8-398-403 アベモモ 部活終了後
「じゃあ、野球部の中だったら誰?」
朝練が終わり、志賀が篠岡につきまとっていた。部員らは着替えながら半笑いで聞き耳を立てている。
「みんなカッコイイから選べません!選ぶ理由もないし」
彼氏の存在を聞かれて否定し、じゃあ部員から調達と志賀が言い出し、篠岡は優等生的な返事で逃げ
続けていた。志賀が篠岡をからかって遊ぶのはいつものことだが、今回はかなり突っ込んだ質問で、
ちょっと口を挟みにくい。が、みな興味津々だった。
「志賀先生しつこいです。なんで1番を決めなきゃいけないんですか!」
「海で篠岡が溺れたとするよね?その時に、篠岡が1番好きな人に人工呼吸させて上げるためだよー」
先生じゃ篠岡が可哀想だからね。先生ってホント良い人だなーと自画自賛する志賀に、
「埼玉にも甲子園にも海はありません!」
と篠岡が切り捨てる。部員らはとうとう吹き出した。
「シガポ目茶苦茶っ」
「モモカンに、1番篠岡にセクハラしてんのはシガポだって言いつけますよー」
「絶対娘に嫌われるタイプだな」
「またまたー。みんなの代わりに聞いてあげてるのに」
志賀は篠岡にイーッとされて苦笑した。
「キッチリ答えが出ないと嫌なんだよね、数学教師だから。そこの理系の2人もそうだよねー?」
突然矛先が向けられ、阿部は隣に居た栄口につつかれて「は?」と返事した。残りの1人は、
数学だけでなくオールマイティーな秀才・西広を想定していたらしい。
西広は笑いを堪えながら
「志賀先生、幸せな1人より不幸な9人を生むことが問題です。曖昧な方が幸いなことも
世の中にはいっぱいあります」
「ああ西広に振るんじゃなかった。阿部は?篠岡の本命、気になるよねー」
失笑がおきた。阿部は部活以外のこと、ことに恋愛には無関心で、マネジの話を部員らがやっていても
別のことを考えていて聞いていないのだ。
だから、いつものように「別に」と言い返すと部員たちは予想したのだが、この日の阿部は違かった。
「そーっすね」
一瞬、「え?」とみんなが阿部の言葉に驚いたが、阿部は疲れたようにため息をつくと、鞄を担いで
立ち上がった。
「お先ー」
マイペースに教室へ向かう阿部を指差して、志賀の大声が篠岡をそそのかす。
「はいっ、阿部もそー言ってることだし!」
阿部は、篠岡の本命が誰だか知っている。本人に告白されたからだ。それどころか篠岡に強引に
押し切られて、1度だけやった。そして、後日隙を見つけて言い寄った時は逃げられた。
余程自分が期待はずれで嫌われたり、篠岡が後悔してるのなら諦めもつくが、篠岡の熱っぽい
視線を頻繁に感じるのだから意味が判らない。
「野球部全員で海に行ったシチュエーションですよねー?」
観念したような篠岡の声が聞こえた。一瞬だけ、自分の名が出る可能性にヒヤリとする。
「監督。私が溺れたら、百枝監督に人工呼吸して貰ってください!」
やっぱりね、つまんねー、それはちょっと見たいかも、と好き勝手に感想を言い合う声を
背に、阿部は教室に向かった。
阿部が百枝に呼ばれたのは、その日の部活終了後だった。翌日から試験勉強で、練習は休みになる。
呼び出しの理由に心当たりはあった。練習中にも何度も雷が落ちたが、集中出来ていない。
篠岡が視界に入る時はもちろんだが、百枝の指導中に罪悪感で顔をまっすぐ見られないのだ。
やる気を疑われても仕方がない。
百枝には一方的な思慕であり、自分は恋愛対象ではないと理解していても、篠岡とのことは
裏切りに思えた。
かといって、篠岡にも未練がある自分が判らなくて、頭の中を掻き毟りたくなる程混乱していた。
他の部員らも、当然阿部の不調に気付いていて、「ご愁傷様ー」と同情しつつ帰って行った。
ベンチに座った百枝が、「阿部くんも座りなさいよ」と言ったが、阿部は断って立ったままだ。
百枝は苦笑した。
「阿部くんが私と目を合わさない理由、判るよ」
「え……?」
