7-617-629 ハルスズ(303氏)アルコールと誤解11 ◆LwDk2dQb92
翌日の土曜日。
関東地方は雲一つのない晴天に恵まれていた。もちろん、東京都もだ。
絶好のデート日和であるといえよう。榛名は昨夜の門限になんとかギリギリで間に合うことができた。部屋に戻ると、
涼音からの電話を待っていて、結局のところ長電話へと興じてしまった。
そのためなのか、少しばかり眠そうで起きるのが辛いようだった。睡眠不足とはまた別に昨日のピッチングのために、
左肩にほどよい張りと疲労感を感じつつも、肩をぐるぐるとゆっくり回して筋肉をほぐしながら起床した。
手早く身支度を済ませていく。
ホテルの階下にあるレストランにて朝食を済ませると、その場でチームのマネージャーをつかまえて今日のオフは
自由行動をとりますのでと、しっかりと伝えた。
デートかとからかい混じりながらに了承をもらって、榛名は宿舎を出た。
電車を乗り継いで待ち合わせの場所へと出向く。そこにはすでに涼音の姿があった。榛名に気付くと軽く手を振って
笑顔を見せてきている。
時刻は午前九時半前。二人が交わした約束の時間の三十分前だった。それにも関わらず、涼音はなにごともないかの
ようにしてその場にいた。
榛名は待たせるのは悪いからと、いつも待ち合わせ時間に対して余裕を持って行くようにとしている。だが、涼音より
も先に到着したことはなかった。これは二人の初デートのとき以来変わっていないことだった。
挨拶もそこそこに駐車場へと向かい、涼音の運転で昨日話したとおりにテーマパークへと行くこととなった。
実は自動車免許を取得したばかりの涼音。教習時のエピソードを聞かされていたため、榛名は涼音の運転技術が心配で
ならなかった。
しかしながら、思いのほかに安全運転であったというか。取り立てて気になるようなことはなく、上手にさえ感じられ
ていた。
榛名も昨年のオフに地元へと帰省した際に取る予定だった。だけれども、秋季キャンプにて首脳陣から今年の先発転向
を告げられていたため、念入りに自主トレへと励まなければならなくなった。
そのため、まだ免許は取得できずにいる。
それにより車の運転のことはよくわからない。ではあるものの、安全運転だなということは感じられていた。
榛名はこのことよりも、朝に会ってから涼音の顔色がいまいち優れていないように見えることが気がかりだった。
目的地のテーマパークへと到着すると、早々にフリーパスを購入してアトラクションを次々と制覇していった。榛名が
あまり得意ではない……というか、むしろ遠慮したい絶叫マシン系を主に。
こういうスリルを楽しむ乗り物は及び腰になってしまう榛名なのだが、満面の笑顔で腕を引っ張ってきてリードして
くる涼音にはなにも言えなかった。
なんとか気合でついていき乗り切ることとしたのだった。
園内のレストランにて昼食をとったはいいものの、榛名はさすがに気分が悪くなってきた様子を隠し続けることは
できなかった。
それに気付いた涼音から心配され、それと強引に引っ張りまわしすぎたのかもしれないということを謝られた。
どこか休める場所をと考えていた涼音は、案内板から近くに芝生の広場があるということを知った。そこへと榛名を
連れて行き、芝生へと腰を下ろして足を崩すと自らの太ももをぽんぽんと叩きつつ、
「ほら、膝枕してあげる」
ということで二人は木陰の下で休憩を取っていた。
午前中に乗った乗り物のことや、榛名は自分の生活のなかで受けそうな裏話的なことを話す。涼音は微笑を浮かべて
相槌を打ちつつ、大学でのことやアルバイト先でのことなどを話していた。
六月もまだ始まったばかりにも関わらず、気の早いセミの鳴き声が聞こえてきていた。気温も結構高めであるが、
大きな木の下にいることもあってか暑さはさほど感じられなかった。
