8-81-90 アベチヨ  ◆HfmxcJU/6Q

移動教室に向かう途中の階段の下に、数人の女子が固まっているのが見えた。
その中に篠岡の姿もあった。
「どうした?」
阿部が声をかけると、皆が振り向いた。全員自分と同じクラスの女子だ。
「阿部くん」
篠岡が、座り込んでいる生徒を目線で示した。
「階段で足を踏み外してしまって……」
阿部がその女子の苗字を覚えていたのは、メジャーリーグに移籍した選手と同じだったからだ。
「立てねーのか?」
阿部が名前を呼び声をかけると、他の女子が興味深そうに見たのは気のせいだろうか。
せいぜい捻挫だと高をくくっていた阿部は、患部を見て絶句した。
丸く膨れ上がり、膝のこぶし1つ分下に、膝がもう1つあるように見える。
赤くなるとか青くなるなら判るが、まるで野球のボールみたいな白い半円は不気味だ。
「気持ち悪い」と騒ぐ外野はともかく、男の阿部までが口にすると怪我人が傷つくから飲み込んだ。
「歩けねーだろ。保険室まで、抱えてく」
「えっ、いいよっ!」
怪我人が声を上げた。悲鳴まじりの拒絶に怯んだ阿部に、
「阿部、運んであげなよ!」
「そーだよ」
他の女子が口々に言う。
感受性の強そうな、おとなしい生徒だ。本人が嫌がっているだけに、阿部は考えを巡らせた。
「保健室の先生呼んでくる。篠岡、状況説明出来るか」
「阿部、いーから連れてったげて」
「恥ずかしがってるだけだって」
困って篠岡を見るとなぜか微妙な笑顔で、阿部の教科書とノートを奪い取られてしまった。
釈然としないまま、その生徒の了承を得て、抱きかかえる。
周囲の好奇の視線にさらされながらの保険室までの道のりはきつかった。
篠岡がすいすいと早足で先を行き、追うのが大変だったこともある。
こっちは怪我人を抱えているのに、こんなに気の利かない奴だったか、と阿部は不信感が募った。

20分後、保健室の先生に委ねると、阿部と篠岡は授業のある教室に向かった。
篠岡は荷物を阿部に返して、お礼を言った。
「困ってたの。ありがとう」
「骨に影響なきゃいーけどな」
「心配だよね?」
先ほどから受けていた違和感を、阿部は篠岡の聞き方で改めて感じた。
「癒し系で良い子なんだよ。阿部くんの影響で野球中継見るって言ってるし」
予想が確信になった。やはり、わざと2人きりにするために先を急いでいたのだ。
阿部は、誰かに癒されたいなどと思っていない。
誰かに無理に野球の話題に付き合って貰っても、恐縮するばかりだ。
「聞かなかったことにすっから」
「なんで?」
篠岡は立ち止まった。少し不満気だ。
コイツも他人の恋愛が大好物な女か、と、自分が篠岡に変な期待をかけていたことに阿部は気付いた。
「ムリヤリ野球で接点作っても、外で会うのが野球場とバッティングセンターじゃ満足しねーだろ」
中学時代の教訓だった。好意を持ってくれた女子が、埼玉中の大会をチェックする阿部に
付き合ってくれたのは、2試合と3回の裏までだ。
女子が、阿部と同等の好意を野球に持ち続けることは、難しい。
「阿部くんが教えてあげれば、なんでも嬉しいんだよ」
「部活で手一杯で付き合う余裕ねーよ。たとえどんだけ野球好きだろーと、球種読めるくらい
詳しかろーと、部活第一に考えてくれる女でも……どんだけ美人で性格良くて、も……」
言いながら気付いてしまった。
身の程知らずな理想を並べて掲げてみたのは今が初めてだが、目の前に、まさに
その条件を満たす相手がいるのだ。
「そんな暇あったら……」
阿部の目が泳ぐ。篠岡は阿部の想いに全く気付かず、納得いかない顔をしていた。
「練習、だろ」
恋愛感情を自覚した直後、自分でその芽を摘む空しさに、阿部は唇をかみしめた。
篠岡の、怪我をした生徒の立場しか考えていない表情から、自分は端から異性として見られて
いないのは痛いほど感じる。
「じゃあ、今は考えられなくても、覚えておいてあげてね」
篠岡のダメ押しに、阿部は言葉を失う。
その後も何か言われたみたいだったが、ちっとも耳に入らなかった。

