8-534-539 ロカモモ。2
トレーニングルームの窓からは、野球部の専用グラウンドが見える。
その窓に、百枝を押し付けて自由を奪うのは簡単だった。
体格が一回り違う女の体を後ろから羽交い絞めにして、トレーニングで使うチューブで両手を後ろ手に拘束する。
口にタオルを突っ込んでしまえば、文句も悲鳴もまともな言葉にはならない。
強い批難を浮かべた目が、肩越しに仲沢を睨む。
仲沢は百枝の首筋をべろりと舐めた。
「――っ!」
ん、とも、あ、とも付かない抵抗の声が上がる。
元々きつい目には、更に厳しい表情が浮かんでいる。
この状況でどんなに強い視線を向けられても、大した効果はない。
それどころか、まるで挑発されている気分になる。
自分の腕の下でもがかれればもがかれるほど、自分が相手を好きにしているという優越感が強まるばかりなのに。百枝は強い目を向けるのを止めようとしなかった。
荒い息でこちらを見る百枝に、仲沢は冷たい笑みを浮かべた。
いい眺めだ。
征服欲というのは、こんな感情を言うのだろう。
*
学校の施設を見て回りながら、少し話をした。
百枝は仲沢が自分と年があまり離れていないことを知り、すぐに砕けた様子になった。
元々気安い性格なのだろう、屈託のない表情で部の練習のことや施設の話の受け答えをする。
西浦野球部は部が軟式から硬式になったばかりで、部員も自分も一年目だから自由にやれるのがいい、と言う。
トレーニング施設のようなものの充実はあまり望めないが、強豪や名門校の背負うプレッシャーとも無縁だから、その分伸び伸びやってくれる。それが一番の強みかな。
そう言って百枝はまた笑った。
そうだ、この笑み。
どうしてこんな風に笑うのだろう。仲沢には不思議で仕方がない。
夏大で負けて、まだ殆ど経っていない。
新人戦への時間もないから、切り替えなければいけないという事情はわかる。
それでも、こんな風にあっさり笑えるのは何故だ。
うちに負けて夏が終わったのに、どうして俺の前で笑える?
悔しくないのかよ。
仲沢は無性に苛々とした気分になって、夏の対戦の話を振った。
「あの怪我した捕手は」
「ああ。捻挫でした。新人戦はちょっとわからないけど、今のところ順調ですよ」
「あの捕手がいたら、最後までどう転ぶか、わからなかったでしょうね」
本当は負ける気など毛ほどもなかった。だからこの言葉は軽い皮肉だ。
しかしそのちっぽけな意地悪に気付いたかどうか。
百枝はどちらともとれる表情で、じっと仲沢を見つめた。
「でも優勝校以外は、必ずどこかで負けるんですから」
視線を逸らさず、明るい口調と笑顔はそのまま百枝は言う。
当たり前の対応だったが、その分、仲沢は自分の内の屈託と子供のような態度を指摘された気分に陥った。
相手を刺激するために心にもないことを言う自分を、穏やかに受け流す応対。また頭に血が上る。
この余裕に満ちた笑みを歪ませてやりたい。
思った時には、既に行動に移っていた。
目の前に、実際歪んだ表情を見ていると、少しだけ胸がすく。
後ろから抱きすくめるようにして、百枝のつなぎを上から開く。
「ん――っ!」
蒸れたような、甘い女の匂いが鼻先をくすぐった。
耳元であがる声を無視して、仲沢はそっけない白いTシャツを捲り上げる。
手を背に回し、ブラのホックを外す。
そのかすかな音と共に、シンプルなデザインのブラに押し込められていた胸が身震いするように開放される。
下から掬うようにすると、たわわな双丘は仲沢の大きな掌から逃れるようにはみ出した。
「すっげ」
柔らかいふくらみに思わず声が洩れる。
胸は形を変え、仲沢の指先を埋め、飲み込むような感触を伝える。
「――――っ」
まるで唸るように百枝が抵抗の声をあげ、首を振る。
手から逃れようとする仕草を、もう一度後ろから圧し掛かるように制して、仲沢は小さく笑った。
「こんなことされるなんて、考えてもみなかった? 案外のんきだな」
窓に押し付けられた百枝の顔が歪み、また仲沢を睨み見る。
