7-158-163 アベチヨ いまさら阿部誕


阿部の誕生日は、試験のど真ん中だった。
この日の試験は終わったが、明日のテストを考えるとちっともハメを外せないという
誕生日に相応しくない迷惑な1日である。
試験の出来の悪さにげっそりして廊下に出ると、見ず知らずの女子生徒に声を掛けられ、
誕生日プレゼントを渡されるというハプニングがあった。
ついでに、という雰囲気でクリスマスの予定を聞かれる。
「部活の後、部員ン家になだれこんで飲み食いする話になってる」
「そーなんだ……」
残念そうに去っていく女子の後姿を見ながら、真冬まで引っ張った野球部のネームバリューを実感した。
居心地の悪さはあるが、男として悪い気はしない。
昇降口に向かうまでに、似たようなことが繰り返され、気づくと両手にプレゼントを抱えていた。
さすがに、ドッキリかなんかじゃねーかと疑いたくなってきたところに、
「あ、阿部くん、お誕生日オメデトウ!」
またかよ、と振り返る前に、声で相手を特定する。と、同時にやっと謎が解けた。
「お前か……っ?」
「ええっ?」
篠岡が身を硬くして目をぱちくりさせていた。
阿部と篠岡が周りに隠れて付き合い始めて数ヶ月。
学校では滅多なことでは2人だけになるようなことはしない。
誕生日のコールなら、篠岡は電話でカウントダウンをしておめでとうを言ってくれた。
メールもくれた。……だから試験勉強が疎かになったというレベルではないが。
本人に直接伝えたかったのだろうその気持ちは嬉しいが、言わずにはいられなかった。
「さっきから、知らねー女から俺の誕生日祝われた理由判らなくて不気味だったんだよ!」
「阿部くんの誕生日を聞かれたから教えたんだけど、迷惑だった?」
不安そうに阿部を見上げる篠岡の瞳は大きくて、小動物のように可愛い。
「いや、俺がその立場だったら教えねーから、最初思いつかなかった」
篠岡は、首を傾げている。意味が通じていないので、阿部は続けた。
「例えば!だけど、俺がプレゼントくれた女になびいたら、どーすんだよ」
少し間があって、篠岡の顔がみるみる蒼白になった。
「わ、私、阿部くんのこと、好きな気持ち凄く判るから、い、一緒に応援……」
大真面目に受け取られてしまい、失言を悟った時には遅すぎた。
「どうしよう、お誕生日なのに私、何も用意してないし……」
篠岡の目にはうっすらと涙の膜が出来、落ち込みモードだ。
「俺がいらねーって言ったから気にすんな。あと絶対、浮気しねーから」
最後は小声になっていた。イベントは苦手だから何もするなと厳しく言ったのは阿部の方で、
篠岡の不備ではない。

正確には、「篠岡がそばにいてくれれば他になにもいらねー」とかなんとか……
我ながら似合わない発言をかました。
篠岡は笑ったりからかったりせず素直に喜んでくれるから、阿部は2人きりの時は
輪をかけて、「若気の至り」の王道を暴走している。
が、篠岡にベタ惚れの自分を部員に知られるくらいなら、舌を噛んで死んだ方がマシだ。
「女ごときで変わってたまるか」という自分自身への見栄もあり、誕生日だろうが
クリスマスだろうが、試験や部活を優先すると阿部は決めていた。
篠岡は表向き、彼氏も好きな男もいない。
昇降口は人目が多いから、このままでは篠岡と付き合っていることがバレてしまう。
「ちょっと移動すっか」
こくり、と篠岡はうなづいた。

試験中の部室は、当然のことながら人気がない。
壁を背に床に腰を下ろす。
阿部は、突っ立ったままの篠岡の手を掴んで、隣に座らせた。
彼女の手の冷たさに驚いて、掴んだまま自分のポケットに突っこむ。
篠岡は一瞬戸惑ったが、おずおすと指を絡ませてきた。
「試験中だから、今日はナシ」
「何が?」
判ってるのかいないのか、おっとりと篠岡が微笑む。
ポケットの中で、ひんやりとした指が阿部の手の甲を撫で、思わず握り返した。
噂で彼女を狙っている男の話を聞くたびに、阿部は優越感よりも罪悪感で複雑になる。
イベント嫌いで、プレゼントもしたことがない自分といて、篠岡は幸せなんだろうか?
指が離れ、篠岡が阿部の足の間に滑り込んできた。
篠岡が阿部に跨るように圧し掛かり、その少し無理な体勢にスカートが捲れ上がった。
阿部の唇がふさがれ、下唇を甘噛みされる。可愛い舌が侵入してきて、歯を刺激した。
舌を絡ませて応えようとして、篠岡なりのプレゼントなんだと気がついた。
激しく情熱的な篠岡が、誕生日のプレゼント。
が、阿部のボタンに指が伸び、さすがに焦った。
「今日はしねーって」
「寒いの……」
「じゃあ、今日はもう…」
「いつも阿部くん、『暖めてやる』って……してくれるでしょ」
「はぁ?」

