7-57-70 レンルリ


「三橋ー、今日うちに泊まり来ねえ?すっげえいいビデオがあんだよ!」
「う、オ…、今日 は」
「なんだよー、またダメなの?彼女できてから付き合いわりーぞ!」
「えぅ」
田島の非難に三橋の目からはたちまち涙があふれそうになる。あーあ、ったく田島のヤツ。
今日は週に一度のミーティングの日だ。彼女持ちのヤツがこの日を逃す手はない。
「仕方ねーだろ。ただでさえ忙しんだから。これ以上ほっといたら三橋フラれちゃうぜ」
「まーなー、でもさ、遠距離なんだしどうせ電話するだけだろ?そういうのってかえって欲求不満になんねえ?」
田島の言葉に三橋は真っ赤になって何事かうめいた。
オレには解読不能のつぶやきにも田島は動じない。動じないどころか感じ入ったように相槌まで打っている。
「ああ…だよなあ、せっかく付き合ってるのにそれじゃツレーよな。」
田島は何事か考え込むように腕組みすると、突如ひらめいた!というように勢い良く面を上げた。
「じゃーさ、テレフォンセックスすればよくね?」
「テ…?」
「だからあ、電話でオナニーやりあいっこすんだよ!そんでセックスしてるつもりになんだよ!」
「おいっ!でけーよ!声があ」
それまで黙って聞いていた浜田が焦って突っ込みを入れる。
田島の恥じらいのなさには慣れている9組連中も今日ばかりはぎょっとしたようで、何人かがこちらを振り向いた。
そりゃそうだ、オナニーとテレフォンセックス(しかもクラスメートのだ)じゃ全然生々しさが違う。
大抵のことには動じないオレも今日ばかりは三橋に同情したくなった。
大体フツーのもまだのヤツがそんな応用ぽいことできんのか?
いや、できねーだろ。三橋口下手だし。


「田島、くだんねーこと」
田島をたしなめようと口を開いたオレが最後まで言わないうちに、常になくはっきりした声で三橋が言い放った。
「オ オレ、や やってみる よ!」
へ?
三橋、今なんつった?
思わず三橋を見るとやけにキラキラした目で田島を見つめている。
ええ?て、マジかよ?
「田島君 は スゴイ、な!」
「そーか!スゴイか!よし、家でちょっとベンキョーしてけよ!」
「うん!オレベンキョーする よ!」
ああ…マジ、だな。だめだ、こりゃあ。
三橋はやると言ったらやる。それはオレ達が一番良く知っている。
オレは三橋の従妹の顔をちらりと思い浮かべた。
なんつーか、色んなことに慣れてなさそうな初々しい感じの子だったよな。
かわいそーに、とは思うけどこうなったらオレには止めらんねえ。
それに、4種類の変化球を独学でマスターした三橋のことだ。
もしかしたらすっげえ良いってこともあるかもしれねーよな。


ルリは、携帯電話を弄びながら廉に電話をかけようか逡巡していた。
今日は週に一度の野球部のミーティングの日。
いつの間にかこの日に電話をかけるのが二人の暗黙の了解になっている。
レンレン、もう帰ってるよね。
時刻は9時。廉はもう食事もシャワーも済ませている頃だろう。
でも…
携帯を開いてきっちり一週間ごとに並ぶ廉からの着信の記録を確かめる。
やっぱりかかってくるまで待とう。
ルリは携帯をベッドにほうると、自らもベッドに倒れこんで枕をぎゅっと抱きしめた。
電話をかけてきてほしいのは不安があるからだ。
群馬と埼玉と距離がある上、廉は練習で忙しく土日も二人きりでは会えない。
しかも、2年生ながらエースとして活躍する廉に好意を寄せている女子も多いときている。
電話を待つことで、廉の生活の中に自分がいることを確認したかった。