「そういう顔が見たかったんだよ」
胸を強く弱く揉みしだき、首筋に舌を這わせる。
襟足の髪の生え際から、耳の後ろを唇でこするように辿り、耳朶に軽く歯を立てる。
わざと唾液の音がするように耳を舌でくすぐる。
百枝が懸命に反応を堪えようとしているのがわかる。
仲沢は心地よい重みを主張する胸を掌で刺激しながら、人差し指と中指でその頂きを挟んだ。
「……っ」
羽交い絞めにした百枝の体がぴくりと震える。手指に挟まれたそこは、柔らかい胸の先でかすかに硬い感触を返してくる。
「感じる?」
百枝は否定の声をあげたが、爪先で引っ掻くようにした途端、それまでより高い声が洩れた。
「んん……っ!」
「自分でわかってる? さっきまでの抵抗の声とは随分違うよな」
敏感なそこばかり執拗にかわいがる。
仲沢の刺激に応えるように、乳首はしこりはじめている。
「ん……」
百枝がぎゅっと目を閉じた。頬がかすかに紅潮している。
胸全体を緩急をつけて刺激しながら、硬く主張する突起を指の腹で何度も擦り、指先で押し込むようにする。
「ふ……」
百枝の呼吸が徐々に荒く上がり、明らかにそれまでと違った乱れになる。
タオルで言葉を封じられていても、堪えようとする呼気に物欲しげな甘い響きが伴うのを隠し切れなくなっている。
仲沢は冷笑を浮かべながら、きつく乳首をつまみ上げた。
「ん――っ!」
百枝の体がびくりと跳ね、顎が大きく仰け反った。
仲沢に押さえ込まれたまま、体が小さく震える。
「気持ちいいんだろ」
百枝は答えない。また窓に頬を預け、目を閉じて呼吸を整えようと肩を上下させている。
百枝が小さく身体を震わせる度、その首筋から纏いつくような甘い匂いが立ち昇る。
仲沢はそれを堪能して、耳元で囁く。
「感じてんだよな」
百枝は目を閉じたまま首を振る。
けれどその体は愛撫に熱を帯び、肌に薄く汗が浮かび始めている。
仲沢は小さく笑みを浮かべて、揺れる三つ編みを強引に引っ張った。
「んっ」
体勢を崩してよろける体を受け止め、そのまま床に横たえた。
トレーニングマットの上に、黒い髪が散った。
引っ張られた拍子にほどけたらしい。
つややかな髪は、それまでの三つ編みの後も残さず、緩やかなカーブを描いている。
仲沢は百枝にまたがり、上からその表情を見下ろした。
閉じた目元がうっすらと潤み、頬がかすかに上気している。
口にタオルを詰められたまま、苦しげに呼吸を継いでいる。
その姿はひどく扇情的だ。
仲沢は片手で百枝を抑えたまま、自分のベルトを外し始めた。
バックルの金属音に百枝が弾かれたように首を振り、言葉にならない呻きを上げる。
逃げようと懸命に体を捩らせるが、腕を拘束されたまま馬乗りにされていてまともな抵抗にはならない。
おそらく全力で抵抗しようとしているのに違いない。
けれどその抵抗は、仲沢には子供の戯れのようなものにしか感じない。
その先には絶望しか待っていないのに、まだ諦めずに逃れようと自分の下で懸命に身動ぎしようとする百枝を、仲沢は不意にかわいいと思った。
酷く歪んだ感情だ。
せせら笑いのような感情が込み上げて、仲沢は口許を歪ませた。
後ろ手に腕を拘束しているから、服をこれ以上脱がすことは出来ない。
不自由だが、このままかわいがってやる。
このまま汚して、最後にどんな顔をするのか見てやるのもいい。
終わる頃には、あんな笑い顔を浮かべることは出来なくなっているだろう。
いい気味だ。
百枝の腰辺りで引っかかっているつなぎの中へ、手を滑り込ませた。
「ん!」
下着の中の肌は熱く、割れ目の奥はしっとりと湿っている。
指先で入り口付近を軽くくすぐった。いやらしい水の音。
「結構濡れてんなぁ」
愛液を指先に掬い、百枝の前に差し出した。
濡れた指の先をよく見えるように動かす。百枝が目を瞑り、顔を背ける。
仲沢は愛液を百枝の唇に塗り付けるように強引に這わせ、また中に挿し入れた。
静かな部屋で、百枝の呼吸音にかすかな粘液のぬめる音が重なる。
自分の勃ちあがったものを入り口に宛がう。
