7-217-221 スヤチヨ ◆VYxLrFLZyg



「千代ってさ。一体彼氏と、どんな話するわけ?」
「はえ? 別にフツーだよ?」
「でもさ。あのカレシでしょう?」
そういって、難しそうな顔で何か想像しているみたい。
悩み続ける様子を無視して、私はさっさとお弁当を食べ終えた。
「じゃねっ。お先!」
「あっ! 千代! こっちの質問終わってない!」
「部の用事あるから! またねぇ!」
停止の声を無視して、私はさっさと教室から出た。
一緒にお弁当を食べてる友達から、突然そんなことを聞かれて、実は正直焦っちゃった。
部の用事なんて何もないのに、思わず逃げ出しちゃった。
まあ、質問したい気もなんとなくわかるような。
確かに、すごく不思議で、謎な人だもんね。

巣山くんて。

まんま野球部ってかんじの外見で、花井くんも坊主だけど、巣山くんとはちょっと違う気がする。
田島くんみたいにふざけた所はないし、冗談言ってるのなんだか想像つかないし。
守備もうまいし、打撃もうまいんだけど。4番にはなれない3番手で。
でも、ちっとも腐らない。
打順が変わっても淡々と仕事する職人って感じ。
そんな所に、私はきっと惹かれたんだと思う。

行くあてもなく教室を出たせいで、どこに行こうか迷う。
こういう時、カレシの教室に行くのが多分フツーの行動なのかもしれないけど。
私達の間にそんなのはない。
みんなの前で、いちゃつ・・・じゃなくて、みんなの前で二人で話すのとか
巣山くんは嫌がりそうで、こんな時顔を見たくなっても私は我慢するしかないかな。

あくまで、みんなの前では・・・なんだけど。

私はふと、先週巣山くんの家に行った時のことを思い出して笑ってしまった。
思わず足を止めて、笑いを収めるために窓の外に視線を向けたら、背後から呼びかけられた。
「篠岡。どうした?そんな所で?」
振り返ると、噂をすればなんとやらで、巣山くんが立っていた。
「や、特に何もないんだけど、なんとなく手持ち無沙汰でぶらぶらしてた所だよ。」
「へえ、珍しいな。」
そのまま、巣山くんは黙ってしまう。
本当に口数が少ないよね。
それでも、立ち去ることなく私の隣で一緒に窓の外を眺め始めた。
珍しい。
校内でこんなこと嫌がる人なはずなのに。
不思議に思って思わずじっと眺めたら、視線に気づかれた。

「何?」
「いや、巣山くんは用事とかないの?」
「オレも、どうしよっかなって思ってた所だ。」
「栄口くんは?」
「委員会の用事でどっかいった。」
「ふうん。」



そのまま、二人で何気なく窓の外を見る。
いつも二人でいるときは沈黙が多いんだけど、学校での沈黙って結構辛い。
なんだか居た堪れなくなって、慌てて用事をひねり出して見る。
「あ、私グランドの整備でも行ってくるよ。暇だし。」
巣山くんを仰ぎ見てそう言い放ち、さっさとその場から離れようとしたら、
巣山くんが無言で着いてきた。
「え~と?」
「オレも手伝う。暇だし。」
このまま二人でグラウンドまで移動するの?
校内で二人で行動するのすっごく嫌がる人だと思ってたのに。
意外だな。
断る理由もないし、珍しい行動を疑問に思いながらも、二人で移動することにした。
まず部室に寄って、ジャージに着替えようとしたら、巣山くんまで部室に入ってきた。
そのまま机にごく自然に座って、ぼけっとこっちを見ている。
「あの・・・。巣山くん。私着替えたいんだけど。」
「あ、そうか。悪い。」
はっとしたように慌てて机から降りて出ていこうと部室のドアに手をかけた巣山くんは
なぜかそこでこっちを振り向いた。

「っていうか。別によくないか? そのまま着替えても。」
真面目な顔の、不真面目な台詞に、私は羞恥心で真っ赤になった。
「よ、よくないよ! それとコレとは別だよ!?」
慌てて抗議した私を、巣山くんはあっさり無視して、出て行くことなく私に近寄ってきた。
思わずじりっと後さずった私にお構いなくさらによってくる。
「考えたら、今って二人きりなんだな。」
「はえ?」
突然の台詞に、ぽかんと巣山くんを見上げてしまう。
「いや、普段学校いる時って、どっか感覚違う気がするんだけど、今も立派に二人きりだなって思って。」
真面目な顔でとんでもないことを話す巣山くんに私の顔はますます熱くなってくる。

