7-46-52 レンルリ レンとルリ7 ◆LwDk2dQb92

二年後――

 私たちは高校三年生となった。レンレンとは私の計画通りに仲良くなることができた。こまめに
電話やメールをして何気ない話をしていく。意中の相手が遠くにいる場合には、こういう普通のことを
自然にできるようにしていくのが大事だって聞いて、そのようにしていた。
 お盆や年末年始にこっちに帰省してくるときにはとにかく優しく。それと女の子らしいところ――
おばあちゃんに弟子入りして習い始めた手料理を振舞ってアピールしていった。
 廉は結構な食いしん坊だから、これは有効だったみたいだ。

 ことは順調に運んでいるはずだった。
 しかし、誤算が生じてしまった。それは西浦高校の甲子園出場だ。それも春夏連続出場。
 話題にあわせるために、また、一番関心があると思う野球の話を振りやすいように、本を読んでみたり、
インターネットで詳しいルールの勉強をした。
 春のセンバツに出場できても、夏の大会になると甲子園に戻ることができない学校のほうが圧倒的に
多いらしい。センバツに出場した学校は、よその学校からマークされるそうで(身近な目標ということかな?)
道半ばで戦いを終えことも珍しくはないとのこと。
 春はまだよかった。一応、長期休暇扱いになるけど春休みは短いので部活に一生懸命なレンレンはうちに
帰省しないから。
 でも、夏が問題だった。
 西浦高校は他校の厳しいマークをものともせずに、順調に勝ち進んでいく。そして、めでたく春夏連続の
甲子園。全国大会になっても西浦は快進撃を続けていった。
 これによって試合の日程がお盆と重なってしまって実家(うち)に戻ってくることはなくなってしまった。
 高一のころの私は、この時期にはもう引退してしまっていると考えていたので、このときに彼がうちに
来た際に一気にいこうと思っていた。
 だけど、実際には私が思うようには上手くいかずにヤキモキしていることしかできなかった。
 もともと顔は悪くない、というか、可愛い系のレンレン。一年のころから密かに人気を集めていたらしいけど、
甲子園で活躍した投手というブランド価値もついたため、相当すごいことになっているらしかった。
 私が寄せる好意――それも結構あからさまな――に気づいてくれない鈍感な彼は、メールや電話でも
そのことを私に話してくる。困っているような口ぶりだったので少しは安心できたけど、この現状では
いつ他の女に先を越されるかわからない。



 いろんな意味で私は限界だった。


 二学期に入ってからしばらく経ったある日。連休を利用して私は行動を起こすことにした。
 レンレンとそういうことをして既成事実を作る。男子高校生はサルだっていうし、セクシーな格好で
大胆に誘惑すれば、きっと奥手な彼でも襲ってくるはずだ。

 ――ううん、私から押し倒しちゃってもいいし

 結局、夏休みはお互いに都合がつかなくて(私は夏期講習を休むわけにはいかなくて、レンレンは
大学の野球部のセレクションを受けるために)どうしようもなかった。

 焦りもあってか、自分がやろうとしていることが相当な捨て身の行為なのだということに気づかないほど、
私は切羽詰っていた。 

 以前に埼玉へと引っ越した友人に会いに来たついでに寄ってみた――という理由での訪問。
 相当な決意をもって臨んできたはずなのに、ここにきて私は二の足を踏んでしまっていた。
 廉の家まで来たはいいものの、そこでウロウロウロウロ……。
 (どうしよう。今更だけど、緊張してきちゃったよ……)
 空もうっすらと暗くなり始める時刻に、個人宅の前にて歩いては立ち止まるを繰り返す女の子。近所の
人に通報されて警察の人からいろいろと事情を聞かれてもおかしくないよとか、頭の片隅にわいてくるけど
気にしている余裕はなかった。
 「一応、お土産も買ってきたんだよね……」
 旅行鞄と一緒に下げていた菓子折りへと目を向ける。うちの近所で美味しいって評判の和菓子屋さんの
ものだ。
 「――あれ? ルリ?」
 「うーん。電気も点いているし車も車庫にあるし、おばさんはいると思う……」
 うん? 聞いたことがある声が聞こえてくるような……。
 そう。私がいつでも聞きたいと思う人のものだ。