恋人同士、と言える関係になって2ヶ月が過ぎたけれど二人の間に特別な進展はない。
夏大が終わったら三橋の家の別荘に遊びに行こうという約束は折に触れて二人の言葉に上るけれど、変わったことといえば、その時のほんの少しぎこちない空気だけ。
電話をかけてくるのは廉であっても、ルリが一方的に話をして質問をして廉はそれに答えるだけ、というのは以前と変わらなかった。
二人きりで会えたらなあ…
廉のベッドで初めて抱き合った時の、甘い胸の震えを思い出してルリはため息をつく。
レンレンのバカ。ああいう時ばっかり積極的なんだから。
でも、嬉しかったのだ。自分を求める廉の真剣な瞳。あの瞳に魅入られてそのまま流されてしまえば良かった、と離れてしまってからたくさん後悔した。
私が泣かなければ最後までしちゃってたかな?
でも、廉は止めてくれた。そういうところ、とルリは思う。欲しいものをひたむきに必死に求めるのに、その貪欲さと同じくらいに優しくて弱いところ。
ルリは廉のそういうところが一番好きだった。
でも、時々物足りないみたい。
もっと、あの貪欲さを自分に向けてくれたらいいのに。
抱きしめられると見かけよりずっと大きい肩や、投球で鍛えられたたくましい腕、そしてあのまっすぐ射抜くように見つめてくる瞳。そういうもので私をがんじがらめにしてくれればいいのに。私はきっと、逃げないのに。
きっとレンレンにはわからないんだろうな。
ルリがどれほど廉を求めているか、卑屈で弱気な彼には想像すらできないに違いない。3年間を同じ家で暮らしたルリにはそのことがわかり過ぎるほどわかるのだった。
私がもっと素直に、言葉に出せばいいんだよね。
とはいえ、長年続いてきた姉弟的関係におけるポジションを崩すのは容易ではない。
長い間「姉」として接してきたからこそ、素直に恋情を表現することには気恥ずかしさと、ほんの少しの恐怖があった。
けれど、このまま何も進展しないのはじれったい。
今日はほんの少しだけ勇気を出してみよう…かな?


プルルルルルルッ
ルリは慌てて体を起こした。今しがた考えていたことのせいか、ほんの少し緊張する。ディスプレイを確かめるとやはり廉からだった。今日は素直になる!と心の中で念じてから通話ボタンを押す。
「ルリ、寝て た?」
「起きてたよ。どうして?」
「出るの、遅かった から」
ルリはぎくりとしたが慌てて言いつくろった。
「ベッドの上でぼーっとしてたら、携帯がどこにあるかわかんなくなっちゃって。ごめんね?」
「う ううん、い、いい、いまもベッドの上?」
普段、ルリに対してはそれほどでもないどもりがひどい。ルリはいぶかしく思ってたずねた。
「レンレンなんか変じゃない?」
「えええ!そ そんなこと、ない よ!い 今もベッドにいる?」
「いるけど…なんでそんなこと何度も聞くのよ」
「え…ど、どうしてるかな、と思って」
「ふうん?」
明らかに挙動不審ではあるが、いつもルリが話すのを待っているばかりの廉が質問をしてくるのは単純に嬉しい。
「レンレンは何してたの?」
「オ レもベッドにいる よ。そいで、ルリのこと 考えてた」
「え…っ」
ルリは思わず言葉を失った。
どうしたというのだろう。
こんなことを言ってくれるなんて、廉じゃなくて普通の付き合いなれてる男の子みたいだ。
もしかして廉も少しはこの関係を進展させたいとか思っているのだろうか。期待と戸惑いがルリの胸に湧いてくる。
「ルリ、」
「な、なに?」
常になくきっぱりと名を呼ばれて、どぎまぎしてどもってしまった。なんだか立場が逆転している気がする。
「今…どんな 格好?」
「え、え?」
「ふ 服、とか」
「えっと、白いワンピース。前遊びに行ったときと同じの」
自分の服を見下ろしたルリは下着までもがあの日と同じものであることに気づいて顔を赤らめた。電話とはいえ廉とつながった空間であの日のことを思い出すのはひどく恥ずかしい。胸に手を当てると心臓の脈動をはっきりと感じた。


「…どうして?」
「え、ええ?と、そ、想像したいから、だ よ」
「想像?」
「そばにいる、みたいに したい、んだ」
「…今?私のこと想像してる?」
「う うん。目、つむって思い 出してる。あ、あのあの、ときルリ可愛かった…!」
服もにあ、似合ってた し。
ルリは枕にぎゅっとしがみついて、熱くなった頬をシーツに押し当てた。
廉は今あの夜のことを思い返してるだろうか?ルリが今そうしているように。
リネンのひんやりした感触が自らの熱を暴いているようでいたたまれない、と思うのに、そうであればいいと願う気持ちは誤魔化しようのないものだった。
「もっと…言って?」
「え」
自分でも聞いたことのない熱に浮かされたような声。
今までずっとしっかり者の姉然としてきたのにこんな声を廉に聞かせてしまう自分が強烈に恥ずかしい。
けど、この声を廉に聞いて欲しいという欲望のほうが本当はずっと大きいのだ、と今ではもうルリにもわかっていた。
そして、同じだけの熱でこたえてほしい。
「…服、可愛かった よ?」
「…なんで疑問系なのよ?」
「ごっ、ごごごめっ」
「怒ってないってば」
くすくす笑いながらルリが応じると、電話口で廉も笑った気配がした。