「ぁふ……」
「眠くなっちゃった? 眠ってもいいよ」
「でも……」
「昨日は試合で投げたあとなのに、ご飯だけでなくて長電話にまで付き合わせちゃって悪いなって思ってたの。
ごめんね。だからお詫びに膝枕でお昼寝させてあげます。元希、膝枕好きでしょ?」
にまっと笑みを浮かべる涼音に、バツが悪そうな榛名。
結局、恋人からの申し出に榛名は甘えることにした。
夢を見ていた。あのときの夢を。
高校三年の九月。涼音に誘われて遊びに行って、ダメもとで告白したときのことを。
夢のなかでの涼音は変わらずに榛名へと微笑んでくれている。そして彼女からも付き合いたいと告げてくる。
それは、榛名が時折――昨年に涼音と離れ離れとなってから見るようになった夢だった。
「……んっ」
「あっ、目が覚めた?」
夢のなかと変わらずに榛名へと涼音は優しい笑顔を向ける。身も心もなにもかも全てを許してくれている、そういう
雰囲気を榛名は感じ取っていた。
「どれぐらい眠ってましたか?」
「あともうちょっとで一時間ってとこかな。もう少しのんびりしてよっか? ううん、また眠っていいよ」
その言葉に榛名は面食らってしまった。すぐにでも遊びに行こうと言ってくると思っていたのだ。
「えっと、どうして?」
「んー、寝顔が可愛いから」
「……っ」
すっと目を細めて彼氏の顔を見詰めつつ、涼音は自らの膝に乗せた頭を撫でて髪を指で梳いていく。彼氏が顔を完熟
トマトのようにしている姿は目に入っていないらしい。というか、それすらも楽しんでいるという風情だった。
「え、えっと、前から聞きたいことがあったんですけど……。いいですか?」
相も変わらず頬を赤くしつつ榛名が口を開いた。
「うん、なに?」
「涼音さんって、なんでオレのこと好きになってくれたんですか?」
「うーん、そうだね。ちょっと長くなるかもだけど、いい?」
無言でそっと肯定してきた榛名の頭へと両手を寄せつつ、涼音は顔を上げて遠くを見詰めていった。
「最初はね、可愛い後輩だなってぐらいの認識だったかな。あのころは付き合っていた人がいたわけだけど、でも
年下の可愛い男の子から寄せられる純粋な好意には悪い気はしなかったわね」
「……ちょっと待ってください。オレが好きだってこと始めから気付いてたんですか?」
「もちろんだよ。女の子はね、自分に向けられてくる視線には敏感なんだから。というよりも、このことで野球部で
知らないというか気付いてなかったのって、元希ぐらいじゃなかったかな」
「…………」
過去の自分の隠していたというふうに考えていたことが、実は周知の事実だった。そのことを知らされて榛名は、
顔を赤くしたり青くしたりと忙しなかった。
「最初に意識したのは、わたしが三年の夏の最後の試合のあとだったかな。元希、すごい泣いちゃったでしょ。三年の
わたしたち以上に。自分が泣いたことよりも、号泣し続ける元希を慰めて励ましてたって記憶のほうが強いんだよね」
「あの試合に負けたのはオレのせいでしたから……。オレが八十球でマウンドから降りなければ、続投してれば勝負は
まだわからなかったのに」
榛名にとって二度目の夏。
その試合、いつもどおりに先発したのは先輩の加具山だった。予定の三回をなんとか投げきったものの、優勝候補筆頭
と称された対戦相手校の前になんとか土俵際で踏ん張れたという具合であった。
四回からマウンドを引き継いだ榛名は、嫌な予感がするのを拭いきれなかった。相手のエースはプロ注目の好投手。
武蔵野にとっては荷の重すぎる存在だった。事実、試合になっているのは懸命になって投げ込む榛名の孤軍奮闘のおかげ
であった。
そしてそのときは訪れた。
九回表の相手校の攻撃。前の回にて八十球に達していた榛名は迷っていた。自分がまだ投げるべきじゃないのかと。