久しぶりに、阿部は百枝の顔を正視したと思う。目が合うと百枝はニカッと笑った。
「私の変な夢見て、意識してるとかだよね?私に思い当たる理由はなくて、急に関係がギクシャク
するなんて昔からよくあるし、高校生なんだからそんなの普通だって!」
あっけらかんと百枝が言い放つ。確かに、百枝で夢想する輩は多いに違いないが、そんな理由
ではない。勝手に自分を理解した気になっている百枝に、阿部は腹が立った。
「自分が男にどう見られるか、自覚あんですよね?俺が困った顔見んの楽しいっすか」
「え?」
予想外の阿部の反論に、百枝が怯んだ。阿部は畳みかける。
「美人が手ぇ握ってきたら、意識すんなって方が間違ってんだろ。俺だって監督を信頼してるし、
線引こうと頑張ってんのに。それをからかわれると結構傷付く。判ってんなら、こんな風に
2人だけになるようなこと、止めたらどーですか」
篠岡もそうだ。無理矢理やらせて夢中にさせておいて、あとは思わせぶりな態度で生殺しだ。
女なんか知らなきゃ知らないで、必要のなかった苦痛だってある。
部活が休みに入り、しばらくは顔を合わせないこともあり、阿部は取り繕うことは考えなかった。
だから百枝が、
「私が女だってことは変えられないし、指導のやり方も性別は無関係なの。私はどうしたら良いのかな?」
と問いかけてきても、
「俺がじゃなくて、監督が考えることなんじゃないですか?」
と強い口調で言い返していた。
本当はこんな反抗的な態度は取りたくないし、何かをして欲しい訳でもない。
百枝は阿部にとって憧れの対象であって、腹は立っていても離れ難くて、百枝を近くに感じていたい
ためだけにその場に踏み止まっていた。
「……してあげられることと、あげられないことがあるけど」
考え込んでいた百枝が立ち上がった。ついと阿部に近寄る。
「阿部くん、経験あるの?」
「な、なんすか……」
百枝の切れ長の瞳が、妖しく光り、射るような視線が阿部を捕えた。
「今まで付き合ってきた彼氏とこれから付き合う人に失礼だから、私は恋愛感情がない男とは
やらないの」
初めての合宿の夜が頭に過ぎった。あの時も阿部は、百枝の強い瞳に飲み込まれ、身動きが
取れなかったのだ。
「私のことどう思う?」
「尊敬、してます。男とか女とか、関係なく」
「女としてよ。したいと思う?」
そりゃ、モモカンみたいなイイ女を前にしてそう思わない男は不能か変態だろ!
……と、まさか百枝に答える訳にもいかず、阿部は聞こえなかったフリをした。
「阿部くんは教え子でしかないけど、阿部くんなら自分のルールを破っても良い。指導者なのに
勘違いさせることをやったんなら、責任は取るよ」
まただ。モモカンは俺を勘違いしている。身体目当てで、ゴネてると思ってる。
「なんか勘違いしてません?俺はそんなこと望んでねーし」
「へー。阿部くん逃げる人なんだ?」
「嫌なだけっす」
「別にやる訳じゃないよ。脱がないし」
「……?」
「私が脱いだら、阿部くん普通の恋愛出来なくなるでしょ」
確かに普通サイズじゃもう満足出来なくなるだろうな、とうっかり想像してしまい、気を抜いた
ところで急に周囲が真っ暗になった。照明が切れた。いや、百枝が切ったのだと気付いた時には
既に遅く、女と思えない力で首根っこを捕まれて押し倒されていた。百枝が上になる。
「ちょっと!こんな外で、なに考えてんだよっ!」
「予算不足で照明がお粗末なのよねー。練習後にこんなトコ、誰が通るの?」
「嘘つけ!あんたが電気消したんだろ!どこ触ってんだコラ!」
必至で抵抗するが、あっさり服の上から捕まれた。
「ぎっ」
「動くと、握るよ」
真夏の冷や汗も凍りつく、満面の笑み。想像するだに恐ろしい。
「大丈夫よ。噛み付いたりしないから」
「冗談に聞こえねーからっ」
皮肉なことに、こんな状況で篠岡の顔を思い出した。自分が判らなくなる。
望んだ通りモモカンが俺に触ってるのに。俺、一体どうしたいんだ……?