「髪が ね、あのとき、」
あのとき、という言葉にドキンとする。
「すごく綺麗 だった。シーツ、白くて ルリの髪は黒い から」
「オレ…触りたく て、」
ルリはあの夜のことを思い返す。廉はルリの髪に触れただろうか?多分、そうする前にルリは泣き出してしまったような気がする。
「レンレン、」
「ん」
「触って…いいよ?」
「触る よ。」
次、会えたとき、とルリは続けようとしたが、廉によってそれは遮られてしまった。
珍しい断定口調。本当に今にも廉の手が伸びてきそうでドキドキする。あの大きな手で髪を撫でられたらどんな気持ちになるだろう。
「なんか今日…いつもと違うね?レンレンぽくないよ~」
妄想を追い払いたくてからかうような調子の声を出したのに、廉が突きつけた現実はルリの予想を遙かに超えるものだった。
「だって、会いたい んだ。もう我慢できない よ。ルリ、」
「な、なに?」
「抱かして。今、すぐ」
抱きたい、と。いつになく低い声で廉はささやいた。

その声は体の芯に直接響いてくるような強さを持っていた。
腰の奥がジンと痺れて、何か、あたたかいものがとろりと体の奥のほうから流れてくるような甘い感覚がある。声だけでこんなになってしまうのに本当に抱かれたらどうなってしまうかわからない。
本当に、抱かれたら。
あの強い瞳に見下ろされて、あの日のように腕を押さえつけれて。
足を開いて廉を受け入れる自分の姿を想像したら一瞬にして体温が跳ね上がった。
「レンレン、あつい…」
廉がおかしなことを言うせいだと暗に非難を込めたルリの言葉は。
「オレ も、あつい よ?」とあっさりと流されてしまう。
ルリが口を噤んだので廉は焦ったように「い、いや だった?」と聞いてきた。
もちろん嫌ではない。けれど嫌ではない、と伝えるのは嫌なのだった。言いがたいことを真正面からたずねてくる廉をうらめしく思いつつ、ここは流してしまおう、とルリは決意する。
「いやも何も電話じゃない。今すぐとか無理だよ」
「ムリ じゃ ない!できる よ!」
ダイジョブ。オレ、ベンキョーした!と力強く宣告され、ルリは眩暈を覚えた。先程までの甘い気持ちは衝撃の一言のせいでどこかにすっ飛んでしまっていた。
「ちょっと!変なことベンキョーしないでよ!レンレンのくせにっ」
「レ、レンレンてゆーな!そそそれにっ、オ レはっ、好き、だから!」
ル リは、ちちちが うの、と言われてルリはぐっと言葉に詰まった。


「バカ、レンレン」
「へぁっ」
「好きに決まってるでしょ。私だって会いたいよ!大体レンレンがいっつも忙しいから会いたくっても我慢してるんじゃない!」
一息に言ってしまってから後悔する。ルリだって野球を頑張ってることを責めたいわけじゃない。レンレン怒っちゃうかも、というルリの心配はしかし杞憂に終わった。
「ルリ、あ、会いたい?」
少しはずむようなうきうきした声に拍子抜けする。
「えと、オ オレに」
「当たり前でしょ。他に誰がいるのよ」
「じゃ、目つむって」
「へ?」
「ダイジョブ、あ、会える よ!」
これは。
もしかして。
さっき言ってた「ベンキョー」の成果がいま試されようとしちゃっているのだろうか。
ルリがぐるぐるしていると、「目、つむった?」と容赦なく廉が確認してくる。ここから逃げ出したかったが、先程の廉の好きだから、という台詞が思いだされて少しだけなら付き合ってあげてもいいかも、などと考え始めてしまっていた。
「…つむったわよ」
本当はつむっていなかったけれど、とりあえずそう返してみる。
「オレ も、つむったよ。」
「そう」としか言いようがない。
「ルリのこと、思い出してる」
「…」
「ルリ と、キス したときのこと」
「…」
「ルリの口、小さいのにやわらかくて。オレ、び、びっくりし た」
「…」
「舌入れた ときっ、オレ、止まんなくて。最初はびっくりして したけど、ルリも途中からオ」
「レンレンっ」
「な、なに?」
「あんまり変なこと思い出させないでよっ」
「へ、変じゃないっ よ!ル、ルリは 忘れてたの」
「…忘れるわけないじゃない」
「よ、良かっ た!」
恥ずかしさは限界に達していたが、廉の無邪気な喜びようを見ると、ルリはそれ以上強い態度に出るわけにもいかず、仕方なく廉の次の言葉を待った。


