呆然とする。
てっきり、セックスだけが目的でゴネていると思ってたのに。
そこまで真剣に考えてたの……?
思わず顔が熱くなった。若さゆえ一直線に暴走しているとはいえ、
女である以上、本気で想われるのは悪い気はしない。
「卒業までの年と、私と花井くんの年の差、まんまだよ?」
「あ!早いです、あっという間です!」
花井は調子良く、大真面目な顔で前言撤回した。
「だから、その。それまで……待っててくれませんか?」
百枝は聞こえなかったフリをして立ち上がった。
泣きそうだった。
もし、約束を投げられたのが今でなければ、たぶん受けていた。
主将の花井のモチベーションが上がれば、それだけ甲子園が近づくから。
問題は、自分なのだ。
このままでは、花井にのめりこんで野球に集中出来ない。
うがいをして、百枝は鏡に映る自分を冷静に眺めた。
高校生に自分が負けるとは髪の毛ほども思わない。6、7年後の自分は、
今よりもっとイイ女になっている自信もある。
約束などせずとも、手元にいる高校生の間はもちろん、卒業したって
よそ見なんて絶対させない。
それにやっぱり、まずは野球だ。
ただのセクハラ監督にならないように、結果を残す必要があった。
(そうじゃなきゃ、今の私は鬱屈した青春を取り戻すために
援交に走るエロオヤジと同じだっつーのー。
それはマズイ。そして、かなりイタイ。私だってまだ若いのに!)
そういえば花井は、自分のコンプレックスや願望のツボを押さえるのが上手い。
三橋の母親をはじめとして、保護者にも凄く評判が良い。
……ひょっとして、花井くんって年上キラー?
もし無意識だとすれば、16歳でこの才能は末恐ろしいよ……。
再び、花井に名前を呼ばれた時の感覚が甦り、百枝の身体に震えが走った。
早くも誘惑に負けそうな自分は情けなかったが、花井も同じだと良いな、と
百枝は思った。
最終更新:2008年01月30日 22:42