7-255-265アベチヨ 相性占い・アベチヨ
篠岡side----
教室で友達と雑誌を見ていたら、水谷くんが「何読んでんの?」と寄ってきた。
「占い特集だよ」と友達が答えると、水谷くんは渋い顔をした。
「人間を4つに分類しようなんて乱暴だよなー。俺、血液型占いは信じねーよ」
「あ、私も!」
思わず同意する。血液型を答えると、引かれるのもイヤ。
とはいえ、水谷くんは
「花井はどうみてもAだよな。阿部はBかぁ?」
と、自分がB型なのに墓穴を掘るようなことを言っている。
そこに調度、阿部くんが通りかかった。
「俺はO型だけど?」
「阿部のどこが、お・お・ら・か・なO型ぁー?ねえ、篠岡ホント?」
「俺がOだって言ってるのになんで篠岡に聞くんだよ!」
私はみんなのプロフィールは頭に入ってるので、全部答えられる。
A型から順に言っていくと、
「ああ、どーりで」
阿部くんが1人で納得していた。
「三橋、ABか。合わねーわけだ」
「え?」
「AB型は天敵だ、俺」
私は、自分がどんな顔をしたのか、覚えていない。
その日のおにぎりを配り終わり片付けようとしたその時、阿部くんに呼び止められた。
その後ろには花井くん、水谷くんたち。
「メールじゃダメだからな」
「ちゃんと謝っとけよ」
「うっせー」
答えた阿部くんに泉くんが一言、
「阿部、最悪」
とトドメを刺して通り過ぎて行った。
花井くんたちは「じゃ、先に行ってる」と言い残して立ち去る。
このやりとりで、阿部くんが何を言うのか予想がつく。
謝られても、困るよ……。
申し訳なさそうに阿部くんが言った。
「ワリぃ、その。花井が7組はバラバラだと覚えてて……」
「うん」
A型が花井くん。B型が水谷くん。O型は阿部くん。私は――AB型。
「あんな言い方されたら、なんとも思ってねーヤツから言われたってムカつくよな」
「別にいいよ。そんなの、気にしないで……」
と言いかけてハッとした。
今、なんて言いました?なんとも思ってない?私が?
そこは、断固訂正を要求したいよ!
なんとも思ってないどころか、阿部くんを前にすると舞い上がってしまうし、
部活を引退したら即、縁が切れそうなほど野球しか共通点なくて
今から心配なくらいだし。
目が泳いでいる私に、阿部くんが首をかしげている。
「篠岡、具合悪いのか?」
「う、ううん!ううん!」
強く首を振りすぎてくらくらした。これじゃ私、怪しくて頭の悪い子だ。
それでも奇跡的に、ずっと気になってたことを思い出した。
「あ、阿部くんは、なんでAB型ダメなの?わ、別れた彼女とか?」
阿部くんは一瞬固まって、怪訝そうに答えた。
「シニアの時組んでた俺様投手がそーだったから、だけど?」
「あ、そ、そうなの」
女の子じゃなくてホッとした。とりあえずその投手、一生恨む。
「タイプは逆なのに、三橋の考えてること理解出来ねーから、やっぱ
相性ワリ……あ、別に篠岡がどーとかじゃなくて」
阿部くんが大真面目な顔で訂正した。
謝ってるんだか喧嘩売ってんだか判らない、そんな大雑把な阿部くんも、私は好きで。
だけど、話す時はいつも部活のことで、2人きりでプライベートな話をする
機会なんてそうはない。というより、記憶にない。
……もしかして、阿部くんにアピールする絶好のチャンス?
「あ、あの……血液型の相性は悪いけど、阿部くんは射手座で、私は牡羊座で、
同じ火の星座だから星占いはバッチリなんだよっ」
コンビニに並んだ占い特集の雑誌が目について、最初に星座の相性を確認して、
凄く嬉しかったから思わず買ったのだ。
「……そりゃ良かった」
一拍置いて、やっと阿部くんが笑ってくれた。
「……阿部くん、嬉しい?」
「部活とクラスが同じで、相性が最悪だったらストレス溜まる」
「そ、そうだねー」
恋愛体質じゃないのは判ってたけど、これほどまでニブい人だとは思わなかった。
どうして私が調べたのかっていう想像力、働かせよーよ!