「ルリ は、良かった?」
「え?」
「キス、気持ち 良かった?」
「そんなの見てたらわかるでしょ」
「う」
「だから!覚えてるんならわかるでしょ!?」
「あ、あの とき、ルリ濡れてた よね?」
レンレンっ、それは本人に確かめるようなことなの!?
ルリは真っ赤になってわなわな震えながらもどうにかこうにか答えを紡いだ。
「そんなのわかんないわよ。ほ、他に経験とか、ないしっ。じ、自分ではさわってないもん!」
「う、そっか。だ、だいじょぶ。ちゃんと濡れてた よ?」
わかってるなら聞くな!と思ったが何を言っても予想外の反応が返ってきそうで言葉が出てこない。
「い、今は」
嫌な予感。
「濡れてる?」
ルリは現実に耐え切れなくてついに目をつむった。結局、廉の思い通りに。


「…わからない。言ったでしょ。自分じゃわからないって」
それは本当だった。ルリは廉以前に付き合ったことがなかったし、自分でその部分に触れたこともなかった。
「た、確かめて みて」
「絶対いや。自分でそんなことしたくない」
「大丈夫。する のはオレ だよ。目、つむってる?」
「…うん」
「思い 出して」
そう言われて脳裏に浮かぶのはあの夜の記憶だ。首筋にしがみついた時、男の人の匂いがした。帰ってきてから何度も切なく反芻した感触。
「思い出した?」
「…ん」
「服 はそのままでいい、から…下着 とって」
「え」
「前脱がせられなかった から、」
「…見てもつまんないよ。私胸ないし、寸胴だし」
「なくて いいよ…下着の隙間から触れるし」
そう、確かあの日はブラジャーは外さないで、その隙間から廉に胸を舐められたのだ。ルリの胸は小さいからそれでも簡単に乳首に舌が届いて、かたくなったそれを廉の暖かい口腔に包まれたときの痺れるような感覚が唐突によみがえる。
「また、見せて。今度は全部 脱いで」
「いや、恥ずかしい…」
自分の昂ぶりが恥ずかしくて、ささやくようなほんの小さな声しか出せない。
「ルリ…可愛い、」
心なしか廉の声も少し上ずっているような気がする。
ルリは耐え切れなくなって、背をわずかに浮かせてブラジャーを外した。


「レンレン、えっと、外したよ?」
恥ずかしいので何を、とは言わない。
「ん、ルリ、触っていい?」
「…いいよ」
そう言ってルリはこわごわ自分の胸に触れた。目はかたく閉じたまま、柔らかい生地のワンピースの上から指先でそっと乳首の先を撫でる。
「んっ」
思わず声が漏れてしまって、ルリは泣きたくなった。廉の息を呑むような音が電話越しに聞こえる。こんなことをしてレンレンに淫乱だと思われたらどうしよう。
「もういや、レンレン。恥ずかしい…」
「オ レも、恥ずかしい よ」
「本当?」
「本当、だよ。まだ、やめたくない」
きっぱり言い切られて少し安心する。レンレンも同じような状態になっているのかな。
だったらいいのに、とぼんやりした頭で思う。
「下も、脱いだ?」
「ま、まだ」
「…脱いで。もう、おっきくなってる から」
「っ!レンレ…」
「早く…入れ たい」
ルリ、好き、と言われて。もう何でもいいから廉と一つになりたい。恥ずかしくてもいいから、全部見せてしまいたい、とルリはショーツを震える指で脱ぎ捨てた。勇気を振り絞って電話口に告げる。
「レンレン、脱いだ よ」
「ん、濡れ てる?」
「確かめなきゃ、ダメ?」
「濡れてない と、入らない から」
「わ、わかった」
おそるおそる足の間に指を這わせると、ぬるり、と指が滑ってルリは息を呑んだ。
「…どう?」
「大丈夫、みたい」
直接的な言葉を言うのは恥ずかしくてルリは曖昧に告げる。廉はそれ以上追求せず、触って、とルリを促した。