音楽室のドアに手をかけようとして、阿部は動きを止めた。振り返り、篠岡を見下ろす。
やるなら、今しかない。
不思議そうに口を開こうとした篠岡を、ドアと自分の身体の間に入れて動きを封じた。
息を飲み、驚いて見開かれる大きな瞳。ドアが不自然にガタついた。
動けば、中の教師やクラスメイトらに自分たちの存在を知られてしまう。
しばらく様子を見るように双方が固まったが、誰も気づかなかったようだ。
阿部は教科書ごと両肘をドアにつき、身を屈めて篠岡に顔を近づけていく。
思い直して腰を落とし、同じ目の高さにした。篠岡は怯えた目で阿部を見つめ返した。
「嫌ならドアを後ろ足で蹴ってみろ」と勝手な逃げ道を考えながら、篠岡の唇に自分のを重ねた。
そのままゆっくり押し付ける。さらに角度を変えて、吸う。
慣れない行為に音が洩れて緊張が走った。
無意識に手が篠岡の胸に行き、服の上から持ち上げるようにして掴んでいた。
音を立てる訳にいかない篠岡は、ドアに押し付けられさらに小さくなり、大人しく言いなりに
なるばかりだった。
かすかに吐き出される、感じているような吐息に興奮して、余計に力が入る。
自分の感情を無視した篠岡に腹を立てなければ、こんな行動に出ることはなかった。
どんな理由があったとしても許されることではないのだろうが。
日焼けして大口開けて笑おうと、男に媚びる格好をせずとも、篠岡が他の女子と比べようが
ないほど魅力的なことに今更気づいてしまい、阿部の鼓動は速まった。
明確に、身近な女に欲情したのは初めてかもしれない。
少なくとも、自分からキスをしたいと思ったのは、篠岡だけだった。
どれだけそうしていたか判らない。舌を差し込まれ、中をかきまわされていた篠岡は、
ようやく解放された。胸に置かれていた手も離れた。
「……どうして」
どうにか、それだけ声を震わせながら吐き出した。
女より野球と言ったくせに。なんで自分が?
篠岡の目が非難するように阿部を見る。
スカートの中に手を伸ばそうとしたその時、篠岡の携帯電話の音が廊下に鳴り響いた。
教室の中にいる生徒が、様子伺いのメールを出したのだ。
阿部を押し退けるようにして、篠岡はドアを開けた。

当然、授業はとっくに始まっていて、阿部が席に着くと「えれーカッコ良かったらしいな」と
花井にからかわれた。
「お姫様抱っこだってー?」
と、今度は水谷。阿部はつまらなそうに言い返す。
「あの状況なら、俺じゃなくてもそーすんだろ」
「そうか?相手によるよな?可愛い子だったら俺、張り切っちゃう」
言わずもがなの男の本音を、阿部と花井は無視した。
自分が助けた女はどうだったか考えたが、篠岡の顔しか思い浮かばなかった。
急に自分のしたことに対して、罪悪感が襲い掛かってくる。
が、篠岡が教師に怪我の状態を説明する声が聞こえ、周囲の冷やかすような視線を感じ、
阿部は考え直した。
自分がやったことは決して許されることではないが、篠岡が自分の気持ちを知りもせず、
好きでもない女との仲を取り持たれるよりはマシだ。
だから、反省はしても後悔はしない。
ただ、篠岡の泣きそうな顔は、頭から離れなかった。
篠岡が抵抗しなかったのは、自分を好きだからではなく、怪我をさせたくなかったからだ。
残念だが、篠岡はそういう選手思いのマネジだと思う。