この人、味覚障害ならぬ、恋愛障害なのかも。
「篠岡、顔色悪いぞ」
「だ、大丈夫……」
本当に相性が悪い気がしてきた。
変な間が出来てしまい、阿部くんは居心地が悪そうに目を逸らした。
「じゃ、引き止めて悪かったな。お疲れ」
「……お先に失礼しますー」
そのまま、阿部くんは背を向けてしまう。
阿部くんの後姿に、思わず私は俯いた。
会話が続けられない自分の頭の悪さに、ため息が漏れそうになったその時。
阿部くんが立ち止まった。目線が私を捕らえる。
「相性、確かめてみっか?」
「確かめるって……?」
この場で出来て、想像することといったら、1つしかないんだけど。
阿部くんって硬派なイメージだったけど、こんなこと言う人なんだ……。
震える両手をぎゅっと握り締め、いつでもどうぞ、と身構える。
きっと顔が真っ赤だと思いつつ目を閉じて固まっていると、
「なにやってんだ?」
不思議そうな阿部くんの声。私は目を開けた。
眉間にシワを寄せて、阿部くんが私を覗き込んでいる。
「……え?」
キ、キスしてくれるのを、待ってるんですけど?
「手ぇ出せ、手」
そう言って阿部くんは私の右手を掴み、ぐっと握った。
「め、瞑想……」
志賀先生の指導でみんなでやるアレだ。1度も隣になったことがないので、
初めての阿部くんの手の感触……なのだけど、そのざらりとした手に触れられていると
考えるだけで、電流が走るように頭の中が痺れた。
自分の勘違いと、触れられている恥ずかしさに、顔が熱くなる。
「……ダメか。全然暖かくなんねーや。マネジだからって、手ぇ抜いてんじゃねーよな」
「ちゃんとやってます!」
これだけ緊張してて、手が暖かくなる訳がない。
阿部くんの手の熱を奪う申し訳なさで胸が痛みつつも、1秒でも長くこうしていたかった。
「そろそろ、戻らねーと」
そう言いながらも、阿部くんは私の手の甲を撫でた。手はそのまま滑り降り、指先に触れる。
「相性とか俺は判らねーけど」
指先をきゅっと握られた。
「野球部のなかった高校に来て、こうして野球やってんだから、篠岡も含めて野球部の連中は
強い縁がある。ま、そうでも思わねーと、三橋と組む自信が揺らぐってのもあるけど」
阿部くんが少し遠い目をして、微笑んだ。きっと、三橋くんのことを考えているに
違いない。
やっぱり、野球に打ち込む阿部くんは素敵で、ますます好きになってしまった。
阿部side----
適当に言葉を交わして今度こそ分かれた後、俺はそっと振り返った。
顔を赤くしたまま、篠岡はぼーっとその場に突っ立っていた。
篠岡は思ってることが、すぐ表情に出る。
俺がわざと気づかないフリをしているのに、いちいちうろたえて面白かった。
マネジが部員の誰かに興味を持ってもおかしくないが、投手とか4番とか主将とかいう
目立つ部員に行かず、捕手の俺なのは野球おたくのこだわりだろうか?