「巣山くん?」
私がそう問いかけたのを合図にしたかのように、私をぎゅっと抱きしめた。
「篠岡、かわいい。」
わざわざ私の耳元に口を寄せ、呟く。
巣山くんのスイッチが完全に【二人きり】モードにはいっちゃった。
そのままだと、巣山くんが辛いのか、抱きしめられたままじりじりと移動させられる。
さっき巣山くんが座ってた机に再び腰掛け、身長差を失くして。
正面から抱きしめられてたのを、くるっと身体を回されて後ろから抱きしめられる。
いつものパターン。

私の髪に顔を埋め、両腕が身体に回されてぎゅうっときつく引き寄せられて。
髪を唇で掻き分けて、うなじに唇を落とされて、私は思わずびくっと震えちゃう。
「篠岡、かわいい。」
「かわいい、篠岡。」
ずっと囁かれるその言葉に、だんだん頭の芯がぼうっとなってきちゃう。
巣山くんはいつもそう。
小動物を可愛がるかのように、二人きりの時はこうやって私を離さない。
普段の会話は全然ないの、この時はずっと何かを呟く。か、かわいいって。
いつもは巣山くんの部屋でしかこの状態にならないのに、今日はどうしちゃったんだろう。
でも巣山くんのスイッチの切り替えは素早い。
部屋でこの状態でも、お母さんがきたら一気に素に戻ってウザそうに追いやるもんね。
で、出て行ったら、またこの状態になる。
そのままぼうっとして、耳元で囁き続ける巣山くんの言葉を聞いていたら。
不意に、巣山くんの手が、私の胸に触れた。


「すっ! 巣山くん!?」
「あ、悪い。つい。」
巣山くんはそう謝るけど、手は一向に胸から離れなくて。
そのまま力を込められてしまった。
大きな手に、服の上からだけどスッポリ包まれて、きゅうっと揉まれた。
途端に、私の身体に電気のような感覚が走りぬける。
膝が震えはじめて、力が抜ける。
背中にかかる巣山くんの体重を支え切れなくなって少しふらつくと
巣山くんの腕が肩から腰に回って、ひょいと抱え上げられた。

机の上に座る巣山くんの、膝の上に座らされた。
至近距離から顔を覗きこまれて、恥ずかしくなってきちゃう。
そんな私を、面白そうな表情で見つめて、ニッと笑った。
「かわいい。篠岡。」
同じ台詞をひたすら繰り返す巣山くん。
普段と、この時とのギャップに私はいつも戸惑っちゃう。
思わずぼうっと巣山くんを眺めてたら、巣山くんの手はどんどん服の中に入ってきて。
「あの、ちょっと。巣山くん!?」
「大丈夫。まだ20分ある。」
「いや、そういう問題じゃなくっ!」
私の抗議を聞く耳もたないと言いたいのか、問答無用で唇を塞がれた。
途切れた私の語尾は巣山くんの身体越しに私にも振動が伝わる。
手がお構いナシに私のいろんな所をまさぐって、理性が飛ばされそう。
ほんの少し巣山くんが唇を離した時に、がんばって文句言わなきゃと力をいれようとしたら
「5分でいけるだろ?」
そう呟いて、私の下着の裾から指を侵入させてきた。
「やっ・・・。んんっ・・・!」
恥ずかしい。
実は抱きしめられた時からずっと期待してたと思われたらどうしよう。
それぐらい、はしたなくなっちゃってると思う。

巣山くんのその言葉どおりに、私の身体はどんどん熱を持っていくようで。
かき回される巣山くんの手は、不思議なくらい私の頭を白くさせていく。
「ここだろ?」
「やっ!! やあんっ・・・!」
その言葉と同時に、私は巣山くんにしがみ付いていた手にぎゅうっと力を込めて。
指から伝わる波が、私の身体を飲み込んでいき。
頭の中で白い火花が弾けた。

「あっ・・・。っはあぁ・・・。」
荒く息をつく私を、巣山くんは引き抜いた手を肩にまわして胸に押し付ける。
「かわいい。篠岡。」
頭の上から響く甘い声に、朦朧としてしまい、身体に力が入らない。
足に当たる暖かい感触に、ふと見上げると、巣山くんは不思議そうに目をくりっと動かした。
「あ、あの。巣山くんは?」
私だけその、気持ちよくなってしまったことにほんの少し罪悪感がわいてくる。
でも、次の巣山くんの返答に、私の目がまんまるになった。


「いや、オレはいい。」
「え? そうなの?」
「いや、半分の状態だし。」
巣山くんは時々よくわからないことを言う。
私がきょとんとしたからか、巣山くんは言葉を続けた。
「半タチの状態だから。ほっとけば収まる。」
よくわからないけど、そういうものなんだろうか。