授業が終わり、謝ろうにも、教室で篠岡に声をかけるのは勇気が要った。
「部活の時に」と考えているうちにタイミングを逃して、「メールで謝るのも誠意がないから」と
感じて行動は先延ばしになった。
そうなると、今更謝っても傷を穿り返すだけのように思えてくる。
篠岡は部活では何もなかったように接してくるから、彼女の中では「なかったこと」に
なっているに違いないし、「だったら言わない方が」とか、「謝って自分が満足したいだけだろうが」
とか、さらにいくらでも言い訳が浮かぶ。
まさか自分が、マネジを好きになるとは思わなかった。
もし、今回のことがなく、自分以外の誰かが篠岡と付き合うと聞いたら「手近な相手で済ますな」とか、
「よりによってマネジに手ぇ出すかよ」と呆れていたかもしれない。
そうして、篠岡の唇の触感や身体の柔らかな弾力を頭から消し去ることも出来ないくせに、阿部自身も
忘れるよう自分に言い聞かせた。

翌週に入り、体育の授業で阿部は隣のクラスの生徒に肩を蹴られて負傷した。
サッカーで、キーパーなどやったのがまずかった。
スパイクではないから深い傷は出来なかったが、打撲らしくだるさを感じる。
「保健室に行け」という花井たちの言葉には、「たいしたことねーよ」と返した。
本音を言えばちゃんと診て貰いたいが、「3年間怪我も病気もしない」と三橋と約束した手前、
もし保健室に出入りしたのがバレたらと思うと絶対に避けたい。
なにしろ先週、“阿部が保健室に”連れて“行った”という話だけでも、三橋は勘違いしかけたのだ。
「面倒くさい約束したなぁ」と頭まで痛くなってきた時、篠岡に呼び止められた。
「大丈夫?怪我したって、花井くんたちから聞いたけど」
久しぶりに、まともに篠岡の顔を見られたような気がした。
心配そうな篠岡の表情にドキリとする。
「メシ食ったら適当に湿布貼っとく。部活前に剥がせばバレねーだろーし」
「誰に?」
「……モモカン。練習、外されたら困る。他の部員に知られたくねーし」
どこから三橋の耳に入るか、判ったもんじゃない。
「お昼ご飯食べたら部室ね」
「え?」
「肩は自分でやるの大変でしょ」
そう言って、篠岡は女友達の待つ廊下に走り去った。その先には事の発端となった生徒もいた。
篠岡が下手に気を回さないでくれるといーけど、と阿部は不安になった。

阿部が部室のドアを開けると、既に篠岡がいた。
つい他の女子もいるのではと見回した阿部を、篠岡が不思議そうに見る。
「1人か?」
「そうだけど、私1人じゃ嫌だった?」
「は?」
思いがけず高圧的な声が出てしまい、阿部は慌てる。
「いや、その……悪かった」
「私の方こそ、阿部くんの気持ち考えないで、ごめんなさい」
応急セットを手にした篠岡がぽつりと言う。
今の話じゃない。先週のことだ、と阿部は気づいた。
「どう考えても、謝んのは俺の方だろ」
「なんで?」
「なんでって」
言葉に詰まる。
そりゃあ、声出せない状況で勝手にキスして服の上から乳揉んで、喜ぶ女がいたら変態だろ。
なぜか顔を赤くしてるのは阿部1人で、篠岡は真顔で阿部を見上げていた。
そうして、みつめ合ったまま2人して黙り込む。
「……時間がもったいないし、手当てして良い?」
篠岡はテキパキと椅子を2つ並べて、準備を始めた。
もさもさと阿部はシャツを脱いで、中のTシャツを捲り上げる。