「ど、どうやって触ればいいの?」
「襞が あるから。その間を上下に 撫で上げて。」
ルリは言われた通りに割れ目に沿って指を動かしてみた。途端、今まで感じたことのない甘い痺れを感じて声が出ないようにきゅっと息を止めた。それを繰り返すと自然と苦しくなってハアハアと息が弾む。
「それ から、入り口の上に小さなボタンみたいのがある から、さわって」
息を抑えたまま、指で言われるままに“ボタン”を探す。探り当てたそれを指先で擦るようにすると、電流が駆け抜けるような強い快楽が訪れ、ルリは思わず声をあげた。
「ルリ、気持ち い?も、入れて い?」
廉の息遣いも荒くなっている。答えなければ、と思うのに息が苦しくて恥ずかしくて、言葉が出てこない。やっとの思い出で「ん」と返すと、「入れる よ」と乱れた息の隙間から廉が言うのが聞こえた。
指を動かしていると、断続的に強い快楽が訪れ、その強い刺激に耐えているうち、ルリの中に訳のわからないおそれが生まれてくる。
このままだとどうにかなってしまいそうで怖い。一人でそこにいきたくない。いや!レンレン、レンレン来て!
ルリが廉の名前を叫びかけたとき、廉が「ルリ!」と感極まったように名前を呼んだ。それと同時に体がふわりと浮くような感覚が訪れ、ルリは自分が達したことを知った。


肩を弾ませながら起き上がると、真っ赤になって涙に濡れた自分の顔が鏡に映るのが見えた。それを見てさらに赤くなったルリは「レンレンのバカ!」と思わず叫ぶ。
次、会ったときどんな顔すればいいのよ!?
ていうかこれからどうしよう!?
そう思って携帯を見ると、先程の衝撃で切ってしまっていたらしく、今の呟きは聞かれていなかったとわかった。掛けなおそうか逡巡していると、着信音とともに携帯が震えて、ルリは慌てて通話ボタンを押した。
「ルリ、だ、大丈夫?」
「…何が?」
「え?だ、だって さっき イ」
「わ――――――――!」
先を言わせないよう全力で叫ぶ。
「レンレン、今のなし!忘れて!わかった!?」
「え、や、やだ。ムリ」
「忘れないなら別れるわよ」
「えっ!?や やだ」
「だったら忘れて!わかった?」
「うう…い、いや だ!」
何この頑固者。何でうんって言わないのよ!
「だ、だって!う 嬉しい から。わ、忘れたくない よ」
「…」
「ルリ、好き。会いたい」
「…私だって会いたいわよ」
「そいでちゃんと したい」
「私だって…」と言いかけてはっとする。私、こんなに口下手な男の口車にまんまと乗せられちゃってる!
今日の私、レンレンに振り回されすぎだ。
野球に対する執着心が尋常じゃないのは知っていたけれど、それは人にも発揮されるものだったらしい。けれども、その対象が自分であることが嬉しい、と心のどこかで感じてしまっていて、ルリは末期かも、と小さく呟いた。


朝練が終わって部室に入ると田島と三橋が何やら話し込んでいた。
昨日うまくいったのかな。
自分の下世話な好奇心に半ばうんざりしつつ、二人の会話に耳を傾ける。
「そっか~。でもやっぱ阿部ってすごいな!」
「う うん!阿部くんはすごい よ」
阿部?何で阿部。
そういや昨日阿部も一緒に田島ん家に行ったんだっけか。阿部もベンキョウ会に参加したんかな。意外だな、と思っていると当の阿部が入ってきた。
それに気づいた三橋が一目散に阿部の元に駆けていく。
「あ、べくん!あ、あの昨日は」
「おー、どうだった?うまくいったか」
「う うん、阿部くんの言うとおりだった よ」
「そっか。てかおまえ割と記憶力いいんじゃん。相手校のデータもあれくらい飲み込み良きゃいいのに」
「へへっ」
「笑って誤魔化すんじゃねえよ」
会話から推察するに昨日のセンセイは主に阿部がつとめたようだ。なんか納得。阿部って言葉で女を追い詰めるのとか異様にうまそうだ。綿密にデータ収集して相手の弱点を突くプレイ。自分の想像にげんなりする。得意げな阿部がはっきり言ってキモい。
でも三橋はそうは思わないみたいだ。
「阿部くんはスゴイよね!」
「オレはいつもやりたいと思ってて…たけど」
「いっつも全然ダメ で、」
「だ、だからっ、あ ありがとう、阿部くん」
純粋な感謝の言葉が次々と繰り出される。阿部もさすがに恥ずかしいらしく「いや、おまえの力だよ」とかなんとか謙遜めいたことをつぶやいている。
そこでひときわ大きく三橋の声が響いた。
「そ、そんなこと ない。阿部くんはスゴイ ひとだ!だ、だって彼女 いたことない のに!」
朝の和やかな空気がピシリと音を立てて固まり、その3秒後阿部のウメボシが発動したのは言うまでもない。
最終更新:2008年01月30日 22:46