うっかり俺が、「AB型は天敵だ」と言った時の篠岡は引きつっていた。
さすがに篠岡の血液型を知っていたら言わなかったが、結果オーライってことで。
自分の性格や思考は血液型や星座よりも、ポジションの影響が大きいと思う。
相手をじっくり観察して、把握してから攻略したい。
焦って行動したり、特別扱いしない方が、篠岡のようなタイプは落ちるだろうと
俺は読んでいた。
さっきのキスのチャンスは迷った。もちろん、そのつもりで確かめてみるか聞いたが、
誤魔化されると思っていたのに、篠岡は素直に目を閉じた。
俺は見えてないのを良いことに、小さくガッツポーズして、ここは焦らすことにした。
勿体なかったが、機会は今後もあるだろうから後悔しなかった。
意外にも、その機会は早く訪れた。
その日は日曜で部活も休みだったので球場に足を運んだ。
試合自体は期待はずれで、次の打者で最後と考え始めたところで隣のブロックの階段を
上がってくる篠岡が目に入った。
「篠岡ー、帰んのか?」
声をかけると、篠岡がびっくりして立ち止まった。
「阿部くん!」
俺を見つけると、篠岡は嬉しそうにパタパタと人の少ない席を通り抜けてきた。
もし篠岡にアイちゃんのような尻尾があったら光速で振ってるだろう。
「偶然だねー。来てたなんて思わなかった」
「本当はコレに勝った後のカードが見たかったけど、モモカンが観戦を
予定に組んでるか判んなかったから」
「せっかく来たのに、エース温存で残念だね」
普通の女なら、笑う時はニコリとかいう表現だが、篠岡の場合へらっと笑う。
喋る時も大口を開ける。
その口を塞いで、大人しくさせたい願望が疼いた。
篠岡の私服は学校でも見ているが、今日はアクセサリーや踵のある靴が目を引いた。
駅から遠く昇り降りの多い野球場の観戦には、そぐわない気がする。
「帰るトコだったんだろ」
「阿部くんは見て行くの?」
「……一応、9回までは」
ついさっきまで帰る気だったがそう答えた。
もし篠岡に予定があるなら球場を出るだろうし、なければ残るだろう。
案の定、「じゃあ、私も最後まで見ようかな」と言って、篠岡は俺の隣に座った。
「約束とか、あんじゃねーの?」
「ないよ。買い物しようかなって思った程度」
「買い物か……。そーいや、コールドスプレー切れそうだったな。大会始まると
買いに行く時間もねぇし」
コレ終ったら買って帰るかと考えていると、
「あの、あの」
篠岡が両手を握り締めてキョドっていた。
「は?」
「部活の買い物なら、一緒に……」
ああ、その手があったか。
俺は野球くらいしか物欲がないから、部活の備品とは考えずに口にしたのだ。
「自分で買っとくからいーよ」
そう返事すると、篠岡は監督のバイト代を使うからには、同じ品物なら1円でも
安く買いたいから知ってる店で、と言う。耳まで赤くして、本当に判りやすい。
「じゃ、俺も行く」
「い、良いの?」
良いも何も、そのつもりで言ったんだろと苦笑する。
「どーせ暇だし」
じゃあ、せっかくだからいっぱい買っちゃおうと篠岡が嬉しそうに笑った。
締まりのない口元に目が行く。今日中にどうにか出来るか?
試合が終わると、篠岡に言われるままディスカウント店に着いて行き、消耗品を買った。
モノによってはネットの方が安いとか、数を買うならこっちだとか、
マネジとしての篠岡の有能さを再確認する。
荷物はさほど重くはないが、通学時の自転車で運ぶには面倒な嵩になった。
突然、篠岡が口を開いた。
「阿部くん、お腹空いてない?」
「空いてる」
「駅からちょっと歩くけど、良い?」
篠岡が、行きたい店があるらしい。
「渋谷のお店の支店で、すっごく内装も食器もカトラリーも可愛いの」
カトラリーって食えんのか?