椅子に座って、患部を突き出した。表面が擦りむけて赤くなり、青い斑点も出来ていた。
「そのシャツも、脱いでくれた方がやり易いかも」
篠岡ならふだんの練習で裸も見慣れているからいいか、と阿部は言われた通りにする。
湿布を直に貼ると、取る時に皮の剥けた皮膚ごと剥がすことになるので、患部にガーゼを当てたり
テープで固定したりする。スプレー程度の臭いしかしないから誤魔化せるか、と思ったが、
どっちにしろ着替える時にバレるから剥がす必要はありそうだ。
怪我自体はたいしたことないが、「ケアして貰っている」という満足感はあった。
「監督には言って、肩使わないメニューにして貰う?」
「いや、そこまでは」
とはいえ、マネジを味方にしとくと便利なんだな、と阿部は感心した。
マネジだから、ではなく篠岡だからか。
「とにかく助かった。ありがとう」
自分はシャツを着て後から行くから先に教室に帰るように言い、改めて謝ろうと口を開けかけたその時。
「私、野球観戦とかバッティングセンター、好きだよ」
「は?」
一瞬、何を言われたのか判らなかった。
「私は絶対、途中で飽きたり嫌になったりしないから。それに、阿部くんのこと嫌いだったら、
こんな風に2人きりになったりしないし」
呆然と篠岡の横顔を見つめる阿部と、俯いて動かない篠岡。
阿部は言葉が出ず、相変わらずコクコクと頷いて篠岡を凝視するのみだった。
(つまり、俺は、篠岡に、嫌われて、ない……?)
下を向いていた篠岡の視界に腕時計が入り、時間に気づいて道具を片付けながら続けた。
「最初は頭に来たけど。阿部くん、誰にでもこんなことする人じゃないから、私も真面目に考えたの」
やっと正気に戻った阿部は、がたっと椅子の音をさせて立ち上がる。が、やっぱりなんと言って良いか判らない。
「……お、怒ってねーのか?」
「うん、今は」
そう短く答えて篠岡も立ち上がると、箱を棚に戻した。
「もし、俺が付き合ってくれって言ったら……」
背中を向けたまま篠岡が頷いた。
「――っしゃあ!」
条件反射でガッツポーズをしてしまい、驚いて振り向いた篠岡と目が合った。
自然に2人とも笑顔になり、阿部は心の曇りが晴れた気持ちだった。
が、踏み出そうとした阿部を制するように、篠岡が一歩下がった。
「でも……付き合うのは部活引退後がいいな」
「あ?」

女は普通に我慢出来るのかもしれないが、男はそう割り切るには相当の覚悟が要る。
既に阿部の脳裏には先週の篠岡の感触が蘇り、大変なことになっていた。
「部活やりながらでも、付き合えんだろ?」
「部活で手一杯で付き合う余裕ないって言ったの、阿部くんだよ。私も無理だもん。
もし阿部くんが、付き合うの今すぐじゃなきゃダメなら、この話なかったことにしよーよ」
あまりにもサバサバと言う篠岡に、阿部は愕然となった。
俺って、その程度の存在?そもそも、篠岡は高校野球マニアだろ。俺が部活引退したら、
対象が現役の1、2年生に移る可能性もあるよな?今折れたら、一生付き合えねーかも……。
「急がないからゆっくり考えていーよ。この時間なら草取りできそうだから、もう行くね」
風向きが悪い、と篠岡は感じたらしく、怖い顔の阿部から逃げるようにドアに向かった。
阿部はその腕をぐいと掴むと、篠岡を引き寄せる。
「次の授業、サボるぞ」
「!」
篠岡が意味を理解して、真っ青になった。小刻みに首を振る。
「私、そんなつもりじゃ……」
「クラスの女に、俺は篠岡と付き合うって判らせるのに調度いーだろ」
「冗談だよね?花井くんや水谷くんだって判っちゃうよ」
「別に隠す気ねーよ。だいたい、引退までに他の男に取られない保証どこにある?
部室に行くって、誰かに話したか?」
「ううん。……ね、阿部くんは怪我人なんだし」
「こんなのかすり傷だ」
力で篠岡が勝てる訳もなく、拒む先から阿部は床に押し倒してしまう。
「阿部くん、今なら、授業間に合うからっ!ね?」
篠岡がなだめようとするが、阿部は無視した。シャツのボタンを外して、下着の中に手を差し入れる。
「付き合うのは、もっと……っ!」
阿部は、篠岡の唇を自分のそれで塞いで黙らせた。
可憐な膨らみの頂点を指でやわやわと揉まれ、篠岡は気持ち良さに眼を細めた。
阿部のもう片方の手は下半身に伸び、スカートを捲り上げて太股を這い回る。
ショーツの中に指を差し込み、中をほぐすように探った。
「んぁ、やっ。んんっ、やめ……あっ、あっ!」
懸命に止めさせようともがくが、抵抗も空しく甘い声が出てしまう。
「やっ!し、したいだけ、でしょ。私は近くにいただ…」
「だったらとっくに、あの女とやってる」
篠岡の目が見開き、押しのけようとする力が弱まった。
確かに性欲だけなら、ダメになった時マネジと付き合うのは後々が面倒だ。
阿部はニッと笑うと、その尖りを舌先で転がすように舐めた。
「あッ…!」
「俺は、好きな女以外にこんなことしねーよ」
「だ、だって……」
「俺は篠岡以外、興味ない」