そんな球数制限とか関係なしに投げなければならない。三年のこの先輩たちと一緒にまだ野球をしていたい。
自分に野球の面白さと楽しさを思い出させてくれた――あたたかい居場所を作ってくれた先輩たちに、自分はまだ
恩返しができていない。
だが、怖い。どうしようもなく怖かったのだ。
怪我が、また故障してしまうのではないか。そう、慎重に慎重を重ねて積み上げてきたものが、今度こそ全てを一気に
崩れ去って、台無しになってしまうような再起不能な怪我を負ってしまうのではないかと。
『オレの出番だな。大丈夫だよ、そんな顔すんなって。おまえのおかげでライトにフライ飛んでこなくて守備機会は
なかったし、十分に休めたから』
青い顔で逡巡する榛名へと、そう気丈に話して再びマウンドへと上った加具山。しかし、三回を終えた時点ですでに消耗
しきっていた。彼の限界はあっというまに訪れて、相手校の猛攻が始まった。その攻撃は止まらなかった。
どう中立的に見ても、形勢逆転は不可能なまでに追い込まれてしまった武蔵野の九回裏の攻撃は、あっさりと三者凡退に
終わった。
こうして、榛名の二度目の、涼音にとっては最後の夏は幕を閉じた。
「何度も何度も謝り続ける元希を見ていて、こう言っちゃったんだよね。あと二回あるチャンスをものにして、甲子園に
絶対行ってってね」
「そうでしたね。スゲー痛いビンタ食らって驚いて涙が止まったんでしたっけ」
「うっ……、覚えてたの?」
涼音は片頬をひきつらせて視線を泳がせる。
「『いい加減にしなさいよっ!? 辛いのはあんただけじゃないんだからね! わたしたちに申し訳ないって思うなら、
あんたがしっかりして新チームを甲子園に連れて行きなさいッ!!』 ……って、胸倉掴まれて豪快に引っ叩かれたん
だから、そりゃ覚えてますよ」
「だ、だっていつまでもメソメソしてるとこなんて見たくなかったし……。頭に血が上ってなにがなんだかわからなく
なってたっていうか……」
当時のことを思い出してしまった涼音が紡いでいく言葉は、尻すぼみに小さくなってしまった。
「でも、あれで目が覚めたんですよ。オレがチームの中心になるんだから、ちゃんとしなきゃって。秋からは球数制限も
取っ払って投げ込んでいって、練習量ももっと増やしていって」
「ときどき様子を見に行っていて、それで思ったんだよね。元希変わったなって。実はかなり前からは大河とは上手く
いかなくなってて、いろいろと考え込んじゃってたんだけど、練習に没頭している元希を見ていて自分も頑張らなきゃ
って思って、受験に集中して乗り切れたんだよ」
ほんのすぐそばでは彼らと同じ客たちによって喧騒が続いている。だがしかし、広場にて休んでいる榛名と涼音の耳には
入ってこなかった。
まるでこの空間が隔絶されてさえいるようでもあった。
「元希のその頑張る姿を目にしているうちに意識しちゃってたんだと思う。大河から別れ話を切り出されてもそんなに
ショックじゃなかった。あんなに好きだったはずなのに。でも、わたしの目は自然と一生懸命に頑張っている後輩へと
向いちゃってたんだよね」
涼音は微笑みながら自分を見上げてくる榛名の頭を優しく撫でていく。
「卒業して大学に進学して、なにか物足りないなって感じてた。高校で野球部のマネジやってるときが一番楽しかった
なとか、元希の練習している姿を見たいなとかそんなことばかり考えちゃってた。
夏になって、家で新聞を見ているときに高校野球の特集記事があってね。そうか、夏がまた来たんだなって思った。
それから組み合わせ表を見て武蔵野の試合日程を確認して、初戦から見に行ってみることにしたの」
「えっ、最初から……ですか?」
「うわっ、なにそれ? 暇人かって思ったでしょ。……まあ、否定できないんだけどね。大学生って基本的に時間が