 ――気のせい、だよね

 たぶん、空耳だ。そのまま俯いたままで私は考え事に没頭していく。でも、何故なのか空耳は私を
解放してくれなくて。
 「ルリ、ルリってば」
 (さっきから何なのか知らないけど、ゴチャゴチャと……うるさい)
 私があーでもないこーでもないと悩み続けているところを邪魔してくる。
 正直、ウザくてイライラしてくる。
 「あーっ、もうっ! さっきからなんなのよっ!?」
 ダンッとアスファルトの地面を踏みつけて、苛立たしくキッとそこへ顔を向ける。はっきり言って
女の子のすることじゃないと思うけど、つい癇癪を爆発させてしまった。

 ――そこには、自転車から降りてキョトンとした表情の彼がいた。
 言うまでもなく、私が会いに来た人。
 自転車の籠の中には部活で使用しているらしい『西浦高校硬式野球部』と刺繍が施されたバッグが
入っている。

 ――うわっ、またカッコよくなってる

 今では私が並んで立っても到底及ばないまでに伸びた身長。よく日に焼けた顔といい、凛々しい印象を
強く受けてしまって。
 その、ドキドキが止まらないというか、自然と胸の鼓動が激しくなっていくのを感じる。
 「ちょっ、レンレンなんで家の中にいないのよ……っ!?」
 ああ、最悪だ。私。久々に会っての第一声がこれだなんて……。逆ギレなんかかましちゃって
どうするのよ……。
 「うん。学校のグラウンドまで行って三年の皆と練習してたんだ」
 「練習……?」
 よかった。特に気を悪くしたってことはないみたい。いつもどおりのどこかのほほんとした受け答えだった。
 以前だったら――そう、一年生のころの彼だったら私の剣幕に怯えてオドオドしちゃっていたと思う。
でも、今では決してそんなことはなくて。落ち着いた物腰ではっきりと応えてくれる。野球を通して
自信がついたってことなんだろう。
 本音を言えば、その変化を間近で見守ることができなかったことが悔しい。
 とりあえず、そのことは置いておいて頭に浮かんだ疑問を口にしていた。
 「でもさ、夏の大会で引退しちゃったんじゃないの?」
 「それはそうなんだけどさ。三年の皆は卒業後も進路先で野球を続けることになってるから。
 田島君はドラフトで指名があるって話がきているんだ」
 「田島……。ああ、四番の人?」
 「うん、そう。他の皆も進学先とか就職先で野球をやることになっててね。だから、皆で集まって
 自主トレしてるんだ。まあ、グラウンドをメインで使うのは下級生だから、
 練習量自体はだいぶ少なくなったんだけどね」
 そういえば夏の甲子園を終えたあとは、大学の野球部のセレクションを受験するって話だったっけ。
 ということは、この話の流れだと合格してもう進路先を決めちゃったってことか。
 「それよりも、ルリこそどうしたの?」
 「えっ……」
 ちょっと呆けていた――レンレンに見入っていた私は言葉が出てこなかった。
 「なにか玄関先で騒がしいわねと思えば、ルリちゃんじゃないの」
 家から出てきた尚江おばさんによって話は中断となった。

 突然、自宅へと押しかけてきたにも関わらず、おばさんは私のことを嫌な素振りを全く見せずに
歓迎してくれた。
 ちなみにレンレンは、練習が少し物足りなかったと言ってジャージに着替えてランニングへと
出かけてしまった。