誰がそんなみっともないこと……って、俺だ!
自分の吐いたセリフの破壊力に、阿部は打ちのめされていた。
穴があったら己を突き落として埋めたいくらい、似合わない。
なにイイ男ぶってんだ、テメー。
「それに、阿部くんと付き合ったら『いつでも気持ちよさ味わわせてやる』って……」
い、言いました。しかもヤッてる最中に耳元でくり返しねちっこく。
篠岡に他の男に目移りされたら嫌なんで、出来心でつい。
「それに、可愛いって私の…」
「言うなっ」
首を絞めたくなる。篠岡じゃなくて、恥ずかしいセリフを言った時の自分の首を。
思い出して悲鳴を上げたくなるほど陶酔した言葉も言ったし、周りが知ったら
引かれるようなこともやった。
恋愛で、女はどんどん綺麗になっていくのに、男の自分は馬鹿になるから焦るのだ。
篠岡のような可愛くて優しい彼女がいたら、男なら舞い上がりもする。
「自分の恋愛沙汰に浸って何が悪い!」と開き直って甘い言葉を囁いてきたとはいえ、
それを確認されるのは……勘弁してほしい。
「そりゃ、俺の部屋ならいーんだよ。ここ底冷えするし、試験中だし」
「私が上げられるの、これくらいしかないから」
そう言って、篠岡はぎゅっと抱きついてきた。甘い香りに決意が揺れそうになる。
「……気持ちだけ、貰っとく」
阿部は泣く泣く答えた。
チクショー、篠岡が乗り気だなんて久々なのに。明日の試験が数学ならツブシが効いたのに!
明日は2つとも暗記物な上に、今日の出来が最悪だったから足掻く必要があるのだ。
「クリスマスの方は断るから」
妥協出来るギリギリのラインを提案してみる。
が、篠岡は下を向いて首を振った。
篠岡は、付き合って初めて迎えるクリスマスを阿部が部員たちと過ごすと言っても、
ゴネたり泣いたりしなかった。普通の女ならキレるのに、さすが野球おたくは理解が
あると感心していたのだが。
「な、そうしよう」
力を込めて篠岡を抱き返した後、おでこ同士を合わせて篠岡の目を見る。
いつもなら、これで機嫌が直る。
が、篠岡は頑なだった。
「そんな阿部くんは、嫌い」
「あぁ?」
反論しようとする阿部の耳に、携帯の呼び出し音が飛び込んできた。

篠岡を睨みつけたまま、携帯を取り出す。名前を確認すると花井だった。
今日が阿部の誕生日だと知って、「帰りに何かコンビニで奢ってやる」と言っていた。
水谷も含め、他の部員も一緒かもしれない。
「……出るぞ?」
阿部は篠岡にディスプレイの表示を見せて言った。
ふっと篠岡の目つきが変わった。阿部から身体を離して、穏やかに微笑む。
マネジの顔だ。
今まで、こうして篠岡に我慢させてきたんだ、と気づかされた。
……電話に出たら、行かなきゃいけない。
ワリぃ、花井。
俺の誕生日だから、今日は篠岡を選ばせてくれ。

阿部は携帯を放り出し、篠岡の手首を握った。
「あ、阿部くん?電話……」
「いーから」
「良くないよ。みんなを優先して」
「俺の誕生日なんだから好きにさせろ」
篠岡が返事をする前に、口をふさいでしまう。
最初は抵抗していた篠岡も、電話の呼び出しが切れ、また鳴り、留守電に切り替わり、
メールの着信に変わり、収まる頃には阿部の動きに反応していた。
「……ここ冷えるから、脱がさねーぞ」
「今日の、特別に可愛いんだよ」
阿部がチ、と舌打ちをする。
ブレザーの下のブラウスのボタンを外して、キャミソールの下から指を滑り込ませた。
阿部は「偏って形が悪くならないように」と言い訳をして乳房を片方ずつ念入りに吸う。
舐め上げられて、冷たい空気に触れたそこはヒンヤリして、篠岡は震えた。
早く暖めて欲しかった。
「……私が、してあげる」
篠岡がファスナーに手をかけると、阿部はそれを遮った。
「え?なんで?」
「冷てーから、篠岡の手」
縮む、と篠岡の手の温度がさらに下がるようなヒドイ言葉を言い放つ。
してあげたいことで頭がいっぱいだった篠岡は、混乱したまま阿部に押し切られてしまった。