有り余ってるし」
ジロっと上から睨まれて榛名は体をすくめていた。
「元希の投げている姿を見て素直にカッコいいって思った。それと胸がドキドキするのをはっきりと自覚したよ。
ああ、わたしはこの人が好きなんだってね」
「……っ」
「それで順調に勝ち進んでいって、準決勝ではわたしたちが完膚なきまでに負けちゃったARCも見事に倒しちゃって。
スタンドで応援してて、最後は涙が止まらなかったよ」
「三年になってからはプロ入りも大事だけど、甲子園に行きたいって思いのほうが強かったかもしれません。ARCが
一番の強敵だから、あの夏以来ばりばり意識してましたよ」
「決勝も勝って甲子園行きを決めて、うちの学校って初出場だったから大騒ぎだったでしょ」
涼音の言葉に榛名は黙って首肯した。
甲子園常連校であるARC学園に勝っただけでも一騒動だったのに、甲子園大会に出場できるということで、学校関係者
はおろか近隣の住民をも巻き込んで空前の野球部フィーバーが巻き起こったのだ。
「応援ツアーのお知らせがハガキで来てね、迷わず申し込んだよ。甲子園に行けてホントに感動した。それだけでも感激
させてもらったのに、優勝候補を立て続けに撃破してベスト8まで入っちゃってね。勝つたびにOBの皆で勝利の校歌を
熱唱できて……。ホントに嬉しかった」
にこにこと笑顔を湛えていた涼音の顔が、何故か次第に強張っていく。
それを目にして榛名は戸惑ってしまう。
「それからいろいろ考えてね。ダメだったとしても勇気を出して、この気持ちを伝えなきゃって緊張しながらメールを
送ってはみたはいいけど。どこかのだれかさんは半月以上っていうか一ヶ月近くも無視してくれたのよね……?」
「い、いや、あのときは同じような内容のメールばっかで、返信するのが面倒で……。で、携帯を放っておくことにして。
だから気付けなくて……」
「わたしがその間どんな気持ちで過ごしてたかわかる? メールの着信があるたびに緊張して、でもそれは待っている人
からのものではなくて。一日に何度も携帯を開いたり、新着メールがないかセンター問い合わせをしたり……。
わたしのことなんて忘れちゃったのかなって思ってたんだから」
「本当にすみません」
非があるのは明らかに榛名だった。そのために謝罪の言葉を口にしてお許しを願い出る。
「初めて一緒に遊びにいって、それで告白されて……。もうすっごく嬉しくて、心臓がおかしくなるんじゃないかって
ぐらいに激しくばくばくしてた。それから今まで本当に幸せだったよ。大事にしてもらっている、愛されているなって
何度も感じてきたからね。
でもね、元希のプロ入りが決まってからは不安だった」
「えっ……」
「埼玉を出て遠く離れた場所に行っちゃうから。だからそれが心配で不安で……。いつ別れを切り出されるのかって
怯えちゃってたの。わたしはこんなに好きなのに、元希はどう思ってるのかとか悩んじゃったりしてね」
「…………」
「そんな顔しないで。さっきも言ったけど、今でも幸せだし愛されているってわかってるから。だから、これからも
仲良くしてくれると嬉しいな……ダメかな?」
瞳を潤ませて涼音は榛名の顔を覗き込んでいく。榛名はその端正な顔を手で優しく抱き寄せて口付けていった。
自分の純粋な想いを伝えようと、その行為に全てを託して。
「――ん。もちろんですよ」
「えへへ、ありがと。大好きだよ」
そしてお互い共に笑顔を浮かべていた。晴れ渡った天気に負けないほどに榛名と涼音の笑みは輝いていた。
穏やかな時間を過ごしていた榛名と涼音。穏やかな時間であったはずなのだが……。
彼氏の顔へと注がれていた彼女の視線は、移動したさきのモノへと釘付けとなった。その、立派に勃起してしまって
いる分身へと。
涼音からの熱い視線を感じて、榛名はようやくのことで自らの状態に気付いた。昼寝とはいえ、寝起きである。