 そのまま事情(ウソ)を話した私はリビングへと通されて、おばさんと向かい合って座りお茶を
頂いていた。
 お茶請けに出されたのは私が持参してきた和菓子。小皿に載ったようかんを食べながら温かい緑茶をすする。
 確かに評判になるだけあって美味しい。少し寒ささえ感じていたためお茶がありがたくて、
まったりとそれらを楽しんでいた。
 春と夏の甲子園で私が応援に駆けつけたことへと改めてお礼のことや、うち――三橋の実家の様子の
ことなどを聞かれて答えていっていた。
 「――そうそう。ルリちゃん」
 「はい?」
 改めて神妙な顔をしたおばさん。思わず身構えてしまう。
 「本当はなにか別のことがあって、今日は来たんでしょ?」
 「えっ……たまたま友達と遊んだついでに寄っただけ……」
 「おばさんが当ててあげる。ルリちゃん、廉のこと貰いにきてくれたんでしょ?」
 のらりくらりとごまかそうと思ったけど、いきなり核心を突かれて咳き込んでしまっていた。手に持って
いた湯飲みを落としてしまいそうになったものの、どうにか踏み止まる。
 それに、表現がちょっと……ストレートすぎるっていうか……。
 「やっぱり。いくら仲が良いいとこ同士でも、お金が掛かる甲子園まで欠かさずに応援に来てくれる
 わけがないわよね。県大会でも、夏休みに入ってからの終盤はうちに泊まってまでして来てくれたし。
 廉に気がないとここまでしてくれないわよね」
 「おばさんは反対じゃないの……?」
 「うん? なにを反対するの?」
 おばさんの口ぶりからだと、私がレンレンに好意を寄せていることはとっくにばれている。それと、
このことを肯定的に見てくれているようにも見える。
 「だって、いとこ同士って気持ち悪いとか変に思う人も結構いるみたいだし……」
 今更ながらに思うと、こういうしがらみが不安に思えてくる。そのため、私の言葉は尻すぼみに
小さくなっていく。
 「別に気にすることはないんじゃないかしら。法的にも認められているわけだし、好きあっている
 ふたりがくっ付くのは自然なことよ。むしろ、おばさんは大歓迎よ」
 「レンレン、私のこと好きなの……?」
 大きくひとつ頷かれる。
 「ほら、廉は気が弱いというか消極的なところがあるでしょ。今でこそ昔ほどではないけどね。
 野球部で活躍したことで相当もてるようになったらしいんだけど……。でもね、女の子からそういう
 誘いを受けても逃げてばかりらしいのよ」
 空になっていた湯飲みにお茶が注がれていく。私の分もお代わりをもらって頭をそっと下げる。
 「あの子って人見知りしちゃうからね。その点、ルリちゃんは小学生のときからの付き合いで
 お互いのことをよく知っている。前々からルリちゃんみたいなタイプの子がいいなって
 考えていたのよ」

「私みたいな……?」
 「消極的な廉には積極的にグイグイ引っ張っていってくれるルリちゃんがぴったりだってね。
 大学に進学が決まったのはいいけど、いろいろと誘惑が多いでしょ。
 大学はたくさんの地方から人が集まってくるから、世界が一気に広がるっていうかね。
 それに東京だから、悪い女にでも引っかかったりはしないかって心配だったのよ」
 (レンレン、東京の学校なんだ……)
 話から彼の進学先が東京だということを初めて知った。
 「まあ、そんなわけでね。おばさんはルリちゃんの味方ってわけよ」
 「……ありがとう」
 思いがけずに心強い人が味方となってくれたことで安堵した。それにこれはもう親公認ってことだし。
 「そうだ。今日は泊まっていきなさい」
 「えっ……?」
 「そのつもりで来たんでしょ? 結構な荷物みたいだし」
 ソファの脇に置いていた私の旅行バッグを指差しつつ、にこにこしながら一言。ここまできてようやく
理解できた。尚江おばさんは、おそらく、ずっと前からこの日が来るんだって考えていたんだなって。
 素直に肯定して緊張しっぱなしだった肩から力を抜き、ソファの背もたれに身体を預けた。
 ちょっと待っていてねと、席を立ちリビングから出ておばさんを見送る。思い出したようにして、
ちょっと冷めてしまったお茶を飲みつつお菓子をつつく。
 (レンレンは私のことが好きって話は間違いないと思う。おばさんが嘘をつく理由が見当たらないし。
 それなら今日はただ泊まって、昔意地悪しちゃってたことを謝って告白をしてそれで終わりに
 しといたほうがいいかも)