百枝が顔を背けて抗うが、全身で圧し掛かるように抵抗を制す。
先を無理やり捻じ込んだ。
「ん――…っ!」
中は侵入を拒むようにきつく締まっている。
抵抗する足を強引に開かせ、体で押さえ込むようにして、更に奥へと体を沈める。
全身が熱く滾るようだ。
百枝がゆるゆると首を振る。
今出来る最大の抵抗だというように奥歯まで噛み締めて、体を強張らせている。
「無理やりやられて感じてんだ」
百枝ははっとしたように強く首を振った。
「こんな濡れてて、感じてないってことないだろ」
刺激から逃れるように顔を背ける姿はいかにも健気で、かえって征服欲が駆り立てられる。
「無理やりやられて感じるってどんな気分?」
仲沢は胸を揉み上げ、もう片方の手で秘唇に隠れた花芽を指先で摘んだ。
「んん……!」
百枝の体が仰け反り、その後、ごく一瞬緊張が緩んだ。
その隙に仲沢は体を引き、そしてまた奥へと貫いた。
「ふぁ……っ」
大きく口を開け、荒い息が百枝から洩れてくる。
その声は先ほどとは違う、甘い官能を静かに帯び始めている。
百枝はまだ頑なに仲沢を拒んでいたが、体はもう先ほどまでの強張りを残してはいない。
仲沢はゆっくりと注挿を始めた。
中をかき混ぜるように動かす。百枝は堪えきれないように息を洩らした。
「ん…」
花芽を強く擦るようにしてやると、百枝の体が快感に小刻みに震える。
「ふ……、ぁ」
百枝の肌が赤く染まっている。
さっきまで強硬に振られていた首も、今は幼い子供がいやいやするように弱い動きで、なにかを堪えて揺れるだけだ。
汗が浮き、額や細い首筋に幾筋も真っ黒い髪が張り付いて、服で隠されていた肌がどれだけ白いかを強調している。
仰向けに寝てすら形をなくさない豊かな胸が、仲沢の動きに同調するように激しく波打つ。
「んん……っ、ふぁ、……んー……」
息を吐く余裕も与えず、仲沢は中を抉る。
浅くまで引いてくすぐり、また奥を突いた。
百枝の息が荒く乱れ、いつしか強張った呻きだった声も、甘く溶けた嬌声に変わっている。
「ひぁ、やぁ……、あ、あ、……んっ」
よがり声をあげながら、百枝の閉じた眦から薄く涙が浮いている。
仲沢はそれを至近から確かめるように見つめ、口許が歪むのを覚えた。
腹の底から、皮肉な笑みがとめどなく溢れてくる。
仲沢は、自身も無意識に、哂っていた。
百枝はただ苦痛とも快楽ともしれないものを孕んだ表情で、眉根を歪めている。
その表情が、仲沢の胸をすくような気がした。
もっと。この表情を、もっと歪ませてやりたい。
もう二度と、あんな風に笑えないように。
仲沢は注挿を繰り返し、更に狭い奥を求める。
ぐちゅ…。にちゃ…。
熱くぬかるむ奥を穿つ度、いやらしい音が辺りに響き渡る。
絡みつくような奥の、篭った、ぬちゃぬちゃという水音が、一層快楽の情動を煽る。
「く……っ」
百枝に、もう先ほどまでの余裕に満ちた笑みはない。
もうなんの抵抗もない。なされるがまま、身体を開いている。
タオルを噛んだまま、うわ言のように不明瞭な喘ぎ声が上がる。
「ふ……ぁっ、ああ……っ」
百枝の細い腰が仲沢を自ら奥へ導くように揺れる。
徐々に射精感が高まる。
絶頂へと上り詰める衝動のまま、仲沢は体をぶつける。
「ん…っ、ふぁ…、ぁぁ……っ」
真っ白く柔らかい太腿が、やがて痙攣を起こしたように震え始める。
百枝が上り詰めていき、仲沢も切迫した衝動が背筋から這い上がる。
絶頂が近い。
「やぁ…、も…ぅ、ん…っ」
百枝の全身ががくがくと震え、官能に大きく不規則に波打つ。
「ふぁ…、あ、あ、あ…っ」
体の緊張が強まり、仲沢をきつく咥え込み、締め付ける。
仲沢はクリトリスをきつく捻り上げてやった。
「あ、――――っ!!」
一際高い声が上がった。
瞬間、全身が強く緊張した後、一拍置いて百枝の体が弛緩した。
きつい締め付けの後、頭が一瞬真っ白になる。
仲沢は荒い息と共に、自身の精を奥へと吐き出していた。
無理やりに詰め込んでいたタオルを取る。
唾液を吸ったタオルが、一瞬、細い糸が引いた。