個人的には可愛いモノには興味ないし、近い方が嬉しい。
水谷とか花井なら上手く合わせることが出来るんだろうが、俺は理解したいとも思わない。
そういう店は女同士で行けば良いのにと思ったが、篠岡の言うとおりにした。
メルヘンチックな内装と小物、口にするのも恥ずかしいメニュー、圧倒的に女の多い店内。
俺は自他共に認める、場違いな客だった。
スープやサラダが一品ずつ出てきて「全部並べて食わせろ」という言葉が喉まで出かかる。
「阿部くん、迷惑だった?」
渋い顔をする俺に、篠岡は心配そうに尋ねた。
「部活の買い物に迷惑もなにもねーだろ。ま、俺にはこの店の良さは判らねーけど」
「そうなんだけど……。あの、こういうお店知ってると、デートの時に女の子が喜ぶと思うよ?」
探りを入れてきたな、と思った。受け流しておく。
「面倒くさい名前の注文しなきゃなんねーから、いーよ」
「……阿部くん、彼女いるの?」
何気なく聞いたつもりらしいが、篠岡の顔がこわばっているので思わず吹きそうになった。
「は?いたら、1人で野球場に居ねーよ」
「あはは、そうだねぇ。お互い、1人身は辛いねー」
「花井はよく、篠岡に彼氏がいるか聞かれるって言ってたけど?」
「えぇ?」
「告白する前に、マネジを取って良いか主将の花井か学校役員のシガポに確認してくるって」
シガポは「若いんだから当たって砕けるのも良いと思うよ!」と無責任にそそのかし、
花井は「篠岡の自由だから応援も反対もしねーけど」と返事する。
「けど」の後の飲み込んだ言葉は当然、「告白しても無駄だと思う」だ。
篠岡が誰かと付き合っているという噂は聞かないし、相変わらず野球おたくだ。
「私は……」
篠岡が言いかけた時、料理が運ばれてきて、店員が長ったらしい料理の名前を言った。
そんなものはとっくに忘れているし、自分の注文したモノと料理が結びつかない。
篠岡が俺を差して皿が置かれ、もう一方の料理は篠岡の方に置かれた。
「そーいや、9組の連中は『うまそう』やってるらしいぞ」
「阿部くん、ここではやらないでね」
「さっきから食ってるし、こんなとこでメシに集中出来るかっての」
テーブルの小さい花瓶に刺さった花とか、おもちゃみたいなスパイスの瓶とか、
ヒラヒラのクロスとかを顎で示す。具合が悪くなりそうだ。
俺は、細長いパンや香草や、複雑なソースのありがたみは判らない。
ナイフとフォークより箸、質より量、野菜より肉を!
とにかく、さっさと食ってこんな居心地の悪い場所は出ようと決めていた。
が、途中で考えが変わることになった。篠岡の野球の話が面白かったからだ。
ある高校の監督同士が元チームメイトだからチーム作りが似ているとか、
元女子校でもないのに何故あの高校の横断幕はピンクなのかとか、
お約束の応援が意味不明だとか、篠岡はいろんなことをハイテンションで喋る。
殆どがプレーに関係ない雑学だったが、その下らなさが新鮮だった。
野球に関してはうるさいつもりの俺は、時々口を挟むだけで聞いていた。
料理の皿が下げられ、紅茶を飲んでいる時だった。
個別のポットに胸糞悪いカバーがかけられ、俺は篠岡が「このお店は絶対
コーヒーじゃなくて紅茶!」と言い切った意味が判り後悔していた。
篠岡は一通り喋り倒した後、
「他の子と話をすると途中で話題変えられちゃうのに、阿部くんは……」
そこまで言って、ため息をついた。ぐったりして、肩で息をしている。
「どうした?」
「喋りすぎて、あごが痛い……」
馬鹿がいる。愛おしくて抱きしめたくなる程の野球馬鹿が。
もう、この頃には俺も麻痺してどうでも良くなっていて、この珍しい生き物に
雄鶏のカバーを取り去った自分のポットを差し向けた。
「まあ、飲んで落ち着け」
「阿部くん、紅茶ダメだった?」