下着を下げられると、なぜか百枝の顔はペニスの先ではなく足の付け根に寄せられた。
ぺちゃりというかすかな音と共に、ぞぞぞと何かが背筋を走る。
ビクゥッとした阿部に、動きを止めて百枝が顔を上げた。
「や、止め……」
逃げようとする阿部を、怪力が押さえつける。周囲は真っ暗だが、目が慣れてくれば月明かりと
遠くの明かりでお互いの表情くらいは読める。
硬直する阿部に、百枝は満足そうに笑うと、目を閉じ再び赤い舌を差し出した。
舐め上げられる未知の快感に、身体中が震えた。食い千切られるかも、という恐怖は薄れ、
充血したモノが弄られる感覚に心を乱された。
ぴちゃ、ぺちゃりとかすかな音を立て、百枝の濡れた舌は少しずつ付け根から先端に向かって
移動して行く。
阿部は上を向いて息を堪えた。
ヤバイ。ヤバイヤバイヤバイ。大人って、こんな気持ち良いことやっちゃうのか。
声が出そうになるが、そうなれば百枝の思う壺だと思いひたすら我慢する。
意外にも、献身的に百枝は自分を丁寧に扱い、大人の女性の成熟すら感じた。
長い時間をかけたのち、ようやく先端に舌が到達する、と思ったとたん、その予想は裏切られた。
何事か百枝が呟いて、カリ首の付け根に沿ってぐるりと舌を滑らせたのだ。
「っあ!?」
阿部は混乱していた。
なんで戻る?やっと、クライマックスだと思ったのに……。
信じらんねぇ、と百枝を凝視した。してやったりな百枝の表情に恥ずかしさと怒りで頭が
爆発しそうになる。
棒状のモノをしゃぶるのに、最初に先を口に運ぶのが普通の感覚だが、付け根からスタート
するなんて、計算ずくでジラして阿部をもて遊んでいるとしか思えなかった。
きたねー大人なんか大っ嫌いだ!俺がどんだけ我慢してると思ってんだ、この悪魔!
なのに、脱がずともいとも簡単に気持ち良くされて……。
視界に入る百枝の長く艶やかな髪に、阿部は触れたくてたまらなかった。が、自分が百枝に
触れるのはルール違反な気がする。
ひたすら阿部は、百枝にされるがままになった。
固く絞られた舌に、刺激を繰り返された。どくどくと一点に血が集まって沸騰する。
先を舐める前に、一瞬だけ百枝は阿部を見上げた。挑発的な目。阿部は、自信に満ちている
この目が好きだ。
今度こそ咥えられる覚悟をする。
が、上を向いて待っているのに、何度も息を吹きかけられるばかりで、ぶるぶると歯を食いしばって
身悶えるハメになった。
限界だった。
……どこまでジラす気だこの――。
「変態っ!!」
我慢出来ずに怒鳴ってしまった。
なんだよ、この女。結局俺をからかってるだけじゃねーか!
「ご、ごめんね……」
百枝の弱々しく塩らしい声音に、ギクリとした。勝気で朗らかなモモカンらしくない。
「実は苦手で、躊躇しちゃって。……よし、ちゃんとやる」
決意した百枝は、自分のモノを持ち上げる。一瞬だけ観念したような表情になり、先走り汁を
ペロペロと舐め取った。百枝の眉間にシワが寄って、辛そうな顔になる。
そのあとようやく口が大きく開かれて、先をぱくりと咥え込んだ。
生暖かく湿った粘膜に包まれた。気持ち良さに、思わず百枝の後頭部を支えて、もっと奥に
入るように腰を動かした。ペニスがさらに膨張していく。ぬめぬめと吸い付いてくる今までに
体験したことのない快感に、声を抑え切れたか自信がなかった。
百枝が苦しそうに呻いた。きつく瞑った目には薄く涙が浮かんでいる。さらにもっと奥深く
飲み込まれそうになり、思わず阿部は百枝を引き剥がそうとした。決壊するものを飲まれると
思ったからだ。
そこまでは望まない。百枝には、監督として最後の尊厳を守って欲しかった。
「止めてくれ、これ以上は俺……ちょっと!」
が、百枝は阿部の動きを制した。がっちりと阿部の身体を掴んで行為を続ける。
気持ちよくて止めて欲しくない。でも、そんなモモカンは見たくない。
泣きそうになる。止めてくれ、と弱々しく呟きながら、阿部は自分が飲み干されるのを感じた。
最後まで百枝がしゃぶり終えると、2人とも放心状態でその場にへたり込んでいた。
「今まで付き合った彼氏のは、最後まで飲めなかったのに……」
呆然としながら、百枝は口元を拭った。指についた白濁色の液体も舐め取った。
百枝の視線が、阿部のペニスに集中する。直感的に「ヤバイ」と感じたのは何故だろう。
阿部は素早く下着の中に仕舞って、ファスナーを上げた。ベルトを締める腕を百枝の手に
素早く掴まれて飛び上がりそうになる。
「阿部くん」
「ひ」
自分の魅力を活かした、計算ずくの媚びる瞳とは違う。子宮から男を欲するような暴力的な
目に鳥肌が立った。
食われる。
貪られて、ボロボロになるまで搾取される恐怖が阿部を襲う。
「だ、だめですっ!」
まっすぐ百枝の目を見て訴えた。立場を理解して欲しかった。監督と選手は上下関係で……。
あれ。ってことは、俺は監督のいいなりってことか……?
