8-365-368 名前:アベチヨ・体育館倉庫


その日の阿部はついてなかった。
じゃんけんで負けて、授業で使ったボールとビブスを体育倉庫に片付けるハメになり、
ちっとも面白くない。
鍵は女子が持ってると教師に言われたので、直接向かうと調度ドアを開けていた篠岡がいた。
「お前もじゃんけん負けたのか?」
「じゃんけん?」
篠岡が振り返り、両手に道具を抱えた阿部を見て笑い出した。
「阿部くん、2組分の男子でやって1番じゃんけん弱かったの?」
「勝負運をこんなつまんねーことで使う訳にいくか」
負け惜しみを言いつつ先に倉庫の中に入る。マネジの性分で自発的に片づけを引き受けた篠岡も
ライン引きを持って続いた。
阿部が荷物を元の場所に戻していると、既に用事を済ませた篠岡が後ろに立っていた。
「終わったんなら先帰れよ。鍵は俺が返しとくから」
「ううん、ちょっと……。阿部くんに話があるんだけど、いいかな」
いつも笑っている篠岡と違い、少し緊張気味で様子が変だった。こんな時に言ってくるのだから
他の部員がいる時に話せない悩みだと思い、阿部は頷いた。
「俺でいーなら聞くけど」
「あ、外には出ないで。ここで」
「ふーん?」
篠岡が手伝ってくれて、ビブスを色分けして片付けた。
阿部は礼を言って、周囲を見回した。話をするにしても、ホコリまみれで息苦しい空間だ。
今は昼休みだからちょっとくらい遅れても問題ないが、篠岡の用件は時間がかかる重い内容
なんだろうかと気になった。
「で、話ってなんだよ?」
「えーと……」
篠岡の声が細くなる。
この時点で、阿部は告白されるとは全く考えていなかった。
というのも、クラスメイトやマネジとして篠岡を認識する以前に、モモカンに会ってしまっている。
奇跡的なプロポーションにあの美貌。大人の色気と子供のような笑顔を持つ才能溢れる女性が身近に
いて、今更同学年の女子など目に入る訳がない。
とはいえ、別に付き合いたいとかいう下心ではなく……もちろん、誘われれば別の話だが、女として
見るというよりもモモカンは憧れの女性で、試験勉強の時期などは姿を拝むことも叶わず辛いほどだ。
篠岡の話で他の部員が盛り上がれるのが阿部には理解出来ないほど、マネジは眼中になかった。
だから篠岡に、
「阿部くんのこと、好きなの」
とストレートに言われた時も、
「俺もみんなも篠岡には感謝してるから、辛いことあるだろうけど頑張ってくれ」
とズレた返事をしていた。
「みんなも?」
怪訝な表情で篠岡が聞き返す。
「しょっちゅう可愛いとか彼氏いんのかとか、本命誰だとか気にして話してるからさ」
「だから、阿部くんなの」
「俺がなに?……って、はあぁ?」

青天の霹靂。
なんでだ?部活以外の会話、全くねーよな。俺は篠岡を女として見た覚え1回もねーし。
困惑の方が大きくて、阿部は眉間にシワを寄せて言う。
「なんで?」
「なんでって……。前から野球上手くてカッコイイなあって思ってたし、話が合って面白いし」
「合うっていうか……」
ミーティング時などに阿部が「最初は2年だろ」と言うと「そう、4回までです」と篠岡が補完する。
それが投手の話で、その高校の黄金パターンで、などという説明を吹っ飛ばしてるので、モモカンも
部員も一瞬だけ「?」になる。阿部に限らず男は褒められることに弱いが、篠岡も野球には詳しいから
雑談も大抵「そーだね」で会話は終わる。間違っても「阿部くんすごーい!」などと言ってくれる
ことはないので、楽しくもない。そもそも野球を熱く語る女は野球そのものより、選手や高校球児の
イメージに傾倒する割合が高く、阿部の趣味とはブレがあった。
「悪いけど俺、考えたこともねーから」
阿部の言葉に篠岡は黙り込み、悲しそうに瞬きをして頷いた。
「そうだね、ごめんね。今は野球だもんね。覚えててくれれば良いから」
そう言って、無理して笑顔を作る。可哀想なことをしたと思ったが、それでも言わずには
いられなかった。
「忘れるから、篠岡も忘れてくれ」
未だにモモカンに握られた手の感触を思い出して心が躍る阿部としては、部活さえ引退すれば
付き合えると勘違いされるのは困る。モモカンが居る限り他の女に目移りする可能性はないから、
ハッキリさせておきたかった。
「忘れるって……」
「時間の無駄だから」
「阿部くんが私を嫌うのは自由だし、私が阿部くんを好きなのも自由だよね?」
篠岡は時々、下手すると三橋より男らしい。そうだよな、と納得しそうになって、阿部は
かぶりを振った。
「言っただろ、俺以外の連中は篠岡のこと……」
他の奴と充実した高校生活を送ってくれと言いかけた阿部は、篠岡の行動に言葉を失った。
いきなり、着ていたシャツを脱ぎ出したからだ。阿部の頭の中が真っ白になる。
「篠岡っ!」
「彼女としてじゃなくて良いから」
そう言いながら、篠岡はジャージから足を抜いて、ブラのホックに手をかけた。
「初めては阿部くんって決めてたの。それさえ守れれば、どうなってもいい」
「何考えてんだよ、バカ」
俺だって経験ないのに、勝手に決めんな!
頭に来た阿部は、出口に向かおうとした。が、
「行っちゃうの?……叫ぶよ」
「は?」
脱いだのは篠岡で俺じゃねーだろ、とそのまま外に出ようとして、足が止まった。
……他人が見たら、自分が篠岡を襲った、と、思われ、る……?
すなわちそれは、たとえ埼玉県予選を勝ち進んでも、発覚すれば甲子園出場停止に繋がる。