阿部自身、誇るような経験はないから、本当に文字通り手探りだ。
人指し指を挿し入れる。途中で止めては抜き、くり返す度に早く深く指がめり込む。
篠岡は身体の中に出し入れされる指の動きに感じて声を上げ、震えながら朦朧としていた。
クリトリスを探り当て指で挟むと、篠岡のそこが敏感に反応して膨張する。
「ぅう、いやあっ、そこっ……そこはっ、あぁんっ!!」
キュンと篠岡の身体が大きく跳ね、あまりの大声に阿部は慌てて篠岡の口を塞ぐ。
「ばかっ」
「だって、だって……」
篠岡が涙声で反論しようとするが、声にならない。
阿部は組み伏せたままの体勢で、篠岡に囁いた。
「止めるか?」
「……」
「あの先生、来るの遅いし、女子には甘いから篠岡は帰れば出席間に合うかもな。
俺は男で、名前呼ばれんの最初だからダメだろーけど」
そう言いながら、突き放したように身を起こして篠岡を見下ろす。
「どーする?」
「……」
篠岡は頭も身体も快楽でいっぱいになってしまい、動けない。
まだ、途中なのは判る。この後に今知った世界よりももっと気持ち良いことが待っている筈で、
続きは欲しいが、阿部を喜ばせるのが悔しくてそう言いたくなかった。
この濃密な空間にずっといたい。もっとめちゃくちゃにして欲しい。
「こ、今度……」
「野球部辞めた時?」
そんなに待てない、という絶望が表情に浮かび、篠岡はゆるゆると首を振った。
「い、今……」
「どうして欲しい?」
意地の悪い阿部の質問に、ヒドイ、と篠岡の瞳が揺らぐ。期待通りの反応に、阿部はニヤリとする。
が、涙の膜はつーっと膨れ上がり、みるみる溢れそうになって、阿部は慌て出した。
「ああ、悪かった!」
「嫌い!」
阿部は止める気なんかこれっぽちもなかったから、必死に機嫌を取ろうとする。
篠岡が抱き付いてきて阿部の胸に顔を埋め、震えながらキスをしてきた。
そのいじらしさが可愛くて、阿部は頭を撫でてやる。
「ちゃんと、すっから……。いぃ?」
気づくと、篠岡は強く吸っていた。チリチリと痛みが走る。
「な、なにしてん、だ?」
引き剥がして場所を確認すると、アンダーを着て隠れるかどうかきわどい位置だった。
チームメイトやモモカンにも、このキスマークが見えるかもしれない。
涙を溜めた眼でいたずらっぽく笑う篠岡に、自分の思い通りになる人形じゃない、と認識を改めた。