百枝が妖艶な笑みを浮かべながら、ベルトに手をかける。阿部はそれを振りほどいた。
「監督!甲子園!」
阿部の言葉に、百枝はやっと我に返った。
距離を取れた機会を逃さず、阿部は機敏に立ち上がった。
頭を下げ、勝手に「おつかれっしたー!」と威勢よく挨拶する。
百枝は探るように阿部の顔を見た。引きつりながら、阿部は顔を上げて見返した。背中には
びっしりと嫌な汗をかいているに違いない。
「……明日は朝練ないんだから、ゆっくり電車で登校したら?車だから、今日は送ったげるよ」
1度は毅然と振り切ったくせに、情けないことに百枝の誘惑の言葉に動揺してしまう。
自分が惚れている、しかもフィギュア並みのプロポーションを持つ美女に誘惑されているのだ。
こんなチャンス、一生に一度あるかないか。蹴るなんて男じゃねーだろ!
「あ、あの……」
阿部は頭の中が真っ白になって、足元がヨロめいた。
ダメだ、俺……。俺は……。
「コーヤレンが。す、すんません……」
こんなことまでして手遅れかもしれないが、同い年の篠岡なら恋愛で済んだとしても、百枝が
15歳の自分を相手にするのは犯罪になる、と思う。法律以前に高野連が怖い。
恐る恐る百枝を見ると、肩が細かく震えていた。両手で口元を押さえ、俯いて表情が見えない。
が、その震えが激しくなったかと思うと、爆笑に変わった。
「ぅわっはー!可愛いトコあるじゃないー!なのに、やっぱ阿部くんは阿部くんだー」
笑い声はその後も長く続いた。
「か、からかった……?」
いつまでもウケている百枝に、阿部は呆然とした。安堵で腰が砕けそうになる。
でもこれで、良かったんだよな……?
「ごめんね。ちょっと調子に乗りすぎたかも」
「は、いえ……」
官能的な表情も良いが、こういう子供っぽい笑顔も好きだ。恐怖と憧れが混在する百枝に、
ますます惚れそうになる。
が、そんな阿部に信じられない言葉を百枝は投げつけてきた。
「惜しかったなぁ。もし阿部くんが他の女の子と経験済みだったら容赦しないんだけどー」
やっぱ、最初は一生引きずっちゃうからマズイよねーと、篠岡みたいなことを言う。
一応、百枝は阿部のために自重してくれたらしい。が、ここまででも十分トラウマに
なりそうな経験だったのだ。憧れは憧れのまま、キレイなまま強制保存と阿部は決意する。
そして、間違っても、篠岡のことは知られてはいけない。かなり惜しいけど。
……今から、カミングアウトすれば大丈夫か?イヤイヤ!
目が泳いでいる阿部の顔を、百枝が怪訝そうに覗き込んだ。
「阿部くん、どーしたの?もしかしてもう……」
鞄を抱えると、無言で阿部は駆けだした。
明日から部活がしばらく休みで、命拾いしたとつくづく思う。
それにしても、マネジだけでなく監督まで。
さらにしんどい境遇に陥ってしまい、阿部は途方にくれる。
野球は試験明けから頑張るとして、せめて勉強はまともにやらなきゃ自分は救いようないバカに
なってしまう。
とはいえ、こんな経験したあとに、どう集中しろというんだ。
百枝と篠岡のいる部で、まともに野球が出来るんだろうか……。
阿部の身体に疲労感が増したのは、自宅までの道のりを考えたからだけではないだろう。
気付くと深いため息が漏れていて、阿部は自転車置き場に座り込み、そのまま動けなくなった。
最終更新:2008年07月27日 14:30