ばっと篠岡を振り返った。
「篠岡、落ち着け」
篠岡の手から、下着が落ちた。ささやかな乳房が視界に入り、目が離せなくなる。
思春期真っ只中の高校生なのだ。モモカンの肉体には及ばないが、異性の身体に反応してしまう。
興味なかったくせに、と自分で自分に突っ込みを入れつつ、ふらふらと篠岡に吸い寄せられ、
気が付くと彼女をマットの上に押し倒していた。篠岡が抱きついてきて、何度も唇にキスされる。
大きな瞳に吸い込まれそうになり、甘く柔らかな唇がもたらす快感に、そのまま飲み込まれて
しまいそうな自分が怖くなった。
(俺、どうなっちゃうんだろう……?)
モモカンに童貞を奪われるシミュレーションは何百回もやったが、まさか同級生の篠岡に
誘惑されるとは全く想像しなかった。
「1回だけでいいから」
「は、いや、俺……」
「阿部くんも初めて?良かった」
篠岡が微笑した。普通なら、経験者の方が安心するもんだろうと阿部には意味が判らなかったが、
続いた言葉に凍りついた。
「男の人って、初めての女性は一生忘れられないって言うでしょ?」
「……ひゃ、し、しのおか?」
逃げ腰で、距離を取ろうとする阿部にしびれを切らせた篠岡は、阿部のぱんぱんに膨らんだ股間を
撫でた。満足そうに微笑み、ジャージと下着を下ろし始める。
「や、止めろっ」
「イヤ。クラスも部活も同じなのに、2人きりになるだけで何ヶ月も待ったんだよ?」
篠岡の指がペニスに触れた。やわやわと摩り、緊張して眉間にシワを寄せながらも珍しそうに弄ぶ。
阿部は、目を逸らすことも出来ず、目の前の光景に硬直していた。
「……こんなにおっきいの、入るのかな……」
まじまじと見つめられて、恥ずかしさに逃げ出しそうになる。
「し、篠岡……っ」
「想い出が欲しいの。1回してくれたら、それを心の支えにもっとマネジ頑張れるから。
迷惑かけないから、お願い」
思いつめた潤んだ瞳で言われて、突き放せなくなった。
覚悟を決めて、阿部は篠岡に向き合った。
「最初で最後だからな。あとでどっかに訴えたり、付き合ってるとか嘘言うんじゃねーぞ」
「うん、判ってるよ。ありがとう」
篠岡は目を閉じた。
さっさとやって忘れてしまいたい、と阿部は思った。
(モモカン、すんません……)
なんの義理もないのに謝りたくなった。流されるだけの、自分の弱さが悲しい。

篠岡の身体は柔らかく、肌は滑らかで、予想を裏切るほど気持ちが良かった。
強引に迫ってきたくせに篠岡は従順で、何をしても優しく受け入れた。
狭いそこは暖かく潤り吸い付いてきて、肉体的な快感に実感が薄れてゆく。
モモカンに比べ子供っぽい篠岡が眼中になかったのは確かだが、しがみつかれ何度も自分の名を
呼ばれると可愛いし情も移る。
「痛いか?」
「う、ううん」
冷や汗が全身を覆い、痛みで爪先まで突っ張らせながら震えているのに、篠岡は健気に微笑む。
必至で意識を逸らして耐えている篠岡が可哀想で、引き抜こうと腰を動かすと、篠岡の腕が
首に回った。熱い粘膜が締め付けてきて、一瞬気が遠くなった。
「止めない、で……」
吐息のような囁きに、最後まではやるつもりのなかった阿部の中の怯えと理性が吹き飛んだ。
身体を支えながら最奥まで突き動かして、激しく篠岡を揺らした。繋がっている快感と、
篠岡に呑み込まれてグチャグチャに熱く熔けてしまう恐怖に似た感覚。
熱い。篠岡の中に放出して、意識が朦朧となる。荒い息のまま篠岡の胸に顔を埋めて、その身体を
抱きしめた。
涙と汗で濡れた顔を指で拭ってやり、唇にキスを落とす。最初は触れるだけだったのが、激しく
吸い、舌でこじ開け篠岡が苦しがっても続けた。
1度だけの筈が、気持ちがそれだけではおさまらなくなった。
初めての異性の肉体に溺れ、最後まで離さなかったのは阿部の方で、いつまでも篠岡に執着
しているので、篠岡が苦笑した。
「もう行かなくちゃ。着替えて、ご飯食べて……んっ」
引き留めたくて、もう一度唇を塞ぐ。篠岡はそれも受け止めて、微笑んだ。
「ありがとう、阿部くん。絶対言わないし、つきまとったりしないから。これからも阿部くんは
野球に専念するんだよね」
「専念って……」
「そーいう阿部くんだから、好きになったの」
球児への幻想。恋愛より野球だとか目標の為にストイックになれる男だとか、こうであって
欲しいという願望を阿部に重ね美化している。
最初に約束した手前、今さら阿部の口から「付き合ってください」と言える筈もない。
するりと阿部から離れると、素早く服を着て篠岡は幸せそうに微笑んだ。
「一生の想い出にするね」
もう1度、礼を言って篠岡は倉庫を出て行った。
サバサバと過去に変えて前に踏み出す男前の篠岡とは正反対に、後悔に襲われ身動きが
取れなくなった阿部がひとり倉庫に取り残された。
確かに、忘れようがない……。
俺、野球に専念出来るんだろうか。
どこか他人事のように篠岡の感触を反芻している間に、阿部の昼休みは終わった。


おわりです。
最終更新:2008年07月13日 21:36