「どっちかっつーと、なんか食いてーかも」
「じゃあケーキ食べない?阿部くんはこの後の予定……」
「買ったもの、学校に運んどきたい」
この勿体ぶった空間の割には、値段が手ごろなのでケーキを食うのは良しとする。
まあ出費は痛いが、それ以上にこの時間は心地良かったし。
が、その前の手続きを考えると憂鬱だ。苦々しく思いながらメニューに目をやると、
篠岡がそれを取り上げた。
「注文は、阿部くんの分も私がやるから大丈夫」
「え」
「だから、また一緒に来てくれる?」
篠岡がへらっと笑った。
部室に荷物を運び込び、一息ついた。
当然ながら、休日の部室には俺と篠岡以外は誰もいない。
「せっかくだから、掃除して行こうかな」
部屋を見回して、篠岡が言った。
俺は無言で篠岡に近寄り、ロッカーに押し付けた。
そのまま、服の上から胸を擦り、唇を奪い、急かすようにスカートの下に手を潜らせる。
肩のあたりを、無駄な抵抗をする篠岡の手にバタバタと叩かれたが、嫌がって
いないのは判っていた。
下着の上からそっと割れ目を撫でると、ぴくんと篠岡が反応した。
呼吸が深くなるのを隠すように、慌てて俺の手首を掴む。
「あ、阿部くんっ」
「なに今更」
「……い、引退まで、待って」
「なんで?」
「マネジだから、やっぱりダメ……」
さんざん俺を好きだとアピールしておいて、随分勝手だ。
もし篠岡が俺と付き合って、崩れるチームならその程度の関係だと思う。
そんなメンタルの弱い連中のチームが甲子園なんて、とてもじゃないが無理だ。
「その約束、出来ねーよ」
「え?」
「『負けたら篠岡と付き合える』と思ったら、楽な方に逃げる」
正確には「篠岡とやれる」だけど、さすがに自重した。
そんなつもりはなくても炎天下の連日連戦で疲労が溜まり、ある程度の結果が残せていれば、
キツイ場面で配球の組み立てを放棄したくなるかもしれない。
篠岡はみるみるうろたえて、泣きそうになってしまった。
その顎に手をかけて、キスをした。ロッカーに押さえつけるようにして逃がさない。
わざと音を立てて唇を吸う。いつも口角の上がった口が、とまどって引き締められている。
熱っぽい呼吸と、そのギリギリの表情がたまらなかった。
「相性、確かめさせて」
俺は耳元で囁いた。
えっ、と篠岡が口ごもった。恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「だ、だめ……」
「触るだけ」
俺の言葉に大きな瞳が見開かれて、恐る恐る俺を見上げた。
篠岡は押しに弱い。
まして、俺の言葉には逆らわないだろうという計算があった。
わざとすがるように目を覗き込むと、篠岡は小さく頷いた。
長い躊躇はあったが、脱がしてしまえば覚悟が出来たのか、後は簡単だった。
俺は篠岡のキャミソールをたくし上げ、胸の谷間に顔を埋める。
額にネックレス当たった。たった半日のためにマニキュアまでして、
1人で野球場に来るのが女という生き物なんだろうか?
「本当に今日、予定なかったのか?」
「……ないけど、阿部くんに会えないかなってちょっと期待してた」
えへへ、と篠岡は笑う。その唇を見ると、思わず塞ぎたくなってその通りにした。
ブラの中に手を差し入れ、片方の突起をぴちゅ、と口に含むと篠岡が小さく悲鳴を上げた。
「触るだけって…」
「篠岡……美味しい」
俺はその小ぶりな胸を包み込んで、軽く歯を立てる。
変な名前の料理より篠岡の方が美味い。デザートなら、甘くて良い匂いがする篠岡の方が良い。
滑らかな太ももに手を伸ばし、ショーツに手をかけると、篠岡が息を呑んだ。
「あ、阿部く……えっ?」
あぁ、と声が上がり、篠岡の身体が跳ねた。布越しではなく、中に指を潜らせたから。
