8-202-206 叶×瑠里

「おい、三橋」

耳元で名前を呼ばれて、瑠里は夢うつつから現実に戻ってきた。
ぼんやり目を開けると、目の前にせまる叶の顔に、瑠里はぱっちり目を開ける。
「お前、ホント終わったらスグ寝るな」
叶はため息混じりにそう言うと、瑠里に冷たい水の入ったグラスを差し出した。
「あ、ありがと」
瑠里はベッドの上に身を起こして、グラスを受け取ったが、
未だ裸だった事実に気づき、慌てて片手で毛布を抱き寄せた。
「隠すなよ」
意地悪そうな薄笑いを浮かべた叶の台詞を、瑠里はあっさり無視して水を一口飲む。
「何か夢でも見てたのか?」
突然の叶の言葉に、瑠里がきょとんと叶を見つめる。
「寝てる間ニヤニヤ笑ってたぞ」
「見てたわけ? 性格悪い!」
「ココはオレの部屋だぞ。見てたって文句言われる筋合いねー」
頬を膨らまして瑠里は叶を睨みつけるが、叶はちっとも堪えないようだ。
目線だけで先を促され、瑠里は先ほどの夢を回想する。
「・・・子供の頃の夢だった。懐かしかった~。初めて会った時のレンレンとその頃の叶」
「へえ、廉の夢。」
何気ない叶の言葉に、瑠里は少し違和感を覚えてまじまじと叶を見つめる。
「アンタ、いつからレンレンの呼び方、戻ったの?」
「あー? ま、いいだろ。どんな呼び方したって」
練習試合をしたと聞いた時は、叶はまだ『三橋』と言っていたことを思い出した瑠里は
もっと聞きたいと思ったが、叶の背中はそれを拒否しているように見えて、口をつぐんだ。
そのまま上半身裸のままの叶の背中をぼんやりと眺める。

中学時代の廉と叶に何があったのか、瑠里は知らない。
それでも、廉が高等部に進まずに埼玉に戻ってしまったことから、
野球部で何かがあったのだと察してはいたが、叶に聞くことは何故かできなかった。
寂しそうな叶の表情から、少なくとも叶は廉が去ったことを残念に思っていることを知り、瑠里はほっとした。
「叶は、レンレンと一緒に野球したかった?」
瑠里の口から出た質問に、瑠里自身びっくりしたが、
叶もびっくりしたのか目を見開き、まじまじと瑠里を見つめた。
「そりゃ・・・、したかった・・・と思う。」
歯切れの悪い叶の返答に、瑠里の眉がひそめられる。
「でも、三星にいたら、廉はダメになってた・・・かもとも思う」
「どうして?」
俯いてぼそぼそと呟いた叶に、瑠里が尋ねると、叶は顔を上げ真っ直ぐ瑠里を見つめた。
その視線を目を逸らさずに受け止めた瑠里に、叶は手を伸ばして髪に触れ、指を絡ませた。

「オマエは、三星にいて辛くねーのか?」
「どうしてよ?」
唐突な言葉に瑠里の目がまんまるに開く。
その変化に、叶がふっと笑った。
「理事の孫だと、いろいろあんだろ?」
その言葉で、ルリは廉が三星を去った理由の一端が見えた気がした。
自分は強いから耐えて跳ね除けたが、気弱な廉では辛かっただろう。

「叶は、レンレンを守ってやらなかったの?」
「オレ一人が庇っても、無理だったな」
叶はそのまま指を絡ませてた髪をくいと引っ張り、唇を押し付けた。
「でも、廉があのまま三星にいたら、お前ともこうしてなかったかも」
自分の髪にキスをする叶を至近距離で眺めて、瑠里は頬を染めた。
確かに、廉がいたら叶とこんな関係にはなっていなかったかもしれない。
しかし続いた叶の言葉に、瑠里の眉が跳ね上がった。
「廉が残ってたら、お前は廉と付き合ってただろうし」
「はぁ!? あんた何言ってんの!?」

思わず顔を仰け反らせて、叶の手から瑠里の髪が勢いよくすり抜けた。
瑠里が叶を睨みつけると、少しいじけたような叶の表情がそこにあった。
「何って、お前の親からしたら、お前と廉がくっつくのは大歓迎だろ」
「な、何バカなこと言ってんの!?」
瑠里が顔を真っ赤にしながら、叶に抗議すると、叶は不意に真面目な顔つきになった。
その変化に、瑠里は少し虚を突かれ、口を閉ざす。
「オレんちも、お前んトコも、親戚増えることに敏感だろ?」
「え・・・え?」
瑠里は叶が何を言っているのか分からず、戸惑う。
叶はかまわず先を続ける。
「親戚や血縁増えると、相続がややこしくなるじゃねーか。
 その点、お前と廉が結婚したら血縁は増えないし、
 廉はあっさり理事につくだろうし、お前のじーさんからしたらそれが理想だろ」
叶の口から語られるあまりにも生々しさあふれる事柄に、瑠里は口をぽかんと開いた。
「アンタ、何。そんなこと考えてたの?」
「お前は考えねーのかよ。学園、継ぐ気ねーのか?」
心のうちを見透かされて、瑠里はぐっと言葉に詰まる。