つまり、起き上がってしまうものが起き出してきてしまったということだ。二十歳と若い男だし、心底惚れ込んでいる
彼女と甘いトークを展開して最後はキスで仕上げ。これでは勃起しないほうがおかしいというものだろう。
「……ねえ」
沈黙を先に破ったのは涼音だった。視線は変わらずにそちらへと固定されている。
「その、エッチしたいの……?」
「…………」
彼女から放たれた剛速球に彼氏は見事に空振り三振を喫してしまった。榛名はどうしたものかと考えを巡らせていく。
「したいの? それともしたくないの?」
いつにもまして積極的な涼音であった。余計なことを考える時間を与えるつもりはないらしい。
「したい、です……」
「そう。でも、ごめんね」
正直に答えた榛名を待っていたのは、まさかのお断りであった。これには思わず榛名は消沈してしまった。
「あっ、そのイヤとかじゃないのっ。その今朝、あの日が来ちゃって……、それで出来ないっていうか……」
「ああ、はい」
合点がいった。理由もなくイヤだからと拒否されてしまったのかとショックを受けていたものの、そうではなくてほっと
胸を撫で下ろす。
それと、今朝方に会ったときの顔色が悪かったことも納得がいった。女性の月のものは個人差があるという。
以前に涼音から聞いた話では、彼女の場合は結構重たいらしくていつも憂鬱だということだった。
「その、大丈夫ですか? 今日はだいぶはしゃいじゃってましたけど」
「うん。お薬飲んできたから大丈夫だよ。せっかくのデートなんだからたっぷり遊ばないと。それに本格的なのは明日
からだしね。まあ、お薬飲んでればだいぶマシにはなるから心配ないよ。ありがとね。それより……」
「はい?」
「いいことしてあげよっか? エッチはできないけど、その代わりにね」
「……?」
「いいからいいから。ほら立って。膝枕はもうお終い」
上半身をぐいっと起こされて榛名は立ち上がることになった。続いて涼音もそうすると、バッグを持って榛名の手を
引いて歩き出していった。
なにがどうなるのかわからないものの、榛名は淡い期待を抱いて涼音へとついていくことになった。
涼音と榛名の二人は園内を十分ほど歩いていた。決して行き当たりばったりということではなくて、先導していく涼音
はなにかを見極めながら進む方向を決めているようだった。
そのため、榛名はなにも言わずにただ黙って涼音のあとをついていっていたのだが。
「うん。ここなら大丈夫っぽいね」
「……はあ?」
ようやくのことで足を止めた涼音。それにより榛名も当然彼女の横にて立ち止まる。落ち着き払っている涼音とは
対照的に、榛名は戸惑いを隠せなかった。
テーマパーク内の外れに位置するトイレ――。二人がいるのはその施設の前だった。この近場にはアトラクションなど
がないため、二人以外には人気がまったくなく、実に閑散としたものであった。
アメリカに本店を置く外資企業による遊園地ではあるものの、日本を代表する遊園地でもあるここ。
土曜日、つまり週末であるため、たくさんのお客の姿で実にすごいことになっていた。今日も榛名と涼音のように若い
カップルから、小さな子供を連れた家族まで幅広い層の人々が訪れていた。
だが、榛名たちが現在いる地点は人っ子一人として見当たらず、遠くからはちょうど始まったらしいパレードの音楽と、
それに対する見物客たちから沸き起こる歓声が聞こえてくるばかりだった。
「元希、こっち来て」
呆然としている榛名を置いて女子トイレに入っていた涼音が、入り口から顔だけひょっこり出して手招きする。
「…………」
(ちょっと待ってくれよ。女子トイレに入って来いってことだよな? 女子トイレだぞ、女子トイレ……!?
こんなとこ入るなんて変態そのものじゃねーかよッ!!)