異物の侵入に、篠岡がパニックを起こした。
「や、阿部く、やだ、……ぁあっ」
逃げないように篠岡の華奢な身体を自分の身体でぐっと床に押さえつける。
蜜がぬめるそこを、優しくかき回した。
「篠岡、自分でやんねーの?」
「んぁ……は、ぁ」
「ここ触るの、俺が初めて?」
ぐにゅりと熱くうねる篠岡の奥深くに、挿れたい欲望が膨れ上がる。
少し乱暴に動かすと、俺の指に反応して、はあ、と熱っぽい息を吐いた。
くっと篠岡の震える指が、俺のシャツをつかんだ。
「……ここか?」
篠岡は、俺の下で顔を背けて「い・や」とかすかな声で抵抗する。
言葉とは反対に、色っぽくて嬉しそうなため息にゾクゾクした。
潤んだ瞳が俺を見る。ここまできたら、篠岡が拒否する訳がない。
自分のベルトに手を掛けると、篠岡の身体に緊張が走った。
いちいち返事を強制する方が、恥をかかせる。
篠岡が目を閉じて唇を噛むのを肯定の意味だと確信して、俺はほくそ笑んだ。
「ご、めんな、さい」
ここで、またも囁くような声。
「……嫌か?」
篠岡はううん、と首を振った。
「私、我慢出来なくて……悪いマネジでごめんね」
一瞬怯んでしまった。
ずっと「高校野球のお兄さん」に憧れていた、理解し難い少女趣味な店が好きな篠岡。
篠岡を打算でたぶらかす自分が、凄く間違った人間に思えた。
そんな俺の葛藤をよそに、辛そうに篠岡が笑う。
篠岡は悪くないのに。今止めれば引き返せるか。恋愛に駆け引きは普通だろ。
捕手の職業病とでもいうべきか、余計なことが頭の中に思い浮かんだ。
が、手は着々とベルトとボタンを外し、「行っとけ!」と叫ぶ本能に従ってしまう。
何より、篠岡の予想を上回る感度の良さに、俺は興奮していた。
今日一緒に過ごして、篠岡と趣味は合わなくともプラトニックでも良い戦友になれると思った。
でもだからこそ、見てるだけで満足したくない。
不安そうな篠岡に、笑いかけた。どれだけ効果があるのかは判らない。
俺が触るだけで、篠岡の身体に電気が走る。元々、感じやすい体質なのかもしれない。
足を押し広げてクリトリスを吸い出して、舌を転がす。
少しずつ篠岡の身体が熱を帯び、俺はさらに奥深く舌を侵入させた。
ガクガクと痙攣しながら、あえぐ可愛い声。
蜜が溢れる。
とうとう我慢出来なくなって、ジッパーを下ろすと、秘裂にペニスを押し当てた。
確認すると一気に奥まで突く。
うくぅ……ぃった……あぁ……キツ……。
助けを求めるかのような、篠岡の弱く鋭い喘ぎも、途中から耳に入らなくなった。
呼吸を合わせたり、痛がる篠岡を気遣ったりする余裕もなく、俺は篠岡の上で荒い息を吐き続ける。
放出した瞬間、恍惚に包まれて、頭の中が真っ白になった。
押し寄せる泥沼のような疲労感に全身がぐったりして、そのまま篠岡に覆いかぶさって、
ただ自分と篠岡の鼓動を体中で感じていた。
小さくて柔らかい篠岡の体温と脈を感じて、気持ち良くて幸せな気持ちになる。
ようやく息がおさまると、俺は上体を浮かせて膝をついた。
ペニスを引き抜いて、一息つく。
「ごめん」
他に言葉が見つからない。
ぐったりとした篠岡のわき腹を撫で、耳朶にキスをした。
余韻に浸っていたらしい篠岡が、ゆっくりと俺の首に腕を回す。
「見てるだけで、良かったのに。……夢みたい」
篠岡の澄んだ目から涙がこぼれ落ちた。心の底から、可愛いと思った。
「緊張してよく判らなかったけど、今は幸せな気持ち」
篠岡も、同じことを感じていたんだ、と判って嬉しさがこみ上げて来た。照れくささもあり、
「俺は……けっこー疲れたな」
すぐ回復するとはいえ、これ程だるさが付きまとうとは思わなかった。
「……そんな感想……」
篠岡はしばらく絶句していたが、ふふっと笑った。いつもの、口を開ける笑い方とどこか違う。