確かに、学園を継ぐ野心は、ある。
弟にその役目を取られるのは、嫌だと思う。
今となっては廉が継ぐのかもしれないが、
あの廉に任せるぐらいなら、自分が継ぎたいとこっそり思っていた。



「一番手っ取り早いだろ、廉と結婚するのが」
瑠里は降って湧いたような考えに、思考がついていかない。
「で、でもそんなの・・・。考えたこと、ないよ」
従兄弟と法的には結婚できるだろうが、余りにも近い存在過ぎて恋愛対象として考えたことはなかった。
「そうなのか?」
叶は少し意外そうに瑠里を眺めた後、ふと何かを思いついたようにベッドの下に手を伸ばした。
「ホラ。」
やがて取り出したものを、瑠里の目の前の置いてみせる。
それは、未開封のコンドームの箱だった。
「なっ!? なんていうもの見せんのよ!?」
真っ赤になった瑠里に、叶は意地悪くにやりと笑う。
「何言ってんだ、今更。 ま、コレは高校入学した時に親に渡されたモンなんだけどよ」
「へっ!?」
瑠里はぽかんと口を開けて、叶をまじまじと見つめた。
「【へまするな】だってよ。ヘタに子供作って、ややこしい相続発生させるなっつうことだ」
瑠里の開いた口が、ますますあんぐりと開いていく。
その瑠里の表情を、叶が面白そうに眺めて、不意に身体をベッドに滑り込ませ、瑠里をぎゅっと抱きしめた。
「ちょ、ちょっと! 叶!?」
「まー、三橋との子供だったら、オレの親とお前の親が取り合いそうだけどな。跡取りだーつって」
ニヤニヤと笑いながらルリの目を覗き込む叶に、怒りがこみ上げてきたルリが釣りあがって目で睨み返す。
「バカなこと言わないでよ!」
「えー? オレらがしてることって一体何だ?」
「なっ!んっ!」
さらに声を張りはげようとした瑠里の唇を、叶はうるさいと言わんばかりに唇で塞いだ。
そのまま舌を差し込んで、かき回す。
「んっ・・・」
ぬるりと生き物のように蠢く叶の動きに、瑠里の唇から零れた言葉がかすかに響いた。
遠慮のない叶の手が、瑠里の身体をなぞるように滑り降りて、乳房の上で止まった。
強い意志の篭った叶の指が自分の胸でくっと曲げられるのを瑠里は視界の端に捕らえて、体から力を抜いた。
心地いい感覚が身体に広がっていくのを、瑠里は漫然と受け入れて、
ずっと自分の舌を絡み取り続ける叶の、その頭に手を伸ばし、ゆるいカーブを描く黒髪に自分の指を潜り込ませた。

叶の膝が、瑠里の脚の間にすっと差し入れられ、口付けたまま器用に叶は体の位置を変えた。
膝を折りながら大きく脚を広げられて、瑠里の頬が僅かに赤くなる。
体中に広がる叶の体温に、瑠璃はぼんやりと、最初に叶に触れられた時の事を思い出した。




新春の挨拶の時、少し不貞腐れた顔で瑠里の家にやってきた叶は、きょろきょろして誰かを探していた。
「アンタ、何してんの?」
あきれたような瑠里の声を無視して、叶はずかずかと家の奥に向かう。
慌てて後を追った瑠里は、叶が急に脚を止めたせいで、その背中にぶつかってしまった。
「きゃっ! アンタ、何急に止まって!」
叶は動きを止めたまま、じっと部屋の中を眺めていた。
その目線を追った瑠里は、そこが昔の廉の部屋だったことの気づく。
「アイツ・・・、いねぇの?」
少し硬い声で問いかけた叶に、瑠璃はわずかに戸惑いながら答える。
「レンレン、今年はこないよ。練習があるからって」
「ふーん」
叶はそこで視線を瑠里に向けて、じっと瑠里を見下ろした。
急にまじまじと見られて、瑠里は少し落ち着きを失くす。
「な、何よ?」
叶はぷいと顔を背けて、今度は瑠里の部屋の方向に向かって歩きだした。
堂々と歩く叶に、瑠里は呆気に取られて、ついそのまま後ろを歩いて行ってしまった。