うだうだまごまごとしている彼氏を見ていて彼女は苛立ったらしい。ツカツカと榛名へと歩み寄ってくると、有無を
言わせずにそこへと引き込んでいってしまった。
二十年間生きてきて初めて入った女子トイレ――。そこはいつも出入りしている男性用のものとは明らかになにかが
違っていた。
トイレ自体は当然ながら個室だけ。嫌な臭気は一切漂ってこず、鼻腔には良い香りのようなものさえ感じられた。
さすがに世界を股にかけるテーマパークに存在するトイレだけあり、離れた場所に位置するにも関わらず掃除が細かい
ところまでしっかりと行き届いている。不潔だと感じることは一切なかった。
「…………」
図らずも声が出てこずに絶句している榛名の手を引っ張り、涼音は一番奥にある個室へと引っ張っていって、そこへと
彼氏を押し込むと自らも入って鍵を掛けた。
二人だけの空間だった。辺りからは物音一つとして聞こえてこない。まだまだ困惑している様子を隠せていない榛名へと
涼音はにっこりする。
「もう時間も時間だし、今からホテルに行くわけにはいかないでしょ?」
ちらっと手元の腕時計へと目をやる。午後二時過ぎだった。夕方には二人は別れることになっているので、涼音が言う
ように確かに時間に余裕があるとは言いがたい。
「えっと、なにを……?」
誰も入ってくる可能性はほとんどないとはいえ、やっぱり気になるため榛名は声を抑える。
「だから、いいことしてあげるって言ったでしょ。……んっ」
便座へと榛名を座らせると涼音は膝の上へと腰を下ろして唇を重ねていく。榛名の頭を両手で抱え込んでキスしていく。
(誰も来ないだろうし、それなら楽しまなきゃ損か)
腹を括った榛名は、涼音の背中へと腕を回して抱きしめていった。そのままに舌を涼音の口腔内へと入れて熱心に
舐めまわしていく。白い歯、歯茎、そして涼音の舌と絡めあって淫らな音を個室内へと響かせていく。
(んっ、そうそう。やっと火が点いてくれたかな……。もうちょっとわたしのこと可愛がって。さすがに気分が出ないと
恥ずかしいからね)
「んっ、ちゅっ、くちゅン。ふぅっううあぁ」
うっとりと恋人との口付けを楽しむ。榛名からもたらされる快楽で嫌いなものはない。そのなかでもやっぱり一番好きなの
がキスだった。唇を舐めて舐められて、お互いの口内をまさぐりあい、唾液を交換しあってそれをコクンと嚥下していく。
ただそれだけのことなのに、どうしても夢中になってしまう。
(んっんんっ! そう、もっと奥の奥までぺろぺろしてっ。ああン、もうおっぱいなの?)
榛名はキスを続行しつつも、背中へと回していた手でブラのホックをプチッと難なく外した。それにより、涼音の豊かな
乳房が拘束から解放されて自由となった。重力に負けない、関係ないとばかりにツンと上を向く若さに溢れているそれ。
服越しにゆっくりと愛撫されていく。キスのために双眸を閉じていた涼音は、そっと開けると榛名の顔色を窺ってみる。
鼻息荒く、血走った目で揉んできている。相変わらずな彼氏の反応だった。
(ホントにおっぱい好きだよね。もう、子供みたいなんだから)
「んっ、あっああ、おっぱいぞくぞくしちゃうよ……っ」
「本当に感度いいですよね、涼音さんのここ。大きすぎると悪いとかって聞くけど、そんなことないですよね」
「ばっ、ばか。元希がエッチのときにいっつもしつこく揉んでくるからだよ……。んンっ!? ダメ、乳首ぐりぐりしちゃ
だめぇ……ッ」
これ以上好き放題に弄られていると、はしたない声をどれだけ出してしまうかわからない。そのため涼音は榛名の首元へと
腕を伸ばして抱きついて唇を重ねていった。
「んっ、あふぅん、くちゅンっ、ああっ」
自分の太ももへと押し付けられてくる固い感触に満足して、涼音はさらに深い口付けを求めていった。
どれぐらい唇を重ねあっていただろうか。頭のなかにもやがかかってしまったように感じてはっきりしないが、十分
過ぎるほどに感じることができたし、これで大胆なことをする気にもなれた。
涼音は榛名の膝から腰を上げると、便座の奥深くへと腰掛けている榛名をもう少し手前へとくるようにと頼んだ。顔を
赤らめつつも涼音の要求通りに従ってくる。
それを確認して涼音はタイルの床へとペタンと両足を崩して座り込んだ。そう、トイレの床へと。いくら清潔な状態が