阿部は下着を脱がせて、篠岡の両膝の辺りまでを両脇に抱え込んだ。
篠岡は唇をかみ締めて不安げに阿部を見た。
悩ましく眉をひそめ、恐怖に大きな瞳に涙を浮かべながらも、その表情とは裏腹に濡れた身体は
拒むことなく阿部を迎え入れる。
「ひぁっ!」 
篠岡の身体がビクッ、と震えた。
「先端、入ったぜ」
「んっ……」
眉間にシワを寄せ、篠岡は硬直する。意識すればするほど、身体に力が入ってしまう。
阿部が、狭い穴を押し広げていく。滑る襞肉をかき分けるように、さらに身体をぶつける。
「あっ、あっ、んっ、うあっ、はぁ」
深く割り入ろうと動くたびに、篠岡のくぐもった声とヌチャッとした猥褻な音が部室に響いた。
篠岡に締め付けられ、気が遠くなりそうになる。
「力、抜いて……」
痛みと快楽の狭間で悶える篠岡には、全く余裕がなかった。
自分を根元まで、奥へ深く埋没させる。篠岡の身体が反り返った。
泣き声とも喘ぎ声ともつかない声に、絡みつく粘液に、篠岡の気持ちよさに酔った。
「……ワリぃ、俺……限界っ」
阿部は、強く腰を激しく揺り動かし、欲望を放出させた。
か細い、自分の名前を呼ぶ声に意識が引き戻された。
繋がったまま篠岡の唇にキスをすると、弱々しい笑顔が返って来る。
阿部は名残惜しそうにゆっくりと自分の分身を引き抜き、ぐったりと仰向けになった。
徐々に篠岡の呼吸も落ち着いてきたらしい。
「阿部くん……」
指が自分の手に触れたので、隣の篠岡を見る。
初めてだった篠岡は、気だるそうで、何かを聞きたそうに見えた。
指が絡んできた。篠岡の澄んだ目が、褒めて欲しがっている。
口にして、頑張ってた篠岡に恥ずかしい思いをさせる言葉は嫌だな、と迷い……
「後悔、させねーから」
焦ってちっとも雰囲気の出ないことを口走ってしまった。
が、頬を染め頷く篠岡を見て、胸がいっぱいになる。まあ良かったんだと思う。

「このあと、授業出ようね」
篠岡がそんなことを言い出したのは、自分に心配させないためだと阿部は気づいていた。
「中途半端より、全部サボった方が良くねーか?篠岡だって身体辛いんだろ」
「6時限目だけでも。座ってるだけだから、大丈夫だよ」
阿部は面倒になっていた。授業なんだから、練習を休むよりは余程マシだと思う。
部室で幸いだったのは部活の荷物がロッカーにあったことで、「汗かいたし」と時間を稼ごうと
する阿部を、それを理由に篠岡は急き立てた。
時間を確認しようと携帯を見ると、花井と水谷からの「どこ行った?」というメールが
入っていた。確かに、呼び出し音は何度か聞いた気がする。
返事を打っていたら篠岡に怒られてしまい、しぶしぶ阿部も身支度を整えて部室を後にした。

廊下を進みながら、篠岡が三つ編みを直しつつ聞いた。
「なんて言って、教室に入ったら良いのかな」
「いっそ本当のこと言う…イテッ!」
真っ赤になった篠岡が、阿部を突いた。バンバンと背中を叩かれる。
「違うって、怪我の治療!怪我人を叩くな!」
「そんなに手間がかかる怪我じゃなかったでしょ」
「じゃあ、俺が具合悪くなったことにでもすっか」
阿部の怪我はクラスの男子なら知っているから、多少の過剰報告なら許されるかもしれない。
この際、不名誉ながら篠岡の手当ての手際が悪かったとか、救急箱が見つからなかったとか、
嘘バレバレの言い訳をしておいて、三橋の興味を怪我から逸らす方が賢明かもしれない。
バッテリーの相手に彼女が出来ることよりも、軽い怪我の方が重大ってことは……あるか?
自分と三橋の関係ならあり得る、と思えることが複雑だった。

教室のドアを開けようとした阿部のシャツの裾を、突然篠岡が引っ張った。
振り向くと、襟をぐいと引き寄せられる。
「赤くなってる」
それをやったのはオメーだろ、と阿部は舌打ちして屈み、大人しく篠岡に第一ボタンを留めて貰った。
息を止め天井を見ていた阿部の口に、柔らかいものが触れた。
こじ開けるようにして舌で刺激され、さんざん貪ったあと篠岡は離れ、満足そうに微笑んだ。
幸せな天使のような篠岡の笑顔にやられ、身体中の体温が一気に上昇して、阿部は動けなくなる。
「じゃあ、開けるね」と言って、篠岡は先に教室に踏み込んだ。
用意していたサボリの言い訳がすっかり頭から抜け落ちた阿部は、1人廊下に座り込んでしまった。
その光景を見た教師が「本当に具合が悪い」と勘違いして、クラス中が大騒ぎになった。
篠岡は人形じゃない。自分が教えたことを吸収して、貪欲になっている。
「後悔させない」と口にした手前、期待に答え続ける今後を想像して、阿部は本当に眩暈がしてきた。
最終更新:2008年04月19日 17:05