「っていうか、篠岡スゴイな。」
巣山くんの言葉に、私がますます困惑すると、すっかりスイッチが切り替わった巣山くんがそこにいた。
「ここ、部室なのに。篠岡が抵抗しないことにちょっとびっくりした。
 でもって、オレが意外に真面目なことに自分でびっくり。」
「はあっ!?」
巣山くんの言葉に、私の顔に一気に血が集まって羞恥やら怒りやらで手がぶるぶる震えてきちゃいそう。
信じられない! 
ま、まるで私がその、い、インラ・・・って言ってるようなものだよね!?
「巣山くん。今自分が何を言ったか気づいてるの?」
「篠岡は結構エロイよなってことだろ?」
あっさり言った普段どおりの巣山くんに、私は言葉を失って口をパクパクさせて。
何か言わなきゃ、何か文句を言わなきゃと思うのに、
何を言いたいのか自分でもわからなくなって。

「巣山くんのバカ! だいっきらい!!」
その言葉に私はカッとなって、慌てて巣山くんの膝の上から飛び降りて
そのまま後ろを振り返らずに部室から飛び出した。
背中に巣山くんの制止する声が聞こえたけど、知らない!



その日の部活は、最初は巣山くんを見るたびに腹がたって仕方なかったけど
終わる頃には、巣山くんの言葉は正しいことを認めなきゃという気分になった。
そういえば私もヒドイ言葉を言ったことを思い出し、謝らなきゃいけないと思い
みんなの終わりを待つことにした。
メールでもいいけど、やっぱりきちんと顔を見て話したほうがいいだろうし。
普段は一緒にあんまり帰らないけど、今日の事情ではしょうがないよね。

みんなが着替えてるのをまんじりと待っていると水谷くんが巣山くんに耳打ちしてるのが見えた。
「巣山さ、篠岡とケンカでもした?」
水谷くん。全然小声じゃないよ・・・。聞こえてるよ。
かといって反応するとそれを認めることになるし、聞こえないふりしなきゃ。
「別に? ケンカなんてしてないぞ?」
でも巣山くんの言葉に、思いっきり反応してしまった。
思わず呆然と巣山くんを真っ直ぐ見てしまい。
周りの視線が私と巣山くんと交互に刺さる。
水谷くんがさらに口を開くのが視界の端に見えた。
「篠岡、見てるよ? 今日篠岡ヘンだったし、巣山、何か怒らしたんじゃないの?」
普段どおりを心がけてたのに、なんで水谷くん気づいてるの?


「いや? 別に怒らせてないぞ。」
それに答えた巣山くんの台詞に、私は今度こそぽかんと口を開けてしまった。
な、何言ってるんだろ?
思わずパクパクと口を動かしてじっと見てると、私の視線に巣山くんが気づいた。
「篠岡は、あれだよな? ツンデレ?って奴。」
ニッと笑って私を見る巣山くんに、私の頭の中は真っ白になった。

ツ、ツンデレ!?
私が!?
あんなこと言って、私が怒ったのが、ツンデレ!?
だったら、だったら巣山くんは!?

「な、何を!だ、だったら! 巣山くんはデレデレじゃない!」

思わず口をついて出た私の言葉に、巣山くん以外全員が頭を抱えてうめき出した。
「うわ~。想像できねえ!」
「で、デレデレ!? 巣山が!?」
「・・・聞きたくねえ。」
「やめてくれ~。イメージを壊さないでくれぇ~。」
「そもそもツンデレってなんだよ?」
「デレデレってもっと何だよ・・・。」

思わず両手で口を塞いだけどもう遅い。
みんなの反応と、一人涼しげに着替えを続ける巣山くんに
私は恥ずかしくて、居た堪れなくなって目尻に涙が浮かんできてしまい。
拭うのもどうしようかと混乱しながら視線を地面に向けてたら、巣山くんに名前を呼ばれた。

「篠岡、帰るか。じゃ、お先ー。」
未だのた打ち回るみんなを尻目に、巣山くんは私の手を引いて歩き出した。
「お、お先でーす!」
手を引かれながらも、まだダメージから戻れないみんなに向かって声を掛け小走りについていく。
グランドを出た頃、巣山くんがくるりとこっちを振り向いた。
少しだけ心配そうなその表情に、ちょっとびっくりする。
「篠岡、昼間のことで怒ったのか?」
「え!? そ、そりゃ・・・。怒ったよ?」
「そうか。それは悪かったな。悪い。」
その初めて見るしょんぼりした雰囲気に、私は何だか笑いがこみ上げてきて。
「あ、あははっ! もう怒ってないよ? 私もキツイこといってごめんね?」
私がそういうと、巣山くんはどこか不思議そうな顔で首をかしげた。
「何か言ったか?」
その返答に、私の顎が見事に落ちたに違いない。
なんだか一人でもんもんしてたのが、本当にばからしくなってくる。
「ホラ、キライって言っちゃったから・・・。」
私がそう言うと、巣山くんが納得した表情になって、うんと頷いた。

「でもソレ、嘘だろ?」
ニッと笑ってそう言い、珍しく私の手を握った巣山くんに。
私も笑顔を返すしかなかった。


終わり
最終更新:2008年01月30日 22:58