瑠里の部屋に入り、叶は遠慮なしにじろじろと見渡していた。
不意に正気に戻った瑠里が、やっと抗議の声を上げる。
「叶! 何勝手に人の部屋入ってんのよ!?」
叶は肩越しに瑠里を振り返り、ぷっと吹き出した。
「オマエ、反応おっせぇな」
「な、何よ! アンタ何しに来たのよ!?」
瑠里が顔を真っ赤にしながらさらに抗議すると、叶はくるりと振り返り、じっと瑠里を見下ろした。
その叶の、今までに見たことのない表情に、瑠里の口がぴったり閉じられた。
叶はしばらく瑠里を見下ろした後、不意に視線を逸らせて、少し拗ねたように笑った。
「ホント、オレ、何しに来たんだ?」
「アンタねぇ、それ聞いてんの、私なんだけど?」
再び叶が瑠里を見下ろし、瑠里の口が閉じられた。

沈黙がしばらく続く中、叶の手がゆっくり上がり、そっと瑠里のほうへ伸ばされ、その髪に触れた。
瑠里の長い髪をその指に絡ませて、軽く引っ張っぱり、くしゃりと握る。

その奇妙な雰囲気と、二人の距離に、瑠里は頭のどこかが麻痺したような感覚に陥り、ぴくりとも動かない。
ただ、髪をいじり見下ろす叶を瑠里は見上げていた。

叶がいじっていた髪を離し、手を瑠里の頭頂部に置いた。
瑠里はじっと動かない。

叶の手がゆっくり瑠里の頭を撫で、そっと瑠里の頬に置かれた。
張り詰めたような空気が漂い、二人の目線は合わさったまま、瞬き一つしない。
叶の手が再び動き、その親指が瑠里の唇に触れ、ゆっくりなぞった。
瑠里は叶の顔が近づいてくるのをじっと見つめて、その唇が瑠里の唇に触れて、初めて目を閉じた。



叶の指がぐいと瑠里の中に差し込まれて、瑠里の意識が目の前の叶に引き戻される。
思わず肩をすくめて瑠里はその刺激に耐えた。
ぬるりと奥に届くその感覚に、瑠里は自分の胸に顔を伏せている叶の頭をかき抱きしがみ付く。
前後に引いたり、くるりと中をかき回されたりして与えられる強い快感に、
膝に力を入れて閉じようとしたが、間に割り込まれた叶の体のせいで、無駄に終わった。

手馴れたように準備を整えた叶が、瑠里の手を握りながらゆっくり侵入をはじめると、
瑠里の両目はぎゅっと閉じられて、息遣いがもっとも激しくなっていく。
「か、叶・・・」
堪えきれず名を呼んだ瑠里に、叶の熱の篭った声が答える。
「ルリ」
名を呼ばれた事実に、瑠里の目が開き、びっくりしたように叶を見上げると、
叶は一気に根元まで挿入した。
「あっ・・・!」
そのままの勢いで、叶は瑠里を揺らし始めた。
瑠里は翻弄されるがままに、頭を僅かに振りながらも、再び目を閉じて快感に耐える。
何かを求めるように瑠里の手が伸ばされて、叶の背中をぎゅうと抱きしめる。
叶は背中にピリっとした痛みを感じ、瑠里が無意識に爪を立てていることに気づいたが
おかまいなしにより一層腰を激しく打ち付ける。
瑠里の頭の中で真っ白な火花が散った頃、叶も同時に背筋を仰け反らせて動きを止めた。


今日2回目の事だったせいか、瑠里は叶が身を離すとほぼ同時ぐらいにすうと眠りに落ちた。
叶は苦笑いをして、ティッシュで瑠里を拭き、深いため息をついた。
じっと瑠里の寝顔を見下ろして、少し悲しげに唇を引き伸ばす。

「廉が、もし残ってたら、か」

自分で先ほど言い出した事を、改めて口に出して反芻する。
叶はティッシュをくしゃくしゃと丸めて、乱暴にゴミ箱に放り込んだ。
寝息を立てる瑠里の隣に滑り込み、瑠里の頭の下にそっと腕を差し込んできゅっと抱きしめた。
すると、身じろぎした瑠里が叶に寄り添うように頭の位置を変えたので
叶は瑠里のおでこに自分の頬を押し付けて、ゆっくり目を閉じて自分も眠りに付いた。


終わり
最終更新:2008年04月27日 01:45