キープされているとはいえ、公衆トイレの床へと腰を下ろすのは抵抗があった。
「す、涼音さん。汚いですよ」
「気にしないで。わたしがやりたくてやるんだから」
それでも榛名を悦ばせてあげたくて、涼音は便座へと座っている彼氏の腰元へと手を向ける。カチャカチャと弄るとベルト
を外して、次いでジッパーに手を掛けて引き下ろしていく。
そしてこんもりと盛り上がったボクサーブリーフが現れた。早く解放して空気を吸わせろとでも急かしてきてさえいるよう
でもある。
口のなかに唾が溜まっていくのを涼音は感じた。
下着もジーンズと同じように足首まで追いやる。その結果、早くもいきり立ってきている榛名の分身が涼音の目の前へと
出てきた。
なんとも愛しいモノ。自分を女にしてくれた愛しい男の性器。幾度となくこれに貫かれて、甘美なる快楽を味わわせて
もらったことだろうか。甘く甘く下腹部が疼くのを涼音は感じていた。
「涼音さん……?」
顔面を紅潮させつつ榛名は涼音へと声を掛けた。やや遅れて反応をする。
「あっ、ごめんね。えっと、もうわかっていると思うけど、お口でしてあげる」
「えっ。は、はい」
戸惑いのような表情を榛名は浮かべていた。涼音にはそれがなぜなのかわかっているつもりだ。
榛名はあまりこのような行為――すなわちフェラチオを好んではいない。しかし、これには語弊のようなものがある。
自らのモノを涼音の唇と口内で愛される行為。もちろん、とても気持ちのいいものだ。だけれども、榛名はこう考えて
しまう。
自分の快楽のためだけに相手にそれを強いているように思えてならないと。
肯定的に見ればパートナーに気を使った紳士的な人間ということになるだろうか。もっとも涼音からしてみれば、これ
には不満に近いようなものを感じていた。
涼音は、榛名と肌を合わせるときの前戯においてたっぷりと全身を愛撫されている。二本の手と舌を使われて、それこそ
丁寧にくまなくへと。
この行為のなかには女性器へと愛撫――クンニリングスを含まれる。
丹念にそこへと指で刺激され舌を這わされて、何度も悦楽へと浸ってきた。
涼音はこう考える。自分だけ気持ちよくさせてもらっているのは不公平。お返しに榛名を気持ちよくさせてあげなきゃと。
そう数こそ多くないが、この奉仕自体はしてきた。気持ちよくないわけではないはずだと思う。事実、榛名のモノを舐め
ている最中にちらりと上目遣いに見れば喜悦の表情が確かに浮かんでいるのだから。
(今日こそはイカせてみせるんだから。覚悟しなさいよ?)
可愛い顔をして実は負けず嫌いなところがある涼音は、そそり立つ肉棒へと挑みかかっていった。
「はむ……んっ。ちゅっ、れろン」
口内にたっぷりと溜め込んで準備していた唾液を、ちょっとずつ亀頭から落としてトロトロにさせていく。そのままに
舌で周辺を舐める。赤黒く充血をした分身はピクッと跳ねた。
涼音はこの素直な反応がたまらなく可愛く見える。垂れてきた髪を右手ですくって耳へとかけて、榛名の表情を窺う。
「く……ぅっ」
「ぴちゅ、るるる、アム……ンっ」
(ふふ、可愛い顔しちゃって。いつもわたしばっかりがはしたない声を上げさせられているんだから。もっといい声を
聞かせてよね。あっ、敏感なとこばっか刺激してるとすぐ射精ちゃうよね。じゃあ、今度はこっち)
裏筋を舐めしゃぶっていたところを、今度はちろちろと棒の部分へ舌をゆっくりと上下させていく。先端からは、涼音の
唾液とは異なる薄い白く濁った液が溢れ出てきた。
「す、すずね……さん」
「くちゅ、んレロ……ん」
口からだらしなく声を上げて奉仕してくれている恋人を呼ぶ榛名。あまりの気持ちよさに頭が白くなってきている。
そのためにそれはごく小さいものであった。
(ここも感じるって話だったっけ。こりこりしてて面白い……)
肉棒へは舌で責め続けて、睾丸を揉みこんでいく。腰を浮かせそうになったり、拳をぎゅっと握って腹筋にも力を入れて
なんとか堪えようとしている。
「もう、もう出そう……、出る」
「あむ、んっ……んふ」
口を精一杯大きく開けて涼音は亀頭を飲み込んでいく。そして限界までもっていくと激しく舐めしゃぶっていった。収め
きれなかった下部には右手で上下させて、残った左手は急所の袋へともって行きそのなかで転がせる。
(いいよ、出しなさい……!)
