9-46 シガモモ



「くっ……!」
鎖骨をなぞるように唇を滑らされて思わず声が出てしまう。
その間も無骨な指が脇の下を辿りながら乳房には触らずにそのすぐ下、
肋骨の上を薄い肉と皮膚が覆うだけの場所をゆっくりと何度も撫ぜる。
平生の長い講釈が鳴りを潜めたかのようにこんな時この男はいつも無口だ。
その代わりに愛撫は長く、そしてしつこい。
「ん、あふっ」

今まで寝たことのある男達は決まって私の大きな胸ばかりを攻めてきた。
しかしこの男にはそういう様子があまりない。
鎖骨、背筋、鼠頚部、足首、耳の裏。
普段の生活では触られることがほとんどないために慣れてない、
しかも肉付きが薄い場所から触れていく。
そうして私の体が出来上がった頃になってようやく両胸を揉み、先端を弄るのだ。
「んはぁ、ふ、あ」
もう既にとろとろになって溢れ出しそうな私の中に触れるにも、
この男は周辺であちらこちらへ指を遊ばせ、私がたまらなくなって腰をくねらせてから
ようやく芯を捉え、そして内壁へと触れていく。
殊更に指を動かさなくてもくちゅくちゅと音を立てて迎え入れる私の中は、
もう男のものを待ち望んで涎を垂らしている。
眼鏡を外すといかつさが更に増す男の顔が、ふ、と笑みで崩れた。
ここに至りようやく愛撫から開放され、のぼせながら荒く息を吐くけれど
スキンをつけ終えた男はすぐに私の中へと体を沈めてきた。
「は、あ、あっ、あ」
抱えられた腰を揺らされ、男の腰の動き以上に私の膝が跳ねる。
激しい動きではないのに全身が熱を持ったように熱く、口から喘ぎがこぼれるのは
それまでに体がすっかり出来上がっているからなのだろう。
終わってからならばそう分析できるのに、最中にはそんな理論的な思考など出来ない。
ただ体が欲する快楽のために腰を動かし、嬌声を上げ、
何もかもわからなくなるまでそれを繰り返す。それしか出来ない。

「志賀先生」
情事が終わり、ようやく口を開けるようになってから呼びかけると
既に眼鏡を掛けて身支度を整え始めた男が顔を向ける。
「なんですか、百枝監督」
「今日も私だけ先にいかせて、ご自分はいってらっしゃらないんじゃないですか?」
一瞬怪訝な顔をすると、男は静かな微笑で口を開いた。
「それは大した問題にはなりませんよ。自分でいくのは二の次ですし、
いつも部のために頑張ってもらっている監督に少しでも悦んでもらえるなら、ね」
その余裕ある態度をいつか崩してやりたいとは思いながら、
いつも崩されるのは私の方だということを再確認しただけだった。
恋愛などではなくただ体だけの情事ではあるけれど、崩されるだけなのは性に合わない。
次こそ私が翻弄してやる。
最終更新:2008年12月21日 21:56