7-443-446 松田×野々口 ◆tE8p2y4G8I

友達がみんな行くから。とついて行った桐青VS西浦の試合。
皆は試合に夢中だったけど、私が夢中になったのはすぐ目の前で応援しているトランペットの先輩でした。
たった二人のドラムとトランペット。
でもその音色は桐青に負けていない。
特に冷たい雨が降る中の彼の後ろ姿は私の中に強く残った。


「あ、あ、あ、あ、あ、あのっ…ままま、まっ!!」
「ん?」
渡り廊下。振り返るTシャツの先輩。
以外とがっしりした肩にドキドキしながら私は渾身の力で話しかける
(屈折16年分の地味な私よ、今こそ蓄えてた勇気を!)
ぱっつん前髪、黒縁眼鏡な私。それでも今日は結構気合入れてきた。
「松田さん!わ、私野々口って言います。あの応援団に入りたいんですけど…」
「ああ、チアガール?じゃぁ浜田に話してみなよ。そしてあのチアガ達に…」
「チ、チアじゃなくて吹奏楽員として…」
「え、本当?」
松田さんの顔がぱぁっと急に明るくなった。
またそこで私はドキドキしてしまう。
「は、はい!中学の時吹奏楽部だったんです。自分のトランペットも持ってます」
「おお!じゃぁ一緒に頑張ろうよ!」
「良いんですか?よろしくお願いします!」
(やった~~!)
もう幸せで死にそうだった。


そして練習に練習を重ねた港南戦直後。
「野々口、唇大丈夫か?」
「…痛くて、熱も持ってます…」
1日であんなに長く、しかもめいっぱい音を出したことが無かったので私の唇は見事に腫れあがってしまった。
「俺も最初の試合の後はしばらく泣いたよ」
「あのときの顔は面白かったねぇ~」
深見先輩がアハハと笑って太鼓を車に積んだ。
深見先輩のお父さんが楽器を学校まで運んでくれるのだ。
「じゃぁ、先に学校いってるからね!」
「おう。またな」
「せんはい。またあとえ~」
「うん!」
太鼓を載せるともう人は乗れないので私たちは別移動で学校へ向かう。
「ちゃんとリップ塗っとけよ?」
「ふぁい。」
「あとこれで冷やせ」
と手に渡されたのは冷え冷えのスポーツ飲料
「え?」
「俺のオゴリ。深見には内緒な」
「はりはほうほはいはふ」
唇をあまり動かさないで喋る。
「ハハハ!何言ってるかわかんねーよ!」
そういうと先輩はぽんぽんと私頭を撫でた。
「じゃぁ俺たちも戻るか」
(どうしよう…格好良い…)
私はぎゅっと渡された缶を握る。

「はひ…」
(松田さんが言ったように唇大事にしなきゃ…。)
潤い成分たっぷりのリップクリームをぬらぬらと塗りたくり松田の後ろについて行く。
松田さんはしばらく歩いて休場から出ると立ち止まってズボンのポケットを探り小さく『ぁ~』と言った。
「どーしまひた?」
「いや、リップ落とした。」
「いたんでふか?」
「ちょっとね」
ハハっと笑って松田は唇をひと舐めし再び歩き出す。
「わ、わたひの使いまふ?」
隣に並んで自分のカバンをあさる
「えー、良いよ。」
「…ですよねぇ…。汚いですよねぇ。」
「いや、汚いわけじゃないよ!…ただ人が自分の使うってちょっと嫌だろう?」
「…でふよね…すいまへん。非常ひきでひた…」
(どうしよう、失敗しちゃった…)
しばらくの間の後、松田さんが言った。
「…野々口は良いの?」
「はい?」
「…俺が、じゃなくて野々口は俺がリップ使って嫌じゃないの?」
「え…。」
私は思わず顔を上げる。
「いっつも、半泣きでうつむいてから俺の事苦手なのかなって思ってたんだけど…」
「ち、ちがいます!」
「そう?」
「は、はい!むしろ大好きです!」
(…あ、言っちゃった…)


数秒間の沈黙の後、松田は笑った
「そっか。嫌われてないならいいや。」
(良かった…。気づいてない)
「は、はい。」
「じゃぁ、リップ貸してもらう。本気で痛いし」
「どうぞ!」
カバンに手を入れ探そうとしているとカシャン!と大きな音がした。
先輩の唇が私に触れた。

「唇てらてらにしてるからもらうよ。」
松田さんはそういって笑った。
(…カシャンとなったのは眼鏡と眼鏡がぶつかったからで、私は肩を掴まれて…それでそれで…あ、あれ?)
ぐるぐると思考が駆け巡る。掴まれた肩がとても熱い。唇には痺れが残る。
カバンにつっこんだ手の中でさっきのジュースが少しぬるくなっていた。

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最終更新:2008年02月10日 23:49