「なに?」
首を振るばかりで言わないのでせっつくと、「友達から聞いた」と言い訳をしてから、
「男の人が、1回する時のエネルギー量って、100メートル全力疾走と同じくらいだって。
阿部くん、走りこみ足りないのかな?」
あれだけ部活で走ってんのに、そんな訳あるか。だいたい篠岡が俺をからかうなんて100万年早い。
篠岡が余計な提案をして、これ以上モモカンに走るメニューを増やされるのも困るな、と思った。
「じゃあ、走りこみの代わりに、協力して?」
俺は篠岡の首筋に唇を這わせる。
「……相性、1回だけじゃ判んねーし」
「ふぇ?」
「何回出来っかな?……現役高校球児ナメんなよ」
さっきから舐めてるのは阿部くんなのに、と訳の判らない理由で篠岡は拒絶しようとする。
「もう、今日は嫌。それに、他の人と瞑想やる時と、阿部くんと手を繋ぐ時は
全然違うから、相性は良いと思うんだけど……」
「へえ」
触れただけで、篠岡を気持ち良くさせられるのは、俺だけなんだ。
誇らしさに思わずニヤリと笑みが漏れてしまい、慌てて言い返す。
「どーだか。篠岡はAB型だから」
「そんなぁ」
篠岡の反応は期待通りで、つい意地悪したくなる。篠岡で遊ぶのは面白い。
篠岡side----
阿部くんが立ち上がる気配があった。
しばらくして、ロッカーからタオルを出して「使って」と手渡してくれた。
そうして、部室にある椅子に背を向けて座る。見ないでくれるのは、すごく嬉しい。
いつもはガサツだけど、そういうところが素敵、としみじみしながら身支度を整えていると、
「あー腹減った。帰るか!」
「……え?」
コンビニ寄ろーぜとか言い出す阿部くんに、耳を疑ってしまう。
私はもっと、時間が許す限り今日は一緒にいたい。今日は記念日なんだよ?
私のミーハーな野球の話を、呆れたりちゃかしたりせずに聞いてくれた阿部くん。
話が合いそうとは思ってたけど、阿部くんを独占している自分が信じられなくて、
きっと今日のことはずっと、1人になった時に思い出して悲鳴を上げると思う。
でも時々、阿部くんは私の内面を見透かしているように感じてしまう。
私の困る顔を見て、楽しんでるとしか思えないんだけど……。
「良いキャッチャーは性格が悪いって、本当だね」
精一杯の皮肉のつもりだったのに、阿部くんは平然と、
「逆。捕手やってるうちに『イイ性格』になんだよ」
阿部くん。捕手なら投手をその気にさせるのもお仕事ですよ!
「疲れた」とか「腹減った」とかじゃなくて、女の子を喜ばせる言葉をくれても、
バチは当たらないと思うんだけど?
少し悔しくなった私は、あることを思い出した。
「もし占いの相性が同じなら、別のポジションだと違うのかな」
「同じ相性?」
そう。射手座のO型は、西浦高校野球部に、もう1人いる。
「泉くん。星座と血液型、阿部くんと同じだよ」
1番だから足速いしね、などと付け加える。足の速さは関係ない気がするけど。
いつもは余裕の表情の阿部くんが、珍しく青ざめて引いていた。
「他の男の話する神経、信じらんねぇ!……俺、AB型と理解し合えない運命かよ」
「違うよ。マネジだからだよ」
マネジだから、みんなのこと知ってるの。星座も血液型も関係ない。
衣服の乱れを直しサンダルのつま先をトントン鳴らす私に、阿部くんが近づいてきて
抱きしめられた。
「こーしてて良い?」
「阿部くんは嘘つくもん」
マネジの私は、阿部くんだけ贔屓出来ない。2人の時くらい……って判ってるのに、恥ずかしいから
腰からスカートに下りて来た阿部くんの手を捕まえる。
「なんか、篠岡は判んねー……」
そう呟いた阿部くんの手は冷たくて、今までと違って余裕がないような気がした。
終わりです。
最終更新:2008年02月18日 22:08