僅かに残せた理性のかけらをかき集めると、榛名は涼音の顔を掴んで股間から引き剥がすことを試みた。さすがに口の
なかに射精してしまうのは憚られたらしい。
しかし、頑強に抵抗する涼音から簡単に振り払われてしまい、そして――。
「あ……っ!?」
「んンっ、……んく、んくっ」
榛名のペニスから放たれてくる欲望の奔流を腰へと抱きついて受け止めていく。口のなかに濃いドロドロとしたゼリー状
の精液が溜まっていく。
やがて射精が止まると涼音は榛名の股間から離れて、頬張っていたものを喉の奥深くへと流し込んだ。
「…………」
「うぅっ、苦い……」
脱力して様子を見守っている榛名を尻目に、涼音は頭に思い浮かんだ感想をそのまま口にした。初めて呑んだ精液は
本当に苦いものであった。話に聞いたことのある、喉に絡み付いてくる独特な感触というのも理解できた。
これには慣れが必要だろう。
若干、涙目になっている涼音を目にして、はっとする。
「すみません。口に出しただけじゃなくて呑ませてしまって……」
「……もう。そんなこと気にしないでよ。わたしがやりたくてやったことなんだから」
トイレの床に座り込んだままだった涼音を引っ張り上げて抱き寄せる。勢いそのままに抱きしめていく。
榛名の胸へと顔を埋めた涼音は視線を上げて顔を見た。
「前も言ったと思うけど、あまりにも気を遣われるのって逆に疲れちゃうんだよ。わたしはしてあげたかったからしたの。
それとも気持ちよくなかった?」
「そ、そんなわけないですよ。すごくよかったです」
「うん。それならいいじゃない。……練習してきたかいがあったな……」
「えっ?」
最後にぼそっと呟かれた台詞を聞き取れなかった榛名は首を捻る。慌ててなんでもないと涼音はごまかしていた。
実は、涼音は以前から自分の部屋でバナナなどを使ってフェラチオの練習をしていた。雑誌を買ってきてみたり、または
成人指定のコミックを購入して(さすがに恥ずかしいので、人の少ない時間帯に他の本と合わせて買った。もちろん、
コミックは一番下にして)研究に研究を重ねてきたのだ。
「わたしは元希だけのものなんだから遠慮しないで……って、あら?」
「……っ」
艶のある笑みで人差し指にてで胸元をすーっとなぞられた榛名は息を呑んだ。下半身に再び血液が集まっていく。そして
力強くまたそれは立ち上がってしまった。
「ああ、さっきの言葉に興奮したの? わたしが元希のものって」
先ほどとは異なる――意地悪げな笑顔を浮かべて見詰めていく。
「……は、はい」
「正直でよろしい。でもね、一つだけ覚えておいて」
「なにをですか?」
「わたしは元希のものだけど、元希はわたしのものでいて。要するに浮気しないでってこと。ちゃんと守れる?」
真剣な表情を作っての涼音の言葉を聞いて、榛名も同様の顔を作ると黙って首肯した。
今までもそのようなことをしたことはない。これからもしない。自分は涼音が好きだから。榛名ははっきりそう誓える。
二人の関係は遠距離恋愛。お互いのことをどれだけ想っていても、どうしても気になってしまうこともある。
涼音は改めて榛名の気持ちを確かめて満足した。これでまた自分は彼のことだけを考えて、信じていけばいいのだと。
それを再確認できた。そう、これでいい。
「ごめん。ちょっと白けちゃったよね。お詫びにもう一回オチ○チン舐めてあげる」
「えっ」
榛名の返答を待つことはなく、また足元へと跪いて愛しい人の分身へと涼音は奉仕を再開していった。
結局、コツを掴んだ涼音から三回も抜いてもらって、榛名は腰に疲労感を感じることとなってしまったのだった。
最終更新:2008年03月15日 23:40