 ――私から抱いてって迫ってドン引きされて、やっぱり付き合わないってなったらイヤだし

 ずっと切羽詰っていた思考が落ち着いてきたように思う。のんびりしたところのある彼だから、
私たちの関係もゆっくりと進めていくほうが得策なのかもしれない。


 ぼんやりと物思いに耽っていた私は、廊下からの足音でおばさんがいなくなっていたことを思い出した。
 ギィっとドアが開いて再び入ってきたおばさんへと目を向ける。尚江おばさんは手になにかを
持っている。
 綺麗な包装紙で丁寧にラッピングされたものだ。あまり大きなものではないみたいだった。
 「はい、これ。おばさんからルリちゃんにプレゼント」
 先ほどと同じ場所に腰を下ろして私の目の前にそれを置く。
 「プレゼント……? なんだろ、開けていい?」
 軽く頷かれたのを確認してガサガサと紙を剥がす。中から出てきたものは横に長い箱だった。
あまり重くはなく、振ってみても音は特にない。表側を見ただけではわからず、ひっくり返して裏側へと
目を向ける。
 「……っ!!」
 スキン、ゴム、コンドーム……。いろんな呼び方があるらしいけど、私が手にしていたのは正しくそれ。
 避妊具だった。 
 『明るい家族計画の味方』って文字が、その……目に痛い。
 私は、羞恥心とか好奇心とか様々なものが混ざってしまって、顔を赤くしたり青くしたりと忙しかった。
 私の動揺っぷりを隠せない姿を目にしたおばさんは、相変わらずにこにこにこにこ……。
 「いやね。好きあっている男の子と女の子……それもそういうことに興味津々なお年頃の高校生が
 同じ屋根の下で一晩を共にするわけだから、間違いがあると思うのよ。むしろ、ないとおかしいかしら」
 「…………」
 「おばさんはしてはダメとは言わないわ。だって泊まっていきなさいって勧めたわけだしね。でも、
 もし赤ちゃんできちゃったら困るでしょ? 廉もルリちゃんも高校生なんだから。ふたりをそそのかして
 できちゃった結婚ってことになってしまったら今度こそ本当に勘当されちゃうからね」
 できちゃった結婚――。具体的な言葉が出てきてトマトのように顔を赤くしてしまう。 
 「…………」
 「それに、ルリちゃんは三星の跡継ぎなんだから、ちゃんと大学に進学して勉強しないとダメでしょ。
 うちの子もせっかく内定した進学の話を無駄にするわけにはいかないから」
 「う、うん……」
 「そんな顔しなくても大丈夫よー。廉はルリちゃんの言うことはなんでも聞いてくれるから。
 『つけて……』
 って可愛く迫ればちゃんとしてくれるわよ」

 ――おばさん、そんなことに絶句しているわけじゃないです

 「もしも渋ったりなんかしたら張り倒していいから。赤ちゃんができて一番困るのは女だからね。
 女は自分で身を守らないと。最初が肝心だから、強く言ったほうがいいわよ。
 まあ、ヤリ逃げなんて絶対にさせないから安心して」
 (そ、そりゃ最初はそういうことするつもりで来たわけだけどっ。そういうことするのって夜遅くよ、ね?
 ってことは、おじさんも帰ってきてるだろうし……。あーっ、おばさんやおじさんもいるのにできるの、
 そーいうことが……っ!?
 ロストヴァージンってめちゃくちゃ痛いっていうし、声……絶対出ちゃうよね? ううん。
 我慢できるはずないよっ。だって好きな人と初エッチなんだよっ!?)
 「さて」
 ピンク色の妄想世界にトリップしていた私は、おばさんの声で意識をようやく取り戻した。
 「せっかくだから今夜はお父さんと外食に行ってホテルにでも泊まってくるわね。安心して。
 若いお二人さんのお邪魔はしないから」
 「……っ!」
 私の肩をポンっと叩いてきた尚江おばさんは、なんとも意地悪げに微笑んでいた。


 こうして、引くに引けなくなり、私の運命は決まってしまった――。


                                        (続く) 
最終更新:2008年01月30日 23:20