篠岡の中は暖かく、ねっとりと吸い付いてきた。
あまりの気持ち良さに、気が遠くなりそうになる。
小さくあえぎながら、篠岡の白い肌が赤く染まっていくのを見るのが好きだった。
もっと暖めてやりたい。
彼女の肌から、甘酸っぱい香りが立ち上った。
充血したペニスと結合した部分が痙攣して、篠岡の身体がビクビクとはねる。
「気持ちイイだろ?」
「はッ、ぁあ!」
「俺じゃなきゃ、満足出来ねー、よな?」
「はッ、うぅ、んッ……ぁあっ」
突き立ててガクガクと腰を打ち付けるように動かすと、篠岡は小さく悲鳴を上げた。
「あ、熱いよ……溶け、ちゃう……っ」
必死でしがみついてくる篠岡が可愛かった。
放出されて、ビリビリと脚から頭にかけて駆け上がる快感の波に、苦しそうに喘ぐ。
好きだ、とか愛してる、とか……勢いで言ってしまったが、本心だからいい。
また後日、篠岡に言われて頭を抱えるかもしれないけど……。
終わってから、動けない篠岡の局部を、阿部はティッシュで拭い取ってやった
女はずるい、と思う。
波が複雑で、長くて、いつまでも身体を震わせて余韻に浸っている。
「あぁ、や、やめ……」
片脚を持ち上げ、膝裏にキスする。弱いのだ。
篠岡はたった今満足したばかりなのに、恥ずかしいポーズを取らされ脈打つ自分をじっと
観察されて、朦朧としながらも涙が出そうだ。
阿部は、嫌がることも弱点も知っていて、わざとやっている。

(阿部くんの馬鹿……)
篠岡の呟きは声にならなかった。
せっかく、可愛い下着を着けてきたのに見てない。
阿部に触られて胸が大きくなったと思うのに、一緒に喜んでくれない。
ダイエットして、コスメに気を使って、他の男で満足出来るか確認する気もないくらい、
阿部しか見てないのに、それすら判ってない。
誕生日だから言うことを聞けなんて言ったけど、いつでも自分勝手だ。
なんでこんな人を好きになったんだろう?
「もう、やめてね」
「ワリぃ。ついイロイロ、篠岡の身体調べたくなって……」
「それもあるけど、阿部くんは野球とみんなのこと、優先しなきゃダメ」
自分がチームメイトとの輪を乱すのは、嫌だった。
本当は、引退までは付き合うなんて考えてなかったのだ。

阿部に巧妙に自分の気持ちを引き出され、言いくるめられ、逃げられなくなってしまった。
彼の捕手としての立ち位置に、似てるかもしれない。
「三橋くんの気持ち、ちょっと判る……」
「あぁ?」
「緻密で、強気で、変態的で……阿部くんナシでは、立っていられないの」
「ヘンタイ?」
阿部は不満そうに言う。が、自覚はあるのでそれ以上は飲み込んだ。
「男はオタクか変態か、その両方」と友達が言ってたけど、阿部以外に男を知らないから
阿部がノーマルなのか篠岡には判らなかった。
自分が阿部に愛されているという実感は強くある。だから、それで良いんだと思う。
篠岡の目線は、阿部が貰ったプレゼントに向いた。それに気づいて阿部が、
「俺は、篠岡からのプレゼントが1番嬉しいから……」
「じゃあ、クリスマスプレゼントは?」
「今度は俺がやるから。篠岡が欲しいもの、教えてくれ。俺、今までなにもして
来なかったし」
篠岡は身を起こして、阿部を見上げた。
「クリスマスは部活だし、その後みんなと過ごすんだもの。今日ちょうだい」
「何を……。え?」
篠岡の表情を見て、阿部はやっと理解した。
阿部は慌てて飛びのく。
「はあぁー?明日もテスト!出来ねーよ!!」
「それは私も一緒だよ。なんなら一緒に追試受ける?」
「テメーと一緒にすんな!追試なんて俺だけだ!」
「阿部くんのお陰で、手もあったかくなったし。ね?」
篠岡の右手が、ぺたりと阿部の頬に触れた。
12月は、阿部くんの誕生日とクリスマスがあって素敵だ。
クリスマスプレゼントの次は、お年玉もねだっちゃおうかな……?
泣き笑いのような阿部の表情に、篠岡はくすりと笑った。
最終更新:2008年01月30日 22:54