7-461-465 ハナモモ

身体を重ねるようになって何度目かの夜、花井の傍らの女が尋ねた。
「ねえ花井君、そういえばいつから私のこと好きだった?」
事後しばらくしての突然の問いに、彼女にしていた腕枕がびくんと跳ねた。
「な、な、なんすか急に!」
「だって知りたくなったんだもん」
明らかにそわそわする花井を見ながら彼女――百枝まりあはいかにも楽しそうに笑う。
「ねえねえ、いつ?」
「そうっすねえ……」

ファーストコンタクトは、驚愕だった。
とりあえず成績のレベルと通いやすさで選んだ高校。
中学までずっと野球を続けていたとは言え、新設部活でしかも監督は女。
正直オレ野球じゃなくてもそこそこイケるし、と花井梓は見学の時点でため息をついた。
しかしそんな花井を打ちのめしたのもまた、その女監督だった。
ボールの扱い、キレイに上がるキャッチャーフライ、握り潰された甘夏。
入部した後もその指導の的確さや部員の心を掴む天性の人身掌握術、
部の備品その他に自費を注ぎこんで惜しまないその情熱。
「この人は本当に野球が好きなんだ」
尊敬の念で百枝を見るようになるのにそう時間はかからなかった。
「花井君は今日、ヒーローになるよ!」
背中を叩かれたあの日だって、いつもよりなんだか顔が赤くなったのは、
自分を信頼してくれる監督の期待に応えたいと思ったからだった。
少なくともその時は、心からそう思っていた。

そして、尊敬はやがて思慕の情に変わりゆく。

「とかまあ、そんな感じっすよ」
百枝の髪を指で梳きながら、花井が話し終えると同時に百枝に軽く口付けた。
「んっふっふー、そんな前からだったのね。あの時は気づかなかったなあ」
「オレだってまりあさんとこうしてるなんてあの頃は思わなかったっすから」
百枝を下の名前で呼ぶことにまだ慣れない花井は、
照れ隠しのように軽いキスを何度も何度も重ねる。

「じゃあ、オレが好きって言った時OKしてくれたのはなんでですか」
「んー、えっと」
なぜか百枝は言葉を濁しながら目を花井から逸らしていく。
「なんすか、オレにだけ言わせといて自分だけ黙ってようとかそんな魂胆っすか」
完全に仰向けになってしまった百枝を追いかけるように、
花井は自分の方から見える百枝の右耳に触れた。

「ずるいな、まりあさんは」
覆いかぶさってキスをすると、百枝の両腕が花井の肩に回った。
絡めあう舌の感触と身体を撫ぜる花井の指で先ほどの情事を身体が思い出し、
百枝の中が再び蜜で満ちてくる。
「花井君、来て」
潤んだ瞳で訴える百枝に応えて花井が自らの楔を百枝に打ち込む。

そこはさっきと変わらず熱く濡れそぼっていて、花井のものをすんなりと受け入れた。
(いきなりきつく締まるとかってのは、AVとかエロ漫画の中だけだよな)
腰を前後に動かしながら花井はうっすら思う。
(力の強さだけなら自分で握って動かしてる方がよっぽど強い)
(でも、この中の熱さと肌の温かさの分、オナニーよりずっといい!)
強く、奥に腰を打ち込むと、高潮した百枝の顔がさらに快感で歪む。
「ああん、んっ、あっあっあっ」
百枝の背に手を回して上体を起こし、対面座位へ体勢を変える。
腰も前後運動から押し付ける動きに変え、百枝の背を腰から首にかけて撫ぜていく。
「はあぁん」
背中を撫ぜられ身体の奥を擦られて身をよじらせる百枝を繋ぎ止めるように両手を握り、
また花井の舌が百枝の唇を割り開いた。
百枝の豊かな胸が花井の胸板に押し付けられて形を幾度も変えていく。
唇を貪りあい、手をしっかり握り、腰で繋がる二人からは熱が立ちのぼるようだ。

しばらくその体勢のままでいた二人は、そのまま再び百枝を下にしてベッドに沈む。
手を握ったまま、花井の腰の動きが早く強くなった。
「あ、ああ、あっあっあっ」
唇が離れて百枝が漏らす喘ぎも本能の色を増していく。
百枝の息遣いが早くなったのを感じて、花井は一層腰の動きを早めた。
「っはぁっ、あ、あはぁっ、あっ」
奥がキュッと締まって百枝が絶頂に至ったのを認めた後、程無くして花井も果てた。

百枝の中から自らを抜き、ゴムを結んでゴミ箱に放り込むと
花井はようやく息が整った百枝の髪を撫ぜながら再び問いかけた。
「まりあさんは、オレの何をいいと思ったんですか」
百枝は薄く笑うと、自らの髪を撫ぜる花井の手を掴んだ。
「頭撫でてもらうの、好きなの」
花井の手のひらにチュッと口付けて、百枝は続けた。
「それに、してるときに手を繋いでくれるの、花井君が初めてだし」

抱きついてくる百枝をしっかりと抱きしめ、花井は思う。
彼女を高校時代のように7歳上の手の届かない女性とはもう思わなくなった。
確かに自分はそれまで童貞で、百枝はそれまでに何人か経験があったかもしれない。
その事実がわずかに胸に棘を刺すこともあるが、そんなことはもうどうでもいい。
今のオレが、今の彼女に出来ること、したいことをしよう。
そう思って花井は、腕枕の左腕で百枝の肩を抱きながら右手で再び髪を撫ぜた。

「これから何度でも撫でますよ。手も繋ぎますよ。まりあさんがいてくれるなら」
目をつぶって、そういえばちゃんとした答えを聞いてないなあと思いつつも
やがて花井は愛しい女性と共に寝息を立て始めた。

百枝から、引退時に花井の不在を実感してそれから意識し始めた、という話と
「花井君が隣にいると安心して眠れるの」
という言葉を聞いて花井が過去へのわずかな嫉妬と更なる愛しさに心を揺さぶられるのは、
それからもうしばらく経ってからのことになるのだった。

<了>
最終更新:2008年02月10日 23:51