百枝の目が無表情にそれを見、仲沢を見た。仲沢はまた小さく哂った。
何故だかわからない、暗い笑いが込み上げる。
タオルを取った途端に、唾を吐きかけられるか罵声が飛んでくるかと思ったが、もうその余力もないらしい。それがおかしかった。
いい気味だと思った。
荒い息を落ち着けている百枝に嘲笑を込めて訊く。
「どうした。声も出ねぇか」
「いい加減、手、外して」
背中を向けて言う。仲沢は言われるまま黙って戒めを解いた。
百枝が体を起こし、白く華奢な手首をさすった。
背や肩に長い髪が散り、細い腰や豊かな胸にかかる。
見え隠れする肌は、まだ先程の余韻を含んで赤く染まっていた。
百枝は投げ捨てられたタオルで体をおざなりに拭いた。
汚れたタオルを疎ましげにその場に捨て、黙ったまま服を調える。
痛むらしい体をやや気遣うように起こし、壁の時計を確認した。
「行かなくちゃ。昼休み終わっちゃう」
「おい」
乱れた髪をまとめて出て行こうとする百枝を、どうして引き止めたのかわからない。
無意識に声をかけた仲沢に、百枝が振り向いた。
「今は勝ち誇ったような気分でいるかもしれないけど。そんなのまやかしよ」
「あぁ?」
「こんなことして、私をどんなに好きにしたって、あんたの中のものは何一つ解消されない。一つたりとも」
冷めた目を投げかけて、百枝ははっきりと言った。
「いい気味ね」
返す言葉に躊躇った隙に、百枝が追い討ちの言葉を継ぐ。
「あんた、こんなことして本当に楽しいの。私にこんなことするのが、本当にしたかったことなの」
「お前に関係ねぇだろ」
「関係ないわよ。だから私は、あんたがなにを思ってこんなことしたのかなんて知らない。
知りたいとも思わない。でも、こんなことしたって、あんたは虚しくなるだけよ。
だからせいぜい自分で自分の傷に塩塗りこめばいいわ」
百枝の顔を静かに歪んだ笑みが覆った。
荒んだ笑いに、仲沢は一瞬胸を刺されたように言葉を失う。
酷薄な声音が、ゆっくりと仲沢の鼓膜を打った。
「忠告してあげる。あんたが教えている子達に、恥ずかしくないようにしなさい。
でなきゃ、後で自分が後悔するだけよ」
「…んだそれ…」
「今なら引き返せる。あんたの傷に、問題に、きちんと向き合いなさい」
「……てめぇ何様だよ。センコーか」
吐き捨てた言葉に、百枝が嘲笑を浮かべる。
「被害者よ。私が高野連にタレコんだら、あんたはもう終わり。
自分の方が強い立場だと思ってたら、痛い目見るのはあんたの方よ」
「男に連れ込まれてやられましたって、自分から言いふらすのか」
「その覚悟もあるってこと。中傷されるのなんか私はなんとも思わない。
やわでかわいい女じゃないのよ、生憎とね」
言った百枝の目には冷たい傷に揺れる色が浮かんでいた。
仲沢には目もくれず、百枝が扉へと向かう。
髪をかきあげ、首筋に絡む髪を指で払う仕草は平静を取り戻そうとする強がりか、それとも。
困惑に無言になった仲沢に、百枝が肩越しに振り向いた。
「あんたの八つ当たりの対象が私にあるうちは、まだいい。
でももしうちの子達に手出したら、その時はどんな手使っても、徹底的にあんたを潰すから」
「潰す?」
「野球の世界にいられないようにしてやるってこと。
言っとくけど、私は本気よ。よく覚えといて」
*
出て行く百枝を見送って、仲沢は大きな舌打ちをした。
口中に苦いものが湧く。
彼女の笑顔を剥がそうとして、結局その下にある、もっと居心地の悪いものを掘り起こしたらしい。
あの冷たい目。荒んだ表情。
まるで仲沢自身の過去を見透かしたような捨て台詞に、仲沢は胸の底の傷跡の疼きに、顔を盛大に歪めた。
拳を思い切り壁に打ち付ける。大きな物音だけが虚しく反響した。
「くそ……っ」
百枝をここに誘い込む時に感じていた不快は、解消されるどころか、はるかに大きくなって腹の底に燻っている。
完敗かよ。
仲沢は立ち上がり、扉を蹴ると苛立たしげに出て行った。
終わり
最終更新:2008年09月02日 23:41